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有翼のセズリア外伝話「リューリア後、エクソダス以前の世界」

[Column:リューリア後、エクソダス以前の世界]
[Writer:スタニスラフ・コタス]
[Form:ElectronicData,"SkyBardNet"/Magazine"Salvage Histories"717/6/18]
[Contents:・リューリア戦役とは ・リューリア後の世界 ・北と南の交流]
  • リューリア戦役とは

 リューリア戦役、それはアーキルの皮肉な艦船維持費減らしとも言われ、
またクランダルトの侵攻を揃うまでのゲリラ戦で時間稼ぎする羽目になった、
節目の戦役である。

 何故連邦の艦船はここぞとまでに侵攻したのであろうか。
もっと慎重に侵攻すべきだったはずである。なのに何故起こったのか。
その一端は、最前線に居た連邦兵士の手記によってその原因が、
小さくではあるが、語られている。

”あの時代は戦場に居て、商人が食料と交換してくれる艦船ならまだしも、
大抵の艦船の食料事情は大変だった。
ミール(麦を脱穀したものを粥に調理した物)に豆に乾パンならまだいい方で、
酷い艦食ともなれば自給自足は当たり前、穀物庫に湧いたチューブワームを食ったとか、
芽の生えたポテトを生で食う羽目になったとか散々なものだった。”
と発掘した手記に書かれている程である。

それに比べて帝国の食料事情はどうだったのか。
これは捕らえられた帝国の下士官の手記によって語られている。

"庶民は皆、肉塊を生成する<<肉吐き機>>(オーガニックフードプロセッサ)によって、
栄養に困ることは無い。無論私達も同様で、私自身も肉吐き機の肉塊を齧り付いていたよ。
高級士官、まぁ市民権を持つ市民階級の上の階級の人は、
カボチャを始めとした自然食品や、
海鮮品を一緒に食べていた。無論、戦場では肉塊を食べていたけど、
その肉塊も高級なものだった。安い肉では無い、高級で旨い肉をね。"
と語られている。

 実際、リューリア戦役で堕ちた艦船は数多に及ぶが、
堕ちて生き残った者が語った話が伝わっている。
"私はしめたと思ったよ。この機会に乗じて、肉が食える環境に行けることに。
これで家族に心配掛けず、また家族も慰安金が貰え、私も庶民階級にはなるが、
亡命するには十分な技量と知識を持っていたからね。"
と。

 このように、私達はリューリア戦役のことを調べていく内に、
その重要な事実に気づく。
「「リューリア戦役は大規模な大亡命作戦ではないのか」」と。
実際、リューリア戦役後は大多数の軍人が居なくなったのに関わらず、
その後の調査で逃亡期まで、
浮遊機関の説明を行っていた技師も居たという話も後に発見した程だ。

 このように、リューリア戦役はまさに転機であったと言われている。
では、この大規模な亡命に、一体誰が関わっているのだろうか。
それは今でも分かっていない。



  • リューリア後の世界

 リューリア後において、連邦内の各国においての独立性はより高められた。
それはアーキルのリューリア戦役の批判と、
軍事的均衡を補填するために各国に高出力の浮遊機関搭載の艦船の増量を許可したからである。
実際、民間船として浮遊機関搭載の船舶は存在したが、
旧型だったり、出力が低い機関、盗掘品、
浮遊ノーム(特に出力の強い戦略級浮遊機関)の独占等、制限を課していたためである。
そして浮遊機関技術者の各国提供数も増量し、アーキルの造船所はフル稼働、
各国、メルパゼルやアナンサルド、
また提供元のワリウネクルにも技術者を派遣した程で、
水上造船艦ニシチプハポ(雲船母)が建造、稼働していたと言われる。
このニシチプハポは逃亡期においても特に重要な船と知られ、
逃亡期において浮遊都市が建造できたのも、この船のおかげだと言われる。
今も駆動し続けている、艦船の母だ。

 またトーロック団やパンノニア経由でしか手に入らなかった肉吐き機が、
連邦領内で普及し始めた時代でもあった。
これもリューリアの亡命者が流した物だと、私は改めて思う所だ。
無論ではあるが、軍事関係ではさほど普及はせず、主に庶民向けであった。
肉吐き機自体は流通したものの、その作り方は不明であったためである。
だが、貴重な肉が安価で食えるため、
その生成物を売る商人が増加したと言われている。

 そして時間稼ぎのためにヒグラート渓谷でゲリラ戦を行う連邦と、
ヒグラートでゲリラに恐れながら進む帝国、
そしてそのお零れを狙う様々なハイエナと、
様々な人々が狙っていた。613年に起こった<<逃亡期(エクソダス)>>
までに建造された船が、浮遊都市、
それに伴う初期編成船団の存在にも関わってくる。


  • 北と南の交流

 そして重要な事ではあるが、リューリア戦役後、
民間人の北と南の交流が多くなった。
前時代、連邦側と帝国側とで交流するには、
トーロック団の非合法闇市場を経由するか、
自由パンノニア、南パンノニアの密入国を行わなければ、
北と南へは往くことは出来ない。そのため、民間人はそのようなルートを通り、
これによって交流を行う事が一応可能であった。

 帝国側の弾圧された下層民及び被属領民と、連邦側の商人並びに様々な理由での、
渡航者とが入り混じり、そのルートでは一時の繁栄を見せた。

 また、帝国の民間商人とも交流した記録も残されており、
その経由で肉吐き機を買う連邦側の商人達が大勢居たそうな。
帝国側の商人は、メルパゼルの携帯機械計算機や、
パンノニアの巨大クルカぬいぐるみ、
そして様々な連邦側の物品が流通したことが確認されている。

 また諜報員がリューリア以前にも存在し、紛れており、
リューリア後はその諜報も活発に行われていたと言われている。
その情報は、いつかのコラムで行えたらと思っている。
最終更新:2015年05月17日 21:17