
| ラシュトヴィツァ戦闘爆撃機 Laštovica Strike Fighter | |||
| 基本情報 | |||
| 種別 | 重戦闘機 | ||
| 設計 | ギルド・マジャル・シェウレスィロ設計局(初期設計) プルスク航空機工場 |
所属 | 統一パンノニア王国 テナー首長国 エウルノア民主化勢力 など |
| 製造 | 800機程度 | 世代 | 第三紀後期 |
| 性能諸元 | |||
| 機関 | PE-102ターボジェットエンジン 3基 | 機関最大出力 | |
| 最高速度 | 820km/h | 航続距離 | |
| 固定武装 | 23mull機関砲 4門 | 外部兵装 | ハードポイント8箇所(うちミサイル搭載可能は4箇所) |
| 乗員 | 2名 | ||
| 二次創作 | |||
| 作者名 | 六方晶ダイヤモンド | ||
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戦後第一世代ジェット戦闘機に分類される大型戦闘爆撃機。最後の純北側機の一つと言える。
大戦終戦まもなく、北側のGMシェウレスィロ設計局が設計を担当していたもので、サテルカーラ、カシュン、プィラヴィツェなどの重戦闘機/戦術爆撃機を置き換えることを目的としていた。経済難などで遅延中にパンノニア動乱が発生、シェウレスィロ設計局がアーキル領となった後、プルスク航空機工場が開発陣を引き抜き設計を続け、60年代後半に完成した。 試作機の性能は旧南軍のシュガールにジェットエンジンを搭載する案(後のヤヘーテシュガール)を大きく上回るようなものとは言えず、新規開発は予算の無駄との声もあったが、統一後まもないパンノニア軍は南北で規格も整備体制も兵站構造も全く異なっていたため、当面北側で運用するつなぎの機体として完成した。こうした背景による"純北側技術機"という特徴は、国内においては統合が進むにつれ価値を失ったが、一方で輸出という面では購入国側の整備・運用上の負荷の軽さという強みにもなっている。 量産機ではより高性能なエンジンが調達できたため、時代比で極めて高い高速性能を得たことから、迎撃や低高度高速侵入爆撃などに活用されることとなった。一方で重量増加により機動性は劣悪だったとされる。 |