Angels Cry log.9

#9  『Wuthering Heights』


日は西の山麓に隠れようとしていた。

外で轟く警報を耳にし、3人の傭兵は酒場を出た。
クルカを抱いた博士が慌てたように続く。
人々は皆一様に家財道具や食料をそれぞれの車両や牽引台車に投げ込んでいる。

皆慌しい様ではあったが、恐慌状態に陥っているわけではなかった。
慣れた作業をこなすように、ただ黙々と事を成していく。
中には既に積み込みを終え、街の外へと通じる通りに車両を走らせていく者もいた。

車を持たないのであろう、最低限の物資を雑嚢に詰めた老夫婦が隣の家族に何かを頼み込んでいた。
彼らは自分達の小型車両の荷台から大きな麻袋を二つ下ろすと、そのスペースに乗るよう老夫婦に促した。

「・・・流石は前線の街だな。」

カイがその様を見て呟いた。

「感心してる場合じゃないよ。どうにかして戻らないと・・・」

レフラが困惑した声で言った。
辺りに彼ら4人を運べるほど余裕のありそうな街人は見当たらなかった。

突如大きな警笛と共に、一台の3輪自動車が人ごみの奥から現れた。
異様に大きなエンジン音を響かせながらその車は4人の前で止まった。

「乗りな!兵隊さん方。基地まで送る。」

運転席から顔を出したのは、先程博士と言い争っていた肉屋の店主であった。
荷台を指差し、4人にそこへ乗り込むよう合図している。
助手席には彼の大柄なクルカの姿があった。

言われるがまま、傭兵たちと博士は荷台へ乗り込んだ。
既に積まれていた人造肉合成機やその関連生体機器に、半ばのしかかるようにして座る。
全員が乗ったのを確認すると、店主は車を動かした。

「あんたも早く逃げないとまずいんじゃないのか!?」

リシェクがエンジン音に負けないよう、大声で運転席へ呼びかける。

「君らは後輩みたいなもんだからなぁ!放っておけないんだよ!そこの爺ィは別だがな!」

運転席から店主が返した。
それに対して博士の抱くラギが唸り声を上げたが、助手席のクルカに睨み返されすぐに押し黙った。


傭兵達は隊舎で合流すると、それぞれの火器と背嚢を担ぎ繋留塔へ向かった。
昇降機に集まる顔ぶれには、下船した時には見なかったものも混じっていた。
大方、駐屯地に留まっていた耳目省職員達であろう。
傭兵達はその中に特徴的な禿頭を見た。

「うわっ、あの大佐も来るのかよ。」

カイが呟いた。

「おい、聞こえたらどうする・・・。別にいいだろ。悪い人間じゃない。」

小声でダレルが嗜めた。


艦橋では船員達が迅速に各々の作業を進めていた。
生体電探の制御盤にかじりつく船員のすぐ傍から、ユーゲンが指示器を睨みつけている。

「速すぎる・・・。ジェット気流を使っているにしてもだ。」

指示器には複数の大型艦を示す光点が映し出されていた。
上端に見えるそれらは、確実に円の中心に向け前進しつつあった。

「大尉。既に1個属領艦隊が殲滅された模様です。情報では敵の総旗艦らしき姿も認められたと・・・。」

長い外套を羽織った船員がユーゲンに報告した。

「・・・機関の始動は?」

「手間取ってます。何分補給の最中でしたので・・・。」

「できる限りでいい。急がせろ。このままでは接敵も避けられん。」

ユーゲンは襟の階級章をしきりに触りながら言った。


扉が開き、職員達と共にブロンコが指揮所に入った。

「何しに来た?ここにいられても邪魔なだけだ。」

ユーゲンは彼を一瞥し、冷たく言い放つ。

「・・・そう言うな。状況は一刻を争う。『三人寄れば文殊の知恵』とも言うだろう?」

ブロンコは優しく言った。
ユーゲンは大きく溜め息をつくと、外套の船員に向き直った。

「ハン。兵装の点検が済み次第、全員を戦闘配置に付かせろ。グラザランカ、ダレル隊も同じくだ。」

「了解。しかし、ヴァラ准尉はまだ出撃できません。代わりとして使えるのは・・・」

「カルラくらいだな・・・・。だが戦闘艇を動かせる者がいなくなる。」

話し合う二人の様子を、ブロンコは黙って眺めていた。


「短い休日だったなぁ、おい・・・。」

戦闘艇に、整備の済んだ重機関銃を積み込みながらカイがぼやいた。

「何が休日だ。少しばかり酒喰らっただけじゃねぇか。」

銃座に座るリシェクが頭上から答える。
銃架が新しいものに交換されており、旋回軌道のベアリングもしっかり効くことに気づくと少しばかり機嫌を直した。

「おい!あれ見ろよ!」

スターンゲート付近にいたマイヤーが格納庫へ叫んだ。
カイとリシェクは戦闘艇を降り、飛行甲板へと走る。

マイヤーの指差す方向には、1km程先で航行する重巡空艦と数隻の旧式駆逐艦の姿があった。
傭兵達はその艦影に見覚えがあった。
何より重巡のマストには、先週までいた駐屯地で嫌と言うほど見かけた紋章旗がはためいていた。

「ありゃバルテルスの・・・。」

生体暗視眼鏡で艦隊を睨みつけていたカイが呟いた。

「糞袋も来てるかな?」

口元をにや付かせながらリシェクが言った。

「撃ってこないよな・・・。」

マイヤーの心配をよそに、艦隊は街の上空を通過し北の地平へと進んでいった。
日はほぼ沈み、空では二つの月が明るく輝いていた。


その後2時間ほど費やし、ようやく艦の循環器が復旧した。
街に停泊していた他の艦艇のほとんどが、前線や内地へと飛び立った後であった。

「主機、再起動確認!」

艦橋に走り込んできた機関士が、ハンと呼ばれた船員に報告した。

「高度400まで上昇後、方位160に回頭。」

すかさず彼は操舵手に命じた。

軽巡は重い生体音を轟かせながら、その気嚢器官にガスを蓄える。
ゆっくりと船体は浮上し、月光の下大きな影を街に落とした。
そのまま流動的にその船首を南西へ向けた。
スカイバードの神経系による優れた操舵系統は、無駄な揺れや横転を一切発生させることなく一連の動きを可能にする。
やがて生体機関は船体を加速させ始めた。

「先程のバルテルス艦隊が会敵。戦闘中です。」

無電のヘッドセットで頭を固めた船員がユーゲンに言った。

「豚共は放っておけ。今の内に距離を稼ぐ。」

ユーゲンは懐から取り出した煙草に火を点けた

「・・・やめろといっただろう。体によくないぞ。」

後ろからブロンコが嗜めた。
ユーゲンはそれを無視して深々と煙を吸い込んでいる。
やがてブロンコは指揮所を出て行ったが、各々の作業に集中していた船員達は誰一人それに気づかなかった。

「・・・重巡が喰われた模様です!駆逐艦も・・・2、1・・・殲滅されました!」

電探手が唐突に報告した。

「なっ・・・どういうことだ?」

ユーゲンが電探に走りより、指示器を覗く。
死んだ生体機関を表す薄く白い点が7つ、その上に大型の浮遊機関を表す緑色に輝く光点が幾つもあった。
後者の中に、通常の連邦艦が示すものとは一風異なった光点が一つ混じっていた。
浮遊ノーム級の出力を示す信号が幾つも重なったような、異様に大きく強い発光がみられた。

「まるで旧兵器だ・・・。何なんだこれは。」

電探手が呟いた。

「・・・ジッカス。完成していたとはな。」

ユーゲンが苦々しげに唸った。
その単語が耳に入ったハンは僅かに顔をしかめた。

「・・・敵艦加速!まっすぐこちらへ向かっています。護衛機多数!」

「最大戦速。南の近衛艦隊を目指す。光子砲射撃用意。出力30%、毎分400発。」

ハンが静かに命じた。


戦闘艇の各銃座や操縦席に座りながら、傭兵達はほぼ眠り被っていた。
突然、鼓膜を破らんばかりの轟音が立て続けに轟く。
青白く眩い閃光が夜空を明るく照らした。

「ひっ!すみません!」

尾部防護機銃にもたれ掛かっていたマイヤーが体を一瞬痙攣させながら目を覚ました。
その間も光子砲は射撃を続ける。


「リコゼイ光子砲、出力低下を確認。充填に入ります。」

生体補助火器管制機のチューブを覗き込みながら一人の船員が言った。

「12機の撃墜を確認。5機が高速接近中。後方には依然として敵大型艦の姿があります。」

電探手が報告した。

「ギズレッツァだ。積んでいる艦載機では敵わん。絶対に誰も出撃させるな。犬死にになる。」

ユーゲンがハンに言った。

「了解。・・・対空迎撃戦闘準備!」


艦橋周辺や甲板の対空砲座についていた船員達が動き始めた。
神経網を利用した艦橋での火器管制が可能なのものは大型の兵装に限られており、こういった40mm連装対空砲などの火器は依然として兵士による操作が必要であった。
長らく銃砲に携わった船員たちなのであろう、動きには一切の無駄が無く迅速に迎撃体制は整った。


「おい、やばいんじゃないの?」

慌しくなった格納庫内を眺めながらカイが言った。

「それはいつもの事・・・ん?」

旋回銃座にいたリシェクが何かに気づいた。
飛行服に身を包みマスクを装着した長身の男が、グラザランカの傍で整備員と話し込んでいる。

「・・・相手は最新鋭機です。それにこいつはヴァラ准尉にしか・・・。」

「彼から託されたんだ。癖や特性は聞いた。頼む、これしか皆を助ける方法は無いんだ。」

男は整備員を制して操縦席へ乗り込んだ。


各砲座が左舷後方へ向け、一斉に対空砲火を開始した。
甲板の18cm単装砲も対空榴弾を放つ。

熟練の技によって撃ち出された砲弾たちは、感覚神経式反応信管によって敵編隊の間近で炸裂した。
しかしその破片と爆煙を見事にかいくぐり、敵は接近し続ける。

2機が編隊を離れ急上昇した。
その翼に懸架された爆弾が、月光に照らされ鈍く輝いている。
残りの3機は速度を落とすことなく進み、フレイアの生体機関や艦橋をアーキリアム機関砲によって射撃した。

割れた硝子が指揮所に降り注ぐ。
床板や設備も砲弾に撃ち抜かれ、生体機器用組織液や金属片が辺りにぶちまけられた。

「・・・上方に火力を集中しろ!」

頭から血を流しながらハンが叫んだ。
衝撃で仰向けに倒れた操舵手の目には、セレネの光を背に急降下してくる2機のギズレッツァの影が映る。
翼下の爆弾は、今まさに投下されようとしていた。

突然、そのうち1機が閃光と共に機関を爆轟させた。
眩い炎とともに機体を分解させながら、街の郊外へと堕ちてゆく。
残りの1機は爆撃を中断し、艦から離脱した。

フレイアの艦橋すれすれを、一機のグラザランカが高速で通過していった。
その衝撃と風圧で、割れた硝子が振動する。

「やるなぁ、あのハゲ!」

飛行甲板の柵から身を乗り出しその様を見ていたリシェクが、感嘆したように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

最終更新:2017年02月26日 18:14