惑星パルエ 623年 第2次南北戦争再開戦から2か月後
アーキル連邦は南北戦争再発によりクランダルト帝国の反撃をうけ苦戦する最前線のカノッサ湿地帯へ増援を積み込んだ輸送船団を派遣していた。このアルガルーダ輸送船団もその一つであり船団旗艦である重巡〈アルガルーダ〉艦橋で、艦隊司令兼重巡〈アルガルーダ〉艦長であるシュレーア・ハインレッタ准将が腕を組みながら地図を見つめている。
その視線の先には、ザイル砂漠と湿地帯の境界線がある山脈があった。
この山脈を越えれば、そこからは敵地である。つまりはここから先は敵味方入り乱れる激戦地帯で、今までのように安心して航行できる保証はないのだ。
(最も、今まで安全に航行できていたこと自体奇跡なのだけれど…)
シュレーアは地図から顔を上げ、傍らに立つ副官に声をかけた。
先ほどまで艦隊運用について話し合っていたのだが、今は休憩中だ。
彼女はシーバの入ったカップを持ち上げると、一口飲み喉を潤してから話しかけた。
「それで、貴官は先ほど入ってきたこの電文についてどう考えているのかしら?」
30分前に傍受した電文の内容は、陸軍からのもので帝国軍の通商破壊戦隊の一つがアルガルーダ輸送船団の航行ルート付近を航行中というものだった。この情報に間違いがなければ、まもなく敵艦隊と遭遇することだろう。
そうなると厄介なことになる。
シュレーアは表情を変えず、目の前の若い参謀の顔を見た。
彼の名はリウセン・エッケンベルガー、階級は大佐で若いながら有能な人物だ。そして名前からわかる通り生粋のアーキル人ではなく、ルーツはクランダルト帝国からの亡命者で、彼はその3世に当たる。そのためか外見はアーキル人のそれに近く、やや彫りの深い顔立ちをしていたが、その肌の色はやはりクランダルト系人種特有の白さであり、髪の色も金色であった。そんな彼は、緊張した面持ちのまま話し始めた。
「は、グランダルティン共が攻撃を仕掛けてくるとすれば我々が山脈を渡り切った後でしょう。恐らく敵はまず艦載機で護衛の艦艇を真っ先に潰しに来るものと思われます」
リウセンの言葉に対し、シュレーアは無言でうなずくことで続きを促した。
するとリウセンは言葉を続ける。
「敵の艦載機は駆逐艦にも搭載されているので数で負けている上に格闘性能も優秀です。まともにぶつかれば歯が立ちません」
シュレーアはその言葉を無言で聞いていた。
確かにリウセンの言うとおりだったからだ。
クランダルト帝国軍艦載機グランビアは生体器官の採用で異常な格闘性能を誇るだけでなく、これらを駆逐艦に1,2機程搭載しているのだ。
数の上では負けており、旗艦〈アルガルーダ〉にユーフー改4機とレイテア偵察機2機、護衛空母〈ニンリア〉にセズレⅤが8機、レイテア偵察機2機、レーテ艦爆2機程しか積み込まれていない。
これらの事実が意味するところはひとつしかない。すなわち、制空権はほぼ敵に握られているということだ。
シュレーアは小さくため息をつくと、ティーカップを手に取りゆっくりと紅茶を口に含んだ。
本来ならパンノニア茶の方が彼女の好みなのだが、パンノニア茶葉は非常に値段が高く准将といえども、彼女の月給ではおいそれと手が出せない。一方、リウセンの方はシーバを飲んでから、真剣な表情を浮かべたまま言葉を続けた。彼の両親は元よりシーバや茶といった嗜好品の購入には消極的な人物であったため、アーキル連邦内ではシーバを飲む機会が非常に多い。そのためかリウセンはこの手のものを好む傾向にあった。
シュレーアがシーバを飲み終わった頃合いを見計らってからまた話し出す。
「そこで我々は敵の迎撃体制が整わないうちに奇襲をかけようと思います。幸いなことに我々の船団は重巡1隻と装甲巡空艦1隻に護衛空母1隻と駆逐艦4隻、空防艦6隻と現状では比較的大規模なものです。貴重な戦艦や戦略空母を随伴させるわけにも行きませんので…」
その言葉にシュレーアは再び無言でうなずいた。
この規模の輸送船団に対して戦艦などの大型艦を随伴させると目立ちすぎるのだ。
下手をすれば敵艦隊に捕捉され、集中砲火を浴びる可能性もある。
もっとも艦艇不足の連邦軍には輸送船団につける戦艦自体残っているのかどうかすら怪しいところだが…。
そもそもいまの連邦軍はこのような輸送船団の護衛艦艇どころか、主力艦隊の補充すら怪しいところなのだ。
というのも、かの悪名高い618年のリューリア大艦隊戦において連邦軍は8個主力艦隊の内第2艦隊を除いた全ての艦隊が、文字通り壊滅もしくは全滅したためだ。
そのため現在、空軍戦力の中核となるべき主力艦艇はその大半が主力艦隊に回されるか、本国での上空警備などに従事させられていた。
そんな状況下で今回の作戦である。幸いなことにこのアルガルーダ輸送船団の護衛戦力はお寒い懐事情の連邦軍の中でも比較的強力なもので、旗艦であるトリコイゼイ級重巡〈アルガルーダ〉を筆頭にサリオン級装甲巡空艦1隻、メティモール級護衛空母1隻、セテカー級駆逐艦1隻、コンスタンティン級駆逐艦2隻、ニッポディア級軽駆逐艦1隻、ゼン級空防艦6隻、エミュライ級空防艦4隻の計15隻に高速輸送艦12隻、油槽船4隻というのがアルガルーダ輸送船団の全容であった。
(おそらく敵は、現在の連邦軍の状況からかんがみて、こちらの輸送船団の規模を大したことはないと侮っているはず…)
シュレーアはそう考えると、口を開いた。
「それで、奇襲をかけるとしたらいつになるのかしら?」
「はい。まずは、敵哨戒網をくぐり抜けて山脈の手前まで進出する必要があります。そして山脈の向こう側に敵が展開していないことを確認し次第、山脈越えを開始します」
リウセンの案は聞いている限りではそんなに悪いものではなかったが、シュレーアは首を振った。
「確かに貴官の提案は悪くないわ。でも、問題は山脈を越えた後よ。そこからはもう安全地帯じゃないのだから、索敵の難易度は一気に上がるわ。しかもこちらは艦載機がそんなにポンポンと使えないし、敵の戦闘機と艦艇の数も不明よ。下手に分散させて各個撃破されました、なんてことになれば目も当てられないわ」
「!?はっ、確かに仰るとおりです!」
シュレーアの言葉を聞いたリウセンは慌てて敬礼をすると、冷や汗を流しながら黙り込んだ。
リウセンは優秀な軍人ではあるが、まだ若く戦闘経験が少ない上に感情が顔に出やすい。
その点についてはいずれ経験を積めば何とでもなるが、やはり若さというのは時に致命的な弱点になりうる。
シュレーアは少し考え込むような仕草をすると、リウセンに話しかけた。
「まぁ、いいでしょう。それじゃあ今のうちに敵の情報について教えてくれるかしら?その方が色々と都合が良いわ」
シュレーアはそう言うとティーカップを口に運んだ。
それを見たリウセンは姿勢を正すと、説明を始めた。
「はっ!了解しました。敵艦隊の編成は正確なものは不明ですが、傍受した電文によると巡戦級1隻、軽巡級4隻、駆逐艦級6隻の計11隻ほどだそうです」
「思ったより多いわね…」
シュレーアは眉根を寄せると、ティーカップを置いた。
「はい。ただ、これはあくまでも推測値のため正確性に欠けるところがありますが……」
「それは仕方がないわ。それにしても10隻以上とは…。これはかなり厳しい戦いになりそうだわ」
シュレーアはそう言ってため息をついたが、それは突如鳴り響いたサイレンによってかき消された。
『敵機接近、総員戦闘配置!!繰り返す…』
艦内スピーカーからけたたましいサイレンの音と共にそんな放送が流れる。
それと同時に艦内に非常警戒態勢を知らせる赤色灯が点灯し、慌ただしく人が動き始める。
「敵機だと!?どこにいる!!」
リウセンは敵機来訪の報を聞き艦内電話に飛びついた際に、盛大にすねを机の角でぶつけ悶絶していた。一方そんなリウセンのことはほっぽらかしでシュレーアは、電探室に艦内無線をかける。
「艦橋より電探室、何事か?」
『はっ!対空レーダーに反応あり。おそらく敵の偵察機と思われます』
「了解、対空戦闘を許可する。早急に打ち落とすように。あと、防空指揮所に通達、迎撃機の発進準備を急がせるように」
『了解しました』
「それから、念のために機関室に出力上昇を命じておいて頂戴」
『はい、わかりました』
シュレーアは電探室の士官との通信を切ると、今度は艦内電話で砲術長を呼び出す。
「私よ、状況は分かっていると思うけどすぐに戦闘になる可能性があるわ。主砲射撃用意を」
『了解。すでに全砲門、射撃可能状態になっています。いつでもいけますが?』
「そう、頼もしいわね。ありがとう、そのまま別命あるまで待機しているように」
シュレーアはそれだけ言うと、通話を切った。
「敵襲ですか?」
リウセンはそう言いながら、痛む足をさすっていた。
「えぇ、どうやらそのようね。恐らく敵は我々がここにいることにまだ気づいていないはず。その隙に山脈を北上して遠回りしたように見せかけて、ばれないように山脈を渡り切って、前線の軍港まで速度生かして逃げ切れればこちらの勝ちね」
「逆に言えば、山脈を渡っている途中もしくは山脈を渡り切った後に攻撃されるとおしまいですな」
「そうね、ただそれに関しては天候が今の落ち着いたままであることを祈りましょう」
そう言ってシュレーアが窓から珍しく晴れている空を見上げていたころ…。
山脈南側 帝国軍 ブラウンヒッチェン戦隊 戦隊旗艦グロアール級戦艦〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉 艦橋
戦艦〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉の艦長であるウィルフリート・フォン・アイゼナッハ大佐は渋い表情を浮かべながら、副艦長シュナイダー中佐からの報告を受けていた。
「敵艦隊発見の報はまだないのかね?」
「はっ!残念ながらまだ報告されておりません」
「ふぅーむ。敵はどこへ消えたのだ?まさかこの吹雪の中で遭難したのか?」
アイゼナッハは表情を変えることなく、冷静に考えを巡らせる。
「いえ、それは考えにくいでしょう。ドクトルからの情報では山脈北側は晴れとの事です。また仮に吹雪の中であろうともあの規模の船団が姿を完全に消すことは不可能です」
「そうだな…。そうなるとあの情報はガサネタだったか、我々が今ここでまごついているうちにカノッサへ向かったと考えるべきかね」
「はっ!確かにその可能性が一番高いと思います」
「しかし、敵艦隊は一体どこに消えてしまったんだ?それに敵の動きが妙に早い気がするのだが…」
「そう言われてみれば、確かに動きが速いですね」
「うむ。まるで我々の動きを読んでいたかのような動きだな」
そこまで言ったところで、アイゼナッハは口をつぐんだ。彼らは1週間前にクラッツにて帝国軍が捕虜にした連邦軍将官から、輸送船団のルートと時期について聞きだし、その情報をもとに輸送船団を狩るべく罠を張ろうとしていた。
「報告、空母アルバニグランの4号偵察機からの連絡が途絶しました」
「なに!?どういうことだ!!」
「はっ!不明です。ただ、状況からみて撃墜された可能性が高いかと…」
「そうか…。わかった、とりあえずアルバニグランは護衛を付けて置いていくことにしよう。それよりも、敵の位置は確認できたのだろう?」
「はっ!現在、敵艦隊の位置については、偵察機からの最後の報告をもとに大体把握できております。恐らく奴らは我々をやり過ごすために北上していると思われます」
「だとするとそれは厄介だな…」
「はい。我々としては、このまま敵船団が通り過ぎるのを待つという選択肢がありますが、その場合が敵が山脈北部から大回りで南を抜けられると、追撃は不可能に近いかと。ですので、敵艦隊の進行方向に対して先回りする形で北上し、敵と接触を試みるべきかと」
参謀からの発言を聞いたアイゼナッハは黙りこくった。ウィルフリート・フォン・アイゼナッハ、階級は大佐、年齢は今年で67歳。下級貴族のアイゼナッハ家嫡男として生まれ、家族は妻と今年成人を迎える娘が一人。長男もいたが5年前のリューリア戦役で戦死している。部下や同僚からの評価は、正統派の寡黙で職人気質の軍人として通っている。
「敵が北上している可能性がある以上、我々はそれを追う形で北上する必要がある。ただし敵の進路上に出ることは危険すぎる。よって敵が我々に気づかず、そのまま北上を続けることを祈るしかないな」
「はい。私もそのように思います」
「よし、各艦の艦長は準備ができ次第いつでも出撃できるようにしておけ。それと、敵艦隊を発見してもすぐに攻撃しないように伝えろ。敵にこちらの位置を悟られたらまずいことになる」
「はっ!了解しました!」
そう言ってシュナイダー中佐は敬礼した。とそこに、
「艦長、司令官閣下がお呼びです。司令官室に各艦の艦長は来るようにとの事です」
「はぁ、わかった。すぐに行こう」
そう言ってアイゼナッハは艦橋を後にした。
「まったく、あの方はいつも唐突だな…」
アイゼナッハはそうつぶやくと、軍帽をかぶり直し艦橋を出た。
戦艦〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉 司令官室
「失礼します」
「おそい、遅刻だぞ」
「申し訳ありません」
「まあ良い。それより、例の作戦の準備はどうなっている?」
「はい、既に完了しております。後は、命令があればいつでも発進可能です」
「うむ……。では、これより我が艦隊は敵船団を殲滅する。全艦に通達しろ」
「はっ!了解いたしました」
「しかし、敵は一体どこへ消えてしまったというのだ?まさか本当に吹雪の中で遭難したわけではあるまい?」
そう言ってブラウンヒッチェン戦隊総司令官、上級近衛騎士カーテリン・フォン・ブラウンヒッチェン中将は首を傾げた。
「はっ!敵が遭難したという可能性は薄いかと思われます。遭難した場合は、通信機などを使って救援を求めるはずですが、そのような報告は受けておりません」
「あぁ、遭難したのならアジャンギ共の船がこの辺りにも来るはずだ」
「はい。その通りです。ですから、敵がどこかに潜んでいる可能性が高いと思われます」
「そうだな…。やはり敵は我々を警戒して北上していると考えるべきだろうな」
「はい。おそらくはその通りかと。しかし我々に北上したように見せかけて山脈を南下する可能性も捨てきれません」
「確かにな……。どちらにせよ敵は我々の存在に気づいた上で北上している可能性が高い。ならばこちらもその動きに乗って北上するのが最善手だな」
「はい、我々も敵の動きに合わせて北上して敵の予測進路上で待ち伏せる予定でございます」
「ふむ…。では、予定通り作戦を開始する。準備を怠るな、では解散」
「はっ!了解しました。失礼いたします」
そう言うとアイゼナッハは司令官室を出ていった。
(さて、うまくいくといいが…)
カーテリンは椅子に深く座りなおすと、窓から見える吹雪交じりで輪郭がぼやけている山脈を見つめた。
一方カテーリンが窓から外の景色を見つめているころ、アーキル連邦軍アルガルーダ輸送船団は山脈内で吹雪と猛格闘していた。
「ちくしょう、こんなところで足止めを食らうとはな」
船団の輸送艦の船長が悪態をつくと、彼の部下である一等航法士が答える。
「仕方ないですよ。天候ばかりはどうしようもないですし。それに、もうすぐしたら雪もやみますよ」
「ふん、バカいえ。この天候はどう見ても異常だ。俺の経験じゃこんな異常天候ほど長々と続くんだ」
そう船長は愚痴ると、外套のポケットから煙草を一本取り出し、火をつけるとおもむろに吸い始めた。
(クソッタレ、本当なら今頃山脈をでて最大船速で高高度を飛行するはずだったのによ!!)
そう心の中で毒づきながら、彼は煙を大きく吐き出した。実際いい作戦だったのだ。帝国軍の通商破壊戦隊に北上して山脈を遠回りするように見せかけて、船団の足の速さをいかして山脈を南下後、最大船速で帝国艦の飛行できない高高度をかっ飛ばす。聞いた限りは悪くないと思ったが、今現在目の前でふぶいている季節外れの大寒波に起因する猛吹雪の所為で、当初の航行ルートより西に流されてしまい、風にあおられまくっているという始末であった。
するとその時だった。
「ん?おい、なんだあれ!?」
「え?何ですか?」
「ほら、あそこだよ!あの山の上になんかあるぞ!!」
船長が指差す先には、吹雪の中にうっすらと何か巨大なものが見えた。
「なんでしょうかね、あれ……」
「知らんわそんなこと!とにかく司令部に連絡しろ!」
二等航法士は無線機を手に取る。そして、
「こちら第21号輸送艦。船団旗艦、応答願います」
『こちら船団旗艦、第21号艦どうした?』
「それが、2時方向の山の上に妙な建造物が見えまして」
『妙な建造物だと、どんなものだ?』
「それはわかりません。距離がある上に輪郭が少ししか見えません。あ、今光りました」
『なに、光っただと?』
「はっ!一瞬でしたが間違いなく光りました」
『そうか、偵察機を向かわせる。よく見つけてくれた』
「はっ!ありがとうございます」
そう言うと、通信は終了した。
「おい、偵察機が行くらしいぞ」
「そうみたいですね」
「しかし、一体なんだってんだろうな。こんなところに建物なんて」
「うーん、さあ…、何でしょうね」
一等航法士が艦長の問いかけに頭をかしげる。
「今航行しているのが、山脈のどのあたりかわかれば想像できるんですがね」
「それもそうだな。まぁ、いずれわかるだろ」
「そうですね」
2人はそう言って笑い合うと、再び艦橋に視線を向けた。そこには相変わらず猛威を振るい続ける吹雪があった。
「畜生、何だってこんな天候の中わざわざ飛ばなきゃなんねぇんだよ」
「文句を言うな。これも任務だ」
「わかっちゃいるがな。しかし、この寒さと横風だけはどうにかならんのか…。まるで氷風呂に浸かりながら、ジェットコースターに乗っているようだぜ」
「同感だな。だが、今はそのうち晴れると信じて耐えるしかない」
「へいへい」
「しかし、本当にこの辺りなのか?先程から何度か旋回しているが、一向に見つからないのだが」
「確かにな、さっきから見ても何も見えんぞ」
船団旗艦〈アルガルーダ〉から発信した2機の偵察機の片割れで、通信手も務める偵察員は、後ろで操縦桿を握るパイロットの言葉に同意を示した。
「もう少し高度を下げてみるか」
「了解」
彼が操縦桿を前に押し込むと、更に高度を下げる。するとその時だった。
「ん?おい、待ってくれ!前方に何か見えるぞ!!」
「なに!?」
その言葉を聞いて、偵察員は慌てて前方の方を仰ぎ見た。と、目の前にワイヤーまみれの植物ともでかい塔ともいえないことのない建物が現れる。
「おい嘘だろ、あれはクランダルティンの通信施設じゃないか!!」
「まさか、こんなところにあったとは…」
彼らは驚愕の表情を浮かべると、急いで機首を引き上げ上昇していく。そして、彼らの通った空間の後ろが次々と爆発しサーチライトが点灯し始める。
「くそっ、対空砲火を始めやがった!!これはもう間違いないぞ、あれは帝国軍の拠点だ!」
「よし、アルガルーダに打電しろ!このままじゃ、船団があの施設すぐ側を通っちまう!!」
「わかった」
彼は無線のスイッチを入れると、マイクに向かって叫ぶ。
「こちら2番偵察機より船団へ、敵施設の位置情報を送る。至急確認を求む。繰り返す、敵施設の位置情報を送る!」
そして、送信ボタンに手をかけた瞬間だった。突然機体の右翼に激しい衝撃が走った。
「うわ!?、何が起きた!?」
「右翼に被弾した!!機体がコントロールできない!!」
「なんだと!?」
機体は凄まじい勢いで落下していき、山脈に墜落。二人が脱出する暇もなく機体が爆発した。
「2番偵察機、撃墜された模様」
「そんな…」
観測員の報告に、シュレーアは思わず絶句する。
「どうしますか、司令?」
「…全艦に通達第1種戦闘配置、幸いなことに敵はあのように撃ってくれと言わんばかりに明かりをつけているわ。あの通信施設がこちらに気づいていないと確証が得られない以上、交戦せざるを得ないわ。このアルガルーダとサリオンを先行させてあの施設を叩く。その隙に船団は通信施設を迂回しつつ南下。砲撃終了後に再度合流する」
「了解しました」
通信士はそう言うと、艦内放送用のマイクを手に取った。
「総員、第1種戦闘配置!繰り返す、第1種戦闘配置!各部署は所定の位置につき次第報告せよ。繰り返す…」
「よし、行くぞ!艦隊行動開始だ!!」
砲術長がそう言うとともに、アルガルーダから司令がとぶ。それをうけて〈アルガルーダ〉と共にサリオン級装甲巡空艦〈サリオン〉が艦隊から前進する。
「機関始動、取り舵30度!微速前進」
シュレーアの指示と同時に、〈アルガルーダ〉の巨大な船体がゆっくりと動き出し、〈サリオン〉がそれに続く。
「両舷停止、転針完了」
「装填完了、弾種榴弾。撃ち方用意」
「了解、主砲照準。弾種榴弾、空対地砲戦用意、照準合わせ」
「ふん、久々の砲撃目標が艦艇ではなく通信施設とはな」
パルエの軍隊なら必ずいる弾道計算ヲタクにして、砲術長であるズナフ・イシィナー少佐がそう言う。それにつられてか、砲術指揮所ににいるクルー全員が苦笑した。
「まぁ、砲術訓練用の標的艦じゃ無くて、帝国相手なだけましとしましょう」
「それもそうだな」
「距離1.1ゲイアス、風向き北北西、風速12テルミタル」
「うーん、微妙な数値だな。もっと近づきたいところだが…」
「これ以上は気流がつよくて近よれんそうです。下手すると山肌に叩き付けられて沈むのがオチですよ」
「ふむ、確かにな。仕方ない、このくらいの距離で我慢するか」
「えぇ、それがいいと思います」
「主砲発射準備よろし、いつでも撃てます」
「よろしい。では艦長、号令を」
シュレーアは頷くと、右手を少しだけ挙げてから下ろすと同時に
「撃て」
短く命令を下した。
「撃ちぃかた始め!!」
砲術士官の合図とともに、轟音と閃光を発し〈アルガルーダ〉の20fin連装砲4基8門と、〈サリオン〉の18fin連装砲2基4門+14fin連装砲4基8門の合計18発の砲弾が放たれ、弾尾曳光が軌跡を描いて雲と吹雪を切り裂きながら飛翔する。
「命中まであと8秒」
観測員の言葉通り、18発中12発の砲弾が施設に命中し、残った6発も施設の周辺の対空陣地に着弾する。
「よし、いいぞ!このまま砲撃を続行して施設を完全に破壊してやれ!!」
「了解、砲撃続行!!」
再び砲撃音が響き渡り、施設に無数の穴が穿たれていく。そして、十分後全ての施設と対空砲が沈黙し、破壊されたのを確認したところで、艦隊はようやく攻撃を停止した。
「全艦被害状況を知らせ」
「本艦被害なし」
「アルガルーダよりサリオンへ、そちらの被害状況は?」
『問題ありません。ただ、先程撃ちすぎたせいで主砲弾薬が半分ほど減ってしました』
「それは…ご愁傷様ね」
シュレーアは苦笑いを浮かべると、航法士に指示を出す。
「ではこれより、船団に合流するわ。サリオンはアルガルーダの後ろからついてくるように伝えなさい」
「了解。これより船団に合流します。機関全速前進」
〈サリオン〉はシュレーアの命令に従い、全速力で〈アルガルーダ〉の後を追う。
「さっきの攻撃で敵施設は大体潰せたわよね?」
「恐らくは…」
「なら問題ないわね。ところで航法長、船団とは何分で合流できるかしら?」
「だいたい5,6分で合流できます。だからそれほど気をやむ必要はありませんよ」
「そう、わかったわ」
それから数分後、船団が見えてきた。
シュレーアはホッと息をつくと、
「よかった、どうやら無事だったようね」
「えぇ、ですがまだ安心するのは早いですよ。ここからが本番です」
「わかっているわ」
〈アルガルーダ〉は速度を緩めることなくそのまま船団と合流。〈サリオン〉も続いて無事に合流した。後は最大船速で南下して山脈を出るだけだったのだが
『レーダー及び共振器に反応あり!!数5!!』
「また!?」
レーダー室からの報告にシュレーアが思わず叫ぶ。
『距離、およそ1レウコ!方位南南東!高度差100メルトです!』
「かなり近いわね…」
「えぇ、これは流石にまずいですね」
「ちょっと待て、この反応はまさか…」
共振器を見ていた兵士が何かに気付いたのか、顔を青ざめる。それにつられるようにして他のクルー達も不安げになる。
「あぁそんな、この反応は帝国軍のグロアール級戦艦のものじゃないか!!」
「戦艦?でもなんでこんなところにいるんだ?」
「わかりません。しかし、このままだと確実に戦闘になりますよ!?」
「クソ、司令艦長に報告して対応を仰ぐぞ」
「はい、今すぐ」
通信兵が急いで艦橋に連絡を入れようとする。
『レーダー室より艦橋へ、敵艦識別完了。グロアール級戦艦1、ガーランド級重巡1、クライプティア級駆逐艦3!どうしますか?』
「どうするもこうするも無いわ、全艦に通達。艦隊戦用意。輸送艦は空防艦と駆逐艦、空母掩護の下離脱するように」
「はっ!」
クルー達はそれぞれの持ち場に戻り、迎撃の準備を整える。そして、シュレーアは艦内放送用のマイクを手に取り、いつも通りの声色で命令を下した。
「総員第一種警戒態勢へ移行せよ」
その言葉に一瞬だけ艦橋内がざわつくが、すぐに収まり全員が配置につく。
「艦長、よろしいですか?」
「なに、副長」
「あの、本当に戦うのでしょうか?まだこちらには弾薬が残っていますが、流石に戦艦相手となると厳しいのでは……」
「確かに、このまま戦えば負ける可能性は高いでしょうね」
「ならばなぜ?」
「ここで逃げれば、クランダルティンの戦艦にそれこそ背中をつかれるわよ。何より上から輸送艦は死んでも守り切れって言われているからね」
「そ、それは……」
シュレーアの言葉にリウセンは何も言えず黙り込む。実際の所司令官であるシュレーアを含めて誰一人としてこの敵艦隊に勝てるとは考えていなかった。しかしアーキル連邦軍上層部にとって、船団とその積み荷は護衛戦隊を犠牲にしてでも前線に届ける価値のある物だった。ギズレッツァ後期型21機とズィラ中戦車2個大隊、ヂトチン重戦車1個中隊が積み込まれていた。戦局が膠着しつつあるカノッサ戦線の状況打開の切り札として見られており、これらの兵器類を輸送すべくアルガルーダ船団と同じような船団が複数航行していたのだった。そして連邦軍総司令部は護衛艦艇に対して『たとえ全滅してでも輸送船を守り切れ』と檄を飛ばしていた。
「まぁいいじゃない。私は軍人だからね、上の言うことは聞かないと」
「……そうですね。自分も覚悟を決めました」
「あら、随分素直ね」
「えぇ、こういう状況ですから」
そう言ってリウセンは苦笑いを浮かべた。
「それに、いい加減実戦経験の一つや二つ学びたいので…」
「そう、なら死ぬ気で戦いなさい。それと無理はしない程度にね、私だってもう逃げるのは嫌だからね」
「あぁ、閣下はたしかリューリア帰りでしたね」
「まぁ…、ね」
「では、始めましょうか」
そう言った瞬間、艦橋に警報が鳴り響いた。
『敵艦、此方へ向けて降下してきます!!』
帝国軍 ブラウンヒッチェン戦隊 戦隊旗艦グロアール級戦艦〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉 艦橋
「敵艦隊発見、アジャンギ共は我々より低高度を航行してやり過ごそうとしていたようです」
「成程、悪くはない考えだな。ただそれをやるには遅かった上に、欲張りすぎたがな」
「は、それで如何しますか?」
副長シュナイダー中佐の言葉にアイゼナッハは少し考えるような仕草を見せる。
「ふむ、中佐、敵艦隊の陣容について詳細な情報は得られたかね?」
「は、敵艦隊の編成についてですが通信所からの最後の報告では重巡級2、軽空母級1、駆逐艦級4隻、小型の護衛艇級の物が6、輸送艦16隻です。残念ながら詳しい艦級までは目視しなければわかりませんが…」
「情報としてはそれだけわかれば十分すぎるだろう。だが、敵艦隊はどうも我々に気が付いているようだ」
「はい、おそらく哨戒機からの連絡を受けたか、電探で感知して慌てて高度を下げたのではないでしょうか?」
「そのようだな、動きがいまいち落ち着いている…。よし、全艦に通達しろ。これより我々は敵の殲滅に移る。全砲塔ともに砲撃戦用意にはいりたまえ」
「了解、全砲門開け!砲戦用意!!」
その命令と共に降下しつつある各艦の主砲が一斉に旋回し仰角を上げる。そして、〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉の装備するネネツ製長砲身4連装28㎝砲を装備した3基の砲塔の砲身がゆっくりと目標へと向けられる。
「敵艦隊確認、距離約1レウコ、11時方向。彼我高低差約6メルト」
「生体探知装置、正常に動作中。レ式熱源探視機稼働」
「熱源探視機、問題なく作動。目標敵艦隊先頭駆逐艦。熱反応からして連邦セテカー級駆逐艦と思われる」
「弾種対艦榴弾、装填完了。発砲準備良し」
「よし、撃ち方始めっ!」
砲術士官の声が響き渡ると同時に、吹雪の暗闇の中に発砲炎が煌めくとともに巨大な砲弾が飛翔を開始する。そして放たれた砲弾は一瞬のうちにセテカー級駆逐艦の直上まで辿り着くと、その船体中央部を貫通した。その直後、セテカー級は轟音を立てて大爆発を起こし炎上する。
「初弾命中!次発装填急げ‼」
「艦長、敵艦に動きがあります。どうやら此方に気づいたようで、応戦してきています」
「如何なさいますか、司令官殿?」
「重巡シュバインフルヒとクライプティア級2隻を先行させて敵本隊を攻撃させろ。残り1隻は本艦直掩。軽巡レーヴニル以下全ての北上した艦艇もこちらに呼び戻せ。空母アルバニグランとのこりの駆逐艦2隻は後方待機するように伝えておけ」
「了解しました」
「さぁ、狩りの時間だ。思う存分喰らい尽くせ!!」
帝国軍ドレースデン艦隊所属のブラウンヒッチェン戦隊は、発見したアーキル連邦の輸送船団に対し猛烈な艦砲射撃を開始した。そして同時に〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉の前衛に就いていたガーランド級重巡〈シュバインフルヒ〉とクライプティア級駆逐艦2隻が突撃を開始。輸送船団にむえて肉薄しつつあった。
「砲戦開始!!奴らを近づけさせるなっ!」
輸送船団の指揮官であるシュレーア少将はそう叫びつつ、敵艦を指差す。しかし帝国艦隊の圧倒的な速力と火力の前には雀の涙ほどの効果しか発揮できず、瞬く間に敵艦に距離を詰められていた。
「敵駆逐艦、本艦に向けて接近中‼」
見張り員の報告に、艦橋に緊張が走る。
「回避運動を行いつつ砲戦用意。敵駆逐艦を近づかせるなっ‼」
そう言いつつも、彼女は心のどこかで諦めかけていた。敵艦は新鋭艦であり、こちらは重巡と旧式装甲巡1隻に駆逐艦4隻の混成部隊。しかも護衛対象が居る以上あまり無茶な機動はできない。どう考えても勝ち目はない。
(こんなことならもう少し無理言って司令部から艦艇を引き連れてくるべきだったかしら?いや、今更そんなことを言っても遅いか…)
彼女がそんなことを考えている間にも、敵駆逐艦は猛然と迫ってきていた。
「敵駆逐艦、主砲発射!我が方へむけて砲撃を開始しました」
「回避行動をとりながら反撃せよ。全砲門撃ぇーっ!!」
彼女の指示の元、各砲塔から対空砲火が撃ち上げられる。しかしその火箭を2隻の駆逐艦がすり抜けた。
「敵駆逐艦、至近!!」
「総員、衝撃に備えよっ!!」
次の瞬間、爆音とともに凄まじい衝撃波が彼女達を襲った。艦が軋みをあげ、艦体が大きく揺れる。そしてその度に艦内では悲鳴が上がり、負傷者が運び出されていく。
「被害報告急げ‼」
「後部甲板に被弾、火災発生中‼」
「空雷2発が船腹に被弾、死傷者多数‼」
次々と入ってくる損害状況に、シュレーアの顔が青ざめていく。
(まずい、このままだと全て沈められかねない。何か手を考えなければ…ん?)
ふと、彼女はあることに気がついた。それは敵の駆逐艦の動きだ。先ほどまでしゃにむに船団に肉薄しようとしていたのと比べて、明らかに動きがおかしい。そうこうしていると唐突に敵駆逐艦が回頭し始めた。
「敵駆逐艦反転します」
「いったいなんで…」
「司令艦長、あれを」
その言葉と共に一人の士官が指差したのは、曇天の向こうから飛来してくる小さな光点であった。
「敵増援⁉」
「いえ、味方です。友軍機です」
「何ですって⁉」
その声が響いた直後、帝国艦が装備した機銃を全て上空目掛けて発砲し、弾幕を張り始めるが、既にそこに敵はいなかった。そして雲の切れ間より現れたのは4機のセズレⅤだった。
「編隊長機より2,3,4番機へ、これより敵艦への攻撃を行う。各機ブリッジと生体器官部、もしくは砲塔を狙え」
『『『了解』』』
そう言うと、4機は一斉に急降下を開始する。帝国軍が放った機関銃の曳痕弾がセズレVに降り注ぐものの、狙いが甘く殆どダメージを与えない。更にセズレⅤが装備していた5fin対艦機関砲2門と機関銃2丁から弾丸が雨あられのごとく降り注ぎ艦橋や機関部に直撃する。機関部こそ強固な複合装甲で守られていたから無事だったものの、艦橋部はクライプティア級駆逐艦特有の船体から出っ張ったガラス張りの細長い作りが災いし、前斜め上から飛び込んできた弾丸がブリッジに入り込み、艦長以下艦橋部に詰めていた主要な操作要員が全て戦死。これにより船団への肉薄を試みていた3隻のうち、クライプティア級駆逐艦〈ラスィレク〉は制御を失い、行動不能となって降下したところを気流にとらわれ、山肌に叩き付けられて爆沈。重巡〈シュバインフルヒ〉ともう一隻の駆逐艦はどうにか舵をきったものの、船団への肉薄攻撃は断念せざるを得なかった。ここにきてまたもや帝国軍の対航空機戦は艦載機任せというドクトリンの弱点が足を引っ張ったのであった。
「敵駆逐艦、対空砲火を打ち上げています。艦爆は回避機動を取りつつ接近して下さい」
『わかった、掩護は任せたからな‼』
4機のセズレVは高度を落としつつ接近。敵駆逐艦との相対距離が詰まると、今度は一気に上昇しつつ、機銃掃射を浴びせる。そしてその後から爆弾を搭載したレーテ艦爆2機が急降下しもう一隻のクライプティア級に狙いをつける。
「目標確認、投下!!」
その言葉と同時に2発の600kg爆弾が投下されたが、風に煽られて逸れてしまい山肌を少し削っただけだった。しかしそれに慌てたのか、残ったクライプティア級一隻は慌てて舵を切るも、その行動はコンスタンティン級駆逐艦〈クーリュガーン〉にとって絶好の標的となった。
「全砲門開け!!奴を黙らせろっ!!」
そう言いつつ、〈クーリュガーン〉艦長は射撃命令を下す。その瞬間、彼の目の前で炎の花が咲き誇った。
12fin単装砲5門が一斉に発砲。砲弾が立て続けに撃ち出され、その全てがクライプティア級の船腹に命中する。
「命中弾多数!!」
「よし、そのまま撃ち続けろ!!」
砲術長の言葉を聞きながら、〈クーリュガーン〉艦長は満足げな笑みを浮かべた。旧式とはいえ、12fin単装砲を5基5門が主砲だ。いかに駆逐艦であっても、これだけの一斉砲撃を食らえばひとたまりもない。
「やったか!?」
だが次の瞬間、突如として艦橋に警報音が鳴り響く。
「報告!!」
「右舷に被弾、第2エンヂンおよびに三連対艦噴進弾発射機に命中!!火災発生!!」
「何だとっ…馬鹿な、あれだけの一斉砲撃を受けてまだ動けるというのか!?」
「いえ、いまの攻撃は敵駆逐艦ではありません!!」
「何ィ⁉」
「本艦直上、敵ガーランド級重巡接近!!」
「しまった、上空警戒を疎かにしてしまったか!!」
そうこうしているうちに、〈クーリュガーン〉の真上にまで迫ったガーランド級重巡洋艦〈シュバインフルヒ〉が、15cm連装徹甲榴弾砲から徹甲弾を放つ。その一撃が〈クーリュガーン〉の前部砲塔に命中し、弾薬庫が誘爆、大爆発を引き起こす。
「総員退艦!!」
「ダメです、間に合いませn」
〈クーリュガーン〉の艦橋は、一瞬にして業火に包まれた。轟音とともに艦体が傾き、傾斜角が上がっていく。そして数分後、〈クーリュガーン〉は炎上しながら高度を急速に下げ雲の中へ消えていった。
「シュバインフルヒ、敵コンスタンティン級1隻を撃沈しました」
「そうか、よくやった」
「いかがいたしましょう?」
「このまま前進、敵の増援が来る前に護衛を片付ける」
「了解、戦隊各艦に通達。本艦はこれより敵旗艦への攻撃を行う」
『シュバインフルヒ了解、本艦はこれより再度敵船団への攻撃を試みる』
『こちら駆逐艦ギシュト、本艦はシュバインフルヒに続く』
カーテリンがそう命令すると、3隻の帝国軍艦艇が一斉に動き出す。その進路は護衛空母〈ニンリア〉率いる輸送船団へと向けられていた。
「しかし、奴らこの天候で艦載機を出してくるとはな。よほど積み荷が大事と見える」
「はい、やはり積んでいるのは弾薬や食料などの物資でしょうな。まぁ我々にとってはどうでもいいことですが」
「そうだな…」
そう言うと、カーテリンは双眼鏡を手に取り、船団を眺める。
(さて、どうなるかな?)
彼女は胸中で呟くと、視線を再び敵艦隊へ向けたのだった…。
「クソ、駆逐艦クーリュガーンがやられるとは!」
「船団旗艦アルガルーダも敵戦艦と交戦中につき我々の援護は不能と言っています」
「何たることだ…」
「えぇい、忌々しい奴らめ!!おい、敵の動きは!?」
「それが、依然としてガーランド級と駆逐艦が突撃してきます」
「クソッタレ!クランダルティンどもめ、何だって輸送船団相手に戦艦なんぞ持ち出してきやがったんだ!?」
「それはどうしてかわかりません。おそらく、奴らの狙いは輸送船団の撃滅では?」
「んなもんわかってる!!」
そう言いながら、船長は苛立たしげに壁に拳を叩きつけた。
「とにかくだ、この状況を何とかしねぇと俺たちの船だけじゃなく、他の船にも被害が出る。出港前に積み込んだ武装は使えるか?」
「確認してきます」
部下の船員がそう言って部屋を出て行く。残された船長は、再び壁を殴りつける。
「何なんだアイツらは?俺の船ばかり狙ってくるとかふざけてんのか!?」
「落ち着いてください、船長。単にクランダルティンどもが戦艦を持ち出した部隊がたまたま我々だったという事でしょうから…」
「あーもううるせぇ!!こんな状況でおちついてられっか!!」
「しかし、このままだと我々は全滅ですよ」
「ちっ、わあったよ。おい、部下共を戦闘配置につかせろ」
「は、はい!!」
慌てて出て行く船員の後を見送った後、船長は窓の外を見る。外の吹雪はますます酷くなっており、雷鳴も鳴り響いていた。
「畜生、何でよりによってこんな時に…!」
「敵艦接近!!」
「くそったれ!!撃ちまくれ!!」
11号油槽船〈オイルスモウ2世号〉は接近してくるクランダルト軍艦艇に対し、添えつけられた10fin単装砲2門と8fin高角砲4門、機銃による対空射撃を開始する。
その砲弾は重巡〈シュバインフルヒ〉の後方に位置していた駆逐艦〈ギシュト〉に命中した。だが、その一撃をもってしても、〈ギシュト〉の撃沈は不可能だった。〈シュバインフルヒ〉の放った15㎝榴弾が〈オイルスモウ2世号〉の後部砲塔に命中し、砲塔が吹き飛ぶ。そして、その直後〈オイルスモウ2世〉号から放たれた艦首10fin単装砲の一撃が〈シュバインフルヒ〉の艦首付近に命中する。これは全くの偶然の一撃だったが、ダメージを与えた砲はともかく与えられた方には深刻なダメージが生じていた。〈オイルスモウ2世〉号の放った10fin榴弾は〈シュバインフルヒ〉の通信用構造物に命中。その結果〈シュバインフルヒ〉は僚艦との意思疎通は発光信号と信号旗という完全な目視だよりになってしまった。
「クソ、何だってんだコイツらは!?」
「艦長、敵重巡が突っ込んできます!!」
「回避運動急げ!!」
〈シュバインフルヒ〉の砲撃により、〈オイルスモウ2世号〉と〈ギシュト〉の間に距離が生まれる。〈ギシュト〉は〈オイルスモウ2世号〉に肉薄すると、艦尾に向けて発砲した。そして、その攻撃が〈オイルスモウ2世号〉に致命傷を与える。
「うぉっ!?」
「きゃあっ!!」
2発の14cm榴弾が機関室付近に命中。推進用エンヂンと浮遊機関を滅茶苦茶にし、鉄屑に変える。さらに、積み荷である燃料の積まれた船腹部タンクに1発が命中。瞬く間に大爆発の後火だるまになって墜落していく。
「くそったれ!!よくもやりやがったな!」
「敵駆逐艦が突っ込んできます!!」
「えぇい、撃て!撃ちまくるんだよ!!」
セテカー級駆逐艦〈クリシュナ〉は船体中央部に被弾し大爆発を起こすも、まだ戦闘力を失っていなかった。さすがに航行能力はないのでエミュライ級空防艦〈32号空防艦〉に牽引されていたが。
「クソ、あの野郎め!機関さえ動けばすぐに血祭に挙げてやるものを!!」
そう言いながら、〈クリシュナ〉船長は双眼鏡を手に上昇していった〈ギシュト〉を睨み付ける。
(こっちの船団は壊滅状態といっても過言じゃないな…。これじゃあ、俺達の積み荷も無事じゃないだろうな)
彼はそう思い、チッと舌打ちをする。
その時だった。
「敵重巡反転しました!!」
「何だと?」
船長は慌てて窓の外へ視線を向ける。吹雪のため視界が悪いためはっきりとはわからないが、確かに帝国軍の重巡はこちらに背を向けて撤退しているようであった。
「どういうことだ?奴らいったいどうしたってんだ?」
「わかりません。ですが、我々としては助かったことに変わりはないでしょう」
「そうだが…」
船長はしばし考えた後、部下に命じる。
「おい、他の船の状況はわかるか?特に輸送船団の状況が知りたい」
「今確認します」
船員がそう言って、通信機を操作する。そしてしばらくしてから、
「空防艦4隻が撃沈、3隻大破。コンスタンティン級駆逐艦イスメイ中破。駆逐艦クーリュガーン撃沈。護衛空母ニンリア中破、輸送艦はオイルスモウ2世号他3隻が撃沈。1隻が大破炎上中です」
「チッ、輸送船がやられたか」
船長は悔しそうな表情を浮かべた。
「まぁ、これで当面は安心できるか…」
「しかし、敵の狙いは我々ではなかったのでしょうか?」
「それはわからん。だが、少なくとも俺たち護衛部隊だけは確実に潰す気ではあったようだな」
「やはり、我々ですか。ただでさえ戦力不足だというのに貴重な大型艦が…」
「まぁ、そういう事だ。だが、それでも輸送船の被害が少ないのは不幸中の幸いだった」
船長は安堵の息を吐く。
「まぁいい。とにかく今は山脈を抜けるのに集中しよう。幸い何とか救援要請が打てたからな、運が良ければ味方艦が来てくれるさ」
「しかし、旗艦はどうされるので、まさか置いていくのですか?」
「仕方あるまい、肝心のアルガルーダが離脱を命令した後に音信不通になったんだ。何とも言えんよ」
「そうですね…」
「それに、今の我々は任務遂行の真っ最中だ。我々の役目を全うするのが最優先事項だからな。まぁ、この吹雪じゃいつまで保つかはわからんがね。一応、連絡艇は用意してあるけどな」
船長はそう言うと、窓の外の景色を見た。心なしか吹雪が少しだけ弱まっている気がした。
(しかしあのガーランド級、何だって逃げたんだ?)
〈クリシュナ〉の艦長は知らなかったが、ここ一週間南半球は北半球より遥かに寒波の勢力が強かったため、帝国艦は寒さに弱い生体器官に強壮剤を投与していた。そして〈シュバインフルヒ〉は規定量より多く投与していた上に元々酷使ぎみだったため、生体器官が耐え切れず悲鳴を上げたのでやむを得ず撤退したのであった。問題は外部との連絡手段が破壊されたため僚艦にそれが伝えられていなかったことだが…。
「ばかな!?何故シュバインフルヒは何の言伝もなしに勝手に後退したのだ!!」
クライプティア級駆逐艦〈ギシュト〉艦橋にて、艦長であるザウレヴィチ・グリンバルト少佐は怒りを露にした。
「クソッ、これでは我々は敵の真っただ中で孤立してしまうではないか!!」
彼は苛立たしげにそう叫ぶと、艦内通信の受話器を荒々しく取り出す。
「砲術長、本艦の残弾はあといくつだ?」
『ハッ、のこり数十斉射分となっております』
「わかった。全砲門を装填しておけ」
『了解!』
砲術長は復唱すると、各砲塔へと伝達する。
「まったく、こんな時に何を考えているのか…。いや、あの護衛部隊のせいか…。あのような奴らのことなど気にせずさっさと輸送船だけ攻撃すればよかったものを!!」
ザウレヴィチが忌々しそうにそう呟いた時だった。
「敵小型艦艇接近!」
見張り員がそう報告してくる。
「何だと?」
彼が慌てて双眼鏡を手に取ると、確かに敵護衛のフリゲートらしき艦影が複数確認できた。
「チィ!対空戦闘準備、コバエ共を叩き落せ!!」
「は、はい!!」
砲術長が慌てて各砲塔へ伝達しようとしたその時だった。
「敵駆逐艦、発砲!!来ました!!」
「何だと!?」
その言葉に慌てて外を見る。確かに複数の砲弾がこちらへ向かってきているのが見えた。
(しまった、まだ2隻残っていたのか…)
おそらくは敵の残存部隊だろう。だが、今からではとても回避など間に合わない。
「クッ、総員対ショック体制ーッ!!」
ザウレヴィチがそう叫んだ瞬間、無数の金属的な飛翔音が鳴り響いた。そして、爆炎が上がる。
「うわぁぁっ!?」
「な、なんだこれは…」
〈ギシュト〉の艦橋内は一瞬にして地獄絵図と化した。あちこちで爆発が起こり、火災が発生している。
「ぐわぁぁぁぁぁッ‼」
「ひぃぃぃぃっ!!」
「た、助けてくれぇ!!」
艦の至る所から断末魔の声が響き渡る。だが、次の瞬間更なる衝撃が〈ギシュト〉を襲った。
「空雷被弾、生体器官部に命中しました!!」
「な、なに?」
呆然としている間にも〈ギシュト〉の艦体が大きく傾き始める。
「生体器官ショック状態、出血多量!!」
「鎮痛剤投与、止血急げ!!」
「だめです、墜落する!」
その声と共に〈ギシュト〉は大きく傾斜していき、やがて弾薬が誘爆し、船体中央部から真っ二つになって轟沈していった。
〈ギシュト〉を撃沈したのはエミュライ級空防艦〈93号空防艦〉であった。
「敵艦撃沈!」
「なんとか船団へのこれ以上の損害は避けれたな」
〈94号空防艦〉艦長であるアッテンボロー大尉はそう言った。
「しかし、我々だけで敵を全滅させたわけではないのですぞ?他の友軍艦隊はどうなったのでしょうか?」
副艦長がそう言うと、アッテンボローは小さく肩をすくめる。
「知らんよ。ま、まずは生き残ったことを喜ぼう」
「そうですね」
〈93号空防艦〉は33号大型輸送艦〈ラガルディア〉の直衛艦として随伴していたが、輸送船団が攻撃を受け始めたため、急遽援護のために駆けつけたのだった。
「艦長、空母ニンリアより入電。今後の方針が決まったようです」
「よし、なんて言ってる?」
「は、我が船団の速度を生かし早急に山脈を離脱。カノッサへ向け直行するといってます」
「そうか…」
酷なようだが残った輸送船13隻の為に船団旗艦を含む2隻を見捨てる。だがそれも仕方ないのかもしれない。なぜならリューリア以降の連邦軍にとっては輸送船団護衛とヒグラート渓谷の戦いこそが重要であり、司令部にとって輸送船の為に軍艦が死ぬことこそが望みであるからだ。
「しかし、大丈夫かな…」
「え?」
「いや、何でもない。それより急いで船団に合流するんだ」
「ハッ、了解しました」
〈93号空防艦〉は艦首を東に向けると33号大型輸送艦〈ラガルディア〉とともに船団に合流すべく移動した。
「目標敵戦艦、下げ4、上げ1、左6で斉射!」
「了解、アルガルーダ第13射始めぇ!」
アルガルーダの主砲4基8門が火を噴く。
「命中弾なし、再度砲撃続行します」
「ダメか…」
砲術長ズナフ少佐は結果を聞いて唸る。
「やはり、敵もこちらの動きを読んでいるみたいだな。かなりの場数踏んでるぞこりゃ」
「まったくです。敵の腕もありますが、その上気流の影響がひどすぎて弾が逸れてしまいます」
「でも、だからと言ってこのまま手をこまぬいているわけにはいかないぞ、砲撃を続ける。次上げ2、下げ1、右3。弾種榴弾」
「了解、次こそ当ててやりますよ」
「ああ、頼んだ」
砲術長が指示を出す。再び射撃が始まった。
「さすがに当たらないか…」
ズナフ少佐はそう呟きながら双眼鏡を構える。なおも敵艦の砲弾がこちらへ降り注いでくるのが見える。
「うおっ!?」
だがその時、1発が敵砲塔に直撃した。
「やった!当たりました!!」
「おお、よくやった!!よし、もっと打ちまくれ。装填急げ!!」
「了解!!」
〈アルガルーダ〉の放った砲弾が段々と着弾していく。だが、それでもなかなか敵の装甲を貫くことはできなかった。
「クッ、まだ貫けんのか…。なら、こうするまでだ」
彼はそういうと艦内電話を手に取った。
「司令艦長殿、艦首狙撃砲の使用を具申します」
「なんですって?」
「あの新型の狙撃砲です。あれを使えばきっと!」
「…わかったわ、許可します」
「ありがとうございます!」
ズナフ少佐は受話器を置くと副砲術長に告げた。
「艦首狙撃砲の使用許可が下りた。発射準備に入れ」
「了解、発射準備に入ります」
副砲術長が命令を復唱すると部下たちに指示を出していく。そして、すぐにそれは完了した。
「砲術長より各位、艦首狙撃砲使用の許可が出た。これより本艦は艦首狙撃砲による艦砲射撃を実施する!」
『了解!』
〈アルガルーダ〉の艦首には新型の口径18finの単発狙撃砲が4基搭載されている。主砲より1、2回り口径が小さいが、精度と射程、弾速は各艦艇の主砲を大幅に上回るという連邦の決戦兵器である。
「取り舵90度、艦首を敵艦に向けろ!」
「距離600メルト、風向き南西、風速23テルミタル」
「敵艦、軸線に乗った!」
「撃てぇーっ!!」
〈アルガルーダ〉の艦首から徹甲弾が放たれ、敵戦艦に向かって飛翔する。それらは船腹に命中し爆発を起こした。
「やったぁ!」
「すごい威力だな。これならいけるぞ」
〈アルガルーダ〉は細かく射線変更しつつ発砲を続ける。しかし、敵の28㎝砲弾が〈アルガルーダ〉の右舷の舷側装甲に突き刺さった。
「被害報告!」
「艦尾被弾、後部兵員室火災発生。右舷部補助エンジン大破ぁ!」
「了解、応急処置急げ」
「はい!」
「報告!サリオン被弾、4発です!!」
「何ですって!?」
シュレーアは艦橋の窓から外を見た。そこには黒煙を上げ、炎上する僚艦の姿があった。〈サリオン〉は〈アルガルーダ〉後方を飛行していたのだがその際に、〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉第3砲塔から放たれた28㎝徹甲弾4発が船腹に命中。2発が14fin連装砲の装備された砲郭の装甲をぶち破って入り込んでから炸裂したために、弾薬に誘爆。その結果次々と誘爆し始め、〈サリオン〉は消火に失敗。雲間に炎上しながらゆっくりと落下していった。
「くそぉ…ッ」
「司令艦長殿、もう持ちません」
「わかっている」
敵戦艦がこちらに向けて砲撃してくる。だが、その照準は正確とは言い難かった。
「やはり、敵も必死ね」
「ええ…」
此方の砲撃は相変わらず着弾していたが、有効打はまだなかった。だが、こちらにも焦りがある。この敵艦隊との戦闘が始まって既に4時間が経過していたのだ。敵も疲弊しているだろうがこちらもかなり疲労が蓄積している。特に弾薬類の消耗が激しく、敵の攻撃を避けることも困難になってきていた。
「とにかく、今は耐えるしかないか…」
「はい」
その時だった。
「敵弾接近!」
「回避!!」
〈アルガルーダ〉は大きく右へ転針して敵弾を回避。だが、そこに敵戦艦の砲弾が飛来してきた。
「きゃああっ!!」
「うわあああっ」
「くっ…、報告!」
〈アルガルーダ〉の左舷中央部に敵砲弾が命中。かなりの衝撃が艦内を襲った。被弾した際に左舷連装空雷発射管に直撃し誘爆。左舷に吊り下げられていた内火艇2隻とドラム式輸送筒2基が吹き飛ばされて落下。さらに艦橋左側に設置されていた15.5fin両用砲に誘爆。火柱を上げながら盛大に吹き飛んだ。
「被害状況知らせ!」
「左舷15.5fin両用砲誘爆、火災発生中!」
「消火急げ!機関出力全開、戦闘可能時間を計算しろ!」
「は、はい!!」
「報告!先程の爆発で舵をつなぐ電気回路が破損、操舵不能!」
「なんだと!?」
(まずいわ…)
シュレーアはこの艦がどうしようもなく追い詰められていることを悟った。このままでは〈アルガルーダ〉は沈没してしまう。それだけは避けなければならない。
その時、再び敵の砲弾が飛来した。今度は右舷前部に命中して大きな爆炎を上げた。
「ぐぅッ」
「司令!」
「大丈夫よ…。それよりも残っている弾薬は幾つ?」
「は、はい!残弾6割以下を切りました」
「そう、なら何とかなるかもしれない」
「どういうことですか?まさか、降伏するとでもいうのですか!?」
「違うわ。まぁ見ていなさい」
シュレーアは不敵に微笑むと、リウセンに言った。
「敵弾来るぞ!」
「取り舵90度!!そののち敵艦に向け急接近!」
〈アルガルーダ〉が敵砲弾の射線から逃れるように左旋回を行う。その間にも砲弾が至近弾として降り注ぐ。
「まだなの…」
「距離500メルト、風向き南東!」
「主砲射撃準備完了しました!」
「撃てぇーっ!!」
〈アルガルーダ〉の艦首から徹甲弾が放たれ、敵戦艦に向かって飛翔する。そして敵艦の舷側装甲に突き刺さると、信管を作動させて内部で起爆した。
「よし!」
「やったぁ!」
しかし、敵戦艦の動きは止まらなかった。それどころか砲塔がこちらに向いているように見える。
「駄目だ!効果なし!!」
「退避ぃーっ!!!」
〈アルガルーダ〉は必死の操艦を行い、敵弾を回避する。だが、その先にも敵弾が飛来した。
「うわあああっ」
「くそっ、マズイ!!」
〈アルガルーダ〉の右舷後部に敵砲弾が命中し、船体が大きく揺れる。その衝撃で艦内各所から再度悲鳴が上がった。
「被害報告!」
「後部兵員室火災発生!」
「消火急げっ!」
「はいっ」
〈アルガルーダ〉は何とか航行を続けようとしたものの、遂に限界が訪れた。機関部に入り込んだ1発の徹甲弾が浮遊機関に命中し木っ端みじんに吹き飛ばされた。こうなっては空を飛ぶことなどできはしない。〈アルガルーダ〉はそのまま地表へとゆっくり落下していった。
「もうこの船はダメだ、墜落するぞ!」
「総員退艦!!落ち着いて行動せよ!落下傘は全員分あるぞ」
「了解!!」
「司令艦長殿も早くっ!!」
「いえ…、私は最後でいいわ」
「よろしいので?」
「いいのよ」
〈アルガルーダ〉はゆっくりと大地へ向かって落ちていった。そして、その艦橋にはシュレーアの姿があった。彼女はふっと笑うと、静かに呟いた。
「私の勝ちね…」
その言葉を最後に〈アルガルーダ〉は弾薬誘爆による爆炎に包まれて轟沈した。後に残ったのは沈みゆく残骸だけだった。しかし〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉がうっとおしい重巡を排除した頃にはすでに輸送船団は山脈を脱出し、一路カノッサの連邦軍軍港に向っていた。そのためブラウンヒッチェン戦隊は追跡を打ち切り、根拠地であるティレニア・クランダアル軍港まで帰還。
今回の戦闘は連邦、帝国双方に影響をもたらした。連邦は帝国が輸送船団攻撃に戦艦まで投入した考え、恐慌状態に陥り前線に対して後方でモスボールされていた旧式艦や新たに増産した戦時急造艦艇、温存していた戦艦群を投入。帝国は帝国の方で、通商破壊戦には巡空艦と駆逐艦を主力として割り当てることを決定。また前線へ増援を投入した連邦に対して、連邦依然侮りがたしと自らも艦艇を投入。双方ともにそれなりの数が前線に張り付くことになるも、623事変に対する帝国の報復攻撃でアナンサラド王国のオアシス都市テメンニグルが消滅したことを除き、何事もなく年は過ぎた。しかしお互いそれなりの数の艦艇を前線に派遣したこともあり、何も起きないはずもなく翌年初頭の第12次ヒグラート渓谷戦勃発の遠因になるのであった。
損害状況
連邦軍アルガルーダ船団
旗艦重巡〈アルガルーダ〉撃沈
装甲巡空艦〈サリオン〉撃沈
駆逐艦〈クリシュナ〉大破(のちに空雷処分)、〈クーリュガーン〉撃沈、〈イスメイ〉中破
護衛空母〈ニンリア〉中破
空防艦4隻撃沈、3隻大破
輸送船4隻撃沈
帝国軍ブラウンヒッチェン戦隊
旗艦戦艦〈グロース・ヴィア・ノイエインペラント〉中破
重巡洋艦〈シュバインフルヒ〉小破
駆逐艦〈ギシュト〉、〈ラスィレク〉撃沈、〈ケッセ〉小破