※本SSでは、読者の理解をわかりやすくするため、距離・時間をm単位・24時間、日付をパルエ年450日として表記しております。
第二章α『作戦会議』
598年6月01日 1600時
「やれやれ、この船に艦隊司令官なんぞいるのかね」
ジョセフは案内された司令官室のデスクに座り、一人ぼやきながら先ほどの会議を思い出す。
4時間前 1200時
「各員、哨戒体制へ。非番のものは休息を命じる。第二直、各班集合。引継ぎの後、第一直と交代」
副長の女性士官のアナウンスで艦内があわただしく動く。
登舷礼を終え、通常の哨戒配備へと戻った艦内では、交代のために食堂、あるいは船室から部署へ、そして、その逆へと人が動く。
その人の中をジョセフは露天艦橋から船体下部の航海艦橋へ戻った。
砲弾を半分にしたような形をしたガラス張りの艦橋は、前方、下方視界が極めて良いように作られている。『温室』や『鳥かご』と揶揄されることもある構造だが上空からの地上目標や索敵には有効だ。
その砲弾型の前方、半円の中央に突き出るように渡り廊下が伸び、最も眺めの良い場所に横並びの複座操縦席がある。左側に操縦士、右側に助士が座り、二組の連動して動く操縦桿、方位版、姿勢指示器、速度計、高度計、器官血圧計などが機能的に並ぶ。また、正面のガラスに向けては投影装置があり、生体器官から電気的に送られてくる操縦に必要な情報が正面ガラスに直接投影されるようになっている。
操縦席の後方に航法士席があり、航海長と航法員数名が配置につく。
そして、それらを見下ろす一段高い位置に艦長、副長、司令官それぞれの席と統合航法図盤(生体器官の神経情報を映像化した方位位置表示装置)、さらに潜望鏡が備わる。
その自らには小さめの司令官席にジョセフは腰を下ろし、脇の鍵付きチェストボックスに入れたカバンを取り出す。中にいれた書類を確認しアトナリア艦長に声をかける。
「艦長、今後の作戦会議を行う。主要参謀の招集をかけてくれ」
「了解いたしました。まずは、これまでの主要戦闘空域であるヒグラード渓谷へ向け北上いたしますがよろしいでしょうか」
「承知した。今のところはそれで構わん、指令書開封後は、それをもとに詳細なルートを決定するとしよう」
「はい。針路を北へ。速力18、前進半速」
アトナリアが指示を出している間に、彼は立ち上がるとそのまま艦橋のすぐ後方にある作戦会議室に入った。
途端、いきなり面食らった。
すでに艦橋にいた艦長とジョセフ以外の全員が起立して彼の入室を待っていた。
今後の行動計画および指令書の開封のため、士官集合が必要なのは慣例とはいえ、指示伝達前に集まっているなど聞いたことがない。
しかし、その程度で動揺してはいけないと表情を殺し、こちらを凝視する全員をゆっくりと見渡した後、部屋の中に入る。
「着席」
いつの間にか真後ろおり、続けて入室ったアトナリアが号令をだし、着席した。彼も頭上に掲げられた皇帝肖像に一礼し、上座の司令官席につく。
全員の視線が彼に集中する。目の前に集められた艦長以下の士官8名がこの船の頭脳たちだ。さて、演説は苦手なんだがな…。
「諸君、私が今回着任したジョセフ・ベルリッツ大佐だ。よろしく頼む。私はあまり長々と高説を垂れるのは好きではないし、本艦の目的などは私があれこれいうまでもないだろう。わたしの役割は上層とのパイプ役程度に思ってもらって構わない。実際、着任一日で、今のところ厠の場所も把握できてないんだからな」
そうおどけたように言ってみせるとクスクスと笑い声が聞こえた。うん、最初はこのくらいでいい。
「とりあえず、書類で一応は知っているが顔と名前、役職を把握しておきたい。軽く自己紹介といこうじゃないか」
再び全員を見回す。老若男女選りすぐりの士官達は、まさかの提案に少なからず驚いているようだった。
その中で先ほどから笑いをこらえようとして、クスクスと笑い続けている若い人物に目が留まった。隣の中年士官にたしなめられても全く気にしていない様だ。
「なにかおかしいかね?」
「いや、だって…!あまりに体が大きいのに意外と小心な物言いの落差がおかしくてさ!」ブフッと再び噴き出す。
「おい、ドゥリャーギン中尉!」その言葉に隣の士官が怒鳴る。
「……随分はっきり言うね。君が砲術長のカピトリーナ・ドゥリャーギン中尉か」
「うぃっス!よろしくお願いしまス!」
立ち上がり、しっかりと敬礼をしてジョセフも答礼する。一応、礼は外さないようだ。
「うむ、よろしく。あと皆も今後の敬礼は不要だ。省略して良ろしい」
「了解ッ!司令、あんたなかなか面白いねぇ!アタシの事はカティって呼んでいいスよ」
キャッキャとジョセフを見るカティ中尉はみるからに小柄だった。
四肢は細く、背は横に座るアトナリアよりもさらに頭二つぶんほども小さい。
茶金色の前髪は切りそろえ、後ろ髪は二つのお団子にまとめたヘアスタイル。顔立ちも幼く、砲術士特有の測距儀を扱うための巨大なレンズを持った義眼帯が不揃いなほど巨大に見える。
右目に着けたその巨大な眼帯と丸めな顔の輪郭と妙に訛っている話し方も相まって、10代前半にしか見えなかった。
「失礼だが、齢は?」
「今年、27になりまス。そうは見えないってよく言われまス。気にしないで下サい」
アハハと彼女は笑う。おもわず驚きが表情にでてしまったようだ。ジョセフはゴホンと咳払いをする。
「司令、あまりドゥリャーギン中尉を調子に乗せないようにした方がよろしいですぞ」
「ふむ?」
カティ中尉の隣、彼女の言動に先ほどから睨み続けている男性士官が手を挙げた。
「小生はヴィル・ケッテン大尉です。本艦の生体器官を含めた機関長をしております」
そう言ったケッテン大尉は、しっかりと鍛えられた大柄の体躯(ジョセフほどのではないが)をもち、略軍装の上に染み一つない白衣を着ている。左肩にピンで止められた腕章が最高位の生体器官技師であることを示していた。
「貴官は本艦専属の生体技師だったかな」
「はい、ネネツでの本艦建造当初より乗り組んでおります。オヴとの付き合いはかみさんより長いですよ」
「オヴ?」
「浮遊器官の名です。古代ネネツ語で“卵”という意味ですが。命名は建造主任のヴォールド卿です」
「なるほどな。後ほど、各部署の視察をさせてもらうからその時に詳しく聞こう。あと、貴官の忠告、留意しておくよ」
「司令官ひどいー!」
カティ中尉のふくれっ面の抗議を無視し、さらにその隣へ視線を移す。
「次はワシのようだな。アベル・レンダー、航海長で大尉だ。天文航法は任せてくだされ」
そう胸を張るレンダー航海長。自信たっぷりといった大きな声を響かせ、黒く日焼けした肌とパサパサの髪は熟練した天測員の証しであり、その言葉を裏付ける風貌だ。
「うむ、高空侵入が要の通商破壊戦だ。期待しているぞ」
「はい!」
「主計長のガトー・グライッシュ。中尉です。船務長も兼任しております」
左の列手前から2番目に座る若手の男性士官、グライッシュ中尉は座ったまま一礼する。
彼の存在は士官室に集まっている中でもひと際異才を放っている。黒髪をきっちりと整え、小さく切れ長の目と役者のような整った顔立ち。落ち着き淡々とした話し方で、彼の風体自体はいかにもインテリで目立たない感じではある。
が、彼がつけている眼鏡が楕円形の金縁メッキフレームでやたらと目立つ。さらにかけ方のせいなのか、レンズもよく光を反射しキラキラしている。
「よろしく。しかし、主計と船務兼任だと大変そうだな?」
「問題ありません。書類仕事は慣れてますので。本艦の備品類の現状報告いたしますか?」
「いや、後で良い。司令官室に届けてくれ」
「わかりました」
そう言って眼鏡の位置をクイと直す。どうやら、眼鏡の事は言わない方がよさそうだ。
そうして左列並ぶ4名の紹介が終わり、右列に目を向けた時、
「……くぅー……」
「先任、起きてください」
「……寝てるのか」
立派な白い口ひげを生やした白髪の痩せた初老の老人が舟をこいでいた。
副長が彼の肩を何度かゆするとようやくハッと顔を上げた。
「あ?お?俺か。いや、こりゃ失礼。ミカ・ブル・カクタス少佐、先任士官をしておる。司令官、失礼した」
慌てて立ち上がり、深々と頭を下げ謝罪する。
「司令、先任は先ほどまで深夜直と補給担当に立っていましたのでご容赦のほどを…、私はルタ・マルコス少佐です。本艦の副長を務めております」
セミロングの黒髪につり眼がちの茶色の瞳。ビシッと着こなした軍服がどこか人を寄せ付けない雰囲気の女性士官の副長、マルコスもそろって起立し頭を下げる。よく見るとカクタス先任の目は真っ赤に充血していて目の下のクマもはっきりと浮き出ている。疲労しているのは明らかのようだ。
「なるほど、次からは気を付けるよう。先任も体調がすぐれないなら部屋で休息するのも認めるが?」
「いや、今ので目が覚めた。終わってからゆっくり休むから続けてくだされ」
「わかった。ただし、戦闘行動に問題がないように会議終了後、すぐに自室にて休息するように」
カクタスは黙ってうなずき、マルコス副長とともに着席する。
「じゃあ、最後は俺だね」
一番奥の席で手を挙げた青年は、ほかの士官達と違い、戦闘機隊の服に身を包んでいる。
金髪碧眼の長身で白い肌の青年で、広報宣伝隊のポスターにでもなっていそうなクールな顔にはゴーグル焼けのあとがくっきりとうつる。
「航空隊隊長のニコライ・バークレイン。階級は中尉。艦載機部門の運用・管理を任されているが、俺自身もパイロットだ」
「よろしく、バークレイン隊長。確か主な配備機体は観測機のヒビアだと聞いたが、間違いないか?」
「その通りです。そろそろグランビア一機でも回してほしいものですが、なかなかそうもいかないようでね」
「本国に連絡しておくよ。さて、アトナリア艦長を含めて本艦の頭脳8名。貴官らをみているとこれからの航海がいかに難題だろうと乗り切れる気がするぞ」
「気がするだけですかい?」
「なに、困難か安パイかは指令書を見てみればわかるさ」
ジョセフは蝋で封印された封筒を開封し、中から指令書を取り出す。
彼が読み、それを全員に回す。
紙に短く記された文章で、全員が押し黙った。
《第78次 通商破壊作戦司令 アナンサラド王国/連邦本国間のザイリーグ空域にて2万トン分の商船を撃沈せよ》
…『第二章β』へ続く
最終更新:2016年07月11日 04:09