#8 『Nothing To Say』
駐屯地の正門前の通りでは郊外にも関わらず、絶えず行き交う人々や車両が見られた。
生体機関で浮遊推進する帝国の軍用車両もいるにはいるのであるが、多くはアーキルからの流出品であろう内燃機関で走行する車両である。
連邦軍との誤認を避ける為であろうか、そのほとんどは赤茶色で雑に塗装されていた。
カイがこちらへ走る一両に合図すると、元は兵員輸送用であったと思われる乗合自動車は3人の目の前で止まった。
明らかに整備が行き届いていないブレーキは、今にも千切れ飛びそうな摩擦音を立てた。
カイに続いてリシェクとレフラは幌で覆われた後部の荷台に乗り込んだ。
鉄製のステップは足を掛けられる度に、ぽろぽろと表面の錆を剥がした。
荷台には既に5人ほどの乗客がいた。
「マイヤーの野郎本当に来なくてよかったのかな?」
リシェクがカイに呟いた。
「御本に夢中なんだよ。放っといてやれ。」
味も素っ気もない木製のベンチに腰掛けながら答えた。
そのまま20分ほど彼らは車両に揺られ続けた。
幌に付いている申し訳程度の樹脂製の窓は、汚れと劣化によってその役目を果たしていない。
3人が降りた時、そこはもう都市部の様相を呈していた。
商店や工房が絶えることなく視界に入ってくる。
人々の格好にはまるで共通点が見られず、彼らの出自が一定でないことを意味していた。
連邦風の浅黒い肌の男もいれば、訳の分からない民族衣装に身を包んだものもいる。
「まぁ、国境に近いからだろうな。」
人々を眺めながらカイが呟いた。
「私たちにとっては住みやすいんじゃない?少なくとも、顔に刺青が無いから蹴られるってことはなさそう。」
レフラが嬉しそうに答えた。
3人が近くにあった銃砲店に入ろうとした時、連邦語の怒鳴り声が聞こえてきた。
声には聞き覚えがあった。
『ふざけるな!こいつは軍艦クルカだ!お前の所の出来損ないに負けるはずは無い!』
ガスタヴォ博士は合成肉屋の店主と言い争っていた。腕の中には興奮気味のクルカが抱かれている。
『じゃあ証拠を見せてみな爺さん!ウチのルーデルは今まで37匹と戦って1度たりとも負けたことは無ぇ!』
屈強そうな体格の店主はその肩に乗せたクルカを指差した。
博士の抱くラギよりも2回りは大きい。
『・・・やめとけ爺さん。しかもそいつは元々あんたのクルカじゃないだろ。』
カイが間に入り博士に言った。
そしてラギの頭を撫でて落ち着かせる。
『・・・よかったな爺さん。愛クルカの哀れな姿を見ずに済む。』
店主が勝ち誇ったように言った。
博士は黙って相手を睨みつけていた。
そのまま3人は博士と共に酒場に入った。
昼間である為そこまで客はいなかった。奥にあるテーブルに4人は腰掛ける。
『・・・いつの間に基地から出たんだよアンタ。』
リシェクがまだ訛りのある連邦語で博士に尋ねた。
『さっきユーゲンさんが出してくれたんだ。女の子が一人一緒にいたんだが・・・はぐれた。』
ちびちびと酒を舐めながら博士が答えた。
テーブルの上ではラギが同じように皿に盛られたスープを舐めている。
駐屯地。西側の小高い庁舎。
「ユーゲンさん!すみません!お爺ちゃんを見失いました!」
部屋に入るなり女性職員はユーゲンに深々と頭を下げた。
「・・・心配するな。奴は目立つ。レフラたちが連れ戻すだろう。」
ユーゲンは手元の文書を眺めながら言った。
「それよりも・・・だ。少しばかり興味深いものを見つけた。」
そして文書を職員に手渡す。
「これは・・・ラオデギアから戻った諜報員のものですか?」
「そうだ。ヒグラートにいる連邦軍の通信記録らしい。」
ある箇所に、ユーゲンの手によるものであろう波線が引いてあった。
0538時
歩哨:《前哨長、こちら第3歩哨。彼我不明の人員一名がこちらへ向け徒歩で前進中。携行火器見えず。》
前哨長:《前哨長了解。誰何に対する返答が無ければ射殺してよし。》
歩哨:《了解。・・・誰か!!・・・おいファリド、しっかり狙ってろ!・・・誰か!!・・・誰か!!・・・返答なし。》
(短連射による銃声。)
歩哨:《おい!狙ったのか!? 狙ったよ!当てた! じゃあ何で立ってるんだ!》
(連射による銃声。)
歩哨:《前哨長!弾が効いてない!応援を要請する!応援を・・・あっ!?》
前哨長:《第3歩哨!おい、ラフマン!何があった!?》
(以降第3歩哨からの通信途絶)
「掩体にいた二人はその後消息が掴めていないらしい。よく分からんのは、これ以上の被害が連中に何も無いことだ。」
ユーゲンが欠伸をしながら言った。
「歩哨二人だけが何かに攫われたと?」
職員が尋ねる。
「そういうことだ。こういった意味の無いことをするのは大方狂った旧兵器か・・・奴ぐらいのものだ。」
「『学者』ですか?」
ユーゲンは伸びをしながら頷いた。
そしてしばし思案した。
「・・・この二人の兵隊について洗っておく必要がある。頼めるか?」
「何なりとお任せください!」
職員は元気に答えると、部屋を後にした。
「あの糞馬鹿のせいで私はどれだけ・・・あぁもうっ!!」
レフラは手にしていたグラスを床に投げつけた。
幸い強化繊維で作られたグラスは跳ねるだけで割れずに済んだ。
「おい、落ち着けよ。気持ちは分かるが・・・。」
「分かるわけない!」
叫びながらレフラはカイの顔面を平手で叩いた。
『・・・すぐ収まる。悪い酒が入るといつもこうなんだ。』
ただただ怯える博士とラギに対しリシェクが囁いた。
「分かってるって!確かにザクセンは糞以下の野郎だ。」
頬をさすりながらカイが言った。
テーブルの上のラギが恐怖の余りピュッと声を漏らした。
「何が可笑しいのよ!」
レフラはラギに掴みかかった。
『頼む!それだけはやめてくれ・・・!お願いだ・・・。』
涙目で博士は懇願した。
レフラはラギを放し、自分の腕の中に顔をうずめた。
「あいつの身勝手で・・・私は・・・今頃とっくに故郷に・・・。」
そして啜り泣きを始めた。
カイがその背中をさする。
『まぁ・・・今回はちっと激しかったかな。』
リシェクがラギを抱く博士に言った。
「ユーゲンさん!ありました!」
女性職員が図嚢を手に入ってきた。
頼んでから30分も経っていない。
「・・・優秀すぎるだろう。どこで仕入れた?」
「特務委員時代のツテですよ。この駐屯地にも何人かいたんです。」
そして図嚢から3枚ほどの書類を取り出し、ユーゲンに渡した。
「写しじゃないですよ。原本です。連中いらないそうで。」
職員は元気に言った。
「・・・第12歩兵連隊。フォウ王国人の流れ者が多い隊だな。」
「ええ。彼らも例外ではありません。」
そのままユーゲンは本文に目を通す。
「二人ともかなり北の生まれだな。ほぼ極地じゃないか。」
「確かにそうですね。随分昔からそこにいた民族の出身らしいです。」
ユーゲンはこめかみを指で押さえながら呟いた。
「奴は自分の遺伝基を現生人類の中から探そうとしている・・・。」
俄かに窓の外が騒がしくなった。
全ての繋留塔から警報が喧しく発せられている。
留まっている艦艇達が機関を始動したのか、大きく重い生体音も響き渡る。
扉が開き、ブロンコと一人の男性職員が入ってきた。
「エルヴィラ。今すぐ内地へ戻るぞ。」
ブロンコは息を切らしながらそう言った。
ユーゲンの目に珍しく動揺の色が浮かんだ。
「・・・何事だ?」
「連邦の大攻勢だ。ほぼ全ての艦隊が侵攻を開始した。」
東部繋留塔に繋がれているフレイア級が震えるような低い声を上げたが、辺りに聞き取れた者はいなかった。