ごくりと、生唾を飲み込む音がキャルにはやけに大きく聞こえた。
それ程に緊張を隠せない。
全身から噴き出した汗が衣服を濡らす不快な感触。
ヒリつく空気に喉が渇き、飲み物が欲しいと一瞬場違いなことを考えてしまう。
それ程に緊張を隠せない。
全身から噴き出した汗が衣服を濡らす不快な感触。
ヒリつく空気に喉が渇き、飲み物が欲しいと一瞬場違いなことを考えてしまう。
(な、なによコイツ…こんなヤバそうなのが病院にいたの…?っていうか、めちゃくちゃ顔恐い……)
人間でない種族くらいランドソルにも存在する。
獣人や魔族、エルフなど珍しくもない。
人語を話す乙女なリャマとか、プリンが大好物の幽霊とか、巨乳好きのスケベなドクロ親父とか。
個性的な面々が住まう、それがランドソルだ。
獣人や魔族、エルフなど珍しくもない。
人語を話す乙女なリャマとか、プリンが大好物の幽霊とか、巨乳好きのスケベなドクロ親父とか。
個性的な面々が住まう、それがランドソルだ。
しかし今目の前にいるのは、そういったコミカルな住人とは明らかに違う。
人に近い形をしながらも、決定的に人では有り得ないおぞましい気配。
隠し切る事の出来ない濃密な血の臭い。
纏う空気の重苦しさは、大型の魔物と遭遇した時でさえ滅多に味わえるものではない。
人に近い形をしながらも、決定的に人では有り得ないおぞましい気配。
隠し切る事の出来ない濃密な血の臭い。
纏う空気の重苦しさは、大型の魔物と遭遇した時でさえ滅多に味わえるものではない。
そうだ、これは殺し合いだ。
しかもあのカイザーインサイトでさえ参加者側に登録される魔境。
であるならば、息を呑むような怪物がゴロゴロいても何ら不思議ではない。
分かり切った事実とはいえ改めて、自分達が巻き込まれた状況に戦慄を抱く。
しかもあのカイザーインサイトでさえ参加者側に登録される魔境。
であるならば、息を呑むような怪物がゴロゴロいても何ら不思議ではない。
分かり切った事実とはいえ改めて、自分達が巻き込まれた状況に戦慄を抱く。
(やっぱり、このおにーさんも強い…)
互いに剣を抜いてはいない、今はまだ睨み合っているのみ。
されど、細胞の一つ一つを突き刺すようなプレッシャーに確信する。
目の前にいるのは紛れも無い強者、真紅の騎士や軍服の男にも引けを取らない怪物。
刀使でも荒魂でもない、結芽の知らぬ世界の妖剣士。
残り少ない時間の中を閃光のように駆け抜けた、元の世界では出会わなかった男達。
自分の最期に文句を付ける気はないが、全くどうして次から次へと不満を抱かざるを得ない相手とばかり遭遇するのか。
されど、細胞の一つ一つを突き刺すようなプレッシャーに確信する。
目の前にいるのは紛れも無い強者、真紅の騎士や軍服の男にも引けを取らない怪物。
刀使でも荒魂でもない、結芽の知らぬ世界の妖剣士。
残り少ない時間の中を閃光のように駆け抜けた、元の世界では出会わなかった男達。
自分の最期に文句を付ける気はないが、全くどうして次から次へと不満を抱かざるを得ない相手とばかり遭遇するのか。
「キャルおねーさん、おにーさんのことお願い」
「えっ?ちょ、ちょっと…」
「えっ?ちょ、ちょっと…」
遊星をキャルに預け、返事も待たずに男と対峙。
数では気絶した遊星を抜いても、2対1でこちらが有利。
だが男が持つだろう実力を考えれば、人数の差など大した問題にはならない。
キャルは怪獣に変身可能だが、ノータイムで姿を変えるのは不可能。
ウルトラゼットライザーにメダルを装填する工程が必要不可欠。
その僅かな準備段階でさえ、男相手には致命的な隙と化す。
数では気絶した遊星を抜いても、2対1でこちらが有利。
だが男が持つだろう実力を考えれば、人数の差など大した問題にはならない。
キャルは怪獣に変身可能だが、ノータイムで姿を変えるのは不可能。
ウルトラゼットライザーにメダルを装填する工程が必要不可欠。
その僅かな準備段階でさえ、男相手には致命的な隙と化す。
「じゃあ結芽が何とかしてあげる!」
遊星を連れて一旦下がるくらいの時間は稼げるつもりだ。
万全には程遠くとも、病院に着くまでの移動時間で多少は体力も回復済み。
その後で怪獣になり病院から逃げるか、男を倒すかは戦況次第。
勝てそうもないから逃げるというのは正直腹が立つが。
万全には程遠くとも、病院に着くまでの移動時間で多少は体力も回復済み。
その後で怪獣になり病院から逃げるか、男を倒すかは戦況次第。
勝てそうもないから逃げるというのは正直腹が立つが。
先手必勝、抜き放った九字兼定が狙うは男の頸。
病院の明かりを反射する刀身が血で染まるのに数秒と掛りはしない。
写シにより身体を霊体へと変質、引き上げられた身体能力持っての突撃。
常人では靡く長髪の先すら目視不可能な一撃なれど、斬った手応えは無し。
病院の明かりを反射する刀身が血で染まるのに数秒と掛りはしない。
写シにより身体を霊体へと変質、引き上げられた身体能力持っての突撃。
常人では靡く長髪の先すら目視不可能な一撃なれど、斬った手応えは無し。
「……」
「うわっ、刀の趣味わるーい」
「うわっ、刀の趣味わるーい」
結芽の動きと同様に、男が抜刀した瞬間もまた常人では決して捉えられない。
腰に下げたまま、柄に手を掛けてすらいなかったのに。
一体いつ抜き放ち、襲い来る一撃を防いだのか。
必要な動作を数段階すっ飛ばしたとしか思えない、恐るべき反応速度。
されど防がれた結芽本人に驚きは皆無、この程度はやってのけるだろうと分かっていた。
なれば一々驚愕に意識を裂くのは無駄以外の何者でもない。
ギョロリと刀身にへばり付いた無数の眼に睨まれ、煽るように軽口を返してやる。
腰に下げたまま、柄に手を掛けてすらいなかったのに。
一体いつ抜き放ち、襲い来る一撃を防いだのか。
必要な動作を数段階すっ飛ばしたとしか思えない、恐るべき反応速度。
されど防がれた結芽本人に驚きは皆無、この程度はやってのけるだろうと分かっていた。
なれば一々驚愕に意識を裂くのは無駄以外の何者でもない。
ギョロリと刀身にへばり付いた無数の眼に睨まれ、煽るように軽口を返してやる。
挑むは燕結芽、得物は九字兼定。
迎え撃つは黒死牟、得物は虚哭神去。
片や人を守護する剣士なれど、鬼狩りに非ず刀使である。
片や人に害を為す異形なれど、荒魂に非ず鬼である。
生まれ落ちた世界は違えども、相容れぬ立場の両者が語る手段は剣を置いて他にない。
迎え撃つは黒死牟、得物は虚哭神去。
片や人を守護する剣士なれど、鬼狩りに非ず刀使である。
片や人に害を為す異形なれど、荒魂に非ず鬼である。
生まれ落ちた世界は違えども、相容れぬ立場の両者が語る手段は剣を置いて他にない。
(硬いっ…!)
結芽が斬り掛かり黒死牟が防いだ。
どちらも膠着状態を維持する気はなく、先に押し込まんと動いたのは結芽の方。
だが敵は不動、ほんの数ミリすら刀を翳した体勢を崩せない。
手にした得物はデェムシュの大剣よりも細い。
だというのに折れず砕けず、使い手自身も微動だにしない。
人ならざる存在故かやはり膂力も異様な高さ、押し込む筈が反対に押し返される。
後方へとよろけた瞬間を狙う異形の刀。
敵の膂力を考えればこのまま防いだとて吹き飛ばされるだけ。
八幡力で腕力を強化、両手で構えた御刀が黒死牟の攻撃を阻む。
どちらも膠着状態を維持する気はなく、先に押し込まんと動いたのは結芽の方。
だが敵は不動、ほんの数ミリすら刀を翳した体勢を崩せない。
手にした得物はデェムシュの大剣よりも細い。
だというのに折れず砕けず、使い手自身も微動だにしない。
人ならざる存在故かやはり膂力も異様な高さ、押し込む筈が反対に押し返される。
後方へとよろけた瞬間を狙う異形の刀。
敵の膂力を考えればこのまま防いだとて吹き飛ばされるだけ。
八幡力で腕力を強化、両手で構えた御刀が黒死牟の攻撃を阻む。
写シを使用中は死ぬ心配がないと言っても、余計な傷は負わないに限る。
長々とした鍔迫り合いは向こうも望まないようで、御刀に圧し掛かる重みがふっと消失。
次いで迫り来る真横からの殺気。
目で追っていては対処が間に合わない、肌を刺すような痛みへ刀を振り上げた。
ほぼ直感に任せた動きにミスは無く、弾かれ合う刃と刃。
一方的な攻撃を許すのは結芽の趣味じゃない、こっちも攻めに移らせてもらう。
長々とした鍔迫り合いは向こうも望まないようで、御刀に圧し掛かる重みがふっと消失。
次いで迫り来る真横からの殺気。
目で追っていては対処が間に合わない、肌を刺すような痛みへ刀を振り上げた。
ほぼ直感に任せた動きにミスは無く、弾かれ合う刃と刃。
一方的な攻撃を許すのは結芽の趣味じゃない、こっちも攻めに移らせてもらう。
「今度は結芽の番だよ!」
飛び退き一旦距離を取る。
敵の接近を待たずに自分から再度距離を詰め攻撃。
単に駆け寄るのでは足りない、迅移を使った上での突きを繰り出す。
最初に斬り掛かった時以上の速度を以て、急所を狙う。
使うのが本来他者の御刀な為、発揮可能な速さの劣化は避けられない。
それでも易々と対処は不可能な最速の一撃に、肉を貫いた感触は皆無。
皮一枚にすら届かぬ事実を噛み締める暇は与えられず、防御の構えを取った。
敵の接近を待たずに自分から再度距離を詰め攻撃。
単に駆け寄るのでは足りない、迅移を使った上での突きを繰り出す。
最初に斬り掛かった時以上の速度を以て、急所を狙う。
使うのが本来他者の御刀な為、発揮可能な速さの劣化は避けられない。
それでも易々と対処は不可能な最速の一撃に、肉を貫いた感触は皆無。
皮一枚にすら届かぬ事実を噛み締める暇は与えられず、防御の構えを取った。
「あっぶな…!」
防御の成功を理解すると同時に刀を振るえば、向こうも己が得物で迎撃。
響き渡るは夜の静寂を掻き消す、苛烈な死合の音色。
飛び散る火花が夜明け前の戦場を照らし出す。
響き渡るは夜の静寂を掻き消す、苛烈な死合の音色。
飛び散る火花が夜明け前の戦場を照らし出す。
刀と刀の打ち合い。
互いに得物は同じだというのに、結芽は大岩を叩きつけられている気分だ。
八幡力で強化した腕力であっても両手の力を僅かに抜かせば、弾き飛ばされるだろう威力。
馬鹿正直にぶつけ合ってはこちらの疲労が余計に溜まるのが先か。
判断してからの行動は迅速、姿勢を低くして横薙ぎの剣を回避し脇腹を掻っ捌かんと振るう。
互いに得物は同じだというのに、結芽は大岩を叩きつけられている気分だ。
八幡力で強化した腕力であっても両手の力を僅かに抜かせば、弾き飛ばされるだろう威力。
馬鹿正直にぶつけ合ってはこちらの疲労が余計に溜まるのが先か。
判断してからの行動は迅速、姿勢を低くして横薙ぎの剣を回避し脇腹を掻っ捌かんと振るう。
(っ!?速い…!)
着物の端にすら掠めさせず、黒死牟の姿が消失。
否、結芽が攻撃に移ろうと動きかけた時点で敵は次の動作を実行したのだ。
視界のみを頼りにしては間に合わない、五感全てを活用しなくては。
長髪を揺らす不吉な寒風、敵の位置は上と察知し斬り上げを繰り出す。
結芽の判断は正解だ、跳躍し頭上から振り落とされた虚哭神去と激突。
幼い体へ刃が触れる事は防げても、攻撃自体の勢いまでは殺せない。
あらぬ方向へと吹き飛ばされる結芽へ、瞬く間に黒死牟は距離を詰める。
が、尋常ならざる速さを持つのは結芽も同じ。
迅移を使い刀の届く範囲から逃れ、仕切り直しだ。
否、結芽が攻撃に移ろうと動きかけた時点で敵は次の動作を実行したのだ。
視界のみを頼りにしては間に合わない、五感全てを活用しなくては。
長髪を揺らす不吉な寒風、敵の位置は上と察知し斬り上げを繰り出す。
結芽の判断は正解だ、跳躍し頭上から振り落とされた虚哭神去と激突。
幼い体へ刃が触れる事は防げても、攻撃自体の勢いまでは殺せない。
あらぬ方向へと吹き飛ばされる結芽へ、瞬く間に黒死牟は距離を詰める。
が、尋常ならざる速さを持つのは結芽も同じ。
迅移を使い刀の届く範囲から逃れ、仕切り直しだ。
「無一郎より幼く……疲弊した身で……よくぞここまで動けるものだ……」
「おにーさん喋れたんだね」
「おにーさん喋れたんだね」
淡々と吐き出された言葉は称賛か、黒死牟からしたら単に事実を羅列しただけかもしれない。
大尉が一言も喋らなかったので今回も同じかと思ったが、普通に言葉は発せられるようだ。
薄く笑い軽口を叩き、内心で敵の強さを噛み締める。
大尉が一言も喋らなかったので今回も同じかと思ったが、普通に言葉は発せられるようだ。
薄く笑い軽口を叩き、内心で敵の強さを噛み締める。
(分かってたけど強いなぁ…)
八幡力でも押し返せない力は十分危険だが、速さもまた相当な脅威だ。
デェムシュの時はそもそも迅移を使っても外骨格を貫けなかった。
だが黒死牟は迅移を使われても同等の速さで避け、あっさりと反撃を行う。
強いとは分かっていた、分かっていたけど実際に剣を交えればやはり感じるものは違って来る。
デェムシュの時はそもそも迅移を使っても外骨格を貫けなかった。
だが黒死牟は迅移を使われても同等の速さで避け、あっさりと反撃を行う。
強いとは分かっていた、分かっていたけど実際に剣を交えればやはり感じるものは違って来る。
(うーん、どうしよ…やっぱり楽しくてワクワクして来た)
気絶した青年がいて、彼を連れてキャルが下がるまでの時間稼ぎのつもりで。
自分自身、体力に余裕は無く今も息が上がっている。
だというのに心は沸き立ち、体中が高揚感に包まれてしまう。
疲労回復を訴える脳からの正論すら、もっと戦いたい欲求に押し潰されそうだ。
デェムシュと斬り合い、大尉と命を削り合い、そして黒死牟との殺し合い。
満足し終わりを迎えた筈の自分へ、どうして彼らはこうもその強さを見せつけて来るのか。
それに何より、やっぱり刀を使う者同士の戦いは心を滾らせる。
次はどんな動きで来る?どんな技を見せてくれる?自分だって相手を斬り勝ちたい。
ああ本当に困った、疲れてあまり動けない筈の体を強引にでも動かす燃料が流し込まれてしまう。
額から汗を垂らしながらも、瞳が期待に満ちるのを結芽自身にも抑えが効かない。
困ったなぁと本当に困っているのか分からない顔で呟いた。
自分自身、体力に余裕は無く今も息が上がっている。
だというのに心は沸き立ち、体中が高揚感に包まれてしまう。
疲労回復を訴える脳からの正論すら、もっと戦いたい欲求に押し潰されそうだ。
デェムシュと斬り合い、大尉と命を削り合い、そして黒死牟との殺し合い。
満足し終わりを迎えた筈の自分へ、どうして彼らはこうもその強さを見せつけて来るのか。
それに何より、やっぱり刀を使う者同士の戦いは心を滾らせる。
次はどんな動きで来る?どんな技を見せてくれる?自分だって相手を斬り勝ちたい。
ああ本当に困った、疲れてあまり動けない筈の体を強引にでも動かす燃料が流し込まれてしまう。
額から汗を垂らしながらも、瞳が期待に満ちるのを結芽自身にも抑えが効かない。
困ったなぁと本当に困っているのか分からない顔で呟いた。
(でも、何か勿体ないな)
黒死牟の強さは斬り合いを通じて理解したが、同じく分かった事がある。
彼は自分の剣に何も宿らせてはいない。
デェムシュのように己をも壊し兼ねない憤怒はない。
大尉のようにどこまでも闘争を求める貪欲さはない。
可奈美のように真剣勝負を常に楽しむな心意気など微塵も有りはしない。
こんなにも強いのに、黒死牟は空っぽなまま刀を振るっているに過ぎず。
それだけがどうにもつまらなかった。
彼は自分の剣に何も宿らせてはいない。
デェムシュのように己をも壊し兼ねない憤怒はない。
大尉のようにどこまでも闘争を求める貪欲さはない。
可奈美のように真剣勝負を常に楽しむな心意気など微塵も有りはしない。
こんなにも強いのに、黒死牟は空っぽなまま刀を振るっているに過ぎず。
それだけがどうにもつまらなかった。
と、呑気に思考を割く休憩時間は十秒と経たずに終わりを告げる。
先に動きを見せたのは黒死牟だ。
先に動きを見せたのは黒死牟だ。
刀を鞘に納めた。
交戦の意思は無いと言うのだろうか、それとも降参のつもりか。
どちらでもない、その証拠に黒死牟の纏う気配が一段と濃さを増したのだから。
何をするつもりかは、刀使の世界に身を置いた結芽に分からない筈が無い。
居合術、刀を鞘から抜き放つ動作で敵を斬る。
しかしこのプレッシャーを直に浴びれば、単なる居合の類でない事もまた明白。
交戦の意思は無いと言うのだろうか、それとも降参のつもりか。
どちらでもない、その証拠に黒死牟の纏う気配が一段と濃さを増したのだから。
何をするつもりかは、刀使の世界に身を置いた結芽に分からない筈が無い。
居合術、刀を鞘から抜き放つ動作で敵を斬る。
しかしこのプレッシャーを直に浴びれば、単なる居合の類でない事もまた明白。
(技が来る…!!)
刀を振るうだけではない、より高威力の技へと昇華させた一撃が今まさに放たれんとしているのだ。
ゾクゾクしつつも対処法を即座に弾き出さねばならない。
迎え撃つのか、防ぐのか、躱すのか。
どれにするかと悩む時間すら余りに惜しい。
敵はこちらとある程度距離が離れており、今の位置で抜刀しても空振り確実。
当てるならば抜刀の直前で接近し、刀の間合いに自分を閉じ込めるつもりだろう。
故に動き出す予兆を見極める。
空気の揺れ、発する音、極僅かな動きすら見落とせば対処は不可能だ。
地獄の釜の如く、黒死牟の血液が煮え滾り力を齎す。
羨望と嫉妬に突き動かされるまま、執念で我が物とした呼吸法。
鬼を斬り人を守れとの願いを踏み躙る、魔刃の脅威が放たれる。
ゾクゾクしつつも対処法を即座に弾き出さねばならない。
迎え撃つのか、防ぐのか、躱すのか。
どれにするかと悩む時間すら余りに惜しい。
敵はこちらとある程度距離が離れており、今の位置で抜刀しても空振り確実。
当てるならば抜刀の直前で接近し、刀の間合いに自分を閉じ込めるつもりだろう。
故に動き出す予兆を見極める。
空気の揺れ、発する音、極僅かな動きすら見落とせば対処は不可能だ。
地獄の釜の如く、黒死牟の血液が煮え滾り力を齎す。
羨望と嫉妬に突き動かされるまま、執念で我が物とした呼吸法。
鬼を斬り人を守れとの願いを踏み躙る、魔刃の脅威が放たれる。
――月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮
両手の指と同じ数だけの歩数が必要な距離。
それが瞬間移動かと疑わざるを得ない速度で詰められ、刀が振り抜かれる。
上半身と下半身を綺麗に分断する末路はお断りだ。
黒死牟の抜刀とほぼ同時に結芽も動き出す。
既に打ち合いを経て虚哭神去の長さは把握し、攻撃範囲外且つ即座に反撃へ移れる距離を弾き出した。
迅移による回避は成功、切っ先は制服の端スレスレを虚しく通過するだけ。
それが瞬間移動かと疑わざるを得ない速度で詰められ、刀が振り抜かれる。
上半身と下半身を綺麗に分断する末路はお断りだ。
黒死牟の抜刀とほぼ同時に結芽も動き出す。
既に打ち合いを経て虚哭神去の長さは把握し、攻撃範囲外且つ即座に反撃へ移れる距離を弾き出した。
迅移による回避は成功、切っ先は制服の端スレスレを虚しく通過するだけ。
ではこれは、頭頂部から足の先までを駆け巡る猛烈な悪寒の正体は何だという。
(あっ、これ駄目だ)
刀の届く範囲からは逃れられたと、そう思い込んだのは大間違いだった。
より濃密な気配と化す死の予感。
肉体の内側から蝕む病魔とは違う、刃を以て命を斬り捨てる純粋なまでの暴力。
写シを張っている以上は両断されようと死にはしない。
分かっているのに明確な死を連想させる、禍々しい刃が襲う。
回避は最早無理と判断、金剛身で肉体を硬質化させる。
短時間しか効果が無い故に発動のタイミングはシビアだが、使うべき瞬間を結芽は見誤らない。
鉄同士を叩きつける騒音が互いの鼓膜を痛めた。
より濃密な気配と化す死の予感。
肉体の内側から蝕む病魔とは違う、刃を以て命を斬り捨てる純粋なまでの暴力。
写シを張っている以上は両断されようと死にはしない。
分かっているのに明確な死を連想させる、禍々しい刃が襲う。
回避は最早無理と判断、金剛身で肉体を硬質化させる。
短時間しか効果が無い故に発動のタイミングはシビアだが、使うべき瞬間を結芽は見誤らない。
鉄同士を叩きつける騒音が互いの鼓膜を痛めた。
「っ、のぉっ!」
胴体のみならず四肢や首をも斬撃の餌食と化す。
金剛身による防御は間に合ったが、振るわれた刀の勢いはこれまで以上。
突風で吹き飛ばされる花弁のように、結芽の両足が地面から離れる。
宙で体勢を整え着地に備える、そんな余裕を持たせてくれる鬼はいない。
地を蹴り結芽の眼前へと到達、向こうからの言葉を待たずに腕を振り上げた。
金剛身による防御は間に合ったが、振るわれた刀の勢いはこれまで以上。
突風で吹き飛ばされる花弁のように、結芽の両足が地面から離れる。
宙で体勢を整え着地に備える、そんな余裕を持たせてくれる鬼はいない。
地を蹴り結芽の眼前へと到達、向こうからの言葉を待たずに腕を振り上げた。
――月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月
両腕が離れ、股から頭頂部までが真っ二つと化し落ちる。
病院前のアスファルトを汚す血と臓物は見当たらない。
写シによるダメージの肩代わりは、上弦の鬼と言えども破れはせず。
解除され元の肉体に戻り、着地を待たずに再び写シを発動。
短時間での連続使用にただでさえ削られていた体力が、ごっそり持って行かれた。
病院前のアスファルトを汚す血と臓物は見当たらない。
写シによるダメージの肩代わりは、上弦の鬼と言えども破れはせず。
解除され元の肉体に戻り、着地を待たずに再び写シを発動。
短時間での連続使用にただでさえ削られていた体力が、ごっそり持って行かれた。
「――っ!!あはっ…!」
悲鳴を上げる肉体を歓喜の笑みで黙らせる。
疲れた?限界?知るか、今とっても楽しいんだから邪魔しないで。
ああでも駄目だ、今は自分が楽しければ良いだけの戦いじゃないんだから。
疲れた?限界?知るか、今とっても楽しいんだから邪魔しないで。
ああでも駄目だ、今は自分が楽しければ良いだけの戦いじゃないんだから。
(分かってる…分かってるんだけどっ…!)
溶け落ちる寸前の蝋燭だった自分の命。
未来がない筈の肉体はまだ見ぬ世界へ飛び込む資格を得て、心をどうしようもなく燃え上がらせる強者と斬り合える。
外も内も火傷しそうな熱を帯び、歓喜で頬が紅潮し、両目は苛烈な光を帯びる。
未来がない筈の肉体はまだ見ぬ世界へ飛び込む資格を得て、心をどうしようもなく燃え上がらせる強者と斬り合える。
外も内も火傷しそうな熱を帯び、歓喜で頬が紅潮し、両目は苛烈な光を帯びる。
「ほんっとに…強いなぁっ…!」
自分とは正反対の冷え切った顔で、振るう刀が捌かれ躱される。
強い相手なのは楽しいが、こうも当たらないのはそろそろムカつくものだ。
ほぼ確実に当てられて、戦いを有利に動かすには黒い手袋の力を使えば話は早い。
だがそれは非常に気に入らない、可奈美との戦いの際に荒魂が勝手に出て来た時にも似た不快感がある。
ああ、ああ、だけど、遊星とキャルの存在がそんな拘りにほんの小さな罅を――
強い相手なのは楽しいが、こうも当たらないのはそろそろムカつくものだ。
ほぼ確実に当てられて、戦いを有利に動かすには黒い手袋の力を使えば話は早い。
だがそれは非常に気に入らない、可奈美との戦いの際に荒魂が勝手に出て来た時にも似た不快感がある。
ああ、ああ、だけど、遊星とキャルの存在がそんな拘りにほんの小さな罅を――
「っと!あっはぁ…♪つまんなそうな顔してる癖に、遠慮しないんだねおにーさん!」
八幡力で強引に弾き逆に突きを放つも案の定空振り。
腹が立つくらいに当たらないとは、まるでどこから攻撃が来るかが予め分かっているかのよう。
人間ではないが故の高い動体視力を駆使した回避。
だから自分の攻撃はずっと避けられているのだろうと納得しかけ、
腹が立つくらいに当たらないとは、まるでどこから攻撃が来るかが予め分かっているかのよう。
人間ではないが故の高い動体視力を駆使した回避。
だから自分の攻撃はずっと避けられているのだろうと納得しかけ、
(……?何だろ。何か……違う気がする…?)
上手く説明できないが、そうじゃない気がしてならない。
この男は自分の動きを見ている、それで攻撃を避けている。
本当にそれだけか?
この男は自分の動きを見ている、それで攻撃を避けている。
本当にそれだけか?
人じゃ無いから動体視力も人以上。それはあるだろう。
目が六つあるから普通の人よりも相手の動きを捉えられる。それももしかしたらあるのかもしれない。
敵は自分の剣を見ている、自分の動きを見ている、だがもっと他に何かを見ているのではないか。
未来予知にも似た先読みは本当に動きだけを見て可能なのか?
相手の目に自分はどう見えている、相手は一体どんな景色を見ている。
目が六つあるから普通の人よりも相手の動きを捉えられる。それももしかしたらあるのかもしれない。
敵は自分の剣を見ている、自分の動きを見ている、だがもっと他に何かを見ているのではないか。
未来予知にも似た先読みは本当に動きだけを見て可能なのか?
相手の目に自分はどう見えている、相手は一体どんな景色を見ている。
頭が冷える、鼓動が落ち着く。
戦いに興味を失くしたのではない、遊星達のことがどうでもよくなったんじゃあない。
敵が見る世界の正体を見極めたくなった。
デェムシュのように体を霧に変え火球を放つ、怪物特有の能力はいらない。
大尉のように手にした物全てを神器に変え蹂躙する、道具で後付けした力はいらない。
自分の強さにずっと自信を持って来た。
強くて凄い自分を、誰よりも強い可奈美の記憶に焼き付けたかった。
しかしふと思う。
病から解放され、タイムリミットとは無縁の体になれたのなら。
生前の体では叶わなかったけど、今はもっと強くなれるんじゃあないか。
戦いに興味を失くしたのではない、遊星達のことがどうでもよくなったんじゃあない。
敵が見る世界の正体を見極めたくなった。
デェムシュのように体を霧に変え火球を放つ、怪物特有の能力はいらない。
大尉のように手にした物全てを神器に変え蹂躙する、道具で後付けした力はいらない。
自分の強さにずっと自信を持って来た。
強くて凄い自分を、誰よりも強い可奈美の記憶に焼き付けたかった。
しかしふと思う。
病から解放され、タイムリミットとは無縁の体になれたのなら。
生前の体では叶わなかったけど、今はもっと強くなれるんじゃあないか。
――『結芽ちゃんの太刀筋…もっと見たいからっ!』
強くなって、もう一度彼女と戦いたい。
満足した筈なのに、そんな我儘を一つ考えてしまった自分が何だか可笑しくて笑みを零す。
満足した筈なのに、そんな我儘を一つ考えてしまった自分が何だか可笑しくて笑みを零す。
だから、敵が見ている世界の正体を見極める。
ソレが人をやめて手に入れた力でも、道具に頼った力でも無く。
彼自身が修練の果てに会得した力ならば、自分もきっとそこへ辿り着ける筈。
ソレが人をやめて手に入れた力でも、道具に頼った力でも無く。
彼自身が修練の果てに会得した力ならば、自分もきっとそこへ辿り着ける筈。
肉体の全ての機能を用いろ。
においを嗅ぎ取り、気配を察知し、動きを見据え、音を聞き、唇に触れる空気の違いすらも感じ取れ。
体の部位一つ一つ、全てが自分を勝利に導く武器となる。
刀だけではなく体すらも武器ならば、余すことなく正確に認識しなくては話にならない。
病魔の巣食っていた生前から随分無茶をさせて、これからも一緒に戦う自分の体を信じる。
においを嗅ぎ取り、気配を察知し、動きを見据え、音を聞き、唇に触れる空気の違いすらも感じ取れ。
体の部位一つ一つ、全てが自分を勝利に導く武器となる。
刀だけではなく体すらも武器ならば、余すことなく正確に認識しなくては話にならない。
病魔の巣食っていた生前から随分無茶をさせて、これからも一緒に戦う自分の体を信じる。
鬼が刀を振るう。
月が血を求め、肉を喰らいに降り注ぐ。
月が血を求め、肉を喰らいに降り注ぐ。
――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り
死が、刃へと形を変えて襲い来る。
半円を描いた巨大な斬撃が、無数の三日月を引き連れ現れた。
数多の鬼狩りを無念のままに黄泉の国へと落とした、凶月を前に、
半円を描いた巨大な斬撃が、無数の三日月を引き連れ現れた。
数多の鬼狩りを無念のままに黄泉の国へと落とした、凶月を前に、
「――――え?」
結芽の世界が変わった。
全てが遅い、空気の流れすら亀の歩みよりもひたすらに緩やか。
時間にすれば一秒にも達しないほんの一瞬の世界で、結芽は動いた。
全てが遅い、空気の流れすら亀の歩みよりもひたすらに緩やか。
時間にすれば一秒にも達しないほんの一瞬の世界で、結芽は動いた。
四肢が、頬が、幼い体に刀傷が刻まれる。
全てが致命傷には程遠い、間近に迫った斬撃へたったこれっぽちのダメージ。
技を放った侍の肉体が僅かな間、透けて見えた。
鼓動を繰り返し、煮え滾る血液を送り込む心臓を。
鋼鉄の弦の如き鍛え抜き、束ねられた筋繊維を見て、得られた情報に何故と疑問を抱くのも後回しにし回避行動へと直行。
筋肉の動きから次に来る斬撃の位置を割り出し、結果写シを剥がされる程のダメージは受けていない。
全てが致命傷には程遠い、間近に迫った斬撃へたったこれっぽちのダメージ。
技を放った侍の肉体が僅かな間、透けて見えた。
鼓動を繰り返し、煮え滾る血液を送り込む心臓を。
鋼鉄の弦の如き鍛え抜き、束ねられた筋繊維を見て、得られた情報に何故と疑問を抱くのも後回しにし回避行動へと直行。
筋肉の動きから次に来る斬撃の位置を割り出し、結果写シを剥がされる程のダメージは受けていない。
(今のって…)
尤も結芽本人は予期せぬ現象に理解が追い付かず、硬直したまま。
見間違いと言い切るのは簡単だが、自分は確かに奇妙な世界を見た。
全てが有り得ない程にゆっくりで、皮膚に覆われた体の下が晒されたのを。
見間違いと言い切るのは簡単だが、自分は確かに奇妙な世界を見た。
全てが有り得ない程にゆっくりで、皮膚に覆われた体の下が晒されたのを。
透き通る世界。
嘗て、上弦の参が追い求め終ぞ足を踏み入れる事すら叶わなかった至高の領域。
武を極限まで鍛えた者だけが到達できる境地。
他者の身体の中をその名の通り透き通るように感じ取り、骨格や筋肉、内臓の働きさえも手に取るように分かる。
より高みへと位置する者は身体内部の動きから攻撃の先読みをも可能とする、正に武を極めた者にのみ許された高等の力。
黒死牟自身も修練の果てに到達した領域へ、ほんの僅かな、使いこなすには程遠い片鱗とはいえ結芽も至った。
嘗て、上弦の参が追い求め終ぞ足を踏み入れる事すら叶わなかった至高の領域。
武を極限まで鍛えた者だけが到達できる境地。
他者の身体の中をその名の通り透き通るように感じ取り、骨格や筋肉、内臓の働きさえも手に取るように分かる。
より高みへと位置する者は身体内部の動きから攻撃の先読みをも可能とする、正に武を極めた者にのみ許された高等の力。
黒死牟自身も修練の果てに到達した領域へ、ほんの僅かな、使いこなすには程遠い片鱗とはいえ結芽も至った。
燕結芽という少女は、天才だ。
幼くして御刀に認められ、たった一人で複数人の刀使を薙ぎ倒す才能の持ち主。
親衛隊で唯一荒魂の力を使わずに、最強の座へ君臨した。
そんな結芽に唯一足りなかったのは時間。
刹那に光り輝き煌きを焼き付けた彼女に与えられたのは、終わった筈の物語の延長戦。
神が用意した舞台にて結芽と対峙したのは、本来決して相まみえる事がない異形の戦士たち。
進化を果たしたオーバーロードインベス、闘争の果ての死を求める人狼、そして上弦の壱。
本来の御刀が手元に無く本領を発揮できない不利な状態であっても、この地での死闘は一つ上の段階へと押し上げる糧として結芽の中に根付いたのだ。
幼くして御刀に認められ、たった一人で複数人の刀使を薙ぎ倒す才能の持ち主。
親衛隊で唯一荒魂の力を使わずに、最強の座へ君臨した。
そんな結芽に唯一足りなかったのは時間。
刹那に光り輝き煌きを焼き付けた彼女に与えられたのは、終わった筈の物語の延長戦。
神が用意した舞台にて結芽と対峙したのは、本来決して相まみえる事がない異形の戦士たち。
進化を果たしたオーバーロードインベス、闘争の果ての死を求める人狼、そして上弦の壱。
本来の御刀が手元に無く本領を発揮できない不利な状態であっても、この地での死闘は一つ上の段階へと押し上げる糧として結芽の中に根付いたのだ。
とはいえ、今しがた起きた現象を結芽が正確に理解しているかと言えば違う。
突然何の説明も無しに、一瞬だけだが見える世界が変化し混乱しない方が少数。
突然何の説明も無しに、一瞬だけだが見える世界が変化し混乱しない方が少数。
つまり今の彼女はゲームにおいて珍しい事に、隙だらけとなっている。
「あ、やっば…!」
己の迂闊さに気付き我に返った時には手遅れ。
視界いっぱいに刀を振り被る侍が映り込む。
見下ろす六眼に勝利への喜びも達成感も表さず、無感動に斬り付ける。
写シは張ったままだが避けられない一撃を受けては、確実に剥がれてしまう。
来る衝撃に全身を強張らせ、
視界いっぱいに刀を振り被る侍が映り込む。
見下ろす六眼に勝利への喜びも達成感も表さず、無感動に斬り付ける。
写シは張ったままだが避けられない一撃を受けては、確実に剥がれてしまう。
来る衝撃に全身を強張らせ、
「…………あれ?」
斬られていない。
振り下ろされた筈の刀は首に添えられたまま、それ以上動く気配も無い様子。
ギョロリと刀身の眼と視線が合い、思わず嫌そうな声を漏らす。
それを聞き届けたのか定かではないが刀が離れ、鞘に納めるのが見えた。
鍔が奏でる心地良い金の音、一拍置き首を傾げ尋ねる。
振り下ろされた筈の刀は首に添えられたまま、それ以上動く気配も無い様子。
ギョロリと刀身の眼と視線が合い、思わず嫌そうな声を漏らす。
それを聞き届けたのか定かではないが刀が離れ、鞘に納めるのが見えた。
鍔が奏でる心地良い金の音、一拍置き首を傾げ尋ねる。
「なんで?今斬れたのに」
情けをかけるような性質ではないだろう。
女や子供に手を上げたくはない、というのもない。
写シを張った霊体なのを考慮しても散々斬られたのに、何故今更武器を納めたのか理解不能だ。
女や子供に手を上げたくはない、というのもない。
写シを張った霊体なのを考慮しても散々斬られたのに、何故今更武器を納めたのか理解不能だ。
「屠り合いを……是とするならば……その通りにした……」
「えっ?えーっと……」
「えっ?えーっと……」
言葉の意味を噛み砕き、理解に繋げる。
もう少しきちんと説明して欲しく、微妙に言葉が足りない。
ただ分からない訳でもないので、やがて導き出された答えを口にした。
もう少しきちんと説明して欲しく、微妙に言葉が足りない。
ただ分からない訳でもないので、やがて導き出された答えを口にした。
「もしかして…おにーさん殺し合いには乗ってない?」
「……」
「結芽の早とちり……だったりする?」
「…………」
「……」
「結芽の早とちり……だったりする?」
「…………」
沈黙は肯定も同然。
何とも締まらない結末へ呆れるかのように、二人の間を風が吹き抜ける。
戦闘開始から1分と36秒が経過。
短時間の中で行われた苛烈な斬り合いの幕切れだった。
何とも締まらない結末へ呆れるかのように、二人の間を風が吹き抜ける。
戦闘開始から1分と36秒が経過。
短時間の中で行われた苛烈な斬り合いの幕切れだった。
◆
「はぁ!!!!??!」
「おねーさん声大きいよ。耳がキンキンしちゃうんだけど」
「大声も出すに決まってんでしょ…!」
「おねーさん声大きいよ。耳がキンキンしちゃうんだけど」
「大声も出すに決まってんでしょ…!」
人差し指を両耳に突っ込み、あからさまに五月蠅いんだけどアピールをする。
小生意気な少女らしい仕草もキャルには余計な刺激を与えるだけだ。
小生意気な少女らしい仕草もキャルには余計な刺激を与えるだけだ。
結芽の意思を汲み取り遊星をある程度離れた場所まで運んだ後、大急ぎで戻って来たキャルが見たのは予想外の光景。
どこか気まずそうな空気が漂う中で突っ立ている男と少女。
離れた位置からでも激しい戦闘音が聞こえ、その内ピタリと何も聞こえなくなった
てっきり血で血を洗う凄惨な場と化し、結芽が危機に陥っていると考えたのだがとんだ肩透かしを食らった気分だ。
どこか気まずそうな空気が漂う中で突っ立ている男と少女。
離れた位置からでも激しい戦闘音が聞こえ、その内ピタリと何も聞こえなくなった
てっきり血で血を洗う凄惨な場と化し、結芽が危機に陥っていると考えたのだがとんだ肩透かしを食らった気分だ。
「ごめんね~。恐い顔して睨んで来るからつい、やっちゃった♪」
「あたしの心配返しなさいよぉ!」
「あたしの心配返しなさいよぉ!」
申し訳なさと気まずさとで頬を掻きながらも、にっかりと笑って謝罪を口にする。
キャルからしたら結芽が殺される最悪の展開も考えただけに、非常に納得がいかない。
死者が出ず、ゲームに乗っていない者同士で取り返しの付かない事態にならなかっただけマシではあるが。
キャルからしたら結芽が殺される最悪の展開も考えただけに、非常に納得がいかない。
死者が出ず、ゲームに乗っていない者同士で取り返しの付かない事態にならなかっただけマシではあるが。
(うーん…少しは我慢するつもりだったんだけどなぁ)
とんだ勘違いをやらかしてしまった自身に、言い表せない感情を向ける。
もしここにいる自分が可奈美との戦いを経験していなかったら、それこそ城之内に言った別世界の自分とかだったら。
多分黒死牟を見た瞬間、余計な事は考えずに斬り掛かっていたと思う。
でも今こうして生き返ったのは、そうならなかった結芽。
強者へ興味があると言っても事態が事態だし自重くらいはする。
なのにさっきは黒死牟と言葉を交わすより早く、放たれるプレッシャーに反応し斬り掛かった。
もしここにいる自分が可奈美との戦いを経験していなかったら、それこそ城之内に言った別世界の自分とかだったら。
多分黒死牟を見た瞬間、余計な事は考えずに斬り掛かっていたと思う。
でも今こうして生き返ったのは、そうならなかった結芽。
強者へ興味があると言っても事態が事態だし自重くらいはする。
なのにさっきは黒死牟と言葉を交わすより早く、放たれるプレッシャーに反応し斬り掛かった。
(もしかして結芽、焦ってた?)
城之内が死んでそう時間を置かずに黒死牟と遭遇し、また協力して戦った相手が死ぬと思ったのか。
繰り返しは御免だと、冷静に考えるより先に刀を抜いたのか。
らしくない、というよりは自分がそういう行動に出るとは想像もしていなかった。
城之内の存在が協力して戦うのも楽しい、こういうのも悪くないと思わせてくれた。
でも彼が自分に遺したのは楽しいだけじゃない、痛くてあんまり気持ちが良くないもの。
自分を置いてずっと遠くへ逝ってしまう、悲しみもだ。
強い人と戦う、皆と協力する。
楽しいそれらとは違う、出来れば味わいたくない痛み。
自分を変な行動に走らせた原因がこの痛みなら、やっぱり良いものではないんだろう。
繰り返しは御免だと、冷静に考えるより先に刀を抜いたのか。
らしくない、というよりは自分がそういう行動に出るとは想像もしていなかった。
城之内の存在が協力して戦うのも楽しい、こういうのも悪くないと思わせてくれた。
でも彼が自分に遺したのは楽しいだけじゃない、痛くてあんまり気持ちが良くないもの。
自分を置いてずっと遠くへ逝ってしまう、悲しみもだ。
強い人と戦う、皆と協力する。
楽しいそれらとは違う、出来れば味わいたくない痛み。
自分を変な行動に走らせた原因がこの痛みなら、やっぱり良いものではないんだろう。
「というかあんたもあんたよ…。誤解ならもっと早くに言いなさいよ!何か普通に斬り合ってたし!」
「……」
「うっ…、な、なによ、ベ、別におかしいことは言ってない、じゃないのよ…」
「おねーさん恐いの?」
「……」
「うっ…、な、なによ、ベ、別におかしいことは言ってない、じゃないのよ…」
「おねーさん恐いの?」
勝ち気な口調で黒死牟に文句を言うも、六眼を向けられ語気が弱まる。
殺し合いに乗っていないにしても見た目の恐さは変わらない。
怪獣に変身するのに等身大の相手は恐いのか。
青褪めるキャルを何とも不思議そうに見つめ、ふと思い出したように黒死牟へ問い掛けた。
殺し合いに乗っていないにしても見た目の恐さは変わらない。
怪獣に変身するのに等身大の相手は恐いのか。
青褪めるキャルを何とも不思議そうに見つめ、ふと思い出したように黒死牟へ問い掛けた。
「それにしてはおにーさん、結芽のこと結構本気で斬ってなかったっけ?」
「実体を持たぬお前を斬ったとて……死にはしないだろう……」
「へぇ、写シの仕組みに気付いてたんだ」
「実体を持たぬお前を斬ったとて……死にはしないだろう……」
「へぇ、写シの仕組みに気付いてたんだ」
透き通る世界が最初に捉えたのは、童女ながらも剣士として作り上げた肉体。
だが全身から光を放った直後、肉体内の器官が消え抜け殻にも等しく見えた。
まるで数時間前に斬り飛ばした騎士、デェムシュが全身を気体に変えた時のように。
故に生身へ戻らない限り、斬っても恐らく死には至らないと判断。
躊躇せずに刀を結芽へ届かせたのである。
だが全身から光を放った直後、肉体内の器官が消え抜け殻にも等しく見えた。
まるで数時間前に斬り飛ばした騎士、デェムシュが全身を気体に変えた時のように。
故に生身へ戻らない限り、斬っても恐らく死には至らないと判断。
躊躇せずに刀を結芽へ届かせたのである。
「……」
ある意味では、勘違いから起きた戦闘は都合が良かった。
屠り合いが始まり早数時間、未だに方針を決められない腑抜けな自分。
主への忠義を尽くさず、弟をどうするかも分からず思考を停滞させる無様な己。
そして、考える必要は無い筈なのに、脳裏へ根を張り離れない桜色の少女。
絡み付くそれらに思考を割くよりは刀を振るっている方がまだ良い。
屠り合いが始まり早数時間、未だに方針を決められない腑抜けな自分。
主への忠義を尽くさず、弟をどうするかも分からず思考を停滞させる無様な己。
そして、考える必要は無い筈なのに、脳裏へ根を張り離れない桜色の少女。
絡み付くそれらに思考を割くよりは刀を振るっている方がまだ良い。
しかし結芽との斬り合いを思い返せば返す程、デェムシュに言われた言葉が蘇る。
伽藍洞の、人形の剣。
その通りだ。
無限城で柱達を相手取った時のように、よくぞ鍛え上げたと感心し昂る事も無く。
淡々と、大きな理由も抱かず剣を振るう己は確かに、空っぽなのだろう。
伽藍洞の、人形の剣。
その通りだ。
無限城で柱達を相手取った時のように、よくぞ鍛え上げたと感心し昂る事も無く。
淡々と、大きな理由も抱かず剣を振るう己は確かに、空っぽなのだろう。
無惨の配下として為すべき事を為さない。
嫉妬と憎悪を燃やし縁壱を斬ろうにも、傀儡と化した弟へ何を感じているのか自分でも判断が付かない。
流されるままに剣を振るう己が、明確な感情を宿し斬り殺さんとしたのはあの時だけ。
嫉妬と憎悪を燃やし縁壱を斬ろうにも、傀儡と化した弟へ何を感じているのか自分でも判断が付かない。
流されるままに剣を振るう己が、明確な感情を宿し斬り殺さんとしたのはあの時だけ。
――『だって……この笛…黒死牟さんの…大事なものみたいだったから……』
自分に付いて回る娘が、気が狂ったとしか思えない行動に出た時。
それまで特別熱を抱かなかったというのに、嘲笑するデェムシュがやけに目障りだった。
殺して黙らせようと決めたくらいには苛立ったが、具体的な理由までは分かっていない。
それまで特別熱を抱かなかったというのに、嘲笑するデェムシュがやけに目障りだった。
殺して黙らせようと決めたくらいには苛立ったが、具体的な理由までは分かっていない。
(あの娘は…………)
「そろそろ良いか?」
またもや余計な事を考えそうになり、丁度良いタイミングで中断される。
聞こえた声に軽く視線をくれてやると、特徴的な髪型の少年がいた。
こちらへ近付いて来る気配には当然気付いていたが、敵意は感じないので別に仕掛ける理由もない。
聞こえた声に軽く視線をくれてやると、特徴的な髪型の少年がいた。
こちらへ近付いて来る気配には当然気付いていたが、敵意は感じないので別に仕掛ける理由もない。
「あれ、何時の間に起きたの?えーっと、蟹のおにーさん?」
「言い争うような声が聞こえて、目を覚ましたら知らない場所にいたんだ」
「言い争うような声が聞こえて、目を覚ましたら知らない場所にいたんだ」
冷静に努めてはいるが気付かない内に変化した状況には、若干の戸惑いが見られた。
気絶から意識を取り戻した青年、遊星は改めてこの場にいる面々を見回す。
城之内から結芽と呼ばれていた少女。
名前は知らず顔も今初めて見た、人間にはない特徴を持つ男と少女。
気絶から意識を取り戻した青年、遊星は改めてこの場にいる面々を見回す。
城之内から結芽と呼ばれていた少女。
名前は知らず顔も今初めて見た、人間にはない特徴を持つ男と少女。
「戦士族と獣戦士族のモンスター、か?」
「おにーさんまだ寝惚けてない?」
「おにーさんまだ寝惚けてない?」
冷静に言われ頭を振る。
彼女の言う通り現実への覚醒が少しばかり出来ていない。
軍服の男と戦ったエリアではない、見知らぬ病院らしき建物の近く。
いる仲間といない仲間、何者なのか分からない参加者達。
重傷を負った筈が元の形を取り戻した己の右腕。
意識を落としている間に何が起きたのか、一つずつ確認の必要がある。
真っ先に聞きたいのは、姿が見当たらない少年の行方。
彼女の言う通り現実への覚醒が少しばかり出来ていない。
軍服の男と戦ったエリアではない、見知らぬ病院らしき建物の近く。
いる仲間といない仲間、何者なのか分からない参加者達。
重傷を負った筈が元の形を取り戻した己の右腕。
意識を落としている間に何が起きたのか、一つずつ確認の必要がある。
真っ先に聞きたいのは、姿が見当たらない少年の行方。
「君は結芽、で良かったか?名乗る余裕も無かったが、俺は不動遊星だ」
「遊星おにーさん、だね。結芽の名前は…あ、城之内のおにーさんが言ってたから分かるか」
「ああ。その城之内は、どこにいるんだ?」
「遊星おにーさん、だね。結芽の名前は…あ、城之内のおにーさんが言ってたから分かるか」
「ああ。その城之内は、どこにいるんだ?」
そう聞かれるとは分かっていた。
死んだと、簡潔に伝えれば済む話。
けれど少しだけ言葉に詰まり、言おうとした内容が出て来ない。
遊星が訝し気な顔をする前に口を開き、何があったかを説明する。
どんな顔をしてるかは自分でも判断が付かないけど、笑顔とは程遠いことくらいは鏡を見なくても分かった。
死んだと、簡潔に伝えれば済む話。
けれど少しだけ言葉に詰まり、言おうとした内容が出て来ない。
遊星が訝し気な顔をする前に口を開き、何があったかを説明する。
どんな顔をしてるかは自分でも判断が付かないけど、笑顔とは程遠いことくらいは鏡を見なくても分かった。
「そう、か……。達也と、城之内も……」
姿が見えない理由に、そうだろうという予感はあった。
だが信じたくはない、先の戦いで共闘しただけの間柄でも、共に強敵へと抗った仲間なのだから。
それにやはりというべきか、達也も助からなかったらしい。
自分が気絶する直前の彼は、医者でない者が見ても助かる見込みはほぼゼロと断言する程の満身創痍。
意識を失いすぐ力尽きたのだという。
だが信じたくはない、先の戦いで共闘しただけの間柄でも、共に強敵へと抗った仲間なのだから。
それにやはりというべきか、達也も助からなかったらしい。
自分が気絶する直前の彼は、医者でない者が見ても助かる見込みはほぼゼロと断言する程の満身創痍。
意識を失いすぐ力尽きたのだという。
「っ……」
結芽が治してくれた右手の拳を握り締める。
あの状況で遊星に出来た事は無い。
仮に気絶しなかったとしても、ドローすら不可能な傷を負った体では、死にかけとはいえ猛威を振るった軍服の男を止めるなど不可能。
誰が聞いても遊星が責任を感じる必要は無いと言うだろうし、結芽からも責められる言葉は一つも向けられなかった。
理解してはいるが意識を失くしている間に仲間の命が奪われたのは、どうにもやるせない。
あの状況で遊星に出来た事は無い。
仮に気絶しなかったとしても、ドローすら不可能な傷を負った体では、死にかけとはいえ猛威を振るった軍服の男を止めるなど不可能。
誰が聞いても遊星が責任を感じる必要は無いと言うだろうし、結芽からも責められる言葉は一つも向けられなかった。
理解してはいるが意識を失くしている間に仲間の命が奪われたのは、どうにもやるせない。
喪失の悲しみを遊星は既に味わっている。
凄腕の腕を持つメカニックであり、人懐こい性格だった友。
敵対し本気の決闘(デュエル)の果てに、想いを吐露したチーム5D'sの仲間。
希望の未来を託し彼がブラックホールへと姿を消した時の、慟哭する自分は今でも思い出す。
凄腕の腕を持つメカニックであり、人懐こい性格だった友。
敵対し本気の決闘(デュエル)の果てに、想いを吐露したチーム5D'sの仲間。
希望の未来を託し彼がブラックホールへと姿を消した時の、慟哭する自分は今でも思い出す。
同じように涙は流れない。
けれど無力感と悲しみは遊星自身にも止められず、毒のように蝕む。
けれど無力感と悲しみは遊星自身にも止められず、毒のように蝕む。
「あの…ちょっといい?」
安易に声を掛けるのは憚れる空気と察しながらも、意を決し話しかけるのはキャルだ。
仲間の死にショックを受けている所で話を切り出すのは、正直気まずい。
様子を見て黙っているべきなのかもしれないが、ずっと入り口の前で立ち尽くしている訳にもいかない。
仲間の死にショックを受けている所で話を切り出すのは、正直気まずい。
様子を見て黙っているべきなのかもしれないが、ずっと入り口の前で立ち尽くしている訳にもいかない。
「あんたの邪魔をするつもりはないけど、そろそろ中に入った方が良いんじゃない?遊星、だっけ。あんたまだ結構ボロボロだし、それに…」
何か言いたげに視線を投げかけるキャルをこちらも見ると、小さく悲鳴を上げられた。
自分の容姿の醜悪さは自覚しているので、今更そういった反応があっても別に何とも思わない。
ただキャルだけでなく残りの二人の目も自分へ向いてると分かり、彼らが説明を求めているとは黒死牟にも察せられた。
自分の容姿の醜悪さは自覚しているので、今更そういった反応があっても別に何とも思わない。
ただキャルだけでなく残りの二人の目も自分へ向いてると分かり、彼らが説明を求めているとは黒死牟にも察せられた。
「……」
いろはは眠りに落ち、承太郎なる少年も目を覚まさない。
それならもう一人、天津と名乗った男に説明役を放り投げるか。
鬼である自分を除けば病院にいる参加者で最年長。
病室での情報交換も滞りなく進めており、キャル達からしても黒死牟が話すよりも遥かにマシだろう。
それならもう一人、天津と名乗った男に説明役を放り投げるか。
鬼である自分を除けば病院にいる参加者で最年長。
病室での情報交換も滞りなく進めており、キャル達からしても黒死牟が話すよりも遥かにマシだろう。
「付いて来い……」
短く告げ踵を返せば背後からの反応は三者三様。
「ああ」と同じく短い返事をし後に続く青年。
「流石に疲れちゃったなー」と呑気に言う声に、「もう、世話が焼けるんだから…」と文句を口にしつつもおぶってやる気配。
「ああ」と同じく短い返事をし後に続く青年。
「流石に疲れちゃったなー」と呑気に言う声に、「もう、世話が焼けるんだから…」と文句を口にしつつもおぶってやる気配。
誤解から始まった戦闘を終え、奇妙な一団はようやく病院内へと足を踏み入れた。