操舵手ヘボンの受難#38『騒乱劇の開幕』
何か紙が擦れ合うような音でヘボンは目を覚ました。
少々頭が濁っていて重いような感覚を覚えながら、瞼をゆっくりと開くと、彼の横では飛行帽を被った4人組がテーブルを囲んで札遊びに勤しんでいた。
緩く目を周囲に這わすと、ヘボンの頭上には布が覆われていて、ハンモックの様な寝床が吊られているということがわかる。
そして、自身もそのハンモックの上に寝かされていることが、中途半端な浮遊感から自覚することが出来た。
体を動かしている訳でも無いのにハンモックがそれなりに揺れているのは、ここが移動中のレリィグの上で更に兵舎の一室であるのだと思われた。
「おい、起きたみたいだぜ。思いの外早かったな」
ヘボンがぼんやりと連中を薄ら眼で眺めていると、横の一人が此方に気付いて顔を向けて来た。声と飛行帽の形からヘンシェルデ兵長であることが窺える。
「夕方までは目を覚まさないと思ってたけどな。意外とタフみたいだ」
ヘンシェルデの声に対し、これはニベニア准尉と思われる声が聞こえてくる。
「脚に弾受けて、脱がせてみたら腹にも受けてたとはな。どうなってやがんだ、コイツの体はよ。普通なら動けやしねぇよな」
「噂通りだ、鬼だよ。鬼」
ヘンシェルデが隣の者に顔を見合わせながら、お互いに飛行帽の口元を蠢かせている。
彼の隣が誰かはよくわからないが、多分、機体の射手である『グゥデミナ伍長』であることが飛行帽から出ている角の出っ張りで判別できる。
「まぁいい。昨晩はよく頑張ったね、曹長」
そうニベニアの声が此方へ向いて、徐にヘボンが顔を横に動かすと准尉の飛行帽があった。
「・・・准尉殿。あの後・・・私が撃たれた後、一体どうなったのでありますか?」
ヘボンの問いに准尉は視線を自身の手札に向けたままだったが、ふと体を横にどかすと一人分入るスペースを空けた。
「積もる話はこれをしながらにしよう。出来るだろ?」
「『バボリ』ですか?」
准尉は手に持っていた札をヘボンに態とらしく見せてくる。
『バボリ』とは帝国内にてよく遊ばれるポピュラーな札遊びであった。
数十枚一組の山札をそれぞれに配り、山札から札を引いて、手札に役を揃えていく単純な遊びである。
札に書かれている図柄や絵は帝国芸術を表す独特な物から、前線兵士が敵機の種類を変別するための教育用も兼ねており、アーキル軍の機体が描かれている物もある。
だが、札に描かれているアーキル軍の機体はどれもこれも絵札を制作した者の独自のセンスであるのか、随分と誇張され拡大解釈されているような形をしていた。
ヘボンとてアーキル軍の機体をそう多くは認知していないが、少なくとも龍の様な頭を持って火を吐いているような機体という化け物のような物はいなかったはずだ。
「えぇ、出来ますが・・・『帝区』のルールでしょうね?」
「・・・・・・いや、ここはリューリアだ。なら、その地方のルールに勤しむのが筋ってものだよ」
ヘボンの問いに准尉は少し間を置いてから苦々しい声で白状した。
『バボリ』は帝国内で広まっていてポピュラーな札遊びではあるが、そのルールは随分と地域性に富んでおり、帝都やヒグラートの様な地域によっては揃えられる役の定義が全く統一されていない。
以前にヘボンはこの様な誘い文句で賭けバボリをして、金を騙し取られた事がある。
その時は帝都内で遊んでいたのだが、対戦相手等が皆『ヨダ』の出身であるから、故郷のルールに従えとの事であった。
それがまだ事前に申告されるなら良い。
問題は役を表示して負け込んで来たときに限ってそんな事を言い出すのだ。
子供の言い訳に近いが、それがまかり通るのが『バボリ』の恐ろしいことであり、ヘボンはその経験から一応、准尉に問いかけたが、どうやら今回もソレだったらしい。
「リューリア地方のルールには詳しくないので、宜しければ教えて頂きたいのですが・・・?」
続けてヘボンはそう聞いた。
しかし、リューリア地方のような片田舎のルールなど存在するのだろうか。
仮にあったとしても彼等が今適当に決めて、カモを毟る為だけに存在する物ではないかとヘボンは内心強く疑っていた。
「・・・やめな、ニベニア。意外と曹長殿は慎重な男の様だ」
少々ヘボンの言葉に窮したように黙っていた准尉へ、グゥデミナ伍長が口を挟んだ。
改めて声をしっかりと聞くと何処か女性らしい声音であったが、飛行帽越しではよくわからない。
「わかった、わかったよ。お見それしたよ、曹長」
伍長の言葉に准尉は手を大きく振って、諦めたように溜息を吐いてヘボンをハンモックから起き出すのを手伝いながら、隣の椅子へと座らせてくれた。
「札遊びは一時中断だ。君が寝ている間に、少々騒ぎがあってね」
ヘボンを座らせると、准尉は無言で煙草を勧めてきてくれたが、起きがけに彼の鎮痛剤入りのソレは辛いと思い断った。
「あの少年と曹長が助け出した娘の事だけどね・・・。あれは『近衛艦隊』提督の娘だ」
急に聞き慣れない単語が准尉の口から出て来たので、ヘボンは呆けた面を向けた。
その様子を見て、准尉は此方の無知を見抜いたように補足してくれた。
「僕達、第13特殊空域旅団のような胡散臭い集まりじゃない。近頃、勢力を増し始めた皇帝直属の艦隊だ・・・なんで、こんな場所でラカンベリ家みたいな三流貴族の船に捕らわれていたのか・・・」
「捕らわれていた?」
「あぁ、彼女はラカンベリ家の者共に拘束されて、何処かへ運ばれるとこだったらしい。恐らく誘拐したのだろうね。そこを運悪く我々に見つかって、追っ手と勘違いして攻撃してきたのだろう」
「話が見えないであります」
「・・・ラカンベリ家は地方貴族で反皇帝主義の過激派だ。最近は黒翼隊に対して懇意に成りたがっていたそうだ。その手土産と考えられる」
准尉はそこで一旦話を切って、ヘボンへ勧めた煙草を器用に飛行帽の口元を空けて口に咥え、テーブル上に置いてあったコップ程の大きさの生体着火装置を取って煙草へ火を点けた。
狭い室内にあの胡散臭い鎮痛剤混じりの紫煙が漂い始めた。
「少年が何を知っていて、船に飛び乗ったかは知らないが、それが無ければ娘は黒翼隊の人質ということになっていただろう。だとしたら、事態は更に悪化する訳だ。武力的にも邪龍の様な化け物がいるってのに、政治的にも負けだしたらどうしようもないよ。近衛艦隊は今のところ傷一つ無い完全な状態で戦える帝国唯一の武力鎮圧に持ち得る艦隊だ。その提督の娘が人質となれば、動きに支障が出る」
「その近衛艦隊は我々の味方なのですか?」
「細かいことを言えば、違うね。連中は僕達みたいな胡散臭い懲罰兵紛いの集まりと、更に胡散臭い中佐と連むつもりは無かっただろう。・・・だが、事態が変わった。中佐殿は今度はあの娘をダシにヨダ地区で近衛艦隊を呼び寄せるつもりだ」
「随分と情報通なのでありますな」
「・・・曹長が寝込んでいる間に、尉官の招集があってね。その場で中佐殿のご高説を聞いた訳さ・・・話が長すぎて困ったけどね」
准尉はそう肩を竦めながら、煙草を深く吸い込んではもう一度紫煙を吐き出した。
ヘボン以外の者は飛行帽を被っているために紫煙の影響を受け難いが、准尉に近いヘボンはあまりに強烈な香りに少々咽た。
だが、そんなヘボンの事など気にも留めずに満足げに息を吸うと、また喋り始めた。
「僕達以外にも、先日の艦隊戦で散り散りになった他の部隊もヨダ地区を目指している。それに加え近衛艦隊も集結すれば、幾らかはマシな戦いが出来るだろうよ」
「・・・しかし、数を揃えても、あの化け物に対抗出来るのでありますか?」
紫煙に咽たヘボンの脳裏にあの黒い雲を纏った化け物の影が去来する。
准尉はあの化け物の恐ろしさを知らぬから、その様な事が言えるのだと思った。
「中佐自身は手があると言った。・・・その為には、何故かは知らないが僕達の力が必要らしいよ?」
ヘボンの少々震える声に対し、准尉は此方を静かに見据えてそう言った。
暫くして、ヘボンは兵舎を出て松葉杖代わりにフォルゼ小銃を依然として使いながら、レリィグの連絡通路を危なっかしく歩いていた。
昨晩の出来事が嘘の様に、周囲は眩しく日光に照らされ、空に雲は一つも無かった。
しかし、昨夜に被弾した箇所に加え以前に腹部に銃弾を受けた箇所にも、今は止血と回復を目的とした人工肉が張り付けられている感触が現実であったことを告げている。
そして、それが動く度に回復と血液を正常に循環させようと蠢くが、まるで心臓がもう二つ増えたようで心地の良いものとは言えなかった。
ヘボンは兵舎の中でもう少し安静にした方が良いという准尉達の声を遮って、機体が置かれている倉庫の方へと向かっていた。
昨晩は暗くて損傷の具合がしっかりと把握出来なかった為に、この目でしっかりと確かめたかった。
ようやく倉庫へ辿り着いて中を覗くと、整備員と思わしき連中が3人ほど、倉庫端に吊されているコアテラの回りで話し合っていた。
ヘボンがそれを認めて、ゆっくりと近寄ると、向こうも此方に気付いて敬礼を向けてきた。 仮にも『特務曹長』という肩書きがこの場では珍しく通用したらしい。
向こうの敬礼に此方も返礼しようと片腕を上げたが、松葉杖をしている状態では上手くいかず少々よろけてしまった。
「曹長殿。無理は為さらない方が・・・」
よろけてしまったヘボンを見て、思わず3人の整備員の内の若い男が此方へ駆け寄って、ヘボンを支えてくれた。
見慣れぬ顔ではあるが、このレリィグに乗っている囚人兵や傭兵の様な薄汚れぎらついた印象は与えない、幾らか無垢な顔をしていた。
「いえ、大丈夫です・・・それより彼女は?」
ヘボンは体を支えられるままに吊されたコアテラを見ていた。
昨晩の不時着によって下部の生体器官は惨たらしい状態に陥っていると思っていたが、ヘボンの今の体と同じように人工肉を応急処置的に張り付けられた様子を見ると、外観的にはまだ健康的に見えた。
「・・・曹長殿とよく似て、しぶといですよ。昨晩の損傷以外にも数えられないほどの銃創痕があります。普通なら生体器官がもげるか、臓腑をぶちまけてくたばってます」
少し年季の入った整備員が一人進み出て、ヘボンへ説明した。
その顔には何処か感嘆の色さえあった。
「聞いたところ、中佐殿のお家の機体だそうですが、相当使い込まれてる年代物ですな。北方侵攻時代から現存している機体は珍しいですな」
「北方侵攻時代・・・?」
ヘボンは整備員の顔をまじまじと見た。
相当古い機体とは思っていたが、まさか世紀越えの物とは思っていなかった。
「幾らか中を見て驚きましたが、改修を数え切れないほど施した形跡がありますね。とは言ってもこんなお歳を召した生体器官は初めてだ・・・平均寿命を遙かに超えてる。こんな物を拝めるのは整備員として僥倖ですよ」
年季の入った整備員の男はそう言って、もう一度吊されたコアテラを見上げた。
ヘボンもそう言われて感嘆とも呆れとも付かない顔で彼女を見上げた。
この機体はヘボンよりも遙かに長い間、それも数世代も昔から血生臭い時代を生き抜いてきたのである。
そう思うと、彼女の生体音が常に示していた貪欲なまでの生存本能が機体に乗らずとも伝わってくるのを感じた。
「本来なら生体器官の寿命で飛べる訳もないのですが、改修にどうも不審な点が多くて・・・我々は通常の処置しか行っていないのですが、それでも遙かに早い速度で傷が治っているんですよ」
「不審な点・・・」
「えぇ、生体器官内部にどうも通常の規格とは違う臓器が設けられているのです。そこに何かが詰まっていて、そこからも血管が伸びているんですよ」
ヘボンはコアテラを眺めながら、整備員の説明を聞いていた。
整備員もコアテラを見上げながらであった。
「その違う臓器というのは・・・?」
「多分、その違う臓器がこの性能を発揮するのに必要だと、見当は付いてます。しかし、下手に中を開くのはどうも・・・何せ生物ですからね。迂闊に準備も整わない状況でするわけにはいきません」
ふと数日前にこのコアテラを研究したいと、黒翼隊のアルバレステア級艦内にて聞いたことをヘボンは思い出した。
確かにこの機体の内部にある謎の空間について、興味が湧かないでも無かったが、彼女の腹を掻っ捌いてまで覗きたいとは思わなかった。
「ここに居たか、ヘボン君」
ふと暫くの間、整備員達と共に機体を見上げていたが、不意に背後から聞き慣れた低い女性の声がした。
振り返ってヘボンは無意識のうちに敬礼の姿勢を取ろうとしたが、やはりバランスを上手く保てず蹌踉けてしまい、それは随分と不格好な形になってしまった。
「無理をすることはない。楽にしたまえ」
ヘボン達の前にいるのはラーバ中佐であった。
彼女は尉官軍服をキッチリと着込みながらも、その表情は柔らかくヘボンの様子に慈悲と薄ら笑いを混ぜ合わせた様な表情をしていた。
先程の若い整備員がヘボンを支えてくれたが、他の二人は楽にしろとの彼女の言葉に少々姿勢を和らげた。
「上官に報告をする前に、機体が心配とは根っからの操縦手だね」
彼女の言葉にヘボンは狼狽した。
確かに負傷はしたが、起き出したのならば上官の方へ顔を出すのが筋であろうと、兵隊としての筋を欠いたとヘボンは咄嗟に非礼を詫びようと口を開き掛けたが、彼女はそれを手で遮った。
「いや、気にすることは無い。准尉から昨晩の報告は聞いているし、それを受けての今後の進退も決定した。寧ろ此方から兵舎へ行ったが、准尉から倉へ向かったと聞いたのでね」
「しかし、中佐殿・・・」
「他人行儀はやめたまえ。君と私の仲だ」
彼女の微笑みにヘボンは口を開いたが、それも柔く遮り、彼女は此方へ歩み寄ってきた。
その様子を見て整備員達はこの曹長と中佐との間柄について、勘繰るかの様に顔を見合わせていたが答えは出そうに無かったし、当人のヘボンですら、この女性が此方に対して配る気持ちについてピンときていなかった。
「それより、ヘボン君。こうも彷徨けると言うことは回復したのかね?」
「・・・十分にとは言えません。片足がまだ自由に動きませんし、機体もこの状態では・・・」
彼女はヘボンから一歩離れたほど近い位置に立って、しげしげと彼の脚に巻かれた包帯を眺めながら、視線を彼の顔へ当てた。
心配するような色よりも、何処か楽しげな調子が顔に出ている。
(・・・これはまた何か言い出すぞ)
その顔を見てヘボンはそう思った。
ここ数日の出来事を通して、この女がこの様な表情をするときは決まって何か厄介な事を言い出すということにヘボンは察しが付き始めていた。
そして、案の定その口から意外な言葉が飛び出てきた。
「そうかそうか・・・いや、准尉からも昨晩の詳細は聞いているとは思うが、我等は近衛艦隊の力を借りる事が出来そうだ。その為、いち早くヨダへ入る為に私はこのレリィグを離れる」
彼女のその言葉にヘボンは狼狽える事は無かったが、それは単純に言葉の意味が飲み込めていないからであった。
「この様ないつ敵の襲撃を受けるかも判らない、リューリア地方をゆっくりと進むわけには行かない。尉官達を数人でも先にヨダへ入らせる事にしたのだ」
「・・・しかし、中佐殿。ヨダへはあと2・3日で着けるとお言いに・・・」
「あぁ、確かに君にそう言った。だが、事情が大分厄介になってきた。昨晩に君達が敵機を撃墜し、人質を救出したのは良かったが、奴等は黒翼隊とも連絡を取っていた痕跡があった事が判明した。やがて正確に座標を特定し、このレリィグへ襲いかかってくるだろう。対空装備もあるレリィグに加え、ヴァ型も多数あるが、相手は黒翼隊だ。今の我々の装備と人員は万全とは言えないから、このまま戦っても全滅する事は目に見えているからね」
彼女は事も無げにそう言い切ったが、つまりそれはレリィグと地上部隊をこのリューリアに捨てていくという宣言に他ならなかった。
この発言にヘボンは漸く事態を把握して驚愕に目をひん剥いたが、彼女は何処吹く風というようにその視線を受け流していた。
「つまり、兵を捨てるのでありますか?」
「人聞きが悪いな。何もそうは言ってないよ。ただヨダへ向かうための機体へ乗せられる人数は限られている。コアテラには精々操縦手を除いて3人は乗るが、マコラガとバルソナは私達の護衛に宛てる」
「航空戦力を持たずして、地上部隊のみで黒翼隊と戦えと言うのでありますか?」
ヘボンは彼女の言葉の恐ろしさに唇を震わせた。
しかし、その脇に立っている整備員達には既に説明が為されているのかこれといって動揺している気配はない。
彼自身長いこと夜間爆撃隊に所属していたために、航空援護も無い地上部隊が、幾ら対空兵器を用いようとも黒翼隊の様な航空兵力が整った相手と一戦を交えるのはあまりに愚かであると経験が教えていた。
「仕方無いじゃないか。レリィグの足と装備ではヨダへは辿り着けない。・・・だが、私とて鬼じゃない。昨夜の内にヨダ地区からも支援部隊を要請した。今まで此方はほぼ無視されてきたが、礼の娘の事を持ち出したら血相を変えて、早急に航空部隊を編成して此方へ寄越してくれるそうだ」
彼女はそう説明しながら、狼狽えるヘボンと整備員達へ慰めるような目付きを向ける。
「時間との勝負だ。ヨダからの航空部隊が間に合うのが先か、黒翼隊が来るのが先かだ」
「ニベニア准尉やミュラー・・・少尉の機で防戦はしないのでありますか?」
「ミュラーの奴は張り切っているが、何せ多勢に無勢だ。幾ら奴とて、二〇機近くは繰り出してくるだろう黒翼隊に立ち向かうのは無理がある。君とニベニア准尉等の部隊は私と娘を運ぶ任があるからね」
「・・・二〇機」
「あくまで予想だが、勢力を整えている連中なら、グランビア以外の機体も含めてそれぐらいは軽く駆り出せるだろうね。オマケに君も見たようなヴァ型等で編成された強襲地上部隊も揃っているだろう」
彼女の冷静な口調はヘボンを震え上がらせるのみであった。
敵が何時来襲するかは分かりもしないが、やがてこの長蟲の周りは戦場になるのである。
一体、どのようにして彼女がレリィグの乗員達を説得したかはわからないが、それは先程にニベニア准尉が言っていた彼女の長い長いご高説が為せる技なのかもしれない。
思えば、数日前の敵艦への無謀な移乗攻撃とて、この彼女が持っている独特なカリスマ性に寄るものなのか。
「だが、我々も決して無事にヨダまで飛べるとは限らない。寧ろ、空の方が危険が多い」
ヘボンが少々呆れるような顔で彼女を見ていると、不意に彼女はじっと此方を見返してきたのでヘボンはビクっと肩を震わして狼狽した。
「奴等が近くまで迫っていると言うことは・・・勿論、『邪龍』も付近にいると考えるのが妥当だ。奴の狙いは君や私にミュラー達だ。奴の注意を逸らすためにも、我々が先にヨダへ飛ぶのには合理的な理由があるわけだ」
その言葉にヘボンの脳裏に不穏な影が浮かび上がる。
あの黒く禍々しいまでの巨大な艦。
再びアレと顔を合わせるのかもしれないと思うと、ヘボンは松葉杖代わりの小銃が無ければその場で崩れ落ちてしまいそうな感覚を味わった。