#15 『Spread Your Fire』
居室に入るなり、ユーリは寝台に座っていたブロンコの顔を殴りつけた。
決して太い訳ではない彼の腕ではあるが、相手はその頬を大きく歪ませ体は床に叩きつけられた。
血と共に、折れた奥歯を吐き出しながらブロンコはユーリを睨みつけた。
その表情が気に喰わなかったのか、ユーリは倒れたままの男の腹に蹴りを入れようと歩み寄った。
「よせ、そいつは何も知らん。」
いつの間に部屋に入ったのか、その背後から主任技師が言った。
ユーリは彼に掴み掛らんばかりの表情で振り返ったが、その右手が腰の拳銃に添えられていることを認めると静かに近くの椅子に座った。
「全く・・・血の気の多い奴だ。」
技師は足元のブロンコには目もくれず、彼の寝台に深々と腰を下ろした。
「・・・あれは何だ?貴様らは知っていたのか?」
ユーリは技師を見据え、怒りと懐疑心の籠った低い声で尋ねた。
技師は腰の雑嚢から煙草を取り出し口に咥えると、それに火を点けることもなく暫く何かを思案していた。
やがて大きく溜息を吐き、作業着の胸ポケットから折りたたまれた一枚の紙を取り出しユーリに渡した。
「あの時・・・お前が来た日に言うべきだったんだろうが、余計な情報で適性を失わせる訳にはいかなかった。」
受け取った紙を広げてみると右上の辺りに小さな網膜版が貼り付けられており、正面から10代中頃と見られる少女の肖像が写されていた。
透き通るような淡い色合いの金髪にスッと通った鼻筋、薄い唇と控えめに見ても美しい外見ではあるのだが、まるで生気の感じられないその灰色の瞳は若干の動揺をユーリにもたらした。
「エルゼ・アウデンリート、孤児だ。4年前に我々が保護した。」
技師は煙草に火を点け、淡々と話し始めた。
何らかの異質な薬剤が混ぜられているのか、吐き出される煙は内燃機関の排気のように黒みがかっていた。
ブロンコは口元をシャツの袖で拭いながら起き上がり、壁にもたれ掛かるようにして座り込んだ。
「・・・丁度その時期、無人偵察機の研究開発が始まった。簡単に言ってしまえば、生体機関と人の融合だ。」
ユーリは一瞬ではあるが、形容し難いほどの殺意をその表情に浮かばせた。
技師はその顔を特に見返すこともなく、手の中で硬貨を弄びながら話を続けた。
「あいにく当時は・・・まぁ、今もではあるが親和性の無い被験体を機関に取り込ませるのは困難を極めた。例え脳と脊椎だけを切り出しても異物として認識されてしまう。」
ブロンコはあからさまな不快感をその顔に表し、視線を床へと落とした。
「その点、彼女は優秀だった。細胞サンプルの試験ではいかなる種類の生体機関とも良好な適応性を示した。しかも、投薬や訓練によってその能力は大幅に伸びていった。」
最後の辺りでは、技師は話しながら普段の微笑をいつにも増して不気味なものにした。
「まだ伸び代はあったんだが・・・。お前の来る半年前だ。あの機・・・グランダルヴァが回ってきた。言ってしまえば、ただ速くて火力過多なだけの普通の戦闘機だ。予定されていた可動式の機関も結局載せられなかった。」
愛機の来歴を知ったところで、もはやあの夢のような操縦感覚は永遠に失われていることに対する悲しみをユーリは改めて痛感していた。
「・・・私は反対した。あんな出来損ないに私の最高傑作である彼女を喰わせたくはなかった。しかも軍は・・・あの堅物共は『完全な無人機』を望まなかった。仕方なく役割を操縦の支援と機関の能力増幅に止め、我々はエルゼを戦闘機に結合させた。」
技師は苦々しげに唸りながら言った。
「その後はお前の知る通りだ。彼女は役目を完璧に果たし、あのポンコツを化け物に変えた。・・・その点ではお前にも感謝しているよ。他の奴では身が保たなかっただろうしな。」
「・・・あれは、・・・彼女は生きてるのか?」
ユーリはここで初めて口を開いた。
「まだどうとも言えん、意識が戻らん事にはな。・・・だが何れにせよ、彼女が戻ってきたことには変わらん。それも元の美しい姿のまま、な。」
技師は笑みを浮かべたまま寝台から立ち上がった。
そしてユーリの手から紙を奪うようにして取り返した。
「・・・帝都に着いたらお前には休みをやる。取敢えず英気を養え。すぐに次の試験機が届くはずだ。」
技師は言い終えると、踵を返し居室を出て行った。
扉が閉まった後ユーリは長らくその取っ手を無表情に眺めていたが、やがて壁にいるブロンコへと視線を移した。
「・・・すまない。」
そして喉から絞り出すような小さな声で言った。
ブロンコは何も答えず自分の寝台へと歩み寄り、技師の残したシーツの皺を丹念に整え力無くそこに腰を下ろした。
それから入浴の為に部屋を出るまで、二人が言葉を交わす事は無かった。
受付室の窓から見える、煤煙によって霞んだ星々の光を眺めながら安宿の店主は人造肉の燻製を齧っていた。
バセンとの境界に近い故郷の村から5年前にこの帝都に移ってからというもの、都会人たちの無愛想さには驚かされるばかりである。
道行く他人を物か何かのように扱うあの態度にはどうにも納得がいかない。
ここではクルカまでもが同じであり、何かを譲り合うという精神をまるで持ち合わせていないのである。
やがて彼は、多少なりとも過酷な環境で生きている生き物の方が協調性は磨かれるという持論を持つに至った。
今朝部屋を貸した客は、最近では稀に見る程に礼儀正しく好感が持てた。
皺一つ無い黒い外套に爪先が輝くまで磨かれた長靴という優雅な出で立ちでありながら、どこか素朴な純粋さが感じられる若い男であった。
店主はその男が朝に部屋へと入って以来、一度も姿を見ていないことを訝しがり始めた。
やがて机の上にあった固焼きのパンと瓶入りの水を盆に乗せ、部屋へと向かった。
二、三度度扉を叩いたが返事はない。
部屋の中からは小さな金属音が断続的に響いており、人がいるのは確かであった。
「ボロディンさん!御食事はどうされますか?」
仕方なく店主はやや大きな声で、中にいるであろう客に尋ねた。
「失せろ。」
扉の向こうから聞こえた返事は、今朝のあの印象とは打って変わってあまりにも殺伐としたものであった。
店主は溜息を吐くと、盆を入口の棚の上に置き受付室へと戻っていった。
ユーリは扉の向こうの気配が無くなったことを認めると、再び弾薬を小銃の弾倉に込め始めた。
薬莢の底を弾倉の壁にしっかりと付けるようにして一発ずつ丁寧に押し込んでいく。
一つの弾倉に対して15発を込め終える毎に、ユーリはそれぞれを机の角で軽く叩いた。
8つを完成させると、傍に置いていた弾嚢に2つずつ入れていき、重くなった弾帯にサスペンダーを取り付けた。
やがて立ち上がり、壁に掛けてあった外套を羽織る。
そのままボタンを上まで止め、肩から吊った弾帯のバックルを締めた。
その後、寝台の下にあった木箱を払い除け1丁の小銃をそこから取り出した。
帝国軍で採用されているものと同じ型ではあったが、銃床は取り払われており機関部の無骨な外観と相まって無駄のない精悍な様相を呈していた。
革の負い紐によってそれを首に掛けると、ユーリは窓を開けた。
2つの三日月が遥か彼方で、さながら弱った探照灯の様に淡く輝いているのが見えた。
同時に排泄物や機械油等の匂いが交じり合った帝都の生活臭が鼻を衝く。
北西、かつて自分が捕らわれていた搭のある行政区の方向を一睨みすると、ユーリは窓から飛び降りた。
外套の裾が翻り、飛行とは違った若干の浮遊感が彼の脊椎を走る。
20m程の高さがあったにも関わらず、その体は雑に舗装された地面へと静かに降り立った。
そのまましっかりとした足取りで裏路地を歩き出す。
「・・・主任技師!フラーケさん、起きてください!」
技師は耳元で騒ぐ一人の部下の声で目を覚ました。
いつの間にか、机に突っ伏したまま意識を失っていたようである。
昨晩から続いた実験と調査の結果、研究室の中には記録文書と機材が散乱しており、部下たちは足元に注意を払いながら慎重に歩き回っていた。
「何か進展があったのか?」
技師は大きく欠伸をしながら傍らの部下に尋ねた。
「1時間前に出た結果です。やはり幹細胞でした。異常なまでの活発さで、・・・もはや人間のそれとは別物です。」
部下から図板に挟まれた記録を受け取りそれを一瞥すると、技師は満足そうに目を細めた。
「手足の再生と刺青が消えてる時点で気付くべきだったな。・・・意識は?」
「はっきりしています。・・・しかし依然として口を利こうとはしません。」
「・・・脳に異常は?」
「何も見られません。記憶もしっかり残っているようで、両親の写真に確かな反応を示しました。」
技師は暫く頭を掻きながら低く唸っていたが、やがて椅子から勢いよく立ち上がった。
「・・・私にならまた心を開いてくれるだろう。調査を中断・・・」
突然、鈍く長い振動が研究室を揺らした。
天井の照明が明滅し、けたたましい警告音が鳴り響く。
技師と部下たちは必死に機材や机の下に潜り込もうとし、互いの足に躓き合いながら床に倒れ込んだ。
「7階で爆発です!死傷者が出てる!」
やがて揺れが収まると、部屋に飛び込んできた職員が怒鳴った。
廊下では何人もの武装した警備兵達が慌ただしく準備を整えつつあるのが見えた。
技師は思わず隣で倒れている部下の顔を見やった。
「・・・御安心を、ここは15階です。・・・それに、この産業搭はちょっとやそっとでは倒れません。」
何を言えばいいのか暫し困惑した後、部下は目の前にいる涙目の上司を安心させるため咄嗟に思いついた文言を連ねた。
「そんなことじゃない!・・・エルゼの部屋に兵隊を回せ!早く!」
主任技師は喚き散らしながら立ち上がり、自らも腰の拳銃を抜いて入口と走っていった。
10人程の兵士達が各々の短機関銃を手に廊下を進む。
軍属では無くあくまで技術省が直接雇用した警備員達であるが、それぞれの経験は豊富であり特殊空挺軍から来た者も数名混じっていた。
そのまま昇降機のゲートの前で止まり、扇形の隊形に分散する。
既に廊下の照明の大半は消えており、皆歪な形をした試作の暗視眼鏡で視界を確保していた。
「扉が開いたら全弾叩き込め。遠慮は要らん。」
ゲートの正面で短機関銃を構える分隊長が周りに言った。
分隊員達は声は上げず、頷くことで了解の意を示す。
皆膝を柔らかく曲げて体重を前に集中させており、その一切の無駄もない動作からは彼らの場馴れが感じられた。
小さくベルが鳴り、ゲートの上にあるランプが赤く点灯する。
分隊長が命じるまでもなく、兵士達の銃から一斉に拳銃弾が撃ち出された。
とてつもない轟音が廊下に響き渡り、発せられた銃口炎によって辺りが昼間の様に明るく照らされる。
床には大量の短い薬莢が散乱し、嗅覚を強く刺激する硝煙が立ち込めた。
やがて一斉に発砲が止まり、素早くそれぞれの銃の円形弾倉が交換される。
扉が完全に開くと、穴だらけになった昇降機の壁と千切れた手摺が見えた。
「・・・どういうことだ?」
「誰も乗ってねぇじゃねぇかよ!」
「落ち着けブロン!下の階で降りたのかも・・・」
困惑する部下を鎮めようとした分隊長の視界の片隅に、何か動くものが認められた。
素早く首を右に回し、廊下の奥に視線を移す。
暗視眼鏡の増幅された可視光を用いてもなお、その人影はどこまでも黒く感じられた。
ゆっくりと一歩ずつ、しかし確実にこちらへ向け足を進めてくる。
異様なまでの畏怖が分隊長の中枢神経を支配し、その動作を鈍らせた。
震える腕で短機関銃を体の前に動かし、まだ気付いていない部下たちにその存在を知らせようと必死に息を吸い込む。
肺から押し出された空気が声帯を振動させるよりも早く、分隊長の側頭部から血と脳の破片が吹き飛んだ。
「は?」
ブロンと呼ばれた分隊員の顔に、大量のそれらが飛び散った。
唖然とする兵士達が襲撃者の存在をそれぞれの脳で認識したのは凡そ2秒後の事であった。
ユーリは左手を小銃の被筒の根本に添え、まず左端にいる敵の胸に照星を重ねた。
そのまま引鉄を引きながら射線を右へと動かしていく。
切替軸は単発に入っていたにも関わらず、発せられる発砲音はそれぞれが繋がったように速いものであった。
応射する暇も無く、背中や頭から血と肉を吹き出しながら次々と兵士達は床に倒れていく。
一人の通信手が死ぬ間際に指に力を込めた為、その短機関銃から吐き出された銃弾が廊下の壁に連続した弾痕を穿った。
壁面の錆が振動によって剥がされ、辺りに粉塵が舞い散る。
完全に士気を失った一人の若い擲弾兵が自分の銃を放り投げ、仲間の死体を踏み越えながら昇降機のゲートの中へと逃げ込んだ。
「・・・動け!死にたくないんだよぉ!」
喚きながら手摺の脇のレバーを激しく上下させる。
先ほど自分たちが行った射撃の影響であろう、操作系統の回路は完全に切断されており扉は一向に閉まる気配を見せなかった。
廊下の発砲音が止んだ。
薬莢の真鍮と床の石材が触れることで生じる静かな金属音に混じり、軍用長靴の硬い足音がゆっくりと近づいてくる。
下を見やると自分の濃緑色のカーゴパンツが、垂れ流してしまった尿によって情けない色合いになっているのが見えた。
擲弾兵はここで思考を完全に止めた。
そして僅かに残っていた闘争本能を頼りに弾帯から吊った拳銃を抜く。
やがて硝子の摩擦音の様な異質な雄叫びを上げながら、廊下へとその身を躍らせた。
一瞬の痛みが走った後、自分の背中の小さな背嚢が見えた気がした。
同時に女性の歌声の様な高く抒情的な耳鳴りが聴覚を支配する。
やがて視界は暗闇に包まれ、その意識は完全に霧散した。
ユーリは切り落とした兵士の首を廊下の端に蹴飛ばすと、左手に握った短い刀を軽く振り遠心力によって刀身の血を飛ばした。
その後外套の裾を広げ、太腿に固定した鞘にそれを収める。
弾倉を入れ換えた後に槓桿を改めて引き直し、ユーリは小銃を右手に携えたまま再び廊下の奥へと歩き始めた。
「・・・ユーリ?」
病衣のような地味なワンピースに身を包んだ若い女が呟いた。
その両手は拘束具によって固められており、上腕には注射痕のような小さな穴が幾つも見られた。
「エルゼ、馬鹿な事を言うんじゃない。どうして奴がここに来るんだ。」
傍らに居た主任技師が静かに言った。
彼の大きな黒目は慌ただしく回り続けており、額には大粒の汗が流れている。
「主任、今・・・」
狭い収容室の入り口近くにいた研究員がおどおどと口を開いた。
「喋ったな。・・・おい、私が分かるか?」
技師は女の肩に手を乗せ、その顔を覗き込んだ。
エルゼは何も答えず、ただその視線を床へと落とした。
技師のこめかみに血管が浮き出し、憤怒がその瞳を覆う。
「・・・貴様ァ!私から受けた恩を忘れたというのか!?」
そのまま右手の握り拳を振り被る。
突然、廊下から銃声と悲鳴が響き渡った。
入口の扉の覗き窓に、外にいた警備兵の血が大量に付着する。
それから20秒程も経たない内に、錠前が外から撃ち抜かれ扉が勢いよく開かれた。
慌てて外に飛び出した研究員が黒衣の男に蹴飛ばされるのが見えた。
ユーリは収容室に入るなり、目の前にいた主任技師の胸に向け射撃した。
2発の8.2mm弾が技師の肺と心臓を貫き、その体は床に崩れ落ちた。
その後ユーリは立ち尽くす女に向き直り、両手の拘束具を刀によって切断した。
「俺を憶えてるか?」
彼は低く無表情ではあったが相手への信頼と配慮が篭められた声で尋ねた。
エルゼはそれに対してしっかりと頷く。
ユーリはその様子を認めると、少し姿勢を低くし相手の目を見据えた。
「ここにいてもまた殺されるだけだ。・・・逃げるぞ。」
そしてエルゼの右手を握り、収容室の外へと連れ出そうとした。
乾いた甲高い発砲音と共に放たれた拳銃弾がエルゼの右肩を貫いた。
鮮血が吹き出し、細い体が床に倒れる。
口から血を流しながら倒れている主任技師の右手には、銃口から煙を上げる小さな拳銃が握られていた。
反射的にユーリはそこへ向け連発で射撃した。
技師の頭部が原型を留めない程に粉砕され、床と壁が大量の肉片によって汚される。
そのままユーリは屈み、エルゼの体を抱き起こした。
服は血で濡れていたものの、その肌に弾痕は見られなかった。
「・・・大丈夫なのか?」
困惑を含んだ声でユーリは尋ねた。
エルゼは自分の身に起こった事実を認識できなかったのか暫く呆然としていたが、やがてユーリに向き直り頷いた。
二人は収容室を出た後、屋上へと続く廊下を走り出した。
警備兵達の血に塗れた死体が至る所に転がっていたものの、エルゼは特に動揺することなくユーリの左手を握ったまましっかりと足を進めてくれた。
2日前に同僚に殴られた頬の内側に安酒の粗悪なアルコールが染みる。
組織治癒剤によって折れた歯は既に修復されていたものの、痛みによって印象付けられたあの一時が脳裏をよぎりブロンコは顔をしかめた。
「・・・中尉、何かあったので?」
テーブルの向かいで煙草を咥えていた操縦士が心配そうに尋ねた。
航空学校におけるブロンコの同期であり、現在は帝都防空軍に所属する准尉である。
出世欲の無い温厚な男で、その昔ブロンコと共に技術省へスカウトされた際はやんわりとそれを断っていた。
「いや・・・、大丈夫だ。」
ブロンコはグラスに残った酒を飲み干しながら言った。
「強がりは良く無ぇですよ。何か力になれるかもしれない。・・・話してみてくださいよ。」
准尉は煙草を航空靴の底で踏み消すと、ブロンコに向き直った。
「・・・お前の所は、その・・・何だ、人はまだ募集してるのか?」
ブロンコは目を伏せながらもごもごと言葉を紡いだ。
「年中募集してますよぉ!・・・何かされたとか、あの変態共に?」
「いや、俺は何も無いんだが・・・。どうにも肌に合わなくて・・・」
酒場の窓から男たちの怒鳴り声が飛び込んできた。
続いて辺りの拡声器から何らかの警告音声が一斉に放送される。
ノイズとハウリングによって内容はほとんど聞き取れなかったが、二人は急いで外に出た。
「あれは、あんた達の・・・。」
准尉が指さす先には、1km程先にある高い産業塔が見えた。
上層の繋留器には改修されたフレイア級が留められており、それが技術省管轄のものであることを意味していた。
搭の中腹の壁面は大きく抉れ、黒煙に混じって爆発によるものと見られる炎が上がっているのが確認できた。
一隻の揚陸艇と数機の戦闘機が彼らのすぐ頭上を轟音と共に通過していく。
そのまま産業塔の屋上にある発着場へ向かうようである。
「あっ、・・・中尉、近づいちゃ駄目ですよ!」
准尉の制止を無視し、ブロンコは駆け出した。
「あの馬鹿・・・。」
苦々しげに呟きながら、彼は階段を駆け下り続けた。
下界では現場へと群がり始める帝民達を鎮圧する為、憲兵隊の装甲車両が路地を封鎖しつつあるのが見える。
いつの間にか、空の上層を覆っていた煤煙が一時的に晴れここでは滅多に見たことのない鮮明な夜空が露になっていた。