ラオデギアの塔

ラオデギアの塔

スクルジープ・リーフィ

 

 

ある夕べに ある一人の青年は

何か 好ましからざる用件のため

ラオデギア、都の街の、郊外から

のもとへと列車に乗った、

そして疲労と病のために 不幸な彼は

座るなり 睡りはじめた。

 

彼は見上げていた。右手を

頼りなく眼前に 放り出して

足をがくがく震わせながら。

彼の目線の先には 塔が、

幾何学的な 無機質な

高い、高い塔が 空へ伸びていた。

 

何事か 呟こうとして 彼は、

口を丸く開け 眉を顰めたが

声は無く ただ睨みつけるのみ。

塔のほうは――こちらも黙って

彼を見下ろしていた 十分ばかり

そして高慢に 窓を輝かせた。

 

彼は立ち去った、逃げ去った、

そして、薄緑色の 汚れた壁が囲う

シュープフアンの路地を抜けて

見知らぬ空き地の 目の前に

出た時には、いよいよ 塔は

彼を打ちのめす 支度をしていた。

 

八十の悪魔と同じく八十の精霊が

塔を支える 鋼のワイヤー

次々に さも簡単に手で断ち切った。

彼は振り返り それを見ていた、

恐怖と憤怒が 彼の目を

裂いて湧き出し 彼は倒れた。

 

彼は、ひび割れたベトンの道に

横たわりながら 人々に叫んだが

言葉は往来を 通り過ぎるのみ。

塔は いよいよ揺れている! 今にも

狂人に、街に、自らを生んだものに

百万噸の 鎚を下さんとして。

 

その後ろには ざっと五千の

浮かぶ船。 めいめいの、ばらばらの

目的地へと、互いを押しのけ

犇めいている。その中のどれ一つとして

塔の意思と 哀れな狂人を

見ている者は いなかった!

 

終わりだ!――彼は呟いて

知る限り すべての言葉で罵った、

彼を苦しめる 独活の大木を、

耳はあれども心の無い者達を、

勲章と頭頂だけが輝く将軍達を、

ちぐはぐで不揃いなラオデギアを。

 

そして塔へと投げかけた、

一千ディナールの陶貨を 力一杯に。

それというのも、もはや彼には 服のほか

それくらいしか 無かったからだ。

世界に冠たるラオデギアの

道には小石一つ無い……。

 

だが軽い、かの陶貨は 暖かい

東から吹く 海風に叩かれ、砕かれ

ベトンの床に粉を残すのみ。

彼はいよいよ 発狂し、起き上がった

駆け回り、歌い出した、だが意地悪な

塔はまだ 鎚を振り下ろさない。

 

足跡、銀紙、木の葉、海風、

広告の 目障りな原色の旗。

地上の往来、空の往来、桟橋、

身勝手で、盲目な 道路の絡まり、

川の上に架けられた幾十の橋を

見知らぬ 青い顔の人々が行き交っている。

 

鮮やかさを失った 翼のない軍艦。

幼子と クルカ達だけを伴い通り過ぎる、

似通った色の造花に包まれた棺。

自動車は、沸き立つ鍋のごとき音を立て、

黒煙を塗りながら 行列を横切る。

そして呪われた ガス灯の炎――

 

霊たちは思った そろそろ時だと。

塔の南のワイヤーを あとひとつ

断てば 意思は生まれるだろう。

不味く、不自然な、冷めた煮物を

鉄鍋ごと 砕く時なのだ、

囲炉裏も、炭も、一緒くたに!

 

悪趣味な ファンファーレを高らかに

響かせながら、彼らは ワイヤーを、

塔を支える最後の一つを、断ち切った。

塔はついに 地の引く力に身をまかせ

勢い良く 彼の上へと倒れ込む

その間際 やはり窓は輝いた。

 

彼の魂は 躯を出ると 驚いた

無数の瓦礫が その上を覆い

ちいさな隙間から 日光が差している。

その光は まるで夜空のごとく

そして、それらの 引き裂かれたソナは

彼には はるか遠方にあるかに思えた。

 

瓦礫の下には 魂の無い

無数の容器が。 そして彼は見た

光のない炎に 溶かされていくベトンを、

ラオデギアの街を、そして彼は聞いた

精霊たちの 華やかな笑い声と

悪魔たちの むせび泣きを。

 

かくて彼は目を醒まし、外を見た。

三十テルミナルの街は モグボヴィリ駅の

もう手前まで 流れてきていた。

コズドヴィン区の、金融街の

摩天楼のさらに向こうに そいつは居た、

そしてやはり、窓を輝かせて見下している。

 

彼はまた 一睡りしようかと

思いはしたが、却下した。

塔の下の ユロヴァン駅まで

残りはおよそ 二十分ばかり。

彼は席をたち 歩き始めた、

客車から別な客車へ、あるいはデッキへ。

 

海風にあおられたか 何かの散らしが

車窓のそばを 飛び過ぎる。

そのうちに 列車は川を踏み越えて

いよいよ街の 頸髄へと入った。

彼は 胸騒ぎを止められず

やはり独り言の 声も出なかった。

 

 (643年の冬 ラオデギア)

 

リーフィ短編集より。

 
最終更新:2019年11月16日 00:35