イヨチク姫

俺たちが、島の中央にある洞窟を降りていくと、ワリウネクル系によく見られる形の旧文明遺跡が見つかった。
「外からは分からなかったですが、こんな入り江洞窟があったなんて」
「どうやらこの島は当たりのようだな、島全体が旧文明遺跡になっているし、保存状態も非常に良いこれなら色々遺物が期待できそうだ。」
「でも、普通にワリウネクル政府発行の地図に記載されていた島ですよ?ここ。とっくに掘り尽くされてるんじゃないですか?」
「この島に行くって分かった途端、あの金にがめついニシクルコロやユケネシケ共が一斉に契約破棄してきた程だぜ?宗教的タブーを犯してもお咎め無し!第四期、スカイバード二度目の墜落の時代を謳歌しようぜ?」
 
「そうですね隊長!ところで、アソコにある大きい枯イヨチクって何でしょう...」
 
旧文明遺跡の入り口をこじ開けようとしている、パンドーラ隊の直ぐ横に巨大な枯れた茶色のイヨチクが岩礁を突き破って静かに生えている。
「おかしいですね、ここはイヨチクが生えるには水深が浅すぎます。」
イヨチクは通常、水中にその体を全て沈めている為このように陸上に露出する形で生えている事は希である。
有ったとしても、直ぐに枯れてしまうのでここまで太いイヨチクは希である。
私の腰の辺りで大きく折れてしまっているが、直径70cm程まで大きく育ったイヨチクは推定10年以上生えていたことが分かる。
 
「おや、妙に手帳がこのイヨチクの大木の根元に落ちてるだ。俺たちの前にもここに来た奴が居たのか。」
「おかしいですね、...遭難者でしょうか?」
 
その手記は第一期頃のワリウネクル語で書かれていた。
 
俺は部下に翻訳しながら読むよう命令した。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
ユングナプ陸上大学は良くも悪くも、暫定首都のスラーグ中央にある。それ故に連合国家社会学や離島文化学部などは卒業論文を書くために多額の旅費を投じて、現地への調査に行かねばならない。この、私もその口で、諸島南方地域離島文化および民俗学について調査をする為に、はるばるここまで来た。しかし、調査をしていて感じたが既に彼らはワリウネクル諸島連合人となっており私自身との文化的違いに余り差異を感じる事は少なかった。もちろん、双子島での婚姻や残地民としての生活を未だに固持している点で、いくらかのユニークな文化を持っては居るが、それらは既に大半の人が知っている事実ばかりであった。双子島の人々は元々私の故郷のスラーグ等にも積極的に出稼ぎに来て居るため、その生活習慣等に対してもあまり異文化という印象を受けることは殆ど無く、しかしここまで来て何も得られないというのは如何せん面白く無い。
 
私は徹底的に人々に聞いて回ったところ面白い話を聞くことができた。先んじて言っておくと私は、余り宗教や神を信じる方ではない。なので名前を伏せずに、恐れずに書くと双子島南西へ130km程離れた所に小さな離島があるようだ。その島の名前をカスト島と呼び、ここの人々にとっては呪われた島として扱われているようだ。彼らは名前を出すことすら恐れているようで、島の名前を聞き出す事すらかなり苦戦したが、ここに来てようやく、一歩前進したように感じた。
私は当初、私の学部の教授が良く冗談で言っている『ワリウネクル諸島連合の南端』と呼ばれる島では無いかとすこし興奮したが、どうやらかその島には既に先住民が居るようで、違うと言うことが分かった。
 
私の滞在費も無限にあるわけでは無いので、7ヶ月後にある帰りの船の前になんとしてでもカスト島に行って帰ってこなければならない。しかし、私の都合を説明しても漁師の誰もがカスト島へ船を出してくれる事は無く、むしろその名前を出した途端に酒場から追い出される事もしばしば有った。ダラダラ様は確かに姿形は人間のなり損ないのような、おぞましい姿をしているが捕鯨砲で殺すことが出来る立派な生物であり、一人の人に群がるという習性があるだけのただの海洋生物だ。いくらカスト島近海がダラダラ様が大量に居る海域とはいえ、二人以上で居れば海に引きづり込まれる事は殆ど無い。何をそんなに恐れているのだろうか。しかし、自分で船を出そうにも130kmは手こぎボートで向かうには遠すぎるし、第一私は一人旅の身だ。一人でダラダラ様の大量にひしめいている海域に向かうような自殺志願者の如き行動をするわけにはいかない。
 
こうして、私はしばらくの間悩んでいると、なんと幸運にも同じくカスト島に向かいたいという男性が私の前に現れた。私よりもやや年上の陽に見えるその男性はウナカウシと名乗った。どうやら、私と似た境遇のようで個人的な興味からどうしてもカストに向かいたかったようだ。神を信じる訳では無いが、神に愛されているかの如き運命を感じた私はウナカウシと共に船を借り、カストに向かうことにした。もちろん、古いながらもエンジンを積んだ立派な船を貸してくれた老齢の漁師に行き先を伝えても門前払いをされるだけだが、どちらにしろ私は彼らにとっては知る由も無い。ありがたく特に目的地を伝える事無く、長期の遠洋漁業と偽って借りる事にした。
 
どうやら、海流の関係で、双子島からカスト島に向かうのはエンジンを使用せずに行く事ができるようだ。そのため、行きでは海流に身を任せるだけで良く、私たちは優雅にのんびりとした船旅をすることが出来た。ただ、カストに近づくにつれて、だんだんと風が弱くなり、方位磁針が機能しなくなりはじめた。空は大陸から飛んできた砂によって星が見えないため、漁師達が呪われた島と表現していた理由が何となく察せられた。しかし、現在エンジンを用いた鉄鋼船が主流の今、海流に逆らって進むだけで戻る事が出来るとわかりきっている以上、必要な分の食料と鯨油を用意のみ容易すれば良かった。130kmは西の方にある巨島だと行商人でもなければ諦める程の長距離のようだが、ここでは海流にながされるだけで三日で到着できる。ウナカウシと私は二人でのんびりと海果酒を楽しみながら海底に沈む旧文明のビル群に思いを馳せた。
 
その日、私は悪夢を見た見たことも無い巨大な石をくりぬいて作られた摩天楼が建ち並ぶその風景。しかしその輝かしい旧文明を思い浮かばせるその風景には自分以外の人間が一人も存在しなかった。一人も。私は突然心細くなり、その摩天楼が建ち並ぶ街を走り回った。その街には、奇妙な点があり到底人が生活をする為に作られたとは思えない幾何学的な建造物が大量にあったのだ。意味もなく回転し続ける巨大な車輪のような建物。永遠に高速で部屋を上下させる奇妙な建物。空を縦横無尽に高速で駆け巡る中に浮かぶ線路と列車。その言い様もない我々の理解の外にあるような奇妙な街に一人取り残された私はだんだんと自分の姿が幼少の...8歳くらいの姿に戻ってしまっている事に気がついた。夢の中であるので、恥ずかしくも私の精神までも8歳まで退化してしまった。母親の名前を大声で叫ぼうとしたところ、私は突然肩をつかまれた。振り返るとそこには全ての目が私の事を見ている、ダラダラ様が僅か30cmも離れていない真後ろに立っていた。
ここで、私の悪夢は途切れた。私の背中は汗でびしょびしょになっており、同じ部屋で寝ていたウナカウシが私の事を心配してくれた。
彼が言うには、この辺りには旧文明が残した特殊な興奮剤がまだ残留しているらしく、そのせいでたまった薬剤が私のホルモンバランスを崩したのだろうと説明した。
 
私は、小さく見えてきたカスト島に底知れぬ恐怖を感じつつも、理性的に説明をしてくれる同志であるウナカウシによって精神的に持ちこたえながら、私はついにカスト島に上陸した。船が近づいてくると、カスト島の人々は家からでて私の方を興味深そうに眺めてきた。私は最初、ワリウネクル語が通じるか不安であったが、独特な訛りがある物の問題無く意思の疎通を行う事が出来た。
どうやら、島に『グスト』(※外から来た人の事をここの方言でそう呼ぶらしい)がやってくるのは何十年ぶりの事で、今の若い人達は島の外の人を知らないようだ。
彼らは自らを『カスト』と呼ぶ。カスト達の殆どは女性であり、また美人が非常に多かった。しかし、血が濃いのか皆親族のように顔がそっくりであり、私はカスト達の名前を覚える事に非常に苦労した。一応、男性も小数ながら居るが正確な数値は分からないが私の見立てでは7割ほどが女性のように見える。周囲の海域は風が殆ど吹かず穏やかで、ダラダラ様が大量にいる事を除けば男性が多く死ぬ要因は見つからなかった。その理由は後ほど記述するので、ここでは省略する。
 
私はウナカウシと共に島の文化について人々に聞いて回った。カスト達は皆親切で、優しく私たちに無償で住居や食料と提供してくれた。どうして、ここまで親切にしてくれるのかというと、ここでは不思議な現象が数年から十数年に一度起き、それに由来する伝統らしい。カスト達が言うには、この島の人々は二種類の産まれ方をするらしい、一つは私のよく知る、母親が妊娠をして出産をして産まれる方法。そしてもう一つは、茶色になるまで成長したイヨチクを割ると中から少女が現れるという、あまりにもファンタジー染みた方法での出生の方法だ。
 
ただ、ここは暖かい双子島の更に南西に位置する常夏の島である。本来はイヨチクが生えるはずが無い。そういうとカスト達は私を島の裏側へと連れて行ってくれた。そこには驚くべき事にイヨチクがワグワグのように海面を越えて成長して、生えているイヨチクの群生地があった。私は、自らが生物学、植物学を取ってこなかった事を悔やみながらそのその風景に絶句した。だが、どうやらここではイヨチクは食品としては消費されておらず、むしろ肥料を与えて大切に栽培しているらしい。
カスト達はスカイバードや魚ではなくイヨチクを崇拝しているらしい、そして面白い事にダラダラ様は不幸の象徴ではなく、共存するべき自然の精霊として認識されているらしい。
 
ここは一番近くの文明から海で、そして海流で130kmも隔てられた絶海の孤島であり、未だワリウネクル諸島連合の人々として同化していないようだ。私は、卒業論文が成功することを約束されたように思い、とても嬉しく思った。
島の生活に慣れてきた頃、満月の日がやってきた。毎月満月の日には島の長であるダラダラ様の巫女が、海岸で海の精霊達に歌を披露するそうだ。カスト達はとても開放的で、私たちに対して隠し事は一切することなく、全ての儀式を見せてくれた。
カスト達は砂浜で火を囲みながら、各々で持ち寄った太鼓や笛で音楽を奏で始めた。どうやら、特定のリズムを延々と繰り返す形のようだ。
しばらくすると、皿の上にスポンジのような物を持ってやってきたダラダラ様の巫女が現れた。巫女は、スポンジに水を掛け、皿に漏れ出てきた水を一口飲むと、しばらく無言でたちつくしていた。いつの間にか、周囲のカスト達の演奏は止み、火がパチパチという音と穏やかな波の音だけの空間が広がる。
 
しばらくすると、巫女は歌を歌い始めた。静かで、穏やかになるような心地よい響きで私は彼女の歌声に魅了された。目を閉じてゆっくりと彼女の歌声に耳を傾ける。すると、海のほうから足音が一つ、二つとこちらにやって来た。目をゆっくりと上げると、我々を無数のダラダラ様が触手をくねくねを天に掲げながら囲み、踊りのような物をしていた。私は、その光景のおぞましさに叫びそうになったが、それ以上にこの歌声を遮った時に起きうる出来事と、ダラダラ様を呼び寄せることが出来るその神秘的な歌声によって私は一言も発すること無く、その儀式が終わり、ダラダラ様が来た時と同じく海に一匹二匹と帰って行き、全て元通りに戻るまでその場で硬直してしまっていた。
巫女に、その歌の意味を教えてもらったが、その歌の歌詞は私の知る全ての言語とも違う別種の、物であり意味もただ海を讃え、神に祈りを捧げるという何処にでもある普通の宗教曲であった。
 
彼女が持っているスポンジが何であるのかを聞いたが、ここに来て初めてカスト達は私たちに隠し事をした。あのスポンジは神聖な物であり、巫女以外が触れることは禁止されてる。そう言われ、それ以上の事は何も教えてくれることは無かった。
一緒にやってきたウナカウシは、アレが旧文明の遺物では無いかと推測しスポンジの正体について一緒に調べないかと私に提案してきた。もちろん、私も断る理由も無いので次の満月の日に、スポンジを何処に仕舞いに行くのか追跡しに行く約束をした。
 
翌日からは、いつもと変わらぬ日常が続いた。むしろこの島は常に天候が良く、雨が降ったとしても小雨で非常に生活がしやすい。しかし、小さなこの島でも鬱蒼とした森林が広がっており、そこには食べられるフルーツや鳥が大量に生息しており、カスト達は朝に魚やフルーツ、鳥を捕まえ午後からは遊ぶという穏やかで満ち足りた生活をしている。私も何か手伝う仕事は無いかと聞いたが、海流の関係で魚は大量に採れ、フルーツも森の奥深くに行かずとも十分な量を採る事が出来るため、私たちの仕事は無いときっぱりと断られてしまった。カスト達にとって、ガストは非常に大切な存在であり、カストのコミュニティにおいてガストは働くことは基本的に許されないようだ。私は、この楽園のような島がなぜ双子島では忌み嫌われた呪われた島なのか疑問に思い始めた。
 
ある晩、遠くから赤ん坊の笑い声が遠くから聞こえてきた。するとカスト達は私たちに、ダラダラ様の落とし子を迎えに行くと言って、私たちも一緒に立ち会うよう言ってきた。ウナカウシは、どうやらレポートを書く必要があり、忙しいらしくガストは私一人だけでカスト達と迎えに行くことになった。やってきて間もない頃に紹介して貰った、奇妙なイヨチク林に到着すると、一本のイヨチクがぼんやりと輝いており、そこから赤ん坊の笑い声がこだましていた。巫女が、鉈を持ってそのイヨチクを節ごと切ると、中から1歳か2再程度の裸の赤ん坊が現れた。私はこの異常な光景に驚いたが、カスト達は嬉しそうに「新しい落とし子だ」「新しいカストの誕生だ」と口々につぶやいていた。
 
カスト達が戻る前に、私はイヨチクを調査するために、巫女が切った節の上側のイヨチクを採取してこっそりと持ち帰った。
カスト達は、新しいイヨチクから産まれた女児を取り囲んであやしている中、私はガスト向けに用意してくれた小屋に戻ってイヨチクを調べることにした。外見では、私のよく知る北の冷たい海域にある主食の、イヨチクと全く変わらない。恐る恐る、ナイフを先ほど巫女が切った節よりも若い節に入れた。中には...水子、流産し黒ずんだ胎児のなり損ないが節と節の間の、本来であれば食用部分が生成される部分に収まっていた。人間が母親の腹以外から産まれる筈がない。あり得ないのだ。
 
ウナカウシに、この事実を伝えると「イヨチクは旧文明の生体技術的クローンマシーンとして使用されていた」と私に解説をしてくれた。すると私は今まで、食べてきたイヨチクは人間の胎児を食べていたのか?とウナカウシに質問をすると、胎児の時点では人間はまだ人間では無いから罪にはならないと説得された。そうだ、そもそもあのイヨチク人間は本当に人間なのか?
最初に言われていた伝説が、真実であると分かった途端に、私はカスト達が恐ろしくなってきた。
 
 
翌日以降それから、私は島の植生を徹底的に調べることにしたが、あのイヨチク以外は全く異常性を見つける事は出来なかった。
若いイヨチクを伐採しようとすると、カスト達は「イヨチクは私たちの神である」として今まで何もかも自由にさせてくれていたにもかかわらずこの事だけは咎めてきた。ただ、イヨチク以外の植生で異常な部分を見つけることは出来なかったが、島の中央に旧文明の尖塔の遺跡があることを見つけた、ドアは重たい旧文明の巨石で閉じられていたが、この島は旧文明の影響が他の島よりも強く出ていると私はこのときに確信した。
 
二度目の満月の日の夜。ウナカウシと私は、巫女の後を追跡して、スポンジが何処にしまわれているのか調査した。巫女は、鬱蒼とした森林の中に奥へ奥へと潜っていき、最終的に私の見つけた旧文明の尖塔に着いた。巫女は手を翳し、魔法のような何かを唱えると私が動かそうとしてもびくとも動かなかった巨石が自動的にズズズと動いてその先に続く階段を表した。巫女がその中に入って行こうとした瞬間、ウナカウシは懐から拳銃を取り出して突然巫女を撃ち殺した。
 
私は突然の出来事で何が起きたのか分からず固まってしまった。ウナカウシは、私の事を見ること無く、巫女だった存在を踏みながら会談に入っていった。巫女は、自身がダラダラ様の落とし子であったと宣言していたので、私は彼女の銃創を良く観察したが、彼女はどう見ても人間でしかなかった、ウナカウシは私の問いかけなどには応じず一人で明かりも付けずに暗い旧文明の階段を降りていった。
私はウナカウシを追いかけるように慌ててついて行くと、その遺跡の下にはつららや鍾乳洞のような金属で出来た旧文明の遺物で出来た逆さまのトゲから一滴づつ垂れてる液体を、丁寧に皿の上にのせられたスポンジが受け止めて、延々とその水を吸収し続けていた。
ウナカウシはそのスポンジに火を付けようとした。私は慌てて、何をしようとしているのか、それを調べ、調査することが先決では無いかと後ろから羽交い締めにしようとしたが、ウナカウシはそのひょろひょろとした体から出るとは思えない力で私の制止を気に掛ける事無く、着火した。
ふと顔を上げると、ウナカウシの目と目が合った。しかし、私は彼を後ろから抱きつく形で羽交い締めにしてる筈である。
そう、ウナカウシは首を180度近く回転させて私の方を向いている。
 
「彼女たちは邪悪だ、分かるだろう。今すぐにあのヒトチクを焼き払わねばならない。」ウナカウシと呼ばれていた怪物は淡々と述べた。
私と共に船旅をして私の同志であった彼の顔からは一切の表情が消えていた、私は自分がついに狂ったのだと確信した。
彼は、首を本来有るべき人間の位置に戻した後、階段を上って戻っていった。
私は燃えさかるスポンジが消え、持ってきた松明の火が消えた後、突然怖くなり叫びながら階段を駆け上がった。
 
私は一心不乱に自分が乗ってきた船まで走って戻った。しかし、鬱蒼とした森林を抜け、視界が広がると海岸の向こうにあるはずの海が消えていた。
そこに有るのは水平線を埋め尽くすダラダラ様がこの島の人々を担いで、跡形も無く、人間の構造物を奪い去ってバケツリレーのように、ダラダラ様で埋め尽くされた水平線...地平線を向こうへ遠くへ遠くへと運ばれていた。カストの人達は、ダラダラ様の触手を振りほどこうと暴れるが、その願いむなしく、彼らの山の中に沈められていった。
 
私の船も同じく。地平線を生み出すほどのダラダラ様によって、遠くへ遠くへと触手伝いに運ばれていた。
彼らの、地平線に埋められている無限の数の目が森から出てきた私に一斉に向けられる。
私は彼らの目から逃げるために、島の反対側にあるイヨチク林へ向かった。
島の反対側にはまだ海が残っていた。しかし、背後からはバキバキと木がへし折られ掘り起こされ、私を飲み込もうとやってきている音が聞こえる。しかしその中に、赤ん坊の笑い声が聞こえる。私は赤ん坊の笑い声の方へ、笑い声の方へ向かった。
おお、神よ 魚でも、羽持つ民でもスカイバードでも良い、だれか私を助けてくれ。
空を見上げると巨大なダラダラ様の顔があの、気色の悪い人間を模造しているかのように見えるあの笑顔が空一面にびっしりとうめつくされ、何かをブツブツと私へ伝えてきている。やつらは飛ばない、ダラダラ様はただの生物だ。殺せる。なのに、なぜ有るべき星空はダラダラ様に置き換えられ、有るべき海原はダラダラ様に置き換えられているのだ?
 
ダラダラ様は調査の結果、発言に法則性規則性は無いと証明されている。彼らには脳が無く、現象として人間の発音のように聞こえる音が口のような空洞から聞こえてくるだけのはずだ。私は何も聞こえない。かれらの発言は全て雑音だ。去れ!キャスト専用事務室とは何だ!私は貴様らの言葉を知らないはずだ!なぜ私は理解が出来るんだ!やめろ!暴力行為は私はやっていない!逃げているだけだ!遊園地!?遊園地とは何だ!立ち去れる物なら私を立ち去らせてくれ!!私には子供は居ない!子供は!子供は!
後ろの...?分かった!!このイヨチクの中に居るガキだな!!!持って行け!!!私に触れるな!私は監禁していない!!これは培養された人間もどきだ!!!!やめろ、私は私では無い連れ去るならイヨチクの中に居るガキを連れ去れ!やめろ!!
 
 
 
部下が、手記の内容を通訳してくれたが、後半になるにつれてだんだんと脈絡や文章の意味消えて、無くなってくる
 
--------------------------------------------------
「どういう意味でしょうか...?」
書いて有るとおり、実際にこの筆者は無人島で発狂してしまったのだろう。
 
顔を上げると枯れたイヨチクからダラダラ様の幼体がゆっくりと這い出てきていた。
そして、その幼体は俺の知らない未知の言語でこう言った
 
 
「お客様、こちらはキャストルームですので早急に退出ください。」
俺は理解出来てしまった、未知の言語であるのに。彼の言葉を知らない筈なのに。
 
パンドーラ隊の叫び声が聞こえる。
 
ああ、ここは呪われた島だったのだ。
背中に蠢く大量の触手の感触を感じながら俺は...

最終更新:2019年11月25日 03:42