操舵手ヘボンの受難#20 『歪な新兵器』
「そうです…邪龍の中で彼女は艦長をしているんですよ…」
ドアの小窓から准尉はそう流し目にヘボンを見やりながら、弱い声音でそう言った。
「艦長?…しかし、准尉。 そのDとは、12歳そこらの小娘なのでしょう? 幾ら何でも無茶苦茶であります」
何かの冗談と受け取ったヘボンは怪訝な視線を小窓越しに准尉へ向けるが、彼女は至って真剣そのものに、顔をヘボンへ向けてきた。
「えぇ、無茶でしょうねぇ…普通なら」
確かにお飾りか何かで貴族の若年の者を艦長に名目上据える様なことは、箔をつける為にと貴族連中がしそうな事ではある。だが、12歳というのは幾ら何でも若すぎるし、無茶があると思えるが、その疑念を振り払うかのように彼女は口を開いた。
「しかし、艦長と言うのは幾らか語弊がありますねぇ…。 えぇ、訂正しましょう。 彼女は艦長ではなく、『艦その物』なのです」
そう准尉は言ってのけたが、それに対してヘボンは阿呆の如く口を開いたまま彼女を見やるだけで、横槍を入れるほどの気力すら湧かない。
そんなヘボンの顔を見ながら、准尉は言葉を紡いでいく。
「彼女は邪龍の巨大な生体器官の一部に組み込まれていることが、造船所及び研究施設を調査していた職員の報告から判明したんですよぅ…。 時期的にはDが失踪してから間も無く、生体器官への適応訓練…いえ、手術が施されDは邪龍と一体化したのです」
「そんな…生体器官と人が?」
「えぇ、信じられないでしょう? しかし、別に何も不思議じゃぁないのです、軍曹。 実際のところ生体器官と人を合わせるような実験は数十年と、あの帝都の地下深いテクノクラートによって大戦初期から始まっていたのです…。 それが実用化に至るまでは、まだまだ長い年月が掛かるでしょうが、ある一定の技術を確立した事も確かです。 まぁ、秘密裏にですがね…」
一旦、准尉は言葉を切ると煙草を取り出してはそれを咥え、火を点けた。
そして、ヘボンにもう一本煙草を寄越しては吸うように促してくる。どうやら話が長くなる事への前置きであるらしい。
その様な重要な話を一兵士のヘボンに告げていいのだろうかとも思うが、その点については話が済んでからでも遅くないように感じられた。
「ある程度分かってきている事は、生体器官への適応は若年の幼い者ほど良いということで、Dはそれに丁度良い具合に適応していたようですし、家系の血かどうかもわかりませんが、闘争本能も人一倍強く、あの荒々しいまでの邪龍の生体器官と適合出来たようです…。 しかし、無理にその様な外法を行えばどうなるか、最初に少しは見当も付く様な気もしますがぁ…残念ながら、反乱活動の確立化と研究成果の提出に焦った保身派上層部と研究機関は試験状態のままに邪龍の運用を始めてしまったわけですよ」
「准尉、生体器官と融合した人間というのは…どうなるのでありますか?」
「それは…人体から脳を取り出されて、それが直接器官へ繋げられますねぇ…肉体は必要ないそうですからぁ…いるのは脳だけだそうです…。 まぁこれは帝都のテクノクラートの実験データを聞きかじっただけですし、保身派連中はもっと違う方法を取った事は有りえますでしょう。 現に飛んでる訳ですから成功といえば、成功した訳です」
准尉の話を聞いていると、ヘボンは背筋に冷たい物が走るのを感じた。
機体の構造についてはヘボンも知らない訳もないが、それを人間で応用した様な機構の事を聞けば、彼の理性や人間性が反応し恐怖感を促してくる。
大凡、人間の所業ではないようにも思えた。
「それで…准尉殿。 邪龍について、先程私等を狙っていると言う話をしましたが…それはどういう意味なのでありますか?」
「あぁ、問題はソコなんですよぅ、軍曹。 本来ならDは外界とは隔離された精神状態ですから、外で何が起きているか知る由も無いのですがぁ…、何故かDは貴方達の事を知っている様な節があるのです。 きっと、邪龍と融合してから培った精神体能力と言う物でしょう。 その能力の発症については詳しくわかりませんが、実験資料の内に記載されていましてねぇ…、人の精神に乗り移っては外部からの状況を得られるそうです、若しくは完全に神経と器官を操作して操ることが…いやはや、おっかないですねぇ…えぇ」
随分と話の行方が奇天烈な方向になっていきながらも、准尉の何処か冷たく皮肉げな調子は一向にそのままであった。
「軍曹もあの時味わったように、侵食を防げなかった場合はDの駒になってしまう訳です。 現にニエン少佐も防げなかった…まぁ、操られていようが、いまいが、あの高さから落下したんですから、まず生きてはいないでしょう。 多分」
准尉はそう少佐の節だけは愉快そうに言ってのけながら、煙草の灰を落とすと小窓の縁へ肘を付いてはヘボンの方を眺めてくる。
まるで珍しい動物を見るかのような視線に、彼女が何を言いたいのかヘボンは何となく察する事が出来たが、ここは敢えて言わないことにしておいた。
「しかし、不思議な話ですねぇ…。 実験資料に寄れば、邪龍から発せられた精神侵食を逃れた者はいないと言う事だそうですがぁ…こうして何事も無かったかのように、煙草を吸っている兵士がいるとは驚きですよ」
「…きっと、Dの調子が悪かったのでありましょう……あぁ、風邪とか?」
「ふふ…。 もっと、ちゃんとした訳があると思いますがねぇ…私は」
恍けるヘボンに対して、彼女は暫く視線を逸らさぬままに紫煙を漂わせている。
そして、珍動物見物に飽きたかのように、今度は鋭い声音でヘボンへ話しかけてくる。
「…Dは卿が亡くなった事をどの様な経緯で知ったかは不明ですが、大方その精神侵食の成せる技なのでしょうねぇ…それで、己の父を殺した相手を執拗に付け狙っている訳です。 しかも、邪龍と融合してからDは保身派の柵から脱し、独自に動いているみたいなんですねぇ…。 誰の命令も受け付けない、ただ父への復讐を果たす為に…」
「…随分と、スケールの大きい復讐劇でありますな」
「…軍曹が同じ目にあったら、それぐらいはするんじゃぁないんですかぁ?」
「クルカを撫でて、煙草を吸えば、忘れてしまうであります」
ヘボンは目を逸らすようにそう言いのけながら、吸った煙草の灰をトンと床に落とした。
准尉の話はあまりにも荒唐無稽で、何処までが事実であるのか見当も付かないが、今までに起きた事を踏まえて考えてみれば、どれも間違いではないのだろう。しかし、それを一度に理解するにはあまりにも時間が無かった。
艦隊戦の後にミュラー曹長に様々なことを吹き込まれた時のように、眼前の景色がぼやけるほどの情報が今ヘボンの脳に叩き込まれ、酷く混乱している。
だが、あの時の情報と今回の物は次元が違う物であり、それ故に全てを理解することは到底出来そうになかった。またクルカマンが踊りだしそうな具合である。
「まぁ、私の話はコレぐらいにしておきましょう…。 まだ色々と話しておきたいことはありますがぁ…軍曹のお客さんが来ましたのでぇ…」
大分渋い顔をしているヘボンに対し、准尉はそう言うとふと階段の方へ視線を向けた。
小窓越しにも螺旋階段を降りてくる足跡が響いてきて、それはドアの前に来るとピタリと止まり、それに次いで准尉がドアの鍵を開き、その足跡の主を小部屋へ入れた。ヘボンの目の前に現れた男は、帝国軍の薄汚れた制服を着込み、少々窶れているような具合ではあるものの、体格は相変わらずガッチリとしていて、左胸へ添えられた階級章は小窓より入る光にしっかりと照らされており、彼が『中尉』であることを証明していた。
「よぅ ヘボン。 相変わらず、死に損なっているようだな」
そう彼は窶れた顔に薄ら笑いを浮かべながら、ヘボンを見つめつつ、その眼差しに友情の念を彷彿とさせる色を見せてくる。
「ニールっ!」
そんな彼の具合を見て、ヘボンは驚きと彼の顔色から成る心配そうな声音を織り交ぜた複雑な調子に叫んだ。
ニール中尉とは同期の仲間であり、数日前にはコアテラの補給をしてから、彼を見送ってくれた。さほど絵になるような光景ではなかったが、とても有難い事ではあった。
彼とは数日前に輸送艦の内で再会したばかりであったが、まさかこんな場所で再会するとは思っていなかっただけに、ヘボンは素っ頓狂な声を上げながら彼を力強く抱いた。
「どうして、お前がココにいるんだ? ココは軍の管轄じゃないと、准尉から聞いたが…もしかして、お前も耳目省の…」
ヘボンは彼のガッチリとした肩を抱きながら、つい軍隊様式の敬語も忘れ彼に問いかける。あまりにも多くの混乱が彼の脳を襲っていたが、こればかりは嬉しい部類に入った。
「いや、違う。 ちょっと、色々訳があってな…」
だが、ヘボンが熱い抱擁を与える中でも、親友は口少なで、彼を抱き返すような事はしなかった。
その妙な調子に不意にヘボンが視線を下にずらすと、彼が何故、握手も抱擁もしてこないのかわかった。それはニール中尉の両腕には手錠がはめ込まれており、してこないのではなく、することが出来なかったのだ。
一体彼の身に何が起きているのか、不安げにニールの肩越しに准尉を見たヘボンに対して彼女は、一つため息を吐いてから口を開いた。
「…彼、『ニール・アーベルダイン中尉』には軍事物資の横領及び、賄賂罪の容疑が掛かっていましてぇ…憲兵に拘束される前に、身柄を耳目省の方で預かった訳ですよぅ。 まぁこっちも似たようなものですがねぇ…」
彼女はそう言うと、少し視線を逸らしながら遠くを見る。
それとは対照的にニールは重たげに視線を床へ落としている。
「どういう事なんだ? ニール?」
そうヘボンが弱々しい声音で問いかけると、彼は重たい顔をなんとか上げながら、少々怒気を孕んだ調子に喋り始めた。
「…俺は嵌められたんだっ。 上官に言われるがままに、物資を言われた通りに運んだだけだっ。 …そりゃ、物資を運ぶ度にそれなりの優遇は受けた。 だが、それは危険な場を潜る連中には必要な対価じゃないのかっ!? ヘボン、お前もそう思うだろう?」
「ニール。 お前、一体何を運んだんだ?」
「…俺は詳しい事は知らない。 ただ、言われるがままに運んでいただけだ。 …お前を見送ってから数日後に前線で物資を下ろしてから、ここ六王湖へ一時的に補給と修理を兼ねて立ち寄った。 そしたら、急に憲兵達に殺されかけて、そこを耳目省に助けられて捕まったって訳さ。 …お前の運のなさが俺にも伝染したらしいな」
彼の口調は土器を孕んでいても暗いものであったが、最後の節だけは皮肉げに少し愉快そうであった。
確かに何故ニールが同期の内で、抜きん出て中尉もの高い階級に昇進出来たのかは、これでわかった気がした。
「まぁ別に、我々の方としては彼を裁く訳でも、軍事法廷へ突き出す訳でもありません。 ただ、彼の運んでいた物が少々厄介な物ですし、それに加え…軍曹の知り合いの様ですからぁ…今後何かと駒にしておくと便利かもしれないと、上が判断した訳ですよぅ…」
「上官に利用された次は、医者共に利用されるって訳だ」
「だから、耳鼻科じゃないんですってばぁ…」
准尉の補足説明とニールの憎々しげな発言に、ヘボンは何処となく既視感を覚えながらも言葉の内の気になった点について言葉にした。
「准尉、少々厄介な物とは…?」
「…軍曹。 貴方には色々と話しましたけど、話せない事もあるんですよぅ…その事についてはニール中尉がよく知っていることでしょうし、彼にお聞きくださいな。 暫くはこの部屋で休んでいてください。 食事などは夕食時にお運びしますのでぇ…まぁ、戦友と積もる話でも…」
ヘボンの質問に対して、准尉は肩を竦めながら答えると、ニールの手錠を一度外してやっては、通路に出てヘボンとニールを二人きりにした状態で部屋の鍵を閉め、自分はその場を立ち去っていった。そして、部屋に残された二人の間に暫くの間沈黙が流れ、どちらかが口を開くまでには相当な時間が掛かった。
「…ヘボン。 お前がこうして生きていたのは有難かったが、何もこういう再会の形もあったものじゃないと思わないか?」
会話を始めようとしたのはニールからだった。
彼は小部屋の壁へ背を預けるようにして、余程長時間手錠を嵌められていたのか、少々傷んだ手首を摩りながら話しかけてきた。
「確かにな。 お前が飛んだ汚職軍人とは思わなかった」
「黙れよ。 俺がお前だったら、やるに違いないさ。 ずっと一兵站部隊の冴えない操縦士なんて、つまらなすぎる」
「私はラーヴァナを飛ばしている方が楽しかったし、それで満足しているよ」
「ハッ! 夜には楽しいバーベキューが出来るからな」
ニールもヘボンも気心が知れた仲であるが故に、言葉の皮肉も激しい物があった。
ヘボンがニールの出世の全貌を突けば、ニールはヘボンの内情を突いてくる、そんな調子であった。だが、そんな罵詈雑言の応酬が続いた後には必ずある程度の和解が生まれるのが常であり、今回も運が良くソレだった。
「…それで、さっきの准尉に聞いた話だが、何を運んだんだ? まさか、クルカの横流しをした訳じゃないだろ」
程々にお互いの気が落ち着いてから、ヘボンは先程に准尉から貰った煙草をニールへ差し出しながら聞いてみる。
彼は煙草を受け取りはしたが、吸いはしなかった。
物持ちが良い輸送部隊の隊長には、准尉の安煙草はお気に召さないらしく、彼はこれみよがしに以前にヘボンに寄越す筈であったシガレットケースを、これ見よがしに懐から取り出している。
「…薬だ。 それも医療系の類じゃない。 国内じゃ禁止になっているような麻薬類で、前線の兵士にも投与出来ないような、危ない代物だよ」
シガレットケースを慣れた手付きで開いて、煙草を一本咥えたニールは、部屋の壁際にある窓の外の景色へ視線を向けている。
彼の言うとおり、前線の兵士などには戦闘意欲増進の為にそれなりの薬などが投与されたりするが、航空兵であるヘボンもその例外ではない。
長時間の操縦に加えて、周囲にも気を回す為には幾らかの薬物的補助が欠かせない場合も多々にあった。前線任務においてはそういう場面も幾らかあったが、内地に引っ込んでからは薬の必要性も薄くなった為に投与はされていない。
副作用といえば、煙草の喫煙量が増えたことぐらいだが、強いて言えばここ連日寝る度にかなりの確率で見る白昼夢であろうか。
「俺も詳しい成分は知らないが、兎に角それ等をここ六王湖に何度か運んだ。 運ぶ度に昇進と報酬が約束されたって訳だ」
「ここに?」
「あぁ、当初の内は、六王湖は物資の集積地でもあるし、でかい病院もあるから、研究か何かの実験の為のサンプルか何かと思っていたのだが、配送先は軍関係じゃなかったし色々臭かった。 だが、こちらから拒否する訳にもいかない、何処に運ぶにしろ任務だからな。 その為に大分危ない橋も渡った… 憲兵連中の目を逃れる為に、最前線ギリギリのルートを飛んだりしてな。 おかげで前線を突破してきたアーキル連中に目を付けられた所へ…お前が訳の分からない女に連れられて助けてくれた訳だ」
「あの時に積んでいた物資もソレだったって事か?」
「そうだ。 …あぁ、あの中佐は元気か?」
少し長く話すと疲れたか、ニールは小椅子に腰を預けてようやく煙草に火を付けて煙草を吸い始めた。
まさか、あの夜鳥と一戦を交えた時ですら、彼がその様な代物を運んでいるとは夢にも思わなかったが、どちらにしろ戦友の命を救ったことに変わりはないと納得した。
「今は居ない。 帝都の方へ向かったそうだ。 …何の因果か知らないが、私もそれを追う事になっているんだ」
「任務でか?」
「任務…か。 どうだろうな、ここ数日で脱走兵扱いになったり、改めて配属を変えてもらったり、またそこから脱走したり、誰が私に命令を出しているのか、自分でもわからなくなってきたよ」
そこまで言うとヘボンは言葉の続け方に参ってしまった。
実際のところ、今口にして言って見た通り、何がなんだか自分でもよくわかっていないのである。帝国内で渦巻く根の深い政治闘争に、脱走兵からの非公式部隊への配属から、またそこからの脱走した経緯に加え、挙句の果てには珍妙奇天烈な兵器なのか小娘であるのかもわからないモノが自分を狙っているのだと教えられ、何処から整理するべきか皆目見当も付かない。
まるで、散らかりに散らかった部屋の様な具合だった。
「そう落ち込むな。 色々考えたって、頭の悪いお前に答えは出せないさ。 それに、暫くはお前と一緒にその問題について取り組まざるおえねぇからな」
ふと、当惑し頭を抱えるこちらに対し、罵倒混じりに慰めるニールの言葉を聞き、ヘボンは頭を上げる。
「一緒に?」
「そうさ。 お前と俺はタッグを組むんだ。 …いや、組まされると言った方がいいな。 あの准尉が言うには、俺とお前とその准尉達とで帝都に飛べって話だ」
「本当か?」
ニールの言葉にヘボンはより一層当惑の色を強くしながら、彼へ問いかけると、ニールは一直線にヘボンの顔を見ている。
「本当だとも。 わざわざ、憲兵達に船を接収された代わりに、新型機を回してくれた。 まぁ、正直なところ、新型というよりは改修機だがな。 おまけに酷い格好をしてる、制作連中の頭ん中を覗いてやりたいぐらいだよ」
彼は陽気にそう言うと、ズボンのポケットよりクシャクシャに丸めた紙を取り出し、それを部屋のテーブルの上で広げながら、ヘボンにも見るように促してきた。
そう促されるままにヘボンがそれへ首を伸ばすと、紙面には精巧に描かれているものの全体としては、まるで機体の設計図を切り貼りして作ったような造形の船が描かれていた。
「…『ツヴァッデ双頭強襲艇』ってのが名称だそうだ。 見ての通り、コアテラを2機ぶっ切って連結させ、後部にはアトラトル級の生体器官を二つ…コアテラと合わせて系6つの生体器官とそれに準じた循環器を備えているが、素人目から見ても無茶な造りだ」
ニールの言う通りに、紙面上部にはそのツヴァッデ双頭強襲艇と銘打ってあったが、その珍妙な姿にヘボンは唖然とした。
幾ら巨大な大型艦でも生体器官は4つ程であると、ヘボンは記憶しているが、このツヴァッデにはそれが6つもあり、それぞれ別々の機体から結合させた物であると書いてある。確かに、新型機と言うよりは改修機であり、寄せ集めと言えばそうなってしまいそうだ。
「…酷いな。 これなら民間の輸送艦の方が何十倍もマシだろ?」
「俺も同じことを言ったが、生憎こういう身の上じゃな。 …乗れと言われれば乗るしかないさ。 だが、悪いことばかりじゃない。 図をもっとよく見てみろ、特にこの武装の豊富さをだ」
ヘボンの言葉にニールは渋い顔をして見せるが、それを堪えるように彼は図面の下部を指差した。図には6つの生体器官で支えられるだけ、ありったけの兵装を設置した図があり、そこには数日前にヘボン自身目にした物が幾つかある。
「…ガルエ級の制圧砲か?」
「そうだ。 ガルエ級の船首をもぎ取って吊り下げてある。 それに加え、制圧砲上部に対空銃座が一丁、二つのコアテラの片翼にも一丁ずつ、中央部にも二丁…合計5丁の対空銃座に、おまけに噴進砲も両翼下部に二門ずつ…こいつは強襲艇の内でも相当な火力を有した船だ。 それだけじゃない、制圧砲の後部には上手く押し込めば、艦載機を2機搭載出来るんだ。 グランピア程の大きさじゃ無理だが、コアテラとグランピアの組み合わせなら丁度収まる」
「まるで小さな巡洋艦だ」
呆れかえるヘボンの言葉に、ニールは何処か満足げに頷いた。
ここまで変わった船も、ヘボンの生涯を通じてあの邪龍を除けば、見たこともない程珍妙な船に思える。だが、幾ら生体器官を多量に備えていても、制圧砲の射撃時の反動に耐えられるのかという疑問が残る、しかし、そこを指摘しまえば、なんでこんな一緒くたに纏めてしまったのかという根本的な指摘に繋がりそうであった。
「あぁ、見てくれは凶悪そのものだが、内部機構も酷いぞ。 この船には操縦席が『二つ』あるんだ」
「おい、待て。 ニール、今なんて言った?」
一瞬彼が何を言ったのか理解出来なかったヘボンに対して、彼は落ち着くようにジャスチャーを交えながら再度彼に説明する。
「二つあるんだ、ヘボン。 この機体は本来ならコアテラの操縦席部を中央で統括せずに、左右の生体器官別々の操縦管理が必要なんだ。 だから、二つあるんだ。 わかったか?」
「…それはわかったが、誰が操縦するんだ? 私とお前とで? 馬鹿を言っちゃいけない。 片方の生体器官への調整がズれたら、こんな船空中分解してしまう」
「…俺も勿論そう思うが、何せ兎に角これに乗れと言われているんだ。 操縦手を任せられない事を祈るばかりだな」
ニールの表情は陽気そのものであったが、見事に悲痛な色が各所に浮かび、苦笑いという言葉を上手く表現していた。
そして、ヘボンも彼を真似る様な苦しげな表情を浮かべるのであった。