摂政評議会関係者の間に、激震が走った。旧皇帝派の新星にして帝国の内部からの改革を主張するクルゲ・マンハマート氏(36)がアーキリア連邦から資金援助を受けていたことが発覚したからだ。
クルゲ・マンハマート氏は本国貴族の出で保守的な旧皇帝派ながら民の意見を反映した公領運営、最も危険なエゲル盆地の哨戒戦隊の司令官を務めるなど、親しみの持てる好青年として人々からの支持を集め、旧皇帝派の偶像的存在であった。
アーキリア連邦からC・マンハマート氏へ資金が送られたのが4月20日、パンノニアに住むマンハマート氏の親族からの送金という形でカルタグを経由して行われた。その際にマンハマート氏付き秘書が記録した帳簿が内務省に送られた資料に紛れ込み、内務省に届けられたのが今月18日、そして資料を受け取ったオラニード・アルデラント市民大臣がこの帳簿を閲覧したのが22日、そして27日にC・マンハマート氏に事実関係を確認し、本人がこれを認めた。
市民への数少ない広告塔の一大事に、旧皇帝派の一部はC・マンハマート氏の擁護にまわる。第二次枢密院政権の米書記官長であり、C・マンハマート氏の娘と自分の息子との婚約を交わしたことで知られるファンダーメ2等会員は、「貴族たるもの人から資金を受け取るのは恥ずべき行い」と非難した上で、「来るべき講和において、僭称国家よりも親密な関係を築くためにも連邦とのパイプを維持するのは重要」と正当化した。
旧皇帝派の中でも珍しいガリアグル系のアルザフ2等会員は「連邦との関係を築くことで外交面での力を強化したかったのだろう」と擁護、ただ「カネのやり取り以外に方法はなかったのだろうか」と発言。旧皇帝派よりで知られるテクノクラートのカリスリア政権博士は「我々は簒奪者に比べて技術力が不足しているのを彼は深く理解している」とし、「技術協力を引き出す目的ならば我々も喜んで強力しよう」とマンハマート氏に味方した。
一方で、摂政評議会に議席を持つ重鎮達は沈黙を保つ。G・デシュタイヤ氏と近しいザニアル氏は、「貴族が金を貰うべきではない」と珍しくショートコメント、ヴィメルン氏も「あまり好ましい行為ではない」と言及する程度で積極的な擁護の姿勢を見せなかった。
旧皇帝派にとっては、マンハマート氏はそれまでの旧皇帝派の辿って来た道をとは違った方向のイデオロギーを掲げており、旧皇帝派内でも特に保守的な守旧派から煙たがられている存在だった。しかし、彼の進歩的な思想は六王湖で生まれ育った新しい世代の貴族に絶大な支持を受けており、彼を慕う貴族の数は無視できない。すなわち、マンハマート氏を擁護すれば守旧派からの支持を失い、批判すれば旧皇帝派は意見が完全に分裂し、旧辺境派の如く崩壊しかねず、黙っているのが得策なのだろう。
しかも、マンハマート氏には旧皇帝派ナンバー3にしてG・デシュタイヤ氏の側近のラール・マンハマート氏は先のノイガラート叛乱において叛乱首謀者であるノイガラート氏と密約を交わし、典型的すぎる保身的行為に国中の笑いものになった父親が存在する。血のつながった親の古傷が今になってのしかかる。
当時を振り返ると、先に協力を仕掛けたのは相手ではなく、中央に対する叛乱行為を目前で見せつけられ、誇りや義務、信条というものを裏切り、自己保身のためだけに悪魔の契約を結んだR・マンハマート氏だった。
R・マンハマート氏は当時滞在していたノルトスベハラーゲンを飛び出すとその日のうちに、叛乱軍拠点であったバリグ工業城塞へ入城。ノイガラート氏と1対1で対話を行い、旧貴族警察の反中央政府的活動を黙認し、また叛乱軍に出資する代わりにクーデターが成功した暁にはノイガラート氏の直参と同等の関係を保障し、既存の領地を削減することは行わないという密約を結んだ。だが、彼らの叛乱は失敗し、ノイガラート氏はバリグ工業城塞で自殺したため、密約は自動的に破談になったが、地位や領地が奪われることはなかった。
しかし4月26日、内部告発者が帝国監査院の監察官にマンハマート氏のノイガラート氏との密約を報告。同30日には帝国中央裁判所がマンハマート氏の反中央的行為をめぐり調査を開始すると宣言し、5月10日には4月10日に旧貴族警察に対して行動を起こすことを摂政評議会と約束したことなどが公表。ノイガラート氏との密約への背信行為が取りざたされ、市民からの評価を地に堕とした後、目まぐるしい展開を経て、5月28日に行われた裁判で一旦は懲役15年の刑が下ったもののアイギス陛下の嘆願もあり、6月に全権の剝奪と5年間の謹慎で幕引きを迎えたのは、既報の通りである。
息子であるC・マンハマート氏は意外にも父に責任を取らせるべきだと主張していたが、今となっては自分の行った資金の受け取りを隠すための発言であったことが理解できる。ただ、今回の件は父親とは違い連邦側から打診してきたものであるため、擁護の声は大きい。
C・マンハマート氏は以前から旧皇帝派にありがちな旧地奪還の主張をあまりせず、北パンノニアやメルパゼルなどの外国との関係を強化し、旧帝都に居座る近衛を包囲しようという戦略を主張していた。新進気鋭の36歳の野心家は旧皇帝派の目的、インダストラリーゼ奪還を確実に達成するためには手段を選ばなかった、しかし、今回の行為はそれを考慮してもなお、非常識な行いであり、特に貴族が人から金を貰ったことは今後のC・マンハマート氏しいては旧皇帝派で彼を支持するグループの足かせになるだろう。
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