3か月後
パルエ近傍宇宙空間 軌道上中継拠点
「やあ。魚の骨に泊まったのは初めてか?」
たった今開いたドッキングハッチから顔を出したエディは、挨拶もそこそこにニヤニヤして言い放った。人ひとりがやっと通れるぐらいのハッチをくぐり、輸送ドラム缶と大差ない太さの与圧部に乗り移る。彼の目の前で疲れ顔のミトがぐるぐる巻きの寝袋に詰まっていた。まるでミノムシだ。ぼやっと宙を眺めるミトは表情一つ変えずにぽつり。
「……狭すぎる。ワイゼン以下の居住空間のステーションって何なのよ」
「居住モジュールなんか撤去されたさ」
エディは軽い口調で寝袋のミトの隣を移動し、寝袋の足元にあるオーブンの蓋を開ける。ふたりは狭苦しい円筒の中ミトとエディの頭と足が反対側に浮いている状態となった。
「宇宙局は合理的だからな。広くて充実した設備の居住モジュールはこんな内地の中継拠点から取り外されてもっと辺境の星で大活躍してる」
エディはごそごそとポケットを探り、香辛料入りスープ粥の真空パックを取り出した。オーブンに入れてツマミを適当に回す。
「けちくさ」
ここ「第拾壱 解放記念宙継泊地」はパルエの第二衛星、メオミー周回軌道上にある有人機中継拠点である。深宇宙へと旅立つ前線ステーションだともてはやされたのも今は昔、パルエ人の活動がウィトカやエイアに広がるにつれて後方の予備機材となっていった。
エディが言うように立派な居住区や実験モジュールはとうの昔に取り外され、他惑星を回る新型宇宙ステーションや月面基地へとリサイクルされている。代わりに第拾壱泊地に増築されたのは「与圧延長ノード Ⅰ型」などという量産品のトンネルばかりで、なんとも細く情けない見た目となっている。チューブユニットばかりで身がない「魚の骨」のようなこれらは、パルエの内衛星宙域に半ダースほど散在している。月面基地要員を乗せた船舶をたまに迎え、燃料補給や整備ができる宇宙泊地ということになってはいるが……
「細長いトンネルばかりで居住空間が手狭なのはまだいいとして」寝袋がごそごそと揺れ動き、ミトはそこから上半身を脱した。「補給も修理もセルフサービスってどういうことよ!」
ミトは新品の宇宙軍技官の制服を着ていた。くちゃくちゃの寝袋から足を引っ張りだしながら、あぁもうしわしわ、などと愚痴をこぼす。
「ここに何日泊まって、そのうち常駐職員がいたのは何日間だった?」
そう聞くエディは、オーブンの中のスープ粥がぽこぽこと煮立ち始めたので慌てて扉を開けた。
「5日目。ここの船長と言ってた人は2日目には連絡艇でメオミーに降りていって音沙汰無しなんだけど」
「あんたが乗ってきた船は」
「その船長が乗ってった連絡艇で乗り逃げされた。ねえなんで宇宙局肝いりの探検家の扱いがこんなに酷いんよ」
エディは鼻で笑いながら真空パックに入ったスープ粥のチューブに口を付ける。
「隊員はメオミーに現地集合だもんで。というか俺達と一緒に来ればよかったのに」
ワイゼンの量産機に乗ってきたんだぜ、とエディはドッキングハッチを指さす。そこからダウードが顔を出してサムズアップした。もう一人、眼鏡を掛けた若い男も手を振っている。
「あのヤングボーイは?」
「うちのラボの学生だ。ルッツっていう」
「あーよろしくね!」ミトはルッツに愛想よく手を振り返し、エディに振り返る。「……んで、あの学生君はワイゼンに乗せるのに私は放置か。ルーンで同じ飯食った私はもはやお前の子分以下か」
「ここで5日居たってことはメール回したころには君もう宇宙に出てただろ。タイミングが悪かったな。久しぶりの宇宙だからって急ぎ過ぎたんじゃないか」
ミトはため息をついてここはニヂリスカのサービスエリアより酷いさと愚痴りつつ、狭さに四苦八苦しながら寝袋のエアを抜いて丸めた。寝袋を収納棚に納めたミトは窓の外に目を遣る。ちょうどメオミーの地平線からパルエが昇ってくるところで、ほの蒼い光に照らされたメオミーの夜の部分に巨大なクレーターが見て取れた。
旧人類の夢の跡、シヴァ・クレーターだ。それが形成されたのはミトが初等学校の頃だった。当時を生きていた人ならだれであれ、あの時に感じた衝撃と人々の狂乱を覚えているだろう。ステーションの公転でクレーターの反対側の縁が地平線から現れはじめ、稜線に沿って人工の明かりがぽつぽつと煌めいている様子が目に入る。かつて世界を沸かせたこの地に、今や多数の人が住んでいるという事実に奇妙な倒錯感を感じていた。
メオミー地表 "シヴァ・クレーター"
荒廃した大地。真空の地表、クレーターの縁部に一人立ち尽くす存在があった。目前の地面を踏みしめる。そこは岩滓でできたメオミーの地殻が再融解し、ガラス質へと変成していた。巨大なクレーターは地平線を超え、小さなメオミーの弧にそって果てなく外輪山が並んでいる。クレーターの中央に小さな記念碑が建っている。
これを作ったのは、彼女の意思によるものだ。彼女は宇宙服を着ていない。
彼女は背後で音がしたので振り返った。いや、正確には真空のメオミーで音は聞こえないのだが、足先にある振動センサが背後に寄る質量を認識したのだ。背後から彼女に近寄ってきた球体は、標準プロトコルの通信レーザーを彼女の目に照射した。空気の振動に頼らない「言葉」だ。
『やはりここにいましたか。君は外でたそがれるのが好きですね。スウェイアさん』
スウェイアは首をすくめて、ため息をついたようなそぶりを見せた。もちろん口から空気は出てこないが。
『摂取した酸化剤の量からしてあと3時間は真空曝露可能でしょう。"冒険家"達の到着をよりによってこんなところで眺めるつもりだったのですか?』
スウェイアもデジタルデータで、その球に言葉を返した。
『ネタルフィー、あなたもそうだったの? "第二世代"の専門家もたまには散歩?』
『否。スウェイアさんが散歩した理由について把握するため。ここに来ていることが想定されましたので』
『理由、あれよ』
ネタルフィーのパノラマカメラは、スウェイアの指さしたシヴァ・クレーターの中央に向き直った。ネタルフィーはハイズームでクレーター中央に建てられた石碑の碑文を読む。
『"過ちを超えて、もう一度 735年13月 パルエ連盟"と記されています。リスクからあの時の私は水爆実験に反対していましたが、蓋を開けてみればあなたの見立て通りに進みました』
初期のパイロットたちが火山礫とスコリアにまみれたメオミーの洞窟で見つけたのは、地下バンカーに大量に備蓄された旧文明の核兵器だった。当初"反応がない死んだアノマリー"と分類していたそれらは回収され、パラドメット研究所で分析された。まもなくそれらは、パルエ人にとって全く未知な技術体系でできた『旧式大量破壊兵器』だったことに気が付いた。リコゼイ砲やオクロ爆縮装置のような局所的な貫徹力や破壊力こそ持たないものの、猛烈な火球と衝撃波で数十キロ圏内を完全に焼き払う『究極の榴弾』であるこれらは、現生人類にとっては手が届かない代物であるはずだった。パルエ地表のウラン鉱山は旧文明の手によって完全に枯渇してしまっていたからである。宇宙派の人々か、それ以前に進出した人々かが来るべき最終戦争に備え、メオミーに大量の核兵器と核燃料を備蓄していたのだった。それは極秘裏に行われたようで、"賢者たち"にとっても完全に想定外のことであった。
リゼイは慌てて核兵器の安全な無力化と放射性物質の取り扱い法、核の平和利用技術を開示しようとした。ハーヴもそれを支持した。それらの声は大量破壊兵器の回収に色めき立った国際連盟の場で弱く、スウェイアの「それなら一度ぐらい使ってみろ」という主張が通ってしまったのだった。
宇宙時代のとある昼下がり。数か月前からニュースをにぎわせていたその日その時間通りに炸裂し――このシヴァ・クレーターが形成された。パルエ全土から肉眼で目撃できるほどの閃光は人々の脳裏に強く焼きつき、出力1ギガトンの熱核弾頭は消え去った。後に、人々の持つ価値観の永続的な変化だけを残して。
『……半世紀前にこのクレーターが生まれた時の畏怖と熱狂は、貴重な群衆心理サンプルとして私の流体データバンクにしっかりと記録されています。現文明の集団心理については私よりスウェイアさんの方がよく認識できていたと思われます。大量破壊兵器を禁忌のものとし、全世界の人々が平和のためだけの連合を組むことを実行に移したのは、パルエの地に人類が誕生してからこの時が初めてだったのかもしれません』
スウェイアはそれに何も答えず。瞬きひとつなく凍り付いた星空を仰いだ。月面ではしんと静まった大気が彼女らを包むことすらない。
『……質問。スウェイアさんが小惑星724番に関して、我々より更なる情報を把握している可能性について』
いくらかの無言の後、ネタルフィーはスウェイアに言葉の光束を当てる。
『どうかしらね……』
『現文明人はこの場にいません。不確定要素を多分に含んだ低論理性洞察でも構いません』
『……ノーコメント、よ。確定的ではない夢想を他者に伝えるほど、私は曖昧でいたくない』
『それは憶測が確実になるまで話したくないためでしょうか。それとも私に話すことがリスクファクターであると判断したからなのでしょうか』
『……話しておく動機がない。いずれ明らかになる』
『それは確信をもって?』
『そう。手を打つにはもう遅すぎる。そのために私がいたはずなのに』
それきりスウェイアは黙りこくってしまった。ネタルフィーはしばらく左右にふらふら揺れる。ネタルフィーがその意味を理解しようとし、しかし受け取り切れず価値判断を保留とするまで、しばらく言葉のやりとりは途切れた。
『ところで』再びスウェイアは言葉のレーザーをネタルフィーに照射する。『あなたもリゼイも724番の探査には随行しないのよね』
『我々のオリジナルはいずれも、正体不明の存在に踏み込む以上リスクは踏めないと許可が下りませんでした。リゼイはパラドメット研究所で趨勢を監視し続けると。私は今後もこの基地で助言者をし続けます。ハーヴさんの分身は旅立ちますが』
『コピーは』スウェイアはクレーターの縁に座りこんだ。『本物じゃない。私はなんとしてでも行きたかったわ』
『許可が下りなかったことは残念でした』
『何かあったら、あとのことは頼むわよ』
スウェイアは本気とも冗談とも取れない、真顔でネタルフィーの方に振りむいた。
『先ほどからあなたの真意は測りかねますが、リスクを取らないでください』
スウェイアはぼやっとした視線を宙に泳がしながら口を開いた。
『こう長く生きているとね、自分が不滅の存在である気がしてくるのよ。たまには博打に出るのも悪くはない』
ネタルフィーはセンサに飛行物体が検出されたことで、スウェイアらしくない刹那主義への返答を言いそびれた。スウェイアもその飛行物体をじっと見つめていた。
『冒険者たちが来たわ』
ネタルフィーのカメラはそれを捕捉する。月往還仕様のワイゼンが1機、陽光を反射してきらりと光る。猛スピードで2体の頭上を通りすぎ、メオミーの基地へとアプローチングを開始していた。大気が無く低重力のメオミーでは滑空できないため、かの機体は推力偏向装置を用いて下方にスラスタ噴射し、地平線近くに見える平坦な飛行場へと降下していった。ネタルフィーはいっぱいまでズームしその光景をしばらく観測した。スラスタ噴射と運動の法則からワイゼンの質量分布を推定し、乗員数と貨物重量を思考する。しばしばメオミーに発着する宇宙機の物理運動から内容物を計算して答え合わせをすることは、メオミーに配置されてからのネタルフィーのひそかな楽しみとなっていた。飛行場に垂直着陸するとすぐ、サーチライトの明かりに埋もれてワイゼンが見えなくなったので、ネタルフィーはカメラをスウェイアの座っていたところへと向き直した。
『……それで、あなたは』
そこには何もいなかった。ただスウェイアの足跡のみが基地の方へ点々と続いているだけだった。
第二衛星メオミー 国際共同監視区域 "ザイル・トゥバーン要塞"
細かな塵が空気になびくことによって埃が立つ。真空の月面でレゴリスは巻き上がらず、放物線を描いてすぐに落ちる。機体は静かにメオミーに垂直着陸し、推力偏向スラスタが上げた飛行場の塵も数秒で静まった。飛行場とは名ばかりの、基地近辺を長方形に整地しただけの砂場である。月往還機のメオマルワイゼン、その隣には巨大な船舶が着陸していた。宇宙船というより、無蓋車のような簡素な船体に小さな与圧カプセルがくっついているだけである。どうもエンジンのようなものも見当たらない。メオマルワイゼンから降り立ったミトは、その不格好な大型船を見て感嘆の声を上げた。
「はぁ~なんて巨大な風呂桶……」
その言葉をはっ、と笑い飛ばしながら、ミトに続いてメオマルワイゼンのタラップから姿を現したエディが説明した。
「宇宙はしけのソケッタだな。ああいうタグボートロケットにドッキングして、よくメオミーとセレネを往復している。セレネで採掘・集積された物資をバラ積みしてこっちまで持ってくるのさ」
エディが指さした先には補助浮遊機関と立派なエンジンを搭載した着陸船が数機泊まっていた。なるほど自力飛行せず動力機とドッキングして使うらしい。
「そっかー、メオミーも"宇宙軍"創設以来どんどん開発が進んでるもんね」
ミトは飛行場に立つ。宇宙艀から振り返りメオマルワイゼンの背後に広がった基地施設群を見渡した。空気がないから霞むことなく、基地に設置された多数の照明群がボコボコの丘陵をぎらぎら照らしている。月面放射線対策なのか、居住施設の半分近くは丘陵の地下に埋まっているようだ。彼女の後ろにはエディとルッツ、メオマルワイゼンを操縦したダウードもそれに続いて月面に降り立った。まもなく与圧キャビンを備えた六輪の月面車がのっそりと姿を現した。
このトゥバーン基地はシヴァ・クレーターから数キロの位置にある緩やかな丘陵地に建設された、パルエ衛星系最大の宇宙複合基地だ。その誕生はセレネの基地よりは新しい。スウェイアの提案した水爆実験が実行され、シヴァ・クレーターが形成された。その想像を絶する威力に慌てた連盟が、国際協力の元で核備蓄バンカーの確保と無力化を目指して、前身となるメオミー核監視基地が建設された。古代人の残した核兵器とプルトニウムは国際機関の監視の元無力化・解体され、複製オクロ機関やソーラーパネルで間に合わない大電力施設などで使用する原子炉へと流用された。ルーンに向かったピシア宇宙船が搭載していた原子炉もこの核燃料によるものであった。
そのルーン探検をきっかけに宇宙軍が発足し、パルエを宇宙の脅威から守ることが真面目に取りざたされるようになった。パルエという惑星の防衛を考えたとき、周囲を回る空気の無い衛星は深宇宙の哨戒という点において絶好の存在だ。メオミーはよりパルエから遠く、空気が無いため大型の望遠鏡や観測施設が運用しやすい。セレネよりさらに重力が弱いことは建設や重機の運用に有利だ。そういうわけでメオミーのこの基地は、深宇宙からパルエを防衛する要"衛星要塞"に位置付けられた。荒涼とした丘にポツンと立つだけだったこの基地は集中的に開発され、科学者や技術者、宇宙軍関係者などの職員が数千人規模で常駐するようになった。ウィトカの基地は最大でも150人規模、常駐職員は20~30人程度だから、その規模の大きさが分かる。旧文明の残滓というオアシスをベースにして砂漠の地に急速に現れた基地を、500年代初期のザイル砂漠オアシス都市群の要塞化になぞらえ、いつしかこの月面基地はザイル・トゥバーン要塞と呼ばれるようになっていった。
「この基地に存在する施設は望遠鏡やSBアイ反重力子観測装置による集中的な宇宙監視網、パルエとの高速通信局、大規模な宇宙港に発電区域、職員向けの居住区とインフラ施設に物資生産工場まで。軍事面では核兵器を備蓄していた地下施設を流用した要塞と……最近では宇宙戦闘を研究する実験部隊が展開して演習やらしてるらしい。俺達がルーン出発前に訓練に立ち寄った時から、メオミーもえらい変わったもんだな」
ミト、エディ、ダウードを飛行場から基地のエントランスまで運ぶ与圧月面車に揺られながら、トゥバーン基地の概要を記した案内プレートに目を通したエディが言った。
「ああ。私だって、この前トゥバーン基地に来た時は発展ぶりに驚いたよ。ウィトカより一桁は大規模だ」
飛行場で4人を迎え、月面車を運転するメロカが答えた。
「ピューイヤ!」
「お、ホラちょうど左の方に。宇宙軍部隊が演習をしてるとこだ。『惑星騎兵第一師団 遠征大隊 メオミー駐屯 装甲化小隊』だとさ。宇宙軍本部は異星に展開したパルエ初の実戦精鋭部隊だとドヤってるよ」
と言ってもたった100人規模の戦技研究部門だがな、と鼻で笑いながらメロカは、ピチューチカが鳴いた方を一瞥し、親指を向けた。エディ達4人は見ると、やや離れた砂丘の稜線から角ばった戦車がレゴリスに絡まりつつドテドテと走行していた。後ろに特徴的な見た目をした装輪装甲車が4両ほど続く。それらは彼女らにとって見覚えのあるものだった。
「あれボラッタかな?」
「そうだ。ボラッタ歩兵戦闘車のメオミー仕様車だとさ。先頭を走るのは連盟メルパゼル管区軍が保有する720式キュマロ主力戦車の宇宙バージョン」
「あ、こけた」
ルッツが呟く。最後尾をゆくボラッタが、砂丘の稜線を超えようとしてバランスを崩し派手に転倒した。斜面をごろごろと転がる様は低重力下でスロー再生のようにゆっくりと間延びして見える。キュマロ戦車が停止し、何らかの旗を立てる。演習中止かなにかということらしい。残るボラッタの後部から扉が開いて宇宙服を着た兵士が20人ほど集まり、ひっくり返ったボラッタに駆け寄っていく。
「なるほど、初歩的な練習からってとこか。こんなんとても"本番"にゃ使えやしないな」
エディが転倒ボラッタからフラフラ目を回してはい出てくる"精鋭部隊"の様子を見ながらぼやいた。
「笑ってるうちが華さ。本番なんて永遠に来てたまるか。……ほれ、もう着くぞ」
メロカの運転する月面車が、複合施設群の端部であるエントランスユニットに滑りこんだ。このユニットは月面車の格納庫も兼ねる大型エアロックとなっている。5列ほど並んだカマボコ状のガレージに月面車を車庫入れすると、チューブ状の有機気密管が月面車の側面にある扉部分に接続される。車庫の半分は気密となっており、このチューブを経由して車内から直接基地内部へと移動することができる仕組みである。
人ひとりが立って通れる程度の気密通路内をしばらく進むと、直径20メートルほどの広さを持つ楕円形のエントランスホールへと出た。トゥバーン基地にいくつかあるエアロックや車庫通路にはハブとしてずれもこのエントランスホールがあり、基地の職員が雑談やちょっとした議論に使っているラウンジ空間となっていた。このホールからは各ガレージに続く他の通路が半ダースほど別々に伸びており、正面に見えるバルクヘッドの奥には、ホールから別の区画に繋がる通路が続いているようだ。ホールの側方は高張力蛋白膜の窓があり、大型月面車がまた別のガレージへと入庫しているところだった。ホール内にはトゥバーン基地の全貌を表した模型が中央に、その周囲にいくつかの椅子とテーブルが雑に配置されていた。そこにいる数人は皆顔なじみだった。
「やあ、お疲れ、メロカ。ミト、ダウードとエディ、久しぶりだ」
ルーンへの冒険で母船船長を務めていたムロボロドだ。その時に同行した他のメンバー、アトイとクルツもその場にいて手を振っていた。彼らは全員宇宙軍制服や軍属技官の惑星作業服を着用している。
「おおみんな、久しぶりだな。あの時のメンツが全員揃ったのはナントカいうドキュメンタリー撮影で集まった時以来だなァ」
「ピーヤ」
「ピュイヤ」
「ピチカとセニャまでいるさ」
メロカが足元のクルカ二匹をつま先で小突く。数年ぶりに顔を合わせた7人は挨拶ののち軽い歓談や近況報告を済ませた。エディが連れてきた一番若い学生のルッツは人気だ。色々と質問が投げかけられていた。
「……それにしてももう6年か。皆相応に貫録が付いたようだな」
「ルーンに向かい始めたのも一昔前の話だ」アトイのつぶやきにメロカが返した。「それで。現地集合とは、トゥバーン基地のエントランスじゃなく地下要塞でと、聞いたんだが。こっからどう向かえばいいのかな」
メロカが7人を順に見回す。7人とも聞いてない、とでもいう風にきょとんとしている。
「ピ?」
「お前には期待してない」
ムロボロドがああそういえば、と思いだしたように言った。彼は現役の宇宙軍士官だ。
「いや、ここで待ってれば担当者が来るっていう話だった」
「待ち合わせか」
メロカが椅子にどかっと腰を下ろした瞬間、背後のバルクヘッドが開いた音が聞こえ聞き覚えのある声が彼女の耳に入ってきた。
「私が、その担当者です。どうぞよろしくお願いいたします」
7人が姿勢を正し敬礼する。よく見るとクルツの片眉が上がっている。嫌な予感がして振り返ったメロカは一瞬敬礼したものの、その男の顔を見るや否や顔に手を当ててしゃがみ込む。
「なんでお前がいるんだよ!」
「宇宙軍銀三等級のコルチクと申します。皆さまこれからの探検任務に数年間御付き合いいたします。お見知りおきを」
メロカを除いた7人はコルチクと順に握手する。メロカはしゃがみ込んだままだ。
「数年間こいつと一緒? 馬鹿なのか? こいつ何かと面倒くさいんだよ~~」
「はっ言うな、メロカ。いや、彼女とは昔からの知り合いなもので、お気になさらず。……さて、今回のミッションの目的地、小惑星724番まで向かう宇宙船のところへと行きましょう」
コルチクがバルクヘッドから基地内へと向かう通路へと歩き出し、7人と1匹もそれに付く。最後にピチューチカがしゃがんだメロカの頭をはたいた。
「分かってるよ。行くよ。ピチカめ生意気な」
メロカもピチューチカの頭を指ではじき返してから立ち上がり付いていった。
エントランスホールから先ほどより広くなった通路をしばらく進む。あ、よく見たら魚の骨と同じユニットじゃんこの廊下、とミトが呟いた。ノードになっている部屋から階段を下り、地下に3階分ほどを占める場末のホテルのような設備をした居住区画、その端に駅があった。そこからクルカコースターのような簡素な貨客モノレールで数分移動し、降りた駅から廊下を行くとすぐ行き止まりに到達した。そこはT字になっており、エアロックが並んでいる場所だった。
「ん、その集合場所ってのは外なのか」
「そうですね、正確には地下ですが。与圧されてませんので着替えてください」
ここのエアロックはカプセルホテルを縦にして1列に並べたような設備だ。それぞれのカプセルが1人用の小さなエアロックになっており、内部にサイズ可変の半生体式船外服が用意されている。メロカ達9人と2匹以外にもちらほらと作業員らしき職員がエアロックに出入りしている。20人分も用意されているところを見る限り、この先の施設はかなり需要が多いらしい。
船外服を着たメロカはエアロックの反対、真空側の扉を開ける。そこは切りだした岩盤がそのままの未舗装トンネルで、十数メートル前方に建材用エレベーターが鎮座していた。
「まだ下るのか」
「もうしばらくです」
クルツがメオミー特有のボロボロな岩盤に触れながら「これスコリアか……」などと呟いている。扉もない大きな籠のような建材用エレベーターに乗りこみしばらく降下する。ごつごつした岩盤が高速で上に流れていく。
突然、目の前に大空間が広がった。メロカ達は感嘆の声を上げる。
青や緑のフラッシュライトに照らし出された広大な空間だ。エレベーターはその端のあたりに設置された支柱に沿ってなおも高速で降り続ける。鉄骨は心細いがメオミーの重力は弱いからこれでも大丈夫なのだろう。
「氷だ」
背後の岩盤をずっと眺めていたクルツが驚きの声を上げた。発泡した火山岩に混じってしばしば氷の層が貫入している。広大な空間の方へと視界を移動させれば、青いライトを反射して氷がキラキラと反射している様子が見える。メロカが下を覗きこんでみれば、百メートル以上下方で巨大な宇宙船が1隻。さらにその両サイドに同じ程度の船の骨組みが途中まで組み上がっていた。周囲に目をやると大型の探査機や宇宙ステーションのモジュールがところ狭しと並べられ、製造が続いているようだ。それらの間をいくつもの月面車が貨車を牽引し、あるいはトラックや建設機材が行き来していた。
「地下造船所か!」
「ご名答、メロカ。宇宙局と連盟軍が合同で開発し、最近稼働を始めた最新鋭の製造拠点です。重力が弱いから重資材も楽々使用できるのでね。セレネの地下で見つかった、旧文明が中途半端なパルエフォーミングの為に備蓄していた炭素資源やら軽元素やらを、輸送船でメオミーに持ってきて各種資源に加工します。この空間のちょうど真上に物資加工工場がありまして、製造された装備はこの造船所で艤装します」
「落盤しそうだが」
「その点は大丈夫です」コルチクは疑問を投げかけたムロボロドに向き直って答えた。「旧人のオリハルコン建材で支えていますから。もともとはこの地下空間も彼らのパラパルエフォーミング実験場か何かだったようで、力学的には安定しています」
「初耳なんだが……コルチク。この施設隠しておく意味ある?」
「ま、曲りなりに軍事施設だからな。宇宙軍アーキル支局の管轄なわけで……」
「ああ」メロカは察したように苦笑した。「うちらが言えたことじゃないが、あそこは杓子定規な規則を当てはめたがるからな。機密にしまいがパルエ侵略を考える宇宙人のスパイなんていないだろうに」
「だが、新兵器も製造してるな? あれを見ろ」
アトイが指さした先に8人と2匹の視線が集まる。造船所の中央に鎮座する巨大な宇宙船が青白いフラッシュライトを反射して煌めく。その宇宙船がただの輸送船などの類ではないことは、甲板上に設置された2基の三連装砲塔が示していた。
「サイズは前時代のガリアグル級軽巡ってところか。スタイルは宇宙船そのものだが、俺達が昔乗ったピシア号と比べてはるかに洗練された設計に見える。新型の戦闘艦だ。宇宙戦艦を建造していたという噂話が事実だったとは」
ダウードが目を細めて観察し、感心したように言った。
「正確には戦艦じゃないですがね。第一世代掃宙巡航艦『ルスラン』です。新技術のフェゾン・ドライブを使用することで大搭載力と航続力を両立できるようになりました。つまり、これまで裸同然だった宇宙船に装甲と武装を載せられるようになったのです」
「ガスしか使えなかった連邦軍が浮遊機関を使えるようになったようなもんか」
ダウードが納得したように呟く。
「主な任務は掃宙……つまり、小惑星帯やらに分布する機雷原にわざと突っ込み、これを引き寄せて撃破することです」
「探査機を飛ばしても飛ばしても撃沈してくる機雷に対して、宇宙局も無策ではなかったか。存外、頼もしいな」
メロカが皮肉的に笑う。
「できれば機雷を鹵獲して調査も行うべきだな」と、ダウード。「で、我々はあれに乗っていくというわけか」
「そうですね。私と、ルスランの乗員が約120名。それからあなた方と、あと数名ほどの科学クルー、記者も1名名簿に入ってましたね……」
「あんたの役職は?」
メロカがにやにやと尋ねる。
「砲雷長だ」
「マジ!? 本気でお前そんな階級なのか!?」
「ああ。念願の宇宙艦の砲雷指揮になれたぜ」
ウィトカで揚陸艇の操舵手などしていたもんだからてっきり下っ端かと思い込み、ここぞと弄ってやろうと考えていたメロカは予想外の返答にたじろいだ。
「お、おお。まぁ、私は6年前にはルーンで戦車走らせてたからな。クレバスジャンプしたりしたし。わ、私よりずいぶん遅かったな。お前」
「そりゃどうも」
ケピピピ、とピチューチカ上げた笑い声はエレベーターが造船所再下面に付いた衝撃でメロカには聞こえなかった。
メオミー地下大洞窟 複合造船所「アーキルの頭頂」
「アーキルが主導したから付いたあだ名がアーキルの頭頂か」
エレベーターからルスランまで移動の月面ジープに乗りながら、話を聞いたメロカがケラケラと笑った。パルエにはアーキルの鼻と呼ばれる地域があり、500年代から北半球一の巨大造船所だったのだ。それにちなんだのだろう。
数人はジープの牽引する貨車に乗っている。エディは弟子のルッツと何やら話をしている。クルツは何気なく、彼らの指さした方を見る。大きなロケットの胴部を抱えた装脚クレーン車やら、爆発物印の入った装軌式のタンクローリーやら、職員輸送の与圧生体ホバーバスやら、多彩な工事車両が行き来している。表情には決して出さないものの、かなり愉快な光景だ。楽しくなってくる。頭上に視線を移動させる。地下空間はフラッシュライトで非常に明るく照らし出され、ところどころ氷や結晶がそれを乱反射させ輝いている。岩盤の天井には吊り下げ式のクレーンが縦横無尽に動き回り、ゴンドラのような作業所が七色の光をサーチライトで照らしている。上から監視して建設作業を指揮しているのだろう。なかなかに幻想的な光景だ。
ジープがルスランに接近するにつれて、彼の視線もルスランに引き寄せられる。こうしてみると巨大だ。船体下部にも砲塔があるほか、艦橋周りには所狭しと対空火器が並んでいる。機雷から身を守るためだろう。ルスランの両サイドには同じぐらいの大きさの骨組みが並んでいた。ルスランの姉妹艦が建設中なのだろうか。
ぼんやりとそこまで考えたところで、クルツは見慣れた顔がルスランの元に立っていることに気付いた。ジープはそこまで走り寄り停車した。
「あんたは確か……ナテハ君か」
「あっ、お久しぶりですわ♪」
『クルツ博士か。半年ぶりだ、ウィトカで出会ったね』
ナテハの隣にある月面探査用のローバーからも挨拶が返ってきた。
「そのローバーはひょっとして……ハーヴ君もいたのか。久しぶりだ」
『賢者達』とお知り合いなのか、クルツさんも中々大物ですねぇ、というミトの茶々を受け流し会話を続ける。
「あなた方もルスランに乗って724番の探査に?」
「ですね。皆様方と同じく科学クルーです。どっちかっていうと技術の方の人間ですが。リパブリア工科大の博士研究員で専門は旧時代の宇宙エンジニアリングです。このハーヴ先生6号ともどもよろしくお願いしますね」
『はは……よろしく』
ナテハはメロカ達に何度か頭を下げる。挨拶する時に頭を下げるのはメルパゼルの方の分化だな、そういえば今回もこの人の船外服はやたらヒラヒラした装飾が多いな趣味なのかな、とぼんやり考えていると、後ろ遠くの方から声が掛かった。現在使われている最新型の宇宙ヘルメットは、無線で拾った音声に距離と方向の情報を乗せてバイノーラル音響で自然に表現できるのだ。
「あぁ~、ルーンへ飛んだ冒険家の方々が! 皆さん皆さん、私もです! 混ぜてくださいな!」
メロカ達が振り返ると、パタパタとこちらに駆け寄ってくるひとりの女性がいた。いや、その身長を見るに女性というより少女と形容した方がいいかもしれない。ともかく彼女は駆け寄ってきた。船外服のカラーをよく見ると警備戦闘要員でも科学者でも技官でもない、民間人の灰色だった。
「あなたは。ここは軍施設だが、許可は取ってるのか」
「と、取ってますよ。大丈夫です! 私は」
大ジャンプでメロカ達の元まで来たその女性は中腰になりはぁ、と一呼吸置くと、自信満々の表情でこう自己紹介した。
「マイカ・セルです! 『海洋気象・国際学術ジャーナル』の敏腕記者ですよ!」
そう言って船外服のサイドポケットから機械カメラを取り出し、ポーズを決めた。テンションが高い。十数人の人だかりの間で2、3秒の沈黙が流れる。
「……で、そのブン屋さんがどういったご用件で」
やっとのことでメロカが質問した。マイカという女性も我に返ってそれに答える。
「あぁえっとですね。今回あなた方の小惑星……? か、宇宙船? ええと、その724番の探検に際して、我々海洋気象・国際学術誌は宇宙局の厳格な抽選の結果、独占取材権を手に入れたのです。私もルスランに便乗して、今回の冒険を克明に記録するのであります!」
「あぁ、そういう……」
メロカは、私は別に構わないが、と呟きながら他のメンバーの顔色を窺う。
「取材は別に構わんのだが」メロカと目が合ったクルツが腰に手を当てながら聞いた。「その国際なんとか誌って初めて聞く名前だ。どんなジャーナルか知ってる人いる?」
クルツは皆に視線を投げかけるが、みな首をかしげるばかりだ。
「……弱小誌に当たったもんだな」
「弱小とは失礼なっ。まぁ会社自体は確かに駆け出しのベンチャー企業ですが。私の名前はニューポールとか皇国南方部族の間ではちょっとばかり知られてるんですよ。敏腕記者ですから」
メロカは微妙な地域ばかりじゃないか、ホントどんな雑誌なんだよという言葉が喉から出そうになったが、色々と失礼な発言なのでなんとか我慢する。代わりに「まぁ、無事探査が終わってパルエに帰ったら読んでみるよ」と言っておいた。
「別な質問だけど。君、いくつ?」
ミトが手を上げて質問する。確かにマイカの身長は小さい。それだけでなく、ヘルメットから覗きこんだ顔もどうも幼いように見える。個人差はあるだろうが、立ち振る舞いも含めて中等学校の生徒といった雰囲気だった。
「秘密です!」
「そ、そうですか……」
一応、連盟の規定では宇宙放射線量との兼ね合いから20歳未満は深宇宙へ飛行できないことになっている。メオミーに立っているということは成人してはいるのだろう。
「とまぁこんな個性的な方ではありますが、ちゃんと宇宙局の方で許可は取っています。こちら側の資料にも彼女の名前と身分は載っている。信頼していい人物ですよ」
コルチクのお墨付きでマイカはメロカ達に向き直り、元気な声でこう挨拶した。
「そういうわけで、民間人となりますが、往復2年6か月に渡る冒険にお付き合いいたします。皆さま改めましてよろしくお願いしますっ!」
数日後 掃宙巡航艦『ルスラン』艦内
『発進30分前。各員耐衝撃配置に付いたな?』ラパルドという艦長の声が座席横の通信機から聞こえる。メロカはルスラン艦内の居住モジュール、その最後尾にある座席に座っていた。
十数名ほどの科学者達とマイカはこの箇所で発進態勢に付いていた。残るルスラン乗員も配置状態でいるという。
メロカの座席は艦内の一番端だ。ちらりと左に視線を遣る。装甲シャッターは降ろされていないため、10センチほどの小さな窓ガラスから艦外の様子が覗ける。ルスランは洞窟造船所から台車に載せられ、巨大な搬出トンネルからひたすら斜めにゆっくりと移動している。
ガリガリっと音がした。窓から覗きこむとルスランの砲塔が搬出トンネルの突起を引っ掻いている。トンネルサイズがルスランと合っていない。
「雑だなぁ……」
ボソッとした呟きはかき消される。砲塔にはかすり傷ひとつ付いていない。オリハルコンと劣化パルエリウムでできた複合装甲は流石に頑丈らしい。しかしそれらメタマテリアルは、ルスランの全体を覆えるほど手に入らない。
「願わくばここもそれだけの装甲が付いてれば……」
残念ながら居住区はバイタルパート外だ。外壁は至って普通の耐熱合金装甲しかない。非戦闘員は有事にはCICに避難することになっている。
突然、窓から日光が差し込んだ。ルスランが搬出トンネルからメオミーの外部に出たのだった。外を見ると巨大な岸壁が背後にそびえ立っていた。地下大洞窟からのトンネルはメオミーの巨大渓谷に繋がっていたのだった。
「こりゃあ溶岩チューブの天板が落盤した地形だな」
クルツが仏頂面で、聞いてもないのに渓谷の成因を呟いた。
渓谷を横切るように作られたモノレールの鉄橋の上を、ルスランを載せた台車はゆっくり進む。渓谷の中央辺りまで来たところで、突如ルスランは停止した。
『発進1分前。これよりリニアモーターカタパルトでメオミー地表を離れる。不要な会話は舌を噛みますゆえ』
ラパルド艦長の声が再び聞こえたがメロカはそれを聞き流す。窓の外をよく見ると渓谷の底に何両かの月面車が止まっていた。この艦の見送りか。メロカが緊張を緩和するため月面車の数を数えようと思い、数字を口に出した瞬間、強烈なGが体にのしかかった。
月面車を捉えていた視界が震え何も分からなくなる。ルスランにはモノレールの台車から持続的な加速度が加わる。すぐに渓谷を横断し、渓谷の対岸を削ったコースに差し掛かると、窓の外をメオミーの岩盤が猛スピードで走り去る。あれよと言う間に艦首が持ち上がり、加速する電磁モーターの音が途切れた。メオミーの地上が離れてゆく。ルスランは艦首上げ45度で軽くロール回転しながら、宇宙空間に打ち出された。一緒に打ち出されたリニアモーターの台車が切り離され、窓の外をゆっくりと離れていく。台車は何度かスラスタ噴射をして、そのあとはどうなったかもう分らない。一呼吸のち、さっきよりやや弱いGが再び体にかかった。ルスラン自身に搭載された液体ロケットブースターが点火され、メオミー周回軌道へと艦体を投入させるのだ。Gのかかる瞬間、なぜか一度「ゲピ!」というクルカの鳴き声が聞こえた。しばらくして、メオミー軌道上で聞いたことのない音色が響き渡った。パルエ人の現文明の手で造られたフェゾン・ドライブがこの時初めて起動され、パルエの重力圏外へこの巡宙艦を押し出し始めたのだった。もうメオミーは小さな白球でしかなくなっていた。
メロカとピチューチカは舌を噛んだ。