#3 『Carry On』
ユーゲンは図嚢から取り出した1枚の写真――網膜板に像が焼き付けられたものを長机に置き、傭兵達に見せた。
脇にいる警備兵との比較から高さは約3mほどであると思われる、石板のような物が写されていた。
そしてその中央には人のような形をした何かが、半ば石版に一体化するように埋め込まれているのが分かった。
ちょうど子供の作った土偶が、壁に張り付いているような格好である。
「一月前になる。『灰の海』2-5地区、バルテルス家が不法に所有する遺跡からこいつは出土した。」
ユーゲンは淡々と切り出した。
「これが出た地下施設からは、奴のものと思われる大量の記録媒体や実験設備のような物が発掘された。」
そしてまた図嚢から何かを出した。小銃の弾倉ほどの大きさをした、セラミックのような石の塊であった。
擦れてはいるが、先史文明の言語が至る所に刻印されている。
ユーゲンがそのひとつを指でなぞると、空中に文章と図がびっしりと投影された。
「解読されている僅かな単語から察するに、奴は当時そこそこの知識人だったらしい。」
図嚢に記録媒体を戻し、写真の石人形を指差した。
「我々はこいつを『学者』と呼んでいる。そう、お前達が昨日遭遇した例の化け物だ。」
マイヤーが信じ難いという表情で、まじまじとユーゲンの顔を見た。
「・・・どうした?気持ちの悪い奴だ。何か言いたいのか?」
「いや・・・あの・・・僕はてっきり貴方がダレルたちの言う化け物かと思ってまして・・・。」
筋肉の申し子のような男はもごもごと言葉を紡いだ。
ユーゲンは笑いを堪えるように言った。
「私はれっきとした現代パルエの人間だ。まぁ、多少変に思うかもしれんが・・・。」
図嚢から2枚目の写真を取り出した。
「生体機関に繋いでも何の反応も示さなかったこいつが、アーキルの部隊に引き渡された途端作動を始めた。生命維持装置から本体が出てきたのだ。」
写真には、中央が空の窪みになった石板の前でぐったりと横たわる、甲冑のような物が写されていた。
甲冑とは言っても、古代パンノニア人が使ったようなゴテゴテとしたものではなく、あくまで皮膚の延長といった印象である。
うつ伏せの為、顔は把握できない。
床にはよく分からない液体のような物が溜まっている。
「・・・失礼。今『アーキルの部隊』と言ったか?」
リシェクが尋ねた。
「何だ、元情報部の割に勘が鈍かったようだな。そうだ。辺境諸侯共は発掘品を連中に売り払って商売をしてる。あの豚共にとっては戦争の行く末などどうでも良いという訳だ。」
傭兵達は無表情にその話を聞いていた。
「恐らく、連中の車両のエンジンに使われている浮遊機関由来の物質に反応を示した結果だ。奴はやがて起き上がり、連邦兵たちを見て言った。『なに、ある。』」
最後は少しおどけた調子で言った。
「まぁ連中の稚拙な翻訳だからな。『なぜここにいる?』とでも言いたかったのだろう。その後は地獄絵図だ。
2-5地区の発掘所は壊滅。生きて帰ったのは一人の技師とそのクルカだけ。この話も写真もすべてその技師からの情報だ。」
6人は何の相槌も打たなかったが、彼女は話を続けた。
「その後奴は消息不明となったのだが、昨日3-4地区に現れた。お前達は世間への『建前』で、商売相手であるアーキル部隊の足取りを掴みに行かされた。そこで偶然奴を見たというわけだ。豚貴族にとって、野放しの『学者』の存在は皇帝一派への不忠の証拠であり、それが大事を起こしたともなれば自らの汚点となる。奴を知る者は不都合極まりない。それを嗅ぎ回る我々も然り、だ。」
カイがリシェクの方を見た。「あの時言った通りだろう」とでも言いたげである。
「豚共の中でも、アーキルとの関係を知っているのは上の連中だけだ。まして『学者』を認知しているのは数えるほどだろう。」
「・・・ザクセン中尉達が知っていたわけではないってことですか?」
カイが尋ねた。
「ザクセン・・・?私が痛めつけた糞袋の名前か?あんな不細工な三下が知らされる訳なかろう。」
ユーゲンは当然の事のように言った。
「じゃあ・・・さっき襲撃してきた連中は?」
再びカイが質問した。
「連中は只の兵隊だ。肩章には41歩連とあった。大方、私とお前達を反逆者という事にしてけしかけたんだろう。あの飛行隊もな。」
傭兵達は互いに顔を見合わせた。
「・・・つまり今帝国軍は私達を敵とみなしている、と?」
レフラが口を開いた。
「まぁ辺境諸侯の軍はそういう認識だろう。」
ユーゲンはそのような事は取るに足らないといった風に言った。
「・・・なんだ?御上に裏切られるのは慣れっこだろう、お前達は。」
6人は困惑していたが、やがてしっかりとユーゲンを見据えた。
そしてダレルが言った。
「ユーゲン大尉。これから我々の面倒はあなた方が見て頂けるということでよろしいですか?」
「そうする他あるまい。お前達は見かけの割に経歴は優秀な奴が多い。養ってやる分は働いてくれるな?」
傭兵達はしっかりと頷いた。
「それに・・・、お前達の証言には少し興味深い点がある。まぁ今日のところは休め。部屋は用意させてある。」
ユーゲンは写真と書類を図嚢に入れ、船室から出て行った。
宛がわれた船室は、彼らが考えていたよりも上等なものだった。
本来300名以上で運用されるべきであるのがフレイア級軽巡である。
しかし武装の自動化等の改修により、この艦には120名程の船員しか乗艦していないらしい。
その賜物なのか、船員一人一人の待遇は正規軍のそれよりも格段に良いのである。
耳目省の管理下にある船員達は、その多くがキナ臭い雰囲気を纏っているのを傭兵達は感じ取った。
「まぁ結果としちゃ出世と考えていいんじゃないか?」
4人部屋の寝台に座り、新しく支給された弾帯を弄りながらカイが言った。
バックルには何も彫られておらず、くすんだ鉄の地肌が鈍く輝いている。
「・・・出世ねぇ。まぁ今までの糞溜めと比べりゃあ上等なもんだな。」
窓際で二つの月を眺めながらリシェクが答えた。
尻が痛むマイヤーは座ることができないでいる。
やがて不安そうに3人に尋ねるのであった。
「・・・なぁ、本当に僕の無反動砲、使い物にならなくなったの?」
「何が無反動砲だ、笑わせるな。お前のは拳銃弾より小さいだろうが。」
ダレルが嗜めた。
朝食は豪華とは言えないにしろ、十分納得できるものだった。
栄養塊と人造肉から作られた料理に、固焼きのパンというものである。
昨日までいた駐屯地の食堂が別の世界に感じられるほど、この艦のそれは静かであった。
「あいつら食わなくていいのかな?」
カイが隣で黙々と食べているダレルに言った。
「・・・疲れてるんだろう。眠らせてやれ。」
ダレルが答えた。
レフラは夢を見ていた。
端正な顔立ちに、口髭をたくわえた老紳士がこちらに微笑んでいる。
周りは建物で埋め尽くされている。空はそれらに隠されて見えない。
言うなれば、無限に続く都市の中に自分とあの紳士しかいないような感覚である。
老紳士には確かに見覚えがあった。だがいつ、どこで出会った人物なのかは分からない。
その彼が杖をつきながらゆっくりとこちらに歩いてくる。
不思議と悪い感じはしない。むしろ彼に会えたことを心のどこかで喜んでいるのを感じた。
艦内にけたたましい警告音が鳴り響いた。
レフラは飛び起き、同じ部屋で寝ているカルラを揺さぶった。
耳をつんざくような煩さであるにも関わらず、彼女はなかなか目を覚まさない。
やがてレフラは床に転がっていた小さめのクルカを拾い上げ、カルラの顔に投げつけた。
傭兵達は艦橋に走った。戦闘指揮所にはユーゲンと7人ほどの船員がいるのみであった。
「連邦の船です。反応から駆逐艦が2、重巡が1。後者は恐らくオケアノス級。方角から察するに、『灰の海』から本国に戻ろうとしている連中です。」
生体電探の制御盤にかじりついていた一人がユーゲンに報告した。
「・・・ちょうどいいな。ハン、駆逐艦は2隻とも沈めろ。重巡は私がやる。」
ユーゲンが1人の将校の格好をした船員に言った。そして今しがた指揮所に入った6人を見やった。
「行くぞ。お前達の耳目省での初仕事だ。」
傭兵達は、彼女の言わんとしている意味がよく分からなかった。