ふぉうこのみやき〈後編〉

腹を満たせば酒が進む。酒が進めばつまみが欲しくなる。つまみを食えば酒が進んで…ともはや永久機関のように飲み食い続ける軍人二人。

 

店にやってきたときは数年使った雑巾みたいな顔面をしていたが、美味しい酒と料理は腹と同時に心も満たし、いつしかほっこり顔の酔っ払いが二人。

 

酔えば口は回り出す。

上官に対する愚痴から始まって、諸島連合軍の悪口、色話、軍内部の噂話、空中給油機や対戦車兵器をネタにした猥談等々…「吐き出して気持ちの良くなるモノはゲロでも言葉でも体に良いモノだ」ということはクルカでも知っているのだから人間様もやらねば損だとばかりに何でもかんでも話し出す。

 

買い占めたヴェー肉が極厚のステーキになる頃、その話題は先輩の方から切り出された。

「そういえば、あの美人さん。なんて言ったっけか、えーと…。」

 

軍内部の有名な美人は幾人かいる。日照時間の少ない雪国特有の白い肌、上気した頬、厚着に似つかわしくないすらりとした身体つき、防寒帽やヘルメットから覗く横顔は美人神話をさらなる高みへと押し上げていた。

 

アルコールでユラつく頭でしばらく考えて、一息ついてようやく思い出したといった体で話し始めた。

 

「そうだ!銀狼のお姫(ひい)さまだ!あんなに美人で近衛の機械化騎兵の最精鋭の隊長だってんだからたいしたもんだよなぁ。俺は(おらぁ)戦場のど真ん中で一度見たっきりだがありゃぁ言い伝えにある戦乙女そのもんだった。あの姫さんが来なけりゃ俺達の部隊は全滅してたに違ぇねぇんだ。ホントに、あのお姫(ひい)さまは女神様も同然よ。」

 

先輩がうんうんと満足そうに頷いている。

 

「銀狼の姫君はこっちでも有名ですぜ。」

 

付け合わせの潰し芋を作りながら大将が声を上げた。

 

「なんだ、おやじも知ってるんか?」

 

「あったりめぇよ!美人で強くてオマケに優しい。戦場を駆け抜ける一陣の春風。諸島人の間で彼女を題材にした小説が書かれるくらいにはとんでもねぇ人気さだなぁ。」

 

「あのお姫(ひい)さまは私も見たことがあります。負傷兵と若年兵ばかりでろくな戦闘もできない私たちの部隊に来援してくれて声を掛けてくれました。あれだけ苛烈な戦場で一人の戦死者も出さないといわれる銀狼部隊を率いるべらぼうに強い女がいるって聞いてたんでてっきり皇国人みたいなゴッツいのが出てくるかと思ってました。」

 

後輩は思い出してうれしそうに笑う。

「私もこんなへんぴなところじゃなくってあの方の下(もと)で働けたなら…。あの方のためなら死んでもいい。言葉を交わせれば…それはもう…。」

 

恍惚とした表情で理想を語る後輩。どうやら口に出ていることに気がついていない。

何事もなかったかのように目の前の肉にかじりついた。

 

「こいつすっかり惚れちまってらぁ。」

 

シンプルな味付けでヴェー肉の脂の甘さを楽しみながら、海の樹葡萄ワインの赤を煽っていた先輩が後輩をからかう。

「んーーー!んーーー!」

 

こちらも口いっぱいに弾ネゴとオオニオイ玉のソースをまとわせた肉を頬張っていた後輩が言葉にならない声を上げ否定しようと首を振っている。

「まあまあ、オめぇさんも年頃だ。そういったことに興味を持ったって不思議じゃねぇさ。確かに銀狼のお姫(ひい)さまはとんでもねぇ美人だ。色恋の噂すら立たねぇ純潔の乙女だ。だが、それが守られてるのは何故だ!?

それはあの王国随一の脳筋豪傑集団、泣く子も黙る近衛重装装甲騎士団が親衛隊(ファンクラブ)と称して周囲を固めてるからだ!断り無く手紙の一通でも出してみろ!不名誉な二階級特進が待ってるぞ!」

 

上品なヴェーの乳で作られたバターを使ったクリームソースをボイルした槍茎につけながら先輩は早口でまくし立てた。

 

重装装甲騎士。それは王国最強の歩兵集団にして脳筋。パワーが全てを解決するタイプの戦闘を専門に行う攻防一体の鎧武者。初戦の氷上の狼作戦では銀狼にエスコートされたジェット推進突撃兵員輸送車で氷に閉じ込められた諸島軍艦にとりつき、一小隊で各一隻の戦艦を完全制圧したという重機関銃と戦斧の狂戦士(バーサーカー)。皇国人とタイマンを張れるとまで噂される一騎当千の変態達がかのお姫(ひい)さまに命を捧げているのである。

 

「そんなこと知ってますよ!事実私は睨まれたことがありますもん!」

 

余ったヴェー肉をトウドコケムギの薄焼きに挟みながら後輩も言い返す。

……何故睨まれたのかは彼の名誉のためにここには記載しないでおくとしよう。

 

「もう既に想い人がいるってのは?」

 

大将が聞くが二人の回答は

 

「「まっさかぁ~」」

 

というものだった。片方は本気でそう思っていて、もう片方には多分に願望がふくまれているようだったが…。

 

「それにしても、どうしたってあの鬼騎士共がそこまでのことをするんで?王国軍の他の美人にもファンクラブこそあれ、あそこまで強固なガードはいないでしょうに。」

 

大将が〆のイヨチク汁を作りながら不思議がる。

確かに銀狼のお姫(ひい)さまに対するガードは不自然なほどに強固だ。お姫(ひい)さま自身、圧倒的戦力であることに違いは無い。英雄として、兵士達のいや、国民の人気も高く、誰かのものになることがあれば士気に関わりかねないのも分かる。

それにしても強固すぎる。

 

「ゑ?だってそりゃホンモノの姫様だからでしょう?」

 

「「ゑ?」」

 

店内の空気が音を立てて変わった。

 

 

*****

 

 

「噂、知らないんですか?先輩遅れてるなぁあ」

 

酔っ払って態度がでかくなった後輩が先輩に絡む。むさ苦しく鬱陶しい絵面だが大将と先輩はかまわず話を続けさせた。

 

「えーとね、確定的な情報って訳じゃぁ無いんですがね、あー、銀狼のお姫(ひい)さま!王族のしきたりで軍務経験を積むために配属された第三王女殿下ってな噂が立ってるんですよぉ。軍属の王族、それも直

 

「ちょっと待ってくだされ、第三王女って失踪扱いになってるんじゃないんですかい?俺が王国で店やってたのは戦争前だから対外的な情報以外は仕入れられてねぇんですよ。食材仕入れるのとは勝手が違うもんで。」

 

大将が遮った。確かに国外に対してはそのように報じられていたのだと記憶している。それが欺瞞であったことがここで証明されたのだ。

 

「まあいいや、話を続けますよぉ?直系の王位継承権持ちってノはデスね。後方に配属されたりするのが普通なんですよね。寒波攻勢中沿岸要塞にいた兄君の第二王子なんかが良い例ですね。でも(ヒック)お姫(ひい)さまは王族の中でなんというか、疎まれてるみたいで…、先の戦役で証明されたとおりそりゃ、実力はもぉホントに申し分ないんですがね!それで未だに東方鉄壁区(オクシデア)に駐屯してる機械化騎兵銀狼中隊に身を置かれておられるってな具合らしいんですよぉ。」

 

完全に悪酔いに片足を突っこみつつある後輩が回らない呂律と頭でゆっくり話した。

 

「あぁ!これ秘密ですよぉ?万が一アタシから洩れたとバレたならば二階級特進しちまいますからね!」

 

「おうおう安心しなされ、どうせここにいるのはそんな情報持ってても役に立たない天下一の料理人と、不細工な飲んだくれだけだぁ!」

 

大将が高級イヨチク酒『スカイバードの泪』を引っかけながら豪快に笑った。先輩も憮然としつつも杯を伸ばしてわびの一杯を要求している。

 

「なるほど、それじゃ変な虫がつくのは御免ってわけだ。仮にもほんとだとしたら王家の血を引く人間。戦場で死ぬにしてもあんまりに有名になりすぎたな。」

 

酒を飲んで満足した先輩がしみじみと言った。王族というモノの面倒な複雑さをかみしめているような顔だ。

 

「それにしてもお前(めぇ)さんよくそんな情報を仕入れたなぁ。そんなことしらべてたら二階級特進が早くなるんじゃねぇんかい?」

 

大将は目の前の若者を信じられないモノを見るような目で見ている。

 

「チッチッチ、お姫(ひい)さまファンの愛の力、なめてもらっちゃぁ困りますぜ?」

 

調子に乗った後輩が胸を張る。その姿はラオデギアにいるという好物家『ヲターク』と変わらないモノだった。

 

*****

 

最後に今日の食材の切れ端とイヨチクをいれた雑煮(ざうに)、諸島の一般家庭では毎日のように食べられるのだというイヨチク汁がアルコールで痛めつけられた喉と胃を優しく撫でた。

 

「うんまい料理だった。勘定はここに置いとくぜ。」

 

すっかり平べったくなった財布を叩きながら、しかし顔は非常に満足そうに先輩は笑った。

 

「今日は重大な戦果もあったしな!」

 

ヴェー肉のことかそれともふぉうこのみやきのレシピのことか、と後輩は頭の中で考える。

この街で生きる楽しみが少し増えた。また食いに来よう。

 

そう心に決めて大将が土産にと渡してくれたイヨチク酒の瓶を固く抱く。

 

そしてありったけの感謝と共に言い放った。

 

「ごちそうさまでした!!!!」

 

『ジリジリジリリリリ、ジリジリジリリリリ、

 

ちょうど店内の電話がなったのはそのときだった

 

「すまねぇ、多分いつもこの時間に掛けてくる客でさぁ。真夜中の出前を頼むたぁ迷惑な客なんだが、常連なんでね。見送りはカウンターの中からで勘弁してくだされ。」

 

「良いってことよ!また来るぜ!」

 

そう言って二人の軍人は店を出た

 

店を出てすぐに先輩は

 

「ちょっくら煙(タバコ)買いに行くから先に帰っててくれ。」と商店街へ消えていった

 

腹も心も満たされた帰り道。

いま諸島のスパイに何かされたって絶対に気づくことはない。上官にだって殴りかかれる。そんな幸せな気分だった。

 

 

*****

 

 

「はい、ふぉうこのみやき屋、はい、はい、ええ調子は良いですよ。今日はとっておきの品が入ったんでさぁ。」

 

客と愛想良く話す大将。

しかし、その様子にはおかしな点がいくつもあった。

出前の注文だというのに鉄板は火を落とされ、きれいに掃除されたその上には古ぼけたノートが一つ。

そしてそもそもバラック小屋に電話なんてものはなく、店の奥から引っ張り出されたのは背負い式の軍用無線機だった。

 

「ええ、あ、もう良いですね。こちら42号。ええ、そろそろ引き払いますよ。辞令は受け取りました。ええ、ひつような情報は得ました。これでもう少し王国の物資輸送に干渉できそうです。はい、いえいえ、私一人の手柄じゃありませんよ。ええ、ありがとうございます。あぁ、そうそうそれから…」

 

大将だった何かは一呼吸置いて言った。

 

「行方不明だった第三王女(国防懸案事項)の居場所が判明しました。内政にも優秀な人材です。しかるべき対処を。」

 

 

*****

 

後日、後輩の元に監察官がやってきた。罪状は機密管理違反とスパイへの加担。

彼は自分の他にもその夜に飲んでいた先輩がいると主張したが、査問委員会の回答は冷酷だった。

 

「そんな店は存在していないし、君の小隊に君より年長の兵員など存在していない。」と。

 

この事件により王国軍はスパイの一斉摘発に乗り出すことになるがそれはまた別のお話。

 

後輩は懲戒退役後、フォウ側のふぉうこのみやき第一人者として民族史に名を残したという。

 

 

銀狼の姫が本当に第三王女であったかどうかは誰も知らない…。





 

最終更新:2020年01月07日 23:16