15月30日 01:31
非常電源が再起動させたのは照明だけでは無かった。電源を得た人造肺が声帯に圧縮空気を吹き込み、けたたましい警報が鳴り響く。驚愕と動揺に漂白されていた混乱もまた、息を吹き返す。
「各省庁との通信途絶!」
「直通回線及び第二中継線にも応答ありません!」
「帝都中央に火柱が上がっている!二次爆発もだ!」
「とにかく上層部に取り付げ!」
軍令部第三課の官庁舎内では警報を掻き消すほどの怒声が飛び交い、無数の書類が乱舞していた。その渦中に立つ若い軍人がひとり。
帝國人らしいブラウンの髪にオージア系の褐色がかった肌、パンノニアグリーンをたたえた瞳、短く揃った髪と細く鋭い眉。その出で立ちは男のようにも女のようにも見える。
彼女の名はマレット・モルニヤ。階級は少佐、東部領邦主モルニヤ家の正統後継者にして軍令部第三課実働隊の司令官、筋金入りの軍人家系に生を受け、男として育てられた過去を持つ才女だった。
深夜、帝都で原因不明の爆発が起こってから数分後には、マレットは手持ちの情報の限りを尽くして事態の把握に努めていた。
爆発音規模、方角からして帝都軍港が爆破されたことは間違いない。電源が落ちたことから発電所か変電所のどちらか、もしくは両方が爆破された上、通信系もなんらかの損害を受けたことは確実だ。
連邦の工作部隊か?諸貴族の反乱か?下級臣民のサボタージュか?敵国の超長距離兵器か?いずれも違う。情報網と指揮系統を寸断して軍を麻痺させ、その間に行政官庁を襲撃、最小限の流血で国家の簒奪を目論むクーデターのやり口だ。
ならば敵は誰だ?これはほぼ瞬時に目処がついた。ラッツェンローゼ率いる近衛騎士団だろう。統治省から不審な報告も挙がっていたし、生粋の国粋派である近衛には十分すぎる理由がある。
彼女の属する軍令部第三課は軍内部の治安維持と対外諜報、防諜機関として設立された軍警の最上位機関である。使えるべきは軍、ひいては国家というシステムそのものであり、国家の頭が宰相からラッツェンローゼにすげ変わろうが、彼らが守るべきは治安と規律であらねばならず、政治的闘争から乖離した存在でなくてはならなかった。
マレットは第三課がどちらに組するのか、そもそもこのクーデターに干渉するのか測りかねていた。少なくとも、クーデター軍からの声明がない以上、市民の安全と軍の規律維持に動かねばならない。真っ先に放送局や中継局に人員を回して、穴だらけでも良いから情報統制を敷く必要があった。
(兵を動かすよう長官に進言しなくては。最悪、近衛やそのシンパ相手に放送局で撃ち合うことになったとしても。)
マレットは慌ただしく人が行き来する廊下を駆け出していった。
この場にあってもう一人、平静を保つ者がいた。その男の襟章は少将、つまり第三課長官であることを示していたが、その上に居座る顔はなんとも覇気を欠いていた。歳は五十代半ばといったところで、白髪混じりの頭髪をオールバックになでつけている。厚ぼったい瞼と骨ばった痩せ顔、軍服を着ていなければとても軍人とは思われないだろう。
「そろそろ来る頃かな。」
彼がそう呟き、眠たげな瞳をもたけだ瞬間、執務室の扉がノックされ、返事も待たずに開かれた。
やはり、と彼は笑う。ノックの主は予想通り、マレット少佐だった。
「失礼します、長官___ 」
「いいよ、許可する。書類のサインは済んでるから持っていきなさい。」
パンノニアグリーンの目が驚きで見開かれた。長官は全てを察して書類をしたため、自分を悠々と待ち構えていたのだ。この人はいつもこうだ、とマレットは思い出す。
平時は典型的な税金泥棒としてマホガニエの椅子の座り心地を堪能しているが、一世一代の大事件が起きれば水を得た魚のように活き活きとしだす。過去の"連邦大攻勢"の際、帝都郊外まで敵艦隊が進出した時も誰よりも早く行動をおこしていた。能力が無いわけではないのに出世欲や向上心を見せないこの男に、マレットは言葉で表せない気味悪さすら感じていた。何にでも馬鹿正直に正面から当たるマレットの性格と正反対だったからだ。
「あ、ウチの実働部隊はまだ動かすなよ?あれは最悪の時に切るべき札だ。その書類の二枚目に帝警、軍警からの臨時指揮権移譲を保証する書簡を入れておいたから、頭数が欲しけりゃ彼らを使え。」
「・・・流石ですね。なぜ相手が近衛だと?」
「さっきのキレーな爆発見たろ。帝都に精通したプロの技だなアレは。しかもさっきからドクトルへのホットラインが繋がらん。連中、混乱を大きくするために"選んで"切ってやがる。今日、組織的な国家の簒奪、大規模なクーデターを画策する連中なんて近衛くらいだろ。コトが起こっちまえば我々にできるのは混乱が市民に波及するのを防ぐことくらいだ。書類にサインして、後は洞察力と行動力に富んだ部下が戸を叩くのを待つだけだ。」
「・・・素直に賛辞と受け取りましょう。通信室は内務省、耳目省、統治省、監査局、そして特務委員会への電話線が切断された、と。特務は恐らく近衛についたと思われます。」
「なるほどねェ・・・。あーもどかしいなァ!せっかく面白くなってきたのにどっち側にも付けないなんて。おっと、今の発言は忘れろ。長官命令だ。」
「・・・ミーレ・インペリウム。」
この不謹慎を謳歌している男も、一応国家に隷属している自覚があるらしく、マレットは少し安心した。国に仕える第三課はどちらの陣営にも組みさない、これは確定事項だ。天秤の裁定者はあくまで傍観者を決め込むと決定された。書類をひっつかんで部屋から出ようとした時、長官の声に足を止められる。
「あんまり無理するなよ。適当に手柄立てたらすぐ戻ってこい。こんな仕事、ほんとは女の子のするモンじゃないんだ。」
「お気遣い感謝します。」
数年間、彼女の面倒をみてきた彼なりの優しさだったが、軍人としての誇りを持つマレットにはそれが煩わしく感じた。たとえ父親程に歳が離れていても小娘扱いされるのは嫌であったし、最初から男に生まれていればと思わずにはいられない。
通信室に入ると、甲高い声と速記用タイプライタの金属音に出迎えられた。電話交換手が女の仕事なので、通信室は女所帯だ。みな平静さを取り繕いつつあったが、通信室や情報室は意図的に流布された偽情報と勝手気ままにぶち撒けられる誤情報の濁流に溺死しつつある。
「交換手、警視庁につないでくれ。コード2431BO、第一種回線で。」
自分と似たような歳の交換手が振り向き、疲労を隠さず言い放つ。
「現在、外回線は受信以外を遮断しています。情報部の処理が完了するまでお待ちください。もしくは許可書をお持ちですか?」
「許可書は無いが、緊急なんだ。責任は私が取るから繋いでくれ。」
マレットは困惑を内包した交換手の瞳を真っ直ぐ見つめ直す。パンノニアグリーンの瞳に射すくめられた交換手は妙な緊張を覚え、耳たぶを赤くして顔を背けてしまった。少しの間、彼女の中に葛藤があったであろうことは想像に難くない。
「・・・わかりました。15分だけ回線を開きます。15分だけです。それ以上は駄目です。」
「ありがとう。すべて終わったらちゃんとしたお礼をする。」
マレットは人から好かれるたちであったが、友情自体が長続きしたことは稀だった。その率直さと朴人参ぶりに原因があることにマレットは気がついていない。彼女との友情を続けられる人間はマレットの悪質なまでの無意識に魅力を感じているものだけだ。
真鍮とゴム、生体膜を応用した共振器のついた送話器を取り上げ、耳に当てる。
「もしもし?こちらは軍令部第三課、マレット・モルニヤ少佐。緊急の要件を伝えるから佐官相当官以上を頼む―――
15月30日 01:52
アルテチュリ・マーズは不幸に見舞われた。友人から借りた本を無くしてしまったとか、窓の鍵を締め忘れたせいで自室がクルカまみれになったとか、四六時中軍服姿で過ごしていたら近隣住民に不審がられたとか、彼女の不幸は9割がた自己責任なのだが、今回ばかりはカミサマの意地悪だった。
青みがかったショートヘアに細い輪郭と太めの眉、目はやや釣り目気味なので気難しく几帳面な印象を受けるが内面は真逆、酷くずぼらで出不精なたちで、職場においては外見に違わぬ生真面目さと几帳面さを覗かせる彼女だが、私生活では生活力の無さを存分に発揮していた。友人との約束を忘れて昼まで寝すごし、自宅に来た友人を下着姿で出迎え本気で怒られて以降、私生活でも軍服を手放さなくなった。自室の整頓も私生活の整理も業務の一環としてしまえば円滑に処理できたからだ。転任したばかりの上司に、その姿を仕事熱心な警官と勘違いされたのが彼女の不幸だった。
軍令部第三課の指揮下に入って事態の収拾に努めよ、彼女に下された命令は単純で、誰もやりたがらないもだった。
彼女が有り難くない拝命を食らった数分後、第三課の紋章を付けた政府公用車が警視庁の正面プラットフォームに着陸した。アルテチュリは浮遊車の中から現れた中性的な外見の士官にゆったりと敬礼する。
「あーマレット少佐…ですね?お待ちしておりました。アルテチュリ上級警視以下2個中隊、貴方の指揮下に入ります。」
アルテチュリがマレットに抱いた印象は育ちの良さと潔癖っぽさだった。美人ではあるが、どこか融通のきかなそうな女で、少なくとも自身とは正反対か、対局の近似値だと捉えていた。一方、マレットがアルテチュリを見て感じたのは、鋭い眼光と気難し屋の雰囲気、つまり彼女と初対面のものだけが抱く間違った印象だった。
「ご苦労。早速で悪いが時間が無い。警官隊は完全装備で中央放送局を目指せ。細かい説明は車内でやるから君は私と一緒に乗ってくれ。」
アルテチュリは整列する部下に向き直り、
「聞いたな!第一、第二中隊は完全装備で輸送車に騎乗、帝都中央放送局で合流する!」
吹き上がる腐食ガスと黄砂のせいで形成された万年雲が帝都を覆う中、灯火が消えた帝都は闇に包まれていた。各々持ち寄った光源と、予備電源を持てる軍事施設などの光がぽつりぽつりと見える傍ら、帝都中央の大軍港が轟轟と火焔を巻き上げている。
交通機関の一切が停止したのは今日が初めてで、常に過密気味だった帝都上空は閑散としていた。その中を政府公用の浮遊自動車と警官隊の兵員輸送車が全速で突っ切ってゆく。
アルテチュリは政府公用車の乗り心地に驚かずにはいられない。権力者達は、この座り心地の良いシートから廃棄物の上を這う労働者を毎日見下ろしていたのだろう。ある所にはある、ない所にはない。この國はそれがあまりに極端だ。
大軍港火災の照り返しを右頬に受けながら、マレットは説明を続ける。
「__と言うわけだ。我々はまず、帝都中央放送局をクーデター軍より先に制圧する。近衛騎士団と国軍が殴り合う分には構わないが、混乱が市民にまで波及するのは阻止しなければならない。」
最も優先するべきは早さだった。クーデター軍に放送をジャックされ、この混乱が臣民に知れ渡れば必ず騒乱が起こる。門閥貴族は保身の為になんだってやるだろうし、下級臣民、労働者階級も悪い方向に動き出すだろう。数百年の腐敗が産んだ膿の上に帝都という楼閣は建っているのだ。それが今、連鎖的に爆発しようとしている。
考えが纏まらずに悶々としているマレットにアルテチュリが口を開いた。
「確信犯と言うものは大義を欲しがるモノです。クーデター軍は放送局を全力で獲りにくるでしょうが、我々の装備で太刀打ちできるとは到底思えません。」
彼女の意見は真っ当なものだった。軍警とはいえ所詮は警官隊、持ち出せるものを全て持ち出しても小銃に機関短銃、音響制圧弾が関の山だった。相手が重機や戦車を繰り出してくれば真っ当な抵抗は望めない。たが、軍警側には時間が味方する。例え警察機構の軽歩兵でも居るのと居ないのでは大違いで、時間さえ稼げれば役目は十分に果たせる。
「適当に花火上げて存在を誇示するだけで十分。我々の仕事はあくまで時間稼ぎだし、その間に復旧した各機関と統治省で市民を何とかするつもりだろう。だからこそ今、放送を掌握させるわけにはいかない。」
このオトコオンナは我々を捨て駒にする気なのではないか、その疑念がアルテチュリの頭から離れなかった。近衛が重火器を投入して強引に制圧しようとする場合を意図的に無視しているし、三課の実働部隊も出し渋っている。
「この暗闇だ、さぞ花火が映えるでしょうなァ。重迫撃砲でも撃ち込まれれば我々が散花する羽目になりますが、その時は慰霊碑でも建てていただけますか?もちろん三課の予算で。」
アルテチュリは冗談のラインを超えないくらいの皮肉をぶっつけることを選んだ。この潔癖ちゃんがこの下手な冗談に怒らなきゃ良いけれど―――
「うちは万年予算不足だから慰霊碑は諦めて。その代わり、生きて帰ってみんなで飲もう。秘蔵してるラ・ガレアーゼの41年を空けるから。」
この少しばかり意外な返しに、アルテチュリは実直で純粋だがどこか食えない、あたりにマレットの人格評価を改めた。
第二居住区に差し掛かり、不意に窓の外を見たアルテチュリの目に蒼い制服が写った。帝都警察が麻痺から立ち直り、避難民の誘導を行っているのだ。場当たり的に火炎から遠ざけているだけだろうが、帝警は一応機能しているらしい。
ふいに、近衛が警察を残したのはクーデターで重荷になる市民の処理を我々に押し付けるつもりだったのだろうとアルテチュリはは考える。仮に警察が反クーデター側に付いても治安維持任務で忙殺できるし、市民への被害もいくらか抑えられる。どちらにしろ、公僕は公僕の仕事をこなさなければならない。
「これが一段落ついてからが我々の本番になりますなァ。考えるだけで気が滅入ります。」
「どちらが勝っても我々の仕事は変わらない、か。最悪なのは両者共倒れで空の玉座だけが残ることだな。そうなればこの國はおしまいだ。」
「ぜひとも、ちゃんと残業手当を出してくれる側に勝って欲しいものですね。できればボーナスも。」
マレットの張り気味だった眉が少し緩んだ。
「アルテチュリ警視、君は存外冗談を言うんだな。もっと…何と言うか、職業マシンみたいな人だと思っていた。」
アルテチュリはマレットの眉を緩めて丸っこくなった表情を見て、本来は女の子らしい顔つきなのだと驚いた。自分の私生活のだらしなさを知ったらどんな顔をするだろうか、少しばかり気になった。
15月29日 23:59
夜も更けた深夜だと言うのに、帝都は煌々とした光に包まれていた。インフラ爆撃とも灯火管制とも無縁なこの大都市は絶えることのない人工の火を焚き続け、天を穿くようにそびえる産業塔群と、その合間を縫うように飛ぶ浮遊艇が空を埋め尽くしていた。やや古いとはいえ依然として帝國大産業を支え、国内最大の軍港を備えた超大都市である。
このメガロポリスは今からキッカリ2時間後に全ての電力を喪失し、機能を停止する。
灯火無き帝都を思うと、言葉にできない感情が湧き上がる。
近衛騎士団第3翼千人隊長フィン・マイアットもその感情と格闘する一人であった。平民からの叩き上げで近衛入りした彼女は、齢21で千人隊長に抜擢されるという異例の出世を遂げ、一流歌劇女優と肩を並べる程の容姿と相まって全帝國女性の羨望の的であった。
彼女の中には一抹の不安が残っていた。正義の御旗、それを成すのに犠牲は必要であるし、大義のためなら躊躇はしないが、正義を謳って人を殺すことに一種の気持ち悪さを覚えたのだ。
ラッツェンローゼ近衛騎士団長自らが率いる第1翼はガローレン城に幽閉されているフリッグ殿下の御身確保、第2翼は主要貴族の暗殺及び拘束、彼女の属する第3翼は帝都軍港及び他戦略目標の破壊工作。帝都地上の制圧後は宰相側の艦隊を引き摺り出して殲滅、近衛を中心とした臨時政府を立ち上げるまでがこのクーデター、後に帝作戦と呼ばれる帝都事変の計画であった。
臨時政府が戦後処理の役目を終えれば、フリッグ殿下を国家元首とした立憲君主制へと引き継がれ、帝國は生まれ変わる。
近衛騎士団所属の強襲制圧艇キストラは編隊を組んで超低空を駆け抜ける。この正式採用されたばかりの強襲艇は従来の強襲制圧艦より小型、高機動な"艇"であり、完全装備の一個分隊を腹に抱えたまま250キロ以上の高速飛行と空戦機動を行えるほどの運動性を持つ。特殊作戦群の隠密、高速展開にはこれ以上無い機体だった。
発電所、変電所、通信中継所、長距離通信局の上空に停止したキストラから次々に近衛兵達がラベリング降下し、警備兵達は極減音狙撃銃により倒されるか、気配を完全に抹消した近衛兵にナイフで首を掻っ切られて無力化される。時限爆弾が設置され、機械信管が薇を落としていった。
「各隊より報告、フェーズ1完了。フェーズ2待機」
「騎士団本部に伝達、"鷲は夜明けを待つ"」
作戦の要は早さだった。任務は混乱のうちに果たされなければならない。近衛騎士団の陸戦兵力は決して多くなく、主要目標を絞っても割ける兵力は満足行くものではない。よって帝都大軍港に空から強襲を仕掛けることは不可能だった。
帝都軍港はシャフト状に穿たれた縦穴式の強固な要塞で、警備も厳重であった為、フィン自らが率いる第3翼第一百人隊は陸路で帝都軍港への侵入を図る。
「各隊整備用の連絡通路を目指せ、第一、第二十人隊は電源室、第三、第四は連絡通路、第五、第六は兵舎、第七、第八は退路を確保。命ある限り、勤めを果たせ。ミーレ・"ノイエ"・インペリウム。」
フィンは千人隊長の立場にありながら、自ら十人隊を率いて前線指揮を執る。指揮官が後方にいては満足な指揮が出来ないと彼女は考えていた。機関短銃のコッキングレバーを引いて薬室に初弾が装填されたことを確認し、連絡通路へ侵入していく。
「・・・・・・・・・。」
AgentNo.2062、もしくはソゲルと呼ばれる女は軍港を脱出しようと連絡艇ポートへ走っていた。耳目省のウェットワーカーである彼女は数度の地響きと共に電源を喪失した時点で、近衛騎士団による襲撃だということに感づいていた。そして、もう手遅れであることも。電源と守備隊を抑えられた今、この軍港は弾薬と燃料を満載した巨大な火薬庫に成り果てた。彼女の仕事は一刻も早く近衛騎士団謀叛の報を本部に伝えることだ。
目の前の通路から飛び出してきたツーマンセルの近衛兵と鉢合わせた。相手が機関短銃を構える前に拳銃を引き抜き、初弾で心臓を、次弾で頭を撃ち抜く。屍体が崩れ落ちる前に抱きかかえて楯にし、後続の銃弾を受け止める。死体とは言え躊躇無く味方を撃てるのは評価できるが、射撃は落第点だ。一呼吸も置かずに弾丸が頭蓋を砕く。
既にここまで侵入されているということは陸戦隊兵舎も無力化されたと言うことだ。ポートに行き着くまでにそれなりに殺さなければならない。ソゲルにとって殺しは職務であり、日常であった。
視界に映る者全てを反射的に射殺しながらポート連絡橋まで疾走る。機関短銃は軸をずらして飛び付けばそう当たるものではないし、彼女にとっては急所に喰らわない限り問題にならない。拳銃弾の予備弾倉は切れたが、一人1発で仕留めればそう支障はない。
眼前の近衛を狙って伸ばした腕に横から幅狭の刀剣が刳り込む。ソゲルは反射的に腕を払い、腕が切り飛ばされる前に傷から刃を引き抜いて距離をとった。視界の先には美しい金の髪と銀の刀身。
「近衛騎士団第3翼千人隊長フィン・マイアット、押して参る!」
「・・・・・・・・・ッ!」
今考えられる限り、最悪の相手だ。プロパガンダ写真や要監視対象のファイルで幾度と無く見た顔が眼前にあった。フィン・マイアット、その剣技はかのラッツェンローゼに劣らないと聞く。斬撃でばっくり斬り開かれては再生に時間が掛かりすぎるし、この肉体は近接格闘用に調整されたものでは無い。
拳銃は腕を切られたときに落とした。ソゲルはダガーナイフを抜いて右手に構える。リーチで劣るがこれが唯一の武器だ。フィンは左脚で踏み込み鋭い突きを打った。ソゲルは一歩前に踏み込んで突きを交わし一気に肉薄、腹部を目がけてダガーを突き出したが、肘を手首に叩き込まれて止められる。
「ッ・・・!」
ソゲルはフィンにとって全く未知の敵だった。人間の肉体は全身の筋肉が連動動作するが、眼前の相手は下半身を全く動かさないまま上半身だけをばねのように撓らせ突きを躱した。前髪で隠れた瞳は盲者のように白濁していたが、死角からの完全な奇襲にも対応してみせた。その動きは人間に不可能なものに近い。
ソゲルが左腕をフィンの顔目がけて放つと同時に、フィンも刀身を捻ってソゲルの顔を狙って振るう。
ソゲルの正拳は掠り、フィンの刀は躱された。刀の重量に引き摺られてガラ空きになった右肩をダガーが鋭く斬りつける。ソゲルはダガーが当たると同時に蹴りを繰り出し、フィンを後方にふっ飛ばす。体制を崩したフィンは膝を付き、その首にダガーが振り下ろされる。
ダガーがフィンの白い頸に突き立てられる寸前に銃声が響いた。フィンの左手袋に仕込まれた散弾がソゲルの腹を穿ったのだ。
力を失った右手からダガーが零れ落ち、死闘の決着を知らしめる。
張っていた緊張の糸が緩み、汗がどっと吹き出した。痛みが息を吹き返し、フィンは酸欠で膝をついて喘ぐ。蹴りの衝撃で萎縮した肺が十分に酸素を取り込めず、四肢の震えが止まらない。生糸のような髪が汗で貼り付くのも気にせず、必死に立ち上がろうともがく。汗まみれの美女が顔を紅潮させて必死に喘ぐ姿は中々に扇情的な光景かも知れない、肩からとめどなく血が流れていなければの話だが。
ポートに飛び込んできた近衛がフィンを見つけ、すかさず駆け寄った。
「隊長!ご無事ですか!?おい、衛生兵!」
「ッ・・・あァ・・・私は良い・・・早く脱出を・・・」
「喋らないで!鎮痛剤を打ちます。とにかく止血を。」
フィンは衛生兵の胸ぐらを掴んで必死に言葉を紡ぐ。
「お、おいッ・・・爆薬は・・・?設置は成功したか・・・ッ?」
「地下弾薬庫にありったけ仕掛けてきました。一区画丸ごと吹き飛びます。」
「そうか・・・。」
安堵と鎮痛剤のせいで、意識が混濁し、感覚が遮断されていく。
意識が潰える前にキストラの唸りが聞こえたが、フィンにはそれが自分の耳鳴りと区別できなかった。
次にフィンが目を覚ましたのはキストラの機内だった。帝都軍港の爆風に煽られ目を覚ましたのだ。大型鑑すらたやすく飲み込む大シャフトから炎が噴き上がり、光源の無い帝都を紅く照らした。産業塔の細かなディテールに沿って反射する光は不気味なカドテラルにも似た、無秩序と暴力を描き出す。逃げ場のない爆圧は地下空間を轢き潰して有象無象を焼き尽くした。あの光の中で那由多の命が灼けている。
大火が鎮火しても軍港一帯は再生不可能に違いない。
「お目覚めですか。右鎖骨と肋骨がいくつか骨折しています。動かないで。」
「・・・状況報告。」
「発電所、変電所、通信設備、帝都大軍港の完全破壊に成功。恐ろしく察しが良いのがいたようで、統治省本部制圧は失敗しました。監査局が再度制圧を試みており、現在交戦中とのことです。損害は死者26名、重症者12名ほど、撤退援護中にキストラが一機被弾しましたが、飛行に支障はありません。」
「動ける者を再編してフェーズ2へ以降、近衛艦隊の誘導と放送局の占拠を。任務の障害となり得るものは全力を持って排除せよ。」
フェーズ1段階において、近衛が警察機関を生かしておいたのは民衆を抑え込ませる為だった。混乱の間に放送局を占拠し、この争乱がクーデターであること、正義は近衛騎士団にあることを民衆に知らしめれば、反政府組織は必ず動き出し、警察組織はその鎮圧に忙殺される。民衆と警察、厄介な荷物を同時に片付ける手としてはこれ以上のモノはない。いかに近衛艦隊が精兵と言えど、数と実戦経験は乏しいのだ。決戦前に可能な限り障害は潰しておかなければならない。
もし、混乱から逃れた軍警が放送局を確保していたら?多少の流血は仕方がない。そこで流れるであろう血は、腐った未来で流される血よりもずっと少ないはずだからだ。そう悪人ぶる事で、彼女は最後の躊躇も捨てることができた。
15月29日 02:12
軍港に程近い第二居住区では広い大通りを避難民が埋め尽くしていた。爆発の余波で地盤の一部が沈下し、軍港から迫りくる火炎と有毒ガスが民衆を燻り出す。破壊活動の標的にならなかった帝都警察は場当たり的に民衆の避難誘導を行っていた。
「お巡りさん、どうか!どうかお願いします!あの子達を助けて下さい!」
「あーもう!人命優先って何度言ったらわかるの!いい加減離してよ!こっちは仕事山積みなんだから!」
「人間なんて少しくらい減ったって良いじゃありませんか!寧ろその方があの子達の為でになります!」
エリス・カーデンロイドは足元に縋り付いて喚くこの狂人をどの権限で殴打しようか考えていた。一番シンプルなのは公務執行妨害だろうか。
都市工学を学ぶために難関試験を突破して帝都大学に入学した彼女を待ち受けていたのは厳しい現実だった。大学は腐りきっており、金にモノを言わせて入学した貴族の跡取りが一般生徒を奴隷のように扱い、教師らもそれを黙認していた。それでも挫けずに学問に勤しんだ彼女だったが、母親が病床に倒れて以来、職と収入が優先順位の頭に来てしまい学業の道は諦めざるを得なかった。
手近な公務員を目指し、帝都警察に採用されたと思いきや、一年と経たない内に帝都で謎の大爆発が発生。大規模な停電と混乱の処理を任されるのだから、彼女が自らの運命を呪うのも必然と言えた。
他の治安維持機構は何をしているのだろうか。つい先刻、第三課の政府公用車と軍警の兵員輸送車が放送局の方向に飛び去っていった。事故にしてはあまりにきな臭過ぎる。
負傷者に方を貸し、逃げ惑う人々を誘導し、火事場で泥棒を働く不届き者を追い回す。そんな激務の中、両手にゲージを抱えた細身の女に捕まってしまい今に至る。
「停電で環境維持装置が止まっちゃったんですよォ!気温の変化に敏感な子もいるのにあんまりです!見てください、こんなに元気が無くなってッ。」
明らかに研究員と思しき女の抱えるゲージの中にはクルカらしき何かが入っていた。砲弾のような円筒状で忙しなくピストン運動を繰り返す異形だが、色や顔はクルカそのままだ。
「うわっ、キモいキモい!近づけないで!」
「失敬な!これでも愛玩ペットとして女学生さんからご婦人方まで愛好家が多いんですよ。なにより持久力とリズム感が良いって…」
「それぜったい愛玩用途じゃ無い!」
この女が言うには、自分はテクノクラートの研究員で、この停電のせいで研究所のサンプルが危険な状態らしい。唯でさえ人手不足で避難民の誘導すらままならない中、サンプルを運び出す為に手を貸せと言うのだ。自然と警棒を握る手に力がこもる。
「そんなに怖い顔しないでくださいよお巡りさん。第一区が丸ごと吹き飛んだら我々の研究が全部パアです。長いスパンで見たら人類のためなんです…不本意ですが。」
「待って、第一区が吹き飛ぶって?」
「地下に秘匿されてる皇帝艦が起動すれば第一区は崩落するでしょうね。最も、あの辺りは居住区しかありませんけど。」
第一区は貴族専用の居住塔が林立する高級特区であった。皇帝艦__一都市区画に匹敵する巨体とかのシヴァ以上の火力投射を持つ艦が密かに建造されているなど、都市伝説として語られる類のものだが、目の前の研究員が嘘を言っているとは思えない。そもそも何の為に皇帝艦を起動させるのかわからないが、居住区が崩落すれば膨大な死者がでることは間違いない。
「それは事実なの?一都市区画に匹敵する戦闘艦が存在するなんて。」
「もちろん。私のような研究員が第一区に住めたのは皇帝艦の調整のためです。理論上、生体器官は際限なく拡大が可能です。制御と培養さえなんとかなれば、大陸レベルの巨艦だって不可能じゃありません。既に起動準備にかかってますけど、稼働まで丸1日以上かかるでしょうね。」
エリスは大学で見た第一区の区画地図を思い出す。あまりに歪で支離滅裂な都市構造だったのでよく憶えている。土地不足で上へ上へと伸び続ける居住塔、それに反して不自然に空けられた平地、建造物の偏った配置。あまりに範囲が大きかった為、地盤強度レベルの問題だと勝手に思い込んでいたが、あの不自然な空白の下に巨大な人工物が存在していたとしたら?
「ソレが事実か確かめないと。もし事実なら第一区の住民をなんとかして退避させなきゃ。」
「第一区は特区ですよ。爵位か、招待が無いと入れない。どうなさるつもりで?」
「帝警の本部に協力を・・・ダメね。都市伝説が実在する決定的な証拠を見つけ出さないと本部は動かない。それに時間が掛かりすぎるわ。」
研究員は口角を釣り上げてエリスに微笑みかけ、上着のポケットを弄る。意気揚々と掲げた手には身分証明書と臣民手帳が握られていた。
「じゃーん。セキュリティクリアランスならここにあります。これで私とあなたの目的は一致している、そうでしょ?お巡りさん。」
子供じみた笑顔を浮かべて自信満々に手帳を翳す。天才とはどこか純粋な子供らしさを携えているものだ。このマッドサイエンティストの思い通りに動くのは癪だったが、状況はそれを許さない。
「わかったわ・・・。そのゲデモノ救出に協力するから案内して。」
ひとまず、第一区に行く為の脚を探さなければならない。あたりを見回すと特務委員会の生体車が一台、無人で駐機していた。帝都警察は同格以上の政府機関に対し命令権を持たないので徴発は無理だ。つまり、合法的にこの車を使うことは出来ない。
ならば他に手段は無い。
エリスは研究員の腕を引っ掴んで生体車に飛び乗った。始末書の束を受け取ることになるだろうが場合が場合だ。
「車ドロボーですかお巡りさァん!?」
「仕方ないでしょ!こっちは何千人の命懸かってんのよ!」
乱暴にドアを閉めてアクセルを踏み込む。が、生体は低代謝状態のままうんともすんとも言わない。
「停止コード?ちっ、これじゃ使えない。」
「少し時間を下さい。なんとかします。」
研究員は怪しげな道具を取り出し、アクセスパネルを抉じ開けた。しばらくして、急に生体が跳ね起き、ビクビクと痙攣する。
「よしよし。大丈夫、大丈夫。痛くないよ。ちょっとびっくりしちゃったね。すぐ良くなるからね。」
声色こそ優しげだが、手は機械時計の如き正確さで動いていた。間もなく心拍数も血圧も正常域になり、アクセルが掛かった。
「すこし敏感な子だったみたいで、悪いことしちゃいました。やや興奮気味ですけど、ちゃんと走ってくれますよ。」
「あなた・・・凄いわね。」
「イバ・ハシュラック。イバって呼んで下さい。お巡りさんは?」
「エリス・カーデンロイド。とりあえずよろしくね。」
ハンドルを握りアクセルに足をかけた瞬間、バックミラーにこの車の持ち主と思しき特務の制服が映った。
「待て!止まれ!クソッ!」
「緊急事態です!後で必ず返しますから!」
言うが早いかアクセルを踏み込み、浮遊車を急加速させる。シートに押さえつけられ、走って追いかけて来た特務もすぐに見えなくなった。
波のように押し寄せる避難民とは逆方向に向け、浮遊車は速度を上げていった。
15月30日 02:38
150ミリ重高射砲Flak13/150、その卓越した初速と極大重量の砲弾は、中高度ならば戦艦の腹すら容易く射抜く。帝國軍の要塞、永久陣地には必ず配備され、煙突と見紛う程の砲身は空を睨んでいた。
しかし、この巨砲が据えられているのは帝都の中心、行政庁舎の屋上である。
巨大な砲尾の下に乱雑に転がる薬莢の上に腰をおろし、真っ暗な空を見上げる少女が一人、天井の四分の一が吹き飛んだ統治省庁舎の屋上で人目も憚らずに砂糖菓子を貪っている。彼女の白い肌と薄い金髪は人種の坩堝である帝國内でも珍しい。
唐突に、その頭に拳銃が突きつけられた。
「アメリア・シーゲナル、現刻を持って統治省の武装解除を宣言する。変な気は起こさないように。」
アメリアと呼ばれた女は突きつけられた拳銃を気にも止めず答える。
「・・・M618機械式拳銃、口径10ミリ、装弾数8発と薬室に一発、初速280m/s、生体装置無し。」
「・・・?何を―――」
「貴方ね、ついさっきまでこんな莫迦みたいな大きさの大砲で撃ち合ってたのよ?今更拳銃程度で怖がれるほど人間出来ちゃないわ。」
統治省は帝國行政に不可欠な機関であり、属領と領邦の統括、膨大な戸籍の管理や税収を行う省庁である。最も大きな庁舎を持ち、小規模ながら空中艦隊と対空陣地を擁する帝國の要であった。
その大庁舎は近衛騎士団の襲撃を撃退し、一部のシステムを復旧まで持ち込んだものの、後詰めと言わんばかりに現れた監査局実働部隊に制圧されていた。アメリア・シーゲナルは数少ない純血ダルト人であり、莫大な情報と膨大な歪を濫造する帝都の運営モデルを確立して名を挙げた若き傑物である。近衛騎士団襲撃をいち早く予期、対空陣地を叩き起こしたのも彼女であった。
「監査局まで向こう側かぁ…。あぁマルアス特佐、てっきり体制側の人間だと。」
監査局特佐、スニソネ・マルアスは脅しにならない拳銃をホルスタにしまい、隣に腰を降ろす。監査局の黒軍服と統治省の白制服が薬莢の金と夜空の藍に挟まれて並んだ。
「どこで私の名を?ファイル全部叩き込んであるのか?」
アメリアはその質問に答えず、連邦から鹵獲したチヨコを齧り続けている。
高密度エネルギー複合体であるチヨコのカロリーは摂取された瞬間から脳内で消費され続けていた。彼女の脳が近衛騎士団、急進派、保守派、貴族院、軍本部、帝國全主要機関の夜明けまでにどう動くかを緻密にシミュレートし続けている為だ。
不意に制帽が取り払われ、夜風が彼女の髪をかき上げた。アメリアがようやく顔を上げると、帽子を持ったままのスニソネが微笑む。
「考えすぎて智慧熱起こしてるぞ。顔が真っ赤だ。」
言われて初めて、アメリアは自分の顔をつたう汗を認識した。そして自分の目の前にいる監査局員の顔を正視する。
黒い髪に黒い瞳、監査局の軍服と相まって酷く禍々しく見えるが、その表情は柔らかい。
スニソネ・マルアス、人事ファイルによればそれなりに優秀で、仕事に対して良くも悪くもドライな女。このクーデターに際し、それなりに高揚してるようだ。
「私はもともと統治省勤務希望だった。貴方のことは尊敬している。敵同士になって残念に思うよ。」
「まったく、同族同士で殺し合うなんて残念でならないわ。」
「そうだな・・・。君の考えが聞きたい。まぁアレだ、要はお喋りに付き合って欲しい。我々の任はこのまま統治省を監視することだしな。」
「そんな大層なものじゃないけど・・・。まぁ、帝國は大きく3つに分裂するでしょうね。治安維持にひた走る警察機構、自分達の玉座を死ぬ気で守る現政府、そして貴方がた国粋派。」
アメリアはすらすらと言葉を紡いでいく。
「近衛騎士団は正攻法、つまり艦隊による帝都殴り込みを避けて、破壊工作で帝都を陸の孤島にした上で制圧を図った。つまり、各属領艦隊が集結したら近衛艦隊だけでは勝てる自信が無いのよ。少なくとも、近衛は艦隊兵力の損失を最小限に抑え込むことに細心の注意を払っているわ。正規軍の帝都駐留艦隊は軍港ごと燃やしてしまったし、我々の艦隊も離陸前に制圧された今、帝都の空はフリーパス。」
「帝都上空で艦隊決戦は起こりえず、このまま革命は成功する、と?」
「言い切るにはまだ早いわ。貴方がたが押し寄せてくる前に平文で"近衛騎士団叛乱ス"って打ちまくったもの。察しの良い領主は既に兵を挙げて帝都に急行しているでしょうね。」
「我々は常に後手というわけか。」
「まぁ、情報が掻き乱されてる今、どれだけ信用してもらえるかわからないけどね。警察機関もそろそろ動き出すかな。半身麻痺みたいな状態だけど、戒厳令と情報規制を敷くのが彼らの仕事だもの。今頃動ける人員を掻き集めて放送局にでも向かってるかな。どうせクーデター側も兵を送ったんでしょ?放送局で銃撃戦になるかも。」
監査局員が走り寄り、アメリアの話に聞き入っていたスニソネに耳打ちする。スニソネは皮肉に笑い、
「完璧だアメリア女史。特務委員会から報告があった。軍令部第三課が軍警を指揮下に引き入れ放送局へ展開、近衛騎士団と臨戦態勢に入ったとのことだ。」
15月30日 03:00
帝都中央放送局はラジオ技術の実用化と共に設立された歴史ある建物であり、技術の進歩と共に増築を繰り返された異形の城だった。腐りかけた木材のすぐ横に新品の鉄板が鋲打ちされている様は帝都を象徴するようで、稼働してから一日も休むことなくプロパガンダ放送を繰り返している。
その正門前にふたつの銃列が敷かれていた。互いに無数の銃剣を突きつけ合い、互いに無量の火線を交わし、互いに無限の殺意をぶつけ合う槍衾。その間には無意識の内にソード・ラインが敷かれ、一切の言葉を棄てた威圧の語らいが見て取れる。
その片方は黒い制服を身に纏い、秩序と法律の守護者を自称する暴力。
もう片方は紅い軍服を身に纏い、正義と高潔の改革者を自称する暴力。
マレット、アルティチュリ率いる警察機構とフィン率いる近衛騎士団が引き金に指をかけたまま、軍港の火柱を背にして睨み合っていた。
後編へ続く
最終更新:2020年01月01日 00:38