マグノリア@Wiki

「法王庁襲撃編 No1‘全てを知る者’」

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
  2-11「法王庁襲撃編‘No1 全てを知る者’」

前編:
「‘彷徨える逆十字団’。各教区で、数多の凶行を重ねるも、主要メンバー同士のつながりは希薄。特定の行動パターンは無し」
法王庁大聖堂聖母像前で、深い祈りを捧げる全身に長身の影に、‘法王庁第七課課長’イルドルフは静かに語りかけた。
「その集団の頂点に位置するのが、‘No1 全てを知る者’。・・・幹部である‘シングルナンバー’の前にさえ滅多に姿を現さないが、絶対的なカリスマで、危険人物揃いの‘十字団’を統括。一度動けば、我々法王庁も後手に回る事も多かった」
尚も語り続けるイルドルフの声に、祈りを終えた長身は、全身に幾重にも布を巻きつかせた身を静かに起こす。
「‘全てを知る者’とは、仰々しい名前だと思っていたが、その正体があなたなら頷ける話だ、アウグス殿」
無言のまま、ゆっくりと振り返る。
「法王庁の中枢機関ともいえる‘異端審議会’。その中でも‘賢人’と称えられた先代の‘異端審議長’アウグス・フォルケンスなら!」
完全に振り返った‘No1 全てを知る者’は、イルドルフに対し、深紅の瞳を向ける。
「‘伏せ名’を外部の人間に呼ばれたのは、十年ぶりか・・。異貌と化したこの身から、よくその名を導き出したものだ」
「気づいたのは、たった今です。私が始めて聖職位を頂いた時、今と同じその場所で、無心で祈るあなたの姿は、先程と変わらなかった」
「私も覚えているぞ、‘マトレイヤの少年’イルドルフよ。あのやせ細った子供が、今や司祭か。‘悪魔’と化したこの身にも、神は慈悲を与えたようだな。・・・まさか、我が‘逆十字団’悲願達成の直前に、お前に会わせてくれるとは」
再び正面を向くと、‘先代異端審議長’はゆっくりと聖母像の脇を過ぎ、静寂が支配する大聖堂の廊下を歩き始める。
「だが、道案内は不要だ、イルドルフ。‘法王庁’は、私が一番良く知っている」
「‘法王庁第七課課長’として、‘異端者’をこれ以上進める訳にはいきません!」
‘マデルの天蓋’に向うその姿を、イルドルフは搾り出すような声で呼び止める。
「その深紅の双眸。かつて、あなた自身が封印した‘高位悪魔’転身のための‘劫魔の紗眼’を使われましたな?」
「そう、私自らが、封印を解き、この肉体に使った。・・・イルドルフよ。‘異端異聞録’には、‘侯爵’級上位悪魔が出現した件例は何件記されている?」
「四件。半年前の‘激怒の夜’を加えるなら五件」
「ならば、‘伯爵’級が出現した件例は?」
「公式には、いまだ記録がありません」
「そうか・・・。ならば記せ。今夜、お前の目の前に立っている男の事を」
振り返りもしないで、‘全てを知る者’は、淡々と答えた。
イルドルフは、理解した。
自分の経験が、絶対的な力の差を感じ取った。
だから、どうしても尋ねなければならない。
「ひとつ、お答えください。かつては、アスガルド半島の執政を担い、信仰を持って知られながら、二十年前に病没したあなたが、なぜ、」
一度、言葉に詰まる。
「なぜ、・・・‘異端者’なのですか?」
「どうでもいいだろう、そのような事は。」
「良くは無い!」
廊下に響き渡るような声で、イルドルフは叫んだ。
押し殺していたものが、全て溢れ出したような声だった。
「・・・あなたは!‘異端審議長アウグス・フォルケンス’は!・・・」
「そこまでだ、イルドルフ司祭」
冷たい声は、廊下の前方から響いてきた。
「‘No1’については、私が指揮をとる。君には待機を命じていたはずだ。・・その男を、‘天蓋’へ通せ」
「・・・」
「・・・私の用は、もうじき済む。それからゆっくりと語るとしよう」
もう一度振り向いた深紅の瞳に映った感情は、イルドルフは理解できなかった。
ただ、その姿を再度確認しようとした時には、アウグスの姿は、扉の開いた‘マデルの天蓋’の内側に、吸い込まれるように消えていた。

中編:



「昇り詰めたものだな、ウィトス・ワイヤード。私の謀殺を謀った後も、策謀権術により、いまや‘異端審議官’か。・・・‘聖ロハスの間’の、椅子のすわり心地はどうだ?」
円形の天井のステンドグラスからは、雲の切れ間から差し込む月光がこぼれている。
扉が閉まるのを確認すると、アウグスは、対峙する壮年の男に語りかけた。
「悪くはありませんが、最高と言うわけでもありません。だから、近いうちに円卓最上位の椅子、つまり以前のあなたが座っていた椅子に座るつもりです」
答えた声は、年齢を感じさせない張りがあった。
アウグスは、溜息にも似た息を吐く。
「生まれる時代を間違えたなウィトス・ワイヤード。・・・‘統一戦争’直後ならば、お前の行き方も、悪くは無かったのかもしれないが、」
「いつの時代も、どこの場所にも‘持つ者’と‘持たざる者’は存在する。‘黄昏の時代’にも、‘犯罪都市の下層地区にも’そして‘異端審議会’にも。・・・百年前に生まれても、百年後に生まれても、私は同じ生き方をするでしょう。そしてあなたは敗れるのです。‘異端審議長’としても、‘異端者 全てを知る者’としても」
「その自信があるなら、早く始めようではないか、ウィトスよ。外にイルドルフを待たせている。それに‘天蓋’ならば、‘オリジナルグングニル’の直撃のも耐えられる強度を誇る。・・・遠慮はいるまい」
「‘異端審問’をするまでもありませんな、前審議長殿。あなたの判決は・・・」
僅かの間をおいて、異端審議官ウィトス・ワイヤードは冷笑と供に吐き出した。
「死刑です」
「不可能だ。かつての政敵よ」
アウグスの声には、その深紅の瞳同様、感情が混じる事は無かった。
「神よ、お許しください。これから、神聖なる法王庁大聖堂‘マデラの天蓋’が、‘異端者’が流す、汚れた血で汚れます。願わば、心正しき者の勝利を見守られん事を」
その直後、ウィトスの背後から飛び出した二つの影が、幾重にも布に包まれたアウグスの体目掛けて、同時に一撃を放つ。
閃光、そして爆音が響き渡り、大聖堂全体が、僅かに揺れた。

「耐呪効果の高い‘レニスの赤布’を巻きつけて、対アーティファクト効果を高めたつもりだろうが、アタシの‘煉栽棍’の一撃じゃあ紙切れ同然だって」
先端に、二輪の輪のついた杖を構えた長身の美女が、尼僧服の裾を翻し、野性的な笑みを浮かべる。
「虚言は、聖職者にあるまじき行為でしてよ、アルデ審問官。正確には、『この‘イグニアの蒼流’を持つ異端審問官ラーラ・メルデの前には』、でなくて?」
尼僧用の頭巾からこぼれた艶やかな金髪をほつれさせながらもう一人の女性が、二対の短剣を手元で優雅に閃かせ、同僚の言葉を上品かつ冷徹に否定する。

「良いのか?小羊たちよ」
爆煙を、掻き分けるように、低い声が‘天蓋’にこだまする。
「何?」
「飢狼を束縛していた‘しかけ’を、自らの手で外すような真似をして良かったのか、と聞いている」
「まさか、まだ立っていられまして!?」
瞬時に身構える二人の尼僧をあざ笑うが如く、突如、突風が吹き荒れ、爆煙を吹き飛ばす。
吹き飛んだ‘レニスの赤布’の下からは、荒野を彷徨う聖者のようにやせ細った、しかし不可視の加護を得たかの様な体が出てきた。
長く伸びた細い鋼の髪の間から、天に弓引くが如く、二対の角が伸びている。
「‘伯爵’級の悪魔の贄となるか、哀れな小羊たちよ」
そして聖地に向う巡礼者のような足取りで、ゆっくりと歩を進める。


「‘聖典 第三章 イザクの書 第五節’に記されている話をご存知ですか、‘先代異端審議長’アウグス・フォルケンス殿?」
‘聖ロハスの間’へと続く扉の両側に備え付けられた二対の円柱の陰から、穏やかな笑みとともに、剣を下げた長身の男が姿を見せた。
「‘聖リヤドの狩人’・・・」
「そのとおり。子羊の皮を被り、狼を討った狩人の話です。私はこの話が気に入っていましてね。巡回神父であったころ、‘布信’の際にはこの話を子供たちに必ず聞かせていました」
腰から下げた鞘から、錆の浮いた剣を抜き、微笑と供に構えると、左右に位置する尼僧達へ声をかける。
「申し送れましたが、私は法王庁第九課の課長職を預かるヒュー・ベルガーと申します。日頃ウィトス審議官殿には、‘免罪符’を頂いている身でしてね。今回の‘聖務’も我が‘第九課’が、積極的に参加させて頂きました。」
一礼と供にヒューが手にした錆だらけの刀身を振るうと、眩いばかりの輝きを放つ白刃へと変化する。
「アルデ審問官は右から、ラーラ審問官は左からお願いします。くれぐれも出し惜しみをしないで下さいよ。」
「チッ!課長命令とあっちゃ仕方無いな。アタシが早すぎても、文句は言うなよ、ラーラ?」
「遅すぎての間違いでなくて!」

「ハッ、ダサイね。切られてやんの!」
「あら、足蹴にされるよりは、マシじゃなくて?」
自分の左右で倒れている二人の部下を見た後、法王庁第九課課長ヒュー・ベルガーは、もう一度、‘マデルの天蓋’の中心部に立つ、‘No1 全てを知る者’の姿に眼を移す。
正面、左右。
三点から同時に仕掛けた攻撃であった。
しかし、まるで予想していたかの如く、切り返された。
「そろそろ、神へ祈ろう、ヒュー・ベルガー司祭。ここは、‘もっとも天へと近い地’なのだから」
赤い目を光らせながら、‘先代異端審議長’は、揶揄するわけでもなく、静かに語りかける。
「ええ、祈るとしましょうか、アウグス殿。あなたの壮絶なる死を!」
右手に構えた剣を、ヒューが天へと突き上げるのを合図に、アウグスの頭上に、不吉な陰が降り注ぐ。

二重構造の円蓋の内側には、十六に区切られてステンドグラスがはめられている。
陽光を取り込む窓には、角笛を持つ十一人の天使に囲まれ剣を構える天使長の姿が描かれている。
その壮麗な窓のうち二枚が割れ、降り注ぐガラスの破片と供に、アウグスの頭上に、銀光を煌かせる二つの黒影が落下する。
アウグスは、微動だにせず、鋼のような腕を振るい、相手を退ける。
「完全に間合いをとっていたはずだが・・・。」
「かわされた!?・・・‘神よ。我が不徳をお許しください’」
自分の背後に降り立った両腕に幾重にも鎖を巻いた巨漢と、長槍の構えた細身の青年を、深紅の瞳が確認する。
「さらに二人、いや・・・」
「三人目もいるぜ! ‘異端野郎’!」
アウグスの呟きに、天蓋より降り注いだ凶暴な男の声が答えるのと同時に、矢が飛来する。
眼前にかざした左手で、矢じりを押さえると、アウグスは右手を矢が飛来した方向へかざした。
「そうこなくっちゃ、‘異端狩り’はおもしろくないぜ!次はこの異端審問官ニハト・バル・バス様が、その下品な赤玉打ち抜いてやるからよ!」
衝撃波をかわすと、哄笑が響き渡った。

背後から伸びた数条の鎖が、アウグスの上体に巻きつく。
「法王庁第九課所属異端審問官アベラルド・ホーケン。我が信仰にかけ、‘マデラ天蓋’まで進入せし、‘異端者’を排除する」
岩のような声と供に、巨漢はさらに鎖を絞り上げる。
「いいぜ、アベラルド!そのまま押さえてろよ!俺が、この‘異端野郎’を・・・何!?」
天蓋を移動しながらニハトは、弓に三対の矢を同時に構えるが、そこに吹き飛ばされた巨漢の体を慌ててかわす。
自分を戒める鎖の一本をアウグスは無造作に掴むと、軽く腕を振るうだけで振り解き、逆にアルベルドの巨体を、弓を番える異端審問官に向って投げ飛ばしたのだ。
「この‘異端者’が!」
徐々に、異端審問官達の上げる声からは、余裕がなくなっていく。


「退け」
自分の前にたった、青白く輝く槍を構える細身の異端審問官に、アウグスは告げた。
「退かぬなら・・・」
深紅の瞳で、右半分に火傷の後が残る端正な顔を直視する。
「死ぬぞ」
「法王庁第三課所属異端審問官レイモンド・ロウ。以前‘彷徨える逆十字団’幹部‘No7 火連の錬金術師’と接触しながら取り逃がした我が贖罪を、償う機会を与えてくださった、ウィトス審議官のためにも、今回の‘聖務’に」
青年が、深く息を吐くと、槍の輝きが増す。
「命をかける」
「課外者に、張り切らせる訳にはいきません」
穏やかなヒューの声と供に、体勢を整えた異端審問官達が、アウグスの周りを取り囲んだ。

「‘煉栽棍’ ‘イグニアの蒼流’‘鳳烈光’ ‘咎人の鎖(ギアスオブギルティ) ’‘聖ゲオルグの槍’そして・・・‘賢者の嘆き’、よくも揃えたものだ」
自分を取り囲んだ、異端審問官達が構えるアーティファクトに眼を走らせると、‘先代異端審議長’は、短めの感想を漏らした。
「流石、博識ですなアウグス殿。しかし、それだけではありません」
再び姿を見せたウィトスが、冷たい笑みと供に、灰褐色の銃を構える。
「・・・‘バルド・フォース’か」
「A級アーティファクト四種に、B級アーティファクト三種。うち二種は、破壊力だけならS級アーティファクトにも匹敵する・・・。聡明なアウグス殿なら、この意味が分かりますな?」
「・・・ようやく、我が悲願がかなうか」
アウグスの呟きは、誰にも聞こえないほど小さいものであった。
しかし、直後にアウグスの背中から伸びた微振動を繰り返す四枚の赤い翼を見て、全員の呼吸が僅かに乱れる。
「‘滅びの翼’を使用するともりか!?」
第九課課長ヒュー・ベルガーの微かに上ずった声を受け、異端審議官ウィトス・ワイヤードは絶叫する。
「これより‘彷徨える逆十字団No1 全てを知る者’こと‘異端者アウグス・フォルケンス’に対する速やかな処刑の実行につき、各審問官の‘第一種封印攻撃’の使用を許可する!」
凄然と宣言するウィトスの声を合図に、7人の異端審問官は‘マデルの天蓋’の中心に位置するアウグスから一斉に離れ間合いを取ると、首から下げた銀色に輝く‘異端審問印’を外し、それぞれのアーティファクトへと装填する。

「‘煉栽棍’、‘第一種封印弾’装填終了!」
異端審問官アルデ・ステルリアの構えた棍が、二輪の輪を中心に紅蓮の炎に包まれ、主の野性的な美貌を照らす。
「‘イグニアの蒼流’、‘第一種封印弾’装填終了しました」
異端審問官ラーラ・メルデが白い指で短剣の刃先をなぞると、限りなく透明に近い刃が三方に展開する。
「‘聖ゲオルグの槍’、‘グングニル・フォーム’展開終了!」
異端審問官レイモンド・ロウは、火傷の下の表情に毅然とした決意を漲らせながら、青白く輝く槍を構える。
「‘咎人の鎖(ギアスオブギルティ)’‘第一種拘束除去’終了。早くしてくれ、抑えが効きそうに無い」
異端審問官アベラルド・ホーケンがその巨体が誇る両腕に巻きつけた鎖は、絡み合う毒蛇のようなうねりを見せていた。
「‘賢者の嘆き’、‘封印弾’装填終了だぁ!ハハハァ!終りだぜ、‘異端野郎’!」
異端審問官ニハト・バル・バスは、天蓋中に反響するような哄笑と供に、三倍以上の弓背に伸びた弓の弦を引き絞る。
「‘鳳烈光’、‘鳳凰の天翼’展開終了です。」
法王庁第九課課長ヒュー・ベルガーは、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべたまま、逆翼に白刃が伸びた剣を突きつける。
「処刑の時間です、‘異端者アウグス・フォルケンス’。‘汚れた血に裁きと浄化を’!」
『‘裁きと浄化を’!』
異端審議官ウィトスは、己の紡いだ聖句を六人の異端審問官が復唱するのを確認すると、抑えようにも歪んでしまう口元をさらけ出しながら、手にした三連銃‘バルドフォース’の引き金を絞った。
響き渡る銃声を合図に、残りの六人も‘公爵級悪魔 アウグス・フォルケンス’に対し、‘慈悲深き一撃’を繰り出した。


後編:
異端審議官ウィトス・ワイヤードは、左脇に開けられた大穴から流れ出る血液と供に、徐々に薄れゆく意識の中、かろうじて口を動かす。
「まさか・・・」
直属ともいえるヒュー・ベルガー率いる『法王庁第九課』が、たった一人の‘異端者’相手に敗北を喫するとは。
「まさか・・・」
アスガルド半島に12席だけ存在する『異端審議官』の椅子。
他人を蹴落とし、友を裏切り、最愛の師を殺害してまで求めた『異端審議長』へと続く一歩手前で、その卑しい人生に幕を閉じる事になろうとは。
「まさか・・・」
‘異端審議官’であるこのウィトス・ワイヤードが、‘異端者’の祈りと供に召される事になろうとは。
「‘志と供に生き、志と供に死すものに光あれ。・・・神よ、この者の魂を導きたまえ’」
完全に、眼が閉じてしまう前に、異端審議官ウィトス・ワイヤードは、もう一度、己の頭上に立ち、深く響く声で祈りを捧げる‘先代異端審議長’アウグス・フォルケンスの姿を網膜に焼き付けた。
体表を火刑台に架けられた死刑囚の様に炭化させ、背中に生えた二対の赤い翼は、白い骨を剥き出しにして途中で折れている。
5つのA級アーティファクトと2つのB級アーティファクトによる‘第一種封印攻撃’を受け、‘伯爵級悪魔’らしからぬグロテスクな外見を晒したアウグスの姿だが、ウィトスは、嫌悪感を感じなかった。
「まるで・・・」
聖典に記された、天界を追放された堕天使のようだ。
そして、異端審議官ウィトス・ワイヤードは瞼を閉じた。


足元に転がる錆の浮いた剣を拾うと、それを杖代わりに右足を引きずるようにして、中庭に繋がる扉に向って歩く。
古代エノク文字が刻まれた鋼鉄の扉に体組織が剥き出しとなった両手を当てると、そのまま倒れこむようにして扉を開く。


夜空を覆っていた漆黒の雲は消え、眩いばかりの月明かりが、法王庁の大聖堂を照らしている。
「待たせたな、イルドルフよ」
中庭に静かに佇むイルドルフに対し、アウグスは穏やかな声で呼びかけた。
「早速だが、頼みがある」
イルドルフの足元に手にした剣を投げる。
夜の大聖堂に乾いた音が静かに響いた。
「A級アーティファクト‘鳳烈光’、お前なら使いこなせよう。それで、私の心臓と同一化した‘劫魔の紗眼’を破壊してくれ」
その声は、聖母像に祈りを捧げていた時のものと同質であった。
少なくとも、イルドルフにはそう思えた。
「早くしろ。防護組織が破壊されている今だからこそ可能なのだ。・・・直にこの身に‘転生再生’が始まる。‘侯爵級’・・・いや‘魔王級’、‘未知なる混沌(アナザーカオス)’の誕生をお前は目の前で見たいのか?」
「・・・私は、‘異端審問官’を束ねる法王庁第七課の課長です」
イルドルフは、足元に投げられた剣を拾うと、己の異端審問印をその柄に差し込む。
錆び付いた刃を覆う白光が、無表情に近いイルドルフの顔を照らした。
そして、一瞬の動作と供に、振りかぶる。

「これでいい、イルドルフ司祭。これで‘彷徨える逆十字団No1 全てを知る者’は、その大罪を償う為に煉獄へと落ちる。・・・これでいいのだ」
「良くは無い!」
安堵の吐息とも取れるアウグスの声に、イルドルフは堪えきれず、押し殺していたものを吐き出した。
その震える手から、再び錆の浮いた剣に戻った‘鳳烈光’がこぼれ落ちる。
「・・・あなたは!‘異端審議長アウグス・フォルケンス’は!・・・私の憧れだった!」
「・・・覚えておけ、イルドルフ。‘逆十字団’が滅んでも、ウィトス審議官が召されても、必ずその場所に、同じ存在は現れる。この身が‘異端審議長’であった時、私は思い知らされた。・・・いかに美しい庭園でも、害虫も雑草も存在する。何度排除をしても必ず新たな害虫が生まれ、雑草が生えてくる。心しろ。」
「ひとつ、お教え頂きたい」
残された時間が僅かなのは、イルドルフにも分っていた。
「雑草も、害虫も排除せず、供に生きる道は無いのでしょうか?」
「・・・遠い昔、同じような事をお前は私に尋ねたな、‘マトレイヤの少年’よ」
アウグスの窪んだ眼窩の奥に燈っていた紅眼の光が、徐々に薄くなる。
「だが、その問いに答えるには、私は年をとり過ぎた。・・・笑うがいい、イルドルフ。異端審議長時代には‘賢人’と言われ、‘異端’に堕ちてからは‘全てを知る者’と呼ばれたこの身だが、私ほど無知な者はいない」
自嘲気味に言葉を放つと、アウグスは激しく咳き込みながら次の言葉を紡ぐ。
「何しろ、たった一つのことが分らなかった。・・・‘法王聖下’の御心が、分らなかった。・・・‘法王庁’を束ねる‘異端審議長’として、長年に渡り聖下にお仕えしても、‘異端者’として‘マデル天蓋’で、‘滅びの翼’を使っても、無知なるこの身には、あのお方の御心は、理解できなかった」
「アウグス様!」
崩れゆく体を支えたイルドルフの両手を、こぼれ落ちた涙が濡らす。
「お前は、見失うな。先程の問いの答えを探そうとする心を。例え答えが見つからなくとも、お前がその事を忘れなければ・・・」
最後にアウグスは‘マトレイヤの少年’に対して、微笑んだ。
既にその双眸の‘赤’は消えていた。
ただ、優しげな光が燈るだけだ。
「あとは、お前の後へと続く若者たちが引き継いでくれる」
その言葉を最後に‘No1全てを知る者’こと、アウグス・フォルケンスは、息絶えた。

聖堂の鐘が鳴った。
それを合図にイルドルフは立ち上がり、聖都各地に散った法王庁第七課所属の異端審問官達を迎えるために歩を進める。
振り返ることなく歩き始めるイルドルフの目に、白み始めた東の空が映った。


―残る死徒は、あと1人


「逆十字団編ラストエピソード‘No2 銀水晶’」へ続く

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー