夜虫弾 操舵手ヘボンの受難

操舵手ヘボンの受難#4  『夜蟲弾』

 

 妙な夢をヘボンは見ていた。
  己はコアテラのものと思わしき操縦席に腰掛けているのだが、手は全くと言っていいほど操縦桿に触れていないのだが、機体は問題なく浮かんでいる。
  
それにもまして、視界に広がっている空の模様も全く異様である。
  
まるで世界全てが夕焼けに染まったかのように赤いが、この赤は夕焼けのような朧気なものでは断じてなく、何処までもドス黒い紅であった。
  
視線を横に逸らせば、友軍機であろうかと思えるような、コアテラが数機程群をなして飛んでおり、己もその中の一つとして編隊飛行をしているようである。
  
だが、横を飛ぶコアテラ達は全て生体器官に著しい損傷があり、中には内臓をまき散らしながら飛行を続けている機体まである。
  
一体何故飛行できているのか、わからない。
  そして、彼女ら
が流し続ける贓物や血が、空を赤く染めているのだとヘボンはぼんやりと理解した。

 「中佐…」

 そして、現状の理解を求めようと彼は声を出したが、返答は無く、上の銃座を眺めるとそこには誰もいない。
  その辺りでヘボンはこれが夢であり、そのなかでも異様な悪夢の類であると理解した。

 「酷い明晰夢だ」

 そう呟くと、途端に己の腹部が激しく痛んだ。
  視線を今度は下へ向けると、激しく出血しており飛行服に赤く染み出している。
  
一体何処で負傷したのか、記憶は恐ろしく曖昧であった。
  
ぼんやりとした意識のまま、中佐がいないのならどうしたものかと、近くに落ちていた通信端末を手に取り耳に当てた。横を飛んでいる連中の声が聞こえると思ったのだ。
  
だが、耳に飛び込んでくるのはうめき声ばかりで、彼は思わず端末を離したくなったが、手は逆に端末を耳に押しつけてくる。

 「痛い…痛い…痛い…」

 耳に響く呻き声は度々悲鳴を交えながらも、その声音の調子から子供のものであることわかる。
  だが、それが男であるのか女であるのかもわからない。
  
中性的なものというより、まるで多数の声の集合体のようである声音は全く不気味であった。

 「何処が、痛いか?」

 その不気味な声に対して、ヘボンは恐る恐る問いかけた。不気味で仕方なかったが、哀れみはそれ以上に感じた。

 「体中が痛いよ…」

 「何処で負傷したか?」

 ヘボンの問いかけは己も負傷しているに関わらず、至って冷静だった。

 「わかんない。ずっと前から…」

 「帰投できそうか?」

 「…わかんない」

 「そうか」

 そうヘボンが言うと、通信はまたしばらくうめき声のみだけとなった。
  現状が全く不可解なものであるが、ヘボンはこの声の主達をどうにかして助けたくなっていた。
  一体何処を飛んでいるのか、何処へ帰ればいいのかも全くわからなかったが、それでも何かできることはないかと血がにじみ出ている腹を抑えながら、魔界ともいえそうな空の景色を眺めた。

 「何か出来ることはあるか?」

 暫くして、また問いかけると通信機の向こう側ではうめき声に混じって

 「ずっと一緒に飛んでて」

 と弱々しく掠れた不気味な声が響いた。
  それを聞くと彼はしばし悩んだが、出来る限り慰めるような優しい声を苦悶の中で捻りだし

 「わかった。直ぐ傍にいる。落ちるなよ」

 そうやっとのことで言うと、声の主は相変わらずうめき声を上げているが、何処か安心したような溜息をついて

 「…ありがとう」

 と返し、そこで通信は途切れた。
  向こうの返事に対して、こちらも安心したものを覚えるとヘボンの意識はまた暗くなっていった。

 

 

 次に何かを感じた時、ヘボンの鼻に煙草の強烈な臭いが香ってきた。
  思わず息苦しくなるほどの臭いに、ヘボンはその身を起こして臭いの元を探ろうと瞼を開けた。

 「…おはよう。ヘボン君」

 そんな彼に対し、ここ数日で聞き慣れた中佐の声が隣からした。
  そちらの方向へ顔を向けると、彼女は彼の隣に座り、煙草を片手に持って、もう片方に何か紙切れを持っている。
  
一方ヘボンは簡易ベッドに横になっていたらしく、下半身をベッドに横たえたまま、上半身だけを起こして彼女をぼんやりと眺めながら、辺りを見回した。
  
今、己のいる場所はどうやらテントの中らしい。
  
彼が横になっているベッドの他に四つほど、同じ簡易寝台が設置され、どれも空いていた。

 「…中佐。ここは…」

 そうヘボンが身体を起こそうとすると、彼女は無理をするなと強引に身体を起こそうとする彼を止めて、もう一度横にさせた。

 「急に身体を起こすものではないよ。もう少し横になっていたまえ、何しろ君は傷病兵だ」

 「…ありがとうございます」

 今までの強引すぎる彼女の態度とは打って変わった対応に、ヘボンは暫く阿呆のように口を開けながら、彼女を見上げていたが、ふと思い出したかのように口を開いた。

 「中佐。コアテラはどうなりましたか?」

 「…なんだ?己の身より、機体が心配なのかい?生粋の飛行艇乗りだな。君は」

 彼女は半ば呆れるような調子で、彼を見下げながら言葉を紡いだ。

 「安心したまえ。両翼に幾らか被弾したが、弾は全て摘出して処置した…ハッチ内部に機銃が備えられていなくて助かったよ。もし、あれより威力のある銃だったならば、こうして君は寝ていることも叶わなかったのだからね」

 「…敵空母はどうなったのでありますか?」

 「見事に轟沈したよ。全く凄い戦果だ。旧式の機体であそこまでやれるとは、私としても信じられないくらいさ…保身派の連中は今頃大慌てだろうね。何しろあそこまでやって我々が誰一人くたばっちゃいないんだ。随分と宛が外れたことだろうさ」

 彼女は誇らしげに言うと、紫煙を心地よさそうに吐き出して、テント内に漂わせる。
  傷病兵に対しての扱いとしては下の下であるような気がするが、特にそのことに対して抗議するような気は起きなかった。
  
それよりも、前から気になっていたことが口から飛び出していた。

 「…中佐殿?…私は先程から、中佐の仰っている事情が全くわからないのであります。先日の夜鳥を撃墜した際も、説明してくださると明言した筈でありますが、一向に何も…」

 その問いに対して、彼女は一瞬誇らしげな顔を曇らせたが、紫煙をまた深く吸い込むと、それを吐き出しつつ口を開いた。

 「確かにそれは悪かった。だが、私はあくまで君の上官だよ?いちいち説明する必要性があるかい?」

 「…ならば、戦友としては?」

 ここまで来て何も説明されないようでは溜まらないと、ヘボンは無理矢理に身を起こしつつ彼女へ聞いた。
  そんな彼に対し、彼女は困ったような表情をしながら、また紫煙を吐き出すと、諦めたかのように肩を竦めた。

 「そう言われると弱いな…まぁ、いいだろう。確かに君とは死線を潜り抜けた訳なのだからね。ちゃんと話しておくのが礼儀というものだろうね…まず何から聞きたい?」

 「その第13特殊空域旅団は正規の部隊なのでありますか?」

 「勿論。と言いたいところだが、正確には違う」

 彼女はヘボンの問いに対して、何処か遠いところを眺めながら、一旦吸っていた煙草を地面に捨てて踏み消すとゆっくりと続けた。

 「我が旅団はどの艦隊にも所属してはいないのだよ。どちらかといえば皇帝陛下直属の部隊だ」

 「それはどういう意味でありますか?」

 「まぁ、落ち着きたまえよ。ちゃんと言うさ」

 皇帝という単語に思わずヘボンはまた身を起こそうとしたが、彼女はそれをまた留めると、今度はしっかりと彼を見据えていた。

 「我が帝国艦隊は各の諸侯達から、人員や機体などを集めて、それを軍として扱っているのは当然だが、近頃長きにわたる大戦の経過として、その戦力は徐々に減少の一途を辿っているのさ。それに対して、危機感を諸侯達は感じ始めた。まぁ無理もない、確かに連邦共と戦うために戦力は必要であるが、その戦力の元を辿れば己等が身を削って出したものであるし、辺境戦力の一部には諸侯それぞれの世継ぎや一族の者も混ざっている。大戦は今後も長きに渡るであろうが、連中は世継ぎや自身の戦力の消耗、下手をすれば一族の存亡について強い危機感を覚えている訳さ」

 「しかし、それは致し方ないことでは」

 「まぁ、それが事実であるが、長い大戦は連中の理性すら溶かしてしまったのだ。危機感を益々強くした諸侯貴族達はなんとかして、己等の戦力や世継ぎや一族だけは一定に確保したいと計画し始めた。その結果、生まれた部隊がこの第13特殊空域旅団だ」

 「そんなこと艦隊上層部が許可したのですか?」

 「勿論、許可するわけはない。だが、諸侯貴族達は上層部より強力な皇帝一派に働きかけて、無理矢理に非公式ながら部隊新設の許可にこぎ着けたのさ」

 「しかし、中佐殿は我らが戦線の穴を埋める為に活動する部隊であると?」

 「それはあくまで表向きの事だ。実際は徴収された鑑や人員は、密かに辺境諸侯達や貴族達の元へ戻されつつある。その戦線を埋める火消しとしての作戦で、破損及び消耗したので一度内地へ引っ込めて修復するのだと言う名目でね。まぁ、一度戻れば二度と帰ってくることはないが」

 「では、中佐殿も内地へ?」

 「馬鹿を言うな。我々は違う!我々はその表向きの名目通り、作戦を行う派閥に属している。まぁ、全体の5分の1にも満たないがね」

 「つまり、以前に言っていた保身派というのは…」

 「そうだ。その本来の目的に追従する売国奴達のことさ」

 そう彼女は憎々しげに言い放ちながら、少し話し疲れたか懐から煙草を取り出すと、素早く火を点けて、紫煙を大きく吸い込んだ。
  一方、ヘボンとしては、彼女の口から飛び出した衝撃的な話しに、暫くまた呆然と彼女を見ることしかできなかった。
  
まさか、その様な暴挙があるとは知らなかった。
  
ニールが言っていたことはそういうことであったのかと、ヘボンは苦々しく思った。
  
しかし、そう思うと新たな疑問が湧いてきた。
  
彼女は徴収された連中が元は諸侯達の直属であるといったが、ならば自分はどうなるのか、ヘボンは帝都出身の帝民の出であり、何処の辺境艦隊にも所属した覚えはない。

 「…中佐殿。では、私は一体何故部隊に?」

 そう疑問を口にすると、彼女は憎々しげにしていた顔を緩め、ハっと思い出したかのように口を開いた。

 「あぁ、君は偶偶だ」

 「偶偶?それはどういう…」

 「いや、全くの偶然という訳ではないよ。こちらもいろいろと事情があってね…。その表向きの任務に参加させる為の人員を保身派共に制限されていて、内部より引き抜くことが出来たのは我が一族直系の者達だけだったのさ」

 「しかし、私は一族の者では…」

 「だから、仕方なかったんだ。君程都合の良い立場で、腕の立つ操舵手を見つけられたのは、全くの幸運と言ってよかった訳だよ」

 「都合が良い?」

 「そうだ。君は除隊間近であったし、旧式艦の操舵経験も豊富だ。それに最前線に送られるような身でもなかったし、そうかと言って名の知れたエリートというわけでもない。除隊間近な兵士が一人居なくなろうと、別に誰も気には留めないだろうしね」

 「そんな!?私は原隊に戻れば、脱走容疑で銃殺刑であります!」

 「それがどうした?ずっとココにいればいいだけの話さ」

 つい口を荒げて反論するヘボンに対して、彼女は至って平静に応えた。
  彼女に対してなんと言おうと無駄であることは、ここ数日で重々承知していてはいたが、こればかりは納得しかねる重大な問題であり、ヘボンは強い落胆を感じた。

 「では、一体いつまで私は…」

 「そうだな。まぁ、我々の目的が達せられた暁には、除隊できるだろうね」

 「目的?辺境へ貴族たちの部隊が全て戻されるまででありますか?」

 相手が上官であるとしても、これ以上は我慢できないと言った具合にヘボンは顔を歪めたが、それを見ても彼女は特に気にするわけでもなく、寧ろ彼の表情の具合を嘲るように微笑みを浮かべるばかりである。
  しかし、ずっと笑っているわけにもいかないと、一息吸うと彼を宥めるかのような調子で話しかけ始めた。

 「まぁ、そう怒るなヘボン君。こう考えてみたまえ。君は帝国の腐敗を正そうとする者達の仕事を手伝えるわけだよ?光栄なことではないか?」

 「帝国の腐敗?」

 「そうさ。今日の帝国は貴族達が権力を握り、軍をも私物化している。これでは、大戦に勝利を収めるどころか、我々は自滅の一途を辿るしかない。だが、今こそ貴族達の不正を明らかにし、新たな皇帝支配の構造を築こうとしているのさ」

 「私には関係の無いことであります」

 「そう言うな。殿下さえ権力に座らせることが出来れば…」

 そう得意げに話す彼女はそこまで来ると、一旦言葉を切ってそれ以上続けようとはしなかった。
  ヘボンとしてもそれ以上聞く気は起きなかった。
  
少なくとも現状は整理出来たわけであるが、政治的な思想はヘボン自身持ち合わせてはいない。
  
彼が必要とするモノとは除隊後の平穏な生活であり、それ以上のモノは望んではいない。
  
だが、それを手にするためには彼女につき従う必要があるようだが、それはここ数日の命が幾らあっても足りないような死線を、何度も潜り抜ける事が幾度もあると言うことを意味していた。
  
ヘボンが頭を再び悩ましながら、小さな唸り声をあげている様子を眺めながら、彼女は思いだしたかのように片手に持っていた紙切れを彼に差し出した。

 「…ところで、この写真の女性は誰だい?」

 「えっ?」

 苦悶に歪む顔の鼻先に突き出された一枚の写真を見て、ヘボンは暫し呆気にとられたような顔をしていたが、すぐに我を取り戻すと写真を受け取った。

 「…基地の同僚であるヘレン伍長であります」

 「なるほど…恋人か?」

 「いえ、ただの同僚であります」

 ヘボンの力無い返答を聞く彼女は、噂話に聞き耳を立てるのに夢中な女のような調子で、彼の顔を覗いてきた。

 「じゃぁ、何故この写真に二人で写っているわけだい?それなりの仲という証じゃぁないか」

 「いえ、それは編集であります」

 得意げに顔を徒に微笑ませる彼女に対し、ヘボンはついていた嘘がバレた子供の様に、申し訳なさそうに説明した。

 「原隊の基地には女性兵士がその…少ないのでありまして、失礼な言い方ではありますが、若い女性は伍長だけで…部隊の男は皆そうやって集合写真の伍長の部分だけを切り取って、自分の横に張り付けるのであります」

 その説明を聞くと、今度は逆に彼女が呆気にとられたような顔をしつつ口を動かしてくる。

 「待て。君の原隊というものは、ラーヴァナ級を扱っている程、幾らか人員も多い部隊だろう?まさか、伍長以外は皆…」

 「そうです」

 「随分とむさ苦しい所にいたのだね」

 「むさ苦しくても居心地は良かったであります」

 暫くの間彼女はヘボンを哀れむような顔をしながらも、何か納得したような調子で頷き

 「なるほどね…だから、この伍長は編集のせいで小さく見えるわけか」

 「いえ、伍長は元よりその大きさです」

 「っ?!これでか?!本当に人間なのか?!私の半分もあるかどうかわからないぞ?」

 納得した様子から一転して、彼女は吸い込んだ紫煙をせき込むほどに狼狽を示した。

 「中佐殿。お言葉でありますが、伍長は私と同期でありまして、同じ年齢であります」

 「…驚いたな。君の顔と言い、この伍長と言い…君の部隊は変なのばかりいるのだね」

 狼狽した顔から彼女は、愉快そうな笑みを浮かべ、ヘボンを眺めてくる。
  そんな視線に対して、彼は随分と顔の色が変わる人だとぼんやりと思っていた。

  

 「とにかく、平気で喋れるようなら、もう飛ぶことは出来るな」

 彼女は椅子からゆっくりと立ち上がると、ベッドの横に置いてあったヘボンのモノと思わしき飛行服を投げて寄越してきた。
  それをなんとか受け取りながら、ヘボンは不安げに彼女を見上げた。

 「また出撃でありますか?私は傷病兵であります」

 「会話が出来る程なら、私は傷病兵として扱わないよ。さぁ立ちたまえ、君と同じようにコアテラも損傷機として扱う訳にはいかないのだ」

 そう彼女に促されるまま、ヘボンは着慣れた飛行服を身につける。
  その間彼女は視線を彼から離すこともなかった。
  
ズボンも履いていたし、腹部は相変わらず包帯を巻かれていたが、何分異性の前で着替える点に対し、違和感を強く感じたが、彼女にはそういったモノが全くと言って言いほど無いらしかった。

 「そのままで聞けばいいが、幾ら何でもまた出撃というわけではない。今度は演習に付き合ってもらう」

 「演習で、ありますか?」

 「そうだ。先程も話したが、我々第13特殊空域旅団の実行部隊は、機体も人員も不足しているし、機体といっても旧式鑑ばかりだ。先日は運良く戦果を挙げることが出来たが、そう何度も幸運は続かない…何れ保身派とも一戦を交えることになるだろうが…それに備えて機体の火力向上が重大目標なわけさ」

 彼女は着替えているヘボンに対し、立ったまま説明を続けつつ、また煙草を取り出している。

 「そこで、現地改修ではあるが、コアテラに武装を追加する。この度の演習はその武装の慣熟訓練も兼ねているわけだ」

 「武装が新しくなるぐらいなら、機体を現行機にしてほしいであります」

 「贅沢を言うんじゃない。まぁ…現行機であるグランピアなどはあることにはあるが、それは保身派共に抑えられている。そもそも取り寄せたとしても、君は戦闘機乗りじゃぁないのだから、慣熟まで余計に時間を喰ってしまうじゃないか。我々にそんな時間はない」

 その言葉の後に彼女は、随分と上官に対して、君も慣れ慣れしい口を利くようになったじゃないかと添えたが、遠慮なく喋っても良いと言ったのは中佐自身でありますとヘボンは軽口で返していた。

 「新しい武装…とはいっても、実戦で運用されたことはない試作型の物ではあるがな。こちらで破棄される寸前のところを開発部より無理矢理接収した」

 「破棄されるような武装でありますか?」

 「決して欠陥があるというわけではない。運用によっては十分な性能を発揮できると判断したからこそ、接収したのだ。部隊内では『夜虫弾』と呼んでいる。正式名称は生体型誘導式夜間炸裂弾というものだが、長ったらしいのでね」

 「夜虫弾…」

 「我ら帝国の生体器官技術を応用して開発されたものだよ。弾と言うよりは空中機雷と言った方が正しいが、この兵器の特徴は特殊な照明弾の発光に反応して、光源に反応して接近し、光量がある程度の段階まで達すると内部に格納されている爆薬が炸裂すると言った具合だ。丁度羽虫が照明に集まるのと同じ原理さ」

 「それがどうして開発部で破棄に?」

 「汎用性が低かったんだ。照明弾の光ではなく、機体の照明に反応して誤爆する事もあるし、夜間爆撃機に運用すれば問題ないが、実戦運用には難があると烙印を押されてしまったのだよ」

 そう事も無げに彼女は語りながら、口に咥えた煙草を吹かしつつ、付いてくるようにと促してきた。歩くたびに少々腹の傷口から痛みをヘボンは感じたが、機体の操作に対しては特に問題はないだろうと、ゆっくりとテントを出た。

 

 テントを出た矢先にヘボンの視界に映ったのは、眼前に広がる荒野と、その風景に随分と沿わない歪な形で着陸しているコアテラであった。
  先日の戦闘から幾らか回復はしているようであるが、両翼にチラホラと見える修復痕がなんとも痛ましい。
  
そして、それと似たり寄ったりの損傷具合である機体が、コアテラの隣に並んでいるのを見て取った。
  
その内の2機はあの死闘を繰り広げた際の味方であったマコラガであることがわかるが、まだその横にヘボン達のとは別のコアテラが2機並んで着陸している姿がわかる。
  
合計5機で、これなら小隊と言う体裁は整うであろうが、あくまで『旅団』と名目上なっているのに対し、この旧式艦の群れはあまりにも貧相に見えてしまった。   二人は暫くの間、機体の様子をテントの入口より眺めたが、ふと気付いた様にヘボンが口を開いた。

 「…あれが、その例の試験兵装でありますか?」

 彼は着陸している3機のコアテラの両翼下部に備えられている、見慣れない長い円筒形をした各翼に二つずつ備えられ、計4つの筒を指さしながら中佐に聞いた。

 「あぁ、その通りだ。既に換装作業は完了してあるわけさ」

 「しかし…機銃や噴進砲が見当たらないであります」

 「夜虫弾の重量が相当な物でね。他の兵装を積んだままでは、とてもじゃないが飛べそうにないんだよ」

 会話を続けながら、二人はゆっくりと機体へと近づいた。
  機体へ近づくにつれ、損傷の程度などがありありとわかるが、ヘボンと同じく随分と血を流したらしく、銃槍が多く見受けられる。
  
それを見ているとヘボンは、幾ら傷つこうとも死ぬまでは飛び続けねばならない様な運命を、彼自身とても忌まわしく思うが、それはこの機体も同じではないかと一種の同情に似たような感情を抱いてしまう。

 「中佐!」

 ふと、そうぼんやりと思案に耽っているところへ、横から妙に聞き覚えのある濁声が響いてきた。
  声のした方へ呼ばれた彼女と同じく頭を向けると、そこには飛行服を着込み、でっぷりと太った髪の薄い男が着陸したマコラガの搭乗席から身を乗り出して呼びかけていた。
  
どうやら声の具合から見て、この男が無線で逐一連絡を寄越してきた『ミュラー』と言う者だろう。

 「もういいんですかい?ソイツは?」

 「あぁ、立って歩けるなら戦えるさ」

 ヘボンよりも数歩先へ歩み出ている彼女はミュラーと言葉を交わすと、不意にヘボンの方を向き直り、軽く人を紹介するような調子で手を向けてくる。

 「紹介しよう、ミュラー曹長だ。彼は我が部隊の護衛機を担当している。先日の戦闘も彼の援護なしには敵空母に突入するのは不可能だったであろうしね。優秀な乗り手だよ」

 「別に援護が無くても、中佐なら突っ込んでいたと思いますがねぇ…」

 誇らしく言いのける彼女とは対照的に、ミュラーは照れる様子もなく半ば呆れるように、彼女とヘボンに対して胡散臭げな視線を向けている。

 「はぁっ、こいつがその操舵手ですかい?いや…こりゃまた…」

 しかし、胡散臭げな視線は徐々にヘボンにだけに注がれ、暫くすると彼は目を丸くしてヘボンを眺めている。

 「…人間ですかい?」

 そう曹長は大きい目をより一層訝しげに丸めながら、ヘボンを見上げてくる。
  彼の身長はヘボンの半分ほどであったが、威圧的な要素は彼の数倍以上あった。

 「確かに色々人間離れした顔をしているが、だからこそ出鱈目な飛行にもついていけるわけさ」

 その横から中佐が得意げに語る様子は、大いに彼の心を傷つけはしたが、曹長はそれでも彼に握手を求めてきた。

 「まぁとにかくよろしく頼むぜ。何せあんたには中佐を何度か救って貰ってるしな」

 そういいながら彼は顔を幾らか綻ばせ、笑みを浮かべながら頼りないヘボンの細い手を力強く握りしめるのであった。

 「・・・ところでフレッドが見えないが、奴はどうした?」

 「あぁ。准尉はグレイソンの奴に付き添っています。機体を受け取りに出てやして、まぁお目付けのお目付けというと変な話ではありますがね」

 その様子を眺めながら横から彼女が曹長に聞くと、彼は皮肉そうに答えてみせる。
  詳しい話を聞く分には、戦闘の際にグレイソン大尉のバルソナは多大な損傷を負ったので、機体は旅団本部へ移送され、その交代機を受領しに出ているとのことであった。
  
しかし、何故大尉にだけは交換の機体が卸されるのかと中佐に聞くと、彼女は苦々しく口を開いた。

 「それは奴が本部の…まぁ保身派共の犬だからさ。奴は我々が離反行動を起こさないように、監視するのが任務な訳さ」

 「しかし、先日は攻撃を共にしたではありませんか?」

 「状況が逼迫していたからね。あの時は脅しも利いたが、機体がマトモになれば我々の脅迫に奴は屈しないだろうさ」

 「マトモ?大尉には一体どのよう機体が回されるのでありますか?」

 「…それは見てのお楽しみさ。まぁ、私は見たくもないがね。とにかく、奴がいないのは好都合だ。すぐに飛ぶぞ、曹長。至急、ロイスとニベニアを呼んでこい」

 そう彼女は曹長に指示すると、彼は敬礼をすると、図体に似合わぬすばしっこい動きでコアテラの方へ駆けていった。

 「さぁ。ヘボン君。リハビリといってはなんだが、君もすぐに操縦席へ行きたまえ。なに安心しろ。危険はない、何しろただの演習なのだからね」

 駆けていく曹長の後ろ姿を眺めながら、彼女はヘボンに機体へ乗り込むように促してくる。
  しかし、ヘボンは彼女が言う安全と言った単語を随分と胡散臭いものだと疑りながら、傷ついた体を出来る限り労りつつ、自分と同じく様に痛んでいるであろう機体へと近付いていった。

 

 コアテラの離陸具合は、先日と打って変わってきごちないものであった。
  無理もない、両翼の損傷がまだ完全に癒えていないだろうし、それに加えて普段の武装よりも重量が増した、例の試作武装を積んでいるのだ。
  
生体器官の上げる唸り声はどことなく重量挙げに苦しむ人間のものと似ていると感じながら、ヘボンは機体を労るようにゆっくりと上昇桿を引き上げていく。
  
それにつれて眼前に、徐々に夕暮れの空が映す淡い赤色が広がっていく。
  
例の夜虫弾は文字通り夜のように周囲が暗い状況でないと使用できない話であり、慣熟訓練を行う時間帯も勿論夜でないといけないという事である。
  
ふとヘボンが視線を横へ走らせると、自身の機体と同じように生体器官を唸らせながら上昇していく友軍機の様子が伺える。
  
左舷方に浮かんでいるのが、ロイス少尉であり、右舷方に飛行しているのがニベニア准尉ということであった。
  
そして、護衛機としてミュラー曹長のマコラガが周囲を旋回している様子が伺える。
  
中佐が言うには三人共、彼女の一族直系の軍人ということであり、彼らの機体を操る兵士達も同じくその一族の者ということであった。

 「ラーバからロイスへ、上昇速度が速すぎるぞ。もっと機体を労れ」

 不意にヘボンの頭上で側面機に連絡を取っている中佐の声が響いた。
  確かに彼女の言う通り、左舷を飛行しているコアテラは己の機体よりも少々息の切れたような苦しい騒音を奏でている。
  
元々旧式艦であるコアテラの生体器官と言う物は総じてデリケートな物であり、現行機達の生体器官のように無理が利かなかったりする事をヘボンはよく知っていた。
  
しかも、それに加えて例の胡散臭い武装のせいもある。
  
熟練の繰舵手であっても、この状態での操縦は困難を極めるように彼には思えた。

 「中佐殿。お言葉ではありますが、あまりにも兵装が重すぎます。これでは、戦闘に突入した際の急な旋回は困難であります」

 「そこをなんとかするのが、君の仕事だ」

 ヘボンはありのままの言葉で彼女に苦言を呈したが、それに対して彼女はどこ吹く風と言った具合に相手にしてくれそうになかった。

 「ラーバから各機へ。暫く、この状態で飛行を続ける。例の武装を使用するのはもっと周囲が暗くなってからだ。使用可能と判断できる時になれば、こちらから指示する。演習目標へ攻撃するための照明弾は私が撃つ」

 そう告げて彼女は、周囲を飛行する機体の様子を見回している。辺りは徐々に暗くなり始めているが、使用に耐える暗さとはもっと強いものでないといけないらしい。

 「中佐殿。照明弾を射出するのはどうするのでありますか?機銃や噴進砲は取り払われているはずでありますが…」

 「あぁ、それはコレだ」

 ふとヘボンはそもそも照明弾を射出する装置などあっただろうかと疑問を口にすると、彼女はおもむろに機銃を取り払われた銃座の隅から、小銃を取り出して見せた。
  その小銃の先端には円筒形をした掌大の筒が装着されているが、まさかそれを使うのかとヘボンは思わず目を疑った。
  
確かに手榴弾を小銃の先へ装着し、ガス圧などを使って、遠くへ飛ばす物というのは別に何も珍しくない。
  
だが、それはあくまで歩兵の話であり、ここは上空なのである。一体どれほどの射程を有しているのか、考えたくもなかった。
  
そこでようやくヘボンは彼女が夜虫弾が誘導性を持った先進的な兵器であるのに対し、正式な運用が為されなかったのかここでようやく理解した。

 「中佐殿しかし…それはあまりにお粗末では」

 「ヘボン君、心配は無用だ。私の射撃術でどうにでもなる」

 ヘボンは唖然として彼女を見上げたが、本人はそんなこと意に返さず。逆に誇らしげに胸を張るのだった。
  それを見て、どうにも安全に演習が済むような気がしなくなってきたヘボンの心情を反映してか、周囲はどんどんと暗くなっていく。

最終更新:2016年06月25日 19:34