カチト゚イ

だいたい二ヶ月に一度くらいの頻度で、カチト゚イ屋さんが飛行機でうちにやってくる。

カチト゚イ屋さんの飛行機は、ニンニンケプの独特のエンジンを使っているので遠くからでもよく分かる。
「そろそろカチト゚イ屋さんが来るころかしらねえ」とお母さんが言うと、まるで呼び出しのウペ(おまじない)をしたかのように、数日後カチト゚イ屋のおじさんがうちの桟橋にやってくる。
だから僕は「お母さん、カチト゚イ屋さんの話をあまりしないで。お母さんがカチト゚イ屋さんの話をすると、すぐにやってきちゃうんだよ」と話題に出る度に言う、お母さんは笑いながら「お母さんだってカチト゚イ屋さんを呼んでるわけじゃないんだから、言っても言わなくても変わらないわよ」なんて言う。
でも「カチト゚イ屋さん、最近来ないわねぇ……」とお母さんが呟くと毎回数日後には、カチト゚イ屋さんが「お久しぶりです!」なんて綺麗な歯並びを自慢するかのような笑顔でやってくる。

カチト゚イ屋さんはアーキル系の肌の濃くて歯並びがとても良い大きなおじさんだ。
いつもバケツにいっぱいカチト゚イを入れてやってくる。歳はお父さんと同じくらいらしいけれども、お父さんよりもずっとパワフルだ。僕が生まれてから11年の間で出会った数少ないイトゥムペ(陸地に残った人達)だ。
「船の上じゃないのに、不安にならないの?」とおじさんに聞いたら
「カチト゚イを毎日しているからね!」とおじさんは大きくてゴツゴツした手で僕の頭を撫でながら言う。
「坊やも、ちゃんとカチト゚イをしていれば、おじさんみたいに強く逞しく、陸の上でも不安にならないで生活できるんだよ」
おじさんの言うことは僕にはむずかしすぎてよくわからないけれど、いつもなにか叱られているような気がして、僕はどうも嫌な気分になる。
ときどきカチト゚イ屋さんはお母さんのことを叱ったりもする。たまに帰ってくるお父さんだってなかなかお母さんを叱れないのに、カチト゚イ屋さんは全く怖気つかずに叱りつける。
「奥さん、ダメですよ。カチト゚イを最近さぼっていませんか?このまえ伺ったときから、ほとんど減っていないじゃありませんか」とカチト゚イ屋さんは戸棚を調べて、ガッカリしたように言う。
「こういうのはね、いつも私が言っているように、どんどん使って、どんどん身体にしみこませないと効果は出ないんですよ。
坊やをご覧なさい?最近集中力が落ちているの気がついているでしょう?これはいけませんよ。目を見ればわかります。目を見れば違いは歴然としています。カチト゚イの使い方が少ないんです。カチト゚イが足りないんですよ。あなたお子さんが可愛くないの?可愛いでしょう。じゃあもっとしっかりカチト゚イさせなくちゃ」
「それはそうなんですけれどもねえ、カチト゚イ屋さん」とお母さんはおずおずと言い訳する。
「最近マルダルではキキト゚イというのも流行っているでしょう?ここウトペツでも、結構キキト゚イも届くようになって安くもなったし、そっちを使っているんですよ。匂いも良いし息子も良く夕飯の後自分からやってくれるし......
カチト゚イがいいっていうことは、勿論分かってはいるんですけれどもね?」
「キキト゚イ!」とカチト゚イ屋さんは馬鹿にしたようにますます大きな声で言う。
「キキト゚イなんてね、奥さん、ありゃあ触り心地だけ、でてんでまがい物。やっぱり本気でやるなら信頼と実績あるカチト゚イだよ。なんてったってイシホロ島産のイトゥク厶を100%使ってるからね、キキト゚イは私が言うのもなんですがアーキル産のサパレゥクムを代用で使ってるって言うじゃありませんか!ありゃあ健康に良くない!」

というわけで、お母さんはまたカチト゚イを少し買わされてしまった。
僕は戸棚にまた増えたカチト゚イを見て深くため息をついた。

最終更新:2022年05月25日 19:56