ドミトリ、授業を受ける<前編>

  登場人物

  ・ボッツ・フォン・ラーバ

 リューリアの馬賊、手先は粗雑。

 ・マンリ・ソート

 ヨダの山賊。手先は更に粗雑。

 ・ドミトリェヌ・ソヌベバリ・クレシュエンコ

 トーロック団。器用な女。

 ・ルラーシ三姉妹

 ボッツたちとよく連む姉妹の様な何か

 ・フレッド女史

 ワフラビア女学園の教師で元軍人。ボッツたちに教鞭を執る

 ・シエロ・シュローダー

 初年特待生特別教員で、フレッド女史の部下。冷静だが、妹を溺愛している

 ・リタ・シュローダー

 シエロの妹で同じく特別教員、無口

 

 初年特待生たちの前で教壇に立つと言う事は、並大抵の教師では務まらない。
 元が気性の荒い者たちだけに、博識だけでなくそれを黙らせるような気迫というものを持ち合わせなければならない。
 その点、アルフレッド・ビェイギス特別顧問はその二つの素養を十二分に備えていた。
 この老練な女教師の前では、帝都や地方や辺境地においてあらゆる凶悪犯罪に手を染め、権威という権威に楯突く事が生存への大前提である女生徒たちでも、ある程度はお淑(しと)やかで従順な学徒らしい態度を見せる。
 しかし、かといって授業の進行自体が円滑であるかというと、そういうこともない。
 現に教卓に立ち、生徒の出席率を簡単に確認しようと席を見回すと、席についているのはたったの三人しかいない。
 元々、出席率の高い水準を保っているわけではないにしても、今回ばかりはそれが異常に目立った。

 「…今日はいやに少ないですね…。他の人はどうしました…?」

 特に苛立つわけでも、狼狽するわけでもなく、フレッド女史はそう唯一の出席者であるルラーシ三姉妹に声を掛けた。
 すると三姉妹は三つの顔を無表情に見合わせ

 「ルクレシオのグライダーが」

 「なんか燃やされたので」

 「皆、見に行っちゃいました」

 そう一つの台詞を三人で示し合わせたように淡々と区切って答えた。

 「あら、そう…」

 フレッド女史はその緊急事態の報告を聞きながら、眉一つ動かさず、そう吐息のように返しただけで

 「では、シエロに行かせましょう…。それでは、前回の続きから始めますね…」

 と、落ち着き払った様子で何事もなかったかのように、指導書を開いて、そのまま4人で授業を始めていた。

 

 一方、教室が落ち着き払っているのと比べ、旧校舎から離れた初年特待生用の発着場はそれどころではなかった。
 人工森を切り拓いて作った空き地のど真ん中で、黒煙がモウモウと立ち上り、その下では初年特待生のルクレシオが所有している、彼女の『ゲール式バイネングライダー』から勢いよく炎が噴き出している。

 「早く他の機体を退けないと、燃え移るわ!」

 炎上する残骸の周囲で、叫び声を上げながらボッツは自身の愛機へと飛び乗ろうとしているが、それをドミトリが必死に体を半ば羽交い絞めするような勢いで取り押さえている。

 「やめろっ!鎮火するまで待つんだ」

 「待ってる間に私のに引火したらどうすんのよっ!」

 二人は口々に喚き合いながら、機体を今すぐ退かす退かさないかで口論となっているが、その後方では一応の消防措置として、寄宿艦から降ろした生体動力ポンプを積載した、巨大な虫めいた節足車が控えているが、ドミトリの言葉通り派手に炎上する機内から飛び出してくる火炎によって迂闊に近付くことが出来なかった。
 しかし、もとより火事と喧嘩が大好きで半ば野次馬と化している初年特待生たちは、消火用のポンプ装置の周りに居座るだけで、談笑にふける以外の事は特にしなかった。

 「随分、派手に燃えるじゃない。何積んであったの?」

 「そうさな。実家の方から大量に酒を預かっていたんだが、度数が高すぎたらしい」

 騒いでいるボッツを他所に、マンリは火災の当人であるルクレシオを見上げて聞いたが、存外に彼女は冷静に応答するどころか、火事場で普通に煙草を咥えていた。

 「いくら度数が高いからって勝手に燃えるものじゃないでしょ?」

 「そりゃそうだが、まぁ、別に取っといても高値で売れるモノでもないしな。実家の方で茶葉産業に切り替えたもんで、今までやってた蒸留所を幾つか潰して出た残り物さ」

 「それは勿体ないわ」

 「やめとけ、隷区で吹っ掛けて売りつけてる代物だ。度数も毒性も高かったんだ」

 思わず、飛び出していこうとするマンリの首襟を掴んで止めたが、ルクレシオは実際に何故、自分の機体が炎上した原因は見当が付かなかった。
 元々、粗野な性分ではあるが、仮にも危険物を運ぼうとするなら気を遣っていたし、火気を近づけた覚えはない。
 機体が炎上しても、すぐに買い直すことは出来るので、貧乏性なボッツのように、慌て騒ぐほど惜しい気もしないが、事故にしては不自然な感触があった。

 だが、かといってその疑問をここで口にするつもりはなかった。
 仮に事件性のあるものであったにしろ、ここには敵対者は腐るほどいる。
 上級生から目を付けられる事も有れば、実家のバセン区の利権を狙っている家や組織の出の生徒も数えられない程いる。
 普段はこちらを見下してくる上級生に対しては一致団結する特待生たちだが、身内の関係性はむしろ上級生に対してより複雑怪奇であった。

 「何をやっている。早く火を消さないか」

 旧校舎の方からそう鋭い声を掛けてくる者がいない限り、機体火災を前にしてのうのうとしていた一団は動き出さなかった。
 声を発したのは朱色のコート姿をした赤毛の女性職員だった。
 長い髪を後ろで束ねながらも、顔の右半分は長い髪で覆われ、片目の眼光はそれなりの鋭さを持っている。

 「だって、危ないじゃないすかー」

 そんな呑気な声を特待生の一人が漏らしたが、そんなこと意に返さず、女性職員は節足車両に飛び乗ると、身振り手振りで何人か生徒を引き連れて消火活動に当たり始めた。
 本来なら他人に指示されるのは嫌う生徒達であったが、その女性職員があのフレッド女史配下の『シエロ・シェローダー』であるなら話は別である。
 年の頃は年長者なボッツたちより若いが、厳格な態度はフレッド女史に次ぐ気迫がある。

 「ラーバとシバレッチはさっさと機体を退かせ!」

 続けて彼女は未だに脇でやいのやいのとやっているボッツに命令してくる。
 生徒の身の安全自体は鼻から興味が無いらしく、この女性職員は兎に角、フレッド女史から発せられた命令に固執しているようだった。

 「ほい、来たっ!」

 ボッツの方はその言葉を待っていたとばかりに、ドミトリの腕を振りほどいて、自機へと駆け出していき、背後では最早止めまいと彼女は呆れかえっていた。
 炎上するルクレシオ機をすり抜けながら、ボッツは機体に乗り込むと素早く機体を退かし、静かに様子を見ていたフェンナーもシエロの指示に従って危なげなく機を退避させる。
 消火ポンプの筒先から吐き出される、生物の体液じみた消火液は、帝都方面ではごく一般的な様式であるが、どちらにしろねっとりと火災に覆い被さると、黒煙は瞬く間に収まり、やがて鎮火した。

 

 そして、機体火災が片付いてから、暫くしてルクレシオはシエロの私室へと呼ばれた。
 彼女の私室は旧校舎の応接室であったところで、フレッド女史も時に寝泊まりすることもあるが、主にシエロとその妹が使っており、掃除は行き届いていた。
 その部屋の中央には円状の応接机があり、対にはルクレシオがその大きな腕と足を組んで座っているが、彼女の大柄な身体は如何に組んでも小さくはならない。

 「…それで、あの火災の原因は皆目見当も付かないわけだな?」

 そう言って、シエロは机に腰掛けながら、煙草をふかし。
 彼女へと問いかけるというよりは尋問するような口調で聞いた。
 シエロの歳はルクレシオよりも下であるが、フレッド女史と同様に一応の顧問身分であるから、そんな態度も無理はないが、ルクレシオはこの手の態度を取る女が他の生徒に漏れず好いていなかった。

 「当たり前だ。いや、むしろ多すぎて見当がつかねぇぐらいさ」

 ふてぶてしく答えながら、ルクレシオも煙草を一吸い付けている。

 「バセン区の貴族となれば、怨みは幾らでも買っているのは頷けるが、なにも帝都郊外まで工作を施せるほどの組織力がある輩は多くないだろう?」

 「そりゃ、トーロックみたいな連中なら、な。けど、少なくとも俺は奴等と上手くやっているつもりだ。同区のバセン貴族なら上級生にもいるが、目を付けられているから、すぐに他の奴を見ればわかる」

 紫煙を吐き出しながら、ルクレシオは答えたが、シエロはその言葉に満足しなかった。

 「それはそうだが、しかし、同じ特待生連中なら別だ」

 「何が言いたい。まさか、身内を疑っているのか?」

 彼女の言葉にルクレシオは苛立たしく、煙草を灰皿に押しつけて消しながら、その冷酷そうな顔を睨み付けた。
 バセンでは反乱農民狩りで名を上げるような人狩り女と渾名されるほどのルクレシオだから、その表情には見せかけではない凄みがあるが、シエロもその程度で動じるほど柔な人間ではない。

 「所詮、帝国全土から集まったヤクザ者だ。何か餌をちらつかせば、平気で同級生を売るくらいはするだろう」

 シエロが淡々と言いのけるので、ルクレシオは咄嗟に席を立ち上がって、激情をそのままに掴みかかろうとしたが、彼女の背後で銃口が煌めいたのを見て、寸でのところで制止した。 応接間の本棚を壁として、静かに立っていたドミトリの隣で、同じく機体火災の憂き目に遭いかけたフェンナーが腰の拳銃を抜いていた。

 「落ち着け。そういう事態があることぐらい、君だって少しは思いつくだろう?皆、ボッツやマンリみたいに一途な単細胞という訳ではないんだ」

 そう言いながら、ドミトリはフェンナーに拳銃を治めるように手で制している。

 「…そりゃ、そうだが。しかし、わざわざ俺を狙って何かいいことがあるのか?」

 ドミトリの言葉に変に納得したルクレシオは、また椅子にどかっと腰を下ろしながら、少し落ち着いたところでそう言った。
 実際に、ルクレシオが仮に機体火災に巻き込まれて死んだとしても、得をするのはバセン区と関係がある者達でそれは簡単に絞り込めるし、彼女が死んでも、実家には幾らでも跡取りがいるので勢力が衰えるわけでもない。
 精々、怨恨の筋から辿るにしても資金力のない反乱農民が、わざわざ帝都まで繰り出して工作するとも思えなかった。

 「まぁ、ないだろう。となれば、逆に今回は何かの手違いか、若しくは何か別の意図があるということだな」

 ドミトリはそう考え込むように呟くと、同時に応接間の扉が勢いよく開いて、例の一途な単細胞たちが乗り込んできた。

 「見つけたわよ!発火装置!」

 そう言って、何かの燃えかすを高々と掲げながら入ってきたマンリは断りもなく、応接間の机の上にその燃えかすを置く。

 「よく、あの火事で見つけたね」

 「リタが見つけたのよ。まだ、ボッツと一緒になんかないか探ってるけど、ほんとアイツは鼻が利くわ!」

 ドミトリが感心したように机を覗き込むと、マンリはそう『リタ』というシエロの妹の名を出したが、今度は逆に彼女が鋭く睨み付けてきた。

 「失礼、『目』が利くのよ!」

 そうマンリが訂正すると、シエロは鼻を鳴らして平静な面持ちになった。

 

 旧校舎発着場のルクレシオ機の残骸の周りには未だに多数の生徒たちが屯(たむろ)していたが、その大半は火災原因の調査ではなく、何か金目の物はないかという理由だった。
 しかし、それでも同級生の不幸のために、原因を探ろうと思っていたボッツは、シエロの妹のリタと共にまだ煙がわずかに立ち上る残骸の中を漁っていた。

 「発火装置はあったけど、あれは思ったより手の込んだ物だったわね。きっと、素人の仕業じゃないわよ」

 「…」

 ボッツは長い棒で残骸を探りながら、リタに話しかけたが、彼女は何も答えなかった。
 そこそこに饒舌かつ冷酷な姉と違い、この『リタ・シェローダー』はひどく無口な少女である。
 しかし、フレッド女史と姉の命令には絶対服従を貫いているのか、如何に四肢が金属と生体組織を合成した特殊義足や義手といっても、まだ熱を帯びている残骸に手を付けることを全く厭(いと)わなかった。

 「私が思うにね、きっとあれは正規軍で使うような代物よ。ちゃんとした工廠で作られた既製品ね。だから、そんな物を使うって事はトーロックや私らのような出身じゃないってことよ。燃やすだけなら、アーキル製でも構わないわ。それなら、チヨコでも発火させられるもの」

 ボッツは得意げに、自身の推理を捲し立てたが、それでもリタは一切反応を示さない。
 まだルラーシ三姉妹の方が、三人それぞれに一風変わった態度を見せるので面白いのだが、彼女は黙りこくっている。
 しかし、別にボッツは自身がお喋りさえ出来ればそれでいいのか、気にする素振りもなく、言葉を紡ぐ。

 「つまり、犯人は正規軍や相当な資金力のある連中と、関わりがあるってことね。上級生の連中に違いないわ!でも、なんでルクレシオを狙うかはわからないわね。どうせ、やるならエリーナル御姉様やドミーや、この私を…」

 自身のことも過大評価しながら、ボッツは独り言を詰まらせたが、ここでリタはずっと横一文字に結んでいた口をわずかに開いて

 「…陽動」

 と、だけポツリと言うと、また口を閉じた。

 「そう、それよ!それ!今、言おうと思ってたの!」

 ボッツは完全に思いついていなかった事を言われて、さも自分で思いついたように手を打って見せた。

 「別に最初から誰でも良かったのよね。発着場で騒ぎが起これば、大体、皆出て来ちゃって校舎の方はもぬけの殻…」

 そこまで言って、彼女はハっとしたように校舎の方へ目が行った。
 それと同時に校舎の方から、彼女の答えに答えるように乾いた銃声が連続して鳴り響いた。

 

 少し時間を巻き戻して、授業を終えたルラーシ三姉妹は旧校舎のバルコニー近くの私室へと戻ろうとしていた。
 授業自体は三姉妹しか出席していなかったこともあり、予定より大分早く終わっていた。 普段なら、他の生徒が歴史学にとってみれば、実家の伝承あたりを持ち出して帝国正史にいちゃもんを付けては授業を掻き回すし、お嬢様学校らしい礼儀作法の科目ならば、やれ態度が悪いだの裾を踏んだので、生徒同士で殴り合いの喧嘩に発展することもしばしばだった。 しかし、その点、三姉妹は黙々と授業を受けるので、これほど教鞭を執りやすい生徒も初年特待生の中では他になく、フレッド女史の無駄のない手腕もあって、本来であれば授業は存外早く終わるのであった。
 そして、ルラーシ三姉妹はとくに会話を交わすわけでもなく、示し合わせたとおり、一列に並んで通路を進み、私室としているバルコニーに通じる扉付近まで達したが、不意に先頭のルラーシが立ち止まった。

 これには、二番目三番目のルラーシも素早く左右に展開し、先頭の様子を伺おうとした。
 すると、背後の者に示すように先頭のルラーシは扉の床を指差した。
 そこには普段なら誰でも見過ごすような、指先ほどの銀紙が落ちている。

 しかし、これはただのゴミではなく、意図的に三姉妹が退室する際に扉の隙間に挟んでいった物で、誰か他の者が侵入した際のごくごく初歩的な侵入警戒装置であった。
 風であれば遠くに飛ぶであろうし、すぐ近くに落ちていれば誰かが入ったということになる。
 これを察して、三姉妹たちの脳裏には今朝の機体火災騒ぎが過ぎり、半ば本能的に先頭は拳銃を、二番目は短剣を懐から抜き、三番目は外套の内に隠していた銃身を切り詰めた散弾銃を携えた。
 自宅としている場でも、ここまでの警戒を要すのは、帝国危険人物の巣窟でもある初年特待生の間では当然のことであり、先頭は慎重に扉の隙間から中を伺った。
 バルコニーの中央には食卓代わりにしている大きなテーブルがあり、その周囲には雑然と様々な物資が入っている木箱が積まれている。
 そこは広い造りで、先日はここで多数の生徒で焼き肉大会をしていたが、人気がないと寂しげに旧校舎外の人工森林の光景が広がっている。
 だが、今回はその光景の中に人影が一つ動いていた。
 何か催しや用が無い限りは、他の生徒が滅多に入ってくることはない場所である。
 しかも、人影は食卓の下に蹲り、そこへ置いてある木箱の中を探っているように先頭のルラーシには見えた。

 こうなると、三姉妹の行動は早い。
 扉を開け放つと同時に、先頭のルラーシはバルコニー内へ飛び込み拳銃を構え、左右の姉妹はそれに続いて展開しようとした。
 先頭は不審者に誰何する前に銃口を向けていたが、不審人物はこちらが飛び込んできたのを見ると、何か下から銃器めいた影を起こすと、間髪入れずに発砲してきた。
 運が良いことに、ルラーシ三姉妹は三人とも揃って小柄であった為に、不審者が先に見舞ってきた射線は頭上を切って、扉の上部や壁に命中した。
 その勢いが凄まじいことから、ルラーシたちは不審者の得物が短機関銃の類いであることを知ったが、それに怖じ気づくほどの三人でもない。
 すぐに、身を伏せたまま先頭のルラーシは応射しながら、手近な遮蔽物を探し、散弾銃を持ったルラーシも射撃を加えながら牽制し、その隙に短剣を持った姉妹が不審者に対して距離を詰めようとした。
 この連携の取れた動きを相手にして、敵も然る者なのか、形勢の不利を見て取って、やたらめったらと発砲を繰り返しながら、バルコニーの縁へと走って行き、あと一歩で短剣持ちの姉妹が接近して、投擲したナイフに捉えられる前に、その身を躍らせて縁から飛び降りていく。
 すぐに外の生い茂った木々がへし折れる音が響いて、駆けつけた三姉妹は追射を加えようとしたが、不審の賊は既に樹枝の闇に姿を消していた。
 銃声を聞きつけて、何人かの生徒が戦争を始めようかという装備で乗り込んできたが、撃ち込む相手がいないと見るや、心底退屈そうに引き返していった。

 

そんな荒事好きな生徒の次にバルコニーに飛び込んできたのは、ボッツとリタであった。 

「何があったの?!アンタ等、大丈夫?」

 血相を変えて、手に大型拳銃を携えているボッツと、何事も関心がなさそうなリタの組み合わせは意外なものであったが、これにもルラーシ三姉妹はとくに銃撃戦があった後でも冷静な面持ちでボッツを見上げた。

 「誰かいて、撃ってきたから撃ち返したの」

 「けど、森の方に逃げられたの」

 「アイツ、なんかテーブルの下に仕掛けていった」

 そう三人それぞれ言葉を繋ぎながら報告してきた。
 それを聞いて、ボッツが食卓の方へ視線を向かわせると、確かに木箱の辺りに何かあるように見える。
 これは迂闊に近付いてはいけないと、三姉妹を引かせていると、一同の元へ今度はドミトリたちが合流した。

 「一体、なんの騒ぎだい?」

 「あぁ、ドミー。賊よ賊。ルラーシたちが追っ払ったけど、何かテーブルのとこに仕掛けられたって、きっと、ルクレシオの騒ぎは誘導よ。機体を調べてるときに私、ピーンときたのよ」

 ボッツはリタの発想を取り上げながら、ドミトリに得意げに説明したが、彼女は特にそれを取り上げるわけでもなく、テーブルへ目をやった。

 「なるほど。それはこちらでも同じ答えに達したところだったよ。それで、誰がアレを調べるのかな?」

 実際に応接間でボッツよりも頭の巡りが良い連中はそれにいち早く勘付いていた。
 しかし、恐らく危険物であろうテーブル下の物体に近付いて調べようという、危険を冒そうとする者はすぐに名乗り出てこなかった。

 「…」

 ただ、名乗りはしなかったが、リタは無言のまま、おもむろにテーブルの下へと歩んでいき、その物体を覗き込んでいる。

 「…時限式、爆発物」

 と、簡潔にそれだけ言うと、引き返してきた。

 「なんですって?アンタ、なんとかしなさい」

 戻ってきたリタに対してボッツは彼女の肩を掴んで回れ右をさせたが、それを見てシエロは目を吊り上げた。

 「巫山戯るな。妹をなんだと思っている」

 「そうは言っても、職員は生徒を守る義務ってもんがあるでしょうが」

 「お前のような年増女を生徒だと思ったことは一度もない」

 「言ったわね!化石と同じぐらいの歳の癖して!」

 静かに憎悪の目を向けるシエロと対峙しながら、ボッツは今にも掴みかからんとばかりに怒鳴っているが、この二人は放っておくにして、他の生徒たちは慎重にその爆発物と思わしい物体に目を向けた。
 形は何か雑嚢のような袋状をしていて、遠くからでもそれが剥き出しの心臓のように蠢いているのがわかった。

 「──生体管理式のようだね。これは厄介だぞ」

 身を屈めながら遠目に物体を観察するドミトリは、苦々しく吐き捨てた。

 「どう、厄介なのさ」

 それに対して、屈まなくてもしっかり物体に目をやれるマンリは、ルラーシ三姉妹と団子のように固まりながらドミトリへ聞いた。

 「通常の起爆信管を用いた爆発物なら、幾らでも対処のしようがあるが、生体式はとてもデリケートな仕組みなんだ。起爆信管なら、それを抜くことも出来るし、爆薬と信管さえ離すことが出来ればそれでいい。だが、生体式は私達の身体と一緒で信管部と爆薬が密接にくっついているから、下手に切り離そうとすれば、すぐに爆発してしまうのさ」

 ドミトリの説明にマンリたちはわかったのかわからないのか、判然としない面持ちで頷きはした。

 「いっそ、爆発させたらいいんじゃないの?」

 「まぁ、どうせ、古い校舎がいくら崩れても構わないし、それも手立ての一つではあるが…。どの程度の爆発が起きるか見当も付かないからね。リタ、君の見立ては?」

 マンリが直球な答えを出したが、ドミトリはそれに唸りながら小柄で無口な職員に目をやった。
 すると彼女はぶっきらぼうに床を指差してぐるっと回すと、指を三本立てて見せた。

 「…屋上全体があと30分で跡形も無くなるらしい」

 ドミトリが読み取ると、一同に安堵した雰囲気が漂った。

 「じゃあ、大丈夫。さっさと皆で逃げれば安心ね」

 「慌てて損したわ」

 「こんなこと実家じゃよくあることだわね」

 等と、爆発するだけでも大事ではあるのだが、爆弾騒ぎ事態には馴れている特待生たちは暢気にすらしていた。
 しかし、その様子を見てリタが無表情のまま、ドミトリを突っついて訂正してくる。

 「すまん、3分だと」

 そう彼女が言い直すと流石に一同は狼狽した。
 まず、真っ先にボッツがシエロとの喧嘩を中断して、バルコニーの扉へ突進したが、それは寸でのところで逆に向こうから扉が開いたので、おもわず頭をぶつけて引っ繰り返った。

 バルコニーに新たに入ってきたのはフレッド女史であったが、リタとシエロを除いて、他の者は彼女を突き飛ばそうが構わずに突っ込んでいったが、意外なことにフレッド女史はその枯れ木の枝みたく細い両腕を開いて生徒たちの脱出を遮(さえぎ)った。

 「…何を狼狽えているのです…。ワフラビア生徒がみっともない…」

 静かで途切れ途切れな声音ではあるが、フレッド女史はその見かけによらない気迫と、一同を刺すような鋭い眼差しで半ば飛びかかり掛けていた生徒たちを制止させた。

 「誰だって、3分で爆発っていったら狼狽えるわよ!」

 頭を抑えながらボッツがしごくマトモな反論をしたが、フレッド女史はそれを相手にしないで、目の前の生徒たちに脇に退くように促した。

 「仮にも、今居る場は貴女たちの学び舎であり、家であるのです…。そこから、むざむざと逃げ出すというのは関心しませんし…。況してや、爆弾魔の思惑通りに動かされるというのは、気に入りませんですしね…」

 叱るように懇々とフレッド女史は言いのけながら、緩やかな足取りで爆発物へと近寄ると、コートの袖口から細長いナイフの様な物を取り出した。

 「…リタ、こちらへ来なさい。それと、ドミトリさんも。シエロは他の生徒たちを奥へ待避させなさい」

 前屈みになりながら、指示を飛ばしつつ、フレッド女史は細長い刃物を用いて、爆発物の表面に浮き上がっている血管めいた複数の膨らみを慎重になぞり始めた。

 「先生、私は何か居る意味が?」

 本当のことを言えば、ボッツのように足早に逃げ出したかったドミトリも、何故か爆発物の矢面に立たされることになってしまい、フレッド女史に聞かずにはいられなかった。

 「…いえ、それほど、意味はありませんが…確か、近衛の課程に爆薬関係の物もありましたから…講義の復習にちょうどよいかなと…」

 フレッド女史は全く何気なく、暢気な調子でそう答え、傍らに屈んでいるリタを手招きすると、彼女は片腕を差し出し、上腕部の仕掛けを外すと内部には小型の工具とも手術道具とも付かない物が何点も納められていた。
 その内の先が曲がった細い鉄棒を手に取ると、血管めいた膨らみの一つに宛(あて)がい、今度はリタの腕から注入器を取り出し、その血管へと間髪入れずに射し込んで何かの薬物を注入している。

 「…一先ず、生体式の起爆装置に対処する場合には…トコル酸塩を仮定静脈に打ち込むことが肝要です…。これによって、血流が爆薬液に作用するまでの時間を緩和することができますからね…」

 フレッド女史は正しく講義を行うような口振りで、血管に今度は指を宛がって脈を計るかのようにして、細かく脈拍数を計算するために胸元から懐中時計を取り出して見比べている。

 「あまりに実地が過ぎませんか?」

 「…これぐらいの方がよく記憶に残るものですから…ね」

 青い顔をして聞くドミトリに対して、フレッド女史は生徒の答案用紙を採点するかのような面倒臭そうな顔をして爆発物と向き合っていた。

 「…トコル酸塩のような緩和剤が作用しているからと言って、処理をおざなりにして、避難するわけにはいきません…。何か衝撃を受けたり周囲の温度が変わることによって、急激に血流が活発化する場合もありますからね…。基本的にはここからの解体法が…どのような手順を踏むか…ドミトリさん、答えなさい」

 独り言のような口調から一転して、不意に名指しされたドミトリは少し狼狽したが、この手の危機的状態で頭が働かなくなるような者では、とても近衛は勤まらないであろうから、出来る限り冷静に言葉を選んで発言した。

 「全体の脈拍を計測し、最も脈拍数の高い静脈点を選出し、鎮静剤若しくは麻酔を用いて、信管血管を切除。以後は爆薬液を含んだ臓器を安全に処理できる地点にまで運ぶ…」

 少し、場合が場合なだけにドミトリの声音も少し不安そうだったが、フレッド女史は回答に満足そうな微笑を向けた。

 「まぁ、そんなところですね…大変、結構。正規軍の教育課程でもその程度でしょうね…ドミトリさんは…爆弾の経験はお有りで…?」

 「いえ、私は…」

 「そう…。私の本分が講師でないことは、皆さん知っているでしょうが…、30年も昔には厄介な爆弾を取り扱ったものですよ…」

 微笑を浮かべたまま、老齢の彼女はまるで思い出話をしながら、林檎の皮を剥くような手慣れた手付きで爆発物を解体し始めた。

 「あれほど大きくて…、面倒な代物はもう二度と拝みたくはないですね…。勿論、それと比べれば小さいこれも取り扱いたくはないですが…本物に触れていないと、技術は衰えますからね…」

 見る見るうちに獲物から皮が剥がれるように、爆発物から血管は離れ、下部にあった胃袋のような爆発液の詰まった部分は、素早く切除され、その危険物を運ぶ役目はリタが担った。 「…ここまで解体すれば、まず爆発の危険はありませんが、…常に念には念を入れないといけません…」

 解体が済むと、フレッド女史は屈んでいた身体を億劫そうにそり上げながら、手元の道具とリタの腕から出て来た物をしまいこんで、さも疲れたように肩を揺すった。
 彼女の見事な爆弾解体術にボッツたちはおろか、バルコニーでの騒ぎをこれまた野次馬根性で聞きつけた他の生徒たちも皆が一様に女史に対してはしゃいだ歓声をあげ、中には森へ向け発砲している者までいる。
 ここまで初年特待生たちに、黄色い声で持て囃される教師はフレッド女史ぐらいなものであるが、自身に対する賞賛と歓声を鬱陶しそうに当人は手を払って制した。

 「…静かになさい…。そんなことをしても、貴女たちが授業を欠席したことを私は忘れていませんよ…。さっさと、それぞれ自室に戻って自習しなさい」

 そう冷たく言い放ちながら、彼女の両脇にはシエロとリタが、言葉を強調すべく立っているので、大半の生徒は渋々それに従うほかなかった。

 

 その様子を人工森林の木々の合間に潜み、遠方からバルコニーの事態を偵察していた女は、悔しげに小さく舌打ちを漏らした。
 黒く丈の長いコートを着込み、袖口や襟元には白い編み糸の装飾があるそれは、喪服の一種であることを伺わせるが、これがその用を未だに為していない。

 「流石、帝国軍にその人ありと言われた爆弾使いですわね」

 不意に背後から声が聞こえ、喪服の女は尻目に背後に目を向け、苦い口を開いた。

 「それは2,30年前の話ですわ。あの婆とて、すぐに下手を踏むわ」

 「あら?あの爆弾が本命でなくて?」

 背後から聞こえる声は喪服の女の声を嘲笑しているが、彼女は苦い顔ながらも、どこか自信のある口元をして

 「お楽しみは最後まで取っておくべきものですわ。それに、貴女方の依頼した標的だけ始末するだけでは、報酬が足りませんもの」

 「…今更、契約内容の変更をしたいのですか?『インギルト・リッダ・ベルデマイヤー』さん」

 背後から聞こえる声は喪服の女を呼ぶ声は殺気を帯びていたし、鋭く撃鉄が起きる音もオマケについていた。
 だが、そんなことなど気にしない様子でインギルトは自信ありげな態度を貫く。

 「いえ、そちらの契約内容を変えるつもりはありませんわ。ただ、あの初年特待生やらを一斉に弾けば、別口で報酬が入りますの。大なり小なり帝国全土の賞金首が揃い踏みですから」

 その眼鏡をかけた瞳には初年特待生それぞれの額について、既に計算が済んでいるかのような色があった。

 

 バルコニーでの爆弾騒ぎから、すぐに初年特待生たちは自習することなり、ボッツたちもフレッド女史の鶴の一声には抗えず、大人しく自室へと戻っていた。
 しかし、真面目に机について教本を開いているのはドミトリだけで、ボッツとマンリの二人は爆弾騒ぎの興奮がまだ冷めやらないよう調子であった。

 「ねぇねぇ、ドミー。アンタもあんなの解体できるの?」

 そうマンリは机に向かうドミドリの足元で見上げて聞いてくる。

 「手順はある程度わかるが、実際にやってみたことはないよ」

 問いに対して、ドミトリは視線を机上に向けたまま事も無げに答えるが、後ろで椅子に腰かけているボッツは紫煙を吹かしながら、その背中を茶化した。

 「そりゃそうよ。ドミーは仕掛ける指示は出しても、自ら作ったり置いたりなんてしないわ。そんなもの下っ端の仕事よ」

 「そういう、ボッツは出来るの?」

 「アンタねぇ、私がそんな器用な事、出来ると思う?」

 「それもそうね、この前なんか缶切りで指を切ったものね!」

 二人はそう言ってゲラゲラと笑っているが、ドミトリの表情は硬かった。

 「…君達。そう呑気にしてはいるが、仮にもバルコニーに仕掛けられたという事は、あそこに良く出入りする私達も狙われているんだよ?」

 「そんなことわかってるわよ。けど、それなら森からの狙撃のが怖いわ。爆弾の一つや二つでガタガタ騒ぐほど、リューリア馬賊は小心じゃないの」

 ドミトリの警句に対して、ボッツはどこ吹く風とばかりに煙を窓の外へと吐き出してみせた。
 確かに彼女の言う通り、大掛かりな爆弾よりも窓辺への狙撃の方が危険度は高いかもしれない。
 旧校舎を囲うように茂っている人工森林はそれこそ、格好の狙撃場であるのである。

 「だが、今回の相手は爆弾の専門家だ。あれだけの量の爆薬や発火装置を仕入れるのは、そこら辺の賊程度には無理って事は君にもわかっているはずだ」

 「そうね。正規軍にしても、そう簡単には用意できる代物じゃないわ。結構、それなりのコネと技術が無いと扱えるわけがないわね」

 「二人とも、そんな相手に命を狙われる理由でもあるの?」

 ボッツとドミトリの会話を不思議そうに聞いていたマンリが、そう見上げて問いかけるとドミトリも少し噴き出してしまった。

 「いやいや、マンリ。理由が逆に無い方が不自然だよ。私たち以外にも同級生は皆、地方によってはそれなりの賞金は掛かっているからね。君だってそうだろう?」

 「アタシのとこは家族経営だから額の分散が効くの!」

 「なるほど、意外とヨダの山賊は賢いね…。ボッツはどうだい?」

 「ウチだって同じようなもんよ。ま、他の貴族の物資にも手を出したことはあるから、そこそこはしてるだろうけど」

 そう言ってボッツは肩をすくめてみせ、ドミトリは微笑を浮かべながらも、自身に対する賞金額については持ち前の慎重さから言及しなかった。

 「でも、まぁ今回は特待生の身内が糸を引いてる訳じゃなさそうね。陽動の為だからってルクレシオの船を焼くわけはないわ。アイツの船に仕送りを3・4割は頼ってるんだから、燃やしたところで困るのは自分たちだものね」

 珍しくボッツの理知的な発言に二人は頷き、ドミトリの視線も机上から二人へと向いていた。

 「また、上級生の仕業だろうが、今回は随分と大掛かりに外部の者を雇ったんだろう。きっと、あれだけじゃ終わらない。まだ、大きなものが来るぞ」

 そう彼女は意味ありげに呟いて見せると、それと同時に部屋の扉がノックされた。
 それを聞いてマンリは私が出ると言って、ドアノブに少し背伸びをして手を掛けると、開いた隙間からシエロ・シェローダーのブスっとした顔がのぞいている。

 「自習をしていろと先生が言っていた筈だが」

 彼女は嫌味ったらしい声音で、煙草をふかしているボッツを睨んだが、彼女は糠に釘といった具合に煙草をもう一回深く吸い込んで

 「今から、やろうとしていたところよ。邪魔しないでほしいわね」

 紫煙を吐き出しながら、シエロを追い払おうとしたが、彼女は逆に扉を乱暴に開いて押し入ってきた。

 「まぁ、別にそれはどうでもいい。先生から指示がある。三人とも来い」

 言いながら、ボッツの口策の煙草を取り上げて、机の上の灰皿に押し付けて消すのだった。

 「何よ。私たちがなんかしたわけ?」

 「いや、これから、してもらう。他の生徒は危険に巻き込めないからな」

 シエロは口答えするボッツを睨みながら、さっさと部屋から出るように促してきた。
 それに対して、ボッツは不貞腐(ふてくさ)れた顔をしてみせたが、何の効果もなく大人しく三人は部屋を出る。

 「私も一般生徒なんだけれどね」

 苦し紛れにドミトリもシエロに掛けあってみたが、シエロは全く受け入れそうな素振りを見せなかった。

 「お前らが一番、面倒事を任せても問題が無いと先生の評だ。どうせ、内申点は学年内で最低の部類だが、働けば少しは上げる事も出来る」

 「待ってくれ、それは私も含まれているのかい?」

 「無論だ、同部屋の連帯責任」

 ドミトリも苦い顔で聞いたが、シエロの答えで更に顔が苦くなった。
 そのまま4人は旧校舎の長い廊下を歩きながら、一応、閉め切ってある生徒の自室のドアを確認して回り始めた。

 「まずは、不審な生徒がいないか一応確認してから、校舎内に不審物がないか見て回る。見つけた場合は先生を呼んで処理してもらう手筈だ」

 シエロは戸締りの確認と、中の生徒に自習を促して回るのに、ボッツたちを動員した。
 当人だけでも事は済むとも思えたが、何分、荒々しい生徒が多いので、少しは顔が利くドミトリとボッツにマンリが間に入ると巡検作業が効率的になると考えてのことだったらしい。
 実際に、シエロ単独では、喧嘩沙汰や刺傷沙汰になりかねない場合もあり、荒事で後れを取るシエロでもなかったが、あるよりはないほうが遥かに良かった。
 

 後編に続く

最終更新:2025年07月28日 11:17