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中盤戦にさしかかった民会選について、あらためて経緯と争点をおさらいしておこう。
今回行われるのは、憲法において全パンノニア最高の立法府と規定されている民会。憲法11条の規定により、内閣総理大臣は民会に対して解散権を持つ。パミュースィク政権は、迫る目覚め作戦への対策について国民の信を問うとして、今月8日、ヴァンカリア・サミットを目前に突然の解散を発表した。7月21日に公示され、来月3日に投開票となり、期日前投票はすでにはじまっている。
今回の突然の解散劇に対しては、野党からは解散権の濫用との批判も強かった。また与党政権内部、特に外務官僚らからの不満も大きかったと言われている(実際、大臣のうち3名が解散の署名を拒否したことで解任されるに至っている)が、首相はスピード感ある対策のために必要な行為だと強調する。党内の一部からは「相次ぐ不祥事の中解散を実施しても議席を減らすのは必至。目覚めに勝てば支持率も勝手に上がってくれるから、今わざわざ負けに行くのは得策ではない」との声もあったという。ある大臣政務官は、「(今の支持率で解散に踏み切るのは)自殺行為だ。鳩見町には困惑と不安が広がっている。」と不快感をあらわにする。だが、杏橋に近い記者の間では、今回の解散に対するパミュースィクの”本音”が党内政局にあることはもはや常識だ。パミュースィクはドラスティックな目覚め作戦対策を構想しているが、これには与党の守旧派や、柏池と関係の深い組織内議員らから不満の声が強い。議席数でみれば敗北することになるとしても、パミュースィクの案を指示する人気のある新人を比例上位に入れ、あるいは反対に守旧派を非公認にして刺客を立てることで、党内の意見の統一を図る狙いがあるという。パミュースィクには、第一次政権時に、ドブルジャ戦争への対応について党内意見の混乱で思うように政策を進められず、それが野党からの攻撃を受け政権交代に至った苦い経験がある。側近の一人は、「(パミュースィクは)これから世界で大きな戦争をするのだから、党内融和など言っていられない、党を壊してもやるべきことをやるんだ、と語っている」と明かす。パミュースィクは過去の雪辱を晴らすべく本気の勝負を始めたと言えそうだ。もっとも、その結果としてパミュースィクにとって重要な議員が落選したり、また過半数を割るようなことになれば、パミュースィクにとっても都合が悪くなる。
政治評論家のパペツィク氏は、この突然の解散劇は決して苦肉の策ではなく、1年以上前から練られていたものだったのではないかと指摘する。野党時代、自身の派閥「新翔会」の強化に努めてきた時から、すでにこの計画は練られていたのかもしれない。公認権を握る幹事長には最側近のトゥルヴァニカウ氏を任命しつつ、一方で選対本部長には選挙後の責任を着せることを前提に守旧派の代表格の一人ルネナヴァー氏を任命するという「腹黒い人事」は、この解散は予定してのものだったというのだ。またパペツィク氏は次のように語る。「選挙に強そうな新人を多数立てている。これは1ヶ月や2ヶ月ちょっとでかき集められるものではない。おそらく、側近らと共謀し、党に隠して独自の選挙準備をしていたのだろう。」このタイミングまで解散を引き伸ばした理由としては、突然の解散で野党の準備不足を突くことはもちろん、目覚め作戦までまだ余裕がある時期ではなく、十分差し迫り、クランダルトを筆頭に国外の混乱が見え始めた時期であれば、対策を強く訴えるリーダーの姿は国民から共感を得やすいと考えていた可能性がある。2年前の政治情勢下であれば、このような下降トレンドの中での解散は、そうした党内世論の統一の意図のもと行われたとしても、ある種の"無理心中"に過ぎなかったかもしれない。しかし、ここ数カ月の野党情勢の変化、とくに野党第一党憲政国民党の凋落と、旧復古党/旧社会党周辺で繰り広げられた大規模な政界再編が、パミュースィクに"勝機"を与える形になりつつある。仮に議席を落としたとしても、首相の座と政策を通す手立てが残るならば、彼らにとってこの解散は十分意味のあるものだ。「目覚め作戦で成果を上げれば、支持率も上がるだろう。来年春頃、結果責任を問う形でもう一度解散をやれば議席は回復する。」パミュースィクに近いとされる某顧問院議員はそう語る。一方、擁立状況を見るに最も準備不足を露呈したといえる憲政国民党の一部は、「完全に杏橋の論理だけの解散。こんな目覚め作戦を控え、一日でも無駄にするべきではなかった。国民への裏切りだ。」と恨み節だ。だが、野党第一党ならば、いつ何時解散があっても勝って政権を取りに行くくらいの気概がいるのではないか。
こうしたパミュースィクの「党内謀略」に対して、36人の組織内議員を抱える柏池の意見は割れている。解散発表の3日後、経団連は幹部会合を開き対応を協議したものの、意見はまとまらなかったという。組織内議員は、なんとか支持組織を説得して、あるいは組織を切ってパミュースィクに迎合して公認と支持を得るか、支持を稼ぎとにかく勝つか、判断を迫られた。最終的に、組織内議員については非公認となる候補はいなかったが、その裏にどのようなディールがあったのかは明らかではない。しかし、経団連、特に五大財閥も揺れているのは確かだ。関係筋からリークされた情報によると、国内最大の財閥であるバスタンナ銀行グループは「戦争を前に内部対立を起こしかねない行為で、深い憂慮」をパミュースィクに伝えたとされる。その一方、傘下に軍需産業を多く抱えるカルタグスチリグループはパミュースィクの政策の支持を示している。またBBGアヴィエーション・リース・ファイナンスを通してバスタンナ銀行グループと資本関係が強いはずのリディナ=コリンスィク航空機工場は、カルタグスチリに同調するような姿勢を見せているという。トゥトルリュリ鉄鋼系列の企業はまだ明確な立場を示すことができていない。パミュースィクの「地盤」を支えるパンノニアニッケルは支持に回るだろうが、TUTALは守旧派の重鎮・ドゥルマシェウ総務会長の最大の支持母体だ。投資家目線では、パミュースィクの強い国家主導の目覚め作戦対策は、財界や投資家を中心に強い反発がある一方、軍産複合体などには大きな利益を与えることになるかもしれない。しかし、いずれにせよこれらは目覚め作戦という不確定要素の多い世界的事業の中の一側面であり、予測の難しいものであることは間違いない。
また、公民党が柏池を、憲政国民党が労働組合をそれぞれ抑えるという旧来の構図自体、終わりが近いのかもしれない。そもそも、歴史を振り返るならば、公民党発足時の最大の支持母体は、南系の労働組合連合、南パンノニア人民連合総会であった。しかし、二十日抗争で白志会(憲政国民党の前身)を見限った経団連が公民党に急接近すると、人連総は押し出される形で支持を取りやめたという経緯がある。その後、人連総はほかの労働組合系組織と合併し全パンノニア労働評議会を設立、白志会の若手議員らに支持を表明するという“入れ替わり”が起こり、それが今日まで続いてきた。しかし、まもなく15周年を迎える構造は、立憲白志会のリベラル化とエスタブリッシュメントの接近に対する不満が全労評の左右分断を引き起こしたことなどをきっかけとして、急速に崩れつつある。さらに一方では、従来公民・興産が半々で抑えてきた外埠頭(テック界隈)系の票田と献金も、近年急速に伸長するリュリ文化社会主義同盟を中心とするポピュリズム政党への”鞍替え”をはじめている。今回の民会選と(とその直前にあるシルナトリツェ市議会選)は、こうした複雑化する力関係が、はじめて明確な形で表に出てくる選挙ということになるのかもしれない。
もちろん、まだ選挙が終わるまで情勢は変化しうるが、情勢調査を見る限り、パミュースィクの計略は今のところ成功しつつある。しかしその先、例えば次の民会解散や顧問院議員選挙の際には、パミュースィクにもよみ切れない新しい事態が、新野党から起こり始めるかもしれない。
さて、今回の選挙において各党が訴える政策を見ていこう。
今回の選挙の最大の争点は目覚め作戦対策であることは間違いない。与党・公民党は、目覚め作戦をパンノニア憲法における中規模有事とし、これに基づく国権の強化のもとで、一部品目の配給化や強制買付を含みうる大規模な施策を実施していくことを求めている。一方、野党第一党の憲政国民党は、小規模有事のスキーム内で十分であるとし、人権がおろそかになることはあってはならないと訴え、10年前に公民党政権下で行われたアナンサラド侵攻時の問題点を強調している。当時、アナンサラド侵攻において戦争には勝利しながらも国内混乱を招いたことから、公民党は83年の民会選挙で下野し、憲政国民党に与党を譲った苦い経験があった。とはいえ、序盤情勢調査を見る限りでは、今回の目覚め作戦対策については、憲政国民党の主張は支持を広げられていない。むしろ、リュリ文化社会主義同盟は、序盤調査においてすでに憲政国民党を上回る支持を集めている。文社同は、公民党の掲げる大規模な目覚め作戦対策には概ね賛成か、むしろより強い介入が必要であるという立場をとりつつも、財界や軍産複合体との関係の強い公民党の裁量下ではそうした介入が特定の産業セクタに有利となるのではないかと批判し、国民全員のための政治、とくに再分配の強化を求めている。
その他の主要政策の比較については、下記の表を参照してほしい。また、本紙はシリナトリツェ・グローバル・リベラルアーツ大学(GLUS)との協力のもと、今回の選挙から試験的にインターネット上でボートマッチサービスを開始する。このサービスは、30個程度の質問に、「賛成」「どちらかといえば賛成」「中立」「どちらかといえば反対」「反対」の五択で回答すると、候補・政党との一致度を知ることができるというもの。読者の皆様が投票先を選ぶ上で参考になれば幸いである。
なお、今朝女王陛下は、12日後の民会・代官選挙と明日に迫ったシルナトリツェ市議選について、短い演説を行われ、冷静で平和な選挙活動を各党の関係者及び国民に呼びかけられた。演説の全文は四面に掲載している。
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リトプラークシアの演説
31年前の660年。私が15歳の高校生の頃、第一回王国民会議員総選挙が行われました。実質的な王宮はカルタグにあり、ここシルナトリツェはまだ殆ど更地で、このパルエ池のあるあたりも、まだ大戦中の地雷の残る何もない湿地でございました。国の南北では、それぞれまだ法律も商慣習も全く異なり、交流もまだそう多くなく、北西地域にいたっては、アーキル領という時代。動乱の痛みはもちろん、まだ南北戦争の記憶も残り、飢えと病も、決して他人事ではなかった、そういう時代でございました。それから、激動の31年間。パンノニアはすさまじい成長を遂げ、統一を果たしてまいりました。もちろん、数多くの痛ましい事件があったことは、忘れてはなりません。7度の戦争があり、629件の死者をともなうテロがあり、それらの尊い犠牲者は、すべてあの碑に刻まれています。そしてそこには、667年9月19日、ユタリープで亡くなった先々代の国王であり、私の両親、アチールとツィティヤの名も刻まれています。それでも、そうした数多くの混乱を乗り越え、われわれパンノニア人は、希望を捨てず、家族を、隣人を助け合い、心に一つの思いを、皆でこの国を、パンノニアを世界のてっぺんにするんだと、そういう思いで、日々努力してきたからでございます。そしてその思いが、8年前には、ついにこの国を、世界第一位の経済大国へと、押し上げてきたのであります。
世界に誇る、清く安定したパンノニア立憲王政は、時に激しく、自由闊達で、しかし同時に平和的で、互いを尊重しあう成熟した政治議論の上にこそ成り立つものでございます。世にどうでもよい選挙などというのはありませんが、それでも今回の、目覚め作戦という国家の大事を前にしたこの第九回民会議員総選挙、及び州/王領代官選挙、そしてまたシルナトリツェ市議会議員選挙は、とりわけ、国家と世界の行く末を決める大切な選挙でございます。候補者の皆様におかれましては、正々堂々と論戦を交わし、悔いなく戦い抜くことを期待しております。また有権者の皆様におかれましては、歴史上決して当然だったわけではないその権利、その一票一票の重みをよく噛み締めながら、必ず、投票所へ足を運ばれることを期待しております。
また明日に控えるシルナトリツェ市議選も、選挙活動に残された時間はのこり10時間程度となりました。候補者、応援者の皆様が最後まで最善を尽くし、選挙活動と投票が平和裏に行われることを願っています。
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