飛べない鳥【後編】

※未完 小説ページには完成時リンク貼り付け予定

「はぁ...はぁ...」
なんで戦車兵の俺が走っているんだよ...っ!
ライフルよりは軽いはずの拳銃でさえ今は恨めしいほど重たい。
俺たちが街並みを瓦礫の山に変えた結果隠れる場所が全く残っていない。

くそっ!魚人共はマトモな戦車は持っていないはずだろ!化け物めっ!

「おーい!こっちだ!」
友軍の声が聞こえる、あのグリディア戦車は第三小隊、まだ生き残っていたスラーグ攻略騎兵隊が居る事に少し驚きつつも、息切れしている体に鞭を打って戦車に向かって走った。

だが、状況が状況なため足を止めるつもりはないようで、戦車の上に飛び乗るしかない。
わが軍の戦車は履帯ではなくスクリューを足回りに採用しているので、飛び乗るのは非常に危険だが飛び乗らなくてもどちらにしろ死が待っている。
俺は全速力で撤退しているグリディア戦車に飛び乗った。

砲兵隊と航空隊が都市北部を瓦礫の山にしているためマトモな道路が無く、遅くなっていたのが幸いしなんとか追いつくことが出来た。
「大丈夫か!?アレは一体何なんだ!?」
「装甲騎士は一体なにをしているんだ!?他部隊は一体何処にいる!?」
狭い車内に転がり込んだ俺は矢継ぎ早に質問を投げかけられた。
「はぁっ...はぁっ...俺にも分からん...歩兵隊は壊走した。装甲歩兵隊は...乗り込もうとしたんだが...遠くから見てると分からないがアレは普通の戦車並みの速度で動き回っている...殆どがロープランチャーを撃つ前に踏みつぶされるか銃弾でやられた...」
「主力戦車隊はどうした!?マルダル戦車ならアイツを倒せるはずだ!」
「俺がその主力戦車隊の戦車兵で、アイツがピンピンしているのが答えだ...」

ズーン!
ズーン!
「2号車がやられましたーーっ!」
「まずい!あの化け物に見つかった!急いでこの戦車から飛び降r...!

強い衝撃と共に俺の意識は途絶えた。


ーーーーーー

この、ユングナプ陸上大学は丘の上に有る為、スラーグ湾が一望できる。
ロビーにかけられている80年前のスラーグ湾を描いた絵と見比べると、埋め立てによって今では4割ほどしか湾が残っていない事が分かる。
私は喫煙所から見えるスラーグ湾の風景が好きだった。
埋立地に建てられたクレーンや工場が旧市街と非常にミスマッチでとても皮肉の利いた風景だった。
今ではその整備された湾口はフォウの砲撃で更地になっており、数か所では海に沈んでしまっている。
市内運河網は流れが変則的になっており、利用不可能になった。
お陰で家財道具を持ちだす前に無事、研究室生活が始まった。
と言っても、市街地は軍が完全に大学へ避難させており大学構内は避難民でイヨチク洗い状態になっている。
私もその一人になったに過ぎない。せめて通帳は大学に持ってきていれば良かった。

「はぁ...ここが校内で一番空気がきれいかもな。」
ウナカウシが喫煙所に入ってきた。
「あぁ、ロビーも講堂も加齢臭で鼻が曲がりそうだ。」
「ハハハ、お前も俺も水浴びを数日はしていないからお互い様さ。」
校内は老人でごった返しており、少しでも動ける者は市民軍として軍に連れてかれてしまった。
旧式のNC562-A6小銃が大量に余っているらしく、歩兵装備だけは潤沢にあるらしい。
お陰様で、陸上艦建造チームに回されたのは腰の曲がったおばあちゃんばっかりだ。

残り少ないタバコをふかしつつ、私とウナカウシはぼんやりと遠くを眺める。
制海権を奪われており、配給される品はどんどん減っている。
一週間前からはついにチヨコが配給に混ざり始めた。皆、美味しい方のチョコしか食べた事が無かった為、始めは物珍しさで楽しめていたが二日目には大量に捨てられるようになった。
多少量が少なくなっても、炊き出しのイヨチク焼きとイヨチクの若芽の煮物だけ食べていた方がずっと良い。
アレを好き好んで食べているアーキル人は一体どれだけ退廃的な生活をしているのか...信じられない。

自分のクルカにチヨコを与え、空きっ腹で嘔吐させて衰弱死させてしまった6歳の子が出てからは、警邏隊からクルカにチヨコを与えるなとお達しが出た。そのため、チヨコを食べる者が全く居なくなり、殆どの人は配給されるチヨコを燃料として使用している。
そういえば、市長がチヨコを毎食食べて手本を見せると言っていたが、二日でギブアップしていた。
あの賭けで私は貴重なタバコをひと箱入手出来た。

本来、ここスラーグは雪が降る場所ではないのだ。氷点下の気温に慣れていない人は大量に居る。ストーブをコンコンと焚いているロビーですらいまだ十分な温かさを保てているとは言えない。
昨日、ついにチヨコを暖房燃料として使用すると市が公式に声明してからは校内にチヨコ特有の臭いにおいが充満し、鼻で呼吸する事が出来なくなってしまった。
加齢臭とチヨコと水浴びしていない人の饐えた香りによって、校内は地獄のような香りになっている。
館内で鼻呼吸が出来る場所が喫煙所のみというのは何とも皮肉だ。

「あーあ、奴らはあの輸送缶で美味しい魚を大量に持ってきているのかね。」
「ハハハ、盗みにでも行くか?」
「遠慮しておく、どうせ中身は砲弾ばっかりさ」
輸送缶というのはフォウが輸送船と言い張っているデカいドラム缶の事で、だれが言い出したか『輸送缶』とスラーグ居残り組の間で呼ばれている。
スラーグ湾に堂々と入ってくる輸送缶を見ていると、我が国の制海権神話がただの幻想だったのだと感じる。
フォウの陸上装甲艇は水を渡る事が出来ないようで、張り巡らされている都市運河網によって今は持ちこたえる事が出来ているがそれもいつまで持つのだろうか。
既に中央運河公園まで突破されており、中央運河公園の橋を全て落とす事でなんとか足止めしているようだ。

ズーーン...ズーン...ズーーン...
本日四回目の区画砲撃が始まった、既にこの程度の砲撃は日常の物となり防空壕へ入る者は少ない。

「さて、工場へ戻るか。」
私とウナカウシはそれぞれのドックに戻った。ドッグと言っても、既に空爆で焼けているので今は裏山の空き地にクレーンを置いているだけだが...

ドックまでの道の途中にはテントがいくつも建てられており、そこで負傷兵の治療が行われていた。
毎日ウン十人が運ばれてくる。正規兵も昨日志願したばかりの市民兵、爆撃に巻き込まれた一般人まで関係なく運ばれてきた。
あれだけ大学からかき集めた医療品も一瞬で無くなり、今では包帯すら足りていない。
裏山のドッグの隣では大きな穴を掘っており、そこに亡くなった人を埋葬している。
既に穴は6つ目を掘り始めており、そこで働く軍人達の目はどこか虚ろであった。
彼らは一体何を思いながら穴を掘っているのだろうか。

始めの頃はおしゃべりが多かった、おばあちゃん(男手は全て市民軍に駆り出されてしまっているのだ)職人達も今では静かに黙々と作業をしている。
早く完成させて、戦況を打破しなければ...


ーーーーーーーーーー

目が覚めた。
避難所と変わり果てた大学での寝泊まりにも慣れ、毛布に包まった人で溢れている廊下を歩く。
校内の臭いにおいを吸い続けた結果、既に私の鼻は馬鹿になっており今では普通に鼻呼吸が出来るようになった。
と言っても、チヨコを暖房に使わなくなったのだから、事実以前よりは臭くないのだろう。
ついに備蓄されていたスズミノリもイヨチクも枯渇し始め、炊き出しで出てくるのは豆缶とチヨコバター(チヨコから無理やり油分を取り出した)炒めになった。
チヨコをそのまま食べるよりはまだマシ、程度の物だがそれでも毎朝全員欠かさず受け取りに来る。
空腹でチヨコをそのまま食べる者や、封鎖を突破してイヨチクを取りに行こうとする者が現れ始めた。
既にチヨコは燃料ではなく貴重な食料になっているのだ。
山間に建てられている本校では沿岸までたどり着くのは至難の業だが、毎日数人のチームがイヨチク狩りに向かっている。
また、最近では所有者の居ないクルカを見なくなった。闇市でクルカ鍋が食べられているという信憑性の有る噂も出回っている。
我が国ではスカイバード信仰が有ったはずだが...宗教も戦争では弱いものだなと思う。
一部ではクルカは神が与えた食料だ、等と言っている新興宗教が発生しつつある。
警邏隊が取り締まっているが、私の予想では警邏隊にもクルカを食べている人は何人も居る。
クルカを食べている奴は大体血色が良いので言われなくても大体分かる。

「肉汁一杯ね」
「8000イギルだよ」
「あぁ、そうだった...どれが100イギル紙幣だったかな...ええと...」
私は闇市で謎の肉の入ったスープを買った。人肉ではないと書かれているので安心である。
もちろん、私も諸島人なのでスカイバード系の宗教を信仰している。だがここでは『何の肉なのか分からないで食べている』事になっている。
きっと私と同じように、都合良くに馬鹿になって食べている人は他にも沢山居るだろう。

「えぇー!ぼったくるにしても程度が有るでしょ!20イギル!」
「じゃあ食わずに帰れ!」
ヤエミナが私の後ろに並んでいたようで、肉汁の価格に文句を言っている。
確かに、8000イギルなど中古の機械カヌー並みの価格だ。しかし、ここでは食料の価格は日々どんどん高騰している。仕方がない。
しかし、ヤミエナか...


イギルはフォウ王国の通貨だ。
昨日、軍人がやってきてイコリア・ディナールを全てイギルに両替し、回収していた。
イコリア・ディナールが国外に流出するのを極端に嫌がっている...というわけでも無さそうだ。

私の推測ではあるが、両替に使われたのはフォウ王国ではなく諸島連合が発行した偽のイギル紙幣だ。
現に数十倍のレートで両替をして回っている。
最後のオデッタ新聞が届いたのは数か月前だが、マルダル諸島占領以降、戦勝の見込みが有ったフォウ王国のイギルは、予想と反対に不自然な暴落を開始していた。
反対に、諸島のイコリア・ディナールは敗けが続いているのにも関わらず、むしろ高騰したのだ。

アーキルのラジオでは『諸島がイギルを大量に放出したせいだ』と言っていたが、オデッタ新聞に載っていた各国各通貨保有量予測を20倍以上も超えた量を放出したことになっている。(特別探偵社のオデッタ新聞なので信用ならないが、そこまで大きく外れる程無能集団でもないだろう)
フォウ本国では既に影響が出始めているようで、輸入業への打撃や小企業の連続倒産が発生しているそうだ。
それに伴い、講和派が力を付けているらしい。
もしかしたら、もしかしたならば、何もかもがうまくいけば、白紙講和までは持っていけるのかもしれない。

「あっ、先輩~。一口下さいよー」
「お前自分の金で食えよ」
「ケチ~」
「当たり前だろ、チヨコでも食っとけ」
「む~...なんでこんなに破格のレートで両替して回ってるんですかねぇ」
「そりゃあ、占領地での買い物を敵軍にさせないためだろ」
「買えなかったら略奪とかされるだけなんじゃないですか?」
「その時はその時で国際的な非難をするだけさ、ただでさえこの戦争はフォウの侵略戦争だからな、これ以上国際的な評判を落とすことはやりたくても出来んさ」
「せこいっスねぇ~」
「自業自得さ、スカイバードは見てるんだろうな。」


今日、ついにエンジンの換装が両方終わった。
両方...というのはウナカウシの陸上巡洋艦と私の空中艦だ。
ウナカウシの陸上巡洋艦には私の重浮遊機関を二機
私の空中艦には浮遊機関と交換でいらなくなった大型履帯を二機搭載した。
それに伴って私の空中艦は陸上駆逐艦と種別を変更する事になった。

陸上巡洋艦は三両編成の列車のように六つ(履帯の数は性格には、3つを1つの束にしているので18基の履帯)エンジンが有ったが真ん中の二つのエンジンを取り除いて代わりに重浮遊機関を乗せた。
接地面積は減ったが、トータルの面積当たりの質量は他国の重陸上戦闘艇(重戦車)程度にまで減少し、体積を気にせず馬力だけを目指したエンジンによって機動力も時速50kmは出せる...はずだ。
陸上駆逐艦は元々飛行用にプロペラ用のエンジンが有ったのでそのそのスペースを履帯用に変更した。
元々軽量性を重視した設計にしていたので、速度は時速70kmまで...出せるはずだったが、プロペラの位置と履帯の位置は大きく異なるため、結局50km程度が最大速度となる予定である。
奇しくも両方とも同程度の速度になりそうだ。
そう、ウナカウシと私の二人の研究を纏め陸上艦という新しい兵器を完成させたのだ。

 

「えっ?」
わが耳を疑った。
「仕方ないだろ、完成はあと5年はかかるって思われてたんだから...」
言っている本人のウナカウシもチヨコを噛みしめたような表情をしている。

そう、陸上巡洋艦も陸上駆逐艦も技術実証用の試作品なのだ。
陸上巡洋艦に搭載予定の15cm連装砲(陸軍は28cmを要求していたが流石に無理だとねじ伏せたらしい)がまだここには届いていない。
いや、まだ陸上巡洋艦の方には副砲と機銃が搭載されているだけ良い。
私の元空中艦、現陸上駆逐艦は主砲どころか武装が一切搭載出来ていないのだ。

「いくら戦況がまずいからと言って大砲すら作れないレベルではないだろう?」
「確かに工場艦は全部南方に避難してたから、ほぼ無傷だが...届ける事が出来ないんだよ...」

薄々感じていた。
一応校内の避難者達に通知はされていないが、既にスラーグは完全に孤立状態にあるらしい。
既に避難者達の精神は毎日の砲撃空爆で限界に達しつつあり、ここでその情報を流すと何が起きるか分からない。

詰んだ、この陸上艦隊が完成すれば反抗作戦に出られるそう信じて私達は二隻の建造に尽力してきた。
博士が避難前に行方不明になった後も私たちが継続して建艦してきたのはその希望があったからだ。

『スラーグの死守命令を撤回、降伏を許可する。尚、フォウの手に渡る前に建造中の388計画艦・801計画艦の爆破解体を命じる。』
その電報と届けられた爆薬。
我々は、スラーグは連合政府に見捨てられたのだ。

 


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長く待ったかいが有った、爆撃地点を指定しても空軍の奴らはマトモに当てる事が出来なかった。
爆破の為に爆弾を送れと言ったが、本部の豚共は船爆破に足りる量を全く届けられなかった。

今、フォウは追い風に吹かれているので戦線を維持できているが、寒波が終われば...
たった二年弱で伸ばし過ぎた戦線は既に攻勢限界に達しつつあり、補給が滞り始めた前線部隊の士気はどんどん低下している。
間違えてもこの巨大兵器を世に放ってはいけない。

悔しいが魚人工作員は手練れで、いくら警備を厳重にしても爆破事件や暗殺が相次いでいる。
マニュアル発見後から、やっとポツポツと捕まえる事が出来るようになった、それでも活動は日々激化している。
紙幣の原本が盗まれてからは本物の偽札が出回り始め、経済の打撃は凄まじくアーキル・ディナールでの売買が許可されたほどだ。
諸島工作員と思われる事件の被害総額は、諸島に与えた被害に追いつきつつあるらしい。
もっとも、死者数では圧倒的に諸島のほうが多いのだが...

!!
部屋から出てきた。

「おう、ヤエミナか。盗み聞きは良くないぞ。」
「エヘヘ、二人っきりで何を話しているのか気になりまして。」
「バッカおまえ私とウナカウシがそんな仲になるわけないだろ。校内放送するから静かにするよう連絡してまわれ。」
「まさか包囲された事を伝えるんですか?」
「放送で聞け、ほら走れ!」

なんとか誤魔化す事が出来た。
一体何を話すのだろう...


『あーっ、あーっ』
アイツの声だ、私が放送の事を伝えて回り終わる前に放送が始まった。
と言っても校内で残っている人は耳の遠いシワシワのお年寄りかおっぱいを飲んでいるような赤子とその母位の物である
どう考えても動けないような70歳のおじいちゃんが、銃を持って郷土防衛軍としてフォウ軍がうろついている街の中でゲリラ戦をしている。
勿論彼らに統一された軍服など支給されていない。民間人と戦闘員を見分ける事は事実上不可能だ。
魚人は島々の寄せ集め集団のはずだが、何が大切なのか一向に降伏しようとする気配が無い。
大陸国とは違う郷土愛というものが、愛国心とは別に存在しているようで、それによってフォウの精鋭のように例え一人であっても死ぬまで戦い続ける非常に面倒な民兵が誕生した。練度は低い癖に指揮統制はアーキル正規軍以上の強度を誇っている。
降伏さえすれば無駄死にする必要は無いだろうに。

『町で無線機で聞いている奴は周囲の味方を集めてくれ。間に合わなかった人には君から伝えてくれ。
よく落ち着いて聞いてくれ、今我々が置かれてる状況を伝える。
薄々気が付いていたとは思うが、三日前から我々の居る...スラーグは完全に敵に包囲されている。
連合政府はスラーグ放棄を決定し、我々への死守命令を取り消すと言ってきた。
...

やれやれ、ようやくスラーグ攻防戦が終わるのか。


『こんな命令に従っていられるか!よぼよぼのじいちゃんから赤ん坊まで居るんだぞ!
フォウの野郎どもに看取られて死にてぇのか!?フォウ占領下で子供を育てたいのか!?違うだろう!
我々は偉大なる海の民だ!海で自由に生きるのが我々だ!島々の伝統と洋上の新しい技術発展が同居する、この国を愛するのだ!
降伏する者を止めはしないが...私とウナカウシは...南のアルドラーナまで希望者を脱出させる事にした。
お前たち、大学で私が陸上艦を作っていることは知っているな?
完成してはいないが...十分な装甲と速度は出せる。ここに残っている者を全員乗せて脱出する事も出来る。
6時間後陸上艦を出港させる。フォウの捕虜になってツンドラで木を数えたくない奴は大学裏の工場に集まれ!
以上!』
彼方此方の部屋から歓声が聞こえる。

待て待て待て、そんなことは聞いていないぞ。
陸上艦は爆破するんじゃなかったのか?
6時間後ってなんだ?急いで爆破しないと間に合わなくなる。

爆薬を取りにいかねば。
ーーーーーーーーーーー

シュピーーーーン....
3mmオト弾特有の空気を切り裂くカン高い音が雪の積もった瓦礫の平野に鳴り響く。
覗き込んだスコープの向こうには首に15㎝程の長い銃弾、いや小型の銛と呼ぶべきだろうか...が刺さってパニックを起こしている一人の「男」が居た。
周りの兵士たちも釣られて慌てふためきパニックを起こしている。
流石にスラーグまで進軍してきた兵士だけあり、銛弾を引き抜く事はしていないが心臓の鼓動と共に大地に広がる雪を赤く染め広げるその様子は遠くから見ている自分ですら気分が悪くなる。
直ぐに衛生兵と思わしき兵士が箱を持って駆けつけてきた。
白と赤のワッペンを付けている衛生兵をスコープの中心に抑えて、ゆっくりと息を吐き力を抜く。

シュピーーーーン....
衛生兵が肩を抑えて喚いている事を確認すると、自分は急いでその場を走り去った。


握っているこのNC562小銃の使う3mmオト弾は、人を殺すのではなく人を無力化する銃だ。
正直適正距離でも殺せるかというと微妙な程威力が低い。今、首に命中したがそれでも殺せない程殺傷能力が低い。
しかし、その代わりターゲットが感じる痛覚は他国の銃弾とは比べ物にならない。当たれば鮮血が噴き出し屈強な男でも泣きわめく。
この銃は人を無力化する銃だ。この銃弾はわざと人を殺さないように作られている。
殺すと前線から一人減るだけだが、このように無力化すると衛生兵だのなんだのと一発の銃弾で複数人を前線から排除できる。
この銃は被弾者がより痛々しく見えるように作られている。
わざと血が勢いよく噴き出すような作りだし、わざと弾が全て体内に入らないように作られている。
同じ出血量でも、ゆっくりと垂れ流れるよりも噴水のように噴き出してる方が士気を削げるし、視界に刺さっている物が見える事でアドレナリンによって痛覚を忘れる事も許さない。
パニックを起こして突き刺さっている弾を引き抜こうものなら体内の血管を酷く傷つけ、より出血がひどくなる。
徹底的に、相手を恐怖させる銃弾だ。

今の射撃は綺麗にマニュアル通りに戦う事が出来た。
まず最初に男兵士を撃つ。男は女よりも血や痛みに対して弱いため、パニックを起こしやすい。
次に、死んでいなければ直ぐに衛生兵が飛んでくるので、やってきた衛生兵を撃つ。
3mmオト弾は殺傷能力こそ低いが、適切な処置をしなければ出血多量で死んでしまう。
逆に言うと、適切な処置を施せば死ぬ事は無い。その事実が有りながら見殺しにする事は出来ないため、この銃はフォウに衛生兵を部隊に付ける事を強要している。
衛生兵を撃つか、しばらく待っても来なかったら直ぐに場所を移動する。
現在、自分達には地の利しか無い。このようにして少しづつ戦力と戦意を削る事しか出来ないのだ。

一応ストラトマグロの胆汁を先端に塗り、殺傷能力を高めたの3mmオムト弾という弾も有るが、こちらも殺す事を目的としているわけでは無く、3mmオト弾に対して「当たっても死なない」と安堵させない為に作られた。
だが、面白い事にオムト弾は兵達が余り使いたがらなかった。このオムト弾は当たれば、かすり傷でも確実に死ぬ。
NC562を使っている兵はこの銃の性質を理解している為、「NC562で撃っても人を殺している訳では無い」と精神的に逃げ道を作る事が出来ていた。
郷土防衛軍やスラーグ突撃隊などの民兵だと尚更この傾向は強かった。
その精神的な逃げ道を無くすオムト弾は声に出す者は居ないが、配備後臆病撃ちする兵が続出した。
その為、現在では通常の3mmオト弾だけを使用している...事になっている。
3mmオト弾クリップの中に3mmオムト弾を混ぜている...という兵士達の間での噂話が有るが...いや、考えないでおこう。
そういえばなぜかオムト弾廃止後、オト弾のメッキの色が変更されていたな。

最終更新:2019年04月03日 19:05