Orbitta Parle: 原初の揺籃 (3)

惑星パルエ、759年

 

フォウ王国 オルドヴァ極域研究所遊星物理学チーム

 

青年というより中年に差し掛かりつつあるエディという男が、自分の研究室で隣席の学生と雑談しつつブラウン管に囲まれた生活を送っていた。かつてメロカやクルツとともに惑星ルーンで冒険を繰り広げた彼は現在、オルドヴァ市街郊外にある研究所の一室、電算機に大半を占拠された狭苦しい部屋で、惑星の軌道を画面に描いては修正する生活をしばらく続けている。

「……それで、エディさんはラオデギアアカデミーの学会でも講演会なされたんですか」

「そうなんだよ。相変わらずだったぞ、ランテ焼きに続いてルーン焼きとかいうのを作ってみたから食ってみろとか進められてな、それがどんなシロモノだったかっていうと……おっと、画面の小惑星45番と73番消えてないか、どこだ」

学生はエディがあごで示した画面に顔を近づけ、小さな光点ひとつひとつの数字を読んで探したが。

「あっ、パルエに衝突しました」

「ははっ」エディは学生の報告に肩をすくめて笑った。「ダウトだ。これじゃ南北衝突前に隕石衝突じゃないか」

「あれぇ……どこにミスがあったのかな……つら」

学生は眼鏡を外して机に突っ伏す。

「ちょっと疲れてるな。ラッツ君、気分転換に飯でも食べに行こうか。電算機もちょっと冷やそうぜ」

エディの電算機越しの提案に、ラッツと呼ばれた学生は起き上がって伸びをした。

「いいですね、行きましょう」

二人はラックから垂れ下がったコードや足元に散らばっている電算機の筐体を慎重に避けながら、ちょっとした立体迷路のごとく席から移動して研究室の扉までたどり着いた。室外から流れ込むオルドヴァの冷気に、室内の電算機の発熱量を実感する。

「うわ寒! それでルーン焼き、どんなのだったんですか?」

「もう後で聞け。食欲なくすぞ。……あれ」

エディは扉に付けられた簡易ポストに国際便の封筒が投函されていることに気づいた。差出人は連盟宇宙協会だ。開封して中を確認する。

「誰からですか?」

「あぁ、クルツ……かつての冒険仲間さ。内容はとても簡潔だ、奴らしい」

「どんな内容で」

ラッツの質問に、エディは手紙から視線をそらさずににっと笑って言った。

「ちょうど今やってることに関して、な……忙しくなるぞ。食べに行くのは中止だ、電話で出前でも頼んでくれ。研究所の事務のほうにツケといていいぞ。さて、遊星軌道シミュレーション。正確な奴が必要だ、今すぐ取り掛かろうか」

 

 

パルエ上空・汎惑星往還機 攻撃型「セト・ワイゼン」機内

 

『高度20万メルト。機材チェック』

ヘルメットの通信機から地上クルーの声が入る。機長席に座った壮年の男性は表情ひとつ変えず口を開いた。

「チェック。機体はいいぞ、安定している。HUD、センサ類には問題なし。FCS良好。撃ってみようか」

「分かりました」副操縦席に座ったオペレーターが操縦桿から手を離し、座席横の射撃盤スイッチを手にする。「極超音速射撃管制装置、起動します。下部パイロン武装マスターム、オン。目標対流圏メルカヴァ級巡航艦。突撃宙雷、目標捕捉」

機長は一瞬、画面の目標ロックオンを確認した。言葉が途切れ、腹部に響く重低音のみがコックピットを包んだ直後、口を開いた。

「目標捕捉確認。射撃許可」

「撃ちます……!」

わずかに遅れてゴトン、という音が2回連続した。同時に突撃宙雷を切り離したことによって機体が浮き上がり、2人は縦方向に大きく揺さぶられた。

「点火確認」

コックピットの目前から錐のような白い航跡が2本、真っすぐと伸びてゆく。弾頭は間もなく見えなくなったが、モノクロの火器管制カメラはメルカヴァ級に突撃する宙雷をしっかりと捉えていた。

機長のダウード、火器管制手アトイの2人はその画面をじっと見つめた。特徴的なデザインの旧文明戦艦メルカヴァ級は、自身に突っ込んできた宙雷を認識したのか、中央の赤い眼のような部分が光り始める。重力照射砲にエネルギーが集中し、この飛翔体を迎撃しようと試みたのだろう。だがそれが放たれるより前に、突進する宙雷が先に砕け散った。

「よし、弾頭分割確認」

音の十数倍という速度に加速した宙雷の弾頭はバラバラに飛び散り、対等な質量を持った十数発の運動エネルギー弾頭となる。照準を乱されたメルカヴァは、脅威度の等しいそれら分割弾に適切なリスク再評価を行うことができず、一瞬のフリーズの間に突っ込んできた分割弾に貫かれて砕け散った。

「標的撃沈成功!」

ダウードの言葉にアトイは手を叩いて拳を握った。

「よっし」

「模擬メルカヴァ・モデルの撃沈に成功。新型宙雷のコンセプトは上々のようだ。これで未踏の天体に敵性存在がいたとしても何らかの対抗はできるだろう。できれば我々がルーンに行った時にもこんな優秀な兵器があれば、あんなにビクビクしなくてもよかったのにな」

ダウードのつぶやきにアトイは苦笑して返す。

「ですね。結果論では無事だったとはいえ……すごいなぁ、まるで散弾をスナイパーライフルで正確に撃ち込むようなもんだ」

ダウードは無言でうなずくと、地上クルーとのしばしの交信ののち自動操縦を解除し、操縦桿を握った。

「さて、基地へ帰投しよう。散弾と言えば、だな。ショットガン計画の第四次が打ち切られそうって話、聞いたか?」

「ショットガン計画……散弾のごとく探査機をばら撒く奴でしたっけ」

 

宇宙進出は始まったばかりだ。惑星クラス天体の研究は比較的進んでいるが、ソナ星系に存在する天体はそれだけではない。現在到達できる内惑星軌道周辺だけでも、何万個もの小惑星が発見されている。それらのうち一部には、なにか旧文明由来のオブジェクトが存在しているのかもしれないが、地上からの望遠鏡で確認できることは限られている。

そういうわけで、無数にある小惑星に旧文明に関与するオブジェクトがないかどうか、手当たり次第に探査機を飛ばして探っていく計画がショットガン計画だ。探査機は簡単なスラスタと通信機、電源にカメラ、対旧文明逆探のみを載せた廉価な量産機で「とりあえず小惑星に旧文明の機材が落ちてたりしないか分かればそれでいい」というだけの代物だ。それを一度に数十機もまとめて打ち上げる。それぞれの探査機はバラバラに小惑星めがけて飛んでゆくが、何せ粗製乱造なので目標小惑星のデータがちゃんと送られてくるのは7割ぐらい。それでも第三次計画途中の時点で300を超える小惑星のフライバイ撮影に成功している。

 

「で、これまで撮影した小惑星はどれもハズレ……旧文明の物品を見つけたケースは一つもない。任務達成率ゼロパーセントだ」

「多分、旧人は小惑星の資源開発なんかまで着手できなかったんでしょう」

「だろうな。プロジェクトチームはまだ全体の1パーセントも探査していない、根気よく続ければ必ず面白いものが見つかるはずだと主張しているが……」

「だとしても、効率は悪いでしょう。パルエや他の惑星で発見された物品からのデータサルベージで、興味深い小惑星がピックアップされたら改めて高級な探査機を送ればいい。計画凍結は妥当でしょう」

アトイの身も蓋もない指摘にダウードは苦笑いした。前世紀の軍事費に代わって大量に宇宙予算が投じられるようになった現在でも、費用対効果というモノはある。写真機と逆探しか載せてない安物を何のあてもなくしらみつぶしにばら撒くより、もっと良い予算の使い道はいくらでもあるだろう。

「さて、そんな話をしてるうちにもう基地だ。アプローチ」

ダウードは左手のスロットルをゆっくりと引く。甲高いエンジン音の反響は低くなり、セト・ワイゼンはゆっくりと首を垂れる。

「誘導飛行経路に沿って。エーレ35」

アトイは蒼一色の海原にふと、小さな点の存在を見出した。オリエント海にポツンと浮かぶイザリア島だ。ワリウネクル領の最東方に存在するこの島は、古来よりこの世の最果てとされ、パルエ人にとって重要な意味を持ってきた。現在は大規模な滑走路や停泊施設が整備され、パルエの「表側」と「裏側」両世界を結ぶ民間航路のハブ港となっている。

極超音速で成層圏を飛行していたセト・ワイゼンも十分に出力を落とし、すでに亜音速に入っている。あれよという間にイザリア島が大きく広がり、ちょっとした霧の立ち込める山地エリアを抜けると、まもなく眼前に舗装された滑走路が広がった。

「タッチダウン」

ダウードが呟く。ドヒュウという音と振動と同時に、セト・ワイゼンは危なげなく接地した。今まで低く唸っていたエンジンは再び大声を挙げて逆噴射を掛ける。その気になれば宇宙まで飛翔できるこの巨鳥は、エプロンで混雑する民間旅客機を尻目に宇宙局の所有するターミナルへと自走していった。

地上誘導員指示のもと停止すると、ダウードが右端のスイッチを押下した。セト・ワイゼンからタラップが展開される間、2人は迅速に機材のシステムチェックを終えて電源を落とす。ダウードは大きく伸びをし、ヘルメットを外しながら言った。

「お疲れさん。さて空港で実験成功を祝してというか、何か美味しいものを食べようか」

「いいですね。イザリアはヤシのジュースが名物らしいですよ。前に来た時に飲みましたが、甘酸っぱくて美味しい」

「おお、いいね。アンモニア入りのルーンジュースとはえらい違いだ。サッと汗を流した後は観光といこう」

数年前のアーキルでの苦い記憶に肩をすくめ、アトイはダウードに続きタラップからイザリア空港に降り立った。すでに何人もの宇宙局エンジニア達が、停止した機体に集まって何か点検を行っている。空港ターミナルの宇宙支局に向かい、手短な挨拶と報告書の提出を終えるとこの任務は完了となる。2人は手短にシャワーを浴びると、狭くつまらない宇宙局施設にもはや用はないと商業施設の集まる民間ターミナルの方へ歩いていった。

 

 

イザリア空港 民間ターミナル

 

パルエの裏側が広く開拓される時代になり、イザリア島は「世界の果て」から「裏側航路中継地」にして「人気の観光地」となった。アーキルやパンノニアや南東入植都市の市民にとって、異国情緒溢れる来世文化が色濃く残るこの島は魅力的なのである。また、宇宙時代黎明期から裏側探査の拠点・通信施設としてインフラが整備されてきたため、生活水準も高く、「移住してみたい街」の筆頭としてよく挙げられたりする。

そんな世界的人気を誇るイザリア島の空港は、民間だけでなく連盟軍や宇宙局が共同で使用する、現代では世界トップクラスの利用者数に充実した施設を持つ良港である。

「久しぶりに来ましたが、前にもまして港内の店舗や物産展が充実していますな」

アトイは辺りを見まわすように眺めて感嘆した。その賑わいは港湾施設というより、観光地か人気娯楽施設の水準である。施設内にちょっとしたクルカコースターなんてものまである。しかし空港としての運営機能が損なわれているわけでは決してなく、掲示されている看板の表示に従えば自分の乗りたい飛行機や旅客船の方へうまく向かえるように誘導通路が整備されている。もちろん、その露天の通路には目抜き通りの如く沢山の売店や土産屋が林立している。

「土産でも散策しながら適当な売店で例のヤシジュース、買いに行こうぜ」

ターミナルの高揚した空気に包まれながら、アトイはダウードとともに店々をぶらつくことにした。イザリア島古来から伝わる常世の魚神の置物。正規のルートで出荷された弁当や甘味。それに混じって、商魂たくましい者は屋台の許可を取得してとるに足らないモノをなんとか売りさばこうとしている。お祭り騒ぎだ。2人は遠目に雑談を交わしながら喫茶店を探す。

「はは、あそこの屋台今どきカラークルカなんて売ってますな」

「今の若い奴らには一周回って人気らしいぜ」

手のひらサイズしかない色とりどりのミニクルカ達が屋台の柵の中で右往左往している。

「そうなんですか? 俺が子供の頃に流行った記憶があるんですけどね」

「200年ぐらい前からカラークルカ売られてたからな。たびたび思いだしたようにブームになってるらしい……お、あそこの喫茶店とかどうだ」

2人はその店で諸島ヤシのジュースを買い、その風味と華やかな空気を楽しみながらまたしばらく歩いていると、通路の端まで来てしまった。左右に道が続く丁字路になっていて、目の前にはふたつの看板がある。ひとつは空港案内と離発着便の掲示、ひとつは周辺の観光案内だ。何するでもなくそれをぼやっと眺めながら、ダウードは感慨深そうにつぶやいた。

「大きくなったもんだな、我々の世界も」

「まったくです」

イザリア島もそこそこの規模がある島だが、空港周辺は都市化されている。かつては僻地の寒村だったここも諸島有数の大都市と化し、今や沖南洲の洲都である。観光案内にはイザリア島の自然を楽しめるビーチや亜熱帯林散策の案内から、国立博物館のような文化施設へ向かう乗り合いバス時刻表まで記載されている。背後の賑わいをBGMに、2人がパルエヤシジュースを吸うずずずという音が何を主張するもなく響く。たまにパタパタという音も聞こえる。離発着便を表示する反転フラップが変わるのだ。何気なく目をやると、"イザリア発 アノーリア着 ラオデギ運輸中型船 機材故障のため運休 補償無"とある。飛行機便に比べて人気のない長距離格安船は最早減便されてく一方だよな。学生時代はよくお世話になったもんだけど。

これも時代の移り変わりかなとぼやっと思いめぐらせていると、唐突に聞いたことのある声が後ろから投げかけられた。

「おぉっす、ダウードさんとアトイさんじゃない! お久しぶりだね!」

「ん、ミトとムロボロドか」

フランクな中年女性に軍の夏服を綺麗に決めた渋い中年男性という対照的な2人組が、何やら紙袋に入った揚げ物をかじりながら近寄ってきた。この2人もやはりルーンを探検した仲間だ。

「2人はこんな島でバカンスかい? ムロボロド。お前妻子持ちだろ?」

「馬鹿言え、出張だ。沖南洲立大学でやってる宇宙医療学会に参加してたんだ」

ミトは宇宙生物学者、ムロボロドは退役軍人の医者である。

「君たち2人は? その服装ってことは例の"パルエ宇宙防衛軍"関係の任務かい?」

「ああ、新型の宙間攻撃機に乗って、テスト飛行でな。パルエを半周してきて終わったところだ」

「はぁーそりゃお疲れ様だね。どうぞ、食べていーよ」

ミトは片手に持っていた紙袋をアトイとダウードの方に押し付けた。

「なんだこれ」

「イザリア名物のサルダキっていう揚げ物。ワリムギの練り物を油で揚げて砂糖とかまぶしてるの」

ダウードは紙袋を受け取ると拳サイズのサルダキを一つ掴んで齧り、ふむ、といった感じにアトイに頷いてみせた。

「しかし。連盟合同空軍、転じてパルエ宇宙防衛軍、か……慣れないな。まるで空想科学小説だよ」

ムロボロドはサルダキをもぐもぐしているダウードの宇宙軍制服を眺めてぼやいた。ダウードは彼の言葉に苦笑して返す。

「もご……なんてことはない。武装宇宙船を効率的に運用する部署が連盟軍の中にできただけで、今のところ何も変わった仕事じゃない。私だってただのテストパイロットさ。まぁ、昔読んだ少年冒険雑誌に出てくるような浪漫溢れる要素は名前と設立理念だけだな」

 

パルエ宇宙防衛軍。この素晴らしい響きを持った組織が編成されたきっかけは、まさに今話している4人がルーンへ有人探査を行ったことだった。ムロボロド率いる7人と2匹の調査チームは、ルーンの北極でリンと窒素からなるまったく未知の生物を発見した。この生物は、入植した旧文明人のシェルターに対し砲撃する生体兵器へと進化していたのだった。

かねてより科学者の間で共有されていた疑念が確信に変わった。この宇宙にはパルエ人の理解が及ばない生命も存在しうる。それは敵対的な存在かもしれず、しかも平和的な解決が決して不可能な存在かもしれない。ルーンのリン-窒素生物自体は、ルーンの地表に着陸しない限り脅威ではない。しかし、これから宇宙探検を続ける中ではるかに危険な存在に出会わないという保証はどこにもない。いや、何もせずとも突如として宇宙の恐怖がパルエに襲い掛かってくる可能性すら、誰もゼロだとは断言できないのだ。現に外惑星系への宇宙空間には正体不明の機雷が敷設されている。捉えようによっては、未知の脅威によって我々の制宙権が侵害されていると言えそうだ。事態は一刻を争うのかもしれない。

パルエ連盟加盟諸国と、旧文明から生きている4体の知能達。彼らは全会一致でパルエを守る宇宙規模の軍事組織に賛成したのだった。

"外なる脅威に対しあらゆる手段を用いて、我々の独立と自尊、我々の揺りかごであるパルエの大地と海を守る、人類連合の総軍"なのである。

 

「まぁ母体になった連盟空軍はムロボロドの古巣だし、組織の大幅な変革に色々と意見はあるかもしれんが」以上のことを踏まえて、ダウードは話した。「少なくとも、その理念があったからこそ我々は真にまとまることができた。それは事実だ。小さなパルエの表面の国境線をちょっとずらすために陸軍を用意するとか、そんなことするより他の惑星を開拓して、未知の脅威に対抗する宇宙軍をみんなで運営した方が現実的というような時代になったんだ。今じゃみんな大真面目に宇宙艦隊だの惑星要塞だの研究してる」

アトイはサルダキにまぶした砂糖が偏ってることに気を取られつつ、それを聞いて凄い時代になったもんだなと改めて思った。ムロボロドもそれは分かってるよといった感じで頷いて、こう返答した。

「確かに、半世紀前なら小国と言われてきた一部の国々も、裏側や惑星に入植していって、巨大な資源と市場が手に入るようになってからは人口も経済もうなぎ上りだ。パンゲア大陸で今更戦争する意味はまったくなくなった」

「"昨日の発見"で、ついに宇宙防衛軍も初陣かとか言われてるしねー」

「おいおい、そりゃさすがに報道が飛ばしすぎだろ。まだ何も分かってない。確かに学会の最中にあの写真が送られてきた時は度肝を抜いたが……」

「私たちも懐かしの探査任務に復帰ですかね。パルエ宇宙防衛軍・軍属宇宙生物学者のミト! ひゃーかっこいい」

ミトとムロボロドの話に付いていけず、ダウードはサルダキを食べる手を止めて質問する。

「待ってくれ、昨日の発見って何なんだ」

「ん、聞いてないのか」

現役の宇宙防衛兵だろ、というムロボロドの突っ込みに、ずっとテストパイロットで飛んでたんだよ、数日はシャバのニュース見てないよ、とダウードは答える。その間にミトが鞄から何枚か写真を取り出してきた。

「例の、ショットガン計画。粗製乱造のばら撒きって言われてたやつね。第三次の59番機が写した奴がね。対象は、小惑星724番。全長数百レウコの小惑星だと思ってたのが、実はね」

ミトから手渡された写真を受け取って、ダウードとアトイは眼を見開いた。

小惑星の全体像。いや、違う。そこに写っているのは砂礫積もる岩の天体ではなく、明らかに人工物だった。小惑星の一部にオブジェクトが、という代物ではない。小惑星だと思われていた天体そのものが、何らかの巨大宇宙船なのだ。

写真を繰る。2枚目に移っているのは、より接近して撮影された画像。金属的な質感のある外装は、ところどころ損傷し、あるいはデブリに当たったのか衝突痕が見受けられる。相当古い時代のものらしい。

3枚目。少し移動した位置からの撮影。外装の一部は剥がれ、中に何らかの構造があるようにも見える。しかしカメラの性能が悪いのかよく分からない。他にも小さな破孔が散見されるが、いや、全体の大きさを考えるとこれでもこの空港サイズの巨大な開口部かもしれない。

4枚目。別アングルから、再び全体像を撮影したもの。この写真なら"巨大宇宙船"の全体像がよく分かる。全体的には、魚類のようなスマートな形状に、ヒレのようなものが生えている。無数の機材や配管、外装などが剥がれ曲がって朽ち果てている。細かいところはやはりよく分からない。

「写真はそれだけ。探査機の旧文明センサには何も反応なし。そもそも旧文明の宇宙船としてもありえないほどの大きさ。物体としては機能していないか、あるいは旧文明製ですらない何かか……」

と、ミトは補足した。

「それだけか」

「それだけだよ。安物探査機だもん。目標まで大雑把に飛んでいって、ちょっと軌道修正して、最接近時に写真をぱしゃぱしゃっと撮ったらミッション終了」

ダウードはため息をついて4枚の写真をミトに返した。

「それなら……例の"賢者たち"はなんて言ってるんだ」

"賢者たち"とは旧文明の生き証人である「セイゼイリゼイ」「ミケラ・ダ・スウェイア」「ネタルフィー」そして「ハーブェー・ウィラシック」の4体の人工知能のことだ。現パルエ人の一部の学者や軍人は、敬意を込めてこのように呼ぶ人もいる。

「公式にはノーコメントだよ」ミトは両手を開いて、なぜか嬉しそうな顔で続ける。「パラドメッドに居る友人に聞いてみたんだけどね。みんな大混乱だって。旧文明のあらゆる知識を持った"あの人ら"でさえ、ここまで巨大な宇宙船を造る技術は無かったはずなんだって言って議論は紛糾してる。あの規模の巨大宇宙船を建造した記録、どころかそれだけの資源が残存していた状況証拠のひとつすら思い当たらない、ありえないと……んで、ここからは私の見解だけど。あれは宇宙人の侵略の証拠だよ。パルエ宇宙防衛軍の出番だよ!」

「分からんが、まだちょっと気が早い」

と、ムロボロドは首をすくめた。しかし衝撃のニュースを聞いた直後のダウードとアトイは、すぐさま笑い飛ばす気分にはなれなかった。

 

 

同時刻・フォウ王国 オルドヴァ極域研究所遊星物理学チーム

 

「どう思う?」

ほの暗い部屋の中、ブラウン管に顔の半分を照らされたエディは、同じく画面の光に照らされた学生のルッツに呆れたように呟いた。

「どうもないですよね、これは……ホントに計算合ってますかね」

「合ってる。過去300年間の全天体の観測記録をぶち込んで、まったく誤差がなかった。これまでのどんな天体シミュレーションより正確だぜ」

「……」

「ウィトカで見つかった旧文明のシャトルな」

少し言葉を区切って、続ける。

「まさか、渦中の小惑星724番から出発したとはな」

しばしの沈黙。

「なんか……すごいですね」

あまりの驚きか、しばらく経って出てきた妙に平凡な学生の感想で、少し笑顔になったエディは立ち上がって伸びをした。

「疲れたなぁ。結果出たから論文にしてまとめるぞ。……その前に腹ごしらえにでも行こうかね。ひょっとしたら、俺達3か月後には宇宙行ってるかもしれないぞ」

最終更新:2021年12月31日 13:22