最初の発見

 あれから数日の時間が流れたが、旅路は至って平和に過ぎていった。機械の不調もなく、隊員同士でのトラブルも許容範囲内(例の二人組がふたつ、治る気配のない悩みの種だ)、そして今日は初めての補給物資の受け取り――厳密には実地訓練。とはいえ、その中身に皆期待に胸を膨らませている。

 今日の補給は新鋭輸送機の起動実験も兼ねている。バックアップ隊の使う機体がちゃんと動くかの試験でもあるため、投下する物資の量自体は少ないが、気を抜かないよう中には隊員の私物が入っている。そのため、隊員たちもバックアップのパイロットもだらけるようなことは無いはずだ。

予定時間は14時、そろそろ停車して投下位置を確定して送らなければならない。私は机に広げられた地図に手を置き、物資投下に良いポイントがないか調べる。北東約3キロ。ここがいいだろう。私は操縦室へ続く伝声管を引っ張った。

「クロム、進路変更。右へ23度」

『了解、右へ23度、回頭します』

 おっとりとした声が届くと、ゆっくりと視界が回りはじめた。ここまで大きい車体を持つと、なかなか旋回に時間がかかる。もともと極地での使用は考えられていたものの、最高速度は僅か10キロほどだった。とはいえ、13人と車両が3両、そして大量の物資や燃料を載せてこの速さが出れば十分だろう。特等席ともいえる車長席に座り、トゥリの淹れてくれたシーバを啜る。一段濃く作られたシーバは寒さの中では一番の贅沢品だ。

 特に何も指揮することがないこの時間が、私の好きな時間になりつつあった。今日運ばれてくるアレがあれば、もっと素晴らしい時間を過ごせるようになるだろう。
 と、あることを思い出し、地図と睨めっこをしているトゥリに目を向ける。

「なぁ、トゥリ」

「なんでしょう」

「君は何を預けたんだ?」

「唐突に何ですか」

 少し呆気にとられたような顔をする。私物として預けられるのは両手に抱えられる程度の量に限られている。嗜好品自体は頼めば幾らかは調達してくれるため、今日の物資は専ら個人の嗜好が詰め込まれているのだ。
 そして、それを開けて分配するのはトゥリの役割、つまりは他の隊員が何を持ってきたのかは分かるが、トゥリのだけは見ることができない可能性がある訳だ。どうせなら何もすることがない時間のうちに本人に聞いておこうと思った。単なる好奇心だ。

「別に聞いたっていいだろう、それとも私に言えないものでも預けたのか?」

「違います」

 少しばかりからかってやろうと思ったが、どうも乗ってきてくれない。何やら浮かない顔をしていることに今更ながら気が付いた。もう聞くのは止めておいた方がいいかもしれない。

「まあ、いいか。トゥリ、長距離無線機の用意。『シェルパ』に連絡をする」

「……分かりました」

 話題を少し強引に変える。本来はもっと後でもいいのだが、この空気の中過ごすのはたまらない。トゥリが指揮室横に取り付けられた大型の機械に近づく。カチカチとダイヤルを回し、周波数をシェルパ――海に浮かぶ、船と言うには少しばかり大きすぎる諸島の移動拠点――のものに合わせる。

「準備完了しました」

 その言葉を聞き、机に据え付けてある無線機を取る。スイッチが入るのを確認し、声を出す。

「あー、あー、こちらグラン・パルエズ。『シェルパ』応答せよ」

『…チラシェルパ。感度良好。バッチリ聞コエテイル』

 ノイズの混じった老齢の声がスピーカーを震わせる。バックアップ艦隊司令の声だ。

「物資降下ポイントの通達、ポイント3―3―1に投下」

『了解。物資投下地点、ポイント3―3―1。予定時刻ニ投下スル』

「確認。しっかりと頼む」

『勿論デス、任セテ下サイ』

 通信を終えて無線機を戻した後に、艦長にトゥリの私物を聞けばよかったと後悔する。彼は向こうの総責任者、こちらに持っていく荷物の中身を知っているはずだった。
 まあ、後の祭りだ。少し冷めたシーバの苦みを楽しみながら、一体何を持ってきたのか思案に更けることに時間を使うことにした。

 

 

 午後13時37分、居住区広間。軽めの昼食を終えた隊員たちは心なしか嬉しそうにしている。やはり自分の楽しみがやってくるのが待ち遠しかったのだろう。

いつもよりも騒がしい広間を見下ろす形で私は昼食の残りの固焼きパンをかじっていた。あんなに固く、鉄板ではないかと思わせる連邦の保存用のパンでも調理のしようによってここまで柔らかく、美味しくなることに驚いた。が、何よりも驚いたのはそのパンに乗せられたジャムの味だった。パルシャキー特製のこのジャムは、程よい甘さと酸味を持った、噛みたくなくなるようなこれをいつまでも味わいたくさせてしまう代物だった。

 もう一つ、ネネツゴルトンのバターと砕いたパルエピーナチアを混ぜたものを試作中だと言っていた。もしできたら一番に食べさせてもらおう。そんなことを考えながら口を動かす。噛む度に果実と砂糖の甘さが楽しませてくれる。

 ポイントの近くに待機している今、働いているのは昼食を持ったまま観測室へ飛び上がっていった(比喩でもなんでもない)マリアナだけだ。とはいえ、回収班は準備に入っているし、トゥリも補給機のパイロットと無線通信を行っている。私もそろそろ戻った方が良いだろうと最後の一口を放り込み、階段を上った。

指揮室に入ると、通信機で指示を出しているトゥリが目線をこちらに向けてきた。早く変わってくれと言わんばかりの必死さが受け取れる。何か問題でも起きたのだろうか? トゥリの握っていた通信機を受け取る。

「探索部隊長だ。状況を報告してくれ」

『クソだな』

 一言目からものすごい言葉が耳に届いた。背後に聞こえるノイズからして補給機のパイロットだろうが、一体どんな人物だ。

「もう一度確認する。パイロットか? 報告してくれ」

『…ん? ああ、後4分だ』

 どこかズレた答えが返ってきた。取り合えず予定時刻にはこちらに来ることが分かった。それともう一つ、ある疑問が浮かんだ。

「……了解。それと、君の名前を聞いてもいいか?」

『……ネプン』

 ネプン。その名前を聞いたとき、私は一つの確信を手に入れた。

 

 毎日のように王国領内へと侵入を繰り返し、速度においてはパルエ一を誇っていた王国機をものともせずに毎回無事に逃げ帰っていた諸島の戦闘機乗りがいると。まだ私が訓練兵だったころの話で、誰かの創った創作話だと同期と笑いあった記憶がある。王国の機体に追いつけないものはないと信じていたし、諸島に限ってそんなことが出来るわけないと思っていた。記憶が確かならば、その時に出てきた名前がたった今聞いた名前だった気がする。噂が本当か確かめる価値はある。

 

「そう……ネプン、君ってもしかすると」

『クソだな』

「……まだ最後まで言ってないのだが。違うならそれでいいんだが、君は『諸島のキーゼ』だったりしないか?」

『……まぁ、クソだな』

 人違いではないことは分かった。少しばかりの沈黙がそれを教えてくれた。とはいえ、それが何だと言われればどうでもいいことではあるが。噂の真偽を確かめられただけだ。

「しっかりと届けてくれることを祈ってるよ」

 途切れた話を終わらせるために話しかけたが、向こうから返事が返ってくることは無かった。

「……ネプン?」

『……ああ、クソだ』

 結局、最初から最後まで彼女はその言葉を呟き続けた。トゥリが頭を痛くしたのも頷ける。

 

 ――――これが彼女の上の空の返事だということが分かったのは、彼女が荷物を落とした後の通信でシェルパの艦長にこのことを話した時だった。彼女はいつもそうだと朗らかに笑っていたが、色々と不安な気持ちがそれを聞いた後も心の中に巣を張ることになった―――――

 

 ネプンとの通信が終わっていくらとも経たない内に、右手の方から光るものがやってくるのが見えた。その光るものの形がはっきり見える頃には、その腹から荷物が空へと産み落とされ、赤い炎を空に焼き付けながら通り過ぎていってしまった。ここまでしっかりと視認できなかったのは、海の色に溶け込むように塗られた塗装が空にも十分に馴染んでいたからだろう。

 機体自体はフォウ王国と統一パンノニアが設計したものだが、そのパイロットは諸島人だ。昔から色々と揉め事があった国がこうして共に歩んでいるということに少し笑みをこぼす。諸島の裏は読めないが、表立って悪さをすることは無いだろう。

 グラン・パルエズの上空を旋回する機体から発光信号が届く。『ニンムカンリョウ キトウスル』。簡素に、素早く打たれた発光信号を残すと、あっという間に元来た方向へ踵を返していった。フォウ王国の機体はその速力と慣性のせいで他国のパイロットには扱いにくいと不評なのに、あの諸島人が良く扱えたもんだと感心した。さすがは『諸島のキーゼ』と呼ばれていたパイロットだ。達人は動きだけで自らの実力を見せるというが、それがあながち間違いではないことを今確信した。

 彼女が落としていった荷物は、パラシュートを広げ、ゆっくりと白い大地に舞い降りてくる。雪原にその体が触れると、ふわっと雪煙が荷物を覆った。あれなら中身が壊れてしまっているなんてことは無いだろう。順調にことは進んでいる。

「回収班、頼んだぞ」

 ダイヤルを回し、さっきまで諸島人パイロットと話していた無線機で待機していた回収班に指示を出す。了解、という声と共に左からスノルデーヴァが一目散に荷物へと走って行った。回収班のメンバーはミーラとジャスタのパンドーラ隊コンビだ。あれからまだ数日と経ってないのにもう自らの手足のように使いこなしてしまっている。欠陥兵器の行く場所と揶揄されていただけあって、パンドーラ隊の隊員の適応能力はとても高いものになっているのだろう。

 

 

彼等の力量に感心しているうちに、荷物までもう少しといったところまでたどり着いていた。しかし、なにかおかしい。何がおかしいのかよく分からないのだが、どこか違和感を感じるような気がする。そして、その答えは無線機の向こうからやってきた。

 

『キャーッ! ピキュキャー! キピー!』

『ちょっと、どうしたのよあんたたち! ちょっとおとなしくしてなさいぎゃっ!?』

『ピーッ! キャピピャー!』

 

 にわかに無線の向こうからクルカの興奮した声と、恐らくはそれに巻き込まれたのだろうジャスタの悲鳴が聞こえてくる。何があったのかと口を開こうとしたが、その前にミーラから報告が入ってきた。

 

『〈ピュヤー!〉長、この〈キピピーッ!〉、ただの平地じゃ〈ピュベルバッ!〉せん。雪〈ゲボァ!〉に〈何悠長に話してんだミーラぁ!〉』

 

『何か? それは一体?』

 

『まだ分か〈ベキッ〉が、何〈ベボボボボボボ〉違いあ〈ミシミシッ!〉ん。外に〈パキュキキェキピャー!〉ます』

 

 クルカの叫び声のせいでまともに聞き取れない。無線の向こう側はどんな修羅場になっているのだろうか。舞い上がった雪のせいで様子は確認できない。

 

『兎に角、十分に注意しろ』

 

 遠くに見えるスノルデーヴァの天井が開いたかと思うと、そこからたくさんのクルカがわっと出てきた。クルカ達は何も躊躇うことなく一直線に地面へ向かって急降下したかと思うと、あらん限りのスピードを出して雪を舞い上げ始めた。舞い上がった雪はたちまち彼らを覆い隠してしまった。あそこだけ吹雪いているかのようだ。何が起こっているのかとトゥリと共に待っていると、無線機からミーラの声が届く。

 

『隊長…〈ギベピャー!〉…そちらから〈ピーヤァ!〉いますか……?』

 

『……いいや、舞い上がった雪のせいで何も。何か見つけたのか?』

 

『ええ。これはものすごい光景ですよ〈ベキベキッ!〉とりあえず、ジャスタとクルカを捕まえられる人を寄越し〈ピュペペペペペペ〉んか? 彼女らの〈バキィ!〉でこの光景のおぞまし〈……だこのクソがぁ! なんなんだよこ……! ああも……くしょう!〉』

 

 そう彼が言った直後、少しずつだが舞い上がった雪が晴れてきた。今中で何が起きているのか。私は何も見逃すまいと目を見開きその場所をまじまじと見つめた。

 

 

 

 

 そこは、地獄のような光景だった。

 クルカ達は何かにとりつかれたかのようにヒレを振り回し、頭を上下に揺らし、超低空飛行というアクロバットを披露していた。その中で何かを蹴飛ばすように足を振り上げ拳を振り下ろしているのは間違いなくジャスタだろう。

 彼女らだけでも十分に凄まじい光景だったが、そこを狂気の世界たらしめていたのは、雪原から伸びる大量の『何か』だった。よく見てみると、クルカやジャスタは、その何かを手あたり次第折りまくっているようで、まるでそれが人類とクルカの仇敵であるかのようにそれを容赦なく薙ぎ倒している。

その光景に呆気に取られていると、ミーラがさっきの言葉をもう一度通信機の向こうから投げかけてきた。はっとして通信機を車内に切り替える。

「緊急事態だ。ピエニ、メルラ、それとクロム。悪いが急いで投下ポイントに行ってくれ。まずはジャスタとクルカの暴走を止め、その後回収の手伝いをしてきてくれ」

 今車内に残っている中で戦闘能力に長けた2人と恐らくは部隊の中で一番動揺というものをしない1人に出動を呼びかける。無線を入れてから1分としないうちに唸るエンジン音が耳に入ってきた。驚異的な速さだ。少しすると左側からもうもうと雪煙を巻き上げながら地獄へと一直線に向かっていくもう一台のそれが見えた。車上に仁王立ちで立つ人物(おそらくはピエニだろう)を乗せたスノルデーヴァは、どこか神話に出て来そうな非現実さと神々しさを纏っていた。頭が痛い。眩暈もしてきそうだ。

 

 

 

 地獄に降り立った神々は、狂気に満ちた世界と狂った人々をお救いになりましたとさ、といった具合にジャスタとクルカ達をその拳であっさり静かにさせると、ひょいとデーヴァに投げ込む。その後、何も問題なく回収された荷物は、その底に折られた何かをたっぷり刺された状態になりながらもグラン・パルエズに到着したのである。

 

 

 

「これは……フソー? いや、ヤマシロ―の方かなぁ?」

 届けられた荷物の元に向かうと、突き刺さったそれをひとり抜いていたパルシャキ―がぶつぶつと呟いていた。話を聞くと、この生物は沿岸近くに生息しているフソーの近縁種らしく、ネネツにも居たそうだ。その身は焼けば独特の風味を持った珍味になり、長く伸びたその目はスープの良い出汁になるそうだ。どちらも大衆には好まれないような味のため、これを美味しく調理できるかどうかが料理人の一つのパロメーターになっているのだとか。

「それで? パルシャキ―、君は美味しく調理できるのかい?」

「ええ、勿論。なんなら今日の夕飯のメニューをこれを使った料理に変えますか?」

「おいおいちょっと待て! お前こんなものを料理に使うのか!?」

「安心してくださいジャスタさん。味は私が保証しますから」

 横から口を挟んできたのはさっきまでピエニの慈悲でぐっすり眠っていたジャスタだ。パルシャキーが何気なくヤマシロ―の目を向けると、彼女とは思えない程に怯え、取り巻きと共に倉庫をそそくさと後にしていった。

「とりあえず、後はこれを運んでからにしよう」

 ヤマシロ―の目を抜き取った箱を持ち上げ、皆が待っているだろう広間へと足を進める。パルシャキ―達も後に続く。足元に大量の棒状のものが転がっているが、あまり目を向けないようにした。さっきからピエニに神罰を食らわせられたクルカが五月蠅い。

 広間に入る前に、少しだけ抱えている箱の蓋を開けてみた。そこには、布と糸と針と綿のようなものが詰め込まれていた。

一体誰のだろうかと思いながら蓋を直し、ドアを開けた。

 

 

 

 パルエ歴671年 13月29日

 今日は色々と災難な日だった。簡単に終わると思っていた荷物回収作業から始まった今回の騒動は、隊員たちの私物がそれぞれに届き、全員の腹がヤマシロ―料理で満たされることで終了した。何はともあれ、終わり良ければ総て良しとしよう。

 今日のディナーは、ほぼ全てがヤマシロ―を使った料理だった。メインのヤマシロ―焼きにヤマシロ―の出汁を使ったヤマシロ―スープ、カリッと揚げられたヤマシロ―の艦橋フライにヤマシロ―のポキポキスティック(命名したのはメルラだ)など、中々に豪勢な内容だった―――ヤマシロ―ばかりの料理だという事に目を瞑れば。

 体を裏返してそこの身をほぐして出汁と一緒に直火で焼いたヤマシロ―焼きは、その身を口に入れた瞬間にこれまで味わったことのない不思議な風味と香ばしさが体中に染み渡り、ヤマシロ―スープはこれも不思議な旨みが具材の味をこれまた面白いものにしていた。ヤマシロ―の目のフライは、軽い食感と淡白な味が、よく酒と合う。軽く塩もみしただけのスティックのコリコリとしたそれも同様だ。早速ダッハがこれを片手に酔い潰れていた。あいつが結構酒に弱いことを今日知った。前は意外と飲んでいたような気がするが、きっと気のせいだったのだろう。

 あの外見からは予想も出来なかった美味しさに驚きはしたものの、一番驚いたのは、ジャスタがギャーギャーとクルカと共に不満の声を上げていたにも関わらず一口食べた瞬間にその態度を一変させたことだった。結局今日の食事で一番量を食ったのはジャスタだった――ーまあ、いつもの事ではある。彼女は美味しければそれでいいのだ。

 食事が終わった後、トゥリが隊員に私物を配り始めた。それぞれがその人らしいものを受け取っていたが、意外なものを手にしたものもいた。ニーワは何冊かの本を抱えていたし、ダッハは写真機のようなものと写真立てを受け取っていた。あいつにあんな趣味があったとは思わなかった。

 兎に角、それぞれの私物はその人物の特徴をよく表しているように感じられた。ぱっと見ではよく分からないものも多かったが、いずれ何か分かってくるだろう。とはいえ、他人の趣味をとやかく言ってはいけない。あまり深入りしないように気を付けなければ。

 今この日記は、指揮室で残っていたヤマシロ―スープとパンを齧りながら書いているが、その隣ではトゥリが何かをせっせと作っている。机の上に散らばっているものを見るに、私が覗き見たあの荷物がトゥリのものだったらしい。恐らくは裁縫をしているのだろうが、何を作っているのかは見当がつかない。しかし、彼女が熱心に制作しているのだから、きっと素晴らしいものが出来上がるだろう。自分の事ではないが、何ができるのか少し楽しみだ。

 それにしても、メルパゼル製の蓄音機も悪いものではない。本当はパンノニア製の方が音に深みがあるのでそちらを持ってきたかったが、半分生体を用いたそれは寒さに弱いので残念ながら許可が下りなかった。しかし、メルパゼル製のこれもこれで音をパッキリと奏でてくれるのは嫌いじゃない。私のコレクションを全て持ってこれなかったのが残念だが、それでもここに100枚以上のレコードがある。あんな参事の中一枚も割れることが無く、さらに穴にヤマシロ―の艦橋がすっぽりと嵌っていたのには思わず失笑を漏らしてしまった。

 もう夜も更けた。今日は音楽をお供に眠ることにしよう。今日は色々とあって疲れたし、しっかり休んでおかないと命にかかわる事態に対応できない。

 

 

 

 日誌を閉じ、椅子から立ち上がる。そういえば、と隣で作業をしていたトゥリを見ると、すでにその場所で寝息をすやすやと立てていた。こんなところで寝たら風邪をひくぞ、と声を掛けようとしたが、ここまで気持ちよさそうに寝ているとどうもやりづらい。少し悩んだ後に、私が羽織っていたコートを掛けておくことにした。私自身もすでに目が半分閉じかけている。おぼつかない足取りで個室へと入り、ベッドの上に飛び込むように寝転がる。

何かを考えることもなく、私は闇の中へと意識を溶け込ませていった。

最終更新:2016年12月17日 21:34