『蛸壺野営地』 操舵手ヘボンの受難

 前回までの粗筋

 産業塔を命からがら逃げ延びたヘボンを待っていたのは、リューリア地方のステップ地帯と夢中にて彼に語り掛けるクルカマンであった。
  怪人物たるクルカマン曰く、ヘボンの顔面に施された謎とはパルエに眠る歴史の欠片であり、またそれが異常たる面妖さを発現させているとの事だった。
  そして、傷を負い生死の境を彷徨うつもりであるのか怪しいエーバ准尉に、彼女をオイル相撲選手に仕立て上げ一攫千金を目論むニールの企みに若干乗りかけていたヘボンであったが、訳のわからない幻想を叩き壊すかのように黒翼隊の追っ手が迫りつつあった。
  そろそろ語感の効力も失い欠けている定期的に発生する絶対絶命の危機を救ったのは、六王湖より一同を追跡してきたヘルマン中尉の遺物たるグランヴィナスに駆るミュラー曹長と、ラーヂと呼ばれる馬賊を率いて駆けつけたベルン軍曹であった。
  曹長の妙技によって黒翼隊を撃退した後、ベルン軍曹は一同を連れつつ、自身がラーヂからの出であるとヘボンに語り始めた…。

 

 操舵手ヘボンの受難#29 『蛸壺野営地』

 

  ベルン軍曹の告白に対して、ヘボンは冷静に聞き入る気持ちを整えた。
  今まで様々な衝撃的たる告白は幾つも聞いてきたせいもあってか、意外なほどに先程のオイル相撲騒ぎほどの衝撃は彼の胸中に起きなかった。
  銃座の隅には失神したエーバ准尉を介抱すると言うよりは、なんとも言えない表情で見ているニールが蹲っていた。

 「…別に隠し立てするような事でもないのですが、この期に及んでは無用の混乱を避けるために全てを打ち明けようと思った訳であります」

 ベルンはそう前置きをし、コアテラの銃座から機体を牽引している前方のヴァ型達を見ながら口を開いた。
   時間は既に昼頃に近付いているのか、太陽は高く昇っている。

 「前に黒翼隊の船室で、あの中尉殿に俺が前まで『特殊陸戦群』に所属していたという話を覚えているでありますか?」

 「…辛うじて」

 ヘボンは少し顔を渋くしながら返答した通り、そんな記憶などほとんど残ってはいなかった。
   ベルン軍曹が何処の出自であろうとなかろうと、その卓越した射術ばかりに目を見張っていたのでそれについての背景など、さほど考えたことなど無かった。

 「ま、別にそんな細かい話ではありませんでしたから、覚えていなくとも構いやしません。平たく言えば特殊陸戦群自体は帝国陸軍所属の特殊部隊でありますが、あそこは家柄や身分関係なく実力至上主義の集まりでありまして…、俺はその前はこのラーヂ…ラッシジアの一員として、馬賊と言われるのは幾らか心外ではありますが…まぁ、そういう事であります」

 「どういうことか、よくわからないであります」

 率直なヘボンの感想にベルン軍曹は傷だらけの荒々しい顔を、まるで困り果てる子供のようにアンバランスに狼狽させながら、少々銃座の縁へ掛ける指先を弄くっている。

 「俺はそんな中佐や曹長程、口が達者じゃないですからね。 …なんと言えばいいのか…、その特殊陸戦群の方にスカウトされたというか…以前までは銃で機体を狩ってた訳であります。 当時はラッシジアの中で随一の腕前と評されてましたが…運の尽きはあの豚野郎を撃ち落とそうとした事でありますな」

 そう言い終えたベルンの顔つきは、苦虫を噛みつぶした様な程渋かった。
 それを見ると、自ずと彼の脳裏にその時の場面が幾らか回想されているのだとヘボンは感じた。

 「狙いは正確だったし、俺の撃った弾は操縦席をぶち抜く筈でありました。 ただ、一番の失敗は、それだけじゃ豚は死ななかった…。 あの豚野郎、悪運が強すぎるのか、不時着してきたと思ったら、此方の隙をついて自分から機体から飛び降りて俺を何処までも追いかけてきた。 …あれは恐ろしかった。 此方は数も武器もあったのに、そんな事物ともしないで拳銃片手に殴り掛かってきやがった…。 本当に生きた心地がしなかった」

 ベルンの面持ちは苦々しい物から、僅かに恐怖を帯び始め、銃座の縁に腕を掛けて少々項垂れるような仕草を見せる。
 その様は自信家がこっぴどく打ちのめされたそれであり、いつ思い出しても当時と同様の衝撃に襲われることを示していた。

 「危うく絞め殺されると思った時に、奴の方へ増援が飛んできた。 変な話、敵である帝国軍に助けられた訳でありますよ。 俺以外の仲間は皆逃げ出していて、残ったのは俺と豚と豚のお仲間共だった…。 その後、豚に連行されて…、細かい話は省きますが、銃の腕を見込まれて特殊陸戦群の方へ入隊させられた訳であります」

 「…陸軍の特殊部隊に賊…いや、幾ら実力主義とはいえ外部の人間が入隊できたのですか?」

 「そこは豚野郎の裏工作であります。 まず、認識票を偽造したというか…俺は豚がとある揉め事で殺した貴族のボンボンとすり替われさせられたんです」

 ヘボンはベルンの不思議な話を武勇伝といえばいいのか、少々熱の入った調子に聞き込んでいた。

 「そのボンボンの親御は厄介払いがしたかったらしいんで、構わなかったんですが…。 何しろリューリアの片田舎から出てきた男が、辺境とはいえ貴族の息子を装うには相当な苦労がありましたよ」

 彼はその部分をしゃべり出すと、少し元気が出てきたのか、僅かに陽気な調子を声に添えていた。大方、彼なりには楽しい記憶なのであろうとヘボンは思った。

 「こう見えても宮廷作法は一通り…まぁ、そうは言っても結局田舎者で。 陸戦群には数年いたが、俺も豚と同じように揉め事を起こしてム所入りって訳であります」

 そうベルンは身の上話をある程度締めくくると、喋り疲れたのか胸ポケットから煙草を取り出してそれを口に咥えた。
 その際にヘボンの視線が彼の頭部へ流れると、彼の頭から今までは見慣れぬ物が垂れているのを見た。
 それは何かの装飾物であるらしく、青白い光を放つ小石を3・4個程連ねて軍帽に下げているらしかった。
 一瞬、宝石か何かかとも思ったが、それほど高価な物にも見えず、ラーヂ達特有の装飾物であることが、コアテラ前方にいるヴァ型に乗っているラーヂの頭部にも同様の光が太陽光に反射しているのを見てわかった。
 ゆっくりと煙草に火を点けているベルン軍曹へ視線を戻すと、ヘボンの脳裏に確か彼の罪状は強盗殺人であると以前にミュラー曹長が言っていたのをふと思い出した。
 彼ほど頼りになる男が何故そのような事をしてしまったのか、今となると少々理解に苦しむ節もあったが、やはり凶悪たる馬賊の出であるからなのかと、ヘボンは僅かに重たい色を胸中に渦巻かせながら彼を見ていた。
 だが、彼が重罪人であるとしても、己はそれをとやかく言えるほどに綺麗な前歴である訳でもなく、所詮人殺しには違いがなかった。
 暫くの間彼と同じく銃座から周囲を見回していると、ふとあることに気付いた。
 先程は何十もの馬賊達に囲まれていたのだが、その連中が見回す度に数が減っている。
 あの平たく地面を這う連中の言う『馬』ごと彼等は数人ずつ纏めて居なくなっており、今はその数を大幅に減らしていた。
 何が起きているのかとヘボンが当惑した表情で、ベルンを見やると彼は此方の疑問を感じ取ったらしく軽く口を開く。

 「別に心配する事じゃありません。 野営地に着いたんで各自勝手に帰ってるだけです」

 そうベルンは事も無げに言った物の、彼の言う『野営地』らしき物などヘボンの目には映っていなかった。
 辺りは草原であり、テントはおろか建築物など何処にも見当たらないのだ。
 それでも実際の処、馬賊達はその数を徐々に減らしており、気付けばコアテラを牽引している者の他には周囲を付いてくる二騎しか見えない。
 これはどういうことなのだろうと、コアテラの脇へくっついている一騎を銃座より観察していると、草の上をゆっくりと進んでいた騎兵が、半ば草原に飲み込まれるような形で一瞬にして姿を眩ました。

 「軍曹! 隣の奴が消えましたが?」

 それを見て少々気が動転した調子にヘボンは慌ててベルンへ声を掛けるが、彼はいたって冷静にヘボンの隣に立って、その消えた草原を指さした。

 「消えたんじゃない、潜ったんですよ」

 彼はそう言いながら注意深く草原を指さしながら、ヘボンに注意深く観察するように促してきた。
 彼に言われるがまま目を鋭く地面を見やると、当初の内は判らなかったが、地面に生える草の色と丈が騎兵が潜ったと言われる箇所とで若干違っている。
 どうやら騎兵が近付くと草の下に潜んでいる者が、そっと上戸を開けて中へ導いているらしく、その決定的瞬間がちょうどヘボンの視界の端で起きた。
 もう一騎が速度をゆっくりと緩めると、草場がゆっくりと上に上がっていき、ちょうど一騎がぎりぎり入れる程度に開くと、その馬賊は一旦馬から降りると、滑り込むように草の中へ消えていったのだ。

 「…これがラーヂの野営地でありますか?」

 そう感心するような息をヘボンが漏らすと、ベルンが口に咥えていた煙草を一旦指先でつまむ。

 「ま、別に前からあった物を勝手に俺等が使ってるだけですよ。 軍曹は帝国が周辺国を吸収した時代の話はご存じで?」

 ベルンはまるでヘボンに対して博識な教師の様な仕草で銃座の縁にもたれた。

 「いえ、そこまで深くは…」

 「そうでありますか、いえ、知らないのも無理はないです。 この穴倉は周辺国が必死に掘りまくった塹壕などの残骸ですよ。 このリューリアや、既に滅亡した国の土地には幾らかこんな物が幾らか残ってるもんです。 とはいっても実戦には役に立たなかったでしょうよ。 何せ蛸壺や塹壕の真上から爆弾や銃弾を浴びせてくるんだ…。 ここにはまだ死臭が何十年経っても残ってやがる」

 ベルンはそう吐き捨てるように言いのけながら、前方を指さした。
 指先の方へ目をやれば、前方の草が大きく隆起したように見えたが、これは目の錯覚で目を凝らしてみてみると、よくよく草に見えるように偽装してあるネットを下から持ち上げては捲っている者が数人見えた。
 前方にぽっかりと空いた穴は、先程の傍らから消えていった騎兵が入る穴よりも遙かに大きく、牽引する騎とコアテラがすっぽり入るまでに深く出来ているようだった。

 「さぁ、軍曹。 俺の実家に案内しますよ。 少々、墓穴くさいですがね」

 そう彼は口元を愉快そうに緩めながら、前方に視線を向けていた。

 

 ラーヂ達の穴蔵の中は地面の中というのにある程度の冷気を保っていた。
 何処からか通風口でもあるのか風も通っており、幾らかのジメジメとした湿気も感じられたが不快に思われるほどではなかった。
 コアテラが入った穴は入り口が緩い傾斜になっており、その奥へゆっくりと運ばれると、内部の光は頭上から注ぐ日光ではなく、吊された何かのランプからの淡いモノに変わっていった。
 そのままある程度運ばれると、コアテラはそのままに鎮座され、牽引していた騎兵達は機体へ繋がっていたロープを手早く外すと、そそくさと暗い穴蔵の中へ消えていった。
 どうやら、今入ってきた広間から各所に通じる通路が幾重にも張り巡らされているらしく、天井に吊されているランプの光が僅かに揺れ、ヘボン達の居る場所が円上の地下広間であることがわかる。
 そして、牽引していた騎兵達が立ち去った次に、その周囲を取り囲むような通路口の一つより現れた連中は、馬賊と同じような包帯と鎧を身に纏った姿をしていたが、武装はしておらず、コアテラの銃座に這い上ってベルン軍曹に何やら二言三言、聞き取りにくい…恐らく帝国語ではない言葉で話しかけ、視線を銃座に居るエーバ准尉へ向けた。

 「その准尉をすぐに治療しなくてはいけない、動かしてくれ」

 ベルンがそう言うと銃座にその連中が三人ほど入り込んで、気を失っている准尉を持ち上げようとした。
 しかし、並大抵の重量ではない彼女を持ち上げるのは屈強な馬賊達でも至難の業であり、当初の内はヘボンとニール共に当惑していたのだが、結局彼等と協力するような形で6人がかりで彼女を銃座から丁寧に降ろし、通路より連中が運んできた担架に乗せた。
   そして、担架に運ばれる准尉をニールとヘボンは思わず追随しようとしたが、その動きをベルンが制した。

 「准尉はあの連中に任せておいた方が良い。 下手に俺達が入って雑菌でも持ち込んじゃよろしくない」

 「こんな穴蔵の中で雑菌塗れじゃない場所なんてあるのかよ」

 二人を制したベルンへ、ニールが怪訝な様子を示したが、ベルンは薄暗闇で表情が判然としなかったものの、その口調は穏やかだった。

 「ここはただの穴蔵じゃない。 ラッシジアの集落でもある。 何年も掛かって整備して、機材や設備も整えてある…まぁ、どれも戦利品ですがね。 軍曹と…中尉には、話をしていただきたい者が奥にいます。 ついてきてください」

 穏やかにそうベルンは言いのけると、二人を付いてくるように促してきた。
   それを聞くと二人は顔を見合わせ、すぐにヘボンがベルンへ顔を向けた。

 「ベルン軍曹、その…話をしたい人物とは?」

 「会えばわかりますよ」

 ヘボンの問いに対して、ベルンは静かに頷きながらゆっくりと歩き出した。
   二人はそれを断れる立場でもなかったので、その高い後ろ姿へ追従した。
   ラーヂ達の集落と言われたその深い坑道の様な場所は、進んでいく度に奇妙で今までに見たことの無いような世界と出くわした。
   通路は大人二人ほどが通れる程度の狭い物であり、両脇の壁には一定間隔に頭の高さ程に窪みがあり、そこにランプが置かれていたり、時には朧気に奇妙な光を放つ植物などが植えられている。
   どことなく幻想的な空間に二人は、周囲をキョロキョロと見回しながら年甲斐も無い好奇心におぼつかない足取りでベルンの後に続く。
   一本の通路は幾重にも分岐しており、3人が歩いていた脇道へふと目を逸らせば、ニールが素っ頓狂な声を上げて、ヘボンの肩を引っ張った。

 「おい、あれを見ろ。 ヘボン」

 彼はぐいっとヘボンの肩を引きながら、傍らの通路の先を指差している。
   言われるがままに通路の向こうへ目を走らせると、朧気な光の向こうに先程コアテラが入ってきたような広間が広がっており、そこには見慣れぬ機体が二つほど鎮座しているのが見えた。

 「…『ダンヒ』だ。 自走砲の…連中あんな物まで持ってやがるのか」

 二人はふと足を止めて、通路の先の広間に置かれている二台の自走砲に目をやった。

 生体器官によってある程度の高度まで上昇が可能な自走砲であるが、これは明らかに帝国陸軍の持ち物であるし、正確に作動させるためには生体器官を維持させるための設備や技師達も必要な筈である。
   だが、その点に関してはヴァ型も数台有している様を見た時点で見当の付く事でもあった。 

 「ラッシジアはそれなりの力と繋がりを持ってる馬賊って事ですよ。 強奪した機体や物資、それに捕虜から学んだ技術で、なんとかあの程度の物はあります」

 足を止めた二人に気付いたベルンが早足に引き返して、二人が見ている物がわかると少々得意げに解説してみせた。
   確かに彼の言うとおり、ダンヒが鎮座している空間を眺めてみると、暗くて一見わからなかったが、整備するための設備と思わしき、長方形のポンプが数台並び、機体の動力源たる生体液の調整を行っているらしい。

 「ラッシジアには敵が多いですから、あれでも足りないぐらいです。 まぁ、しかし、辺境貴族達に機体を売っていますが、元を辿れば別の貴族の物だし、もっと規模を大きくやってるトーロック団の一部にもよく思われてない。 その気になれば征伐隊でも送り込んでくるだろうが、大戦が長引いている御陰で機体の出自についてはこの何十年も黙って貰ってるんです。 それだけ長い間取引してれば、全員共犯って奴で、誰も正義の使者には慣れないって寸法ですよ」

 ベルンはそう皮肉げに語ると、あまり余所見はしないでくださいと二人に念押しをして、再度付いてくるように促してくる。
   不思議な通路をそのまま歩いて行くと、今度は不思議な連中が何処からか湧いてきた。
   通路を歩いている際に両脇にある小さな通風口と思わしき穴から、子供らしき影が幾つか這い出てきたのである。

 そして、それは子供らしきと言うまでも無く、紛れもなく子供であり、ラーヂの民族衣装であるのか何かはよくわからなかったが、袖口が広くゆったりとして青い色に染めた衣服を纏い、ヘボンの周りをグルグルと回り始めた。

 「ボンボン!」

 一人がそう叫ぶと、他の子供達もそれを真似て叫びながらヘボンの周囲を回り始める。
   同じような格好をして激しく動き回っているせいで何人いるのか数え難いが、大凡五・六人だ。

 「…この子等はなんでありますか?」

 ヘボンは思わず足を止めて、子供らの回転を目で追っている内に、俄に己も体を回しながらベルンへ問いかける。
   ヘボンのグルグルと回る視界に時たまに映るベルンは和やかな顔で、此方を振り向いた。 「あぁ、そいつ等は…なんて言えばいいのか、一種の祈祷師ですよ」

 「祈祷師?」

 急に妙な単語が彼の口から出たので、ヘボンは彼の顔を見ようとしたが、子供らが回れ回れとはやし立てながら周囲を回り続けるので、ヘボンはずっと子供と同じように体を回していた。
   そんな光景を傍らに立っていたニールは困ったように見ながら、仕方ないのでそのままついてくるように促してくるベルンに従い、ヘボンは奇妙な連中を連れて通路を進んでいった。
   先程にベルンはヘボンに話をしたい人物がいると言って、通路を先導した。
   その話をしたいという人物について、ヘボンは全く見当が付いていなかったが、わざわざ通路の奥の奥まで連れて行かれるのだから、きっと一人かごく少人数であると思っていた。
   だが、そんな予想を裏切るかのように、ベルンに導かれた広間には大勢の人物がごった返していた。
   導かれた広間は先程にコアテラを入れた間よりも広い、円状の広間であり、壁際には通路を除いて丸い敷物が等間隔に敷かれていた。
   その敷物の上にはそれぞれ、ラーヂの何かの役職に就いている者なのであろうか、コアテラを牽引した騎兵達とは違う役職を示すためであろう装飾の施された、例の包帯と皮鎧に身を包んだ者達が座っていた。
   彼等は通路より入ってきたヘボン等を見て、少々唸り小声で話し合うような仕草を見せはしたが、ヴァ型の銃座より落ちかけるほど素っ頓狂な反応を見せる者まではいなかった。
   そんな者の後ろにはそれぞれ二人ほど、直立不動の姿勢で敷物の者へ寄り添っている護衛と思わしきラーヂが確認でき、ざっと見回して計四〇人近い人数である。

 そして、そんな連中の視線に更に当てられるようにヘボンとニールは広間の中心へと導かれ、更に依然として二人の周囲を衛星軌道の様にグルグルと『一種の祈祷師』と言われた子供達が回っている。

 取り囲む空気は厳かではあるものの、はしゃぎ続けている子供達は何処までも陽気で、まるでこの場が親戚の会合であるかのような雰囲気すら感じさせる。
   ベルンは二人を中央へ導くと、二人が立っている前方の壁へ早足に進んでいき、最も敷物が大きい者へ何かを耳打ちした。
   その耳打ちをされた人物は、一見してヘボンよりも幾らか若い様に見える男であった。

 その顔つきは丸く端正で、黒く長い髪を頭の後ろで束ね、目は狐のように細く、口元には僅かな微笑を浮かべ敷物の上で胡座を組んでいる。
   胡座を組んだ太股の上には鞘に収められた曲刀を乗せ、この若者だけは他の連中とは違い包帯も皮鎧も、子供達が羽織っている民族衣装とも異なる、紺色のローブを纏っている。

 一体、何者であるかはわからないものの、雰囲気からして、ヘボンにはこの集まりの中で彼が最も位の高い者であるのかと思わせた。

 「…ようこそ、空鬼」

 そう厳かな調子で発せられた言葉は、ヘボン前方の若者からではなく。

   その若者の背後で壁に背を持たれていた者であった。
   声が響いた途端に、広間の息遣いや小さな囁き声はピタリと鳴り止み、ヘボンの周囲を回っていた子供達も静かに動きを止めた。

 だが、その声の主にヘボンは虚を突かれたように、場の空気からして前方の若者が何か話すモノではないのかと思っていたこともあって、壁際の者と若者を交互に慌てて見やった。

 それを見て此方の狼狽ぶりを感じ取った壁際の男は、一瞬「しまった」と言いたげな顔をして、敷物に胡座を組んでいる若者の肩を叩いた。
   どうやら、立てと促しているらしい。
   だが、若者は細い目を更に細くしたまま微動だにしない。

 一体どうしたのかとヘボンとニールは呆然と様子を見守っていたが、すぐに二人の脳裏には

 (…寝ているのではないか)

 という、想いが過ぎった。

 そして、その予想通りに若者は静まりかえった広間の中で、寝息を立てながら敷物の上で前のめりになった。
   完全に寝ていたようだった。

最終更新:2017年07月30日 09:40