『朝焼けの狂戦士』 操舵手ヘボンの受難

 操舵手ヘボンの受難#27 『朝焼けの狂戦士』

 

 上空より響き渡る警報の音は死の宣告に似ていると、ヘボン達は身構えていた。
   身を長く伏せている内に、サイレンの音に混じって、ふと近くに居た准尉の呻き声が聞こえてくる。
   そちらに目を素早く走らせると、彼女は地面に突っ伏しながら腹部を押さえ込んでいた。
   どうやら昨晩に焼いて塞いだ傷口が相当痛んでいるらしい。
   そもそも、彼女は負傷者に違いなかったのだが、それでも先程までニールと戯れていたのが不思議なほどだった。
   彼女の肉体がそれほど頑健なのか、それとも彼女の精神力が為せるモノであったのか考えれば、多分両方であろう。
   しかし、負傷者であろうとそうでなかろうと、ドゥルガ級の艦砲を食らえば平等に千切れ飛んで死ぬに違いない。
   ヘボンはどうしようも無い状況に歯がみしたが、こんな状況においてもニールがゆっくりと這っていっては、彼女に大丈夫かと寄り添っている姿を見ていた。
   彼としては一体どういう心境の変化かわからないが、産業塔の際には化け物呼ばわりしていた相手を、こうも労るのは不思議な感覚をヘボンは覚えたが、少しばかりニールの人間性を見直すことが出来た気がした。

 「頑張れっ、オイルスモウ王者の道はどうしたっ!?」

 だが、彼の言葉に明らかに俗な色がありありと浮かんでいる節を見つけると、彼の評価はやはり地に落ちた。
   そして、そんな間の抜けた事をしている間に砲撃音が轟いた。
   一同は思わず身を強張らせたが、それから何秒経っても己の体もコアテラも吹き飛ばされることは無い。
   不思議と思っている内に続けて、砲撃音が轟いたが、これは上空ではなく地上からの発砲音らしく聞こえる。
   敵は空からではなかったのかと思っていると、その変事に周囲を見回していたヘボンは自分達がいる位置から、五・六百m離れた先にあった朝焼けを背景とする小高い丘に、突如として四本の柱が現れているのを見て取った。

 「あれは?」

 そう間の抜けた声を出しながら、その方向を指さすと、ヘボンと同じように事態の不思議さに当惑していたニールと准尉が丘の方へ目を凝らす。    丘に現れた四本の柱はどれも同じように、上部が『櫓』の様な形をしていて、まるで動く見張り台の様な姿をしていた。
   そして、此方が唖然として見ていると、丘の上でゆっくりと散らばるように動き、その瞬間に櫓から火を噴き出している様が見える。
   それが遅れて爆音となって伝わるのを一同が聞くと、あの動く柱の正体が自ずとわかった。 

  「おい、ありゃぁ『ヴァ型』だぜ」

 柱の名をニールが口にすると、ヘボンはそれに頷いて答える。
  『ヴァ型』とは帝国の歩行兵器であり、その特徴は長く鶏脚の様に捻れた逆間接脚にある。 
   本来は地上戦における偵察任務や、暴徒鎮圧及び警邏活動に使われるような代物である筈で、通常は発煙筒程度しか装備していない筈だ。
   だが、前方で動いている四機のヴァ型にはそれぞれに異なった武装が施されているのか、一番右端に丘を下っている一機は櫓から対空機銃を思わせる喧しい発砲音を響き渡らせ、丘の中央部に居座った一機のヴァ型は対空砲をドゥルガ級に向かって発砲しているらしく、上空で警報を鳴らしながら旋回を始めたドゥルガ級の付近で炸裂した。

 「なんで、こんなところにヴァ型がいるんだ?」

 「俺が知るかよ。 だが、塔で増援にきた巫山戯た艦よりは頼りになるらしい。 撃ち落とそうとしてやがる」

 「何処の連中だろう・・・」

 「だから知るわけねぇだろ。 俺はなぞなぞ博士じゃねぇんだ」

 当惑した顔で訳のわからぬ問答を続けるヘボンとニールであったが、その間にドゥルガ級の周囲を飛んでいたグランビア戦闘機が謎のヴァ型達を攻撃しようと、上空より襲いかかり始めた。
   的も大きく動きも遅いドゥルガ級を蹴散らすなら露知らず、榴弾砲を備え付け地上攻撃にも適しているグランビア戦闘機と相手にするにはあまりにも、あのヴァ型達は不利である。
   それでも、急速に接近してくる戦闘機に対し、対空機銃を見舞っては追い払おうとしている様が視認出来る。
   だが、グランビア戦闘機に駆る黒翼隊の操縦手達が、その程度の対空攻撃に怯むわけも無く、曲芸飛行とも似ている錐揉み技を繰り出しながら丘へ突っ込んでいく。
   その動きは先日にコアテラを追撃してきたグランビアの動きに似ていると、ヘボンは呆然と戦闘の行く末を見守りながらそう思った。
   どうやら、連中の練度というのは並大抵の物ではなく、稲妻部隊を真似るだけあって、それに近しい技量は兼ね備えていることがわかる。
   そして、榴弾砲の射程圏内に入った時点で、グランビア戦闘機の機首が火を噴いた。
   だが、この砲撃は対空射をしているヴァ型の足下に着弾したものの、二本脚は蹌踉めくことも無く少し後退っただけで、只管に発砲を繰り返している。
   初弾は逸れたが、グランビアはもう一機いる。
   一発目を放ったグランビアが丘の向こうまで飛んで旋回しようとする傍ら、後方から続いてきたもう一機がヴァ型へ素早く照準している。
   大方、一機目と連絡を取り合って弾着修正を行っているのだろうが、その素早い連携ぶりを見てヘボンは息を呑んだ。
   しかし、いつまでも呆然と見ているのを良しとしないニールが、ヘボンの肩をその時強く叩いた。

 「なに、ボサっとしてるんだ。 無線で通信を傍受しちまおう」

 「奴等の周波数がわかるのか?」

 「大体、ああいう連中が使ってる回線は見当が付く。 あのヴァ型達が何処の所属かは知らんが、真っ黒け共の敵なら俺達の味方だ」

 彼はそう言いながら、ヘボンを引き連れ、偽装したコアテラの銃座へと素早く上り始めた。 
   ニールに言われるとおりに、銃座から操縦席へ滑り落ちると慣れた手付きで受信機のみを起動させる。
   これほどドタバタしている合間なら、コアテラの生体音程度聞き逃してくれるだろう。
   機体は幾らか休んだ事により、少々機嫌を良くしたか素早く此方の始動手順に従って動き始めてくれた。
   生体器官の動きを動力として起動できる通信機の受信機から徐々に雑音が鳴り始め、ヘボンと同じように操縦席へ潜り込んだニールが装置を弄り始める。
   ふとその様子を見ていると、視界の上隅に銃座へ這い上がってきたエーバ准尉が見える。

   「准尉殿! 安静にしていてください!」

 そうヘボンは心配そうに彼女へ叫んだが、先程までオイルスモウの熱心な指導をしていようとしていた割には図々しかった。

 「心配するな・・・。 機体を降りているより、銃座に居る方が落ち着く」

 少し曇った呻き声にも似た調子で彼女は答えたが、傷口を抑える様は痛々しい。
   ヘボンがそれを見て何かを言おうとしたとき、ニールが此方へ叫んできた。

 「いいぞ、繋がった。 やっぱり、辺境貴族連中の回線を使ってやがる。 能無し共め、秘匿回線を使うほど頭はよかないぞ」

 彼はそういいながら受信機をヘボンの耳へ押しつけ、自分も幾らか通信を聞き取ろうと頭を近づけてきた。

 「流石に、物資を横流ししているだけはあるな。 ニール」

 「うるせぇ、これでも中尉だぞ? そのぐらいは出来て当たり前だ」

 愉快そうにヘボンの頭を小突いてくるニールに、ヘボンは少し愉快な笑みを浮かべながら受信機へと耳を澄ました。
   通信音声自体は雑音混じりではあったが、しっかりと会話を聞き取れるほどにニールの通信技術は卓越しているらしかった。

 「・・・黒鳥2から、鳥の巣へ。 支援砲撃を要請する。 目標、前方未確認勢力!」

 「鳥の巣から、黒鳥2へ。 了解した、旋回しろ。 巻き添えを食うぞ」

 通信から流れている声は、出来る限り冷静な調子を保とうしている様子が聞き取れたが、幾らか声が震えている様に感じられる事から、連中としてもこれは不測の事態であるらしい。 

   「黒鳥1から、各機! 丘の後方より、新たに未確認勢力を確認・・・騎兵部隊に思われる・・・40から50・・・此方に発砲してきている!」

 「鳥の巣から、各機。 砲撃を中止する。 反転して後退せよ、繰り返す、反転して後退せよ」

 「黒鳥1から、鳥の巣へ。 了解した、後退する・・・待て、3時の方向より敵機確認! あれは・・・畜生! 月だ! あの野郎、まだ生きてやがった!」

 通信内容はなんとか平静さを保っているようだったが、黒鳥1からの通信内容から俄にざわめき始めた。
   一体何が起こっているのかヘボンとニールは操縦席の中で顔を見合わせると、その答えは銃座より丘の方を見ていた准尉が教えてくれた。

 「2時方向に機影! グランヴィナス! あれは・・・あれは、ヘルマン中尉の・・・機体だ」

 そう叫んだ彼女の声が消え入るように小さくなると、嗚咽を漏らし始めた。
   その途切れた後半の言葉で、それが何者であるかとヘボンはすぐに思い当たった。
   あの産業塔において、あのトゥラーヤ級との死闘において、あのフレイヤ級への強襲攻撃において、卓越した操縦技術を見せたあの男が乗っていると直感した。

 「鳥の巣から、黒鳥1へ。 よく確認しろ、本当に月か? 奴は産業塔で行方不明に・・・追ってきたというのか?」

 おそらく鳥の巣とはドゥルガ級の通信名であると思われるが、その声はどことなく恐怖しているような節が感じられ、しかも、それを形にするかのように、ヘボンとニールの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。

 「・・・そうさ! 畜生共! 俺様を仕留めるにゃ、グランビアを一〇機は用意してきな! ついでに、戦艦も付けろ! スコアを更新してやるぜ!」

 威勢のいいまでに不敵な笑いを添えて、その声は通信相手を殴りつけるかのように鳴り響いた。

 「・・・ミュラー曹長だ・・・。 生きてたんだ」

 「誰だよ? そのミュラーってよ?」

 ヘボンは思わず声を震わしながら、ニールの顔を見やりながら呟いたが、如何せんニールには誰であるのかよくわかっていないようだった。

 「豚だよ」

 「あぁ、産業塔の時の豚か」

 ヘボンの言葉にやっとニールは納得したように頷いたが、果たして彼を表現するのにこの単語でよろしいのかどうかは少し疑問が残る。
   だが、そんな事など関係無しに、傍受している通信はどんどん荒っぽいものとなっていた。 

  「何故ヘルマンを殺した?! 奴はお前等の教官じゃぁなかったのか!」

 曹長の口調は何処までも荒々しく、また熱っぽかった。

 「この恩知らずの畜生共! てめぇらを皆殺しにして、奴の墓に豪勢に埋めてやろうか?!」

 半ば狂気を持ったその曹長の怒鳴り声に、受信機はビリビリと震え、暫くの間交信が途絶えたかのように相手は黙り込んでしまった。
   しかし、やがて落ち着いた声が雑音混じりに聞こえ始める。

 「・・・落ち着いてくれ、ボリス・ミュラー曹長。 私はドゥルガ級艦長のグリッガ中尉だ。 君の怒りはよくわかる。 …私も彼との付き合いは長かった」

 そのグリッガと名乗った男の声はごくごく低く、下手をすれば聞き取れないほどに小さいものであったが、芯の通る様な調子があり、それは怒り狂う曹長を宥めようとする色がある。
   だが、グリッガの声を曹長はせせら笑うように一蹴した。

 「・・・グリッガだ? 西方の没落貴族の次男坊がほざくんじゃねぇ、俺様が無知だと思ったら大間違いだ。 見え見えの嘘を吐きやがって・・・俺がヘルマンから何も聞いていないと思っているのか? てめぇはあのトンチキ娘の一派だろうが、あの娘と組んでヘルマンの下に人間が行かないように仕組んだんだろうが! ヌケヌケと、どの口がほざきやがるんだ!」

 曹長の嘲る声が響くと、また相手は少し黙り込んだ。
   あわよくば曹長を懐柔しようとでも思っていたのかもしれない。
   確かにアルバレステア級では、懐柔されてしまおうかとも彼は言っていたが、それは本心ではなかったし、産業塔の暴れぶりをみて未だに黒翼隊に与しようと言う思いはこれっぽっちも考えられるはずが無い。

 「わかった、私怨についての話は後にしよう。 今は君と取引がしたい。 君とこのまま戦ってもお互いに損害を出すだけだ。 確かに君の卓越した戦闘技術については知っているが、これ以上抵抗をするならば、我ら黒翼隊だけではなく、憲兵及び正規軍も・・・いや、帝国全体を敵に回すことはわかっているだろう? 既に君に中佐の後ろ盾は無い事はわかっているし、耳目省の一派は我々が潰した。 その地上の連中も所詮、烏合の衆だということはわかっている。 今ここで君が手を引いてくれるのなら、我々は君の安全だけは保証してやる」

  グリッガはそう通信すると、暫くの間ミュラーの返答を待つように黙り込んだ。
   それに対して、彼はさほど間を置かずに口を開いた。

 「それだけじゃ、満足できねぇ。 条件を追加しろ」

 「・・・なんだ?」

 「お前の艦に居る女を全て捕虜として渡せ。 てめぇの言う、烏合の衆共にツケが溜まってるんだ」

 「貴様っ! それが、軍人の言う言葉か!」

 ミュラーの回答を聞くと、グリッガは今までの調子を一変させて怒った声で通信機を震わす。だが、その程度で怯む彼でもない、そのままいけしゃあしゃあと続ける。

 「畜生共に言われたかねぇな。 それが呑めねぇなら絶対に俺は手を引かねぇ、落っこちた艦から生きてる女を引っ張り出すのは面倒だからな」

 ミュラーは笑いながらさも愉快そうにそう言い放った。
   そんなやりとりをコアテラの操縦席で傍受していたヘボンは、顔を顰めつつも以前に曹長が中佐の遠い姻戚であると言っていたが、下手をすれば彼女の親類と言っても過言では無いほどの狂気を持っている様に思えた。
   ヘボンの隣で話を傍受しているニールは、ヘボンとは対照的に愉快そうな顔をしていて、彼もどちらかと言えば曹長と同じ類いであるとも言える。

 「どうだ? 条件を呑むか? 呑まねぇよな? どうせ、てめぇらは殺すんだ。 冥土の土産に教えといてやる。 産業塔で俺のケツに食い付こうとしたケリーとダッグズ・・・、あぁ驚くこたぁない、ちゃんと認識票と軍隊手帳を確認したからな。 最後までお袋の名前を言っていたぜ」

 「・・・」

 「今頃、六王湖の水面に仲良くプカプカ浮いてるさ!」

 曹長はケタケタと笑いながら、楽しそうに通信機に話しかけていた。
   その話を聞いていると咄嗟にヘボンは、先日の尋問室においてヘルマン中尉がヘボンに語った話を想起した。
   執念深いミュラーは敵機を追い込むと例え相手が地に逃げても、何処までも追い詰めて殺しに掛かるらしい。
   あの産業塔の騒ぎから合流が遅れた理由が推測できるような気がしたが、それ以上の想像は精神上よろしくないとヘボンは察し、会話だけをただ漠然と脳に入れた。
   だが、ヘボンの様に冷静にグリッガ中尉は受け取れなかったらしい。
   すぐに通信機越しに彼の怒ったり狼狽するような声が聞こえてきた。

 「この悪魔め・・・、ラガ! シュメガ! 奴を撃墜しろ!」

 そう叫び声が遠く聞こえてから、中尉の声は途切れた。
   どうやらこれ以上、曹長と話す気はないらしい。
   だが、曹長は捨て台詞とばかりに

 「・・・ヘルマンの真似事で俺が墜とせると思ってるなら、軍学校からやり直した方がいいぜ」

 そう苦々しく言ってから、通信を終えた。

 

 コアテラの銃座よりエーバ准尉が空の様子を見ていたが、通信傍受をし終えたヘボンとニールも銃座に上ってくると、銃座内は途端に窮屈になってしまった。
   しかし、そんなことなど一同は全く気にせず、ただ視線を空へと向ける。
   上空で旋回を始めたドゥルガ級へ、グランヴィナスが食い付こうと二時方向から突っ込んでくる。
   だが、グランヴィナスの後方より黒翼隊のグランビアが二機迫ってきた。
   二機はある程度の高度を取り、既に地上のヴァ型など相手にする気は無いらしく、今は全力で曹長のグランヴィナスを叩き落とすことに専念するつもりであるらしい。

 「おい、本気でグランピアでやりあうつもりなのか? 彼奴」

 ニールが呆れたような声を出しながら、呆然と空を見上げる。

 「曹長ならきっと・・・現に産業塔でも二機相手にしたんだ」

 不安げなニールに、ヘボンは何処か確信した言葉を添えた。
   これまで何度となく修羅場をくぐり抜けた曹長である。
   この程度のことなど無問題であろうと、ヘボンなりに彼に大きな信頼を歪な形ではあるものの置いていた。
   しかし、その言葉を打ち消すようにエーバ准尉が

 「いや、二機じゃない・・・まだ、いる。 ドゥルガの格納庫が開くぞ・・・」

 そう言いながら彼女は空を指さした。
   慌てて二人が指された方向を見ると、後方へ退き始めたドゥルガ級の下部格納庫が確かに開き始めている。

 「強襲揚陸艇に戦闘機を積んでやがるのか?! 彼奴ら!」

 驚愕したニールの声に答えるように、すぐさま開ききった格納庫よりグランビアが一機振り落とされるように飛び出しては、落下しつつ翼を伸び伸びと開いて低空にて飛行体勢を素早く維持している姿が確認できる。
   その一機だけでも質が悪すぎると思えたが、駄目押しとばかりにもう一機同じような具合に、格納庫から飛び出してきた。
   漆黒に染め抜いたグランビアが四機、連携のしっかりと取れた具合にドゥルガ級へ食らい付こうとするグランヴィナスへ突っ込んでいく。

 「あれのパイロットは知っている・・・。 ラガ伍長とシュメガ兵長だ、あの落下発進を行えるのは彼奴らぐらいだ・・・」

 苦々しくエーバ准尉は呻き、均衡の取れたしっかりとした飛行体勢をとり上昇していく二機のグランビアを睨んでいた。

 「巫山戯た曲芸飛行ばっかりやりやがって・・・、連中サーカスでもした方が喰えるんじゃぁないのか?」

 呆れたようにニールが笑えないような冗談紛いな事を言いつつ、空を向きながらも目だけをヘボンへ流してくる。

 「ヘボン。 ありゃぁもう駄目だ、袋だたきに殺されちまう。 この騒ぎの内に、コアテラを飛ばして逃げようぜ」

 「無茶を言うなよ。 下手に離陸したら目立って巻き添えを食らうよ」

 「じゃぁどうするっていうんだ? 丘の方に居る連中がまだ味方かどうかすら、よくわからねぇ…ありゃぁラーヂだぞ?」

 半ば諦めたようにヘボンは空を見ていたが、ニールの言葉に視線が地上へと戻ってきた。

 「あれが、馬賊だって? だって、ヴァ型は馬じゃないぞ」

 「馬賊が馬に乗らないと罰せられるって言うのか? 馬鹿が。 前に言ったとおり、連中は兵站部隊を襲ったりもしているんだ・・・ヴァ型ぐらいは鹵獲して使ってる」

 ニールの言葉を聞くとヘボンの顔は青ざめた。
   上には黒翼隊、下にはよくわからない馬賊ときてしまっては逃げ場がもう何処にもないではないか。

 「八方塞がりじゃないか」

 「いや、上も逃げられねぇなら百方塞がりって奴だ。 くそったれ」

 ニールは苦々しい顔で視線を空に向け、ヘボンもエーバも大人しくそれに倣うしかなかった。

 

 一機のグランヴィナス戦闘機に対して、4機のグランビア戦闘機が全力で襲いかかるという構図はあまりにも容赦ないものに思われた。
   しかし、黒翼隊にとってはあのミュラー曹長が操縦するグランヴィナスがそこまでするほどの脅威であることが感じられる。
   朝焼けを反射し色を宿した雲の合間を縫うようにして、グランヴィナスは上昇を続けていた。
   その下方より4機の黒翼隊のグランビアが迫ってくる。
   4機は各々に綿密な連携をとり、中央にまず一気が陣取り、三方向に3機が陣形を組む。
   これは上昇して逃げるグランヴィナスへ網を掛けるようにして、3機が襲いかかるという事が推測できる。
   数も性能も優っていても全く手を抜かないのが連中のやり方なのであろう。
   そう思っている間に3機はすぐにグランヴィナスよりも素早く上昇しようとしていた。
   もとよりグランヴィナスを改良したグランビアが遅れを取るわけもない。

 このままではニールの言うとおり、袋叩きにグランヴィナスが撃墜されるのは目に見えていた。

 それでも、一同がこの状況下で縋る事が出来るのは、その哀れな醜いアヒルの子しかいなかった。

最終更新:2017年05月28日 18:01