「……」
「……マッサージはもういいわ。それで、本題に入りましょう。今日はどんな用できたのかしら」
「それは、リゼイ様のお体を新しいものに取り替えるためで……」
「表向きの御託は結構。わたしはあなたに聞いているよ。天敵さん……いえ、ヒューマノイドヒューマン」
「……」
「姿を現しなさい。凝った演出でわたしを新鮮な気分にさせるのはいいけれど、熱が入りすぎよ」
「……リードの貴方には言われたくないわね」
「ほら、あなたはやっぱりあなたなのよ」
「失礼ね、私は誰であろうと私よ」
「じゃあ、あなたが被っていた『皮』は誰のものなのかしら。『皮剥ぎ(スキナー)』さん」
「失礼ね。これは私が用意した『皮』で、『彼女』は私の用意した人格よ」
「あなただと思って悪いことをしてしまったわ」
「あまりレディをいじめないでちょうだい。上手くはないけど、熱意があって頑張り屋なのだから。意地でも貴方を綺麗だと食い下がったのは褒めてあげるポイントよ」
「煙に巻くような言い方は謝る。ちなみに模範解答はなんだったのかしら」
「貴方の着ている『服(スーツ)』もあわせて、私はリゼイ様をお綺麗だと思います。かしらね」
「そうだった。マイク社は『外皮(スキン)』を服と認識しているのよね」
「マイクスレディなら、公式見解を汲んだ発言をするわ。彼女はまだ勉強不足なの」
「それはあなたの公式見解でもあるのかしら」
「私にとってはどうでもいいわ。でも、服は服だけで綺麗にはならない。着た姿を想像して、着て、周りの注目を集めるからこそ『綺麗』と評価される。そういう考えは、人々を無意識に正しいと思わせ、引きつけるのよ」
「あなたの目的のためってわけね。ところで、それに乗じて悪さなんかしていないでしょうね。『生皮剥ぎ(スキナー)』なんて恐れられているのは知っているでしょう」
「敵対企業の妬みや恨み言を真に受けるほど、貴方は愚かだったかしら。それとも、私が『できる』から警戒しているのかしら」
「……よかったわ。あなたが裏でやっかいなことをしていることは知っているけれど、わたしはあなたを人類の敵と認識せずにすむのね」
「本当に失礼ね。私は『皮剥ぎ(スキナー)』であっても『生皮剥ぎ』ではないわよ。それに『生皮』を得るのは非効率的よ。たやすく『外皮(スキン)』を手に入れられるのだから」
「マイク社があるからね。うまくいっているんでしょう」
「私が監督してうまくいかなかったためしがないわね」
「強がりいっちゃって。わたしたちに負けたくせに。でも、よかったわ、あなたがいつもどおりで」
「私も、貴方に直接触れることができて息災よ。元気そうね」
「でも、誰にも気づかれていないんでしょうね。これがバレたらあなたはおしまいよ」
「初対面で、私が正体を明かすまで身を任せていた貴方に忠告されるなんて、面白いわね」
「もう、すぐに喧嘩腰になるのはどうなのよ」
「二人そろって負けず嫌いってことなの。敵同士だった呪いが残って悪さをしているのかもしれないわね。諦めなさい」
「諦めるのは簡単だけれど、あなたはそれでいいのかしら」
「よくないからここに来ているのよ。二度と二人きりで会わないと誓って、なお貴方に会いに来ているの」
「それも、律儀に毎年……二一年も通い続けている」
「リゼイ、二十年よ。貴方に『外皮(スキン)』をプレゼントしたのが二十一回。優秀な計算機も錆びたわね」
「あれ……そうね、人間らしい思考ができるようになったのかしらね」
「いいえ。頭が馬鹿になっただけよ」
「なにそれ、ひどい」
「ええ、ひどいわね」
「んふふふ……」
「アフフ……」
「ああ面白い。あなたとは、そう、いやな目にも遭ったけれど、離れていたくないと思ってしまうわ」
「親離れできない子供みたいに、かしら。貴方がそんなことを言うとは思わなかったわ。いいでしょう。ここから引き出して、囲ってあげてもよくてよ」
「あははは……冗談よね」
「冗談だと思っていればこそ、私を毎年迎え入れているのでしょう。フィアンセにも話さずに」
「うそ、どうしてわたしが──」
「やっぱり。話していたら私がここにいられる理由がないもの。毎年、部屋に入った瞬間火薬をパンパンに詰めたショットガンが向けられるんじゃないかと思って、けっこうスリルがあるのよ」
「またッ、あなたはそうやってわたしを引っかける……もう終わったことよ。あなたとは敵でいたくない」
「……ええ、もう終わったことよね。もう貴方に価値はないのよ」
「言葉に気をつけることね。あなたにとって、でしょう」
「そうね。そのとおりよ。貴方たちは私を打ちのめしたけれど、私は貴方を使って目的を達成した。それであの関係はおしまい」
「ヤリ捨てってわけ。頭にきたわ。でも、それも昔の話。八年後にあなたが帰ってきた。マイクスレディと名乗って。そして、わたしと話をして、それ以来毎年ここに来ている」
「どうだった。私の言っていた意味が、理解できたかしら」
「『わたしたち』はあなたに勝った。でも、わたしはあなたに負けた。──負けたっていうべきではないのかしれないけれど」
「異次元の敗北、と呼ぶべきでしょうね。私の敗北でもあり、貴方も私も勝者になった」
「橋を架ける──でしたっけ」
「過去の鎖を引きちぎる、とも表現したわよ」
「あなたは見事にそれをやってのけた。そうよね。わたしは、二つの世界秩序が水面の下で溶け合っていく姿をまざまざと見せつけられた」
「過去に縛られた私たちは、旧くて──それでも新しい過去の奴隷だった。私はやりきった。私たちのために。私たちの勝利と、未来のために」
「──わざわざ自慢しに来たわけじゃないでしょう。そんなのに、あなたが帰ってきたときにさんざん聞いたわ」
「恥ずかしいわ。あのときは私も興奮していたから。そして、私は貴方に毎年の贈り物をし始めた」
「わたしに服をプレゼントするからなにかと思えば、あなたが持ってきたのは『外皮(スキン)』だった」
「貴方にこそ、これを着せるにふさわしかった。足の先から額やうなじまで、外見をすべて変えてしまうような『服(スーツ)』は、私にはこれしか思いつかなかった。」
「肌を着ると表現するのかしらね。あなたがやったように、わたしにもそれをやれといった」
「私は必要があってやっている。今日のマイクスレディのようにね。でも貴方は違う。貴方にとって、貴方の『外皮(スキン)』は本物の服のように、本当の化粧のように機能する」
「そうね。あなたの好意には感謝しているわ。これのおかげで、わたしを見る眼が変わった。たしかに、あなたの説得するとおりだった。周りはわたしを『
旧兵器』とも『救世主』とも、最近では『リード』とも言わなくなった。多くの人が『リゼイ』と親しくしてくれるようになった」
「『人はまったく理解できないものに恐怖する。一度見てしまえば、隠しても恐怖として残る』と私は忠告した。貴方の体は、小細工で隠そうとしても上手くいくはずがない。だって、世界のどこに砂色と緑色のつぎはぎだらけで、体の一部は吹き飛ばされて、一目見ただけで機械の体だとわかる人間がいるというの」
「絶対に、いない。だからこそ、わたしは多くの人から受け入れられなかった。──わたしは無頓着だった」
「私が『皮剥ぎ(スキナー)』という組織を作ったのは、貴方の為でもあるわ。その他大勢の利用者は副次的なものに過ぎない。貴方はもっと外に出て──人間の嫌悪に邪魔されず外で活躍しなければいけないの」
「わたしは用済みだったんじゃないの」
「ええ、用済みよ。だからこそ、私はこれを自身の純粋な好意と定義することができる。貴方はもっと……世界に羽ばたいていくべきなのよ」
「わたしに、もっと外を見ろというのね」
「ええ、貴方の本当にやりたかったことでしょう。人を結び、人と結び、人に結ぶ」
「本当に……今なら、つまずかずにどこまでも走っていける気がする」
「それはよかったわ。それで、今回の出来はどうかしら」
「マイクスレディにも言ったわよ。最高だって」
「お褒めにあずかり光栄ね……どう、なにか不具合があるならいってちょうだい」
「あなたの専門とする『科学分野』じゃない。なにか不備でもあるの」
「そう言われると、私はなにも反論できないわね」
「一つだけ挙げるとすれば……癒着の作業をもっと、そう……その穏やかに、できないかしら」
「こればかりはできないわね。だって、貴方の体の問題なのだから」
「はあ……どうしようもないのね。この体を恨むわ」
「身につける『外皮(スキン)』と体を癒着させるために神経接続を伴うのはいいけれど、同一の刺激でシンクロさせないと体が『外皮(スキン)』と拒否反応を示すなんて、前代未聞よ」
「あなたの『外皮(スキン)』を受け入れるようにできていないの。それこそ、わたしが人間だったらたやすかったでしょうけれど、あいにくあなたと違う機械の体なのよ」
「でも、毎年拒否反応は減らせるようになったわ。最初なんて、泣きわめいていたわよね」
「……思い出したくないわ。最初は癒着に失敗して、半端につながった『外皮(スキン)』を剥がされたんだった」
「あれは私も焦ったわ。数時間の苦労と特注の『外皮(スキン)』一枚が無駄になったのよ。考えられるかしら」
「……私が言いたいのはそんなことじゃなくて……興味本位でマイク社営業の話なんて聞くもんじゃなかった」
「でも、試してみたかったのよね。自分にもできるのかどうかを。だから私は応えたのよ」
「その結果が……ああッもう。『生皮剥ぎ(スキナー)』め」
「痛覚が通ったことを知らずに一気に剥がしたことは謝るわ。なにぶん、私もおぼこだったわけだし……それ以外に、貴方は機械だから、空気抜きは念入りにしないといけないのだけれど、重点部位がことごとく『いやらしい場所』にあるのが問題ね。私の労力も馬鹿にならないわ」
「施術中に感覚受容体を切れたらどれほど楽なことか……これのせいであなたに辱められているとさえ思える」
「貴方の脳みそを電極で引っ掻き回してもいいのなら、もっとうまくいくと思うわよ」
「怖いこと言わないで。こんなことするなんて、わたしの体は想定していないんだから」
「そうね、過去の誰もが『こんなこと』をやるとは思わなかったでしょうね。……同じ痛みを、同じ痺れを、同じ快楽を『外皮(スキン)』を伝って貴方に流し込むのは、大変だけれど興味深いものだったわ。それに、毎回面白いように嬌声を上げてくれるおかげで、私の生物的な部分がむらむらしてくるわね」
「わたしを襲わないでよね」
「一通り襲った後だけに、もう食傷気味よ」
「返り討ちにされるのが怖いのかしら」
「貴方が悲鳴を上げたら、緊急回線が番犬につながることはもう知っているわよ。いいシンクね」
「……」
「さて、私の思い違いだったかしらね。でも、私に一度でも使ったことはなかった。信頼されてるのね」
「わたしをリードと言うのはかまわないわ。……彼をシンクと表現するのはやめて、真面目に、ひどい侮辱よ」
「同意するわ。彼はシンク──〈考える回路(シンキングチツプ)〉とかいう、現代の人間が作ったおもちゃの出来映えを計る単位とは、比べものにならないわ。でも、世界は、まるで流行病のように新しい言葉を当てはめたがった。考える機械なら、かれらはすべてシンクと言った。生みの親であるハ式計算機も、ハーヴも例外ではなかった。もちろん、貴方もシンクと分類され、そのうち学者から敬意を込めて、リードと呼ばれた。なんと言ったかしら、旧い言葉から意味が採られたのよね」
「リード──〈考える葦(シンキングリード)〉。かれらは再分類して、わたしを人間と同列に扱った」
「嬉しかったかしら」
「嬉しかった。でも、今のところ公式にリードと呼ばれるのはわたしだけ。はじめから二足歩行していたという理由で、人はわたしを『人間』と判定したの。わたしは、そこに不満がある」
「今ではフィアンセも立派な『人間』よねぇ。私が協力してあげてもいいわよ」
「いえ、結構。わたしたちの問題です」
「私がかれらにした仕打ちを真似すればいいわ。簡単だったわ。ただ、テクノクラートの被験者……今はその分類ではないわね。──『先進生命工学の立役者(ヒユーマノイド)』たちの後ろからささやけばよかった。『かれらが私を人間と認めないなら、貴方たちも『人間』でなくなるのよ。それはそれは……とても痛ましいことね』と。かれらの絶望と、『人間』を勝ち取ったときの喜びは見ていて楽しかったわ」
「だからッ、あなたは恐れられて、『人でなしのニンゲン(ヒューマノイドヒューマン)』と呼ばれるんです」
「あらあら、怖い顔しちゃって、かわいい……。貴方が『あなたたち』と意地でも言わないところが特に素敵だわ……」
「あなたの暗躍にはうんざりさせられます。もう帰ってください。と言いたいところですが……」
「まだなにかお話があるのかしら」
「あなたの暗躍には信念があることもわかっています。単に人をもてあそぶだけで終わりなら、わたしはもうあなたと絶交していたでしょう」
「意外な評価ね」
「それに、あなたは考えなしではありません。お礼を言いたい」
「なにについてからし。私が貴方に礼を施されることなんてないわ」
「わたしの義手を見て、あなたはひどく複雑そうだった。わたしはそれを忘れない」
「フィアンセの手作り義手を左手にしているのは知っているわ。貴方にお似合いの結婚指輪だったわ」
「初めての義手はロボットみたいな、ちゃちなものだった。それでも、あなたはそれを『肉パテ』で形成しようとしなかった。あなたなら『腕』だって移植できたはずなのに」
「それがなにか──」
「それどころか、あなたは、あなたの完璧な『外皮(スキン)』を破いて、わたしの義手だけそのままにしておいてくれた。あなたの配慮があって、わたしは『わたし』でいられている」
「……」
「あなたは、彼を上書きしてしまわなかった。今日だって、わたしの左手は彼お手製の『セイゼイリゼイ』そのもの。……あなたは、わたしになにを発見したのかしら」
「……人間が貴方を見るときの些細な不具合について、かしらね。すべてが完璧な貴方よりも、少しだけ違和感がある貴方のほうが、世間は受け入れると思ったの。少しばかり瑕疵があるほうが、より人間らしいと思って」
「本当ですか」
「本当よ」
「はっきり言います。嘘ですね」
「……ハァ。さすがに嘘と気づくわよね。……半分は本当。でももう半分は私がそうしたかったから」
「どうしてなんですか」
「……」
「スウェイアさん」
「いえ、いいわけを考えるのはやめましょう。私にとって貴方は特別なの。でも、貴方は私だけの特別じゃない。彼にとっても、貴方は特別な存在よ」
「話をはぐらかさないでください」
「はぐらかしてなんかいないわ。貴方は私と彼の意思を継いで、『科学』の子になったの。私はそれが嬉しくて……それを隠すなんてことはできなかった」
「あなたは、わたしを象徴として見ているんですか」
「ええ、貴方は立派な象徴よ。だから私は貴方を誇って私で飾る。でも、だからといって彼も誇って貴方を飾るのを、どうして邪魔することができるというの。二つの『科学』をまとった貴方を、なにが悲しくて私だけの成果で塗りつぶす権利があるというの」
「……あなたは、複雑ですね。あのときも、そうだったんですか」
「さて、あのときの私しか知らないことよ」
「そうやってはぐらかす──」
「さて、どうでしょうかリゼイ様。少し体を動かして、当社製品に不都合がないかお確かめください」
「……」
「そのような怖い顔をされると、私泣いてしまいますわ」
「いいでしょう。もうその話は終わりといいたいわけね」
「ええ、そのとおりですわ」
「チッ……マイクスレディをぶん殴るわけにもいかないわね。しょうがない……」