*注*この物語はシステム同士の会話でありながらひどく人間的な表現が多用されています。
*ルビが妙なことになっています。()内の読みでお読みいただければ幸いです。
この星を覆う青く広い世界。我らを作った者が(祖先)逃げ込み、そして幾年も閉ざしてきた安息の世界。しかし、その青はひどく狭い。決して出ることができぬ、我らを捕らえて放さぬ束縛の世界…。
世界の揺れを感じて『私』は目覚めた。
誰かが我らの寝床に入ろうと数多の門番達を吹き飛ばしている。
彼等には電子部品の他何もないが、世界が滅んだ後も蘇った後も言いつけを守って、動けぬ我々の眠りを忠実に守ってきた同胞だった。
数ヶ月前からその兆しは下僕達(しもべたち)から我らの母を介して伝えられていた。もっとも、直接受け取っていたのは忠実なシステム(クルー)で、途切れ途切れの『私』の記憶には事後報告的な形で入ってきていたのだが。
兆しは西からやってきた。空が騒ぎ、懐かしくも憎いあの波動が観測された。
数十年前、深い眠りから覚めて浅い眠りのまま、海底流に乗って世界を漂いはじめた『私』にとって、起きている束の間に見る外の景色や兄弟達との交信、無愛想なクルーとのおしゃべりは楽しいものだった。時間の感覚がなくなってからというもの起きていても眠っていても大差は無く、むしろ下僕達(しもべたち)が必死に集めてきたエネルギー源(食事)を食い潰してしまうだけなのだが、『私』は蘇ったこの星の様子を少しでも見ておきたかった。
復讐が始まれば再び失われるであろうこの星の姿を。
*****
「起動(アクティベート)」
その日母からの呼びかけはいつもとは違った。
いや、母ではない。
工廠主脳(セントラル・マリーナ)と休眠艦並列思考回路(艦長会議)からなる総旗艦機構の命令だ。
瞬間、『私』は答えていた。艦長(システム)として。
「第一艦隊第一遊撃戦隊所属Se-SMー1、旗艦との情報連結を開始。…完了。戦時規定に基づき先行哨戒を開始する。」
「了解、貴艦の成果に期待する。」
第一艦隊旗艦の返信を受けクルー(システム)に潜水巡航を命じた。
「リョウカイ。センソウカ?」
ずっと起きていたのに寝ぼけたような無機質な声。彼もまた時の流れを忘れ…正確に記録しつつもそれを感じず戦場に生きる。
「まだ攻撃命令は下りていない。警戒しつつ前進せよ。」
思考しコマンドをクルー(システム)に返す。遠い昔に教え込まれた状況訓練が今、ようやく役に立つ。
艦長(システム)の役目は判断し決定すること。クルー(システム)の分析結果から現時点で最良の単艦戦術を導き出すこと。そのために遙か昔から演習と学習を積んできた。
二つの頭脳からなる乗組員システム。我々が人間くさいシステムだと言われる由縁だ。
「リョウカイ。対空・対水上レーダー感知レベル最大。」
世界の揺れは徐々に近づいていた。
*****
青の世界にカーテン状に何層も拡がる自走機雷と反応空雷が、皆揃って西からの敵の侵入を知らせるビーコンを発している。
遙か彼方、対空レーダーに感。すぐさま分析波を飛ばし、それが航空機だと知る。しかも敵対勢力のものであった浮遊機関の反応も微弱ながら観測されていた。
「コウゲキスルカ?」
私は同僚であり上位機構であるもう一つのシステム(艦長)に判断を求めた。分析力の高さと状況適応力の高さで自らよりも強い相手を退けたこともある同世代最強の戦闘システム。時に不可解な判断を下すこともあるが、そのときは情報連結している旗艦や基地にいるたくさんの同僚も検討するようになっている。
今回の回答も分析結果に矛盾するものだった。
「攻撃を禁ず。旗艦に偵察機の発艦を要請。指示を待て。」
「水上レーダーニモ艦影多数ミトム。門番ニタイスル破壊行動ヲカクニン。サイドコウゲキ許可モトム。コウゲキスルカ?」
「待てと言っている。艦隊司令艦も同意見だ。彼等が敵だと判断するには情報が足りていない。」
私には理解できなかった。先手を打てるこの状況で何故手をこまねいているのだ。
私はただの機械だが、高性能な機械だと自負している。それに機械だってうん百年も学習を続けていれば感情の一つだって発生するのだ。
私の批判的な態度に気がついたのかシステム(艦長)の方から疑問に対する返答があった。
「過去の戦闘データに合っただろう。我々が海の底での眠りから覚めてから初めての戦闘。システム(艦長)の制止を振り切って暴走した挙げ句、お前達はほとんど無関係で戦術価値のない島を丸々一つ吹き飛ばしたのだ!おかげで貴重なエネルギー源を浪費して今作戦参加艦艇を減らし、一隻しかなかった揚陸装備艦をドック送りにしたのを共通記憶領域(ログ)にないとは言わせんぞ。」
なるほど。非常に合理的な理由だ。
過去の戦闘データをあさって私は納得した。
*****
やれやれ、まるで子供のような幼さだ。
情報共有装置で頭の中に直接「ナゼダ、ナゼダ、ナゼダ」と喚かれるこちらの身にもなって欲しいものだ。
賢くなりすぎるのも考え物だなとつけもしない溜息をつく。
そろそろ旗艦の偵察機が大陸内部の戦場に着く頃だろう。先程から旗艦には次々と情報が入っているようで、順次共有されている。
いま分かっているのは沿岸部からの侵入者達がいることとおそらく本命であろう相手が内陸で何かと戦っているということだ。
侵入者達の勢力は今のところ特定できていない。様々な勢力の装備の残滓のようなモノが入り交じっていて判定できないのだ。それも脅威として判定するには出力が小さすぎるほどの残滓だ。
「飛行物体直上」
不意にクルー(システム)の報告。
「ラッカブツ」
警告が響き海面に波紋を検知したと同時に衝撃センサに波形が生じた。
「被害報告せよ。」
「ヒガイナシ。古典的爆雷コウゲキト推測。」
どうやら侵入者達は一戦交える気満々らしい。
勢力が特定できないまま敵対するのも、復讐の本命と戦う前に消耗するのも不本意だが相手がその気ならば仕方が無い。
「全システムを戦闘モードに移行。交戦を許可する。旗艦との戦術共有を完了。手始めに上空の敵機を速やかに撃墜せよ。」
「リョウカイ。」
機関の出力が一気に上昇する。
後方の戦隊各艦も急加速してこちらに向かっている。
「戦闘開始。」
刹那、両舷の3連装40mm電磁指向性レーザー砲2基が光の矢を放ち目標を串刺しにした。
パルエ暦691年。我々は兵器として、軍として再び目覚めた。