子供の頃の夢をたまに見る。
まだ将来の夢というものがあった頃の話だ。
子供というのは感受性が高く、科学雑誌とかを見るとすぐに妄想を膨らませる。そしていつかそれを叶えようとするのだ。
そして、ここにもその夢を膨らませる子供達が2人。
「俺たち2人で、宇宙へ飛び出そう!」
無邪気に言う少年の目は輝いていた。
無邪気なのは子供らしさであり、夢を見るのは子供の特権だ。
「俺たち2人がそれぞれ別の宇宙船で、同じゴールを目指すんだ!」
高々に宇宙船の玩具を掲げてそう言うのら背の高い少年。その夢物語を聞くのは眼鏡をかけた寡黙な少女の2人。
彼らの抱くある夢は、その特権の中でも果てしなく大きく高らかだった。
「アシュル、幾らなんでも夢が大きすぎるんじゃない?てかなんで別の船なの?」
寡黙な少女が、背の高い少年に対してそう言うが、少年はそれでも負けじと言い返してやる。
「俺とナズナの描く宇宙船って、全然形が違うだろ?なら、その宇宙船で競争しようじゃないか。誰が1番にゴールに辿り着くのかを」
納得いく理論かどうかは分からないが、それっぽい事を子供ながらに言って見せる少年。
「とにかく、俺は決めたんだ。なんなら俺だけでも宇宙へ行く。置いてけぼりにするぞ」
「はぁ……全く、頭が良いんだか悪いんだか」
10歳の少年少女が抱くには、あまりに大きすぎる夢と決意。少女は呆れたようにそう言うが。
「やるわよ」
彼女も少年とは常に目指すものが一つだった。
「決まりだな!」
少年は気を良くしたのか、ニッと笑顔を見せる。
「俺たち2人で、行こう!宇宙へ!」
夢はここで終わる。
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第一番宇宙基地"カンナギ"
回収作戦から数日後
「ん……」
夢から目が覚めた時、寝る前から4時間が経っていた。その途端、休憩時間を無駄にしたと後悔した。
「懐かしい夢を見たわね……」
けれど、不思議とその後悔はスッと消え去った。久しぶりに子供の頃の夢を見れたからだろうか、何だか心地よい。
夢の中に映る少女は私だ。そして相手の背の高い少年は、私の子供の頃の友人だった。
第一次冷戦の終結からしばらく経って生まれた私と知り合い、宇宙趣味が一緒だった事からよく遊んでいた。
だが……大人になって彼とはしばらく会っていない。
曇天事件と、それに伴う新冷戦により引き裂かれてしまったのだ。
『番組の途中ですが、緊急速報をお伝えします』
『大陸連盟建造の国際宇宙ステーション、"ユット・ド・パンゲア"が何者かによって爆破されました』
今でも新しいその記憶。あの事件は、かつての目覚め作戦で一つになったパルエ人類を再び引き裂いた。
『爆破の犯人は誰か?私は旧西側陣営だと思います。彼らは冷戦の敗者、だが自分は負けていないと思った。だから行動を起こした』
『旧東側陣営こそ、今回の事件の首謀者だ。彼らはこの事件を西側に擦りつけ、我々を追い込もうとしている』
『真犯人は南側陣営だ。彼らはまた帝国主義を取り戻そうとしている』
結局真犯人はわかっていない。
あれ以来、お互いを疑い疑心暗鬼に陥った各国は、様々な挑発と非難の応酬を続けた。そしてついにはそれぞれの陣営が敵対陣営に対して国交断絶を行い、対立した。
そんな情勢の中、その少年も私もいつしか大人になった。お互いの連絡先を知っているのだが、彼の返信はなかなか返ってこない。
やはり曇天事件以来、彼も思うところがあるのだろうと、私は勝手に思っていた。
そんな関係だが一つ言えるのは、彼も「宇宙へ行く」という夢を叶えられたらしい、という事だ。
らしい、というのはかなり不確定だが、実際電子メールでやり取りした時に宇宙へ行った事を短いメッセージで伝えられたのだ。
どこの所属かは言わなかったので嘘かもしれないが、私は本当だと信じている。なぜなら私もこうして宇宙へ行ったのだから。
「……もう、こんな時間か」
このまま瞑想していては、またベットで眠りについてしまう。これから先の回収作戦の報告会議があるのだ。艦長が遅刻だなんて恥ずかしい事は出来ない。
私は素早くシャワーを浴び、新しい制服に着替え、髪を整え身なりを整える。余裕のある時間に起きてよかった、と思いつつ私は艦長室の扉を開けた。
先の回収作戦から数日が経ち、〈アマヅチ〉はメルパゼル航宙軍の宇宙ステーションへと入港していた
パルエ初の、パルエ人が一から組み立てた宇宙ステーションである第一番宇宙基地。その名は『カンナギ』と呼ばれ、由来は神に仕える事を生業とする人々の総称だった。
なるほど、この基地は神の領域である宇宙と地上を繋ぐ巫女のような存在なのかと、初めて知った時は感心した。感心したのは15年も前の話であるが……
つまり、この宇宙ステーションは15年も前から存在する。建材を入れ替える事すら簡単ではない宇宙においては、そろそろ老朽化が目立つ頃である。
「艦長、お疲れ様です」
「ええ、お疲れ」
途中で〈アマヅチ〉の士官とすれ違いつつ、ナズナ大佐は宇宙基地の内部を歩いていく。この基地は遠心力による重力が働いており、立って歩く事ができる。
さて、この宇宙基地は中心に大きな円柱の区画があり、その上に覆いかぶさるキノコのように平べったい円が重なっている。基本的に上に行けば上に行くほど、情報の機密レベルが高くなるという仕組みだ。
そんな厳重な警備が敷かれたこの宇宙基地にて、ナズナは大佐レベルの機密アクセス権を用いてそれらをすり抜け、高官のみが参加する会議室へと入室した。
「あら、既に全員揃っているじゃない」
開始20分前だが、既に会議室は満席だった。とりあえず、この宇宙基地にいる佐官以上の階級は全員集められているらしい。
1番目立つ正面にいるのは、〈アマヅチ〉の所属する第一航宙艦隊司令官のマツダ・ハルト中将。もう1人はこの宇宙基地を管理するシロノ・ヒヒ中将。他は基地航空団長だったり各艦の艦長だったり。
そしてもう1人、見た事のない白衣の人間がいた。おそらく回収作戦で拿捕したオブジェクトを調査している先進技術本部の人間だろう。紹介を待つべきだ。
「ナズナ大佐?」
「ん?」
着席したナズナ大佐に声をかけたのは、見慣れた艦長職の男性だった。階級は同じなので少しフランクに話す。
「あら、トセ艦長。どうしたのです?」
「いえ、先日の作戦での不備を謝罪しておりませんでしたので。作戦に支障をきたし、申し訳ない」
そう言って謝るのは、先日の作戦で臨時に第二戦隊に組み込まれた砲艦〈ユイマ〉の艦長、トセ・マダザ大佐である。
礼儀正しい眼鏡をかけた細身の男性で、一見すると便りなく見えるが、艦長としての能力は十分で頼りにしていた。
「良いのですよ。あれはブースターの不具合ですし」
この時代、宇宙艦が地上から打ち上げられる時は基本地上から管制を行う。有人ロケットを打ち上げる際、上空までの制御の大半を地上要員が行う時代からの名残だ。
そしてブースターの管理や整備も地上の要員が行うので、それに不具合が出たとなれば地上要員にあったと言える。艦長の責任は軽い。
「それに〈ユイマ〉にはむしろ助けて貰った立場です。謝らなければならないのは私の方ですよ」
「なら良いのですが……」
「あなたは真面目過ぎますよ?」
最後に一言添えると、生真面目なトセ大佐はそれ以上言わなかった。彼は静かに私の隣に着席し、資料を開く。
「にしても、あの作戦は他国にバレる可能性があった中でよく決行しましたね」
「同感ね。宇宙空間の監視なんて、初めて飛び出した頃に比べたらだいぶ進歩しているのに」
先の回収作戦は極秘であったが、他国にバレた可能性がないとは言い切れない。宇宙空間の領有権は「誰のものでもない」と言われているが、各国はきちんと監視している。
そのため、この作戦は関わった者以外では佐官以上しか事の顛末を知らされていないという、厳しい情報統制が敷かれている。道中でアクセス権を持ち出したのも、これに起因する。
「まあ、バレていたとしても中身が何かまでは把握できないでしょう。今時、旧文明遺物の解析なんてみんなやっているし」
「そうだと良いのですがね」
そのうちに、時間が経って報告会議が始まった。
「ゴホン……これより、『回収オブジェクトに関する第一次経過報告会』を開始します」
司会進行役は意外にも白衣の人物だった。彼はスラスラとした調子、それこそ論文を発表する時のような口調で会議を進める。
「司会進行役のクロマサ技術少佐です。回収作戦から3日間で行われた調査の結果を報告いたします」
かなり長々とした説明が繰り返させるが、要約するとこんな感じだ。
・このオブジェクトから謎の電波が放たれている事が判明。
・電波はオブジェクトの左右両先端から放たれているとの事。
・そして重要なのが、謎の怪電波はこの回路の内部で光より速い速度で行ったり来たりしているとの事。
以上が報告の内容だった。
「うーむ……まあ、予想してた通り旧文明由来なのは間違いなさそうだな」
口を開いたのはマツダ中将であるが、この反応は大方予想していた通りであったのか、技術大佐は表情を変えず説明を続ける。
「はい。しかし、これ以上の調査で少し問題がありまして」
「何だね?」
今度は基地司令のシロノ中将が聞き返す。
「内部を光より速い速度で電波がやりとりされていると言いましたが……第一宇宙基地の古い設備ではこの光より速い怪電波を計測できないのです」
「そうなのか?」
その報告には流石の中将クラス2人も驚く。
「はい、なので非常に申し上げにくいのですが、設備が新しい第三宇宙基地にこのオブジェクトを輸送したいのです」
その言葉には中将クラスが唸った。無理もない、せっかく苦労して極秘に輸送したのにも関わらず、それを別の基地に輸送したいと言うのだ。二度手間だ。
「宇宙空間を他国のスキャン装備を掻い潜り、メオミー軌道上の第三宇宙基地にまで運ぶとなれば……」
「リスクが高過ぎますね」
マツダ中将の参謀がそう言った。
「今オブジェクトが係留されている場所も悪い。輸送艦に乗せるにしても、一度外に出してから宇宙空間で積み込む必要がある」
「そんなことしたら、確実にバレるじゃないか」
他の佐官もそんな言葉を投げつける。
誰も彼も、こんな二度手間をかけるくらいなら、最初から輸送艦に積み第三宇宙基地に持って行けば良かった、と思っているだろう。
「ですが、第三宇宙基地にある最新のレーザースキャニング装置がなければ解析は進展しません。古い第一宇宙基地では……到底無理ですね」
その言葉には第一宇宙基地の基地司令のシロノ中将が訝しんだ。古いのが事実とは言え、改めてそう言われると気分が嫌になるのだろう。
「その案件については我々の一存では決められない。内地にいる上層部に頼むしかないだろう」
「分かりました。ではそれまで待ちます」
議題は次の話に移り、司会のクロマサ技術少佐は報告を続ける。
「さて次の報告なのですが、オブジェクトには今までの旧文明言語とは違う新しい言語が確認されました。こちらの写真をご覧ください」
プロジェクターに映し出されたのは、何枚かの写真。オブジェクトに書いてあった箇所に番号を付けており、厳重な管理がなされている。
「他の旧文明言語とも照らし合わせてみましたが、全く分かりませんでした。その事を報告させていただきます」
だがこの言語、汚く錆び汚れているが断片的に読める。ナズナはその言葉を読み取り、翻訳してみる。
「"この第801号ビーコンはアマカミ公社の投資により作られました"?」
と、ナズナはその翻訳した言語を口に出した。会議室のメンバーの注目が、ナズナへと集まる。
「あ……」
しまった、とその時思った。
「ナズナ大佐、今のは?」
「い、いえ何でもありません!独り言です!」
「いや、今のは明らか読めていただろう?正直に話してくれ」
本当に言わなければ良かった、と思った。この手の問題は少し面倒くさく、根が深いから避けてきたのだ。
だが自分より遥かに高い位のマツダ中将に「話してくれ」と言われて、話さないわけにはいかない。軍隊とは階級が絶対なのだ。
「……私の家系は、スクレン諸島の少数民族の血を引いているんです」
「そうだったのか?スクレン出身なのは知っていたが、それは初耳だ」
やはり上官とは言え、この話を持ってくるのは憚れる。幼い頃はこれで苦労してきた。あまり良い思い出がないのだ。
「私の家系ではメルパゼル語だけでなく、ちょっと特殊な……民族言語を習います。それと似ていたのです」
「似ていた……という事は、間違っている可能性もあるのかね?」
「それは分かりかねます。確かに私は珍しい言語を習いましたが、言語学者ではないからです」
旧文明の遺物を調査する上では、言語学の知識も必要となる。
おそらくだが、クロマサ技術少佐は旧文明言語に絞って三日間調査していたのではないかと思う。なので、先住民族の言語までは考えが回らなかったのだろう。
「それが分かっただけでも大きな進展だ。よし、クロマサ君」
「はっ」
「直ぐにこの言語と、スクレン地域の古来言語を照らし合わせてくれ。何か他に分かるかもしれん」
「了解致しました。この後直ぐに取り掛かります」
そしてマツダ中将はナズナ大佐に向き直る。
「それからナズナ大佐」
「はっ」
「今のところ、航宙軍にこの言語がわかる佐官クラスは君しか知らない。君にはもしオブジェクトを輸送する際の護衛を頼みたい」
なんと、引き続きこのオブジェクトと関わる事になるらしい。ナズナ大佐は嫌な因縁を感じたが、口には出さなかった。
「はっ、了解しました」
ナズナ大佐は嫌な予感を無視して、返事だけを返した。
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統一パンノニア王国 王立国防省
メルパゼルの回収作戦から数日後
「これが、統一航空宇宙局より空軍経由で回ってきた報告です」
統一パンノニアの国防省に報告されるのは、主に仮想敵に関する情報だ。彼らが怪しい動きをすれば、何らかの方法で諜報部が勘づき、それを国防省に報告する。
「これは……二つの軌道が重なっている?」
「はい、その通りです。この軌道を遡ってみますと、片方の物体はメルパゼル領スクレン諸島より打ち上げられていました」
諜報部からの情報を報告するのは、いかにも諜報部出身という出立ちを出す、黒スーツの将校だった。それを聞く国防省の将校も、彼のことを一目置いているのか注目して聞く。
「その後、重なった二つの物体はメルパゼル航宙軍の宇宙基地へ向かいました。その後の消息は不明です」
「つまりは……メルパゼルがこの軌道上の物体を回収したと言うことかね?」
将校クラスは基本、頭が良くなければなれない。なので彼らはこの少ない説明でも理解する脳みそを持ち合わせている。
「はい。その認識で間違い無いでしょう」
「分かった、報告ありがとう」
この中で1番偉い人間が、会議を進めるべくそう言った。
彼らが用いたのは早期警戒衛星の監視網である。この監視網は宇宙時代の大国パンノニアが独自に放った監視網であり、パルエ上空を四六時中監視している。
それらの情報は国防省とその傘下の諜報部に行き渡るようになっており、何か怪しい動きがあればこうして報告される。
「皆どう思う?私としては、あのメルパゼルが回収した代物、かなり重要な物体だったと思うのだが」
「同感ですなぁ……あの合理主義のメルパがわざわざ手間をかけて持ち帰る代物です。相当重要なブツだと思いますよ」
将校達は議論を行うが、このデータと僅かな解像度の写真だけでは、メルパゼルの目的がわからない。
「物体の正体に関しては、残念ながら分かりませんでした。現在の警戒網ではスキャン範囲が狭すぎ、探知まではできず仕舞いです」
「うーむ……そうか。だとしても正体を知りたいな……」
情報はこれだけであったが、長年のライバルであるメルパゼルが怪しいことをしている。その件は無視できない。何か行動をするべきだと、誰もが思った。
「ならば、それを確かめてみませんか?」
そんな会話の中で、一人の将校が立ち上がった。彼はこの中では比較的若かったが、階級はそれに似合わぬほどの高官であった。
「本官に一つ、危ない策があります」
彼は宇宙軍航空団少将の位を付けた、若手の将校だった。
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パンノニア王立宇宙軍迎撃航空団 アレイレス実験基地
国防省への報告からさらに数日後
一隻のヴァド級再突入艦が、滑走路へのアプローチに入った。大型のスペースプレーンのような見た目のヴァド級が着陸する様は、巨大な鯨が降りてくるような圧巻である。
このところ、この基地に降りてくるヴァド級は多くなってきているらしい。しかし今日降りてきたヴァド級は貨物ではなく、人を1人だけ乗せていた。
「ふむ……やはり寒すぎるな」
極寒の大地にわざわざ降り立ったのは、先の国防省の会議にて発言した若手将校である。彼は首都ソルノークからヴァド級を用いてこの辺境の土地まで、文字通り"飛んで"来たのだ。
「ようこそお越しくださいました。アレイレス実験基地へ、プルクト少将」
「ああ、よろしく頼む」
南極ザレスの氷の大地を無理やり切り開いたこの基地は、統一パンノニア王国が大陸連盟からリース契約で借りている土地である。
なぜこんな場所を租借したのか?と言われれば、ここに何故か旧文明のロケット発射施設があったからである。
本来、赤道付近の方がロケットの発射は効率がいいのだが、何故かここにも発射台が存在する。一説には「終末戦争で壊滅した大陸各地に代わり、比較的安全だったここにロケット基地を建てたのでは無いか?」と言われている。
その施設の経緯がどうであれ、ロケット発射台を最初に発見したパンノニアは、この宇宙空間よりも極寒で厳しい土地に基地を建てた。その理由は後述する。
「あれが新型の空間戦闘機か?」
プルクト少将は、上空で演習飛行を行う2機の航空機を見上げた。
「はい。名前は"マエスチル"、第五世代型の空間戦闘機です。今は試作2号機まで作られています」
「良い機体だな。にしても、こんな極限の環境でも飛べるとは……」
「ここで飛べない機体は、宇宙など飛べませんよ」
そう、この基地は主に宇宙軍の空間戦闘機や偵察機などの耐久実験を行っているのだ。
限りなく宇宙に近い極限の大地においてテストを行うことで、宇宙という死の空間でも通用する戦闘機を作り出す。それがこの基地が建設された目的である。
「お、あの機体か?」
プルクト少将が注目したのは、マエスチルの1号機が2号機とドッグファイトに入った。
1号機が背後を取られ、追い縋る2号機が武装の射程に入った。しかし、撃墜判定が降る直前に1号機が視界から消えた。
地上にいるプルクト少将から見れば、1号機がその場でクルビット機動を繰り出したのが見えた。
「おお……」
1号機が逆転し、2号機に対して撃墜判定を取った。
「彼が例のテストパイロットかね?」
「はい。アシェル・トラン宇宙軍大尉、本基地の最優秀テストパイロットです」
そうして滑走路へ飛んでいくマエスチルを、プルクト少将は期待の眼差しで追っていた。
「2号機のパイロットはメロカ・ラトフ少尉。彼女も優秀なアシュル大尉の相棒ですね」
「……彼らをいきなり借りると言ってすまないな」
「いえ、良いのです。軍隊とは階級と命令にありますから」
しばらくして、彼らは暖房の効いた基地の応接室に待機した。担当士官に着陸したばかりの2人を呼び出し、彼らがくるのを待つ。
「失礼します」
そのうちに、ノックと共に2人がやって来た。
「アシェル・トラン宇宙軍大尉、出頭しました」
「同じく、メロカ・ラトフ少尉です!」
彼らは自己紹介をし、プルクト少将もそれに応える。そして彼らはソファに座り、話し合いを始めた。
「さて、君たちを呼んだ理由だが……少し頼まれて欲しい任務がある。今の任務を中断し、本土まで来てくれ」
プルクト少将は担当直入にそう言ってみる。テストパイロット達は驚いたような顔をし、2人で顔を見合わせた。
「俺たちを借りるのですか?まだマエスチルのテストが終わっていないのに?」
「すまない、宇宙にも地上にも長けているパイロットが必要なんだ。しかも口が硬くなければならない」
プルクト少将は続ける。
「アシェル大尉、メロカ少尉、君達は熱心な信奉者だと聞く」
「はい、うちは宗教家です」
「私もです」
「ならば、信念も口も硬いはずだ。私はそれに期待したい」
プルクト少将の言葉に信頼されている事を感じたのか、2人は懐疑感を少しだけ緩めた。
「それで……任務の内容は何です?」
「偵察任務だ。君たちには、メルパゼルの宇宙基地を直接偵察して欲しい。無論、口外は認められない極秘である」
プルクト少将は、任務の内容を告げた。メルパゼルが怪しいオブジェクトを回収した事、そしてそれが第一番宇宙基地に運び込まれた事。それらを伝える。
「無茶ですよ……厳重な空間スキャンが展開しているのに、偵察機単機なんて」
「自分も無茶だと思います」
2人は率直な考えを言った。しかしプルクト少将の予想通りであるので、反論は考えてある。
「普通では無いのは確かだ。しかし、作戦は念密に考えてある」
プルクト少将は説明を開始する。
「まず、メルパゼルの宇宙基地は高度400レウコ地点に浮いている。無論宇宙基地は高精度の空間レーダーを搭載し、監視を続けている」
そこまでは彼らも知っている事である。
「しかし、3日後のパンノニア時間午後13時26分頃に、曇天事件のデブリモニュメントが第一番宇宙基地の近くを通る。これに紛れるのが作戦だ」
そこに重ねるように、言葉を並べる。
「いくら高精度の空間レーダーといえど、デブリと同軌道を取る偵察機を見分けることは難しい。しかもこのデブリは第一宇宙基地の"近く"とは言ったが、実際は800ゲイアス以上離れている。しかし、この距離を撮影できるカメラを偵察機は搭載している」
プルクト少将がそこまで説明すると、テストパイロットの2人も表情が変わっていた。
「つまりは……俺たちはデブリに紛れて隠れんぼをする、という事ですか?」
「そうだ。これなら、できそうではないか?」
2人は顔を見合わせ、真剣な表情で考える。
「まあ、準備期間は2日だから今日のうちに結論を出してくれれば良い。さて、考えてくれ」
プルクト少将はそこまで言ってやると、話をそこで終わらせた。悩む2人のテストパイロットであるが、その日の夕方に電子メールを送ってくれた。
『話し合った結果、結論が出ました』
『この作戦、やらせていただきます』