☆3☆
「天文台に近づかせるな!」
甲高いエンジン音に負けないように「ミケラダ・スウォーム」の一人が空を指さして叫んだ。
彼が見ているのは、森の海を甲高い音をたてて疾走する「ブックエンド」所属の特別強襲艦だ。アーキリら10人と軽機動車両、両側車を運んできたそれは、ただの揚陸艦ではない。
四枚羽の標準的スタイルだが、上部は大型の二枚羽、下部は小ぶりな二枚羽であり、一見すると不安定に見える機体は、埋込式のコックピットを採用した、戦闘に秀でたモデルだ。もともとは、C.E.A.L.F.(クランダルト帝国強襲揚陸戦闘団)向けに新規設計されたモデルで、強襲揚陸にかかわる戦闘支援を、単艦で運用するための知識と経験が詰め込まれていた。
ハイムの無線通信によって陽動作戦のために森から離陸した特別強襲艦は、つい今しがた、ドランらの危機を救い、絹にはさみを通すような手際で、「スウォーム」の迎撃部隊とハーフトラックを穴だらけにしてきたところだった。それに伴い「スウォーム」の無線頻度も爆発的に増加していく。
彼らは傍受される情報を、コックピットのなかから聞いていた。
【00110111010101010111010110101011011110101110100001010101010000010101】
【1011100010101000110……REPEAT:FOUND”102”:UNDER-TRACKING-SHOT】
【102から233、900に26、12を4へ、33】
【233、304を42、18が4ないし30、68を9】
「わお……ハーヴェスターが解読したけど、何を言ってるかわからない」
「クランダルト5から6、二重暗号に惑わされるな。役目を果たすだけだ」
「了解、クランダルト5。せいぜい暴れてやりましょう」
コンソールには、熱源探査によって得られた敵の情報が所狭しと表示されていく。
彼らの搭乗するコックピットは、装甲化されたケージに収まっている。外とのアクセスは搭乗ハッチのみであるが、装甲のいたるところにある「眼」からの情報を、内張りに貼りつけられた薄型の投影装置に映すことで、彼らは特別強襲艦の周りで起きることをすべて把握していた。
クランダルト5は操縦桿から一瞬だけ手を離し、そして握り直す。コックピットを見回して、表示された次の標的を見据えた。
「さあ行くぞ、クランダルト6、格闘戦用意、速度に注意!」
「格闘戦用意、速度に注意! たのむぞハーヴェスター。我に実りある結果を与えたまえ……うぉっ」
突然、特別強襲艦が前のめりになった。機体の高度が下がり、梢をかすめた瞬間、森の隙間から発射された携行対空ミサイルが、横合いから頭上をかすめるように飛び込んだ。
「警報、ミサイル──」
近接信管が作動し、爆風と破片が特別強襲艦に降り注ぐ。だが──、
「──左舷!」
「鉄片のシャワーだ。6、損害は?」
「6から5、多用途対空ミサイルだ、直撃しなかった時点で損害はゼロだ。破片は二枚羽が受け止めた」
特別強襲艦は有り余る出力で草地を蹴るように空へと飛び出した、
重装甲と埋込式コックピットを採用した特別強襲艦は、破片式対空ミサイルを前にして理不尽なまでに強靭であり、かすり傷にもならなかった。今回打ち出された多用途対空ミサイルは弾頭先端に成形炸薬弾を搭載していたが、とっさの機動で直撃を免れていた。
「5、了解。よく不意打ちを避けたな。ハーヴェスターが見つけたのか?」
「ああ、出力感知式だと見抜いて、ハーヴェスターが高出力でのスプーン機動に上書きしてきた。角度比演算で当たらないと判断したミサイルの自衛機能が直撃を諦めて、ミサイルがオーバーヘッドした」
ハーヴェスター・コンピュータ社が開発した先進ベクトル計算機「ハーヴェスター」シリーズは、世代を重ねるごとに進化し続ける機械式演算装置だ。北半球側の技術であるにもかかわらず、バイオニクスの分野にも早い段階から進出していた。クランダルト帝国軍にも「ハ式計算機」の名前で納入が進むそれらは、特別強襲艦の機体管理システムとしても導入され、C.E.A.L.F.が好む対地格闘戦用にカスタマイズされていた。
「沈み込んで浮き上がる。その手のミサイルには有効だが、森に突っ込んでもおかしくなかった。自殺願望でもあるんじゃないか?」
「俺たちの腕を買っての計算だ。悪い気はしないね」
「違いない。さあ、ここからは敵も本気だ。おしゃべりはなしで行こう、6」
「6、了解。対空火砲に注意、速度に注意、カウンターメジャー起動!」
特別強襲艦は高すぎず、そして低すぎない絶妙なコース取りで、天文台のある施設へと近づいていく。ただし一直線にではない。左右へ蛇行しつつ、森を突き進み、道を横切るような挙動だ。しかも、明らかに特別強襲艦の全力を出していない、ゆったりとした動きだ。そして、機動中のさなかに立ちふさがる「スウォーム」の群れを見つけると、一転して容赦ない機動力をむき出しにして襲いかかった。道の脇にある検問所のプレハブ小屋を自動擲弾砲が粉々に砕き、監視塔に据え付けられた重機関銃を速射砲が跡形もなく吹き飛ばす。
「検問所を無力化、周囲に敵影なし。森林部の熱源も逃げる『スウォーム』だけだ」
「5から6、再集合されるまでにまだ時間はある。次の標的に向けて機動開始。速度に注意!」
「6、速度に注意!」
戦闘が終わると、またゆったりとした動きで森を突き進む特別強襲艦は、あたかも、真下になにか護衛対象がいて、それをエスコートしているような挙動に見えた。
それこそがドランのいう陽動だった。実際のところ「ブックエンド」のアーキリ隊やドラン隊のいる場所は、特別強襲艦の位置からまるで逆方向を突っ走っていた。ドラン隊の危機を救った直後から、特別強襲艦は彼らの元を離れ、見当違いの場所を徘徊していた。だが、その陽動作戦は功を奏しつつあった。アーキリやドランの居場所が掴めない「スウォーム」は、明らかな直掩体勢にある特別強襲艦の下にいるであろう「ブックエンド」に狙いを定め、強襲艦ごと葬り去らんと、機体の予測通過地点に集結しつつあった。
飛び石がボディに当たるような音がコックピットに響く。遠方に設置された20mm機関砲から放たれた榴弾の間接射撃が、機体のいたるところに当たって爆ぜている。
「5から6、小火器による被害はあるか?」
「6から5、ハーヴェスターの損害報告では、外装センサの2%に小規模の障害あり、損害の90%はカーゴの損傷によるもの。依然、戦闘に支障なし。ただし、敵レーダー部隊が車両にて展開中。高射砲の脅威増大しつつあり」
「5、了解。クソッ、『スウォーム』の射撃はどうなっているんだ。誘導装置なしの間接射撃で当てて良い射撃距離じゃないぞ……。レーダーと合流して徹甲弾に切り替えられる前に叩く。最大戦速、カウンターメジャーを最大出力へ!」
「6、最大戦速、カウンターメジャー出力最大!」
クランダルト5がペダルを踏み込むと、機体は加速していく、そのままの勢いで遠心力に拮抗するように方向を変え、機関砲のもとへ向かう。だが「スウォーム」も馬鹿ではない。
「警報、ミサイル、後方!」
クランダルト6が叫ぶ。機関砲へ行かせないように、後方から車載の対空ミサイルが追いすがる。その瞬間、ハーヴェスターの自動防御がクランダルト6から制御権を奪い取った。
搭載されたカウンターメジャーが作動し、ディスペンサーからフレアとチャフが後方にばらまかれる。
ミサイルがフレアに突入する。画像誘導システムがフレアの影響で目標を見失うも、突き抜けた先で、目標を再補足した。舵角を修正しつつ、そのままの勢いで突っ込んでいき──。
「5から6、損害は!?」
「頭上で炸裂、至近弾、損害なし!」
今度も特別強襲艦の頭上で炸裂した。成形炸薬弾は暗闇に一本の光条を残して消え、それ以外の破片は装甲化された二枚羽がすべてを受け止めて、被害を吸収していた。
「6、カウンターメジャーは有効。繰り返す、カウンターメジャーは有効」
ミサイルの直撃を免れたわけは、特別強襲艦に搭載されたカウンターメジャーにあった。上部の二枚羽に格納された熱源虚像投射装置が起動し、二つの振動装置によって発生した「波」が、二枚羽のちょうど中央、機体上部で交差し、そこに熱源を発生させていた。ミサイルの画像識別は、誤認した熱源を巻き込んだあやふやな状態でロックオンされていた。
さらに、ミサイルが突入する瞬間、ハーヴェスターが特別強襲艦の出力を瞬間的に下方へ向け、機体を半分だけ降下させた。フレアを突き抜けたミサイルは、その先で目の前にあった熱源虚像を突き抜けて、近接信管によって爆砕したというわけだ。
クランダルト5は6の報告を聞きながら、目前に迫った機関砲陣地を前にして、
「よし、ペイバックといこう。ビーハイブ2を使う」
コンソールを操作すると、ヘルメットバイザーのディスプレイに専用の照準が現れた。速射砲や自動擲弾砲のような緻密に計算された弾道曲線とは違う、原始的な縦と横の線が組み合わさったロケット用照準器だ。
クランダルト5は機体の前進をやめ、最大出力のまま横滑りさせる。距離を一定に保ちながら、機体の角度を調節し、安定したところで、射撃ボタンに手をかけた。
「ガンズ、ガンズ!」
養蜂箱の名前の通り、ビーハイブランチャーは蜂の巣のようなポッドに多数の弾薬を搭載する多々連装迫撃砲である。あるいは、多々連装擲弾発射器というのが正確かもしれない。見た目は大の大人が二人で手をつないで輪を作ったほどの直径と、下の二枚羽にあるウェポンベイに懸架できる最大長ギリギリまでを専有する大型兵器だ。ロケットランチャーやロケット砲とは違い、ゆるいライフリングが切られた旋腔から、高低圧理論で擲弾を発射する。擲弾に内蔵されたロケット推進機が作動すると、短距離飛翔したのち、自由落下で着弾する。有効射程はお世辞にも長いとはいえないが、特別強襲艦が搭載するビーハイブランチャーの擲弾一つは40mm径であり、一度の射撃で最大120発を発射することができる。
南北戦争時にはすでに登場していた古典的な武装だが、至近距離での対地格闘戦を好み、救難捜索任務を得意とするC.E.A.L.F.には、機関砲代わりに惜しまず使える、うってつけの兵器だった。
左右二発のビーハイブランチャーから、巣穴から蜂が飛び出すように、240発の40mm多目的榴弾が打ち出される。弾薬の尻についた曳光剤が輝きながら、機関砲陣地の一角に吸い寄せられるように次々着弾する。
一度の斉射で競技場一面を制圧する拡散力があり、それを二重に被弾した機関砲陣地に動くものはいなくなっていた。
「6から5、効果あり、機関砲3、レーダー2を無力化。依然機関砲の脅威は大なり」
効果を確認したクランダルト5が叫ぶ。
「次弾装填せよ!」
「次弾装填中、左右ともに弾種多目的榴弾、40mm径──」
ランチャーの先端が、ガコン!という音とともに脱落した。その奥から、さらに顔をのぞかせたのは、120発の多目的榴弾が装填された擲弾発射器だ。
そう、これがビーハイブ2ランチャーを「多々」連装迫撃砲と呼ぶ理由だった。生体科学の驚異によって、成形蜂や成形蟻による立体成型技術が軽量の発射装置の製作を可能にした。また、高低圧理論の発見によって発射筒の短縮に成功したのだ。ビーハイブランチャーの後継として製造されるビーハイブ2ランチャーは、ランチャーの後ろにランチャーを連結し、先頭のランチャーを切り離すと、その後ろのランチャーが発射可能になる構造だ。
「──120発二連装、装填完了!」
「ガンズ、ガンズ!」
リロードに要した時間はわずか6秒ほど。たったそれだけで、機関砲陣地はさらなる鉄の暴風に見舞われる。露出したレーダーは榴弾の破片で制御基板を粉々に破壊され、機関砲は弾薬に被弾して使い物にならなくなり、無傷のものも操作員が破片の直撃によって倒れ伏した。装甲化された電源車も、ほとんどが直撃弾によって装甲を撃ち抜かれ沈黙した。だが、特別強襲艦の攻撃は止むことがない。
「次弾装填せよ、残りのパッケージは何個ある!?」
「次弾装填中、左右ともに弾種多目的榴弾、40mm径──」
──航空艦が空の覇者なのであれば、強襲揚陸艦は歩兵の心強い味方であり、地上から真に畏怖されるべき存在だ。そう願ったものの期待を一身に受けて、C.E.A.L.F.は活動してきた。「不可能を探しに行こう」「我、徒歩あるもののためにこれを堅守す」。この二つのモットーはクランダルト帝国の空と陸を堅く繋いでいる。そこに守りたいものがあったから──
「──120発二連装、装填完了。残りパッケージ左右ともに8!」
「これで決める、ガンランに備えよ!」
「6、ガンランに備えよ!」
横薙ぎにランチャーを発射していた状態から、特別強襲艦は機関砲陣地へ猛突進を開始した。わずかに残った機関砲が反撃を試みるも、20mm榴弾は機体の真正面に当たると、防弾体を貫通できずに表面で爆ぜるだけだった。
お返しとばかりにビーハイブランチャーの一斉射が陣地を襲う。投網を投げるように広がった榴弾が地面をえぐる。沈黙した陣地の真上を通る軌道で、特別強襲艦が緩降下していく。
「ガンラン! ガンズ、ガンズ!」
とどめとばかりに、通り抜けざまに速射砲が火を吹いた。火の手の上がっていない車両に向けて、徹底的に高速徹甲弾が撃ち込まれる。
無力化された機関砲陣地を視認したクランダルト5は、フレアを放出しながら機体を徐々に上昇させていった。
「5から6、機関砲陣地を無力化。作戦に復帰する」
「6、作戦に復帰、了解──」
突然、「ビー!」という警報が機内に響いた。
「火器管制警報──ミサイル照準、右舷後方!」
クランダルト6が絶叫する。
「5から6、ハーヴェスターはなんて言ってる!?」
「右舷後方! 高出力拡散レーダーの照射を受けつつあり──レーザーシグナルは……シカーダ!」
「くそったれ、排除は間に合わない。避けるぞ!」
とっさにクランダルト5は機体を急上昇させる。それと同時に、左舷前方から噴煙が立ち上った。音速よりもはるかに遅い飛翔物がカナカナと音をたてながら加速し、特別強襲艦に迫る。
「ミサイル、左舷前方! 音紋はターナ! 熱源虚像は無効!」
「わかってる!」
シカーダはクランダルト帝国が開発した、セミ・アクティブレーダー誘導ミサイルである。これまでの特別強襲艦が被弾してきた超音速の対空ミサイルではなく、戦車や装甲車、装甲目標に効果的な打撃を与える目的で開発された亜音速ミサイルだ。レーダー照準装置と発射装置という二つの設備が必要であるものの、レーダーに捉え続けられた目標への命中率は非常に高く、なおかつ目標物への追従性能も高い。それが評価され、低速巡航する航空艦やヘリコプターにも対応したのがシカーダ=ターナ・ミサイルだった。
シカーダ=ターナ・ミサイル発射機はすでに二世代ほど前のモデルだが、人工脳を搭載し、ジャミングや煙幕などの阻止行動にたいしての突破率が非常に高かったことで、戦争市場で人気になった。さらに、現代的な防御装置である熱源虚像にたいしては、人工脳が旧世代ゆえに対応しておらず、愚直にレーダーの照射物に飛び込む素直さを持っていた。今ここにおいては、それが特別強襲艦に不利に働いた。できることといえば、フレアとチャフをできる限りばらまくことだけだ。
急上昇から反転、クランダルト5は機体の出力を前方へと向けると、艦の体躯を右へよじり、さらには地面へと向ける。ミシミシと特別強襲艦のいたるところが、派手な操艦で悲鳴を上げる。だが、ハーヴェスターが操艦に介入し、機体が分解しないギリギリを押し通してくれていた。クランダルト6はコンソールを見ながら、機体の体液の流れを調整する。これから機体になにが起きるかを把握しているからこそ、循環器のほとんどを締め上げた。液圧が上がり、一時的に体液の流れが阻害される。
シカーダ=ターナ・ミサイルも、なかば逆落としのように落ちていく機体に追いすがった。カナカナと唸る弾頭がレーダーに指し示された目標を認識する。照射されたレーダーの反射を受け取ったターナは、それが揚陸艦の形をしていることに気づいた。すぐに人工脳がシルエットの弱点を探り始める。チャフとフレアが機体の後方にばら撒かれて、レーダー照射が無効になる。だが、ターナの人工脳は、脳裏に焼き付いたシルエットをがむしゃらに追いかけながらも、なお考え続けた。
──生体式、揚陸艦、四枚羽、生体器官、循環器、熱源、角度比、距離──
刹那の時間のなかで、ターナは特別強襲艦の弱点に狙いを定めた。高飛び込みの選手のように、落ちていく機体の上から、さらに覆いかぶさる機動で機体に迫る。
──直撃──
そして、ターナは自分の狙った場所に自分が落ちていくのを確信した。信管の安全装置が外れ、衝撃と、自身の考えというものが無へと還っていくのを感じていた。
次の瞬間、爆轟が機体を揺らした。ミサイルが上部の二枚羽のうち、右方に直撃した。
シカーダ=ターナ・ミサイルは成形炸薬弾と焼夷剤を混合した弾頭を搭載しており、成形炸薬が開けた穴に、焼夷剤が吹き込むことで、搭乗員を確実に殺傷するのだ。不幸中の幸いは、揚陸艦にたいして設定された弱点が生体器官の存在する「羽」の部分だったために、成形炸薬も焼夷剤も、羽に大穴を空けただけで、その勢いはとどまらず、ほぼすべてが空の彼方にすっぽ抜けてしまったことだろう。とはいえ、器官を撃ち抜いて機体が無事でいられるわけもない。残留した焼夷剤が傷口を焼き続けることで、応急処置を難しくし、そのまま墜落していくのだから。
クランダルト6は激しく明滅するコンソールから情報を抜き出して、二枚羽がミサイルに破壊されたことを悟った。機体の体勢がもとに戻ると同時に、循環器を開放する。二枚羽の体液の漏出を薬物による緊縮で局所的に停止させる。
「被弾!──二枚羽の右舷側、熱源虚像投影不能!」
機体が反転しながら前に進んでいく。爆撃機の後方銃座のような体勢から、クランダルト5は森のなかの熱源を見つけ出した。だが、それはひどくぼやけた像として投影されている。
「喰らえ!」
自動擲弾砲の榴弾が砲身へとガコガコと吸い込まれ、森へと飛び込んでいく。榴弾は途中で森の幹に引っかかってあらぬところで誘爆する。だが、それはクランダルト5の思惑通りの効能をもたらした。信管が幹に当たり、曳下射撃となって森に降り注ぐ。そして「ビー!」という音がまた鳴り響いた。
「火器管制警報、ミサイル照準、前方! シカーダ!」
消炎剤の調合をハーヴェスターに指示しながら、クランダルト6が叫ぶ。
それとは対照的に、トリガーに手をかけるクランダルト5は心の底まで落ち着いていた。
「焦ったな、お前の負けだ」
クランダルト5は、あえて自動擲弾砲をばらまくことで、敵を焦らせ、再びレーダー照射をさせるように仕向けたのだ。そうすることで、今度こそ機体正面に搭載されたレーダースペクトル解析装置が十二分に機能し、目標の座標を割り出すことに成功する。スクリーンに情報が表示されるころには、熱源探査で映し出された像から少し離れた、森のなかの一点にむけて、砲身の照準が定まっていた。
速射砲の砲口が瞬く。高速徹甲弾が一発ごとに二三本の巨木をまとめて粉砕し、5発もすればレーダー照射装置に到達していた。巧妙にも、森のなかの緩い丘のような地形から顔をのぞかせていたレーダー車両は、隠れていた土ごと、高速徹甲弾によってずたずたに引き裂かれた。さらに、置き土産とばかりに横薙ぎに振るわれた速射砲の数発が、ケーブルから電力を供給していた電源車に数個の穴を開けた。だが、燃料を満載した標的には、数発で十分だった。たちまち流れ出た燃料から炎が渦を巻き、電源車を呑み込む。
──爆発。
危険地帯から離れていく特別強襲艦にも、はっきりとわかるほどのきのこ雲が森から立ち上がった。
「5から6へ。目標を無力化、作戦に復帰する」
「6、了解」
クランダルト5は一瞬ほっと一息ついたが、すぐに真面目な顔になる。機体は被弾しており、被害状況次第では、次の行動を変えねばならないからだ。「被害状況は?」と問うと、クランダルト6は相変わらず機体の応急措置に忙しくコンソールと格闘していた。
「被害は上部二枚羽の右舷側に局限された。これを見てくれ」
クランダルト6は顎をしゃくり、コンソールの一角を指し示した。ハーヴェスターが被害状況を細かな数値として出力していた。そのとき、ポンっと音をたてて画面の一部が明滅する。攻撃によって非活性化されたモジュールが、演算の不整合によるエラーとして現れる。クランダルト6は、それを見ながら薬剤を適切な箇所に注入していく。
「メディカルテクニシアの意見としてはどうだ。この機はどれほどの制限がかかる?」
問いに、クランダルト6は数秒悩んだ。数値を吟味して、口を開く
「6、問題なし。ラジエーターが吹き飛んだ程度で、この艦はなんともない。熱源虚像投射装置の応急修理に時間がかかるくらいだ」
それを聞いたクランダルト5は「了解した」というと、しばらくの沈黙があった。
投影装置の側面に表示される天文台が、しだいに遠ざかっていく。
「けっ、眼鏡を外して出直してきな。──考えが古いんだよ」
真剣な空気を茶化すように、クランダルト6が口悪く独りごちた。クランダルト5はそれに答えなかったが、さきほど直撃したミサイルを思い出していた。
特別強襲艦の装甲化された上部二枚羽は、ミサイルの破片を受け止めるほど強靭ではあるが、そのなかに搭載されているのは、実は浮遊器官ではない。莫大な熱量を発するために、それを生体器官と勘違いしたシカーダ=ターナ・ミサイルだが、実のところ、その中身は循環器の終端であり、排熱器の集合体──車両に置き換えるなら、ラジエーターやインター・クーラーに相当する──なのだ。つまり、機体の排熱を司る重要な器官ではあるが、それを破壊されることは、ただちに致命的な問題にはなりえない。現代における機体の事情をつゆほども知らない、旧世代のシカーダ=ターナ・ミサイルは、愚直にも、大きい羽を持つ排熱器を、昔の基準に照らし合わせ、重要標的だと勘違いしたまま、その生涯を終えたのだ。
生体器官が格納されていたのは、小ぶりな下部の二枚羽だった。コックピットの真上にあるそれらは、度重なる出力効率の改善によって、蝶や蜂かと見紛うばかりの挙動を、二つの生体器官だけでやってのけていた。この、熱源を分離する現代的な生体器官の構造的革命は、強襲艦、強襲揚陸艦に高いステルス性と、単純な熱源探査ミサイルへの格別な防御力を付与するに至った。ひとえに、生体科学の技術革新によって、航空生物を捕獲していたころとは違い、動力源を一からデザインし、理想通りの生体器官を組み上げることができるようになった恩恵である。
そこに、C.E.A.L.F.隊員による操艦技術と、ハーヴェスター・コンピュータの支援を受けた機体は「撃つまで撃たれ、撃ったあとは撃たれない」とまで評価される、一種の芸術の結晶と化していた。
森の海をひた走る特別強襲艦のなかで、クランダルト5はある推論を口にした。
「5から6。これは……この陽動作戦は『スウォーム』に露見しているかもしれないな」
「というと?」
クランダルト6が疑惑の表情になる。クランダルト5にも突然の思いつきのようなことで、確証があるわけではなかった。ただ、過去の経験則がその考えを言葉として紡ぐ。
「あまりにも『スウォーム』の動きが真面目すぎる。敵の目標は、俺たちの下に『いる』はずの地上部隊のはずだろう。だが、出てきたのは対空ミサイルが三発。明らかに俺たちを撃墜しようとした動きだった」
「地上部隊を援護する航空兵器を真っ先に無力化するのは、つねに正しい選択肢だと思うが」
「だがな、俺たちを天文台に近づかせないようにしていたのは確かだ。あの機関砲陣地は、まさにこの特別強襲艦を寄せ付けないように構築したんだ。けして地上部隊向けの装備ではない」
「戦力を切り離しにかかったという線は? 地上部隊だけなら数の暴力で囲むこともできるだろう」
「それも考えた。──だが」
【こちらアーキル1から全隊員へ。施設への侵入経路を構築、「ブックエンド」隊はエントランス横で合流せよ】
と、無線機からアーキリの声が響き渡る。
「やった、侵入成功だ」
喜ぶクランダルト6を横目に、クランダルト5は天文台に振り返った。戦闘をしているというのに、ランドマークであることを誇るかのような、まばゆい光が月を示し続けている。
「──だが、これで数を頼んでの制圧も難しくなった。では、ここまでして特別強襲艦に戦力を割り振ったのはなんのためだ? 彼らになく、俺たちにあるのは?」
クランダルト6は「そりゃあ、機動力と……」と言ったきり、次の言葉を告げられなかった。クランダルト5は、それを汲み取って、話を続ける。
「おそらくそうだろう。『スウォーム』が恐れているのは、この特別強襲艦そのものなんだ。だからこそ、地上部隊をすり抜けさせてでも、俺たちに執拗な攻撃を仕掛けてきた」
機内を肌寒い静寂が支配する。十分に距離をとったと判断したクランダルト5は、機体を再度反転させる。
「ヤツらは何を恐れている……特別強襲艦が近づくことで、なにを台無しにされたくない?」
自問自答するクランダルト5は、方位が施設と正対したところで舵を戻した。相変わらず、天文台から月へと光が伸びている。
「あれか……。だが、なぜ?」
クランダルト5は、浮かんできた違和感を口に出した。だが、その論拠はなく、際限なく思考が霧のなかに沈んでいく。
そのうち、どうにも答えの出ない問いを頭から締め出したクランダルト5は、雑念を振り払い、任務の内容を頭のなかで復唱した。この任務は、「ブックエンド」隊がすべての責任を負って行動している。であれば、彼らに一任するのが道理なのだ。それに、特別強襲艦を追いかけてくれる「スウォーム」が多いぶん、彼らには楽をさせることができるはずだ。そう思い直したクランダルト5は、
「5から6、任務を続行。熱源虚像投射装置の再使用は可能か?」
「6から5、現在の修復は8割、使用は可能だが挙動が不安定になりやすい」
「5、了解。では、『スウォーム』には、もう少しダンスに付き合ってもらおう」
目下に広がる森を一瞥すると、コンソールに表示される情報を読み解いていく。
「前方の森に熱源多数。敗走した『スウォーム』の再集合地点と思われる」
「組織だった行動をされる前に蹴散らす。格闘戦用意、速度に注意!」
「6、了解。格闘戦用意、速度に注意、カウンターメジャー起動!」
彼らの夜は、しばらく休まるところを知らなかった。