マーレは唄う。
白銀の琴を奏でながら。
その歌声は嵐を鎮め。
その音色は船乗りを導く。
しかしマーレの怒りに触れた者は、二度大地を踏むことはない。
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太陽に照りつけられたザイル砂漠の砂を二機の鉄の鳥が巻き上げていく。
アーキル軍特有の淡い緑色の翼を広げて。
二機はそれこそ、初めて空へと飛び立った鳥がはしゃぐかのように舞う。
旋回、ロール、急上昇、急降下、その他様々な複雑な機動を行う。
しかし二機は、全く歩調を乱さず、綺麗に同じ軌道を描く。
そして二機はふと機動を止め、高度500m程を静かに水平飛行を始めた。
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リド少尉は膝の上のボードにペンを走らせた。
なかなか好成績のようだ。
記入が終わるとボードを座席下のネット中に半ば投げ入れるようにしまう。
「こちらマーレ・アルファよりベーターへ、試製マーレⅡの機動試験データの記録はこれで完了した。次の射撃性能試験へと移行する。エリア22まで巡行し地上班と合流する。」
『マー…・ベータa..了解。2時_向e旋回を開s.。』
ノイズが酷い。
無線のつまみを幾らか弄ってみるが改善しない。
無線は最新のものを積んでいるし、現に試験開始時の通信ではこれほどノイズは酷くなかった。
「アルファよりベーターへ。無線の調子がおかしい、そちらも調節されたし。」
『こちr..ベーt.…。koちらもnoいz..がヒド..ィ。先程かraやってい…がかiぜn.しnaィ。どち… かの故障…も…れな..ィ。』
ギリギリ聴き取れるか、いやもしかしたら本当は別の事を言っているのか。
いずれにせよこれ射撃試験の実行は無理か。
「アルファよりベーターへ。これ以上の試験続行は無理だ、一度帰投する。」
『………。」
「撤退するぞ!ベーター!」
「………。」
どうやら聞こえていない、あるいはこちらの受信機の問題か。
ハンドサインを送ろうとした時だった。
ベーター機が急旋回、いやブレイクした。
そしてブレイクの刹那、リドはベーター機のパイロットのリオカース少尉の「敵機襲来」のハンドサインを見た。
操縦桿を引き、機体は急旋回する。
金属板が貫かれる音が3回響いた。
被弾した、だが損傷を確認している場合ではない。
そのまま急降下し、砂丘の溝に入る。
どうやら発動機にもらったようだった。
完全に破損したわけではないが思うように加速しない。
無理に加速しようとすればそれこそ何が起こるかわからないで。
砂丘の溝を縫うように飛行しながら背後を確認する。
恐らく追って来ているのはグランビア系が3機、ベーター機にも同じ数ついたと見るべきだろう。
ベーター機が無傷なら160km/h程しか出ないグランビア3機など敵でもないだろう。
だが手負いとなると話は別だ。
ベーター機が敵を片付けて援護に来るまで凌げるかどうか。
砂丘の溝が直進になった、瞬間、寒気がして、操縦桿を捻ってロールする。
すると前方の砂丘が吹き飛んだ。
後方を振り返るとグランビアが白煙を上げて後ろへ吹っ飛んでいく。
いや、グランビアが反動で減速したのと、リドがマーレを300km/hまで加速させたためそう見えただけだろう。
だが直ぐに160km/hまで減速する。
グランビアと入れ代わるようにしてグランミトラが前に出て来た。
「まずい!」
すぐさま機首を上げて上昇、そして左に若干緩くロールする。
軽砲を20丁程同時に撃った様な、いや正しくその通りなのだが。
機体は散乱した弾丸をギリギリ(数発かすめながらも)回避し、少し崩れた様なバレルロールで、弧を描いて砂丘を超え、すぐ隣の溝に移った。
敵機も後を追ってきた。
すると二機目のグランビアが前に出て発砲する、が再び同じ機動で回避する。
だがいよいよこの手は通用しないだろう。
リドは時計を見て、それから辺りを見回す。
「賭けるしかないか。」
もうすぐ砂丘の出口だった。
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『二番機、何をやっている!手負いで単機の敵などさっさと落とさんか!』
無線から怒号が響く。
こちらとて落としたのは山々だが、ちょこまかと動き回られてなかなか照準が定まらない。
とても手負いの機体とは思えない動きだ。
榴弾砲が火を噴く、が敵機はそれをヒラリとかわした。
「クソッ!三番機、前に出ろ!」
その時だ、砂丘を抜けた瞬間、突如視界を塞ぐものが現れたのだ。
それは突拍子もなく、なんの前触れもなく現れたので、回避などできるはずもなかった。
そして「それ」を抜けた時、目の前に敵機の姿は無かった。
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砂丘を抜けた瞬間、リドは思いきりスロットルを押し込みながら、操縦桿を名一杯引いた。
ある程度垂直に上昇すると、今度はスロットルを戻し、フラップを出してからもう一度操縦桿を名一杯引き、縦長の楕円のループを描くような軌道をとった。
ループの最中、顔を上げ、地面の方を見下ろすと、まさにグランビアが「標的用の凧」の群れに突っ込んだところだった。
それは射撃試験に使うはずだった標的で、ダッカーで引いて浮かせる凧だった。
リドは試験開始時刻と場所を照らし合わせ、標的運用のダッカーが通るルートと時間を予想したのだ。
もちろんそれは予想に過ぎず、確証など無かった。
しかし、リドはそれに賭け、そしてその賭けに勝ったのだ。
そして機体はそのままのループし、敵機の真後ろについた。
あとは簡単だ、引鉄を引けば、6門の連発砲で目の前のグランビア、更にその前を行くグランビアも蜂の巣だ、生体機関の血潮を撒き散らしながら落ちていく。
いや、グランミトラがいない。
ゾッとした。
後ろを振り返ると、グランミトラの銃口が睨みつけていた。
一瞬覚悟した。
が、敵機は右翼からもげ、きりもみながらザイルの砂に突っ込んだ。
その後ろからベーター機が出てきて横につけた。
ハンドサインで『待たせたな、相棒。』という言葉に「お前よりダッカーの方が頼りになるよ。」と冗談で返してやった。
そしてダッカーの乗員達に翼を振って礼をすると、2機は帰路についた。
ダッカーの乗員達はその2機が砂丘の奥に帰るまで帽を振り続け、この初陣を祝福したのだった。
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今回の試験中に起こった戦闘でのマーレⅡの戦果、グランビア2機とグランミトラからなる二個小隊を全滅させたことはとても高く評価された。
またこの時起こった通信障害は、両機の受信機の回路が設計上のミスによりショートしていた為だった。
しかし、これらの問題の解決に時間はかからなかった。
いくつかの改善が行われたマーレⅡは、その戦闘から1ヶ月後に正式採用され、司令部直属部隊の専用機として配備され、帝国にとって大きな脅威となった。
fin