ボッツ、親に会う<前編>

    登場人物

 ・ ボッツ・フォン・ラーバ

 本作の主人公。リューリア地方の馬賊出身。戦翼科。

 ・ マンリ・ソート

 ボッツの学友。ヨダ地区山岳地帯の山賊出身。専攻科目不明。

 ・ ルクレシオ・ハマツ

 ボッツの同級、バセン隷区の監督地主出身。輸送科。

  • フェンナー・シバレッチ

 ボッツの同級、トーロック団出身。エリーナルの護衛役。専攻科目不明

  • エリーナル・ルグレンツァ・ベッツォ・アルフィート

元帝都上流貴族令嬢の元上級生。半ば留年中。

  • ツェツェーリエ・フォン・ラーバ

元帝国正規空軍准将にして、リューリア馬賊軍閥の長。ついでにボッツの母

  • ヘボン・ラーバ(ワトキンス)

      ツェツェーリエの旦那。ついでにボッツの父 

 

 

 ワフラビア女学園の周囲を覆う大人工森林帯を抜けると、そこにはリューリア草原へと続く青々とした大草原が広がっている。
    そこへ整然と居並ぶ戦翼科のお嬢様生徒等の愛機たちは、どれもこれもが名だたる高級職人よって凝った装飾が施されており、それは戦翼機と言うよりは正に芸術品の類いであった。
    そして、その奥に鎮座する帝国正規空軍の空母艦隊はこの花とも言える芸術品の群れと、その側に整列する若い操縦手たちを彩っている。

 戦翼科の鍛錬の成果を示す大演習会は帝都貴族と学園側の協力により、盛大に執り行われており、それはさながら正規軍の大軍事演習に引けを取らない騒ぎであった。

 「──新進気鋭たる諸君は、永劫の帝国の平和を築く、大空の礎となるのである!」

 と、居並ぶ操縦士たちを前にして、ワフラビア女学園の戦翼科教官である『ドバニ・ルパシカェ』は大仰に演説を打っていた。
     だが、彼女の前に居並ぶ華奢な操縦服に身を包んだお嬢様生徒の大半は、操縦桿すら滅多に握るわけでもないお飾りが多く、実際に操縦及び戦闘行動を役目とするのは、その後ろに控える軍事訓練の施された下女たちであるのが事実であった。

 

 そのことを教官自身が知らないわけでもないが、彼女はそのお定まりのお嬢様をさっさと卒業させることが仕事であり、その為には大仰な演説と振る舞いにも慣れきっていた。
    しかし、そんな慣例じみた中でもあっても、今回の演習にはあまりに異例なことがあった。 
    それはお嬢様生徒たちの実家と繋がりのある、帝国正規軍の艦船の他に、明らかに不審な艦船群が大草原の端っこに固まって着陸しており、これらが異様な存在感を放っていることだ。
    見るからに帝国正規軍の物とは違うそれらは、貴族たちの艦船と比べると装飾は対照的にひどく地味か、若しくは過剰なまでに武装が施されているかのどちらかであった。
    今からでも戦争でも始めようかという荒々しい気配を放ち、そんな艦から降りてきた連中もワフラビアに訪れるための宮廷正装はおろか、野戦服姿の粗野な者まで遠目にチラホラと写っている次第で、唯一の礼儀と言えば機関銃や迫撃砲まで担いでいないことぐらいであろう。

 「…見なさいな、帝国中の空賊が勢揃いですわ」

 教官が演説を打つ前で、直立不動の姿勢を取りながらもこっそりと小声で話しかける声を、戦翼科上級生のカンムーテは耳に入れていた。
     顔は教官に向けられたままだが、視線はその例の異様な艦船群をとらえている。

 「特待生たちの実家でしょう。北のディーゼルバルドに、南はトーロック傘下のウーリモア。そして東リューリアのラーバ…」

 小声で話しかけてくる相手に、カンムーテは正確に居並ぶ空賊たちの名を挙げた。
    本来なら帝国正規軍であろうと、場合によっては正面から戦闘を仕掛けてくるような連中が、こうして仲良く並んでいる様は全くもって不思議なもので、正体を知っている者ならば尚更、当惑は隠せない。
    しかし、その特待生たち自体は生徒の列に加わっておらず、お嬢様生徒の機体群の遙か後方でたむろしている始末であった。

 「帝国軍となれば、いざしらず、空賊同士でも集結しているというのは、どういうことでしょうね?」

 「普段は空賊同士でも争っていますが、連中も今回ばかりは停戦しているのでしょう。可愛い跡継ぎたちの前ですし、大人しく次期後継者の実力なども探りたいのかもしれません」

 カンムーテは分析を口にすると、相手の方はなるほどと納得した風に口をつぐんだ。
     彼女に話しかけてきたのは、同じく上級生同期であるが、他の生徒同様に操縦桿を握ることはなく下女たちに任せっきりで、もっぱら、やはり策謀を好む節がある。
     その中でいえばカンムーテは自ら機体を操縦する異質な存在であるが、それはデシュタイヤの実働的な家業に寄るところが大きい。

 「…ねぇ、カンムーテさん?一つ宜しいですか?」

 「?」

 「あそこのディーゼルバルドは確か、昨年に帝国地方局から、多大な懸賞金が掛けられておりましたわよね?」

 「それが、どうかなされましたか?ディーゼルバルドだけではありません。ウーリモアもラーバも同様ですし、それは何年も前から非公式にですが…」

 「…貴女、『英雄』になられませんこと?」

 そう不穏な囁きが耳に入ると、カンムーテは内心で苦虫を噛みつぶした。 

 

 永遠に続くと思われる演説を子守歌のようにして、ボッツは草原の上に張った天幕の下で、骨と皮で出来た簡易的な椅子に腰掛けながら、うたた寝をしていた。
    なにせ、自分らに与えられた演習内容といえば、ほとんどがあのお嬢様生徒たちへの接待のようなもので今回も空域をゆったりと飛びながら、照準させられるだけの的として飛べという単純なものであった。
    その為に、今回ばかりは戦翼科に属していない連中も標的機の員数合わせのため、機体を操ることが出来る者ならば片っ端から招集がかかっており、彼女等は実家から引っ張り出してきた機体やら、若しくは軍の払い下げ品の旧型機を一応は離着陸が出来る程度に整備して並べていた。
     一応、戦翼科に身を置いているボッツとしては仮想敵目標としての意味はあるが、ルクレシオとフェンナーもどうでもいい員数合わせ以外の何物でもない。
    そんな事だから、特待生たちはやる気も湧かず、ルクレシオはすっかり暢気にして、敷物を敷くとその上で大胆に食料や酒を広げて昼食の支度をしていたし、フェンナーに至っては遊覧飛行程度だと思ってエリーナル嬢を連れ、彼女へ給仕をしていた。

 他の特待生たちも各々勝手に機体の側で、宴会一歩手前と言った具合にくつろいでいる。
    それを見て上級生や下級生たちもこんな彼女等の態度に目くじらを立てないわけもなかったが、初年特待生の内で飛行戦力においては右に出る者がないほどの三人が、愛機の傍らに寛いでいるさまは要塞がそこにあることと同義であった。
     ボッツは文句なしの空賊紛いの馬賊上がりであったし、その暴れ振りは少しでも空に飛ぶ経験がある者なら誰しも知っている。

 ルクレシオは実家のバセン隷区で、反乱武装奴隷の鎮圧に対し、情け容赦のないことで知られていた。
    加えて、フェンナーの経歴自体は影が薄かったが、トーロック団のお抱えの操縦士という触れ込みがまことしやかに流れている。
    オマケに員数合わせにやって来た他の特待生たちも、正規の教育訓練は受けていないが、実戦の洗礼を豊富に受けた者たちばかりで、挙句の果てには南北最前線にも出向いてアーキル軍を襲って名を挙げたことのある輩までいる。

 これによって上級生たちは誰一人、彼女等に文句の付けようもなく歯がゆい視線を、おっかなびっくりに向ける程度であった。

 

 そんな視線を向けられる彼女等にとって優雅な時間ではあったが、ふとボッツは微睡んでいた瞳を怪訝そうに開いた。
    それは、なにか鼻先に妙な刺激臭を感じとったからである。
    馬賊のような荒くれ者となると、この手の感応が鋭くなくては生きていけないために、その嗅覚は鋭かった。

 「何よ、この臭い?いやにピリピリするじゃない」

 不平を口にしながら、臭いのした方へ目をやるとルクレシオが何か鍋を煮立たせていた。
    中身を匙(さじ)でかき回しているのが目に入り、それを時折すくってみせるが、そこには赤いどろどろの液体と具材が見える。

 「おう、眠り姫のお目覚めだな。食えよ、うち特製の『バッボン』だ」

 「バッボンって、あの辛いやつ?止してよ、起きがけにそんな物、食べれないわよ」

 陽気に器に料理をよそってくれるルクレシオに対し、ボッツは口では拒否を示したが、体は自然と絨毯に腰を下ろして、盛られた器を受け取っていた。

 「で、私等はいつ飛べばいいわけ?教官の話が長すぎて寝ちゃってたわ」

 「よく言うぜ。最初から機体の脇で、ぐうたらしてる時点で聞く気なんかなかったろ?」

 「フェンナーが代わりに並んでくれてると思ったのよ」

 匙(さじ)の先から湯気をあげる熱く辛いバセン地方の郷土料理を、無遠慮に口に頬張りながらボッツはそのわきでエリーナル嬢に給仕をしている細身の同級生を見上げたが、辛みで赤くなるボッツの顔とは対照的に冷たい顔で

 「私はエリーナル様のお側を離れるわけにはいかない」

 と返しながら、その主人に飲み物を注いでる始末だった。

 「じゃぁ、ルクレシオが聞いてればよかったじゃない。アンタ、年下でしょう?」

 「今更、そんなこと言うんじゃねぇよ。そもそも俺は戦翼科じゃねぇんだ。話を聞く義理はねぇさ」

 そう言ってふて腐れるボッツにたいし、ルクレシオも自らによそった料理をがっついている。
   『バッボン』はバセン隷区の貴族階級が好んで食べる料理だそうだが、その内状は肉を香辛料でごった煮にしたもので、リューリアにも類似するものはある。
    しかし、バッボンのほうがオコジョの決まった部位の肉のみを扱うことから、料理として洗練されている事は間違いなかった。

 「だって、私がばっくれていること知ったら、教官が怒るじゃない?」

 「だったら、大人しく並んで聞いとけばよかったじゃねぇか」

 「いやよ。あんな年下の貴族出軍人のご高説なんて、ずっと聞いていたら耳が腐るわ」

 二人は言葉を交わしながら、辛いバッボンをがつがつと暢気に平らげては、辛みのまじったため息を吐き出すと、そのまま食後の一服をつけ始めた。

 

 「ねぇ、ボッツさん。あちらの船はどなたの物なのでしょう?」

 そんな様子の二人を煙たがるわけでもなく、優雅な微笑みを浮かべて好奇心に突き動かされるまま、ふいにエリーナル嬢がフェンナーの用意した安楽椅子にゆったりと腰掛けながら声を掛けてきた。

 「私も今まで色んなお船を見てきましたが、あんな個性的な船は見たことがありませんわ」

 小さな望遠眼鏡を目に当てながら、彼女は帝国空軍艦船から離れた位置にまとまっている、例の空賊連中の艦船郡を指差した。
     装飾に飛んだ貴族の船を見たことはあっても、逆にあそこまで荒唐無稽で乱暴な部類の艦船をエリーナル嬢は見たことがないだけに新鮮なようであった。

 「あぁ、あれはですね、お姉様。特待生たちの実家の船ですよ。私のような仮想目標用に呼び集められた生徒たちの活躍を見に、帝国各地からはせ参じたわけです。…個性的でしょう?」

 ボッツはそうへらへらと答えながら、丁寧に指を差して艦船ひとつひとつを言い当ててみせる。

 「あれはガルア級を小型化改造したフェーミル家の物ですし、その右はゼイドラ攻撃機の武装を減らして貨物部と居住区画を設けたデッセル家の物…。その隣はマコラガに生体器官を五つ増設させたトランガ軍閥の物」

 なんて調子に答えるだけあって、ボッツにとっては見慣れた連中の艦船であり、その内の数隻には機関砲を撃ちかけた事もある。

 「よく、こんなに離れてるのに見分けられるじゃねぇか」

 「稼業柄、目が良くないといけないの。それに、空賊連中なんてめちゃくちゃな改造ばっかりしてるんだから、すぐにわかるわ」

 呆れとも感嘆ともつかないルクレシオの言葉を、得意げに手を振って答えながら、更にボッツは他の空賊艦船も指し示し

 「それで隅っこで、今にも爆散しそうな古ぼけたゲラァが…」

 と、そこまで言いかけて不意に口をつぐんでしまった。

 「どうした?オコジョの毒に当たったか?」

 あまりに今まで得意げに喋っていたボッツなだけに、急に黙り込んでしまったので、ルクレシオは妙な心配をしたが、ボッツは柄にもなく弱々しく頭を振った。

 「違うわ…。参ったわね。なんで、ウチのゲラァがあんなところにあるのよ…」

 そう呻くように呟いて頭を抱えてしまう。

 「そりゃ、参観に来たんだろうぜ」

 「お袋や家の者には伝えなかったわよ…どうして…」

 困惑した調子でボッツが唖然としていると、不意に脇から静かながらも鋭い声がした。

 

 「それは別に君に聞くまでもないからさ」

 その声のした方へ一同が振り向くと、草原の上に朱い杖をつきながらも、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ高年の女性がいた。
    長い白髪交じりの金髪を肩まで垂らし、顔には年波によるシワが刻まれていたが、その表情には子供が浮かべるような悪戯っぽい笑みがある。
     一体何者であろうかと、ルクレシオはその顔を覗き込んで、すぐに高年女の瞳が左右別々の色をしていて、それがボッツと瓜二つな事に気付くと、咄嗟に彼女に声を掛けようとしたが

 「…お袋…」

 ボッツが先に答えを口にして、ひどく狼狽していた。

 「…ボッツ、母上と呼べといつも言っているだろう?」

 悪戯気な笑みを崩さずに言うと、高年女はゆっくりとだが、しっかりとした歩みでこちらに近付いてきた。

 「おい、ボッツのお袋って言ったら、リューリア馬賊の親玉か?」

 あまりの狼狽に腰を抜かしているボッツを尻目に、ルクレシオはフェンナーに声を掛けると彼女は静かに頷き

 「…あぁ、『ツェツェーリエ・フォン・ラーバ』。正規空軍で准将まで上り詰めたが、退役して東リューリアの馬賊軍閥をまとめあげた女傑だ。『リューリアの雌狐』と聞いている」

 フェンナーの解説を聞いて、ルクレシオはなるほどと頷いたが、まあ自分には関係ないなとバッボンを口に含みながら、ボッツとラーバの親子の対面を楽しげに眺めた。

 

 「せっかく、ここまで足を運んだというのに、この体たらくは一体どうしたことだろうね」

 ラーバはまだ腰を抜かしているボッツを見下ろしながら、杖で膝を小突いてくる。 

 「便りもあまり寄越さない上に、長期休暇も実家に戻らない…。様子はフレッドの方から聞いてはいたが、全く嘆かわしい…。私は帝国上流階級との関わりとそれに応じた教養に礼儀作法を身につけて欲しいと願っているのに、君ときたら同じ穴のクルカたちと連んでいるばかりじゃないか。確かに今更、体に染みついた臭いを完全に払えとは言いはしない。しかし、それに準じた態度と努力というものを示して欲しいものだね」

 説教とも愚痴ともつかない言葉をラーバは吐きながら、古めかしい正規空軍将校服とリューリア馬賊の伝統的なスカーフや羽根飾りが渾然一体となった装いで、周囲に少し目をやった。

 「オマケに規律も乱れているようだ。何故、君もお仲間も向こうに整列していないのだね?空技大演習なのだろう。せめて、腕が落ちていないかだけでも見に来たんだ」

 ラーバは機体の脇にたむろしている初年特待生たちに目をやりながら、不満そうな声を出している。

 「そりゃ、お袋。特にシャンとしたって仕方ないからよ。フレッド先生からどう聞いたかは知らないけど、今日の私らはお嬢様連中の的なの」

 膝を突かれた痛みで跳ね起きながら、ボッツは裾を払ってお手上げというポーズをして見せた。
    如何に実家へ近況を伝えていなくても、元部下であるフレッド女史から逐一報告はいっている筈だろうと思っていただけに、母親のラーバの落胆は少し意外であった。

 「的だと?君がか?」

 ボッツの言葉にラーバは更に意外そうな顔をしてみせる。

 「えぇ、そうよ。私だけじゃないわ、戦翼科じゃないけど、お袋も知ってるウーリモアもディーゼルバルドも招集されて、オンボロ機を浮かばせてお嬢様生徒の的をやらされるの」

 不満ではあったが、この程度の扱いには慣れたと言った具合だったが、母親の顔は曇っている。

 「それは聞き捨てならないね。ウーリモアやディーゼルバルドの娘たちもリューリアじゃ酷く手を焼く戦翼乗りたちじゃないか。それが、標的役だって?親御だって見に来ているのに、恥を晒そうと言うのか?」

 「私に言ったって仕方ないじゃないの。上級生連中の実家が仕切っているんだから、リューリアじゃ兎も角、帝都の貴族には敵わないわよ」

 一人で勝手に興奮しはじめた母親を尻目に言い添えながら、ボッツは煙草を取り出し、口に咥えたが母親はそれを指でひったくった。

 「あぁっ!ボッツ!君をそんな弱気を吐く者に、私は育てた覚えはないぞ!」

 そう大袈裟に煙草を奪った手を大きく掲げると、高年の女元准将はその老いた体の何処に大きな肺を秘めているのか、大声で初年特待生たちに叫び立てた。

 

 「見損なったぞ!負け雌クルカの女郎共!君たちに誇りと名誉はないのか!」

 不意に暢気に過ごしていた初年特待生たちにとって、素っ頓狂な罵詈雑言というものは宣戦布告以外の何者でもなく、怒気を含んだ罵声で返事をして、一斉にこちらへ集まってきた。 それに対してボッツ自身は母親の来襲ほどに狼狽えることはなかったが、挑発した張本人であるラーバは、拳銃や軍刀を既に抜ききっている初年特待生たちの群れの前に三本足で堂々と立ちはだかってみせた。

 「君たちが戦翼科でないことは百も承知だが、機体を駆り、獲物を求めて空を舞う狼であることも私は知っている。しかし、その無様な姿はなんだ!いや、服装のことをとやかく言うつもりはない。私も若い時分はそんな調子だった。私が言っているのは君達の卑屈な心魂についてだ!」

 高年の老将校はそう叫びながら、初年特待生たちを見回した。
    これに対して生徒たちは面を喰らった。
    急に罵詈雑言を浴びせられ、頭に来てやってきてみれば、知らない老女が怒鳴っている。
    こちらは得物を抜いて脅しすかそうとするも、全くそんなこと意に返さずに、彼女は片手を大きく掲げて、得物を引っ込ませるような勢いで声を張ってくる。
    それが急に生徒たちへ、誇りと名誉ということを懇々(こんこん)と説き始めた。
    元々、ボッツの母親は大の演説好きで、領民であろうと賊であろうと演説を延々と打ち続ける悪癖がある。
    これに彼女は幼少の頃から付き合わされているために、何も感じず考えることもないのだが、不思議と初対面でこれをぶつけられる人間は、何故だか母の話に感化されるというのだ。 娘のボッツや弟や父にはとても信じられない事だが、軍人時代からこの演説で母親は地盤を築いたなどという話すらある。

 ボッツはそんなことを思い出しながら、隣で熱弁を振るう母親を見ていたが、その演説は佳境に入り出していた。

 「君達は自由の戦士!いや、狩人である!それをあんな煌びやかなだけの空を浮く獲物に、みすみす撃ち落とされるような演技や真似をしなくてはならないなど、その生い立ちが!その腕で手を掛けた誇りが!誇りを名誉として代々続いた一族が!それを許すと思っているのか?!」

 母親は生徒たちに熱く語り掛けながら、もうすでに杖を地面に突くのをやめて、高く掲げて振り回しながら、まるで熱狂的な教祖のように喚き散らしている。
    その熱に当てられながら、初年特待生たちは狂信者のように歓声をあげて、軍刀や拳銃を振り上げて興奮しだす始末であった。

 「対抗許可は私が取ってくる!さぁ、機体を整備しなおせ!ミーレ・インペリウム!!」

 興奮が最高潮に達した瞬間で、母親は演説を高く掲げた杖で叫んだ。
    これに応じて生徒たちが中には生まれてこの方、賊暮らしで口にしたことないような者までいるであろうが、そんなこと関係無しに帝国万歳と連呼した。
    そして、大半の初年特待生たちは母親の言葉通り、我先にと機体整備に走って戻っていく始末だった。

 

 「…相変わらず、お袋の声はよく通るわね」

 ボッツは急に母親と二人で草原の上に取り残されながら、演説を終え満足そうな母親をみながら、今度こそ一服しようと煙草を口に咥えた。

 「君もこれぐらい訴えなくてはならないよ。ヘボン君もツェボも何故か口下手だ」

 満足そうな母親は小言まじりに、先程ボッツから奪った煙草を平然と口に添え、つんとボッツの方へ突きだしてくる。

 「でも、ツェボはお袋に似たわ。今、空中艦勤務なんでしょう?将来は正規軍将校だわ」

 突き出された煙草にボッツは慣れた具合に燐寸で火を点けてやりながら、こちらも一服をつけて二人でしみじみと紫煙を吐き出した。

 「それはどうだろうね…。正規空軍とは表向きで、実情は耳目省が…」

 演説が済んで火照った顔にわずかに不穏な色を浮かばせた為、ボッツはすかさず話題を変えることにした。
    母親の陰謀論者めいた言説は長話になることが確実だからだった。

 ツェボとはボッツの弟のことで歳は5つ離れているが、姉とは全く似ていない。
    とても小柄で真面目な性格であり、馬賊稼業が好かず母の勧めで正規空軍に入隊してしまうほどであった。 

 「それより、父さんも来てるの?姿が見えないけど?」

 「あぁ、ゲラァで休んでいるよ。体調が優れないようでね」

 「あの古いゲラァじゃ、無理もないわね」

 「言ってくれるね…。まぁ、いい。半年ぶりに顔を見せてやれ。便りが少ないことを一番に心配していたのは、私より彼の方なのだからね」

 母親はそう言い終えると、煙草を踏み消して、ボッツについてくるように促し背中を向け歩き始めた。
    その母親の背中は演説の時はシャンと真っ直ぐに立っていたが、歩く際には少し猫背気味で、そこには狐どころか、狼のようにリューリアで暴れた体へ寄る年波をボッツに感じさせた。

 「でも、本当に対抗許可なんて取れるの?」

 その背中へボッツは声を掛けると、母親は振り向きもしないで

 「それは勿論だよ。教官と少しお話をすれば済む。てっきり、最初から照準取りをし合うものだと思っていたから危なかった」

 「危なかった?」

 「あぁ、他の親馬鹿共は自慢の娘たちの点順を賭けていてね。面白いほど額が吊り上がっているんだよ」

 「…お袋も賭けたの?」

 さきほどの大演説は特待生たちへ檄を飛ばす意味合いもあったのかと、ボッツは思いながら、最も気になるところを口にした。

 「私がそんな馬鹿な真似をすると思うかい?」

 母親は聞かれるとクルリと身軽に振り向いてみせ、その顔にはやはり皮肉げな笑みが浮かび

 「だが、ね。ボッツ。新式のアクアルア級空母を欲しくはないかい?オマケに艦載機も付いてくる」

 「なによ、それ」

 「ヨダ地区と関わりの深い家が、親馬鹿が過ぎて、正規軍に回すものを横流しして、賭けに引き出してきたのさ」

 そう生き生きと語る顔には、馬賊の頭領らしい色が見え隠れしており、にわかにボッツの顔も色めきだしてきた。

 「それはすごいけど、そんなものに釣り合うような物、家で出せたの?」

 「ちょっとした珍品をね。三十年前の骨董品もいいところだが、好事家にとっては喉から手が出る程高値が付くのさ。アレでアクアルア級が手に入るなら、どうということはない」

 「そんな物、家にあった?マコラガが精々でしょ?それも、トランガたちに買い叩かれたでしょ」

 リューリアの実家自体は別のことに資金を回してばかりなので、そのようなコレクター品や芸術品を保管しているとはボッツは思えなかったし、見たこともなかった。
    知っていればきっと今頃、散々に乗り回して、草原の上に残骸として転がっていただろう。

 「いや、君には言っていなかったが、少し厄介な物でね。ヘボン君と相談して手放すことにしたんだよ」

 母親はそう感慨深そうな顔で、杖の先を乗ってきたゲラァへと向けた。

 「それより、早く行ってあげなさい。ここまで来たのに会わない親不孝者もないだろう?」

 そうボッツに促しながら、ラーバは杖をつきながら上級生や教官の方へとゆっくりと歩いて行くが、彼女が進み出すと他の空賊連中の親御もゾロゾロと集まってきて、その一団は当代きっての帝都領内で最も野蛮なアウトローの集団となった。

 

 母親に言われたとおり、ボッツが古びたゲラァの中へと入ると、鼻腔を強い煙草の香りがついた。
    父母共に重喫煙者であるから、この臭いには慣れるを通り越して、懐かしさすら感じられる。

 「…父さん?いる?」

 出し抜けにボッツは普段の刺々しい声音から棘が抜けたような、少し柔らかい声を出した。それは家族の間だけで使うような、気遣いもない素朴なものであった。

 「いるわよ!」

 しかし、その声に戻ってきた返事はひどく聞き慣れたマンリのものだった。
    ゲラァの客室通路入り口の脇からヒョッコリと顔を出したチビのマンリを見て、思わずボッツは妙な声を聞かせてしまったと舌打ちした。

 「なんで、アンタがここにいるのよ?さっきまでバッボン喰ってたじゃない」

 「暇だったとこに、知ってる船が来てたから、お裾分けにね。アタシだってヘボンに会うのは久しぶりなんだもの」

 あっけらかんとマンリは言いのけるが、馬賊のボッツよりも山賊のマンリのほうが機影を見分ける目は一枚上手らしい。
    そして、ボッツの父親のことを平気で呼び捨てにするほど、家族付き合いが深い証拠をマンリは示すように手にはバッボンを運んだと思われる盆を持っていた。

 「まぁ、いいわ。…父さん、久しぶりね。手紙はろくに出せなくて悪かったわ。何分、お嬢様学園っていってもやることがいっぱいあって……父さん?」

 ボッツは呆れながらも客室のほうに首を出して、父親の方を見たが、そこには60齢となる痩せ衰えた父が、顔を真っ赤にして汗を噴き出しながら、息も絶え絶えに必死に水を飲み干している姿だった。

 「アタシたちはずっとルクレシオのバッボン食べて耐性があったけど、ヘボンにはキツかったみたいなの」

 「あれ、あんなに辛かったのね。盲点だったわ」

 マンリはそう言って、ボッツの父親の顔から吹きだす汗を拭ってやれとばかりに、布を取り出したが、流石に付き合いがあるとは言え顔まで拭くのは嫌なのかボッツに手渡してくる。
    ボッツも一応、身内には献身的であるのか、布で彼の額を拭こうとしたが、それは彼の方から手で制された。

 「いや、いいよ。ありがとう、大丈夫だ…」

 そう力なく手で娘を押さえながら、ボッツの父親は客室に備えられた古ぼけた安楽椅子に腰を下ろした。
     元から痩せぎすでひょろ長い体躯な為に、実年齢よりも老人らしく見えるが、まだその特徴的な団子っ鼻の上に乗った瞳には静かな眼光が灯っていることから、まだ耄碌(もうろく)はしていないのだろう。

 「久しぶりにリューリアより外の食事をして、舌が驚いてしまったようだよ」

 少し陽気に言いながら、父親は懐から煙草を取りだして口に咥えた。
     装いは地方貴族らしい華美とも質素とも付かない程度のコートを纏っているが、それが微妙に着慣れていない様子から、この男の素性が浮かび上がってきそうなものだった。

 「よかったら、口直しに出ない?向こうの方で甘菓子を広げてたわ」

 ボッツの勧めに父は頭を振って、燐寸で火を点けると煙草を吸って紫煙を吐き出し

 「いやいや、可憐なお嬢様学園の賑やかな場に出ていこうなどとは思わないよ」

 「大丈夫よ。こっちの方は皆、お袋の若い頃みたいなのばっかりよ」

 「尚更、嫌だなぁ」

 悲痛とも呆れともつかない調子で父親は紫煙をもう一度、満足げに吐き出したが、その瞳は窓の方には向けられていた。

 「なぁ、ボッツ。今更、言うのもなんだが…」

 そう言いかけて、父親は何か物思いにふけるような仕草をしてみせたが、すぐに

 「元気そうだね…友人もまぁ、多く出来たみたいだが…」

 ありきたりな内容にして、深くは言おうとしなかった。

 「えぇ、そりゃね。しぶとくやってるわ。ここにはそこのマンリみたいなのが、ウジャウジャいるし、ウマが合うのよ」

 「アタシも子分がいっぱい出来たわ!」

 その父の様子を詮索するでもなく、ボッツは肩を竦めて返事をし、オマケにマンリまで実の娘のような態度で口を入れてくる。

 「そうか…。いや、それならいいんだ。ただ、少し心配していてね」

 「何をよ?学年順位ならドベじゃないわよ」

 「いや、それもあるが、そのことじゃない」

 「なによ、焦れったいわね。お袋の思わせぶりなとこが似てきたんじゃないの?」

 ボッツは元々こらえ性がないため、イライラとしている様子だったが、それを知ってか知らずかボッツは不意に彼女の方を振り向いた。
    その顔には娘に説教したがる父親の顔はなく、ただ不安げな精神病めいた色があった。

 「もう母さんから聞いているとは思うが、…賭けの方に出した『アレ』が…『マグラート』が無くなると思うと、急に落ち着かなくなってきたんだ。アレとは短い付き合いだったが、私の半身とも言える部分もある。それを失うかと思うと、どうにも…」

 「?でも、お袋とは相談して決めたんでしょ?」

 「あぁ、そう取り決めた。母さんも私もアレに縛られる必要は、もうないと信じているからだ…だが、ボッツ。君を学園に送り出した頃で、あの入れ墨の発作が…」

 父親ことヘボン・ラーバの顔には焦燥の色が浮かび、バッボンによる辛みからの汗とは違う汗が今度は噴き出しているようだった。

 「わかった、わかったわよ。父さん、落ち着いて。大丈夫よ。別に無くなるって決まったわけじゃないんだし、アクアルア級は魅力的よ?うちの艦なんて何時、墜ちるかわかったもんじゃないんだから」

 「そうよ。入学祝いをして貰ったときも、皮張りの床を踏み抜いちゃったもの」

 「兎に角、気を落ち着けて。長旅で疲れてるのよ。外の空気を吸って、美味しいモノでも食べましょう?バッボン以外で」

 ボッツとマンリはそう捲し立てながら、何か不穏なことを口走って精神を掻き乱しかけている父親を、無理矢理に連れ出した。
    元より父の体はマンリ一人でも引きずれるほど軽く、二人となれば更に容易だった。
    当初はまるで猛獣達の中に放り込まれたかのように、恐れ戦いていた父親も、ボッツとマンリに手を引かれ、エリーナル嬢の小さな昼食会に招かれると、徐々に落ち着きを取り戻して応対することが出来た。
    エリーナル嬢自身とは無論のこと父と娘以上に歳が離れているが、彼女にも彼にも強く共通する精神摩耗者である点が共感と安堵に包んでくれたのかも知れない。

 

 「ボッツの親父なんて聞いたもんだから、どんな化け物が来るかと思ったが、普通のジジイだな」

 ルクレシオは招かれたヘボンにまたもバッボンを勧めようとしたが、それを娘のボッツと頑張れば孫にも見えるマンリに断られた為に不服そうに、当てつけにフェンナーに話しかけたが、彼女は静かにその老貴族を遠目に見ていた。

 「いや、そんな生易しいものではない。とある界隈では、彼は妻以上に有名だ」

 「なんだよ?その界隈ってのは」

 「…『空鬼』というのを聞いた事があるか?」

 不服気なルクレシオに対して、フェンナーは鋭い眼差しを彼女に向けた。
    勿論、そんな単語など知らず小首をかしげる彼女に、一息吐いてから

 「今から30年ほど前に、ごく短期間においてだが南北戦線からリューリアにかけて、公に機関は報せてはいないが、厄介な内乱が起きた。地方貴族と帝都貴族の争いだったそうだが、そこへアーキルが介入し六王湖勢力も強く関わったらしい。結果だけを言えば、帝都側が内乱を秘かに鎮圧し、地方貴族の力を弱めた事で、マンリやボッツのような賊たちが力の削がれた古い地方貴族と結構な数が成り代わったという訳だ。その時に帝都側で非公式な隊を率いていたのがその雌狐で、あの男はその相棒として暴れまわったらしい。空鬼はその時の異名で、半ば生ける伝説だ」

 「んなこと、知るわけねぇじゃねぇか。俺はまだ生まれてすらいねぇ…。暴れまわったってことは、あのジジイも戦翼乗りだってのか?」

 フェンナーの説明にルクレシオは首を傾げ続けたが、言葉の最期の部分だけは同じ船乗りとして気になった様子だった。

 「ほとんどが尾鰭の付いた与太話の類で、事実とは思えんが、旧式強襲艇一隻でアーキル戦翼から空母まで墜としたらしい」

 「それが本当なら、凄い奴だ。しかし、なんで、お前がそんなこと知ってる?」

 「奴の実家が帝都の最古参のトーロック団筋で、私の遠戚に繋がるからだ。ボッツはこのことを知らんがな」

 フェンナーは少ししたり顔で言葉を締めくくったが、既にルクレシオの興味は実はすごい空戦家だと噂のボッツの父親に注がれており、彼女の話など空返事に受け流しては、また無理やりバッボンを勧めようとしている始末だった。

 

 ルクレシオに単刀直入にその三十年前の話をせがまれると、ヘボンは特に拒むわけでもなく話し始めた。
    しかし、それは彼女の想像した武勇伝という類ではなく、前線での苦労話にどこぞの三文小説の突拍子もない夢物語が交雑したものだった。
    前半までは無くも無いような調子だったが、中盤に差し掛かると、やれ小娘の超能力だの、肉塊の大戦艦だのクルカマンだのピュイ子だのと、このオヤジは大分頭がキているのではないかと、話の最中でルクレシオは何度も心配そうにボッツの方を見たが、彼女は慣れた調子に肩を竦めてみせるだけだった。

 「父さん。昔話はそれぐらいでいいから、久しぶりに船の方を診てよ。実習船を下りてから、整備員がほとんど上級生に取られちゃって、ロクに診れないのよ」

 ボッツはそろそろ帝都の地下に潜む狂気とやらまで、父親が語り始めたあたりでいい加減にうんざりしていたルクレシオに助け舟を出し、マンリと一緒に彼を引きずっていった。

 「ボッツ。自分の機体を整備員任せにしてはいけないと、いつも言っているじゃないか。粗方は一人で診れるようになってこそ一人前だよ」

 引きずられながら、ようやく正気に戻ったようなヘボンは、ここにきて父親らしい小言を初めて口にした。

 「わかっているけど、造りがアーキル系との合いの子だし、生体器官は診れても、他の処が自信ないのよね」

 「それは戦翼科の方で空力を学ぶ他ないね。私も座学はとんと縁が無かったが、ラーヴァナ級でよく学ばせて貰った」

 そう回顧するように父親はしみじみと言い、ボッツとマンリと一緒に彼女の機体へと歩み寄って、簡単ではあるが要点を抑えた点検診断を行い始めた。

 「最近、噴射のふけが良くないのよね。父さん、わかる?」

 「…脈の方は問題ないが、少し動液の流れが良くないな。何か膜に詰まっているかもしれない。マンリちゃん、そっちの太い管を外してもらっていいかな?」

 親子で機体の後部に潜り込んで、生体器官を覗く仕草は親子交流の光景にも見えなくはなかったが、鼓動し鳴動する臓器めいた生体器官の前だと、どちらかといえば手術と形容した方が正しく、マンリはその助手を喜んで務めていた。

 「いいわよ!……外した!」

 小柄なマンリなら生体器官の複雑な管が入り組んだ中でも、苦も無く目当ての管を当てて引き抜くことは容易く、とても素早かった。
    そして、彼女に外してもらった管の内部をしげしげとヘボンは眺めながら

 「どうも、よろしくないな。ボッツ、君はまた、船の中で宴会でもしたんじゃないか?」

 「あら、どうして?父さんから賜った船でそんなことするわけないじゃない?綺麗に使っているわよね?ね、マンリ?」

 「えぇ、そうよ。ヘボンがくれた船だもの」

 父の言っていることがボッツにはすぐに察せられたが、そっぽを向いてマンリと口裏を合わせたが

 「しかし、膜に汚液が…割と新しい…」

 そう言ってしげしげと父親は管の中身を見ては唸って見せる。

 「それはアタシじゃないわ。ルラーシ達のよ!」

 「ルラーシってさっき三人並んでた娘さんたちかい?しかし、宴会をしたことは認めたね?」

 この三十年でヘボンも多少は賢くなったのか、しっかりとマンリの言葉尻を掴んで問いただすと娘と偽孫娘は年甲斐もなく肩を落としてうつむいた。

 「仕方ないな。私もあまり機内を綺麗に出来た試しはないが、しかし、最初から飲み屋の様にしていてはミュラー叔父が悲しむ」

 しょぼくれた二人を見て父親は優しく声を掛けたが、ミュラー叔父と名を聞くとボッツはハッとしたように顔を上げた。

 彼女の脳裏には自身に空戦術の技術とその狂気的な楽しみを教え込んだ、今は亡き英雄の姿が過っていた。

 

 <後編につづく>

最終更新:2025年06月30日 20:23