668年4月10日
メルパゼル共和国 カドラン軍港
メルパゼル共和国で2番目に大きなカドラン軍港。歴史的な街並みがあえて残されたこの港町は、外海と空中を結ぶ航路の一つとして栄え続けてきた。
南北戦争時にも重要拠点の一つとして構築され、軍港が置かれている。その軍港は現在でも拡張され、最新鋭の建造機械が揃っていた。
そのカドラン軍港から駆逐艦が飛翔する。光り輝く最新鋭駆逐艦、彼女ら数隻は堂々飛翔し、より大きな船をエスコートする。
大きな船は広い甲板を持った巨大な航空母艦であり、その甲板には大量の艦載機とヘリコプターが搭載され、その悠々さを物語る。
港にいる民衆の盛大な見送りを受けて空を飛ぶ。中には万歳三唱やメルパゼル国歌を歌っている民衆もいる。
『ヤーク・メルパゼン!!』
『空軍の幸運を祈る!!』
プラカードにはこれから戦地へ向かう空軍将兵に対する応援メッセージで溢れており、戦意に包まれていた。見送りする皆が艦隊の無事を祈り、スカイバードの折り紙を掲げる。
ここから数ヶ月間、メルパゼル空軍最強の機動艦隊はこの軍港を離れることとなる。自らの面子と領土、そして利益を守る為、彼らは外征戦争に乗り出す。
帰還した時、彼女らは錆だらけの身体で迎えられることになった。その錆は、この戦争がどれほど痛ましかったかを物語っている。
◇◆◇◆◇◆◇◆
エクナン半島北端から北へ、色濃くクレーターの深瀬が残るこの海域に、小さな島々が点在している。
その島のほとんどには名前がないが、この群島だけにはスクレン諸島という清らかなメルパゼル語が名付けられている。
同諸島は歴史的に古くから住民が住み付いていた。しかしこの場所はメルパゼルとスクルフィルの間にありながらも両者共に関係性が薄く、少数の先住民族がいる程度であった。
時に南北戦争時、この島をスクルフィル政府の黙認のもと秘密裏にメルパゼル共和国が基地を建設した。
理由は単純明快。カノッサへ向かう帝国軍輸送船団への攻撃基地としてである。それらはカノッサやクラッツへのルートに横槍を入れられる他の基地と共に、戦争終盤まで密かに運用されていた。
戦後、スクレン諸島は返還されるかどうかが焦点になったが、軍人一家等の移住によりメルパゼル系住民が大多数となったことが問題にされ、当面は保留で済ますことになっていたのだ。
しかし、時に665年。
同地域に偶然訪れていたサンクトウラスノルクス大学のマール教授によりドブルジャガスの埋蔵が発見されると、この地域の重要性が変化する事になる。
技術的にドブルジャガスを求めるメルパゼルにより、強行的な開拓が開始。さらに住民を雇い帰属化させるなど、スクルフィルの意向を無視したメルパゼル系企業の横暴が続くことになる。
これに対してメルパゼル共和国政府は……特に何もしなかった。
企業が勝手な採掘をしても自分達の責任ではないし、そのくせ勝手に利益が出るのだから放っておくのも当然である。
スクレン諸島もとい、ウィスレン諸島を自国領土と考えるスクルフィルはこれに難色を示した。度重なる警告や抗議、果てには政府や女王直筆の声明文を送ったものの、これも無視された。
これを機にスクルフィル側に過激な主張をする人間が現れ始める。女王復権を求める伝統厳守派や、典型的な保守派な主張をする国民、果てには軍人により同地域はわずか数年で領土問題化したのだ。
無論、ここまでされてメルパゼル政府側も「このままではまずい」と思ったのは間違いない。スクルフィル側との交渉を始める事でなんとか事態を沈静化させようと努力はした。
667年に就任した新首相、ナガセ・ナガトモが自身のお抱えの外務大臣に租借案を持ち込ませるなどが、最たる例であろう。
しかし彼女は裏ではメルパゼル軍に外征部隊を設立し、傾きかけていた軍事を立て直したりと、戦争に関する準備を怠らなかったのはいうまでもない。
結局のところ、メルパゼルはガスが湧き出るスクレン諸島を自分の物にしたかったのだ。
スクルフィル側も外交ルートでこの問題を解決しようと奮闘していたが、その努力を弱腰と見做した勢力がいた。
668年、国民と宰相ナダルら率いる宰相派政権が政権を奪取。女王政権から行政権を奪い取り、実権を握った。
そして同年3月20日、スクルフィル王国はメルパゼル共和国に宣戦布告し、スクレン諸島へ侵攻した。
水晶戦争の幕開けである。
これに対し、メルパゼル首相ナガセ・ナガトモは即座に機動部隊の派遣を決定。スクルフィル側の予想を裏切るスピードで編成され、メルパゼルは初の外征戦争に乗り出した。
かくして編成されたのが、メルパゼル空軍第二空母打撃群である。
彼らの任務は、スクレン諸島周辺の航空優勢、および海上優勢をメルパゼル側に確保する事。長年秘密のヴェールに包まれたメルパゼル空母機動艦隊が、ついに実戦の時を迎えた。
航空母艦がスクレン諸島に派遣されたと聞き、1番驚いたのは以外にもスクルフィル以外の国々であった。
南北戦争の時の戦訓も含め、長年メルパゼル空軍の外征能力は乏しくスクレン諸島に派遣できる規模を整えるには数ヶ月掛かるであろうと、思われていたからである。
しかし、メルパゼル共和国は宣戦布告から一ヶ月弱ほどで艦隊を編成し、派遣するまでに至った。その能力の高さに驚き、対策を練る事になる。
一方のスクルフィル空軍の方は、メルパゼルが艦隊を派遣する事を予め予期して予備の作戦を考えていた為、驚愕は周辺国ほどではなかった。
唯一予想外だったと言えば、その編成の中に強襲揚陸艦が混じっている事であろう。
メルパゼル空軍が保有する強襲揚陸艦は南北戦争時代の旧式艦で、3月中には退役予定。そして最新鋭艦は建造されたばかりで未就役。
強襲揚陸艦という特殊な艦種である為危険度が大きく、練度の低い状態では前線に出せない。
その為、メルパゼルが古い強襲揚陸艦を修理して戦線に復帰させたという情報は、スクルフィルにとってはまさに寝耳に水だった。
困難が見込まれる上陸作戦だが、艦隊戦力はメルパゼル側が圧倒的で、空と海を確実に支配できるものと考えられていた。
だが彼らは直ぐに、その作戦が一筋縄ではいかない事を思い知らされる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
4月27日
エイレン島泊地
藍色の船体色が朝焼けがぼんやりと照らされながら、泊地に入港する艦隊がいる。
スラリとした船体に空母としての飛行甲板を備えた姿は、先に泊地に停泊している正規空母のエイホウ級と比べると、少し貧相で心もとない。
しかしその設備は本当に最新鋭艦として整っており、甲板上に並べた艦載機はいずれも最新型の戦闘機やヘリコプター。この華奢な体に隠された力強さが、アスカゼ級軽空母の性能を物語っている。
「〈アスカゼ〉入港、他艦も続きます」
「フム……これで打撃群の面々が出揃ったか。ここまでは特に妨害もなかったが、これからだな」
集合地点のエイレン島は、本当に小さな島でしかない。島一つと飛行場、それだけ。メルパゼル共和国の中でも辺境の中の辺境だ。
しかし、そんな辺境基地でも今ではメルパゼル空軍の派遣に役立っている。これから艦隊が十分活動できる泊地に拡張する工事をし、スクレン諸島への外征拠点となる予定だ。
この辺境の基地に錨を下ろした〈アスカゼ〉は、連れてきたタグボートに押されながら泊地内部を移動する。
そこに停泊しているだけでも、彼女らの力強さが現れる。これから外征する、という乗員の意気込みも十二分だった。
「にしても片や南北戦争期の改装空母なのに対して、小さい方が最新鋭というのは……どうにかならんのか?」
「なりませんよ。首相が財政を立て直すまでは空母4隻揃える軍費だけでひいひい言っていたんですから、軽空母でも我慢するしかありません」
この艦隊の司令官を任される形となったメルパゼル空軍少将カサイ・ケンイチは、旗艦として拵えられた巡空艦の艦橋に腰掛けながら、愚痴だけ漏らして陣容を見守っていた。
「にしたって〈アスカゼ〉は小さすぎる。しかも任務上、搭載機24機のうち12機はヘリコプターだぞ?あっちを見てみろ、搭載機数42機、立派な正規空母だ」
カサイは見張り甲板のブルーワークに腰掛けながら、不満げに〈エイホウ〉を顎で指す。
「アスカゼだってああいうのにするべきじゃなかったのか?確かに軽空母としてはいい船だが、あくまで軽空母だ、それ以上の事は出来ん」
「ですがアスカゼは最新鋭だけあって最初からジェット機の運用が考えられています。格納庫だって広いです、ジェット機どころか大型ヘリだって難なく出し入れできるのは大きいです」
「まあ確かに運用面ではな。改装を重ねるよりも小さい最新鋭があるだけ、マシであると考えるべきかね」
「そうですね」
カサイ司令はため息をつきつつ、軋んだ席を立ち上がり、一呼吸置く。
「さて……無駄話はこれまでだ。艦隊の補給が済んだら一日休暇を与える。そのあと出港だ。補給に遅れたら赤道祭は無しになるぞ?」
「はっ、休養のために全力で働きます」
「では、私は会議室へ行ってくるよ」
カサイ司令は作戦司令室に通じる階段を降り、艦橋には艦長一人が残された。それを尻目に、カサイ司令は薄暗く金属じみた作戦司令室へ、それに通じる扉を開いた。
将官たちが着々とその準備を整える中、乗組員達は赤道祭を執り行う。
メルパゼルがその祭典を行うのは、空軍設立以来で片手で数えるくらいしかない。貴重な時間と仲間達との愉しげな時間を過ごした。
乗組員達の記録は、戦場カメラマン達が残しており、今でもキタラギの外れ、スクレン紛争記念館に残されている。
その後、補給を滞りなく終わらせた第二空母打撃群は、泊地から次々と出港。彼らはそのまま、最短距離でスクレン諸島へ向かう。その先に何があるかも知らぬまま。
◇◆◇◆◇◆◇◆
5月1日06:10
スクレン諸島北東ハサキ島
ハサキ飛行場
さてこの日、いよいよスクレン諸島奪還のための第一作戦が開始された。
作戦名は『黒色作戦』。
新設されたエイレン島飛行場より爆撃機を飛ばし、空中給油を合わせてスクレン諸島まで飛び続け、手始めに飛行場を爆撃する。その護衛は空母艦載機が務める。
ここまでは普通の作戦で良いのだが、その作戦に使う爆撃機がまた相当な曲者だった。使用するのはなんと、南北戦争時代に製造されたキタラギミ超重爆撃機である。
航続距離的には往復でも一回の補給で済むほどの航続距離を誇るキタラギ重爆であるが、その耐用年数はほぼ化石に近く、機体自体の数も10機ほどしか現存していない。
しかし、その後継のメルパゼル爆撃機が存在しないが故、メルパゼルはこの機体を修理し再利用する作戦しか残されていなかった。
南北戦争時代、輸送船団を奇襲するべく誘導空雷が搭載されていた空雷倉に、爆弾が搭載される。
爆弾満載のキタラギが雲を抜け、目標地点に到達した。スクレン諸島北東のハサキ島、その民間飛行場。僅か1000メルトにも満たない小さな滑走路に、軍用輸送機が駐機されている。
『ポート・ハサキを目視、投弾用意!』
キタラギ超重爆撃機は、南北戦争時代のシルクダット会戦において惨敗の無念を晒した。それ以来、キタラギは雷撃機ではなく爆撃機として運用されている。
この機体が狙うのは空中艦ではなく地上目標。それも、対空砲火のまばらな地上目標への奇襲攻撃。
スクレン諸島まで爆撃機は来ないと踏んでいたスクルフィル空軍に、激震の10テロン子弾爆弾が投下される。
『投下!』
10テロン子弾爆弾はこのキタラギが搭載できる最大容積のクラスター爆弾だ。それが10機分、サルァミン都だって火の海にできる。
金切り音を立てて投下される大型クラスター爆弾はさながら死神の鳴き声に近い。地上のスクルフィル兵は、自らに向かって投下される爆弾が静止して見えただろう。
『弾着、今!』
外殻を開いた子弾爆弾が、その真価を発揮する。数百、いや数千もの子弾がハサキ飛行場の滑走路に降り注ぎ、一つ一つの子弾が信管を叩く。
一旦炸裂してしまえば、一つ残らず連鎖していく。炸裂は飛行場を抉り、1000メルトのコンクリートが、ベリベリと剥がされる子供部屋のシールの如く、大地から引っぺがされる。
駐機していた輸送機は、突然の奇襲攻撃に飛行場から逃げる事もままならず、破片、土煙と共に塵となって作戦地図から消えた。
一番悲惨だったのは、高空を飛ぶキタラギ重爆に一矢報いようと空に意識が向いていた、対空戦闘員達だ。
対空砲火として準備された軽ラケーテ車両も射程が届かず、古臭い高射砲は滅多に当たらず花火を散らすだけ。
彼らに降り注いだ鉄の雨は、その持ちゆる弾薬にまで引火し爆裂が連鎖。飛行場の戦闘車両や対空砲は、その6割が損害を被った。
任務を終えたキタラギ重爆であるが、スクレン諸島南側のサリノ飛行場より出撃したスクルフィル空軍戦闘機『RK.16ハイフォン』の接近を許し、二機が軽ラケーテにより損傷した。
流石に鈍足な南北戦争時代のキタラギ重爆にできるのはここまで。追ってきたハイフォン戦闘機は空母艦載機が追い払い、空戦の移り変わりを物語った。
幸いかどうかは分からないが、爆撃の直前に飛行場のレーダーが雲間から現れたキタラギ重爆を捉えた為、避難の時間は僅かに残されていた。
賢明な指揮官がいたのは幸運であり、スクルフィル側の人員の被害は少なかった。無論対空要員は除いて。
だが輸送機に搭載されていた各種物資が蒸発したのは言うまでもない。兵器、弾薬が枯渇したハサキ島の守備隊は、上陸してくるであろうメルパゼル空挺軍に対して苦しい戦いを強いられる事になる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
同日11:28
スクレン諸島沖合東50ゲイアス
「機長、1時方向にレーダー波。さらに複数方向から照射されています」
スクレン諸島の東側。一機の哨戒機のVESM(生体電波探信義)に反応があった。それはパルエの大海原で電波を発信する何者か、即ち艦艇の存在を示している。
スクルフィル空軍の哨戒機は、ここ連日メルパゼル空軍機動艦隊を求めて休む暇もない連続飛行を繰り返していた。
ハサキ飛行場が奇襲攻撃を受けた事もあり、この日の哨戒機の数は倍に膨れ上がる。しかし、その飛んでいる機体のほとんどが航続距離ギリギリの旧式機であり、本土の飛行場から飛行してきたこの哨戒機に関しては、元クランダルト帝国製の旧式哨戒機である。
あと数年で生体器官の寿命が尽きる中、その少ない寿命すらすり減りそうなレベルでの酷使は、いつ老化による事故が起こらないかと飛行中の不安を掻き立てた。
しかし、搭乗員はこんな機体でも200ゲイアス先の艦隊を見つけようと躍起になっていた。
「居たか。こんな大海原でその反応は、メルパゼンの機動艦隊だけだ」
「どうしますか機長?」
「生探に艦影が映る距離まで接近するぞ。限界まで高度を上げろ、上から見下ろせば探知距離が伸びる」
「アイアイ機長、機体に鞭打ちます」
鞭打ちと称して老機体を加速させていく搭乗員は7人ほど。独立期から長い間使われ続けるこの機体を、手足の如く操縦し上昇させていく。
レーダー波からの距離を一定に保ちつつ、数分かけて高度12000メルトまで上昇した哨戒機は、力を振り絞ってその高さを保つ。
尾鰭の探知機をフルに使い目標の艦隊を探し当てる。
「こちら生探、同方向に艦影確認。小型艦1」
「艦影、10以上に増加!まだまだいます!」
「やはり艦隊だ。陣形は?もちろんデカい輪陣形だろう?」
「ビンゴです。奴ら、神経質な円陣を描いてますよ」
発見できた艦隊を逃さず、その情報を持ち帰るべく飛行を続ける哨戒機。
「11時方向より機影2!直掩機が来ます、避退しましょう」
「当たり前だ。反転180、雲を盾に離脱するぞ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
同日11:30
スクレン諸島沖合250ゲイアス
メルパゼル空軍第二空母打撃群
ツバキ中隊
「ツバキ04、捕まえたか?」
『いえダメです、哨戒機は敵の防空圏内に逃げられました。奴ら降下で速度を稼ぎやがった。こっちは最新鋭機なのに、雲を突っ切って……』
「ツバキ07、そちらで哨戒機を見つけ出せるか?」
『だめです、レーダーはブラックが8割、雲量が多すぎます』
スクレン諸島の沖合は天候が荒れやすい。本来なら200ゲイアス以上の射程を持つメルパゼル第二空母打撃群の視界は、その大雨で殆どが塞がれていた。
リューリア戦役の時も、アーキルの第二艦隊に降り注いだという大規模なスコール雲。パルエの海は大陸から外れれば、大体がこんな荒れ模様だ。
艦隊直掩を任されたケイデン隊隊長のフミドラ大尉は小さな舌打ちで唾を鳴らし、レーダー画面の雲の反応を見直す。
「発見された挙句、雲中に逃げられたか……」
『どうしますか?』
「深追いは止めだ。このスコールに間も無く夜間、ケイデンを失いかねない」
『追わないんですか?この機体は最新鋭の全天候戦闘機ですよ?』
「その"全天候"とやらが信用できんのだ」
僚機にそう告げると、それ以上の指示は出さずに操縦桿を握り直す。
最新鋭戦闘機を駆る身として訓練は受けているし、成績だってそれなりに優秀だという自負はあるが、最新鋭戦闘機という触れ込みを完全に信用したわけではない。
いつの時代も新しいものが受け入れられるのには時間がかかる。それは世の常であり、命を預ける軍隊なら尚更だ。
「とにかく、司令部に通達だ。奴がここまで近づいたって事は、すぐさま攻撃が来るって事だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
同日11:42
スクレン諸島サリノ飛行場
「搭乗員集合!!」
号令一下、スクルフィル空軍のパイロットは素早く整列し、ブリーフィングルームに集まった。黒板には簡単な地図が貼られ、磁石が駒を表し、この海域の状況をパイロット達に叩き込ませる。
各島に配置された残りの飛行場は、このサリノ飛行場と、スクレン諸島で一番大きいマリミドリ飛行場だけであるが、機体は両基地共に数十機を保有している。
数の上では本土から来る航空機を合わせれば、さらに数は多くなる筈であろう。陸上から攻撃機を発進させ、本土からも合わせて波状攻撃を仕掛ける。それがスクルフィル側の作戦であった。
「以上、解散!」
ブリーフィングが終わると、パイロット達は飛び起きるバネの様に飛び出していき、飛行場へと飛び出す。
整備士が休んでいた機体を叩き起こし、搭載装備を確認。パイロット達はそれぞれの愛機に乗り込み誘導路へ進む。
「タワーよりタンゴー。目標位置は変わらず、90テルミタルにて南下中。雲量多し、風速20テルミタル』
『了解』
管制官からの指示を受け、パイロットは現地の情報を確認する。さらに管制官が許可を出し、スロットルを振り絞る。
『テイクオフ』
響き渡る轟音と共に、エンジンから青い炎を噴き出す。ラジネル水晶によりブーストされた浮遊機関と共に、スクルフィルの攻撃機が飛び立っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
12:24
スクレン諸島沖合250ゲイアス
第二空母打撃群
ひっきりなしに接敵してくる哨戒機を追い払いつつ、第二空母打撃群は南へ進路を取っていた。カサイ司令は旗艦の大型巡空艦の司令官席に腰を下ろし、平然を保つ。
しかし司令官のカサイは神経質な軍人だ。南北戦争時代の時に青年士官だった時から、それは変わってないない。
むしろ時代の変化で遥か彼方の空から監視されていると言う、さらにむず痒い状況になった。彼の神経はさらなるストレスを抱えている。
ハサキ飛行場を潰した今、スクルフィル空軍が動かない筈が無い。先程から接敵してくる哨戒機もその類の準備に違いない。それはカサイ司令が一番理解していた。
司令官がそれを理解しているからこそ、艦隊全体も適度な緊張感に包まれ、ひたすら空を気にしていた。
「先陣の〈ハツカ〉より通報!"ボギー"編隊10機、方位120より襲来!艦隊到達まで約20分!」
「よし来た、待ちかねの空襲だ!対空戦闘用意!」
「はっ、対空戦闘用意!!」
やはり日が一番高い時間にやって来たか。
カサイ司令は予想された攻撃機の襲来に慌てる事なく、決まったように号令を出し続ける。千里眼から狙われ続けるよりも、直接攻撃してくれた事でストレスは気晴らしになった。
「〈エイホウ〉へ、戦闘機隊緊急発進!」
「出し惜しむな、総戦闘機発動だ。向かってくる奴らは全て墜とせ!」
「はっ!」
航空母艦〈エイホウ〉の甲板上には、既に完全装備で待機していた戦闘機隊がいる。彼らにも総出撃を命令し、脅威に対する護衛を増やす。
「司令、おそらくですが別方向から回り込まめる可能性もあります。空襲を避けるため、転身するべきかと」
主席幕僚のクサノ・タケル大佐がカサイ司令に進言する。スクレン諸島の保有機数ははっきりしていないが、航空攻撃をするならば別方向からの奇襲も考えられる。
「わかった、そうしよう。すべての船は陣形を保ちつつ西へ転身だ」
「了解です」
艦隊が陣形を保ちつつ、ゆっくりと西へその舳先を向けようとする。先頭に立っていた駆逐艦3隻も速力を上げ、再び先陣を切ろうと加速したのが戦闘指揮所のフリップで確認できた。
「戦闘機隊はボギーを捉えられるか?」
「スコールの影響か、未だ捉えられません。現在最終発見位置に急行中」
「再びボギー探知!方位160、数変わらず、距離50ゲイアス!」
「戦闘機隊を先回りさせろ」
再び探知されたフリップが、スクルフィルの攻撃隊を顕にする。
「やはり対艦ラケーテでしょうか?」
「そうだと考えよう、常に最悪の事態を考えるのが軍人の戒めだ」
主席幕僚のクサノと短い会話を行い、カサイ司令の目線は再びレーダー画面に戻る。
「ボギーより飛翔体探知!数10、レーダー波確認!」
「対艦ラケーテだ、迎撃用意!」
「はっ、総員迎撃用意!!」
カサイ司令の号令一下、艦長含めたこの巡空艦の乗員が迎撃の準備を整える。他の艦でも同様に、かつてパルエの実戦で一度も証明されていないラケーテ同士による対空迎撃を行おうと、兜の緒を締めた。
「いいか?対艦ラケーテに対空ラケーテをぶつけるんだ。各艦、ラケーテの傘で艦隊全体を防御する」
「本当に出来るんですか?」
「理論上はやれる、訓練でも出来ただろう?」
「わかりました。必ず撃ち落とします」
緊張感に包まれる旗艦と、その乗組員。いくらこの旗艦の処理能力が高かろうと、その真価が実践で試されたことは未だになかった。
「インレンジ!」
「発射はじめ!」
「対空ラケーテ発射!」
ボタンに手垢が付けば、電気信号は素早く伝達していき、旗艦に搭載された連装ラケーテ発射基から槍が飛び出した。
対空ラケーテは尾を引く様に軌跡を残し、飛翔していく。月までかくやという勢い、瞬きする間に見えなくなるその槍が、自らを撃沈しまいとする対艦ラケーテから身を護らんとする。
「正常に発射、インターセプトまで30秒」
「戦闘機隊、ボギー機編隊を発見。交戦に入ります」
「目標10、速度変わらず、低空にて侵入中」
沈黙の時間が流れ、カサイ司令にも汗が滲み出ているが、本人にそれを気にする時間はない。
「目標……マークインターセプト!」
瞬間、フリップからアイコンが灯籠の明かりの如く静かに消えた。10の目標のうち、4つが対空ラケーテと接触し撃墜されたのだ。
「撃墜4、目標……6、いえ4が未だ接近中!」
「第二波発射はじめ」
「第二波発射はじめ!」
誘導弾が外れ、再び迎撃の対空ラケーテが発射される。甲板を焦し、各艦から光の矢が天空に向け穿たれる。
「目標さらに近づく!本隊到達まで40メク!」
「インターセプトまで10メク!」
「主砲の迎撃準備を。万一突破されたら、各艦の判断で迎撃だ」
カサイ司令は荒々しく指示を出す事で意識を個艦から艦隊にシフトさせ、そちの指揮に専念する。余計なことを考えないのは指揮官の務めだ。
「マーク、インターセプト!」
「目標、残存1が接近中!」
「主砲迎撃用意!」
旗艦艦長が指示を叫び、連装速射砲がラケーテに対して向けられた。
「目標インレンジ!」
「うちーかたーはじめ!」
──数分後。
第一波は攻撃機10機の襲来で終わった。迎撃に専念している最中に別働隊が来ないか警戒していたが、そのタイミング外れた模様だ。
「新たな目標探知!方位210、数20、距離100ゲイアスを800テルミタルで飛行中!」
「来ました、やはり別方向からです」
クサノ大佐は自分の予想が当たった事、そして警戒させておいた事が吉と出、声根を上げた。
「幸いにも先程の空襲から30メク遅れ、逐次投入になりましたね」
「波状攻撃だよ」
カサイ司令はクサノ主席幕僚を諌め、訂正させる。
「どちらにしろ、彼らは航空作戦に関してまだまだ一年生。40年のカノッサに比べればお遊びです。今度も凌げますよ」
「そうだと願いたい」
クサノ大佐が調子に乗るのを不安に思いつつ、カサイ司令は指示を続ける。しかしそれを迎撃する最中、忍び寄る影が居た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
13:09
スクレン諸島 沖合250ゲイアス
スクルフィル空軍 ロデオス小隊
スクルフィル空軍、ヴァラル・シュタンダーテ攻撃機を駆るロデオス小隊隊長のカンデラ大尉は、ひたすら低く低く飛び、目標へ接近し続けて来た。
風防に水滴が何度も被る。天候が悪化し、突然雨が降ってきたが飛行に支障はない。それどころか雨はレーダーを撹乱してくれる。絶好の接近日和はスクルフィル空軍に味方した。
「全員、しっかり着いてきてるか?」
前を注意深く見ながら操縦している為、後続の僚機の位置がわからない。通信で確認する。
『こちらアメル、バッチリです』
『こちらリコマス、こっちは隊長のケツしか見えなくてうんざりです』
『こちらローデル、大丈夫っス』
僚機達の声が通信から声が聞こえ、カンデラ大尉は両機の存在を確認できた。小さく笑いつつ、ロデオス小隊の4機は哨戒機の指示を受け飛行を続ける。
『方位015、間も無く射程内。目標の正確な位置を把握せよ』
いよいよ槍を放つその時が来た瞬間、カンデラ大尉は自分の血が沸き立つのがわかった。メルパゼルの機動艦隊、その横槍に自分達の機体が任命され、接近に成功した。
しかし作戦ではここが一番危険な山場だと伝えられている。対艦ラケーテのシステム上、一度高度を上げシュタンダーテのレーダーで目標の位置を明らかにし、目標を定める必要があるのだ。
「了解、上昇する」
もちろん高度を上げればレーダーに探知されるリスクも高まり、対空ラケーテの餌食になる可能性も高まる。だがシステム上、この動作だけは省けなかった。
高度を少し上げ、レーダーが映るか映らないかの境目で高度を保つ。レーダーのスイッチを入れ直し、目標の有無を確認する。
『レーダー上に目標3を探知!』
カンデラ大尉のレーダーでも見えた。小さめの目標が一つ、緑を基調としたレーダー画面にバッチリと映る。
「奥にもいるぞ」
そしてさらに奥、北東の方角にも多数の目標を探知した。先程の二つとは比べ物にならない大きさの目標と、それを囲むような布陣の小さな目標群。
「見つけたぞ、メルパゼン艦隊……だが奥の目標は射程外だ」
『どうしますか?近づきますか?』
「危険すぎる、この距離から発射だ。俺とアメルは手前を、リコマスとローデルの2発は奥を狙え」
『了解です』
『了解っス』
対艦ラケーテのシステムを指導させ、レーダーをリンクさせる。一番近くにいる駆逐艦らしき目標に狙いを定め、対艦ラケーテを発射した。
「目標ロック、発射!」
カンデラ大尉の対艦ラケーテが、右翼のウェポンベイから投下される。空中で搭載された燃料に点火、加速し飛翔していく。
セレネまで飛ぶのでは、とも思えるその速度。瞬きする間に見えなくなる。それに目を回している暇はなく、発射した後の機は急いで高度を下げた。
しかし、機体の警報音が突然鳴り響く。背筋がサッと冷え込み、冷や汗が出てくるが操縦桿を握る手は離さなかった。
『隊長、ロックオンされています!』
「怯むな! このまま低空飛行に移り、全速で基地に帰投する!」
『了解!!』
そうして高度を下げ、再びの低空飛行に移る。
耳を擽るロックオン警報は、暗闇の蝋燭が消えるが如く、静かに鳴り止んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
スクレン諸島 沖合280ゲイアス
メルパゼル空軍 駆逐艦〈ハツカ〉戦闘指揮所
メルパゼル空軍最新鋭駆逐艦、ハツカ級主力駆逐艦の一番艦〈ハツカ〉は、航空機の襲来を警戒するべく艦隊の先陣を航行していた。
マサト艦長は、額に浮き出た冷や汗を軍服の袖で拭った。汗で軍服が汚れるのも気にせず、また新たな冷や汗が滲み出る。
「新たな目標探知!方位260より小型目標4、速度900テルミタル、僅かな生体反応あり!」
「来たのは生体機か」
側の副長が資料をめくり、当該の機体の検討を確認する。
「この距離まで飛行可能な小型の生体機といえば……おそらくヴァラル・シュタンダーテです」
「ネネツ製の最新鋭機じゃないか。こちらのケイデンといい、まるで見本市だ」
「この機体も対艦ラケーテを積めます、十分に注意しなければ」
そう言い合っている間にも、目標が近づく。
「目標より飛翔体射出!数4、さっきより速い!」
「新型の対艦ラケーテか?迎撃用意!多少速くても撃ち落とせ!」
館長の指示のもと、艦前方に配置された八連装の対空ラケーテが旋回し、その槍先を自らの危機に向ける。自衛のため、そして生き残るために〈ハツカ〉は対空ラケーテの諸元を入力した。
「目標、インレンジ!」
「発射はじめ!」
機械は冷静に指示を受け、人間だけが焦る戦闘指揮所。赤い発射ボタンに手垢がこびりつき、電子信号が対空ラケーテを放った。
対空ラケーテは2発が飛翔していき、誘導に従って空に燃料の煙を残していく。ハツカ級一隻が誘導可能なラケーテは2発。
1発のラケーテに対して2発の対空ラケーテで撃ち落とそうとするのが定石であり、限界だった。
「目標一発撃墜!」
「そらみろ!」
艦長は喜ぶが、未だ気を抜かない。
「2つ!未だに接近中!」
「撃ち続けろ!それから面舵30で側面晒せ!後部のラケーテを射角に入れろ!」
艦長の指示により〈ハツカ〉はゆっくりと面舵で。側面を向け後部の連装発射基を指向させる。
「射角クリア!後部発射はじめ!」
次のラケーテの発射準備が整うまで時間を稼ぐべく、後部のラケーテ発射機を構え、その間を埋めた。
発射ボタンが押されるとラケーテの発射炎が〈ハツカ〉の甲板を焦がし、わずかに劣化する。
「〈エイホウ〉よりソウデンがスクランブル!」
「遅い!間に合うものか!」
「目標さらに接近!本艦到達まであと30メク」
「主砲でも機銃でもいい!撃ち方はじめ!」
〈ハツカ〉は速射砲を旋回させ、高速の対艦ラケーテに向け照準を合わせる。射撃観測用レーダーが旋回し、その方向へレーダー波を浴びせた。
「っ!?目標2つがさらに加速しています!」
「なんだと?関係ない、撃ち落とせ!」
「うちーかたーはじめ!」
戦闘指揮所で、拳銃のようなコンソールから引き金だけが引かれる。二基の速射砲が、最後の抵抗と名ばかりの弾幕を展開する。
南北戦争時代ならば数百機の航空機を撃ち落とせたであろうこの速射砲も、音速で飛翔する新時代の対艦ラケーテには、例え信管が機械的に調節されようともまるで当たらない。
それどころか、ラケーテの硬い外郭には破片では物足りず、2発のラケーテは音を置き去りにして〈ハツカ〉へと迫り来る。
「目標1つが着水!」
対空ラケーテ、速射砲、さらに機関砲までもがその火を吹き荒れ、死に物狂いで迎撃を行う。さらにもう一つが弾幕にセンサーが遮られ、海面に激突した。
「目標2つ、そのまま突っ込んで来ます!」
「衝撃に備え!!」
マサト艦長が目をつぶると、大きな衝撃が〈ハツカ〉を襲った。
2発の新型対艦ラケーテは、まず一つ目が真横の船体から〈ハツカ〉を貫き、特徴的な蒼いバルジに大穴を開ける。
まるで盾ごと貫くであろう鋭い槍の如く、ひしゃげた破砕口から侵入した新型ラケーテ。まるで船を犯すが如く、ラケーテは燃料を吹き荒れ大爆発を起こした。
弾頭の炸薬量が少なかったのが幸いだ。しかしそれでも駆逐艦如きを破壊するには相応しく、高性能な爆薬が詰め込まれた弾頭により〈ハツカ〉の左側面は粉々になった。
さらに追い打ちをかけるが如く、二発目が遅れて着弾。運の悪い事、デリケートなドブルジャ循環のパイプを着弾際に焦がしていき、燃え盛る火炎放射の如く〈ハツカ〉を焼いた。
それがどれだけ酷い有様か。二発のラケーテが着弾した時点で艦長以下戦闘指揮所の要員が死亡、遺体は残っていない。
〈ハツカ〉はまともな消火活動もままならず、数秒で電源も喪失し、僅かに残ったドブルジャ相炉の浮力だけでフラフラと浮いていた。
無論通信機器も、電源喪失により救援を呼べず一人孤独な消火活動を余儀なくされる。
当直の士官が艦長の代わりを務め、消火活動の指揮を取る。それでもなお火の勢いは強く、ついには船を保つドブルジャ相炉に対して隔壁一枚の距離まで迫った。
ちょうどその時、味方の艦載ヘリコプターが黒煙を確認し、艦隊に通報してくれたのが幸いだった。それがなければ〈ハツカ〉の救助は間に合わなかったであろう。
艦載ヘリは〈ハツカ〉の後部甲板に強行着陸し、人員の救助を行なった。味方の駆逐艦〈ヤツカ〉もその場に駆けつけ、消火活動に加わりつつ乗員を救助した。
しかし、〈ハツカ〉自身は全体が火の手に包まれ、もはや船としての尊厳を保てなかった。こうしてメルパゼル最新鋭駆逐艦の一番艦は、二発の対艦ラケーテにより撃沈された事となる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
14:28
スクレン諸島沖合 280ゲイアス
メルパゼル空軍 第二空母打撃群
『前方20ゲイアスに黒煙を確認!』
乗組員の誰もが西の空を見ていた。
遠くの空、地平線ギリギリの曇り空に黒煙が立ち上っていた。数十分前に駆逐艦〈ハツカ〉からの対艦ラケーテ接近中の報告を受け、迎撃を指示。
しかしその後の連絡が一切なく、艦載ヘリから〈ハツカ〉の炎上を報告されると、第二空母打撃群全体が凍りついた。
無論、戦闘指揮所の指揮官席で報告を受け取ったカサイ司令も、上空の安全が取れるなり艦橋へ上がって状況把握に努めた。
煙の出ている方向は分派隊の方向、明らか何かの損害を受けたのは事実だ。奇襲を仕掛けた攻撃機と対艦ラケーテの詳細な報告は受け取れなかったが、この様子では撃沈された可能性もある。
『見張りより艦橋、〈ハツカ〉を確認!やはり炎上しています!』
「なんてことだ……」
目視距離まで近づくと、メルパゼルの技術の推を集めし最新駆逐艦が、そこら中からオレンジを吹き出して燃えているのが確認できた。
自走できなくなった〈ハツカ〉の現場にたどり着いたのは、戦闘終了から1時間後である。
その時既に燃え盛る〈ハツカ〉と、消火活動を助ける駆逐艦〈ヤツカ〉は水上に緊急着水しており、懸命な放水活動が続けられていた。既に消火剤は出し尽くしたのか、海水による放水が続けられている。
「司令、どうしますか?」
クサノ大佐がこの状況を見てカサイに聞く。
「〈ハツカ〉はもうダメだが、このまま沈めてしまっては戦訓が何も分からん。なんとか火だけは消してくれ」
「分かりました」
僚艦も消火作業に加わり、残りの船は周りを警戒する。真横から放水しても埒があかないので、〈ハツカ〉の真上に陣取った別の駆逐艦から消火剤が撒かれる。
警戒心も怠らない。消火に加わらない僚艦は周りを取り囲むように布陣し、電探の目を光らせている。上空には〈エイホウ〉、〈アスカゼ〉の艦載機が上空警戒をし、いつでも対応可能だ。
──まるで盗賊から馬車を守らんとする傭兵達のようだった。
この戦争に従事したとある従軍記者は、その様子を詩的な記録として残している。
◇◆◇◆◇◆◇◆
5月2日 9:00
メルパゼル共和国 首都キタラギ
政府庁舎3階 記者会見場
「おはようございます。現地より緊急のお知らせが入りましたので、国民の皆様にお伝えします」
翌日の朝のニュース。午前9時、番組は緊急記者会見の模様を映す。カメラがタウマル・ナオト報道官の真剣な表情を放映する。
「昨日未明、スクレン諸島周辺の海域で任務遂行中のメルパゼル空軍駆逐艦〈ハツカ〉が、スクルフィル空軍のラケーテによって撃破されました」
記者のフラッシュが老年のタウマル報道官の顔を包み、顔の脂に反射する。
「キタラギ全国新聞の者です。その損害はスクルフィル軍との戦闘によるものでしょうか?」
とある記者が質問する。
「その通りです。詳細は不明ですが、多数の死傷者が発生しました」
「撃破と言いますが、損害の程は?」
「駆逐艦〈ハツカ〉はラケーテの着弾により火災が発生。現在も炎上中であり、懸命な消火作業が行われています」
「共和国放送です。他の艦への損害のほどは……」
メルパゼル艦隊が最終的に迎撃したのは攻撃機が数十機、対艦ラケーテが数十発であると記録される。
これはメルパゼル側が想定していたのよりは少ないが、これでもスクルフィル空軍の持てる最大の力であり、南北戦争以来最大の航空攻撃でもあった。
現にメルパゼルの威信をかけて整備された空母機動艦隊が、主砲を使う距離まで接近されたのだから、その脅威は時代と共に進化していると言えよう。
そして奇襲を喰らった〈ハツカ〉は、艦内の火災が消火されその痛々しい姿が全国に公開された。その姿に、連戦連勝だったメルパゼルの勢いは削がれて行くことになる。
簡単ながらも艦内調査が行われ、撃破された様々な要因が判明した。
まず、不発の対艦ラケーテが艦内から見つかった。未だ確認されていない新型のラケーテらしく、その場で爆弾処理班が解体、徹底的に調査される事となる。
そして艦全体に火災が広がった原因は、着弾地点がちょうどドブルジャ循環のパイプが重なり合っている重要区画であった事だ。
それがバルジそのものであり、それを艦に出っぱらせる事でダメコン能力の向上を図ったが、どうやら逆効果だったようだ。
さらに元来、メルパゼル艦は木製家具が多い。これもさらなる火災の広がりを助けてしまい、結果として艦内全体が黒焦げとなったのだ。
死者35名、行方不明者24名。
その後、調査を終えた〈ハツカ〉は破断口から海水が侵入し転覆。そのまま静かに海へ沈んでいった。
今でもその船体は海底に沈んでおり、無法なサルベージからそのモニュメントを守る法律ができてからは、ダイビングすら禁止されている。
彼女の死体はそっとして置いておくべき、という労りの考えである。