☆1☆
観光名所として名高いブザー島は、ワリウネクル諸島連合が正式に領有する土地のなかで、最南端に位置する島である。ゆえに、「南端」島とも呼ばれている。
現在のブザー島は、北部を旧人類による先史時代の遺物と、戦争遺産の観光資源として利用されており、深い森に覆われた南部は、この島固有の動植物のための保護区域に指定され、人の出入りが制限されている。
「南端」島は、かつて双子島に存在する現地宗教の民話に口伝として残る伝説の土地だったが、双子島への考古学者や民俗学にたいする研究が活発になった結果、現存することが確認された土地だった。
また、ワリウネクル諸島連合海軍にとっても最大の関心事であった。これは、ある学者の遺品整理中に発見された書簡によって発覚したもので、その島からは継続的な「ブザー」が発せられており、その状態の如何によって、旧兵器がワリウネクル諸島連合に攻め寄せてくるかもしれないという危機をはらんでいるものであった。
航空偵察による「南端」島の発見はすぐに行われた。それほど大きくない無人島であり、外周の砂浜を四時間も歩けば一周できてしまうほどの面積しかない島であったが、誰も領有を主張していないということを、ワリウネクル政府はこれ幸いと考え、すぐに領有権を主張した。誰も発見していなかったのだから、これに反論するものはいなかったが、諸島連合軍はすぐにブザー島の脅威と直面することになった。
その書簡が示す通り、ブザーが発せられている施設を発見し、これがなんらかの要因で沈黙することで、旧兵器の襲来を招いている事が発覚したのだ。最終的には、ブザー島に常駐していた期間中、度重なる襲撃により、5年間で二個駆逐艦隊と陸上勤務の約数百名が壊滅させられ、諸島連合の司令部も一時撤退という重い腰を上げざるを得なかった。それ以来、「南端」島は忌々しい「ブザー島」と名付けられ、航空偵察でのみ観測される存在となっていた。
だが、この膠着した状況は「春の目覚め作戦」によって一気に人類側へと傾くことになった。パルエにおける南東部、クランダルト帝国の東に位置する禁忌区域と呼ばれるそこは、旧人類が残した遺跡群のある地域であり、必然的に、先史時代から活動していた旧兵器が今なお課せられた仕事を果たし続けている地域であった。
先の大戦を、なんとかお互いの共倒れを防ぐ形で集結させた人類は、お互いの敵を再確認することになった。──すなわち、自分たち「新人類」にたいして、いつも牙を向くのは「旧人類」の残した負の遺産であるということだ。敵の牙城は禁忌区域にあり、それを討ち滅ぼさない限りは人類の発展に未来はない。そのような言論が飛び交うようになり、「連盟軍」という国家級の大規模な混成部隊が成立することになった。もちろん、各国の思惑が絡み合った結果であることは明白である。北半球の盟主であるアーキル連邦は旧文明の機械技術のさらなる獲得を狙い、クランダルト帝国は歴史に残る艦隊の敗北の汚名を雪ぎ、生体技術の獲得を狙っていたことは言うまでもない。だが、たしかにこのとき、パルエはお互いの持ち寄った運命の糸で、一世紀以上続く、団結の旗を織り上げたといっても過言ではないだろう。
翻ってワリウネクル諸島連合でも、この機運に乗じて旧兵器を領内から一掃する計画がなされていた。禁忌区域への侵攻計画を立案するに至って、緒戦と位置づけられたのはブザー島だった。当然ながら、禁忌区域へ海軍が到達するためにはブザー島を避けては通れないのだ。ならば、そこで旧兵器と矛を競って撃滅させねば、禁忌区域への遠征など夢のまた夢でしかない。ワリウネクル諸島連合にとって、旧兵器からのブザー島奪還が、人類の反撃の狼煙であるという認識は軍内に瞬く間に広まった。
結果を見れば「春の目覚め作戦」は成功し、ワリウネクル諸島連合軍の艦隊も禁忌区域に到達したことを鑑みるに、ブザー島決戦は諸島連合の勝利に終わったのであろう。今となっては、ブザー島は「ブザービート作戦」を記念する観光名所であり、誇る戦史の一つとして語られる場所であり、動植物の楽園であった。
「南端」の波を信仰し、その威力を体に感じにやってきたサーファーの集団も、すでに砂浜での祭りを終えて、ホテルへ戻っていった。戦史巡りでやってきた日帰りの観光客は島を離れて、出港した最終便に乗り込み、本島へ直帰する客船の豪華な内装を楽しんでいた。南部の動植物を調査しに来た研究チームは、双子島の様式に即した、適度にずさんな作りによって建設された、風が入り込んでくるコンドミニアムで、報告書の作成と明日のスケジュールの調整をしてから明かりを消すのだろう。時計の上では日付が変わってもう数時間たつ、客商売の酒場や土産物店も明日の仕込みを終え、ようやく島の北部は素晴らしい夜空が垣間見えてきた。
だから、誰も島の南に彼らが降り立ったことなど、知る由もなかった。
自然保護区である南部に、一切の光源は存在しない。あるのは月のもたらす柔らかい光と、森と夜行性動物のうごめく鳴き声である。しかし、彼らはそれらをすべて見通して、空の上から眺めていた。
ともすれば聞こえなくなってしまいそうなほどの高音を発しながら高度を下げていくのは、揚陸艦ドゥルガを原型にした特別強襲機だ。乗務員を含めて、数十人の揚陸が可能な汎用機であるが、今回の緊急対応作戦にはうってつけの機体だった。
「強襲戦の用意はいいか、アーキル1。その機械が故障でもすると作戦が大いに遅れることになる」
非常灯だけが赤く照らす機内で、ハッチ付近に搭載された骨組みだけの軽機動車と、機銃を搭載した二両の側車の最終点検をしていたアーキリ、ベスチ、クルカルの三人は、機内の壁からせり出した座席に、どっしりと腰掛けているドランに声をかけられた。彼は「補機」と呼ばれる強化装甲を着込んでおり、あとは専用のヘルメットをかぶれば装甲兵というにふさわしい格好だった。
「あと一時間あるんだ。準備は万端だが、まだ補機をかぶるには早すぎるとは思わないか。クランダルト1なりの模範の示し方なのかもしれないがね」
「補機を温めておかなくてはいけない。特に熱帯では温め方はゆっくりである方が最後まで手応えを返してくれる。それだけだ」
「生体補機に熱い体を冷ましてもらうんだな」
まだ作戦開始には時間があるのに熱くなるなよ、というアーキリの皮肉に言葉に、むっとしたドランは「フン」と顔を背け、隣で腰掛けているエルヴィンとフォスに武装の最終チェックを促した。そして補機に内蔵された増幅器を使って宣言する。
「私はクランダルト2、クランダルト3とともに降下地点の最終確認を行う。ゾーンの選定は我々の一存で行う。それは作戦開始時から承知していることと思う」
聞こえなかったとは言わせない。そう言いたげな声が機内に響き渡った。戦時中から続く強襲揚陸という技術は、クランダルト帝国が飛び抜けて優れた技巧を誇るもので、他国が一朝一夕で獲得できるものではない。だが、共同作戦の縄張り争いから、くだらない「注文」を──特にアーキル連邦側から──付けられることに辟易していたドランは、この機の主が誰なのかを、改めてはっきりさせようとしていた。
「誰も反対なんかしないよ」「雪像建設を見たいなら雪国へ、ってことさ」
──専門分野は各専門科に任せたほうがいい結果になる。と、そこへ顔を出したのはガントリとハイムだった。メル=パゼル1、そしてメル=パゼル2として本作戦に従事する二人は、電子戦専門の隊員だった。それを表すかのように、機内の奥から歩いてくる二人は無線機を含む情報機材を背負っていた。いかにも重そうな足取りを見せる二人に、アーキリとドランは、不機嫌な顔から一転して、含み笑いをしていた。皮肉交じりの会話は、共同作戦において悪い兆候ではない。だが、アーキル連邦人とクランダルト帝国人の会話は、歴史的な背景から、どうしても皮肉で収まらず手が出る時さえある。それを抑えてきたのがガントリ、ハイムの両名だった。彼らも緊急対応部隊に選ばれる腕前なのだから、背負う機材を重いと感じることはない。それでもあえてよろけるような仕草を見せるのは、彼らがムードメーカーの役割を担ってきたからだった。
「わかったよ、これくらいにしておこう。それでどうだ、通信に異常はあるか、メル=パゼル1」
アーキリが期待の眼差しに、ガントリは背中の情報機材をポンポンと叩きながら、
「前情報にあった通り、怪しい電波通信源が島の南部にあるよ。旧兵器の波長に近いスクランブラーで誤魔化しているのも報告と一致している。ここまで近づくと、それが例の邸宅の付近からだっていうのもバッチリ」
「よし、それが聞ければいい。他に怪しい情報は?」
「特には。……ああ、旋回中だから右舷から見ればわかるけど、今日は光計測の日だから。それくらいかな」
「わかった、ありがとう。これ以降は司令部との通信が多くなる。通信を絶やさないように」
「了解」
もたらされた報告にアーキリが満足すると、ガントリとハイムの両名は、自分たちが乗ることになる軽機動車の整備を手伝うと言った。側車の整備に専念できるようになったベスチとクルカルは、これ幸いと工具を彼らに渡した。
「機械とはいいものだな」
ドランの独り言のように聞こえた言葉に、アーキリは整備している四人を眺めながら、独り言のように言葉を投げた。
「機械も調子が悪くなるし、グズるし、へこたれるし、大変だよ。いいことばかりでもない。──特に多湿の熱帯はダメだ。いくら整備をしてもケチがつく」
「お互い、苦手な分野ははっきりしているというわけだ」
「違いない」
アーキリは右舷の窓から外を見た。島の北部を通過し、東から回り込むように島の南部に近づいていく。と、森の中から空に向けて、強烈な光が放たれた。その光条は月を指し示している。本来ならば、あのような人工物は自然保護区である南部には存在しないはずなのに。ガントリの言葉通りの光景を感慨深く眺めたアーキリは、
「始まった……。こちらも始めるぞ」とつぶやいた。
降下数十分前、作戦工程の最終確認のために全員がハッチの前に集合していた。チームリーダーのアーキリが、残りの9人に今回の作戦の要旨を説明していく。彼らはすでに内容については知っている身ではあるが、作戦に精神を没入させていく儀式でもあるため、黙って彼の言葉を聞いていた。
──本作戦の要旨は以下の通りである。連盟軍緊急対応部隊はワリウネクル諸島連合の秘密裏の協力を得て、保全活動の一環としてブザー島の自然保護区に隠匿された過激派組織の壊滅を目指すものだ。自然保護区への指定前に、ある資産家が区画の一部を買い取り、保養地として施設を建設した。現在、その土地及び建造物は資産家の手を離れ、「パスト・ポスト(過去の館)」を名乗る情報系過激派組織のフロント企業が保有していると考えられる。したがって、この保養地は「パスト・ポスト」の本拠地になっているも同然と考えるのが妥当である。立地条件も政府機関の手の出しづらいことこの上なく、ワリウネクル諸島連合政府も偵察行動以外の対処ができずにいるのが現状であるため、ここに連盟軍から緊急対応部隊の派遣を要請された。緊急対応部隊コードは「ブックエンド」である。
部隊の編成は以下の10名によって成立し、各自の分野を以て事態の解決に当たるものとする。
アーキリ アーキル1
ベスチ アーキル2
クルカル アーキル3
ドラン クランダルト1
エルヴィン クランダルト2
フォス クランダルト3
ガントリ メル=パゼル1
ハイム メル=パゼル2
クスォ フォウ1
ヤィンギ フォウ2
緊急対応部隊「ブックエンド」は、以上の概要にたいして、以下の明確な判定を用いて作戦要項の成否を判定する。
・該当地域に存在する情報保全施設の7割以上の破壊または無力化。
・該当地域に存在する情報保全施設の管理人ないし責任者の確保と無力化。
・「ミケラダスウェイア」ないしその類型の確保と無力化。
以上。
「なにか具体的な質問は?」
司令部からもたらされたお固い作戦概要を読み終えたアーキリは、真面目な顔を崩した。見回すと、ベスチ、クルカルはもとより、ドランに始まるクランダルト帝国組も質問はないようだった。だが、ガントリとハイムはむずむずとしていた。どうやら作戦概要に引っかかるものがあるらしかった。
「メル=パゼル1と2、質問があるなら言うように、答えられることもあるぞ」
じゃあ、という言葉とともに、ハイムが深く息を吸った。
「やることもわかってる。施設を壊して回るってことも。指導者を無力化するっていうことも。でも、この『ミケラダスウェイア』ってなんなのさ? 呼集されたときの内容には載ってなかった。教えてくれてもいいでしょう」
ガントリも同じことを聞きたかったようで、ハイムの言葉にしきりに頷いている。アーキリはキョトンとした顔になった。わずかな沈黙のあと「そうか、知らないのか」と口をもごもごさせた。
「あー、知らないのも無理はない。この分野は非常に検閲が厳しいので概略の説明だけで伝わらないこともあるだろう。まず、ミケラダスウェイアに関して知っていることは?」
「そんなの、『春の目覚め作戦』における、旧文明側からの功労者の一人でしょう。セイゼイリゼイとともに、人類に多大なる貢献をしてくれた世界の恩人じゃない。誰もが恩恵をこうむる発明をして──いえ、再発見をしてくれた功績は、幼年学校の教科書にさえ載っているでしょ」
誰も否定はしないでしょう、それがどうしてこんなことに?──、と同意を求めるハイムに、みなが同情していた。クランダルト帝国組だけが苦虫を噛み潰した顔をしていること以外は。
士気が下がることを警戒したアーキリはハイムをなだめにかかった。
「それはわかる。みんな最初はそんな気持ちだった。俺が答えられる範囲でなら、その理由を──」
「もういい。私が説明する」
急にアーキリの話を遮ったのはドランだった。
「ドラン──ああ、クランダルト1、機密は」
「ふん、作戦に参加した時点で機密などないも同然。話してやるのが筋というものだ。私達の汚点をひた隠しにしながら簡潔に話せるものなら、私は口をつぐんでもいいぞ、アーキル1」
アーキリはなにか言葉を紡ごうとしたが、やがて諦めたように、お手上げのジェスチャーをした。ドランがガントリとハイムに向き直る。補機をつけたドランの威圧感も相まって、二人は息を呑んだ。
「ヤツ、ミケラダスウェイアは、我が国に非常に尽くしてくれた旧文明個体だ。それは認めよう。だが、ヤツはある時点を境に狂っていった。それがなぜなのかは、私の知るところではない。セイゼイリゼイとの確執だとか、旧兵器として本能が目覚めたとか言われているが、確証には至っていない。だが、それが『春の目覚め作戦』より後だということはわかる」
大きく息を吐いたドランは、目を細めて続ける。
「狂った原因はわからないが、遠因として、私達が『彼女たち』を飼い殺しにしようとした事が挙げられるだろう。それが我々の原罪でもある。そこにいるアーキル1はそう思っていないだろうが、少なくともミケラダスウェイアを管理していたこちら側はそうだった。そうして……ヤツの『一度目』の反乱が起きた。」
「一度目……ですか? じゃあこれは二度目なんですか?」
ガントリが話を遮った。ドランは「年長者の話は最後まで聞くものだ」となだめる。
「クランダルト帝国は羨ましかったのだ。実際のところ、人類に協力的だったのはセイゼイリゼイただ一人だった。ミケラダスウェイアは自分の価値が分かっていながら、自分の価値観で身勝手に動き、好き勝手に我が帝国を暗躍した。それを、首根っこを捕まえて、自分たちの意のままに先進技術を生み出させる──誰もが夢見た錬金の家畜が現実になるなら? 魅力的だと思わないか。これで我が国は生存競争に勝ち抜き、第一国の座を維持できる。誰もがそう思った。ヤツはそれに従った。いや、従ったふりをしていた。そうして、我々が用意したコネクションを手がかりに、世界全土に伸ばした触手で世界を後ろから操ろうとした。これがヤツの『一度目』の反乱だ」
「でもそれって──」
「みなまで言うな、メル=パゼル1。『ヒューマノイド・ヒューマン』でありながら多くの国家に反逆し、あまつさえその国家群を一人で従えようとした罪だ。どうにも言い訳ができない。ヤツの正義も、国家の安寧には勝らない。そういうわけで、ヤツは叩き潰された。反乱はすんでのところで未完成に終わったというわけだ。未遂ではなく、未完成というのが反乱の顛末でな。怪我の功名ともいうべきかな。ヤツ一人の暗躍のために、多くの国家が団結して対応した結果、強固なつながりができてしまったというわけだ。だから、もう世界はヤツの甘言に踊らされることはない」
「言いたいことはわかるよ、メル=パゼル1、それに2。じゃあどうして今もミケラダスウェイアは国家の敵であり続けているのか、だろう?」
ここからは俺にも話させてくれ、とアーキリはドランの発言を抑えにかかった。どうも、ドランは帝国流の考えをするので、言い方がキツくなるきらいがあった。ドランが吐き捨てるように言った「ヒューマノイド・ヒューマン」というのは、ミケラダスウェイア──と人造生命群──に批判的なクランダルト帝国の言論が用いる最大限の侮辱の言葉だ。ガントリもハイムも、教科書に掲載される美しい歴史を乱暴に引っ剥がされたせいで、作戦直前にも関わらず気落ちをしてしまいかねなかった。
「表面だけが事実じゃない。連邦も帝国も、裏で手を回していた。だが、それ以上に国家の存続を一人のカリスマに奪われることは避けなければいけなかったんだ。それはわかってほしい。それに、ミケラダスウェイアは拷問されたとか、殺されたとか、そういうことはなかった。穏便に事態を収束させたということだけは信じてくれないか」
「それが良くなかったのではないかな? セイゼイリゼイがことさらにヤツに干渉したと聞いたぞ。どうにもアーキル連邦が『リード』の私情に絆されたのではないのか」
「黙っていてくれないか、クランダルト1。作戦の概要に関係ないことまで話そうとしているぞ。クランダルト帝国のポジショントークを一から十まで説明する必要はないんだ」
ドランは「わかった」と言ったあと、それきりなにも口にしなかった。「リード」とは、アーキル連邦がセイゼイリゼイにたいして用いる好意的な言葉である。シンク〈思考機械〉にたいして、旧文明の古い文献にあるシンキング・リード〈考える葦〉──これが人間を指し示すことになぞらえて、セイゼイリゼイを人間と並ぶ思考機械として褒め称えた言葉だった。
「話を戻そう。これは紛れもなくミケラダスウェイアの『二度目』の反乱だ。彼女にどんな経過があったのかは俺たちの知るところではない。だが、『パスト・ポスト』という情報系過激派組織は存在していて、世界中で違法な情報収集活動を行っている。これを指揮しているのがミケラダスウェイアだ。今のところ、この不法行為を元にした恐喝行動や情報テロは行われていないが、不法行為によって、今後の世界がどれほどの窮地に立たされるか、情報収集のプロである君たちならわかるだろう?」
ガントリとハイムは静かに頷いた。
「本来ならこのような共同作戦は行われない。なぜなら、各国の緊急対応部隊が容易に鎮圧しうる事態だからだ。だが、今回はそうもいかなくなった。あまりにも規模が大きすぎるんだ。各国の機密文書をごちゃまぜに抱えた施設が、各国に点在している。それを一国で解決しようとすると、他国の情報が突入部隊を指揮した国に漏洩する。ミケラダスウェイアも考えたものだよ。どこか一国でも緊急対応部隊を編成してしまわないよう、各国が牽制して守ってくれると考えたんだ。実際に、利益を得られないなら他人に利益を与えないようにする、そういったジレンマを各国が抱えて、のうのうと『パスト・ポスト』は運営されていた。だが、それも今日限りだ。ミケラダスウェイア本人か、それに近い幹部の存在が確認されている。施設の破壊に加えて、そいつらを捕まえて今後の作戦の足がかりにしよう、というのが今回の作戦というわけだ。これ以上の質問は?」
捕縛対象となっている人物の三枚の顔写真を見せると、ガントリとハイムは揃って「質問はありません」と答えた。三枚のうち一人はミケラダスウェイアだった。
「幸いにも、今回の作戦にはクランダルト帝国の空中機動作戦群からの強力なバックアップもあるし、君たちのような情報戦専門の隊員もいる。さらに、施設の破壊にうってつけの人材も確保している。もう一度紹介しよう。フォウ1とフォウ2だ」
目立たないようにしていた二人が、一歩前に進み出てそれぞれ自己紹介をした。
「フォウ1だ、ドアや障害物、壁の破壊なら任せてくれ。こいつにできない仕事はない」
フォウ1ことクスォは自ら持ち込んだ散弾銃を構えて答えた。
「フォウ2だ。構造物全体の損壊が得意だ。もちろん、銃が効かない怪物もこいつなら倒せる」
フォウ2ことヤィンギは背嚢にしまい込んでいるだろう爆薬と火焔筒をあやすようにポンポンと叩いた。彼の背嚢からも、散弾銃の筒先が顔をのぞかせていた。
アーキリは二人が下がったのを見て、口を開いた。
「二人はリューリア要員、リシュ要員としてここに来ている。バインダーガンと各自の手榴弾が力不足と感じる場合は、二人を頼ってくれ」
アーキリがバインダーガンを両手に持ち、胸元に掲げた。バインダーを銃に見立てて構えるような構造のため、広く「バインダーガン」と知られるこの銃は、法執行機関向けに度重なる改造を施されたもので、運動量偏向装置の搭載による反動抑制機構も相まって、近距離から中距離までの戦闘で非常に有効な銃器である。さらに、生体撃針内蔵ボルトキャリアを採用しているため、撃発不良による動作停止を起こさないことも魅力の一つだった。
だが、みなが息を呑んだのはそちらではない。リューリア、またはリシュというのは信号旗における「爆撃」や「致命的な破壊活動」を意味する。それを二人で担っている彼らの破壊力というものに、ただならないものを感じていた。それだけでない。どのような由来の部隊からの選抜であっても、統一された銃器を支給されるのが緊急対応部隊の習わしである。しかし、クスォとヤィンギは爆薬と同じ感覚で、工兵機材と称して散弾銃と各種弾薬を持ち込んでいるのだ。フォウ王国の病的な散弾銃信仰というべきものだが、この「工兵機材」が進むべき道を作ったことで部隊が救われたことが少なくないだけに、誰も、どの国でさえ口出しができないでいた。
「また、構造物について熟知しているのも彼らだ。彼らのあとについていけば迷子にはならない。自分で道を切り開く専門家だからな。では、構造物の説明を頼む」
クスォは「わかりました、アーキル1」と答え、また一歩進み出た。
「構造物の地図は各自に配布されているため、熟知していると思う。ここで重要なのは、一階と屋上、そして地下三階から構成される平屋の地上構造物、および隣接する天文台だ。非常にコンパクトにまとまった施設であり、構造物の周囲に地雷原や防御線などは存在しない。だが、歩哨が昼夜問わず武装車両で警戒しているため、南部に存在する港に揚陸しての侵入は困難である。そこで、強襲機を用いて構造物の付近で揚陸する作戦をとる。降下後はアーキル1が指揮する軽機動車と側車を用いて歩哨を回避あるいは無力化しながら構造物に接近する。構造物侵入までは隠密行動を心がけてもらう。それに関しては、クランダルト1が夜襲の専門分野であるため、それに従ってもらいたい。現在時刻から約二時間の間、隣接する天文台はパルエの衛星の一つ、セレネに設置された反射板に極大量の光線を照射しており、光観測を行っているものと思われる。これは非常に大光量の光源を維持しながら行われるため、電力を著しく消費している。また、過去の事例から、どのような妨害行為があっても、光計測が二時間より前倒しに終了になったことはない。私たちはこの逼迫した電力の間隙をついて構造物へ侵入し、構造物の防御を突破する。これが予想される侵入ルートだ。また構造物に施された電子防御の強度によっては、『春の目覚め作戦』で使用されたパンドーラ電子解錠法が有効なため、メル=パゼル1の指示を優先することもあるだろう。適宜対応することを望む。最終行程では、地下三階に存在する所長室を制圧し、そこから地上に戻りつつフォウ2が設置する爆薬を用いて情報保全施設を破壊し、強襲機による直接支援による回収にて脱出する」
クスォの声が途切れると、機内は強襲機が速度と高度を落としたとき特有の、低く唸るような声だけが響いていた。
「それで、脱出経路は? 予定だと来た道を馬鹿正直に戻るっていうけど、本当にそれで大丈夫なの?」
ガントリが不審がって聞くと、クスォは無表情ながら、自信ありげに口角を少しばかり持ち上げた。
「正直なところ、帰りはどうとでもなる。道を作るのは任せてくれ。メル=パゼル1」
無根拠な言動にガントリとハイムは呆れそうになったが、クスォには自信以上の確証があった。彼は話を続ける。
「クランダルト1から3が持ち込む補機なら、厚鋼被覆徹甲弾の重機関銃までは対応できる。彼らが前に出れば、収束手榴弾ですら防ぎうるのは実戦で把握済みだ。また、事態を把握した歩哨が構造物外周に集結したとしても、強襲機の自衛火器で十分対応可能だ。ゆえに、構造物内部に現存する戦力に集中すればいい。」
「なにもかも計算づくというわけか。なら、私から言うことは何もない。経験のあるみんなは、なおさらそうなんでしょ?」
ガントリの言葉に、ハイムを除く一同が頷いた。「以上です」とクスォが一歩下がる。
ちょうどそこへ、「揚陸まであと一分」と機内にアナウンスが響いた。みなが機内の何かしらに掴まった直後、収容区画の底から生木の折れる音が連続して響いてきた。しだいに収容区画の前にその音が移動していく。森をなぎ倒して、無理矢理に高度を下げて強襲機の揚陸地点を確保しているのだ。
振動で舌を噛まないように、そして森が開拓される音に負けないように、アーキリは大声を出した。
「異存はないようだ。なら、これをもって現時刻より作戦を開始する。降下地点は当初より予想されていた地点を南西に2キロずれ、該当施設をさらに遠ざかったところとなる見込みだ。そのかわり、軽機動車によるアクセスは容易であり、歩哨による哨戒はごく少ない。3度の戦闘で該当施設に到達する見込みだ!」
そして、彼は丸い窓の外を見て、なにかに気づくと口をつぐんだ。
次の瞬間、強烈な地響きとともに機内を衝撃が襲った。強襲機の四足が地面を強く掴み、急制動をかけているのだ。窓の外は水のように飛び散る土砂と、裂けて跳ね飛ばされた木の幹と、鉄の塊に引きずられて根こそぎ引き抜かれた巨木が一緒くたになって、窓の後ろへと流れていった。
永遠にも感じる数十秒が終わり、収容区画の前方にあったハッチが、ギチギチと音を立てながら開いていく。すぐに立ち上がったのはドラン、エルヴィン、フォスの三人組だった。補機の膂力を用いて、軽機動車のパイプフレームにこれでもかと巻き付いた太い固定ワイヤを取り外しにかかる。
「なにをしているのだ。さっさと行くぞ。時間は有限だからな」
ドランの悠然とした態度に反比例するように、一同は疲れ切った顔だった。目を回しているガントリとハイムは、ワイヤーフレームから弾き飛ばされないよう、よほど強く掴んだのか、両の手のひらに横一文字にうっ血痕が走っていた。
「こんなんじゃあ女の子に嫌われるぜ」「もっとマシな揚陸地点はなかったのか?」
何度もこういった乱暴な操艦を経験しているアーキリらアーキル連邦三人組は、彼らに強く抗議した。だが、ドランはどこ吹く風で、
「なにも心配はいらない。強襲揚陸戦闘団のモットーが我々に生き続けている限りは、な」
「なんだそりゃ?」
「”GONNA FIND NEVA”、不可能を探しに行く。だから、今回のこれも不可能ではなくなった。……よし、軽機動車と側車を外に出せ」
「……意味がわかんねえよ」
うす暗い赤色の世界を出た10人は、強襲機によって荒々しく切り開かれた森のなかで、二つの月が照らす世界を見た。電灯もないなか太陽に照らされて輝くセレネとメオミーは美しく、天文台からの光の余波が森の梢をやさしく撫でるように照らしており、ともすれば幻想的な風景が広がっていた。
「月を照らす光の出どころが目的だ。コンパスは不要か」
ドランたち三人が暗視装置のついたヘルメットをかぶる。アーキル連邦兵士から「クルカの眼」と畏怖された、第二種乙型と呼ばれる受動熱源暗視装置、二つの深い蒼色をした水晶体が、透明な角膜と保護レンズを透過して映り込む。月の光を反射したそれは、アーキリら三人のトラウマを想起させるに十分だった。
「……今回くらいは、味方で良かったと思うよ」
「かつての敵方からその言葉を聞くことになるとは、幸先がいいというものだ」
かくして、軽機動車と側車に乗り込んだ10人は、深い森の中へ入り込んでいった。