曇天の宇宙:第六話~進路変更~

 

統一パンノニア王国 アシュレーウ市
夕食から数分後

「……やっぱり、付けられているな」
「ですね」

統一パンノニア王国の都市、アシュレーウ市にて日番の休日が続くアシュルとメロカであるが、2人は乗り込んだタクシーの中で後ろを警戒していた。
雨が降り頻る中、かれこれ1時間ほどホテルへ向け走っていたが、そのルートをずっと追尾してくる青い車が一台。なんの目的で追尾しているのかは分からないが、こう言う場合の怪しい動きは大体他国の工作員だ。降りた方がいいか、それともどうするかと2人は車内で相談をしていた。
しかし運転手は後を付けられている事に気づいていないらしいので、淡々と目的地への運転を続ける。

「仕方ない、目的地を変更しよう」

アシュルは淡々と運転を続けるタクシードライバーに対し、身を乗り出して目的地を変更する。

「なあ運転手さん、少し予定が変更になったんだ。ここで降りても良いか?」
「ん?ああ、良いですよ。料金は……」

鈍感なタクシー運転手に対し、アシュルは急ぎの用事があるとしてかなりの額の紙幣を一枚渡す。

「これで、時間がないから釣りはいらん」
「お、毎度あり。次の機会にも、うちのタクシーを利用してくれ」

会計が終わるとアシュルとメロカの2人はタクシーから下車し、雨の中を一気に走り出す。当然、追尾していた怪しい青い車から人が降りてきた。

「失礼!」

人の混雑をかき分け、2人は走る。そのうちに、路地裏をわざと進むルートを取り追手を撒こうとする。
しかし工作員はしつこいのか、2人を見失わずに着いてきていた。人混みを退かし、ゴミ箱を蹴散らし、周りへの被害などお構いなしである。
そして2人がさらに狭い路地に入るべく角を曲がろうとした瞬間、何者かによって2人は取り押さえられた。

「っ!!」
「シーッ、静かに」

追手の仲間かと思ったが、取り押さえた男はそう言ってマントを2人に被せた。2人がすっぽりと入るデカいマントだ。
マントの裏地にはゴテゴテした機会部品が備え付けられており、男はそれを操作するとマントが透明になる。なんだこれは、と思いつつもアシュルとメロカは息をひそめた。

「……行ったようだぞ」

しばらく静かにしていると、男はそう言ってマントを引っぺがした。

「感謝するが、何者だアンタ?」

アシュルは開口一番、なぜ助けたのかよりも男の正体が気になった。彼はよく見ると黒いコートに身を包んだ、いかにも紳士な格好をしている。しかし、声に関しては何故か人間とは思えない無機質さがあった。

「今は言えぬ。しかし、君たちに伝えなければならないことがあってな」
「なんだ?」
「……君の幼馴染、ナズナ・ミシアの事は知っているな?」

彼が口に出した名前に驚きつつも、アシュルは冷静になり、話を進めてもらう。

「……ああ、知っている」
「彼女を助けたいのなら、方法がある。だがまずは彼女の身に何が起きているのかを知るために、ある場所まで行くと良い」

どうやらコイツはナズナのことを知っていて、更に彼女の身に何が起きているのかも知っているらしい。怪しくなってきた。

「なんのつもりだ?」
「……行けばわかる。彼女を助けたいのだろう?」

それを言われては、幼馴染として黙っていられない。こいつは狡い奴だと、初対面ながらにそう思った。


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メルパゼル航宙軍 重巡宙艦〈アマヅチ〉
取り調べ室

「ビーコン801号?」

アマヅチの取り調べ室。窓もなく、外の声も聞こえない灰色の空間は、まるで囚人の拷問室のようであった。最も、周りに拷問器具があるわけでもなく血もついていない。比較的穏便に取り調べを行うのがこの部屋の目的だ。

「その管理AIだと言いたいのかね?」
「何度もそうだと言っておる。妾の身体を調べたのだろう?」
「……確かに君はアンドロイドだ。それも現代の技術では作れない程、高度で人間的。それは間違いないが……」
「なんじゃ?」
「君の言う、"ビーコン"というのがよくわからない。ビーコンとはなんだ?」

取調室の士官が質問を重ね、少女を問いただす。この少女こそ、先ほど第一格納庫のオブジェクト内部から出てきた謎の人間だ。今では801号と名名乗っている。

「ふむ、お主らビーコンを持ち去ったのにそんなことも知らぬのか?」
「だから、ビーコンとはなんだ?」
「お主らがオブジェクトと呼んでいるあの物体じゃ」

質問とそれに合わせた回答がチグハグながらも返ってくるが、やはり会話が噛み合わない。それでも取り調べは進んでいく。

「その話は其方の艦長にのみ話す。だからナズナ殿を連れてくるのじゃ」

彼女との取り調べがうまく進んでいないのは、彼女がナズナ艦長と話をする事を要求しているからだ。ナズナ艦長の事を馴れ馴れしく呼び、しかも彼女の前でしか詳しく話さないと言う。
なんとも身勝手な要求だが、このままでは話が進まないのも事実だ。取調室の外からカメラの様子を見ていたナズナ艦長は、意を決して扉の前に立った。

「失礼、話を聞いても良いかしら?」

取り調べ室をノックすると、先程までカメラに写っていた取調官が姿を表す。

「艦長、流石に話をするのは……」
「彼女に害はないように見えるわ。彼女から話を聞かせて、進展しないわ」

説得をすると取調官は席を譲ってくれた。傍で銃を持った兵士が警護する中、ナズナ艦長は彼女と対面で座る。

「私が相手なら、話してくれるのよね?」
「勿論じゃとも。我が親の末裔に約束破りなどせぬ」
「一応、貴方の名前が欲しいわね……とりあえず暫定的に801号って呼ばせてもらうわ」
「うぬ。我には愛称が無いから好きに呼んでくれて構わぬ」

彼女改め、801号はそう言うので、此方への害はないと考える。まず一つ目の質問として、"ビーコン"とやらについて問いただす。

「まず、ビーコンとはどんな装置なの?」
「簡単に言えば、お主らが"旧文明"と呼んでいる時代で試験されていた転移装置じゃ」

801号は説明を始めてくれた。説明としては子供のような語彙力であるが、アンドロイドの彼女が言う説明はむしろ分かり易かった。

「まず、旧文明時代においても恒星間航行のためのワープ技術は開発されていなかった事は知っておるの?」
「ええ、流石の旧文明もそこには至っていないとね」
「じゃが、それに似たような航法は研究されていた。その手段の一つが、ビーコン同士を接続して行き来する転移装置じゃ」
「……そんな事は可能なの?」
「可能じゃ。まあ、事故を無くすべく試験を続けていた最中だったじゃがの」

彼女は詳しい仕組みを説明してくれた。

「ビーコンの仕組みは、簡単に言えばビーコン同士を光より早く一瞬で行き来する特殊なシグナルで繋ぎ、それに物体を載せて転移させるのじゃ。これがビーコンの仕組みであるの」

続けて話を聞く限り、どうやらこの"ビーコン"とやらは転移装置であり目印でもあるという。
転移装置、と聞いてナズナ艦長は真っ先に〈アマヅチ〉の転移現象を連想した。もしかしたら、何か関わりがあるのかも知れないと思いつつも、話を進める。

「じゃあ、この船が別の場所に転移したのも、何か関係が?」

その事を聞くと、801号は難しい顔をした。

「……そうじゃ。だが、あれは他者による人為的な事故に近い」
「どう言う事?」

ナズナ艦長は問いただす。

「お主らは、突然謎の存在に攻撃された筈じゃ。それはの、このビーコンを悪用している人間の策略じゃ」

と、801号はそう言うが、俄には信じられなかった。あまりに陰謀論者じみた事を言い始めたので、これは流石にと問い返す。

「冗談でしょ?」
「そんな事は無い、本当じゃ!お主らはビーコンを明け渡すまいと陰謀に巻き込まれたのじゃ!!」

それを聞くと、彼女は必死に訴えるような剣幕で大声を放った。狭い取り調べ室に大音量が響くが、ナズナ艦長は動じる事なく反論する。

「残念だけれど、それに関しては証拠がないから信じられないわ。むしろ貴方を疑いたくなる」
「……すまぬ」

それを聞くと801号は萎縮してしまった。申し訳ないと思いつつ、ナズナ艦長は言葉を続ける。1番気になっていた事だ。

「もう一つ質問。何故、私にはここまで詳しく教えてくれるの?」

それを聞くと、801号はまるで親密な親を見るかのような優しい目でこう言った。

「それはの、お主が我の生みの親の末裔だからじゃ」

その言葉に、ナズナ艦長は鼓動を掴まれた。
801号の生みの親、となればおそらく開発者や開発企業の事だろう。それと自分の特殊な家計の出がなんの関係があるのだろうか?
しかしその疑問の裏腹、何か確信的な仮説が彼女の脳裏を過ぎる。

「……どう言う事?」
「妾のことを研究していたのは、旧時代の小さな会社、アマカミ公社じゃ。"アマカミ・ミシア"と言う女性学者こそ、妾の理論を研究していた」

ミシアの名前が出てきて、今度こそナズナ艦長は戦慄する。例え数多ある偶然の一つであったとしても、自分と同じ苗字の人間が旧時代にいたと言うだけでも驚きだからだ。

「気づいておるじゃろう?お主はそのアマカミ殿の末裔じゃ」
「そんな偶然が……?」
「ああ。おそらくお主は何か特殊な言語を知っているのでは無いかの?それは、アマカミ公社が研究を隠すために作った造語……社内暗号じゃ」

そう言えば、どころの話では無い。確信と共にナズナ艦長は衝撃を覚えた。
第一番宇宙基地にてビーコンに書いてあった文字を解読して読み上げたこと。何故か自分の家の特殊言語で自然とスラスラ読めてしまっていたが、その言語こそ彼女の言う"社内暗号"だったのだ。

「戦争間近だった故、研究は言語で隠すしかなくての……でもそのおかげで、隠れた状態で理論を確立できたのじゃ」

801号は動揺するナズナを置き、説明を続ける。

「動揺するのもわかる。しかし、カメラからスキャンした遺伝子情報から、お主が末裔だと確信した。だから、信頼できるお主にのみ話しているのじゃ」

その言葉に冷静になれたナズナ艦長は、一旦深呼吸を挟み心を落ち着かせた。

「……こんな形で謎が解けるとは思わなかったわ」
「妾も、こんな形で巡り合えるとは思っておらなんだ」

偶然というには余りにも的確すぎるが、2人にこんな接点があるとは思っていなかった。謎が解けたところで、話をさらに進める。

「さて、次の質問なんだけれど……私たちはどうやって帰ったらいいの?」


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統一パンノニア王国 アシュレーウ市郊外
謎の男と出会ってから数日後

謎の男は最後まで名乗らなかった。しかし、それでもナズナに繋がる手がかりを教えてくれた。その場所は月面、セレネ表面にある特殊な座標だった。
そこへ行くため、まずアシュルとメロカは統一パンノニア国籍の輸送船に秘密裏に乗り込んだ。バリバリの宇宙軍用の輸送艦であり、船はセレネ軌道上までの航路を取る。
この輸送艦には護衛艦に護られながら航行をする。積荷にはこの前の偵察でも使ったヴィシリマ偵察機が搭載されており、2人は機体の中に隠れていた。
途中、輸送艦で警報が鳴り響く。火災警報だ。予定通りの時刻で発生していることを確認し、アシュルとメロカは機体を起動させ飛ぶ準備を開始する。
あの男が言うには、これは工作による人為的な警報。格納庫火災を感知した輸送艦の艦長は積荷を切り離し、事態の沈静化を図る。その隙にヴィシリマ偵察機が飛び出すと言う作戦だ。
ガゴン、と言う音と共に貨物室が切り離された。四角いコンテナがそのまま宇宙空間を浮遊し、フワフワとセレネの引力に引かれていく。
コンテナは積荷がセレネの地表に落下しないよう、スラスターで姿勢制御を始める。しかし、アシュルはそんな足掻きに構わず機体を動かした。
仕掛けた爆弾でコンテナの外装を爆破し、空いた穴からヴィシリマ偵察機を発進させる。輸送艦と護衛艦は今の爆発に気づいておらず、ヴィシリマ偵察機はバレずに発進した。

「さて、ランデブーだ」

セレネの地表スレスレを這いつくばって飛行、地表や上空のレーダーに捉まらないようなルートで飛行を続ける。

「アシュル大尉、渓谷があります。利用しましょう」
「了解、峡谷飛行のために速度を落とす」

メロカが見つけた月面の峡谷に飛び込み、速度を落としつつ飛行。目指すは謎の男から送られてきた座標、その一点まで。

「間も無く峡谷が終わります」
「上昇までカウントダウン、5……4……3……2……1……今!」

操縦桿を引き、一気に上昇。この付近はまだ開拓が進んでおらず、近くに軍事基地があるわけでは無い。しかし、逆に存在するのが旧兵器関連だ。この月面の海に存在する旧兵器に手を拱いて、開拓が進んでいないのである。
すでにパルエ人類が旧兵器対策として監視しているエリアを抜けた。上空に敵性反応は無い、後はひたすら座標へ向かう。

「あれか」

しばらくして、その座標に存在する建物を見つけた。古い通信塔のような構造物であり、何度も歪な修理を重ねたのか、元の形が歪んで見える。
アシュル大尉は機体を近くの平地に着陸させた。バウンドすることも無い、見事な短距離着陸。セレネの重力は惑星パルエよりも低い為、着陸する距離は短くて済んだ。

「さて、謎の親玉と出逢おうじゃ無いか」
「ええ、行きましょう」

アシュル大尉とメロカ少尉の2人は、パンノニア正式採用のアサルトライフルを持ち合わせて来た。それらを装備し、空間飛行服を着たままの状態で建物へと突入する。

「敵性反応は、今のところありません」
「油断するな、電源はあるのに電気が付いていない。歓迎されていないのかもな」

中へ進みつつ、メロカ少尉がヴィシリマ偵察機を遠隔操作、中を調べられるだけスキャンする。しかしそれをすり抜ける旧兵器の存在も考えられる為、2人は銃を携帯しているのだ。あの怪しい男の言う事なので、油断してはならない。
建物の中は真空空間だった。エアロックは壊れており、手で開けるほど老朽化がひどい。内部構造は、塔の真ん中が吹き抜けのホールになっているようであり、ロープを伝って最下層まで降りることができた。目的座標はその更に下だ。

「まだ下だ」

未だ敵性反応どころか、監視カメラの反応すらない。不気味なほど静かで、それがまた怪しさを際立てる。
酸素残量には余裕があるものの、なるべく長居したく無い空間だ。何処かでエアロックがあれば、空間飛行服を脱いで酸素を節約できるのだが。

「っ!」

ハンドサインでメロカ少尉へ止まるよう命じる。
目の前に何かの残骸があった。形からしておそらく旧兵器関連。目標座標はその先だ。
残骸には四つの脚が確認され、その中央に胴体が位置する。まだカメラアイが光っているようで、淡く光っている。もしかしたら生きている敵性反応かもしれない。

「メンフェス型の残骸か?」

見たところ、一体しかいない。倒せば切り抜けられるかもしれない。アシュルはメロカとハンドサインで合図を交わし、ライフルに取り付けられたランチャーを構える。装填されたのはEMP弾で、それを旧兵器の死角からそれを狙う。

「3……2……1……ゴー!」

ランチャーの引き金を引き、EMP弾を打ち出した。低重力環境で長く飛翔し、放物線を描きながら旧兵器の頭上へ。
着弾する前に、旧兵器が反応した。EMP弾に対してレーザーを撃ち込み、迎撃する。するとEMP弾に閉じ込められた電磁波が炸裂し、旧兵器に電撃を浴びせた。
その程度では旧兵器は撃破されなかったが、カメラアイを混乱させることに成功した。その隙にアシュル大尉が遮蔽物から飛び出し、カメラアイに向けて射撃を開始する。
弾丸はカメラアイに被弾し、火花が散る。防弾ガラスに受け止められたが、バキバキに割れたガラスはカメラの機能を完全に阻害した。
それでも熱センサーでアシュルを探知した旧兵器は、レーザー光線の照準を大尉に向ける。しかしその時、遮蔽物の方向から狙撃が響いた。
メロカ少尉が放った2発の狙撃により、片脚の関節が吹き飛ばされた。バランスを崩した旧兵器は急激な姿勢変更により横転し、瓦礫に埋もれた。

「それっ」

それを完全に無力化するべく、アシュル大尉は缶の様な小さい物体を投げつけた。その円柱状の缶はスラスターを作動させ、クルクルと回転しながら旧兵器へ直進した。まるでミサイルのように。
そして爆発、旧兵器は誘導手榴弾の爆発により粉々に粉砕され、機能を失った。

「よし、制圧したか?」

旧兵器は誘導手榴弾により無力化されたようだ。完全に動かなくなり、残された電源がピリピリと放電をしているだけ。
アシュル大尉は銃を構え、他に動き出しそうな旧兵器がいないか警戒する。どうやらこの通路にはいないようであり、それを確認したアシュル大尉はメロカにハンドサインを出す。
それを見たメロカ少尉は、周りをクリアリングしながらアシュル大尉の近くの遮蔽物に移動した。しかし、その時メロカ少尉の後ろの壁にヒビが入っていることに気づいた。その先から空気が漏れ出している。

「っ!!」

空気が漏れ出しているということは、その先が空洞ということを表している。そして、その先にも旧兵器がいるとしたら……

「メロカ!早くこっちに来い!」

そう叫んだ瞬間、壁が完全に崩れ空気が勢いよく噴き出した。その勢いと同時に、新手の旧兵器が飛び出した。
しまった、と思い銃を構えるがメロカ少尉の目の前にまで迫っていた。メロカの目が見開かれ、彼女も手遅れだと覚悟を決める。
しかし、その旧兵器に対して鋭い光の一撃が貫く。その一撃により、旧兵器に熱で大穴が開けられ破壊された。

「客には噛み付くなと言ったのに」

光の方向を見ると、1人の人物が立っていた。背はそこまで高く無い青年で、清楚で爽やかなイメージを齎す。しかしそんな顔立ちとは裏腹に、彼は真空空間にも関わらず生身の状態で仁王立ちしていた。その異様さが、アシュル大尉とメロカ少尉の不安を掻き立てる。

「さて、君達が例のお客さんだね?」

真空空間なので、彼の声は電子に乗せられ宇宙服の通信機器に響く。声根は心地が良いが、所々ノイズが走っていた。


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メルパゼル航宙軍 重巡宙艦〈アマヅチ〉
戦闘艦橋

取り調べから数時間が経ち、艦内の問題はだいぶ解決された。格納庫はシグナルが復旧され、艦内の点検も終わった。どうやら問題は他に見つからなかったらしく、格納庫の問題はやはりビーコンの影響だったようだ。
そして801号によると、この転移現象により移動した〈アマヅチ〉を元の場所に戻すことはできないらしい。
801号によると……

『あの転移現象は、ビーコンにレーザーが命中したことによるエネルギーの暴走じゃ』
『それをもう一度行うには、またレーザー被弾するしか無い』

との事であり、再現は不可能だという。
つまり、〈アマヅチ〉は自力でパルエ軌道に戻らなければならないのだ。
それを乗員に説明すると、不安が口々に漏れ出した。当たり前だ。〈アマヅチ〉の航続距離がいくら長いとはいえ、エイア軌道からパルエ軌道まで戻るとなれば相当な航海になる。しかし、他に方法はないそうだ。
それからであるが、司令部との通信は繋がった。とは言ってもタイムラグが酷すぎるので、一方的なメール形式である。

「司令部から帰還軌道を提示してもらいました。おそらくこのルートなら、燃料も保ちます」

司令部は〈アマツチ〉のトラブルに動揺していたが、生存報告を受けたことにより、冷静に帰還ルートを考えてくれた。
エイア軌道からパルエ軌道まで数億ゲイアスの航海。未だ有人探査以外において、この距離を航行した軍艦は全くない。

「ただ……途中でトラブルに遭った場合、燃料が足りるかどうかは分かりません」
「その場合、司令部と相談して給油艦を動かしてもらうしかなさそうね」

段取りを決めるまでに、転移現象から3日ほど経っていた。その間〈アマツチ〉はエンジンを停止して燃料を節約している。
しかし、残りの燃料でパルエ軌道に帰るには給油が必要だ。そのための給油艦であり、メルパゼル航宙軍は〈アマヅチ〉をなんとか帰還させようと努力している。

「さて、そろそろ出航時刻よ。エンジンを準備」
「了解、出航準備。総員、出航準備に入れ」

乗組員が忙しく移動し、出港の準備に入った。物の数分で各ブロックの出航準備が整い、メインエンジンに火が灯る。

「エンジン始動!」

メインエンジンが始動を開始。出力が段々と大きくなり、〈アマヅチ〉は加速を開始する。

「進路変更!これより本艦は、パルエ軌道への帰還ルートへ入る!」

進路変更により、重巡〈アマヅチ〉は航行を始めた。目的地はパルエ軌道への帰還ルート、当初の目的地はメオミーであった。


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???? 監視所
通信室

「こちら観測、熱反応を探知。エンジン炎と予想」

薄暗い部屋には数人の監視員しかいない。その誰もが目が悪くなりそうな生体ゴーグルを付けており、何かを監視している。

「例のブツを積んだ重巡が、帰還ルートへ動き出した可能性ありだな」
「付近を航行中の艦に報告しますか?」
「当たり前だ」

士官の1人がそう呟くと、今度は別のゴーグルを装着。端末を操作し、付近を航行中の味方艦をデータで確認する。

「来れそうなのは……よし。直ぐに、巡航戦艦〈ヴァイネルガン〉へ連絡しろ」
「はっ」
「奴は大量破壊兵器を持ち出している。この事故を利用し、必ず仕留めなければならない。くれぐれも事故を装う様、念を押しておけ」

情報はしばらくして、付近を航行中の生体宇宙艦に伝えられた。データ上にあるその艦影は、これまでの生体宇宙艦とは全く違う。

最終更新:2022年04月07日 18:16