やってられねえぜ。
戦車のお守りをするかと思えば、飛ばされたのが「散歩係」なんてよ。
車両の操縦をさせてくれると思えば、「ファーム」に飛ばされちまった。
それでいて普通の整備もやらされる。
美味い話だと思っていたんだが、やっぱり裏がありやがった。
ここでゼクセルシエなんか散歩させてても、いつまでたっても技術は身に付かない。
途中で動かなくなる、言うことを聞かない、いつまでたっても直らない。
特にここのゼクセルシエ3号は全部揃っていて最悪だ。
その噂を俺が今体験して、確証に至ったわけなんだが。
少しでも段差があると嫌がる、下りの斜面では装甲を地面にひっかけて横転しかける。
動かさなきゃいけないのに、動くと膿なのか体液なのかわからないものをびしゃびしゃと垂れ流す。
そんな体験したくなかったぜ。
他の機体が早々と「ファーム」から抜けていく間に、今から数えて半年前に来たゼクセルシエ3号は最古参になったのだと聞いた。
半年前といえば、湿地帯進撃戦で戦車隊が大活躍したときだ。
大方、こいつの故障の原因は便所溝に蹴つまずいたということだろう。
ゼクセルシエ3号には運もないのか。
嫌になってくる。
操縦室のなかに貼り付けてあった整備契約書によると、こいつの連続整備契約は最大で一年なのに、無為に半年が経っている。
半年後には、こいつも「ファーム」から抜けることになるだろう。
底面を怪我したゼキはあまり動かさない方がいいですよ。
整備手順書では、設定された順路を回ることになっていると思います。
しかし、その手順書は一時的故障で「ファーム」入りした機体向けのものなのです。
その子は明らかに後方に送られるべき存在であり、ここにいるべきではありません。
あと、彼のお気に入りは川のなかの玉砂利の上で、底面を擦りながら泳ぐことです。
外装が錆びやすいので後で磨いてやる必要はありますが、不機嫌になったらそこに連れていくことをおすすめします。
本当は、こんな前線の基地に置いておかないで、早々に後方へ送って療養してあげるのが得策なのですが。
前線がその子を捉えて、捕らえて離さないからなのかもしれません。
そうでなければ、連続整備契約ギリギリまで前線の整備基地に留めておく必要はないですから。
とはいえ、私もそのゼキのいた部隊に報告し続けてはいるのですがね。
ここにいても一向に良くなる気配は見えない。
このまま留めていても事態が良い方に行くことはないだろう、と。
彼らからの返事はありませんでした。
「ファーム」に機体を押し付けて戦力を拡充する手法に、私は心が痛みます。
連続整備契約を悪用した不正な予算の獲得方法であるとともに、ゼキ3のように前線での治療ができない子を契約が切れるまで放置して、見殺しにしてしまうということだからです。
私の知る一番冷酷なヘイテの騎乗兵ですら、戦闘馬にこのような仕打ちをしたものはいません。
価値観の違いといってしまえばそれまでなのですが。
もう助からないゼクセルシエ3号にかまっている暇はないぞ。
明日は大型特約で眠らせていたエマーリアン1号を起こす必要がある。
1号といっても一機しかいないのだから、どれを起こせばいいのかはわかるはずだ。
お前にできるかはわからないが、経験を積むなら今のうちだぞ。
エマーリアンを起こすなんて、めったに起きないことなのだから。
いや、今後はわからないがな。
なにせ、「夜火」がどこにでも出没するらしい。
戦車兵は皆怖がっている。
闇のなかから火が瞬いて、次の瞬間にはこちらを打ち抜いてくる、噂の化け物。
何十両も食われたそうだが、それが部隊の損害を誇張する出まかせなのか、本当のことなのかわからなくなって、さらに混乱が広がっている。
後者であってくれればいいのだが、というのは不謹慎かもしれない。
帝国兵の混乱の収拾を図るためにはエマーリアンを前線で「活躍させる」必要がある。
手頃な小拠点を230の一発で吹き飛ばせばそれで終わりの仕事だ。
そのために、短期間で全力が出せるまで復調させることだ。
大型機特有の寝起きの機嫌の悪さをどうにかすれば、あとは通常手順でいい。
私はお前の分までヴァ型の整備をしておくから、明日は気が済むまで大型機を乗り回してこい。
先輩のおかげで助かりましたよ、本当に。
「ファーム」じゃあめんどくさい機体も扱わなきゃいけないのが辛いんで。
俺はヴァ型の操縦は苦手なんです。
その点、散歩ついでに走りながら辺りの高所にある枝を間引けるのは先輩くらいのもんです。
エマーリアンはなんとか手懐けました。
所属の戦車兵が朝一に来ていて、同伴してくれたおかげで一発撃てて、エマーリアンも暴れることは少なかったです。
明日の半日くらい使えば、そのまま引き渡してもいいということになりましたよ。
高級な機体は復調も早くていいだけ、俺の操縦の機会にならないのが残念です。
それにしても。
ドーゼック3号が、
違った。
ドーゼック1号が寝ぼけて格納庫の扉に軽く突っ込んで止まっていた。
誰かが鎮静剤をケチったのかと思ったが、長く眠らせすぎてもう睡眠を維持できないだけのようだった。
無傷なのに長期間いるので、こちらもゼルセルシエ3号のように、駐機場を圧迫する要因になっていた。
のだが、ドーゼックはできるだけ起こしたくなかった。
こうなったら散歩させるしかないので、めんどくさいことこの上ない。
散歩させるだけで毎回泥だらけになるんだから、整備しているんだか汚しているんだからわからなくなってくる。
「ファーム」にいるときくらい、その210を取り外してほしいもんだ。
それで動かせば、整備場で地面を耕すようなことはないだろうに。
個人的な意見だが、こいつは早いとこ契約が切れて「ファーム」から外れちまえばいいんだ。
勝手に無理な改造をして、返り討ちにあって「ファーム」に叩き込まれるんだから。
最初にこいつが来たときは、どういう理由だっただろうか。
忘れちまった。
ゼキは眠らせておきましたよ。
悔しいですが、私たちではゼキ3を治療することは難しいことを認めるしかありませんでした。
ドードーが起きて空いた駐機場で眠っているので、なにかあったらよろしくお願いします。
私としましては、彼にはもう起きてほしくないと思っています。
長く「ファーム」で苦しませるよりは、整備中の事故か「運命」に身を任せた方が、かえってゼキ3のためになるのかもしれません。
騎乗兵だった私の手が工具をナイフに持ち替えたがっています。
自分の受け持っている機体が他にもあるで、そのようなことは願望でしかないのですが。
先日の記述と同様に、戦車兵の人たちが朝から来ていて、私と彼らを乗せたエマが快調に試験路を走り終わったので、正午には正式に書面で引き渡しが完了しました。
それと同時に、大型特約の更新もされていきました。
これで、またあのエマが来たときには、目一杯まで遊んであげられますね。
帝国兵器全般に言えることですが、エマは特に意思の表出を抑えるきらいがあるので「ファーム」にいる間はため込んだ感情を吐き出してもらいたいところです。
ドードー1は、以前来たときはドードー3でしたね。
三機とも特殊な照準器を「夜火」に撃ち飛ばされていたらしいのですが、装甲の跳弾痕が以前のドードー3のものと一致しています。
とはいえ、あれだけえぐり取られて「跳弾」と判断するかは微妙なところです。
連続整備契約の対象外だったので、名前は忘れてしまったのですけど、某少佐さんの名義で後送費用と整備費用が振り込まれていたと記憶しています。
以前は三機一緒に来たのですが、他の二機の行方が気になります。
少佐さんの姿もあれ以来見えないですし。
目傷を負われていたので、もう前線には出ていないのかもしれませんね。
草場に行ったらなにかを引きずったような跡が縦横無尽に走っていたが、あれはお前がゼクセルシエ210の1号を連れて行ったからだったのか。
泥まみれと草汁まみれでは、どちらがやりやすいだろうな。
芝刈りをするならもっときちんとやってほしいものだ。
ところで、私の知る限り、このゼクセルシエ210の1号は所属者不在で放置されているうちの一機のようだ。
他の機は知らないが、これは後送された後に連続整備契約に加入していることが確認されている。
まだ整備三か月目だから、十二か月は保有しておかなければならない。
あの少佐にしてみれば、それまでに処罰なり禁固なりが解除されていれば、またゼクセルシエ210の1号の所有権が戻ってくると思ったのだろう。
接収されなければの話だが、あれを接収する物好きがいないからここに駐機しているわけだ。
下手に装甲を増したせいで、整地でもまともに動くことができない。
重量の増加で、純粋な生体機関を積んでいるのにすぐ泣きごとを言う。
敵拠点への直射を目的としているのに、これでは欠点だらけだ。
まだこの環境では、型落ちのディッツ自走砲のほうが有意義に使える。
速度でもディッツがわずかながら勝っていて、砲もこちらのほうがいい。
とにかく、誰かが遊んでやって、疲れさせて眠らせるべきだろうな。
ちょうど適切な人材がいて助かる。
だが、一つ忠告しておく。
帝国軍の公式な見解では、生体「機関」に意思など存在しない。
感情があるかのようにふるまうのは感受性があって結構なことだが。
軍の見解を無視した過度な記述は控えることだ。
たとえ、隷区から来た、動物とともに駆ける野蛮人だと言っても、憲兵は容赦しないだろう。
それを見咎められて追及されても、私は擁護することができない。
気を付けることだ。
今回も俺の分のヴァ型をやってくれてありがとうございます。
先輩ならたぶん戦場でもヴァ型を上手く扱えると思いますよ。
とはいっても、今日も何機も新しいヴァ型が蓄積疲労部交換のために来たんで、大忙しです。
前線の連中、足が脆いって愚痴を言うので困っちゃいます。
兵装を溶接した痕跡を隠そうともしないのに、そんなこと言われても困ります。
連続整備契約の規約を厳しく適用して整備を拒否してやりたいくらいです。
それも含め、先輩が俺の分の散歩をやってくれていなかったら、今ごろは忙しさに殺されていたかもしれないです。
あ、でも先輩も気を付けたほうがいいですよ。
あんまり詳しいことを書くと、先輩でも危ないんですから。
誰も気づかないふりをしていますけど、「誰か」が「あなたの出身地」に情報を漏洩させていることは誰もが知っているんですから。
ずっと前に現地官報を読みましたけど、あなたのいたところがサキラェっていう戦車を作ったらしいじゃないですか。
我が国のゼクセルシエとよく似た形で、足が生えていて、よくできた贋作って話でしたよ。
官報が他所に辛口なのはいつものことですけど、ちょっと真似をするのが早すぎじゃないか、と思うんです。
あんまり先輩に矢を向けることはしたくないですけど、俺は先輩が憲兵にしょっ引かれないのはなんでだろうと思うことが多々あります。
俺にとって先輩は、「夜火」よりも不思議な存在ですよ本当に。
さて。
ちょっとした事故が起きて慌てることになった。
今日入ったヴァ型32号が整備中にひっくり返った。
原因は兵装の過積載だった。
右足の蓄積疲労部位が整備中に破断して、ヴァ型が膝から後ろに崩れ落ちたせいで危うく死にかけた。
操縦士が恐慌状態に陥っていたら、俺は暴れるヴァ型の下敷きだった。
幸いにも、32号の操縦士は倒れたことで無呼吸状態に陥っているだけであり、歩こうとして左足が空を切っているだけだった。
もし、倒れたと認識して慌てて起きようとしたらと考えると、改めて怖くなってくる。
ジャコ脚の機動力を全開にして、左足だけで「いつもどおり」に起きようとしたら、格納庫に嵐が吹き荒れることは確実だ。
安全策を強化してもらうように上申するべきだろうか。
だが、操縦士を乗せた状態でないとヴァ型の整備は二倍かかってしまう。
難しいところだ。
二倍の時間をかけてヴァ型を整備するなら、俺は泥だらけのダックを一から整備していたほうが有意義だとさえ思える。
ヴァ型の件から発展して不満が湧き上がってくる。
連邦の鹵獲した兵器を分解していたほうがまだ楽しい。
我々と敵の兵器では性質が違うということはわかっている。
それでも、俺たちはいつまで生体「器官」相手にこんなご機嫌取りをしなくてはいけないんだろうか。
このご時世、空軍の奴らじゃこんな苦労はしないだろうに、どうして俺たちだけ。
自分たちの腕次第ですぐに終わる作業と比べれば、こいつらが満足するまで付きあってやらにゃならないんだ。
連邦の奴ら、俺たちがこんなことをしていると知ったら、原始人だと笑うんじゃないだろうか。
心が重くなってくる。
ヴァーの件はご愁傷様です
ただ、私にはその感覚に共感することはできないですね。
いえ、共感するための「器官」が私には存在しないというほうが正しいかもしれません。
私はもう慣れましたけど、なぜあなたたちが生物を連邦の機械に憎らしいほど似せようとしているのか、
失礼。
生物まで連邦の機械のようにあるべきだと考えているのかわかりません。
生物はそのままであるべきだ、とまでは言いませんが、時が来るまでは「そのまま」の姿でいるべきだと考えます。
たしかに、そのせいで野蛮な原始人たる私たちは負けたのかもしれません。
しかし、私は交換留学生の身となっても、矜持を完全に捨てられたわけではないですし、機械のような彼らにも私の感性は「それ」を見出してしまいます。
結局は個人の感性の問題なので、これ以上言及するのはやめにしましょう。
それに、私とあなた以外にも、また違った第三の感性を持った方もいらっしゃるようですし。
そういえば、昨日整備が終わったゼキ20と森のなかを散歩した後、ドードーが好きな草地に行って休んいたのですけれど。
クルカがドードーに集まってくるんですよね。
装甲版の上で二匹三匹寝始めて、そのうち十匹くらいになっていました。
たぶん、ドードーの体温がゼキより高いので、そこに集まってきたのでしょう。
木の実を採ってきてからドードーを起こしたら途端に賑やかになりまして、動いているのを嬉しがっているようでした。
昔見た光景を思い出して、私も笑っていたと思います。
動いているヘイテを見ると、クルカはそこに乗りたがるのですよ。
一旦乗ると、ヘイテが止まるかクルカが満足するまでそのままなんですよね。
クルカにも我々の魂が宿っているのだという昔話を思い出しました。
それと同時に、騎乗兵だったころの癖で無意識に木の実を拾っていたのですが、正解でした。
ドードーが駐機場に帰るころには、クルカは満足して下りてくれました。
第三の感性というのが私だということはわかるが、あえて言及しまい。
それよりも、前線に動きがあったそうだ。
「そうだ」というのは、私の予測でしかないからなのだが。
連続整備契約の申請解除が増えてきている。
整備が終わって予備戦力として置いてあったものはまだしも、修理中や故障中のものもすべてかっさらっていく勢いだ。
「ファーム」から外れる機体構成を考えるに、主にゼクセルシエを中核とした大攻勢が始まるかもしれない。
ちなみにだが、ゼクセルシエ210の1号も構成に含まれている。
いったいどんな物好きが、あの鈍足を接収していったのか。
しかし、ダックや装輪車両はお呼びではないらしい。
情勢がわからなくなってきたが、たった今クルツ家のことを聞いて合点がいった。
空軍のお偉方が使っていた駐機場があっただろう。
私たちに空軍の兵器のお守りもさせようとしたあれだ。
どういう神経をしていれば、私たちに強襲艦と強襲揚陸艦の整備を押し付けようという話が出てきたのかは、はなはだ疑問だが。
結局、空軍の整備場として「貸出」しているところは、巡り巡って、今は地上の火艦士、歩兵の女神エレナ・クルツ率いる部隊が駐機している。
宙ぶらりんになった強襲艦関係の整備の話を、いくつかの利権と引き換えに彼女がかっさらっていく形になったためだ。
彼女は分を弁えた人格者で、「艦」の整備要員も自前で用意していて、とやかく陸軍に文句を付けてくることもないので、以来そこは彼女の私兵団の管理する駐機場になっていたと記憶している。
当然クルツ家なのだから強襲火艦部隊もいるが、クルツ家お抱えの強襲空挺歩兵部隊もいたと記憶している。
そこが今回の問題だった。
私有財産にも等しい、歩兵部隊を乗せるための強襲揚陸艦を一時的に手放したのだという。
もちろん、相応の金額は受け取ったと思うが、彼女の性格からして、「手放す」ということは絶対にありえないはずだ。
それを成さしめるには、クルツ家の矜持を上回るものがあった可能性が高い。
では、なぜエレナ・クルツの部隊ごと持っていかずに、強襲揚陸艦だけ持って行ったのか。
おのずと答えが出るというものだ。
今回の作戦で必要なのは大量の強襲揚陸艦であり、大量のゼクセルシエだ。
二つを使った作戦は過去に例がなく、この部隊構成の奇襲は敵も予想していないはず。
いや、例ならある。
だが、もう50年以上も前のこと。
戦史研究書にも載る「渓谷の戦い」、英雄ラプーンによる空挺戦車戦。
現実にあった出来事としては、陸軍の英雄譚として語り継ぐに足るものだ。
それを、今度はここで再現しようというのだろうか。
いや、再現などという生易しいものではない。
作戦のための両機の接収量が莫大すぎる。
英雄は生まれないが、莫大な勝利が生まれることになるだろう。
本当に上手く行ってしまったら「川」まで敵を押し込めるかもしれない。
だが、我が陸軍と空軍を結びつけるものがなければ、この作戦は不可能なはずなのだ。
それを可能にする要因は。
強襲火艦戦闘術の第一人者フリーダ・クルツ、その孫娘。
現代強襲揚陸艦運用論の執筆者にして、その実践者であり成功者。
私の想像力ではエレナ・クルツその人しか思い浮かばない。
畜生め、やってくれる。
喜べ、歩兵の女神が陸軍に寝返ったぞ。
いや、それも違う。
なにかが違う。
なぜクルツ家は、なぜだ。
強襲火艦は今回の作戦と毛色が違うとしてもだ。
なぜクルツ家は、子飼いの強襲空挺歩兵を戦場へ連れていかなかったのだ。
そうでなくとも、クルツ家が陣頭指揮をとらない揚陸艦部隊の大規模編制ということ自体が異常。
悪意か、それとも。
透明なる意志だろうか。
前者なら、いつものことになるだけで済む。
万が一でも後者であれば、歩兵の女神が、奪われていた「歩兵の盾」を蟻のために再び下賜することになる。
こりゃあ、どちらにしても。
忙しくなるぞ。
先輩、また詮索に深入りし始めていますけど、本当に大丈夫なんですか。
俺にはこの内容を見ても話が見えてきませんよ。
初めて「空挺戦車」を本来の使い方で運用して、敵に大攻勢をかけるということくらいしかわからないです。
俺も戦史研にいた時期があったので渓谷の戦いくらいは知っていますけど、それとクルツ家との関係が見えてきませんよ。
だいたい、なんで「空軍」のクルツ家がこんな作戦を立てられると思うんですか。
それに、ゼクセルシエ3号まで叩き起こしたんですから、よほど拙速な作戦でしょうし、クルツ家を買い被りすぎなんじゃないですかね。
たしかに今のクルツ家は「地上の火艦士」でありながら「羽蟻」を大切に扱っていますけど、だからといってエレナが「女王蟻」というわけではないでしょう。
それとも、先輩はクルツ家の秘密作戦時代になにか大きな変革が起きたと思っ、
おっと。
俺は何も知りませんからね。
しかし。
ゼクセルシエが一両もいないとなると、やることは本当に少なくなってしまう。
俺にすれば、機械いじりをしているほうが気楽でいい。
後回しになっていた機動砲車の整備が、誰にも邪魔されない空間で始まった。
今日くらいかもしれないが、詰め込み状態だった駐機場を人が再占領できるというのも気楽なものだ。
外した部品を置く場所さえないという日常が続いていた俺たちにとっては、今回の「作戦」は非常に嬉しいものだった。
それに、へこたれた機体相手に散歩係もしなくていいからな。
俺には生物のことなんてちっとも理解できない。
これじゃあいつまでたっても戦車兵にはなれないな。
なれても花形じゃあない装輪式じゃあ、格好がつかないし。
それに比べて、お前なら立派な戦車兵になれるんじゃないのか。
間違いなく、前線に行ったら重宝されるぜ。
超能力なのか第六感なのかは知らないが、戦車に一番親身に接しているからな。
私はまだまだですよ。
身分も身分なのであまり前線へは行けないですし。
一兵士とはいえ、交換留学生を矢面に立たせて死なすなんてことがあったら、たとえ身分差があっても外交問題になりますよ。
それに、クランダルト側は私を生かして返すことにこそ力を注いでいます。
宗教的なものを摺り寄せていくのには時間がかかることですが、将来における宗教の担い手を懐柔してしまえば、もはや宗教の伝道は不可能になります。
大規模にしているわけではないので激しく抵抗することもできないのですが、確実にその意図はあるでしょう。
悪いことばかりではありません。
私は、帝国で物事を学んで新しい知見を得られましたし、我が地域にはなかったものを、私は身に着けることができました。
新しい知見は、私の祖国だった場所を食いつくすのでしょうか。
そう考察すると、残念ながら、
失礼。
そう考察すると、クランダルト側の思惑通りに、私は「帝国」の文化に慣らされてしまい、隷区の人間としてクランダルト側の姿勢を、家族に喧伝することになるでしょう。
そのときに、私や、私のような人間を見て、私の親族や、彼らの親族がどう反応するかは、おかしいと思うかもしれませんが、楽しみではありますね。
まず、私の頬に彫られた傷を見て驚くでしょうし、私が軍人として立派に帝国人としてやっていることにも驚くでしょう。
禁忌に疎くなってしまったことにも驚くでしょうし、私が完璧な帝国標準語を覚えたことにも驚くでしょう。
私がもう純粋な眼をしたバセン人ではないことに失望するでしょうし、私がまだ騎乗兵として腕が衰えていないことにも驚くことでしょう。
とにかく、私は、私なりに成長したのだと誰かに伝えたいのです。
真っ先に伝えるとすれば、誰しもが一番大切にする人たちに伝えたいと思うでしょう。
いつ帰れるかは未定なのですがね。
感傷に浸っている間に、前線は凄いことが起こっているらしいぞ。
又聞きのその又聞きのような情報しか聞いていないが、楽観的な内容が前線から流れてくるようになった。
同時に、こういうときに特有な、荒唐無稽な伝説話もちらほらと漏れ聞こえてくる。
それはそれとして、樹脂に塗られた高級な箱が届いていた。
どんなお偉いさんに贈られる賄賂だと勘ぐっていたら、散歩係に宛てたものだった。
しかも、特に名指しでお前たち二人だぞ。
良かったな、これで顔と恩を売れたわけだ。
差出人は重装甲化戦車小隊からだ。
お前たちが覚えていないわけがない。
起こしたときに立ち会ったエマーリアンの乗員からの贈り物だ。
私は最初、驚くことはなかった。
こういった「ささやかな」贈り物は、整備兵にはままあることだ。
ことの次第にかかわらず「世辞」を送ってくる文化が、上の人間にあることは知っている。
今回もその辺りだと思ったんだが。
私が驚いたのはその内容だ。
後で実物を見せてやるが、中身は手紙とカートリッジだった。
まず手紙。
それにはこうある。
まず、エマーリアンを万全に整備していただき、また完全な状態で戦場に戻してくれたことを感謝する。
私たちは、ある目的のために隠していたことがある。
私たちがエマーリアンを呼び戻したのは、「夜火」によって脅かされた仲間を奮起させるためである。
しかし、これは半分真実であり、残りは嘘だったのだ。
私たちは敵を欺くために、まず味方にエマーリアンの目的を誤認させる必要があった。
とはいえ、エマーリアン出陣の報で陣営は持ち直しただろう。
そう信じたいところだ。
ところで話は変わるが、敵とは誰か、考えたことがあるだろうか。
我々陸軍の敵はいつも、上から見下ろしている存在である。
どういう意味かはお互いの認識に任せることにしよう。
私たちは、諦めるまでは、願っていた。
願いを辿れば、おのずと彼にたどり着くだろう。
歩兵を守る盾を欲し、歩兵の手の内にある、奪われることのない盾を求めた。
必要だったのは、盾を蟻の元まで運ぶ機動力だった。
昔も、今も、そこだけは変わらない。
ただ、私たちは一度それを失った。
それが歴史上仕方ないことなのだとしても、我々の罪による犠牲は大きかった。
膨大な犠牲と時間を経て、我々はここに至って、歩兵を守るに値するものとして、再び地に足を付けることになった。
だが、それは、我々であるが、私たちではない。
私たちのようなエマーリアンではない、もっとよい担い手が現れた。
私たちにできないことができるのは彼らだった。
結果を伝えれば、戦車戦線は、すでに私たちの頭上を軽々と飛び越えていった。
文字通りに。
歩兵の盾を実現するために。
私たちは歴史の舞台裏に取り残されても、残念だとは思わない。
私たちのできたことは、彼らの背中を押すことだけだ。
しかし、そのために、私たちのエマーリアンを、作戦の決行前に、嫌がらずに起こしてくれたことを感謝する。
あなたたちのおかげで、私たちは頭上を越えていく戦線に、一度だけ追いすがることができた。
それだけで十分だった。
彼らでさえ気圧されてしまう、最後の重圧を跳ねのける盾になることができたから。
私たちの考えた作戦によって、戦場は彼の望みを再び叶えるものとなるだろう。
と、ここまでが私たちの、本音の混じった建前だ。
実際に作戦を立案し、提案したのは私たちではない。
名前を出すことはできないが、我々はそれに深く共感することになった。
最初に聞いたときは、歴史の闇から伸ばされた手によって喉元をくすぐられた気分だった。
だが、私たちは怖気づかなかった。
その人物が怖気づかなかったこともあるが、なによりお互いにとって彼の願いをかなえるための最後の機会であることは確実だったからだ。
これを逃せば、我々はもう二度と歩兵の盾を得られないかもしれない。
本当に焦っていたのは、私たちではなく、あちら側だった。
今思えば、今後の展開を予想した行き詰まりからくるものだったのかもしれない。
私たちがそのとき聞いたのは、他人から語られる彼の最期の言葉だっだ。
なぜ、あちら側の口から彼の言葉が出てくるのかはわからなかった。
一つだけわかることは、彼の初めに置いた石が、他人の手によって受け継がれ、盤石にまで成長し、我々の前に宝玉となって手渡されたということだ。
歴史の闇に消えたと思った彼の石は、私たちが考えもつかなかった場所から現れた。
それも、研ぎ澄まされ、しかし以前より大きくなった透明な真球の石となって。
思わず泣いてしまいそうになったよ。
思わず、彼の最期を闇のなかへ問いかけようとしてしまうほどに。
私たちは、我々は、それが知りたかった。
だが、それは許されないことだった。
過程はなく、結果だけがそこにあり、私たちに何をすべきか問いかけていた。
我々のすることは、結果を有効活用し、新たな結果を生み出すことだけだ。
手を結んだ我々は、結果を生み出した。
いや、あなたたちがこれを読んでいるころには、きっと結果が出ているだろう。
ともあれ、まずは確約された勝利に乾杯するとしよう。
歩兵の盾、戦車隊に幸あれ。
盾の運び手、強襲揚陸艦に幸あれ。
名指しされていない私が読んでいいのかは知らないが、とりあえず、これで謎は解けた。
最期の一行は、言い回し次第だな。
実に貴族らしい、他の誰に読まれても素性を隠せる素晴らしい書き方だ。
少なくとも、空軍の馬鹿共に主導権を握られなかったということだけはわかってよかった。
果たして、それが彼らの成したことなのか、彼女が成したことなのかはあえて言及するまい。
いや、元をたどれば「彼」と「彼女」というべきだろうか。
しかし、貴族であるエマーリアンの乗員まで噛んでいたとは思わなかったぞ。
それも、主役はエマーリアンではないと言うなんて。
一人の英雄が影、いや、残り香だけで皆の心を射止めた瞬間だろう。
英雄には人を引き付ける不思議な力があるというが、彼もそうだったようだな。
逆に、空軍からすれば誰も気づけない、世代を超えた時限爆弾になっちまった、と。
戦果は確実に出すだろうから、責めることもできない。
空軍の一人負けだな、見下した相手に内臓を切り裂かれた気分はどうだ、悔しいだろう。
そして、先に理由を付けてエマーリアンだけ出たのは、重すぎて空挺降下できないために、地を這って前線に間に合わせるためだった、ということだ。
まったく、粋なことをやってくれる。
最後に、カートリッジの中身なのだが。
中身は手持ちカメラで撮影された写真だった。
しかも最新式に対応したカートリッジだそうだ。
片手持ち、照準眼鏡付き、連射式。
エマーリアンの彼らなら持てるだろう最新機器を持ち込んで、エマーリアンの乗員がなにをしたかったのだろうか。
色の付いた写真を見て私は笑った。
奴らめ。
なにが、戦場の主役は私たちではありません、だ。
きっちり「瓶の底」としての仕事はしたじゃないか。
戦車戦線の底に穴を空けようとした「夜火」の攻撃を誘発させ、発射された三発すべてがエマーリアンに命中していた。
正面からな。
結果は見ればわかるだろう。
いや、見なくてもわかるか。
実に興味深い結果だ。
「夜火」の火砲の性能も、エマーリアンの装甲の性能も。
さて、これから忙しくなるぞ。
こんなところでのんびりしている場合ではない。
前線は遠くへ行ってしまったんだ。
今度は、私たちが近付いていく番だ。
とっとと「ファーム」を引き払う準備を始めるように掛け合ってくる。
戦線が動いたのならば、熱くなった鉄が冷たくなるまでは総力戦が始まる。
「ファーム」なんて概念はすぐ吹き飛んでしまうはずだからな。
見ましたよ。
俺たちに宛てた手紙を勝手に読むのはやめてほしいのですが、言っても聞かないでしょうね。
まあ、俺たちの預かっていた戦車が戦果を出すのはとてもうれしいことです。
ですけど、なんで俺たちこんな外れくじを引き続けているんですかね。
戦線がとんでもない速度で上がっていったぶん、それに間に合わなかったものの整備を任されてしまっているんですよ。
いや、別にダックとかならどんどん来てくれてかまわないんですけどね。
それにしても、こいつのお守りなんてあんまりじゃないですかね。
バカでかくて、ウスノロで、動かすのでさえ一苦労ですよ。
おまけに大型特約付きで、頭を抱えたくなります。
本当にこいつを連れて前線まで行くんですか。
まったく。
そっちでなんとかならないか。
お前ならなんとかできるんじゃないか。
いや、なんとかできると言ってくれ
少なくとも俺はお手上げだぞ。
動かすだけで地面が沈んで、下手したら横転させちまいそうだ。
しかも揺れ幅が大きすぎて、緊張も相まって吐いてしまいそうだ。
俺は戦車に乗りたいとは言ったが、こういうゲテモノに乗りたいと思ったことはないからな。
手順書によると、別に横転するようなことはないと思うのですが。
この子自身、最初から素晴らしい身体能力を持っていますよ。
たぶん、本当に相性が悪いのか、大型すぎて揺り戻しの大きさで戸惑ってしまっているからかもしれませんね。
手動での調整をして、それに反応するのが遅いので、ヴァーよりも余計に傾いているように感じることもありました。
特徴を挙げるのであれば、前に偏った主砲のせいで前傾姿勢になってしまいがちなことでしょう。
前傾の状態で揺れれば、揺れは当然ながら増幅されてしまいます。
この子の傾きと、私たちの思う傾きの危険域が違うことによって起きるものですので、人間にとっては生理的な気持ち悪さを感じる角度かもしれません。
私もこの子は初めてなので苦労しましたが、沼地で横転するような危険はありませんでした。
こういうもの、と一度思ってしまえば、私は慣れることができました。
ありきたりな言葉にするならこの子への「信頼」というのでしょうけれど。
強靭な足腰のおかげで、私は安心してヌエの背中に乗っていられます。
あんまり張り切らせると、他の子たちのために作った地形が破壊されてしまうとも思いましたが、整備基地が前線に移るならここはもう使わなくなってしまうでしょう。
ヌエの好きにさせることにしました。
尻尾がかゆいのか、そこら辺にある木を殴り倒すので薪には当分困らなくなりましたよ。
森のなかから重たい生木を回収できればの話ですが。
ヌエをよく知る人に聞いたのですけど、あれでも3割も力を出していない、いわゆる「じゃれつき」の状態だというのですから、この子がどれだけ力持ちであるのか想像が追いつきませんね。
むしろヌエは耕運機として生まれてくれば、どこでも活躍できたかもしれませんね。
ところで、ヌエについた鎖の錆を落とすのは、大きさや長さもあって非常に手間がかかります。
新しい鎖に付け替えるのと、錆を落とすのでは、どちらが経費の削減になるでしょうね。
回転研磨機をかけるわけにもいきませんし、そこだけは困っています。
あと、書き忘れていたのですけど。
このヌエは新鮮な水場が好きなので、川があったら足だけでいいので入れてあげるようにしてあげてください。
ヌエ自身も気付いていないのですが、この子は水虫です。
正確には、泥に足を長時間入れていたことが原因で、吸血虫や寄生虫に食われて、そこから化膿し始めています。
できれば足の裏まで清潔にしてあげるべきでしょう。
とはいっても、この「ファーム」はもう片付けなければいけないので、そんなことをしている余裕もなくなってしまいますね。
できれば、ヌエの足の件は皆に周知しておいてほしいです。
大型特約も付いているので、それをする時間と経費は確保できるはずですから。
戦線が上がるのも考え物ですね。
連続整備契約に縛られて、前線部隊にある程度追従しなければいけないというのですから。
それで給金をもらっている私たちの言えたことでもないと思いますが。
戦線の膠着している日々が、私たちにとっては一番平穏な時期なのだと再認識させられました。
私たちにとって「勝利」は、手紙や新聞や現地官報以外では縁遠いものですからね。
そんなことを書いていたら、早く故郷に帰りたくなってきましたよ。