とあるオールドレディの決闘

 

 エクナン半島北端から北へ500km、色濃くクレーターの深瀬が残るこの海域に、小さな島々が点在している。

 

 『スクレン諸島』

 

 ここが歴史の表舞台に上がるまで、誰も彼もが知らずにいた小さな島の名前。

 

 同諸島は歴史的に古くからクリスタル伝説が残っており、歴史的価値があった。

 その関係でスクルフィルと関係性が深い。

 しかしながら南北戦争時、この島をスクルフィル政府の黙認のもと秘密裏にメルパゼル軍が占拠。

 大規模な空軍基地が建設され、カノッサへ向かう帝国軍輸送船団への攻撃基地として密かに運用されていた。

 

 戦後、スクレン諸島は返還されるかどうかが焦点になったが、家族等の移住によりメルパゼル系住民が大多数となったことが問題にされ、当面はなあなあで済ますことになっていたのだ。

 

 しかし、同地域にドブルジャガスの埋蔵が発見されると、メルパゼルの強行的な開拓が開始。

 それに難色を示したスクルフィルとの間で、同地域は領土問題化。

 

 そして、女王の弱腰体制に我慢ならなくなった国民と宰相ナダルら率いる軍事政権がクーデターを発生。

 長年メルパゼルと領有権を争っていたスクレン諸島(スクルフィル呼称「ウィスレン諸島」)へ侵攻した。

 

 これに対し時のメルパゼル首相ナガセ・ナガトモは即座に機動部隊の派遣を決定。

 

 エイホウ級航空母艦やネイテン級ラケーテ巡空艦などの最新鋭艦が織りなす現代海戦の艦隊に、いまだ現役を続ける南北戦争時代の船がいた。

 

 エツギ級重巡空艦4番艦〈テルギ〉の雄姿である。

 

 エツギ級重巡空艦は、メンカリナン級航空母艦が登場するまで最大を誇ったメルパゼル空中艦である。

 第二期まではシグニット級などの小型の駆逐艦程度しか持ち合わせず、大型航空機を重視していたメルパゼルであるが、第三期になりその思想は空中艦と航空機のハイローミックスへと進化した。

 

 そのメルパゼル空中艦の打撃力として建造されたのが、このエツギ級である。

 

  建造時は15.5センチ連装メルパゼン砲を5基搭載し、4連装空雷発射管を6基も搭載する重空雷打撃艦であり、空雷重視のメルパゼルの思想を表している。

 

 しかしその6隻いたエツギ級も、さすがに南北戦争が終わり660年代に入ると老朽化が進み、ほとんど予備役や練習艦として余生を過ごした。

 その中で、テルギは4番艦であることから近代化改修を受けつつ第一線に籍を置いていたのだ。
 そんな〈テルギ〉に、牙を研ぐライバルが居た。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

パルエ暦668年4月14日 

スクレン諸島沖合 北方350㎞

メルパゼル空軍 エツギ級重巡空艦〈テルギ〉 CIC



 

「現在、あのスクルフィル艦隊に対抗できるのは我々だけか?」

「はい、例の船が出張ってきたとなれば、対抗できるのはこの〈テルギ〉だけです」


 

 ガラス張り艦橋下の戦闘指揮所は薄暗く、二階建ての指揮官席から見れるのはモニターの光に照らされる士官たち。

 〈テルギ〉艦長、マサムネ・トギタニ一等乙士官はレーダー画面を見ながら険しい表情を浮かべる。

 島の外観と味方の空挺機動軍の上陸地点、そして敵艦隊の予想位置の立体液晶を見ながら。

 

 この立体液晶は、メルパゼル空軍艦艇に標準装備されている装置である。

 一2メートル四方ほどの装置に段階的にガラス液晶を張り、それが点灯することで空中艦の陣形などをフリップで立体的に表すことができるのだ。

 当時の最新設備であり、〈テルギ〉も例外なく装備されていた。


 

「この規模のスクルフィル空軍艦艇といえば、〈クラレント〉以外を除いては例の空母しかありません。空母がここに出てくることは考えにくいですし、奴には強力な火砲があります」


 

 予想される敵艦の情報図面を張り付け、副長の女性は解説をする。

 

 メルパゼルの派遣艦隊はスクレン諸島を囲むように哨戒網を形成、していたのだが、先日スクルフィル側の激しい航空攻撃によりハテン級「アテン」とハツカ級駆逐艦「キシベ」が損傷、その哨戒網に「穴」ができてしまったのだ。

 

 その哨戒網の穴から、スクルフィル空軍の大型艦が接近しているのをメルパゼル艦隊の哨戒機が捉えたのだ。

 ちなみにこの哨戒機、クレーター方面から空中給油を繰り返して飛んできている。

 

 それに対し、メルパゼル空軍派遣艦隊は中央戦隊より、エツギ級重巡空艦〈テルギ〉と改シグニット級駆逐艦〈ツクシ〉を遊撃戦隊として分離させた。

 なにせ、敵艦には〈テルギ〉と同クラスの大型艦が接近しているという探知結果だったからだ。



 

「ラケーテ巡空艦〈クラレント〉の前身は、アーキルのクラントル級軽巡空艦です。改装により砲塔が一基減りましたが、未だに4基の15センチ三連装砲を搭載しています。上陸部隊にとっては悪夢ですよ」


 

 クラントル級軽巡空艦は、ポストリューリアの軽巡空艦の中では最大級を誇る。三連装15センチ砲を5基搭載し、時速145㎞を超える高速性能を発揮可能。

 本来はヒグラート渓谷での戦闘のために建造された船であるが、その使い勝手の良さからシルクダットの戦いにも投入されている。




 

「〈テルギ〉と〈クラレント〉は互角に戦えますが、現代で砲撃戦というのは避けたいですね。お互いに損害がかさむだけです」

「ならなるべく誘導弾で仕留めたいな。駆逐艦のでは威力不足で無理でも、本艦の大型ならあるいは」


 

 改装された〈テルギ〉には、側面の空雷発射管だった場所に新しく大型誘導弾の発射装置が搭載されている。

 従来の空雷発射管から発射できるとして改装され、より大型の誘導ラケーテを発射可能な最新鋭の装置である。

 

 このラケーテは、安全距離確保のため有線によるガイド誘導(600m)以後は、無線誘導ののちアクティブレーダー探知で飛翔する方式になっている。

 これが少し曲者なのだが、今のところは運用に問題はないとのことだ。


 

「問題は現在接近しているスコールですね。重金属雲が含まれているので、レーダー機器に影響があるかもしれません」

「自然の驚異というやつか……」

「まあ、航行に関しては別の僚艦からの誘導がありますがね」

「とにかく、今は急いでその地点に向かいおう。このままでは空挺機動軍の部隊が危険だ」


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島スクラ島沖合 南方30㎞

改クラントル級軽巡空艦〈クラレント〉


 

 クラントル級軽巡空艦〈クラレント〉は、元々はアーキル連邦空軍の軽巡であった。

 連邦が崩壊してからはザイリーグに流される予定であったが、そのザイリーグも財政難で保有ができずスクルフィル空軍にまではるばる流れてきたのだ。

 

 そんなクラントル級〈クラレント〉は、スクルフィル空軍にてさらなる改装を受けることになる。まず後部の砲塔を引っこ抜き、ジャイロ機の飛行甲板として新たに整備した。

 側面の高角砲も近接防御火器に置き換わり、対空ラケーテも搭載。無論、電子機器や艦内設備なども一新されている。


 

「司令、まもなくメルパゼル軍の上陸地点です。砲撃準備完了です」


 

 〈クラレント〉の艦橋、アーキル時代からの昼戦艦橋に一人の女性軍人が報告を受ける。


 

「うむ……このスコールじゃが、照準は可能か?」


 

 茶髪にウェーブのかかった髪質、若造りな顔立ちの女性艦隊指揮官ミーリエ・バルタイン少将はスコールの先のスクレン諸島を見渡す。スコールの影響もあってか、艦橋からの視界は非常に悪い。

 

 彼女は〈クラレント〉と駆逐艦〈エリコ〉〈リリコ〉の三隻を率いるスクルフィル空軍第一戦隊の司令官である。

 彼女らは上陸したメルパゼル空挺機動軍に対して砲撃を刊行するべくこの場に居る。


 

「目視圏内、およそ12㎞まで接近すれば、砲撃は可能です」

「よろしい、なら12kmで砲撃を開始するのじゃ。駆逐艦〈エリコ〉と〈リリコ〉は上空警戒で待機」

「はっ」


 

 ミーリエ少将の命令を受け取り、〈クラレント〉の艦長ヘクタール大佐が命令を伝達させる。すると艦橋が一気に騒がしくなり、戦闘体制に移行する。


 

「さて、ここにて火ぶたを開けば大物が釣れるじゃろう。さあ、まんまと引っかかるが良い」


 

 同時刻、スクレン島北方150kmにて猛烈な雷雲を伴うスコールが発生していた。普段の雨雲と違うのか、レーダー上が雲のある方角で真っ白に。

 どうやら重金属が雲の中に混じっているようで、その中に突入した〈テルギ〉は一次盲目の状態になる。
 しかし、遊撃隊〈テルギ〉と〈ツクシ〉は別角度の僚艦から情報をもらいつつ、南進を継続した。大型艦であるが故に、通信設備も大型のを備えた〈テルギ〉はこのスコールの中でも目を失わない。

 

 一方、空挺機動軍への砲撃を開始した〈クラレント〉は轟音を立てて砲撃を続ける。

 その〈クラレント〉へ向け、同じ穴の老兵が迫りつつあった。


 

「索敵レーダに探知、大型艦です」

「詳細を報告するのじゃ」


 

 レーダー上に新たなフリップが現れる。かなり大型の目標なのか、反応が今までのメルパゼル艦艇とは違いレーダー反射率も大きい。


 

「大型艦艇1、本艦1時方向、距離290km。さらに後方小型艦艇1、上空警戒と思われます」


 

 スコールが晴れ渡り、空が青々として広がる。

 この空域にて、数十年ぶりの艦隊決戦が行われようとしていた。

 この時点でメルパゼル空挺機動軍上陸部隊に対する砲撃は一時間近く経っており、狙われた部隊は何とか撤退に成功していた。

 

 このまま逃げれば表向きの作戦は成功する。

 

 しかしメルパゼル遊撃戦隊側は、この場で〈クラレント〉と戦わなければならないと考えるだろう。

 

 このまま〈クラレント〉を放置するのは今後の戦局にも影響するからだ。

 スクルフィルの中で随一の火力を誇る艦艇を無視するわけにはいかない。


 

「戦隊各艦へ、艦列を再編。駆逐艦を先頭に出すのじゃ」


 

 その命令を受け、第一戦隊の各艦は隊列を整える。

 〈エリコ〉と〈リリコ〉を先頭に、その後ろで〈クラレント〉がエスコートされる。

 前時代的な、南北戦争のころに立ち戻ったかのような艦隊陣形は、一糸乱れぬ美しさすら感じる。


 

「これより〈クラレント〉を先頭に敵巡空艦へ突撃を慣行する。デカモノ同士で雌雄を決すぞ」


 

 その隊列の裏に隠された、戦隊司令ミーリエの思惑などには誰も気づかないまま。


 

「現在敵艦との距離、85kmです」

「敵艦、なおも接近中」


 

 互いの距離が縮まり始めるにつれ、艦内の緊張感は高まっていく。

 その重い雰囲気の中、ミーリエ司令官は思考を巡らせる。


 

「誘導弾はまだ撃たないのか……それとも、こちらに誘導弾がないのを見越して砲撃戦でもする気じゃろうか?」


 

 定石なら、メルパゼル製誘導弾の射程に入った時点で誘導弾を放ってもおかしくはない。相手の誘導弾の射程がどれほどのものかはわからないが、今の時点で射程内だと考えるのが普通だ。


 

「距離80km……ッ!敵艦より飛翔体多数!誘導弾です!」


 

 そして予想通り、相手の槍の方が速かった。


 

「迎撃用意!主砲と防御火器を準備じゃ!あわてるな、必ず撃ち落とせる!」


 

 迫りくる誘導弾。しかしその間に至っても、彼女らは冷静なままだ。筵さえわたっているまである。


 

「誘導弾四発、うち2発は目標逸れます。残りの二発が本艦へ!」

「迎撃砲撃開始!」


 

 〈クラレント〉の15センチ三連装が、対空射撃を開始する。元来より手数と接近戦が想定されているこの主砲は、自動装填装置の恩恵により毎分10初の連射速度で放つことが可能だ。

 

 現代の速射砲と比べても大差ないこのオーパーツは、この水晶戦争の中でも発揮された。

 

 しかし、それでもなお誘導弾は勢いよく向かってくる。

 

 その時速は音速を越え、〈クラレント〉を葬らんと迫ってくる。

 

 その中で、二発の誘導弾は目標を見失っていた。


 

「誘導弾、さらに接近!」

「防御火器起動!撃ち落とすのじゃ!」


 

 的確な指示を出すミーリエ司令官、いつしか彼女の目にも緊張が走る。


 

「誘導弾一発撃墜!」


 

 艦橋の窓の向こう、その先の空で爆発した誘導弾の花火が見える。


 

「もう一発が来ます!」

「衝撃に備え!」


 

 たまらず艦長が叫ぶ。

 

 その瞬間、完備の方向から金属を抜く音が鳴り響いた。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島 スクラ島沖合 北方80㎞

メルパゼル空軍 エツギ級重巡空艦〈テルギ〉 CIC


 

「どういうことだ?誘導弾が迷走したぞ?」

 

 〈テルギ〉艦橋でも誘導弾の着弾は確認できていた。しかし、肝心の敵艦が爆発四散する様子は全く見られない。それどころか、未だに黒鉛を焚いて悠々と飛行している。


 

「誘導弾は四発中二発が迷走。そのほかは目標を探知しましたが一発は早爆、もう一発は不発だったようです」

「くそっ、遠征による整備不良がこんなところで……」


 

 マサムネ艦長はこの事態を整備不良と思っていたが、実際のは少し違った。

 

 先ほども語ったが、このラケーテは、安全距離確保のため有線によるガイド誘導(600m)以後は、無線誘導ののちアクティブレーダー探知で飛翔する方式になっている。

 

 これが想像以上の曲者だったのだ。

 

 整備に関しては問題がなかった。

 問題はこのシステム自体が精密かつ最新鋭の代物であるが故、うまく扱うことができなかったのである。切り替えの装置がうまく作動しなければ迷走する上、センサーも過敏なため相手の対空砲火に誤作動しやすかった。

 

 つまりは、誤作動は仕様なのである。


 

「整備班へ連絡。急ぎ誘導弾の緊急メンテナンスを行え、センサーと切り替え装置に不具合がないかチェックしろ」


 

 思わぬところで機械トラブルに見舞われた。

 しかし未だに戦闘中、艦長に焦りが見え始める。


 

「敵艦、進路反転。本艦から遠ざかります」


 

 その間に敵艦は危険を察知したのか、逃げの体制に入った。艦長と艦隊司令の判断は優秀だ。こちらは誘導弾が整備不良で使えないのだから、逃げてしまえば攻撃は届かない。


 

「逃がすのは惜しい。追撃しよう、機関増速だ」

「本気ですか艦長?」


 

 副長がそれに対して苦言を通す。


 

「艦長。誘導弾が使えない以上、不用意に近づくのは……」

「いや、空挺軍の援護のためには早期決着が望ましい。こちらにも主砲があるではないか」


 

 主砲、というおおよそ現代戦では対艦に使わない単語が出て、副長はその意味を知る。


 

「不良がある中、わざわざ相手の土俵へ降りる必要はありません」

「こちらにも砲弾はある。時間がないんだ、このまま畳み掛けるぞ」


 

 ここまで強く〈クラレント〉を仕留める事にこだわられ、副長は何かの考えを悟り押し黙る。

 そもそもここまで来たのは空挺機動軍の救援をするため。

 確かに〈クラレント〉が生き残っている事態は芳しくないのは分かる。

 そのために、早期に決着をつけるのが望ましいのも。


 

「緊急整備が終われば誘導弾も併用する。砲の射程ではこちらが勝る、大丈夫だ」

「……分かりました」


 

 副長はそれを信じ、あえてそれ以上は言わなかった。

 

しかし、それもつかの間。


 

「なんだ?」


 

 戦闘指揮所のレーダー画面を見ていたマサムネ艦長は、フリップ画面の〈クラレント〉が反転したのを確認する。


 

「あいつら突っ込んでくるぞ!」


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島スクラ島沖合 南方30㎞

改クラントル級軽巡空艦〈クラレント〉


 

〈テルギ〉にマシントラブルがあると見た〈クラレント〉の反応は速かった。

 いまだに射程内にもかかわらず、誘導弾を撃ってこないのを相手のトラブルとミーリア司令は判断。

 その結果の反転だった。

 目的は明確である。


 

「現在距離20000、まもなく主砲の有効射程に入ります」


 

 ヘクタール艦長は面白げにこの空域を見つめる。


 

「おそらく敵も主砲の射程に入ると同時に砲撃してくるかと思われます。退避しますか?」


 

 ヘクタール艦長はミーリア司令に冗談めかしく聞く。


 

「冗談はよすのじゃ。ここで退けばスクルフィル官十家長女の名が廃る」

「奇遇です、私もここまで近づいて逃げる気はありませんよ」



 

 彼らは〈クラレント〉にて〈テルギ〉に砲撃戦を仕掛けるつもりだった。

 無論、このことは作戦の中に入っていないが、それでもここで〈テルギ〉に損害を与える意味はある。


 

「問題は敵の主砲はメルパゼン砲だという事です。同じ15センチクラスでも、射程ではあちらが勝ります」

「遠距離での砲撃など滅多に当たりはせぬ。策も勇気も万全、後は〈クレラント〉と〈リリコ〉がどこまで耐えられるかであるが」

「彼らを信じるしかありませんね。我々はこのパーティーにあのレディをお誘いしましょう」


 

 そしてお互いに接近し続け12時17分、ここに南北戦争以来の大型艦同士の砲撃戦が実現した。

 火ぶたを切ったのは、射程に勝る〈テルギ〉の方であった。

 甲高い音とともに15.5センチ連装メルパゼン砲が火を噴く。

 砲弾は電探での探知情報をもとに計算され、より正確な場所へ狙って放たれた。

 

 しかし、最初の砲弾は〈クラレント〉のはるか後方へ爆裂し、空という青さを汚すだけだった。

 無論、〈テルギ〉も一撃で命中を与えられるとは思っていない。

 その後も交互射撃で〈テルギ〉は次々と砲弾を放っている。

 そのうちに、〈クラレント〉はいくつかの砲弾を被弾した。

 

 

「まだまだ飛べるのじゃ!」


 

 突撃開始から2分、すでに〈クレラント〉は〈テルギ〉に第5斉射まで砲撃されている。

 現在〈クラレント〉の損害は軽微、速力も落ちていない。

 距離16000にまで近づき、まもなくこちらの主砲の射程内に入る。


 

「〈エリコ〉、敵艦との距離21000。Z線に入りました」

「よし、〈エリコ〉は機関を停止。槍を放つのじゃ」


 

 CICに〈テルギ〉との距離を確認した艦長がミーリア司令官に伝える。それを聞いたミーリア司令官は笑みを強くした。


 

「ここからが正念場の時間じゃ、踏ん張るぞ。相手は少し手荒いレディ、こちらも無事では済まないがな」


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島 スクラ島沖合 北方80㎞

メルパゼル空軍 エツギ級重巡空艦〈テルギ〉 CIC



 

「第14斉射、正常に発射」


 

 〈テルギ〉艦内に響き渡る砲撃音。

 最初はマサムネ艦長に少しばかりの感動を与えた砲撃音だが、今は艦長の苛立ちを募らせるだけだった。


 

「電探射撃なのに命中率が低いぞ」


 

 電探での射撃に自信を持っていたマサムネ艦長も、ここまでくると誘導弾だけでなく主砲にまで不信感が募る。


 

「距離が離れすぎなうえ、相対速度が速すぎます。このままではこちらもこのままでは此方も〈クラレント〉の射程に入ります」

「……致し方ない。見張り員は退去」


 

 本格的な砲撃戦に移る準備として、〈テルギ〉の見張り員を退去させる。

 その時、〈テルギ〉の戦闘指揮所のレーダーに駆逐艦の情報が映る。


 

「敵駆逐艦一隻が〈ツクシ〉へ向かいます。後方の駆逐艦は速力低下」

「何のつもりだ……?」


 

 マサムネ艦長は駆逐艦の動きに不審感を抱く。

 敵の目の前で機関を停止する意味が分からないが、どちらにせよもう片方の駆逐艦が迫っている状況は見過ごせない。


 

「〈ツクシ〉は接近中の駆逐艦を撃退せよ。我々は〈クラレント〉に集中する」


 

 その間も〈クラレント〉が接近する。

 距離12000にまで接近した〈クラレント〉はゆっくりと回頭をし始め、主砲のすべてを向け始めた。


 

「〈クラレント〉が砲撃体制を……砲撃して来ました!」

「衝撃に備え!」


 

 前時代的な砲撃戦。

 お互いに並走し、砲火を並べあう。


 

「損害知らせ!」

「敵砲弾は命中せず。損害はありません」

「よし、撃ち返すぞ」


 

 第15回目の射撃が、砲弾として撃ち出される。

 放物線を描いた4基の主砲が、砲弾となって〈クラレント〉降り注ぐ。

 そのうちの数発が、〈クラレント〉の周囲を囲んで捕まえた。


 

「砲弾命中」


 

 淡々とした報告が艦橋に入る。

 命中したのはこれで6回目だが、当たった砲弾はより少なく損害も小さい。


 

「まだ行き足は止まらんか?」

「まだ機関部への命中はありません。〈クラレント〉はさらに近づきます」

「現在の距離、12000を維持。機関全速、近づけさせるな」


 

 機関をフル稼働させ、〈テルギ〉は高速で距離を保つ。

 すると、フリップ上の〈クラレント〉が進路を変え、離れていく。


 

「〈クラレント〉、反転し距離を保ちます」

「なんだ?今度は離れるのか?」


 

〈クラレント〉がわずかに回頭し、〈テルギ〉から離れていく。

 

「逃がすな、今度は距離を詰めろ」


 

 進路を変更した〈クラレント〉へ追いかけるべく、〈テルギ〉も追いかけていく。

 機関の回転数が上がり、プロペラからの風圧が高くなる。


 

「〈クラレント〉からの砲撃、来ます!」

「衝撃に備え!」


 

 そうすると、今度は〈クラレント〉が大きく回頭して近づいてきた。

 距離が8000にまで接近され、〈テルギ〉と〈クラレント〉のお互いの損害が大きくなる。


 

「左舷の対空迎撃用管制装置が破損!甲板に破口多数!」

「距離を保て!このままでは懐に入られる!」


 

 煙を上げ、少しよろついた航路で再び〈エツギ〉が距離を保つと、今度は〈クラレント〉も離れていく。


 

「〈クラレント〉、再び離れます」

「奴らはいったい何がしたいんだ?」


 

 彼らがその真意が判明するまで、残り数分もかからなかった。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島スクラ島沖合 南方30㎞

改クラントル級軽巡空艦〈クラレント〉


 

「第三砲塔、旋回装置破損により旋回不可能!」

「右舷完備5番防衛火器破損!ヘリ甲板炎上!」


 

 パルエの歴史上、ここまで電探を多用した砲撃戦は初めてである。

 多数の損害を受けた〈テルギ〉だけでなく、〈クラレント〉もかなりの損害を受けていた。

 すでに数十発を被弾、第三砲塔への被弾で旋回装置の亀裂で使用不能に。

 さらに防御火器も直撃で破損し、後部のヘリ甲板も機体が炎上して消火活動をしていた。

 

 重巡の〈テルギ〉とは違い、〈クレラント〉はあくまで軽巡。

 装甲厚も〈テルギ〉より薄く、防御力も若干低い。

 本気の撃ち合いになれば、〈クラレント〉の方が手厳しい。

 

 変わりに〈クラレント〉の方が速力が高く、機動性も高い。

 だからこそ、足の速さを活かす戦法を取った。

 このように〈テルギ〉との距離を操りつつ、砲撃の機会を伺う。

 艦の長所を生かすのは、良い司令官、良い艦長としてのランクだ。


 

「〈エリコ〉と〈リリコ〉はどうなっておる?」


 

 ミーリア司令は状況を聞く。


 

「〈エリコ〉は精密誘導中。まもなく着弾です」


 

 対〈テルギ〉用にのため、ミーリア司令が考えていた策が存在する。

 その策のためには、要の〈エリコ〉が生き残っている必要があった。


 

「〈リリコ〉は敵駆逐艦と交戦中ですが、損害多数の模様」

「〈リリコ〉を離脱させよ、もう目的は達成した」


 

 〈リリコ〉にはその〈エリコ〉を守る任務を与えていた。

 その役割は、ここで果たされることになる。


 

「〈テルギ〉より爆炎!」


 

 艦橋付近の見張り員が、突如として喜びの声を上げる。

 それを確認したヘクタール艦長は双眼鏡を確認する。


 

「艦尾に命中弾です。〈テルギ〉は姿勢を崩しています」

「今じゃ!畳みかけるぞ!このまま接近せよ!」


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島 スクラ島沖合 北方80㎞

メルパゼル空軍 エツギ級重巡空艦〈テルギ〉 CIC


 

「損害報告!」


 

 接近してくる誘導弾に気づいたのは、着弾の数秒前だった。

 後方、機関を停止していた駆逐艦から放たれたのか、空雷が静かに迫ってきていたのだ。

 レーダー機器も収納していた上、見張り員も砲撃戦に備えて退避させていたのが運のツキだった。


 

「艦尾に被雷!」

「ドブルジャ配管に損傷!艦の姿勢を保てません!現在傾斜2度!」


 

 初めから敵はこれを狙っていた。

 それに気づいたのは、着弾から数秒後である。


 

「嵌められた……敵は初めからこれを……!」



 

 機関を停止していた駆逐艦は、何かしらの隠蔽装置を使用していたのだろう。

 どんな仕組みかはわからないが、とにかく今はダメージコントロールを優先しなければ。


 

「ドブルジャの不活性化処理だ!引火だけは防げ!消火もだ!」

「舵も利かせて姿勢を保て!多少旋回してもいい!」


 

 マサムネ艦長と副長が必死に艦の姿勢制御を行う。

 何としても船を沈ませるわけにはいかず、〈テルギ〉を生かそうとする。


 

「〈クラレント〉、此方に接近!!」


 

 突如悲鳴のような報告が入る。

 艦長にとっては、一番聞きたくなかった報告だった。


 

「主砲は撃てるか!?」

「旋回により一部使用不能!二番、五番砲塔のみです!」

「主砲、砲手の判断で応戦!」


 

 戦闘指揮所の砲手が、自艦を守るべく必死に主砲を制御する。

 何発かは〈クラレント〉に命中。

 しかし慌てて放たれた砲弾は命中率が低く、あらぬところへ飛んでいく。



 

「〈クラレント〉に命中多数!なおも接近!」

「機銃、対空ラケーテでもいい!すべて撃ちまくれ!」


 

 苦し紛れのごとく、〈テルギ〉があらゆる武装で〈クラレント〉を攻撃する。

 しかしメルパゼン砲ならまだしも、対空ラケーテや防御火器では軽巡の〈クラレント〉に損害は与えられても致命傷は与えられない。


 

「〈クラレント〉、距離5000!」

「まずい!左舷、大型誘導弾を放て!」


 

 徐々に回頭していた〈テルギ〉だが、空雷の射角はまだ〈クラレント〉を射程にとらえていた。

 それが最後の手段として、この瞬間の命運をかけて放たれる。

 だが……


 

「〈クラレント〉回頭!側面を向けています!」

「何をするつもりだ!?」


 

 不審な敵前回頭、その動きは反転して戦場から離脱しようとしている風に見えなくも無い。

 もしここに南北戦争時代のメルパゼル軍人が居たならば、その動きを雷撃運動だと一目で気づいていただろう。


 

「〈クラレント〉より墳進炎!これは誘導弾です!」


 

 その回答は、すぐさま訪れた。


 

「艦長!本艦は停止しています!このままでは誘導弾が!」

「デコイ散布!チャフ散布!機関最大戦速!!!艦首を向けて被雷面積を減らせ!」


 

 マサムネ艦長はハッとし、すぐさま〈テルギ〉の足を始動させた。

 その〈エツギ〉の周りに小型のデコイとチャフの粉末がばらまかれ、光に照らされる。


 

「敵空雷デコイに反応しません!これは無誘導です!」

「無誘導だと!?奴ら今が第二期か何かだと思っているのか!?」


 

 こちら側の空雷は着弾したのか、敵駆逐艦はどうなったのか、確認している暇はない。

 こちらは身を守るので精一杯なのだから。


 

「対空砲火!」

「間に合いません!」

「衝撃に備え!」


 

 その瞬間、巨大な爆発が〈テルギ〉を大きく包み込んだ。

 

 空雷がゆっくりと向きを変えた〈テルギ〉の艦尾に着弾、もう一発が左舷艦首の真下にで爆発した。

 爆発した空雷の特別性から、爆炎は青白い光を包み込んで爆発する。

 この爆発により、隔壁が三ブロックに渡って大破。

 さらに艦中央付近で火災が発生、電気系統を喪失した。

 

 破断した艦首から、砲塔の基部が露見する。

 大きく損害した下部の五番砲塔は損傷に耐えきれず脱落、そこから弾薬が零れ落ちる。

 

 結果として、〈テルギ〉は推進能力と艦首の下半分を喪失し、大破となった。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

スクレン諸島スクラ島沖合 南方30㎞

改クラントル級軽巡空艦〈クラレント〉


 

「いやはや、痛快じゃのう」


 

 大きな爆発に包まれた〈テルギ〉を見て、ミーリア司令官とヘクタール艦長は笑みを浮かべる。

 艦橋内も大きく沸き立ち、艦内からは歓声が上がる。


 

「さて、司令。名残惜しいですが踊りはここまでです。残念ながらこの損傷では、後方からの増援に対抗できません」


 

 〈クラレント〉の損傷は中破に近かった。

 〈テルギ〉が苦し紛れにはなった誘導弾が艦首に命中、その箇所は〈テルギ〉ほどではないがかなりひしゃげていた。

 さらに〈エリコ〉がメルパゼル艦隊の増援を探知していたことから、戦隊は撤退に入るべきと判断できる。


 

「そうじゃな。〈テルギ〉は動かなくなったことじゃし、帰るかの」

「大物を釣りだして追い詰めたんです。文句を言う輩などおりませんよ。我々は大手を振るって帰れます」


 

 そう、ミーリア司令官はこの戦いで〈テルギ〉を釣りだして仕留めるつもりだったのだ。

 そのために、試作段階だったある兵器を〈エリコ〉に持ち込み、〈テルギ〉を追い詰めたのだ。

 

 機関を停止していた〈エリコ〉が有していたのは、レーダー波を歪めてステルス化する特殊な隠蔽空雷だった。

 スクルフィルが唯一誇るラジネル晶技術を変換し、浮遊機関が放つ波動によりレーダー波を遮断する技術を実現した。

 それを浮遊機関とともに空雷に搭載し、完全な隠蔽空雷としてこの戦いのギリギリ前に完成していた。

 

 しかしこの代物は誘導が現在の技術がなかなか実現できず、仕方なく古い方式の有線誘導を採用した経緯がある。

 そのため、〈エリコ〉は機関を停止し、その場にとどまって空雷の誘導をし続けたのだ。


 

「さて、艦隊反転。損傷した〈リリコ〉とともにこの空域から脱出する」

「はっ!」


 

 この戦いはその後の歴史で第二次スクレン諸島沖会戦と呼ばれている。

 

 パルエの歴史上、レーダーを多用した砲撃戦を展開したのは極めて珍しい。

 南北戦争のころやパンノニア事変のころは、ここまで洗練された空中艦が砲撃戦をする機会はなかなかなかったからだ。

 この戦闘は空雷の専門家であるメルパゼルが、空雷によって不意打ちされるという結果でもある。

 その後の両者両国の兵器開発のドクトリンを左右したのは言うまでもない。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

パルエ暦691年12月11日 

ガリアグル国 ゲノラゲル

ノスギア山脈山岳付近

 

 それから三十年余り。

 パルエ人類は、旧兵器という人類共通の敵と戦いうべく戦力を結集した。

 その中には、水晶戦争からの損傷を修理され、今も現役であり続ける〈テルギ〉の姿があった。

 

 ここに集まるほかの国の艦艇にも、旧式の戦艦や巡空艦などが集まっている。

 

 その〈テルギ〉の隣には、見慣れない巡空艦が一隻。

 その御旗には三日月のラウンデル。

 水晶戦争後も、南半球の空軍大国であり続けたスクルフィル王国空軍の姿であった。

 

 アイゼク・ルーン級重巡空艦2番艦〈クレラントⅡ〉の雄姿である。

 

 水晶戦争後、大型艦艇のダメコン性能やプラットフォーム能力に再注目が集まり、旗艦級としてのラケーテ巡空艦の建造が盛んになった。

 その中で、その後の外交努力によって自国での巡空艦建造が可能になったスクルフィルも、水晶戦争から得た教訓をもとにこの艦を建造したのだ。

 

 120ミリ連装速射砲を4基、隠蔽空雷発射管を6基搭載した少し時代錯誤な重視の巡空艦ではあるが、これはスクルフィルの砲戦重視のドクトリンから来ている。

 

 かつてのライバルだったその二隻の老兵は、今では同じ人類の仲間として旧兵器へ立ち向かう。

 

最終更新:2021年09月21日 14:22