Angels Cry

#1 『Fallen Land』

鉛色の空。大凡生物が活動できるとは思えない見渡す限り鈍色の大地。
「灰の海」と形容されるこの異質な砂漠地帯は、かつての大戦で消滅した都市群の成れの果てである。
至る所に当時の栄華の象徴といえる摩天楼の骸が突き出している。
古代の艦艇の残骸であろうか、20m程の全長を持つセラミックの塊の影に3人ほどの人影が見える。


「・・・前方1500、給水塔の台付近に豆戦車3、制圧戦車2、装甲兵員輸送車が・・・4、いや5。一個増強機械化小隊って所か。」

偽装網を被りながら伏せている一人の兵士が、ゴーグルのように装着した妙な装置を弄りながら呟いた。

「リシェク、兵力算定はお前の仕事じゃ無い。俺達は見たまま聞いたまま報告すりゃいいんだ。」

傍らの伍長が背中の電話機を下ろしながら嗜めた。
皆装いは帝国兵の其れに似ているが、マントや派手な肩章等の装飾は一切なく、極めて粗雑かつ実戦的な格好である。
汗で湿った戦闘服に灰や砂が大量に付着している。
リシェクと呼ばれた上等兵は偽装網から這い出し、隠蔽に使っていた堆土から離れた。
カーゴパンツのポケットからヨレヨレになった煙草を取り出し、手で炎を隠しながら一服し始める。
伍長は無電による情報所への報告を終えると、座りながら小銃にしがみつくように眠っているもう一人を揺さぶり起こした。
18時間前から一帯を監視し続け、ようやく通信情報隊の情報を裏付ける敵部隊を発見したのである。


「うちのシマを荒らしてる犬共の実働部隊だろう。」

ダレル伍長は偽装網や糧食のカスを背嚢に押し込みながら言った。

「“うちのシマ”ねぇ・・・。まぁ実際、俺達にはどうでもいいことだが。なぁ?」

リシェクは暗視眼鏡を頭からむしり取り、今しがた起こされた女性兵士――レフラ一等兵に言った。

「迎えは10km先だ。あまり遅くなると連中、俺達を置いて帰りかねん。」

「因果な商売だね・・・。」

目をこすりながら一等兵は呟いた。

クランダルト帝国陸軍第8師団第2偵察中隊。
ある辺境貴族の私物と化しつつあるこの部隊は、構成員のほとんどを訳アリの傭兵で占めている。
貴族が不正に占有している発掘所を襲撃して回っているらしい、連邦の一部隊の足取りをつかむ為、今回こうして駆り出されたわけである。
決して正規の作戦行動などではない。融通の利き、使い潰せる部隊として傭兵は貴族達に人気であった。
この3人は生まれも経歴もまるで異なった兵士達である。レフラにいたっては共通教育すら受けていない。

唐突に砲声が轟いた。加えて機銃によるものと思しき断続的な発砲音が続く。

「あぁクソッ何だってんだ・・・。」

帰り支度をしていたリシェクは暗視眼鏡を付け直し、先ほどの堆土まで匍匐していく。
敵方を確認し、絶句した。

「・・・おい、どうした?」

ダレルが尋ねた。

「ありゃあ・・・何だ?」


暗視眼鏡の40倍まで増幅された像には、小高い廃墟の前でキューポラから火柱を上げる引き裂かれたヤグラと、その周りに散らばる肉塊となった連邦兵が映し出されていた。
発砲を続けるダッカーの機関砲の指向する先には、霞んだ人影のようなものがあった。

その人影は25mm砲弾の直撃をものともせずゆっくりとダッカーに歩み寄り、その装甲版に触れた。
途端に搭乗員の血液と思しき液体が開口部という開口部から噴出し、ダッカーは沈黙した。
「それ」は随伴歩兵に向き直り、彼らを見据えた。連邦兵達はがっくりと膝を突き、そのまま動かなくなった。

沈黙した兵士達をよそに、「それ」はこちらに視線を向けてきた。
肉眼で露見されるような距離ではない。
ましてや堆土から頭だけを出している彼らを見つけることなどできるはずは無い。
にもかかわらず、「それ」はこちらに顔を向けたまま動こうとしない。

リシェクの傍らで双眼鏡を覗くダレルの顔色が変わった。

「・・・報告は後だ。会合点まで走るぞ。」

3人はそれぞれの背嚢を担ぎ、小銃を抱え南西へ走り出した。

 

駐屯地に彼らを乗せた「カリオペ」とよばれる汎用戦闘艇が到着したのは6時間後のことであった。
操縦士が、3人の語る「あれ」から露見されるのを恐れ、超低空を地形に沿って飛行した為である。
駆逐艦用繋留塔の真下にある粗末なハンガーに向かう。
いつもなら兵士達でごった返しているはずのこの区画であるが、どういうわけか異様に閑散としている。
戦闘艇の錆付いた着陸脚が地に触れるや否や、数人の将校が駆け寄ってきた。
憔悴した傭兵達は通用口から出ると、その場に座り込んでしまった。

「何を見た!?あぁ!?」

一人の正規軍中尉が彼らに詰め寄り、大声で尋ねた。
とっさにあの惨状を言葉に表せるほど傭兵達は饒舌ではなかった。
中尉は尚も畳み掛ける。

「報告をしろ!この穀潰し共!」

いつの間にか彼らの周りを取り囲むように憲兵が並んでいる。
中尉は俯いたままのレフラの頭に拳銃を押し当てた。
疲労と憤慨で理性を失いかけたリシェクは、徐に中尉に小銃を指向した。
切替軸は既に連発に入れられている。

「・・・なっ・・・貴様何のつもりだ!」

憲兵達が一斉に短機関銃を彼らに向ける。
それに呼応して戦闘艇の乗員である傭兵達は防護機銃を憲兵に照準した。

「・・・もういい面倒だ。殺せ!」

中尉が憲兵に命じた矢先、見慣れない制服の将校が彼を思い切り殴りつけた。
そして憲兵達に解散するよう合図し、倒れたままの中尉の腹に蹴りを入れた。
10秒ほどそのまま動かなかったが、やがて彼は立ち上がり、自身を殴り倒した相手に敬礼するとふらふらと立ち去って行った。

怯えるように整列し駆け足で退散していく憲兵をよそに、その将校は傭兵達に向き直った。
黒のロングコートに編み上げの長靴という妙な出で立ちである。
襟に大尉の階級章をつけているのが目に入った。

「話は後で私が直に聞く。まずは休め。」

将校はそう言い放つとハンガーを後にした。

「・・・訳が分からんが、まずは風呂だ。」

ダレルはそういうと立ち上がり、弾帯のバックルを外した。
リシェクは小銃を携えたまま虚空を見つめている。

「おい、野蛮人。帰るぞ。」

先ほど防護機銃を憲兵に向けた一人の傭兵が、彼の背中を叩いた。
レフラは戦闘艇の乗員であるもう一人の女性兵士と共に、足早に女性隊舎へと向かって行った。

 

その後、翌朝1100を回っても例の大尉は姿を現さない。
早朝に珍しく待機命令を受けた傭兵達は暇を持て余していた。

「・・・ザクセン中尉はバルテルス家の出だよな?」

粗末な二段ベッドの上段に横たわりながら防護機銃手――カイ・ハンセン上等兵が呟いた。

「あの肉袋の出身なんざ興味無ぇよ。」

その下段にて、今しがたまで熟睡していたリシェクが答える。
ダレルは0800頃に買出しに行ったまま戻らない。

「バルテルスが俺等の雇い主で、あの発掘所の持ち主だったってのはお前でも分かるよな?」

「・・・あの糞馬鹿があの化け物を知っているとでも?」

1分程の沈黙の後、カイがまた口を開いた。

「・・・まぁ、アレが鉄砲片手に喚き散らすのは珍しいことじゃ無いもんな。」

聞きながらリシェクは半長靴に足を突っ込み、紐を締め始める。

いきなり居室の扉が開いた。

「あの女が今から来る。身支度はしといたほうがいい。」

入るなりダレルはそう言った。

「・・・女?誰のこと言ってんだ?」

怪訝そうにカイが尋ねる。

「例の大尉もどきだよ。よく見るとありゃマトモじゃない。」

再び扉が開いた。
入り口に例の将校が立っていた。

「あぁすまない。少し寝過ごしてしまってな・・・。」

昨日は誰も気づかなかったが、声色は女性のそれである。
顔立ちは整っているのだが、傭兵達はその顔に違和感を感じた。
帝国人には必ず彫られるはずの刺青が無いのである。
そして何より、リシェクはその将校の纏う雰囲気に謎の戦慄を覚えた。

「・・・どうした?。何も取って食いはしない。楽にしたらどうだ?。」

いつの間にか起立し、不動の姿勢をとっていたようである。
元々、リシェクは上官を敬うような質ではない。
彼は昨日生体暗視眼鏡により、居合わせた誰よりも鮮明にあの化け物を見た。
それに通じる何かをこの将校に感じ取っていたのである。

「・・・それにしてもまぁ、ごちゃ混ぜだな。」

胸ポケットから取り出した紙と傭兵達を見比べながら、将校は呟いた。

「ドレイク・ダレル、元ワリウネクル海軍陸戦隊。アーレン・リシェク、元南パンノニア軍情報部。」

ワリウネクルの単語を聞いた瞬間、ダレルの顔が若干引き攣った。

「・・・お前は、カイ・ハンセン、元アーキル陸軍砲兵。合ってるか?」

「はい!その通りであります!。」

見据えられたカイは大声で答えた。

「何も畏まる必要は無いぞ。私は軍人では・・・」

そう言おうとした将校の後頭部が吹き飛んだ。
血と脳、骨片が居室にぶちまけられる。
1秒ほど遅れて発砲音が届いた。

「伏せろ!」

ダレルが叫んだときには既に二人とも床に這いつくばっていた。
居室の外、廊下の端から怒声が聞こえてくる。

「・・・東の通用口から来てる。狙撃は繋留塔からだ。」

それはつまり、3人がこの部屋の床に伏せたまま動けないことを意味していた。

「銃は!?」

ダレルが尋ねた。

「全部通用口近くの武器庫だよ!」

使えるものが無いか周りを手でまさぐりながらカイが答えた。

「そこの女は何か持ってないか?」

カイが死体まで匍匐し、確かめる。

「あったぞ!でかい拳銃だ。」

コートの裾で隠れていたが、短機関銃ほどの長さを持つ拳銃がレッグホルスターに収められていた。
そのグリップに触れた瞬間、死体の手が彼の手首を掴んだ。

飛び退いたカイをよそに将校はゆっくりと立ち上がり、拳銃を抜いた。
窓の外、400m程離れた繋留塔の頂上付近に照星を合わせ、引鉄を引いた。

弾はほぼ無音で放たれた。スライドの作動音と空薬莢の弾き出される金属音だけが部屋に響いた。
狙撃兵はスコープのレティクル内に、自身に向けて放たれる小さな飛翔体を見た。
だがそれに対処できるほど人の脳の処理速度は速くない。
弾はスコープの対物/接眼両レンズを突き破り、彼の右目を貫いた。そのまま脳に達した弾丸は、回転しながら組織を破壊し尽くした。

将校は部屋を出ると、廊下の端から一列になって走ってくる兵士の一団に向け発砲した。
異様に長い空薬莢が宙に舞うごとに、兵士達の身体が千切れ飛んでいく。
突然の出来事に対応できず、彼らはマトモに応射することもできない。
瞬く間に廊下は血の海と化した。

後方に居た第二梯隊のうち、仲間の死体に守られた幸運な一人が、擲弾を放つことに成功した。
緩い放物線を描きながら廊下の奥から迫る弾体に向け、将校は射撃した。
正確な偏差射撃により放たれた弾丸は、擲弾の圧力版を射抜く。空中で炸裂した対人榴弾はその破片と爆風により、
既に肉片と化した兵士たちをさらに凄惨な状態へと変えた。

将校が弾倉を交換するまでも無く、襲撃者の一団は沈黙した。
彼女は最も手前にあった死体に歩み寄り、その頭部へ向け2発撃ち込んだ。

そして廊下の隅で震えている小さなクルカを抱きかかえると、微笑みながらその頭を撫でた。

傭兵達は、居室の入り口からその姿を眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

最終更新:2017年03月25日 18:06