#5 『Strife』
曲がり角の向こうにいる連邦兵たちは一向に姿を現さない。
営倉前の廊下は完全な膠着状態となりつつあった。
傭兵達は敵方にそれぞれの銃を指向したまま動かない。
迂回を恐れ、壁の突起や営倉の扉に掩蔽しながら分散警戒の態勢をとっている。
博士が自分の雑嚢に記録媒体や書籍を詰め込み終えたのを確認すると、ユーゲンは営倉の外に出た。
そして廊下の奥から影だけを覗かせている敵兵たちを見て、苛立たしげに眉をひそめた。
「銃を貸してくれ。片付けてくる。」
言われるがままカイは自分の短機関銃に安全装置を掛け、ユーゲンに手渡した。
ユーゲンは受け取った銃の切替軸を連発に入れ替えた。
そして廊下の奥へと走り、曲がり角の向こうへと消えた。
途端に連続した発砲音と悲鳴が響き渡る。
はじめこそ短機関銃の銃声だけが轟いていたが、やがて連邦の小銃のものである重く鈍い発砲音がそれに重なり合う。
「2個分隊はいたぞ。流石に奴でも・・・。」
リシェクは心配そうに廊下の奥を睨んでいたが、やがてダレルと共に駆け出した。
慎重に警戒方向を移しながら角を曲がると、床には大量の死体とその装備、空薬莢が転がっていた。
そしてその向こうには左手に短機関銃を持ったまま立っているユーゲンと、その腹に銃剣を突き刺している兵士の姿が見えた。
短機関銃の遊底は後退位置で止まっており、残弾が無いことを意味していた。
「大尉!」
リシェクが叫んだ。
ユーゲンはリシェクの声には応えず、眼前で自らを睨みつける兵士の顔を眺めた。
闘争本能に燃えるその鳶色の瞳には一切の迷いは無く、ただこの女を亡き者にしたいという殺意だけが感じられた。
『見上げた奴だ。貴様の名前は?』
『・・・アーリィ・ハン兵長。第4艦隊提督ガリナス将軍の子だ。』
荒い呼吸に肩を上下させながら連邦兵は答えた。
『・・・なるほど。ターヘルの従兄弟か。あいつはウチで元気にやってるぞ。』
既に死んだと思われた従兄弟の名を口にした女には、腹の銃剣など気にした様子は無い。
ただ事では済まない傷と出血であるはずにも関わらず、その体から力が抜けていくような兆候はまるで感じられない。
やがてアーリィの目に恐怖の色が見え隠れするのをユーゲンは見た。
『惜しいな。もう少し親の血を引いていれば飼ってやっても良かったが・・・。』
ユーゲンは太股の拳銃を抜いた。そして兵士のこめかみに銃口を当て、名残惜しそうに彼の人生を終わらせた。
「・・・大丈夫ですか?」
ダレルはユーゲンに尋ねた。
「何も問題ない。普通のよりも連射速度が速くてな。弾を切らしたところを刺されただけだ。」
カイの短機関銃を見ながら言った。
やがて腹に刺さったままの小銃を引き抜き、足元の死体の傍に置いた。
後ろからレフラたちに連れられた博士が歩いてきた。
口元をにやつかせながら、辺りにに散らばる死体を眺めている。
やがて落ちていた鉄帽を一つ拾い上げ、頭にかぶった。
『イッチニィ!イッチニィ!ハッハッハァ!』
そして楽しそうに行進の真似事を始めた。
「・・・相当キてるな、ありゃあ。」
カイが傍らのレフラに言った。
彼らはそのまま艦底部、艦載機格納庫へ向かった。
艦内の戦闘員はあらかた片付いたのであろう、新たに攻撃を受けることは無かった。
本来セズレが6機入るはずの格納庫は、紫がかった白色のセラミックで覆われた、巨大な発掘物2つにその空間を占拠されていた。
重砲艦の生体機関ほどの大きさを持つそれは、何本ものワイヤーで厳重に台座に固定されていた。
「豚貴族共、ロクなものを売らなかったようだな。」
発掘物を見上げながらユーゲンが言った。
「こりゃ何だ?」
カイがリシェクに尋ねた。
「・・・大昔の発電装置だ。今じゃ経年で殆どが不良品になってる。扱うと爆発しちまうんだ。」
リシェクは情報部で得た発掘品の知識を用いて答えた。
ユーゲンはそれを眺めていたが、やがて博士を呼んだ。
『・・・貴方はこれを起動できるか?』
『勿論だ!少し待っててくれ。』
博士は台座によじ登ると、発掘品の操作盤であろうか、人の胸ほどの高さにある構造物を弄り始めた。
程なく各部のスリットから青白い光を発しながら、それは作動を始めた。
「ダレル、迎えを呼んでくれ。」
ユーゲンに命じられ、彼は背中の無電の受話器に手を伸ばした。
「01、02。終わったぞ。下の発着口に来てくれ。」
『01了。早かったじゃないの。』
受話器からカルラからの返事が返ってくる。
程なく戦闘艇は発着口にその姿を現し、その船体をを滑走板に下ろした。
『俺等の船だ。行くぞ爺さん。』
カイが連邦語で博士に言った。
『・・・俺等の船、か。良い響きだ!』
ダレルたちに連れられながら、愉快そうに博士は言った。
全員が乗り込んだのを確認すると、カルラは戦闘艇を発着口から離脱させた。
先程まで空の上層を覆っていた厚い雲は消え去り、正午の太陽が顔を覗かせていた。
重巡から5kmほど離れた時、ふと思い出したようにユーゲンが博士に言った。
『・・・申し訳ない。まだ名乗っていなかった。私はエルヴィラ・ユーゲン大尉だ。貴方の名を尋ねても宜しいか?』
尾部銃座から景色を楽しんでいた博士は彼女に振り向いて答えた。
『私の名前か?私はガスタヴォ・ノバエラだ。姓のノバは父の故郷の方言で初物を、エラは時を意味する。合わせて新時代という訳だ。洒落ているだろう?もっとも、母がオデッタで税理士をしていた頃、父はメル・・・』
突如後方の重巡空艦が、青白い閃光を伴ってその船体を破裂させた。
大きな衝撃が戦闘艇まで届き、生体機関が怯えるような声を出した。
重巡は文字通り4つの塊に割れ、浮遊機関の力場の影響であろうか、それぞれを歪に拉げさせながらゆっくりと墜ちてゆく。
ガスタヴォ博士は初めこそ呆然とその様を眺めていたが、やがて大声ではしゃぎ始めた。
『・・・やったぞ!やった!ハッハァ!ゴホッ・・・・』
興奮の余りむせてしまったが、やがて胸ポケットに入れていた例のクルカ人形を取り出した。
『・・・シビル、見ろ。やったんだ・・・やっと。遂に・・・。』
人形に重巡の凄惨な様子を見せながら、博士は涙ぐんでいた。
戦闘艇がフレイアの飛行甲板にゆっくりと降り立った。
着陸脚が軋み、長時間の飛行に疲れたのか、生体機関がぐずり始める。
「・・・こら、格納庫まで行かないとお前吹きさらしだよ。」
カルラが生体機関を嗜め、半ば無理やり格納庫まで滑走させる。
通用口から降りたとき初めて、カイは自分の左脇腹に血が滲んでいるのに気が付いた。
きつく締めていた弾帯を外すと、それはだんだんと大きくなった。
よく見るとその辺りの戦闘服の生地に小さな破れがある。
「おい、お前撃たれたのか?」
リシェクがその様子を見て言った。
「いや、そんなはずは無いんだが・・・。」
当の本人は見に覚えがないようである。
見かねたユーゲンが医務室へ向かうよう指示した。
レフラとリシェクに付き添われながら、カイは格納庫を出て行った。
ガスタヴォ博士はその姿を心配そうに見ていた。
『・・・彼は心配要りません。私が案内します。』
博士は一人の女性職員に連れられていった。
医務官は止血・消毒作用のある薬剤をカイの傷口に吹きかけると、後の処置を自分達で行うよう言った。
先の戦闘で肩を負傷した、グラザランカの搭乗員の手当てが先決だった為である。
「・・・あぁっ!糞!お前麻酔とか持って無いの?」
レフラは曲がった針でカイの脇腹を縫っていた。
金属片による浅い創傷であった。恐らく営倉前で受けた対戦車弾のものであろう。
「専門じゃない私がそんなもの使ったら死んじゃうかもしれないよ・・・。それでもいいの?」
この少女の発言には稀に残酷な単語が入るものだとリシェクは感じた。
本人に悪気は無いのであろうが。
そして自分の汗まみれの戦闘服を見て、只々早く風呂に入りたいと思うのであった。
「・・・俺がこれくらいの傷でギャアギャア言ってるのに、あの女腹刺されても平然としてたよな。」
やがてカイが呟いた。
「前は頭も吹っ飛ばされてただろうが。」
リシェクが答える。
「・・・あいつ本当に人間なのかな。」
カイが眉をひそめながら言った。
「人間だろうと化け物だろうと、私たちに御飯と寝床をくれるんだから別にいいじゃない。」
レフラが、今しがたリシェクが言おうとしたこととほぼ同じ意味の文言でカイを嗜めた。
将校用の風呂と食事を楽しんだ後、ガスタヴォ博士は部屋に案内された。
広くは無いにせよ、作業机や堅牢なイス、寝台と必要な物はあらかた揃っていた。
少なくとも重巡の営倉よりは何倍もマシであった。
『ありがとう。それで、記録と利口なクルカはどこかね?』
『・・・暫く御待ちください。すぐに用意します。』
女性職員は部屋に博士を残し、小走りに艦橋へと向かった。
「ユーゲンさん。お爺ちゃんが記録とクルカがどうのって・・・。」
戦闘指揮所でシーバを片手に寛いでいたユーゲンに言った。
「・・・いきなりか。私が行く。ビョルン!お前のクルカを借りるぞ!」
そう言うとユーゲンは操舵手の飼いクルカを床から抱き上げた。
彼の助手をすることもある、恐らくこの艦で最も賢いクルカである。
そして記録媒体の入った図嚢を肩から提げて博士の部屋へと向かった。
博士はまず受け取ったクルカを膝の上に抱き、その目を見据えた。
『・・・ユーゲンさん、この子の名前は?』
『特には無い。皆はチビや大将と呼んでいる。』
『それは可哀想だ。そうだな・・・、私がラギと名づけよう。よろしくな。』
クルカは否定も肯定もしないといった調子で、小さくピィと鳴いた。
ユーゲンが部屋を出て行くと、博士は受け取った図嚢を漁り始めた。
『・・・そうだな。正攻法で1から攻めてみようか。』
そして一つの記録媒体を机に置き、その刻印を一つ指でなぞった。
大量の文字が目の前の空間に映し出される。
『こういった記録文書の場合は、左上のこの辺りが日時、その右に著者が記される。分かるね?』
そして傍らのクルカを見る。
今度は元気にピュイと鳴いた。肯定の意味である。
『よろしい。2438年10月・・・滅亡の1年前か。興味深いな。著者は・・・シメオン・ジャン・ヴィラル。珍しい名前だな。』
そのまま日時・著者の下、本文に目を移す。
『記録・・・いや記憶か。記憶階層への接続において・・・』
空中の文字をなぞる博士の指が震え始めた。
傍らのラギも、何かを感じ取ったかのように怯えた声を出した。
そのまま博士は立ち上がると、扉まで歩きその鍵を閉めた。