鋼鉄のアルチザン

眠気で混濁する意識を誤魔化しながら、机の下に落とした計算尺を拾い上げる。
どれほどの時間かはわからないが、完全に寝てしまった。いや、気絶していたと言った方が正しいか。
誰かが掛けてくれたのだろうか、毛布が私の背中を包み込んでいた。

ラオデギア郊外第4区のバテンカイトス第一工廠設計棟第1課製図室。私の人生はずっとこの部屋と共にあったと思う。
前線から遠く離れた大都市に位置するこの部屋は、まさしく戦場であった。常に声が飛び交い、鉛筆が紙を擦過し、たばこの吸い殻と無数の紙片に埋め尽くされた私たちの戦場。
それが今や空の書類棚と引き倒された机しか残っていない。
空っぽ。全くもってのがらんどう。
私は裸電球の下に立ち、壁の傷や落書き、張り替えた壁紙をゆっくりと眺めていた。

「ミスターバル、そろそろ出て頂けますか」

「すまない。ジジイの感傷に付き合わせて悪かった」

帝國進駐軍のMPは若い男だった。
早く出ろと言う割に、起こさず毛布まで掛けてくれたのは彼だろう。彼にも仕事があるだろうから、さっさとお暇するか。

「私の父は空軍の戦闘機乗りでした。連邦の戦闘機は精鋭揃いで、特にセーザルⅣは手ごわかったと。一番、あなたの飛行機が」

統一歴622年2月、我々の祖国は敗北した。数百年にわたり、多大な犠牲と進歩を我々にもたらした南北戦争を私は青紙を通して見ていた。
私の名はカルファ・バル。空を飛ぶことに魅せられ、バテンカイトスの航空設計第1課に流れ着いた飛行機馬鹿とでも覚えておいて欲しい。
これから語るのは、そんな馬鹿の小さな、そしてあまりにささやかな半生だからだ。

私は人生の殆どを戦時下で過ごした。祖父の代から続く南北戦争はいたずらに死者と利潤を増産し、戦時経済を国家の常とする時代を迎える。
技術者、アルチザンの育成は国家事業となり、いくつもの研究機関が、いくつもの航空会社が、いくつもの大学が新設されていた。
古くから航空雑誌を読み漁り、多くの冒険小説に目を輝かせる少年時代を過ごした私がラオデギア大学航空研究部を志望したのは自然な成り行きであり、幸いにして高い倍率を突破し入学を果たす。
学生生活は楽しいものであったが、ここで駄弁るようなものでもない。ラ航出の学生は半数が軍に、半数が民間企業に獲られていく。
中の下程度の成績であった私は知人の紹介で当時新興メーカーであったバテンカイトス社に拾われたと言うわけだ。
当時の主力艦戦はオデアトラデア社のユーフーⅡで、新興メーカーであるバテンカイトスのセズレⅢはユーフーにコンペで黒星を残していた。
次期艦爆の試作機は発注そのものが撤回され、経営難の最中にあったバテンカイトスはユーフーの生産補助でなんとか行い食いつないでいるという有様だったが、人員育成には積極的な会社だった。
私も先達から様々な教えを受け、多くの図面、設計の下請けを捌いた。今思えば体よく使われていたような気もするが、そこで培った経験は私にとって代え難い財産になった。

生活は苦しく、宿舎は木造と土壁のボロ屋で隙間風に悩まされながら生活していたし、紙も貴重なので下町から古紙を貰い、本物の製図紙はなかなか使えなかったものだ。
それでも、比較的若い設計者である私とその同期はただ空への夢に酔ったまま奔走し、理想に溺れていた。
国家の戦争計画を担う航空会社がこれというのはなんとももの悲しい話だが、急速に航空産業を拡大するアーキル連邦では中小の航空会社が生まれては消えを繰り返し、共食いと同化を繰り返す。
なんのことはない。時代の大河の中に揉まれていただけのことだ。

我々バテンカイトス第一設計課が空軍航空本部からの要求仕様書を受け取ったのは今から40年前の581年の暮れごろ。
休憩時間終わりの昼下がり、サーナー課長から直接手渡されたガリ版刷の冊子には「第4次次世代艦上戦闘機性能要綱」と黒インクで記されていた。
それを開いた時、紙面に躍る数字に度肝を抜かれた。その時額を伝った汗は、空調のない部屋のせいではない。

・最高速度:200km/h以上
・上方浮力(上昇力):12m/m
・連続稼働時間:3時間以上
・全備重量  :4トン以下
・武装:10ミリ機関銃二挺
・ユーフーニ対シ格闘戦ニオイテ優位ニ立チウルコト
・乙號B以下ノ浮遊機関ヲ装備スルコト
・陸上運用用の降着脚ヲ装備スルコト
・航空無線ヲ装備スルコト

ユーフーの最高速度は空虚重量175km/h、戦闘重量では150 km/h台にまで低下する。丁度1年前から配備が確認されている新型グランビアでさえ160km/hがせいぜいという時期に、一気に200kmの壁を突破しようと言うのである。
マーレ2のように仕上げれば不可能では無いが、指定された乙號B機関の出力では犠牲にする部分が多すぎる。
速度性能以外もユーフーとは隔絶したものがあった。もちろん、次の航空戦力の主力を担うのだからそうでなければならないのだが。

それでも、我々が受けた衝撃は畏怖嫌厭のそれではなく、ここまでのものを創ることが出来るという倒錯じみた高揚。世界最高の飛行機械を実現することが出来るという傲慢にも似た自信の表れであった。
同時に、これは私の人生を左右する仕事でもあった。航空機の設計主任となったのはこれが初めてだったからだ。
これまで計算手長や製図長を転々とし、先達の設計者の元で経験を積んでいた私が、社運を賭けた次期艦戦という大役に抜擢されたのだ。

課長室に呼び出されその旨を伝えられた私は面食らって尋ねた。なぜ、ベテランの設計手でなく私なのか、と。
返ってきた答えは簡潔なものだった。

「前と同じやり方じゃ、前と同じようにしかならんじゃないか」


それから半週もたたず、設計班が組織された。製図の下請けが部署ごとに20人ほどと多く、半数はパートタイマーだった。
驚くべきは各設計班の班長がみな若いことだ。計算手長アリーも、艤装長サイユーブも製図長サライも機関部長ゴルトもみな私と同じ20代の新参、これは老舗のオデアトラデアでは考えられない陣容だろう。

任命初日に設計チームの結成祝いに下町の酒場を制圧し、翌週には既に各々の作業に取り掛かかっていた。

機体設計の一歩目は引き算から始まる。搭載する浮遊機関の規模、空母のエレベーター面積、必要な艤装。それらすべてが設計に制限を掛ける。
実現したい夢の機体がどの程度現実に殺されるかを算出することが機体設計の第一歩。
設計一課に与えられた設計室は比較的マシで、壁を覆う漆喰も天井に吊られた白熱電球も、作業机も新しい物だった。我々はその恩恵をすぐに理解した。大声で議論しても音が漏れにくいのだ。

「とにかく生産性と強度を第一に。多少要求性能に届かなくても数さえ揃えられるなら航空本部の気を引くだろうから」

製図長サライの言葉だ。彼は29歳と最年長で、従軍経験という稀有な経歴を持つ。元整備大隊という観点から質実剛健を第一にした航空機を作りたがっていた。
彼の考案した整備用の両開きヒンジや二点式機関懸吊架は乱雑な扱いに耐えうるというバテンカイトスの性格をよく表している。

計算手長のアリーはすかさず言い返す。

「数年で陳腐化するようなものを造ってなんの意味があるんです。とにかく性能追及を第一義に、発展性を追求して向こう数年は主力機の座に居座ってこその飛行機だ」

チーム最年少の技師アリーは私の後輩で、ラオデギア大航空科を首席で卒業した秀才だ。浮遊機関機の最高速は300キロで頭打ちになると講義した教授に対し、理論上時速500キロまで発揮可能な高速機の図面と基礎計算表を書き上げ叩きつけたという逸話を持つ。
才能は本物だが急進的で独善的。その性格が災いしてバテンカイトスのような2流企業に流れてきた男だった。

「机上だけで飛ぶ飛行機を造ってりゃ良いってんなら、俺たちは明日にでも失業するぞ」

「航空機の進歩はすさまじいんです。発掘機関のコード解析はじきに完了するでしょう。200キロ、300キロなんて世界で立ち止まってるワケにはいかないんですよ」

サライとアリーはその思想の違いから頻繁に衝突をおこした。軍人畑と研究畑の間に横たわる溝は深く、長く、暗かったのだろう。双方が互いに正論で議論を続けても埋まる気配が無い。

これらの仲裁役である主任の私は、これまた二人とは違うヴィジョンを持っていた。
独白になるが、私はユーフーがどうしても好きになれなかった。短い機首、不格好な発動機、着艦用に無理やり切り詰められた機体後部。
まったくもって洗練されていない。まったくもって美しくない。
空鯨を見ろ、鳥たちを見ろ。空を飛ぶものは流麗で、スマートで、そして美しくあるべきだ。

思い返せば当時の私は、まとめ役というロールを担うには未熟すぎたように思う。
そんな私の代わりに、2人を仲裁したのは艤装長のサイユーブだった。育ちがいいのか生来のものか、物腰柔らかで感情をあまり表に出さない。与えられた仕事はきっちりこなす男だった。
自分のことを話したがらない男だったので、経歴は謎に包まれている。

二人の議論に決着がつかないまま、アリーの性能追及型をA案、A案にサライの改変を取り入れた安定型をB案として製図作業が行われた。
主任である私は、2案作らせて最終的にいいとこ取りする折衷案を表向きに提示しながら、自分の理想に近づけるべく諸設計を改変する作業に取り掛かっていた。
機体の大きさは可能な限り制限ギリギリまで確保し、容積を稼ぐ。生産性を考慮し直線的なシルエットに纏め、機首を短く切り詰めて主翼前縁との空間を漸減した第一次試案は精悍な印象で、流麗さを求める私としてはいささか納得できない物ではあったがモックアップ試験はこれで通すつもりでいた。

「ダメですね、安全係数を鵜呑みにして作るとどうしても重量が嵩む」

機体の強度は想定G×安全係数で算出される。中央航空研究所の指定する安全係数は1.8。つまり最低強度の1.8倍の強度を持たせる必要があるということだ。
頑丈な胴体桁に厚い外板、重量的には当然不利。要求性能は厳しい。浮遊機関の力場で押しきることは出来ない以上、空力的洗練と重量の削減は必須事項だった。

「安全係数1.8は明らかに過剰です。計算上の最低数値は1.5ですから、これにマージンを取って1.6で設計しましょう。そうすれば900キロ近い軽量化が望めます」

アリーは安全係数の引き下げを具申した。安全係数が明らかに過剰なのは最早公然の秘密という奴だが、航空機設計の根幹をなすものであるためおいそれと変更することは出来ない。
当然、サライは猛反対した。我が国の生産能力では机上の計算が実物で実を結ぶことは無い。公差を広く取っての係数なのだと。
しかし、事実として係数1.8の設計ではどうしても最高速度200キロに手が届かない。
数日にわたる激論の末、私は判断を下す。

「わかった。胴体桁の強度は1.6、主翼付け根は1.8でいく」

それから我々は狂ったように線を引き、計算尺を操り、算表を埋め、持てる限りの全てを設計に費やした。若さというのは恐ろしいもので、喰わず眠らずの肉体を狂気じみた気力の糸で吊って操ってしまう。
体力とニコチンを燃料に、燃え尽きんばかりに稼働する機関が如く。
我々はオデアトラデアのユーフーを徹底的に調査し、一つの結論を導き出した。勝機は空力的な洗練にある。
力場の発生によって揚力を生む浮遊機関であるが、当然空気抵抗や表面摩擦は機体側が受ける。

メルパゼルのように揚力を得て飛翔する航空機ほどではないが、機体設計は航空機の設計に強く作用し、機体が高速化してくるとそれは顕著に表れる。
旧文明の遺産は我々にとって魔法と何ら変わりないが、魔法というにはあまりに冷たく、ロジカルだ。結局は我々の手でどうにかしなければならないことの方が多い。

主翼は鋭利な三角翼を採用し、付け根には鋼管を束ねた主翼桁受けを設ける。L字ロッドとリベットで固定されたそれは計算上、十分な強度を誇った。
また、連邦機では初の密閉式風防を採用した。数ヶ月前に実用化されたばかりの曲面フレキシガラスにより10キロ程度は速度が上がるはずだ。
所謂骨組みを持たないモノコック構造の採用も考えられたが、技術的に不安定だったので鋼管外皮張りの古いやり方で押し通す。外板は0.7サンチの軽合金製。。冶金技術の発達は目を見張るものがある。ユーフーの外板など1.5サンチはあったのだから。
図面の中で組み立てられつつある機体は確かに精悍でスマートだ。だが、どうにも腑に落ちない。
少なくとも私の思い描いた飛行機ではなかった。それは確かだ。

機体の細部を突き詰めているうちに二か月はあっという間に過ぎ、窓から差し込む日差しは肌を焼くまでになっていった。

「なんだ、今はこんな若造が飛行機を造るのか」

設計室に入り込んでくるなりこう言ったのはバテンカイトス本社のテストパイロット、タトラ大尉だった。
前線で3年戦い、飛行時間900時間を超えるベテランだ。酒と下品なジョークを愛する男で、おしゃべりを好み頻繁に工場や設計室に顔を出した。たいて砂糖菓子を土産に持ってきてくれたので、彼が来ると作業が中断してしまう。
雇われとはいえ士官であるから、最初はみな緊張していたと思う。彼の人となりが解るまでは。

「脳みそは年功序列じゃないですよ大尉」

「こいつめ、言うじゃねぇか」

アリーは特になついていたと思う。彼は片親だった。大尉は頼りがいのある親分肌だったから、父親の影を見出していたように思う。
要求受託から4か月後に製図は完成した。
後に分かったことだが、この第一次試案は南パンノニアのストレガMk-2によく似ていた。

風洞実験の結果、A案は最高時速240キロを望めると算出された。アリーの才能は本物だったということだ。
反面、強度と横安定性に不安があるとされたが、この結果に狂喜した航空本部はアリーの案を積極的に推し進め、そこからさらに4ヶ月後の582年7月にはモックアップが完成の日の目を見る。

 

夏の日差しに照らされた本社飛行場の戦闘機用格納庫に次期艦戦の木造模型が鎮座していた。

機体表面を無数のメモ書きが走り、本来浮遊機関が収まるべきところには鉛製の重りが括られている。
図面の段階で予想はしていたが、こう実物になってみると予想以上に大柄だ。小さいユーフーに慣れた搭乗員はどう反応するだろう。

工業製品の世界に人間の直感や感覚は介在しにくいと思われているが、それは嘘だ。それを扱うのが人間のである以上、尺度も基準もバラつく感覚はどうしても割り込んでくる。
どうせ形は手直しするのだから、搭乗員を納得させ、御偉方を丸め込むのがモックアップの主な仕事だと割り切ることにする。

高級品の四輪車に乗ってラオデギア中央から来た高官たちはお世辞もよしなに、高圧的な態度を崩すことなく格納庫に入った。航空本部長官、空軍航空隊副司令官、軍需省航空課長、第2艦隊航空隊のパイロット逹を先導しながら歩く。
そう広くない格納庫に鎮座するモックアップを見た彼らの意見は様々だった。

「ユーフーよりだいぶ大きいな」
「なんとも形が…なんというかな」
「視界が悪いから風防を取っ払ってくれ」
「なんだ、浮遊機関だけで飛ぶのか。発動機はどうした」

軍人は文句をつけるとボーナスが出るのか、とりあえず否定から入る。我々を吹けば飛ぶような弱小企業だと侮っているのだ。そう怒りが湧いてこないのはそれが事実だからだろう。
対抗意識は感情でなく結果で叩きつけるべきだと、我々は知っている。

「命を預けるのだから粗探しの一つでもしたくなる気持ちはわかる。どうせ配備されたら文句も言えないのだ」

機関部長ゴルトは言う。元は国立発掘調査研究所の職員という技術畑出身のわりに人の心をよく読み取る男だった。
もっとも、口数はあまり多い方ではなかったが。
反面アリーは素人が文句を垂れるのが許せないらしく、露骨に機嫌を損ねている。

「連中に何がわかるってんですか。餅は餅屋に任せておけば良いものを」

軍人たちは色々と喋っていたが、もはや記憶に残っていない。ともかく、実機が出来てみなければわからんと言って帰っていった。

ひとまず、モックアップ審査は完了だ。夕暮れ時、格納庫の喫煙所でタバコを吞んでいると、後ろから足音がした。
そこにいたのはサライだ。

「カルファ、本当にあの案で通すつもりか」

「お偉方は性能に満足している。言いたいことは解るが、一次試作機はあれで造る。」

「我々が設計するのは物言わぬ機械だが、扱うのは血の通った人間だぞ。例え1%でもリスクがあるとわかった上で押し通すのは設計士としての誠意を欠くもんじゃないか」

「誠意とか血の有無とか、そんなものを計算に入れるから貴方は大成できないんでしょう」

後ろからの声に振り返る。もっとも、誰かは声で見当がついている。アリー、たばこを毒だ自傷だと言って吸わん男がなぜここにいる。
その瞳は静かな怒りを湛えていた。アリーは堰を切ったように喋りだす。

「サライさん、要はあなたは僕の案が優先されたことが気に喰わないんだ。でも僕は結果を出した。あの機体は実際に要求性能以上の速度を出せる」

「アリー、そうじゃない。俺は戦場で兵器がどんなものかを見てきた。兵器が使われるのは机上じゃない、泥濘と砂塵の上なんだ」

「年下に負けるのがそんなに認められませんか」

「アリー、いい加減にしろ。相手がサライじゃなきゃ殴られてるぞ」

アリーは若く有能な男だ。彼の高いプライドは確かに実力に裏打ちされている。サライがそれに微塵も嫉妬を覚えていないということは無いはずだ。
それでも、露骨に感情をぶつけるなど看過できない。

「...ええ、失礼しました」

感情のこもっていない詫びを残して彼は去っていった。サライは何も言わずにその背中を見つめていたが、そこに怒りや敵意は見受けられない。
煮えたぎる感情を吐露した彼とは対照的に、冷え固まった感情を内包していたように思う。
この一件以来、チームの雰囲気は目に見えて悪くなった。嫌悪感を露骨に出すようなことは無かったが、言葉にできない重苦しさに覆われたのは確かだった。
リーダーとして、私は責務を果たせていない。その事実が重くのしかかる。設計主任という仕事は無邪気な飛行機莫迦のままではやっていけない。チームが空中分解することは絶対に避けなければならないが、私にできるだろうか。

「貴方はよくやっている。むしろ衝突なくして何か確信を成し遂げたなんて例は無い」

翌日の昼下がりの食堂で、こう言ってくれたのはゴルトだった。例え世事でも、今の私にはありがたい。彼は落ち着いた声で続ける。

「アリーも結果を出そうと気を張っているだけにみえる。居場所を作るために自分の能力を証明しようと必死なんだ。サライもアリーも同じくらい不器用なだけだよ」

「ゴルト、俺はどうしたらいい。」

「貴方は貴方の職責を全うするべきだ。リーダーではなく、設計士としての責務を」

こんな端役のいざこざを待つほど納期も戦局も暢気ではない。ともかく、機体の完成に全てを注がなければならない。頭で割り切っていたつもりでも、感情はそう簡単に従ってくれなかった。

幸いにも、そして残酷にも、計算に費やす脳と鉛筆を握る手はこころと関係なく稼働した。

サライは設計に口をはさむことをやめ、自らの仕事だけに黙々と打ち込むようになった。
アリーは設計と並行して新しい構造材や翼断面の研究に勤しみ、その多くは社の内外問わず評価された。
私の蟠りとは裏腹に、機体設計は嫌味なほど滞りなく進んでいく。

582年の12月6日、設計内示からまる一年後に一次試作機が完成した。
武装も艤装も一切持たない純粋な飛行機械。味気ない錆止め塗装のボディは陽を反射し、いかにも新型と言った様相だ。
図面で幾度となく見たシルエットが軽合金の姿でそこにいる。予想以上の華奢さに一抹の不安を覚えたが、これが杞憂であることを祈ろう。

自らの作品に最後まで不満を持ち続けるのも、我々アルチザンの職業病だ。

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同年12月28日に初飛行が決まり、ラオデギア防空軍のキッシェ飛行場に機材一式が運び込まれた。
ここで上手くいけば、オデアトラデアの対抗馬に大差をつけることが出来る。彼らは堅実に纏まりすぎたユーフーの反省から、不安定な新機構を多く採用し手こずっていた。

その日は天候が芳しくなく、一時は延期も議論されたが一刻も早く飛行させることが採用に優位になるとの判断から初飛行は強行された。
テストパイロットには奇しくも本社勤務のタトラ大尉が抜擢され、我々は苦笑で彼を迎えた。

「なんだ、お前らの飛行機に乗るのか」

「良かったじゃないですか、顔も知らない連中の飛行機じゃなくて」

試作機のコクピットはガタイの良い大尉を収めると数値以上に窮屈に見えた。フレキシガラス製の密閉風防は日光をきつく反射し、まるで機体に瞳が宿ったように見せた。

発動用ダイナモが電圧を上げ、浮遊機関の水晶が一次共振を始める。悲鳴にも似た唸りを上げ、内部電源に切り替わった。
二次共振も安定している。流石、試作機用に状態の良い発掘機関を引っ張ってきただけある。

機体はゆっくりと滑走を始め、200メートル前後で機首を上げた。機体が離陸するのと、太陽が厚い雨雲に覆われたのはほぼ同時であったと思う。
脚が滑走路を離れた直後、歓声が上がった。設計士は双眼鏡を強く握りしめ、工員は帽子を振った。我々の作品は確かに飛んだのだ。

ここまでは良かった。

機体は一直線に上昇を始め、瞬く間に高度1800メートルまで到達した。初飛行は離陸と上昇後、飛行場外周を廻って南側から着陸する予定だった。
機体は大きく旋回し、飛行場の丁度真ん中あたりに到達したところで大きくグラついた。恐らく、真西からの突風だ。

機体は右にロールし、体勢を立て直したように見えた。その直後、どちらかの主翼が根元から吹き飛んだ。

客席から悲鳴が上がる。私はその悲鳴が耳に届くより早く、駆け出している。
雲の間から差し込む虹彩を鈍く反射しながら、ジュラルミンの破片が舞い落ちる。動力を失った浮遊機関が完全に停止すると機体は凄まじい勢いで落下し、飛行場の近くにあった平地に墜落した。

我々は息が切れるまで走った。息が切れても走った。煙草とデスクワーク三昧の体は酸素を求めて悲鳴を上げたが、それでも走った。
黒煙の合間にジュラルミンの機体が見える。
残骸は土に半分ほど埋まり、主翼は両方とも破断していた。コクピットは潰れ、機関は捥げ落ちて突き刺さっている。

タトラ大尉の死亡と二次試作機の製造中止が通知されたのはその日の夜だった。

その日は酷い雨だった。いや、酷い雨だったと聞いている。もはや覚えていない。日が没し、天候が悪化した後も我々は残骸の回収と事故原因の解明のため現場にいた。
自らを沈めんと降る豪雨も、体を突き刺す風の冷たさも感じなかった。我々の心は溶けた鉛のような、熱く重い何かに覆われ、思考は凍るような冷たさと機械が如き精度で走り続けている。

なんだったのだろう。破断の原因は。
なんだったのだろう。分解の原因は。
なんだったのだろう。彼を殺したのは。

誰もが頭を垂れ、涙を堪えていた。我々が作った機体が彼を連れ去ってしまった。タトラ大尉、いや中佐と親しかったアリーは特にひどく、決して涙を見せない彼が人目もはばからず泣いた。

「回収可能なものは一通り回収しました。」

「ご苦労。風邪を引く前に工員を撤収させてくれ」

キッシェ飛行場第2格納庫には夜通し回収した大量の破片が並べられていた。胴体後部はかろうじて原型を保っていたが、主翼桁とフランジが歪んだまま露出し、主翼外板は無数の破片となって散らばっている。

「自分のせいです。安全率を下げなければ、大尉は死なずに済んだかもしれない」

彼の嗚咽に答えるものはいなかった。全員が責任を感じていた。設計にゴーサインを出した私がかける言葉など無かった。

「アリー、それは違う。最初に吹き飛んだのは外板だった」

そう言ったのはサライだった。彼は左主翼だった箇所を指さし続ける。

「突風か何かで機体がグラついた時、大尉は機体を立て直そうとロールをうった。その時の捻じれで外板が剥離したんだ」

彼の考察は概ね私と同じだ。外板が剥離したことにより両翼に揚力差が生じ、水平スピンに陥った機体は失速した。
恐らく大尉は、機体を無事に着陸させようと機首上げを行ったのだ。ロール方向の捻じれに加えてピッチ方向の急激な負荷により主翼桁が根元から破断したのだろう。

「お前のやりかたは間違っていなかった。大尉の死は悔やんでも悔やみ切れないが、設計士として彼に報いるんだ。」

アリーは涙が枯れるまで泣いた後、顔を上げた。
理不尽と衝激へ対する報復心、自分の甘さへ対する怒り、ともかく戦意とも言うべき覚悟がそこにあった。

「サライ技師、今までの非礼をお詫びします。次は必ず、こんなこと繰り返させません」

彼は彼なりに自分に決着をつけるだろう。
自分の飛行機で人が死ぬ。想像できて然るべきだった。そもそも我々が嬉々として作っているのは敵をより効率よく殺すための機械だというのに。

だが、だから当然だとは思えない。

我々の推測は、主翼外板のリベット孔が歪んで大きくなっていたこと、操縦桿が引きの位置で拉げていたことから事故原因として確定した。振動で緩んだリベットがロール時の負荷に耐えられず破断した、工作不良であると。工作不良の責任を持つのは設計側だ。自国の技術水準を超えたものを設計し、実現不可能な高性能機など優れた設計とはいえない。
卓上だけの高性能などなんの役にも立たない。

「技師長、こいつを見て下さい」

サイユーブの手に握られていたのは胴体外板の一部だ。リベット孔のサイズには差があり、所々不規則にめくれ上がっている。リベット自体も外板に対し垂直に打ち込まれているものは半分ほどだ。
詰まるところ、これが限界なのだ。この歪んだ外板が、この曲がったリベットが、このいびつが我々の、我が国の限界。
全てが振出しに戻ったとき、私の次の行動は早かった。第二次試作機のスケジュールを切り詰め、社長室に駆け込む。
要件は一つ。業務提携を結んでいる自由パンノニアの国営企業、ギルド・マジャルからの技術教導であった。

元々、バテンカイトス設立に携わった人間の三分の一はパンノニア系であったという。彼らのパイプはそのまま残り、弱小企業が他国の大企業と強く繋がっていると言う数奇な状況を生み出した。

勿論、大々的に工作機械や旋盤を買おうってわけじゃない。要は児童の工場見学となんら変わりない。タダでさえ試作機の墜落で傷心している我々が煮詰まっているのを良しとしなかったのか、二つ返事で許可が出た。主要設計家の長4人による遅すぎた留学である。

設計内示から既に1年と半年が経っていた。オデアトラデアの新型機も着実に完成に近づいているだろうから、そう時間的余裕があるわけではない。
それでも、ギルドマジャルは自らの弟分の来訪を手厚く歓迎する気らしく、すぐにソルノーク中央工廠への見学許可がおりた。
ラオデギア港の雑踏を乗り越えてガリ板刷りのチケットで客船に乗り込む。三等客室は簡易な仕切りすらなく、各々が持ち込んだ物品の臭いで溢れている。
タバコ、香草、弁当、香水…さまざまな人種、職業でごった返す客室はこの国の縮図のようだ。

長椅子の端に本と図面を広げて、迷惑そうにする乗務員を見て見ぬふりをする。別に設計作業ではない。単なる暇潰しの落書き。各々が思い描いた、飛ぶはずもない航空機を粗悪な紙に書き殴っていく。
主翼が嫌に小さいぞ、重心が前すぎないか、こいつの機関はどこに収まるんだと言う風に。
いい歳の大人たちが人目も憚らずお絵描きに勤しんでいる様相は相当に残念であるが、設計者というのはこういう人種である。

そんな最中、試作一号機のフォルムを流線形にアレンジした機体を描いた。
試算などしてない、単なるポンチ絵のはずだったが、どうしてもこの機体から目が離せない。新しく取り入れた曲線は直線一辺倒の試作一号機に鳥のような、人工感のない美しさを付与した。

「これ良いですね。なんというか上手く飛びそうだ」
「次世代に相応しい精悍さじゃないか」
「生産性が悪そうだが、格好がいい」

皆次々にこの偶然の産物に惹かれた。
試作一号機の墜落以降、完全に闇の中に沈んでしまった試作二号機のイメージが形になった、そんな漠然とした希望。
これまで様々な要因によって覆い隠されてた、我々の目指すべき姿がそこにあったように感じた。
私はおもむろに紙を切り取り、とっておくことにした。これを二次試作機のイメージに使おう。二次試作機草案ではあまりに味気ない。名前を付けなければ。ギズレッツァ、バスチオン、セズレⅢ改、さまざまな案が出たが、最終的に手荷物の中の小説から名がとられた。

シゼル。

神話に登場する女神の名前だった。
オーシア神話に登場する彼女は日照りに苦しむヒトのために雲を作り、雨を降らせた。
人々は彼女に感謝したが、やがて彼女の作った雲は大きくなり洪水を引き起こす。それを知った彼女は一晩泣き、その体を大河に没して消えてしまったというものだ。
この話には続きがある。洪水で押し流された土地は肥え、より多くの作物が実るようになった。人々は河に堤防を築き、畑を耕し、そして神殿を建てた。

犠牲をバネにさらに前進する人間の力強さを見届けることなく逝ってしまった神様の名を飛行機につける。
これは一種の皮肉だ。先に逝ってしまった彼と、それを振り切って前進しなければならない我々への、実にささやかな。犠牲と義務を忘れないようにするための名だ。

「おじさんたちは飛行機を作る人?」

幼年学校生くらいの少年が話し掛けてきた。我々の描いた図面をまじまじと見つめている。サイユーブが設計者になりたいのかい、と聞くと少年は首を横に振った。

「僕は航空兵になりたい」

「空を夢見るのはいいことだ。おじさんたちも目が悪くなければ航空兵になって、今頃はエースになっていたよ」

そううそぶく私に少年は懐疑の目を向ける。
坊や、おじさんたちの本当の夢はな、坊やのそれより子供っぽくてくだらないことかもしれない。
少年に我々が折った紙飛行機を渡すと、すぐにデッキに駆けていった。

汽笛の音で目を覚ます。高速船で約半日ほどの旅程だったが、硬い長椅子は我々の腰と膝に勇猛果敢な猛撃を仕掛け、赫赫たる戦果を挙げた。
詰まるところ全員が疲労と筋肉の硬直に悩まされたのだ。

ソルノークはラオデギアと比べると小綺麗で、心なしか明るかった。
無造作に並べられた露天も浮浪者も野良犬もそこにはいない。道路は石畳で舗装され、白い漆喰とそれを際立たせる色とりどりの旗、街路樹がこの街から現実感を奪う。街そのものがまるで絵画の題材のよう。

「足がこそばゆいな。ここに長く居すぎると固めた土の道路に戻れなくなりそうだ」

ギルドマジャルは気前のいいことに、送迎車を用意してくれた。アーキルでは贅沢の象徴である四輪自動車がそこらじゅうを走っている。

パンノニア製の自動車の振動と騒音の少なさに驚かされた。近年急激な工業化を推し進めている我が国だが、いち早くモータリゼーションに成功したパンノニアにはまだまだ敵わない。
舗装道路と性能の良いパンノニア車はあっという間に我々をギルドマジャルの中央工廠に導いた。油圧で稼働する巨大なゲートが開き、守衛が敬礼で招き入れる。

鉄骨の骨格とコルゲートの外皮を持つ格納庫は我々の知るそれより遥かに巨大で重厚だ。パンノニアの艦隊兵力は航空機がその主力を担っている。この格納庫は軍港と役割を同じくするのだろう。
これほど巨大な格納庫が幾つも、そして整然と並ぶ様は人間に一種の畏怖を抱かせる。ちょうど、宗教が巨大な建造物を好むように。

車から降りると、案内役と名乗る中年の技師が握手を求めてきた。

「君たちの案内を任された、ヤゲローというものだ」

ヤゲロー技師は丁寧に握手を交わし、我々を引き連れて工廠を廻る。
10メートルはある蒸気ハンマーが強固なシャフトを一撃で成形する様は圧巻で、吹き上がる蒸気と熱気が赤熱した合金の塊をあっという間に吐き出す。我が国が10倍以上の時間をかけて小さな加圧機で圧延するような代物を、ここではものの数分で完成させてしまう。
強力な液圧式プレス機に支えられた押出成形、細部を加工するミリングマシン。どれをとっても我々のものより一世代は先に進んでいる。

何より気になるのは、作業場が清潔であることだ。バテンカイトスの作業場は金属の削りカスや不良部品が無造作に放置されていた。
対してこっちはゴミ一つ落ちていない。意識の差か余裕か、とにかく工業先進国とはなにかをむざむざと見せつけられた気がした。

「凄まじいですね…これは」

流石のアリーもいつもの減らず口を叩けないでいる。安定した製品を安定して供給できる。もっとも簡単で、もっとも初歩的で、もっとも見落とし易い要素だ。

この無数のシャフトと歯車で組まれた巨大な城をアーキルに建造するのは政治家の仕事だ。我々は我々の仕事をしよう。
組み立て工場の中にはパンノニア軍の主力戦闘機、フォイレの胴体前半部が無数に並べられていた。

フォイレはなんというか、どこか品があり、工業製品として良く出来た代物だった。直線は何処までも真っ直ぐに、曲面は何処までも滑らかに形成されたそれは外板こそコルゲートであったが、パンノニアの技術力に裏付けされた機能美とも言うべき優美さを携えている。

「綺麗ですね。機械然とした美しさだ。」

ヤゲロー技師に言ったこの言葉は間違いなく本心だ。
だが、私の求める美しさはこれとは対の地平に位置している。我々はマシンとしての合理性より、有機的な美しさを求めていた。

ヤゲロー技師長は組み立て工場の中ならなんでも見て回って良いと言ってくれた。シゼルの外版にコルゲートを使うつもりは無かったが、外版の接合と支柱の構造を知るために大の男四人で分解状態のフォイレにかぶりつく。
T字型フランジは均一な厚みで加工され、二枚重ねの補強材からなる桁にビス止めされていた。驚いたのは、リベット孔の歪みやヒビなどが一切見られなかったことだ。

これは我が国ではありえないことで、改めてパンノニア職人の技量を思い知らされた。
我々の技術でどれほど落とし込めるかわからないが、外版の固定にT字型フランジを試してみる価値はある。

思いの外参考になったのは主翼だった。動力に浮遊器官を用いないパンノニア機は空力と流体力学によって飛翔する完全な揚力機の為、翼断面の構造や誘導抵抗対策などに置いては当世一であった。

我がシゼルがライバルに打ち勝つためには空力による性能向上は不可欠であると確信した。
先代のセズレⅢが満足な性能を出せなかったのも、浮遊器官まわりの改良に固執して空力を疎かにしたことに原因があると私は考えていた。

フォイレの翼端比は付け根で14%、翼端で10%、これは当時の片持低翼機にしては異例とも言える薄さであり、トラス式の翼桁が薄さと強度を擦り合わせていた。
トラス式は一方方向への負荷には非常に強いが、重量の面ではかなり不利で、サイズもかさばる。
強度計算を受け持つサライは、先達の例を鑑みてトラス構造が無難だというが、軽量かつ流線型がコンセプトのシゼルには合わない。

強度を落とさずに翼端比を付け根から翼端までで17〜12%程に収める上手いアイデアが空から降ってこないものだろうか。
フォイレの前でああでもないこうでもないと論議する我々をヤゲロー技師長が楽しそうに眺め、

「みな若いな。若さのエネルギーは無敵だ。君らは絶対にこれ以上のものを造れるよ。絶対にね。」

と言った。私は答える。

「はい。やってみせます。必ずモノにして見せます。」

これだけで十分なのだ。技術屋の間というのは。これだけで技師長の期待と、我々の自身は伝わるのだ。
人間の感情とは現金で不思議なものだ。あれだけ煮詰まっていた頭が偶然上手くいった落書きと激励で救われた気になるのだから。

帰り際になって、技師長は資料一式を土産につけてくれた。彼は我々の若さに期待していたが、我々は彼の技術者としての器量に敬服していた。

我々がパンノニアでの旅で学んだことは多かったが、それ以上に課題の方が増えた。増えたと言うより明細化したと言うべきか。理想の額縁を現実で満たすにはまだまだ遠い。

帰りの船内でメモと計算表を埋めていく。あくまで仮の線、雑な概算だが、空想の産物が現実の地平へ着実に降下しているのを喜ばずにはいられない。粗雑な藁版紙に描き出された曲線と数字だけが私たちの世界の全て。
乗務員の声で現実に引き戻され、ラオデギアに着いたことを知る。旅の帰りは早く感じるものだ。

夜の空港の寒さと社が手配してくれたタクシーの古さに驚いたことを覚えている。
運転手と我々4人全員は乗れないので、体力に自身のあるゴルトが後部トランクにしがみついて本社に帰った。もっとも、翌日ゴルトは筋肉痛に悩まされ、作図作業に支障がでたのだが。
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593年4月、設計要綱受託から二度の冬を超えた我々は何度目かもわからない設計改変を繰り返している。
パンノニアから持ち帰った資料には曲線加工を施した外板強度の計算表が含まれていた。
縦軸に応力振幅、横軸に破断までの試行回数を置いたグラフは美しい曲線を描き、応力振幅10^7を指す。
耐久力だけで見れば直線鋼板の1.2倍、うまく加工すればそれ以上のものができるかもしれない。

一次試作機を踏襲しアウトラインを直線から曲線に置き換えていく。あの日客船の狭い座席で描いた三面図が、いつしか我々の目標になっていた。

主翼桁はトラス構造を諦め、凹型の桁を上下に接合する方式を使う。擬似的な箱型構造だが、強度を維持したまま軽量化できる唯一の方法だ。
外見上の機首は9%ほど短くなっているが、直線距離に直した時の体積と重量は増加している。重心を下げるために主翼前縁を付け根から30度の後退角をつけて仕上げた。

「将来的にはすべての機体が後退翼を持ち、時速1000キロ以上で飛ぶ時代が来るだろうな」

サイユーブは言う。現在において、時速1000キロなどという飛翔体は砲弾以外に存在しない。しかし、技術は我々の想像力などゆうに超える。
我々の天井を、後の世代が突破していく。

胴体後部に接合されていた浮遊機関は胴体下に抱え込む形に改変された。
ユーフーと違い降着脚が必要だったが、取り付け位置を引き下げることで許容範囲内に収める。
別電源を用意する余裕はないので、降着脚の動作は搭乗員によるクランクで作動させる。搭乗員に重労働を強いるが、信頼性はこちらの方が高い。

「機関用の蓄電池を直接機関に接続して一つのコンポーネントにしましょう。」

旧来、損耗の早い亜鉛蓄電池はケーブルと変圧器を介して機関に電力を供給する。それらを省いてしまうゴルドの案は煩雑な電装類を一掃し、構造の簡略化を可能にする。
反面、機体設計はより複雑なものとなる。

「そこは我々で押さえ込みます。やって下さい」

アリーが煙草を呑みながら答える。彼が約束したのであれば、任せても良い。
電装系のみならず、操縦系統も一新した。操縦ケーブルから細いロッドへ。剛性に秀でたロッド式は高速域での高い運動性を実現する。
操縦性の鈍化はギアによる伝達補助とロッドにスプリングを仕込むことで打ち消す。

こうして出来上がりつつあるシゼルは不思議な機体だった。
見た目から受ける印象は連邦軍機のそれだが、内部構造はパンノニア系技術の血を引く。しかし、機体を構成する曲線はクランダルトの生体機に通じる。
古今東西の技術者の血を継いで、それでいて収まりの良い、器用な感じがした。

7月5日、カルラ上空で空中戦が発生したとラヂオががなる。
圧倒的多数の敵機に対し我が方果敢に応戦するも被害大なり、なお敵に与えた損害も大なり。

大抵の場合、こういう文言の時は我が軍が打ち負かされている。
新型グランビアの登場でユーフーは劣勢に立たされている。軍は一刻も早く新型機を配備しようと躍起で、初飛行までの期限を二ヶ月繰り上げるよう要求があった。
サーナー課長はそれを跳ね除け、軍からの重圧をのらりくらりとかわす。軍人のあしらい方というものを心得ているのだろう。

「例の新型グランビア、相当やるらしいな」

「コイツが配備されれば、連中が同じ目に遭うさ」

二次試作機が完成したのは同年の12月。設計内示から3年と半年が経過していた。

格納庫に佇むジゼルは錆止めだけを施された状態で、無骨なリベットや鈍く光るジュラルミンの肌はこの機体が純粋な工業製品であることを伝える。

しかし、私たちの目には生き物のように写った。
空を飛ぶ生き物は皆美しい。飛ぶという目的のために集約された機能美があるからだ。

その洗練をこの機体からたしかに感じた。
ジゼルは風を切るのではなく風に乗る、有翼女神の名に相応しい流麗さを携えていた。

585年1月20日、我々は再び晴天下のキッシェ飛行場に立つ。
かつて、我々は1人の男をここで殺した。
ここでシゼルが量産され、配備されれば敵も味方ももっと殺すだろう。我々は要求されたから造っただけであって使い方までは知らない、などと宣う設計者はいない。
殺人兵器のアルチザンは呪われた職業なのだ。

我々の反対側の建物にはオデアトラデアの設計チームと、オデアトラデアの新型機アウルが見える。
彼らもまた呪われた男たちだ。アウルはユーフーを大型化したような出立ちで、背負うように浮遊機関が接続されている。どのような巧緻が凝らされているのか窺い知ることはできないが、彼らも社運を賭けているのだ。

空は晴れていた。キッシェ飛行場には大型機用の格納庫が増設され、2年前とは随分違った様相を呈す。
少し離れた所に設置されたテントには初飛行に立ち会うべく本社の重役、軍の高官、行政庁の政治屋が集まっている。
彼らの思惑を指し図ることはできないが、我々の翼に背負わせるにはどれも重すぎる。

装輪牽引車に牽かれたシゼルが滑走路の発動位置につく。機関に電源が接続され、予備共振から一時共振へ。
機関の離昇共振の最中でもシゼルは呑まれない。

滑走は緩やかで、そして力強かった。数百メートルでの滑走後、機体は水平を保ったまま離陸した。
動力で引き上げられるのではない。風に乗ったように、ふわりと浮き上がる。
離陸の軽さとは打って変わって、上昇に移ったシゼルは力強く上昇していく。

「1200…1800…2200…依然上昇中。まだ加速しています」

「動力上昇でここまでとは」

観測手が電探のスコープに沸き立つ波形を見て叫び、光学観測員があまりの速さに双眼鏡から取りこぼす。
記録手と計算手がミスを疑い何度も計算をやり直すが、それでも同じ数字が図表に並ぶ。

誰もが驚愕し、誰もが感嘆を漏らした。機関の力場に任せて浮くのではない。飛んでいる。
我々の機体はたしかに飛んでいる。
今までのどの機体より自由で、今までのどの機体よりも速く。
これが空を飛ぶということだ、と我々に見せつけようとしているように。

「続いて動力降下試験にはいります。高度5000メートルからの急降下」

高度5000メートルを飛ぶ飛行機を、我々の肉眼は捉えることができない。逆落としで降下したジゼルは地表1000メートルで引き起こし、一瞬で上昇に移った。

地上に墜ちた雷が、再び雲間に還っていく。

「測定失敗、計器が追いつかない」

私はこの時の感情を言葉にして出力する術を持たない。今現在でさえ。
自分たちで作ったものだった。しかしジゼルは私の手を離れ、これ以上なく自由に空を賭けている。
夢が形を持ち、そして我らの手を離れた。

585年4月1日、次世代艦上戦闘機、社内名称シゼルはセズレⅣとして正式に採用されたと通達があった。

実戦機に仕立て直されたセズレⅣは構造の強化、対艦武装の追加によってシゼルよりもいささか鈍重な機体になったが、それでも敵新型機に対して性能で優位を誇った。新聞にはセズレの戦果が踊り、第13次ヒグラート会戦では数的不利に立ちながらもヒグラート上空の制空権を最後まで握った。
続くカルラ防空戦ではグランビアを損害1機に対して8機を撃墜するなど性能の差を見せつける。

 

我々は戦果に一喜一憂しながら続く改良型や新型機の設計に取り掛かっていた。
既に十分な経験を積んだ面々は設計主任として別課に移る。
設計第一課は再編され、私は設計局長として新人の育成が主な仕事となった。
そこから20年間、私は設計室から、図面を通して戦争を眺めていた。考える時間は増え、体力は減る。自分より若い設計士も珍しくなくなり、彼らの教導が主な仕事となっていく。

これは言い訳でもあった。
新聞やラジオが華々しく報じる戦果、損害は私の殺した人数でもある。あまりに稚拙な陶酔かもしれない。軍用機の設計士になった瞬間からわかりきっていたことだ。
タトラ大尉の墜死は私にとって初めての実感を伴う死だった。私以外もそうだったはずだ。しかし新聞で躍る数字は我々から現実感を奪い去る。
それでも、図面を引くことをやめる理由にはならない。より多く、より効率的に殺せる製品を作れなければ戦争は負けだ。
だから20年間、ずっと続けた。
徹夜に耐えられなくなっていく躰で
煙草に耐えられなくなっていく臓腑で
呵責に耐えられなくなっていくこころで
いつしか私の手には深いしわが刻まれ、分厚いレンズ越しでなければものを見ることすらままならなくなった。
設計士は呪われた職業だ。

644年8月8日。全てのラヂオ放送が中止され、全ての周波数帯で国営放送局の電波が流れた。
アーキル連邦とクランダルト帝国間に講和が結ばれた。連邦議長代理が講和同意書に調印した。
100年以上続いた戦争が終わったのだと。

終わったのだ。千夜一夜と続いた狂騒が。誰が始めたともわからぬ戦争が。
ただ一枚の紙によって。

私は既に80近い。人間の想像力は衰え、20年もたてば世界からおいて行かれる。私はとうに設計士を辞め、バテンカイトスに押し付けられた重役の肩書を弄びながら余生を浪費していた。
我々が200、300キロで一喜一憂していた時代はとうに過去のものとなり、航空機の速度は今や700キロに迫る。

それからまもなく、停戦監察団とかいう役人たちが押しかけてきた。
当初、小さな新興企業だったバテンカイトス航空工廠はいつしか北半球最大の航空産業に膨れ上がっていた。
木造の宿舎は鉄筋混凝土造りのものになり、従業員の数は最早把握できない。工場では月に数百機の機体が組み立てられ出荷されていく。
停戦の条件には、それらの規模縮小が記されていた。

図面を引き、計算表を埋め、飛行機を作る。その一切が平和の名の下に取り上げられた。
航空工廠は棟の半数が解体され、生産中の機体は全て破棄となる。

撤収は粛々と、そして速やかに行われた。
そして、設計棟解体の前日、私はそこにいた。案内役、というより首輪代わりの帝国MPと共に。
代表取締役代行。形だけの肩書だが、政治屋を納得させるにはそれが必要だったのだ。

空っぽになった工廠設計棟第1課製図室。ここがこんなに静かなのは初めてだ。
鉛筆が走る音も、紙擦れの音も無い設計室というのは。

私は何気なく、残った椅子に腰掛け設計机に向かい合う。
ゆっくりと息を吸い、当時に想いを馳せようと試み、挫折する。
もうあの頃のような仕事はできないだろう。椅子で寝て、水だけ飲んであとはひたすらの作業。我ながら正気とは思えない。
そもそも、思い出というような小綺麗なものでも、風化したものでもなかった。

気づけば私は平野に立ち、野を見下ろす。
背の低い草原には無数の杭が打たれている。視界に収まりきらぬほどの杭が。
純白のそれは金属製で、表面に名と階級、月日が掘り込まれている。彼らの軀はそこになく、ただ名と、彼らが二度と還らぬことを示す。
当の杭は、さも自身がそこにいるのが道理と言わんばかりに西風に耐え、朝日を受けていた。

これは墓標だ。未帰還になった飛空士たちの墓標。
空よりも高いところに逝った彼らに向けられた手向。
そしてわたしが、わたしたちの飛行機で殺した人間たちのあしあと。

夢は朽ちない。しかし腐るのだ。
いつしか変質し、変容し、そしていつしか自らの首を絞める。
空へ、もっと高くと。もっと速くと。
ただ単純な夢だった。ただ高みを目指していた。
手が届きかけた頃に気付くのだ。まるで酔いから覚めたように。
足元にあるのは屍の山。

いつしか杭はリベットに、フランジに、主翼桁になり、翼を広げ飛び立っていく。
私の手元から溢れ、次々と離陸していくセズレの編隊。セズレだけではない。ユーフーも、グランビアも、ギズレッツァさえ。

武装も増槽も無いまっさらな機体には迷彩もラウンデルも見当たらない。
彼らは征く。それらを背負っては決して届かぬところへと上昇していく。

そして私は、計算尺が落ちた音で目を覚ます。

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かつて多くの機体が疾った滑走路には生産中だった機体が整然と並べられていた。
その数は200をゆうに超える。行き先はスクラップヤード。講和の代償である保有兵力の削減だ。

夢の残骸には、これ以上無いくらいふさわしい。

「課長、お久しぶりです」

サライの声だ。振り返ればそこには見知った3人、同じ夢を追った同志たち。最後に全員が集まったのはいつだったか。
サライはセズレの設計後、アグニ攻撃機の主任として辣腕を奮う。
アリーはオクタヴィア・ヴァルゼを試作したのち、ギズレッツァの設計を、サイユーブは間もなくバテンカイトスを辞め、民間機の設計に転化、ゴルドはその機転と知識を買われパンドーラ隊の技術顧問になった。

皆一様に背を丸め、杖をつき、顔は深い皺に覆われている。

「なんともまぁ、酷い最期だことで」

「これまで血税で殺人機械を作っていたんだ。おあつらえ向きの最期じゃないか」

「これからどうしますか。なにせ、戦時じゃない日なんて生まれてこの方初めてですからね」

「戦争も飛行機ももう十分だ。人生費やして、全部ぶっ潰した。これ以上無いくらい満足だ」

満足した。これは本心だ。
老いた私にもう一度夢を追いかけることはできない。人生の青春を、最も価値のある時期に注ぎ込んだのだ。

芝生に腰を下ろし、ぼんやりと機材の山を眺める。
機体は洗練され、工場は大きくなった。国も私も、あの時と同じものは一つとて無くなっていた。
だが空だけは何も変わっていない。
人々は貪欲にも空の先、宇宙にさえその手を伸ばすだろう。我々がその様を見ることは叶わないが。

飛行機は私に多くのものを与え、多くのものを奪っていった。
それでも、人生を捧げたことに後悔はしてない。
私の人生だと、胸を張って誇る。

 

最終更新:2021年08月14日 15:59