Orbitta Parle: 原初の揺籃 (9)

ファーストコンタクト

 

メロカはセニャ――正面のメッツクルカを見つめる。彼はゆっくりとヘドバンのような動きをしようとしたが、恥ずかしかったのかすぐに止めた。とても嬉しそうだ。

『ああ、ボクの言葉は部屋の中に入ってこないと聞こえません。正確には室内に入って、そこの床の”脳波感応線”の範囲内に居ないと』

セニャはメロカの足元に伸びる黒帯を片方のヒレで指し示した。メロカは面食らって閉口してしまった。とりあえず、他の皆に報告することにした。

「おい、皆。この室内は安全だ。入ってきて調査しても大丈夫らしい。それとなんか……その、セニャが喋っている」

メロカの報告に今度はムロボロド達が面食らった。何人かは顔を見合わせて、セニャのやつ鳴いてたか、いいや何も聞こえなかったが、などと言葉を交わす。

「大丈夫かメロカの奴。本当に神経戦を食らって頭がイカれちまったみたいだぜ」

エディが苦笑しながらそう言って、ムロボロドは無言で肩をすくめる。

「誰か今の状況を客観的に分析できる奴はいないか。私には部屋の中でセニャがピュイピュイ鳴いてるようにしか聞こえないが」

「いや、まぁその……私もこの状況どうかと思うんだが、とりあえずこっちに来てくれないか。なんかこの黒い帯を踏めばいいらしいって」

一呼吸おいて、意を決したムロボロドは室内に一歩足を踏み入れた。

「……この遠征目的である724番の招待を突き止めるためには、室内を調べなければならないに違いないと、私の直感が言っている。ハーヴさん、あなたは神経戦の影響を受けない。いざというときには、貨物ユニットを操って引きずってでも俺たちを救助してくれ」

『了解した。僕は警戒モードに入れておく。十分に注意してくれ』

 

メロカは皆が恐る恐る室内に入ってくるのをちらちら振り返りつつ、その場を動かずに周囲を観察していた。セニャはさっきの言葉以降何も喋らず、メロカの方をじっと見つめていた。クルカにあるまじきおとなしさだ。しかしあまりにも喋らないものだから、やっぱりさっきのセニャの声は幻聴じゃないのかという嫌な疑いが胸の奥から浮かび上がってくる。結局、安全を確認した全員がメロカの横に並び立つと、もう一度さっきの声が響いた。

『――皆さん、ボクの言葉が分かるでしょう! はじめまして! ボクはクルカのセニャですよ!』

メロカ以外の全員は面食らって言葉を失う。何人かは周囲をきょろきょろと見回した。頬をつねろうとしたメロカは船外服のヘルメットに遮られた。メロカはここが宇宙であると失念するほど驚きの中にいたことを自覚しつつ、口を開いた。

「……さて。私のコレが幻聴じゃなければ、クルカのセニャを自称する奴がいま自己紹介した」

俺も聞こえた、そうだそうだ、ボクの言葉が分かるかって言いましたわ、たまげた俺も同じことを聞いたぜ。メンバーは口々に今聞こえた言葉を確認し合い、幻聴などではなく確かにセニャから投げかけられたらしいことを悟った。少なくとも、言葉の内容に関して言えばそうだった。

「しかし、それにしても。立派なザイル諸語のリート訛りね。セニャはどこで習ったのかしら」

その一言を発したナテハに皆の視線が集中する。

「えっ……なになに」

「さすがに今のはアーキル語だろう。私はコテコテのラオデギア方言に聞こえたが」とメロカ。

「は? いや、何だ、その。今のは俺にはフォウ語以外の何物でもなかった」とエディ。

「私が聞こえた言語とはやはり違った。私が聞いたのは故郷の言いまわしだ。ネネツ語だ」とムロボロド。

このあたりで全員何かを察してお互いの顔を見合わせる。言葉にして尋ねたのはナテハだった。

「……この中で自分の出身地じゃない言葉に聞こえた人はいまして?」

誰も手を上げない。ナテハは確信とともにセニャの方に振り返って尋ねた。

「皆様、自分の最も得意とする言語に聞こえた、と。物理的なモノじゃない、もっと……テレパシー的ななにかで、語りかけたのね」

再びセニャの声が響き渡る。もとい、言葉の中に含まれる意図そのものが直接脳内に差し込まれ、意識の表面に投影されるといった聞こえ方だった。

『その通り、これはボクたちの持つ脳波感応の技術なのです! 一番慣れ親しんだ言葉でよく聞こえるでしょう』

「君たち……クルカが持つ、技術」

ミトは絶句した。古代クルカ文明論はまっとうな生物学徒なら一度は妄想する、しかし常に酒場談義の肴でしかないその空論を、これからまざまざと見せつけられるような気配を感じて背筋が泡立ってくる。

「そうです。その足元に引かれた黒いライン。心理共鳴合金でできてるのですが、触れた者同士がもつ原始的な精神感応を、強力かつ高分解能で伝達する代物です。有線電話みたいなモノですね。この発明がボクたちの文明水準を中世から近代世界へと押し上げてくれたんですよ!』

じっとその言葉に耳を傾けていたミト。うーんとりあえずどこからなにをどう聞こうか……とヘルメットの上からこめかみを押さえて長考に入った。

代わりに比較的素朴な質問をルッツが投げかけた。

「精神感応……いわゆるテレパシーってヤツですかね。そういえば、昔の空中艦乗組員のスカイバードの声が聞こえたみたいな伝説と、なにか関係がある話でしょうか?」

ああ確かにそんな話もな、とエディが教え子のルッツに補足説明した。

「想像を絶するほど大規模な精神活性を持つスカイバードと人間の間でもテレパシーが成り立つのか、結局怪しいという話だった。むしろ低周波音による幻聴みたいな、もっと地に足ついた代物ではないかってあたりで決着ついてたはずだが」

これはあくまで俺たちの現状の理解の範疇だがな、と付け足した。

ナテハもそれにもう少しだけ補足する。

「その手のウサン臭い仮説は前世紀の六王湖がいろいろ試しててね、結局ほとんどはモノにならなかったからオカルトだって話でしたわ。でしたのだけど。実在しうるの……?」いや現にこうしてあり得るから聞こえてるのかしら、と小声で自問自答しつつ。

学者たちの議論が途切れ、ふたたびセニャが回答した。

『ちょっと不思議ですよね。キミたちの精神理論の研究は初等レベルの段階で立ち止まってしまったのかな。脳の機能っていうのが微小なアナログコンピュータである以上、構造に再現性のある研究対象ですし。脳内伝達物質の量子スケールでの振る舞いさえ体系化してしまえば、そこまで難しい科学じゃないはずなんだけどナ』

メロカはなんだかおかしくなって吹き出してしまった。それがあまりにクルカらしい天真爛漫な口調に対して、高尚な科学議論みたいな内容で、でもやはりクルカらしく人を小馬鹿にしたニュアンスが感じられるという、絶妙な言い回しと思ったからだ。

『メロカ! どったの?』

「ははは、いやいや……」咳ばらいをして仕切り直した。
「いや、な。悪いがこれまで愛玩動物みたいな奴らと思ってたもんで……その素晴らしい知識は、君らクルカが先祖代々口伝で言い伝えてきたものか?」

『ううん。ボクはちょっとほかのクルカより賢くなったのかも。というのも、昨日拾った記憶にいろいろ教えてもらったんです』

「記憶だと?」

『さっき扉にはめた緑のタブレットです! これはボクたちのご先祖様が文明を持っていた頃に作られた、ご先祖様の意識のケッペンが入った伝達装置なんだぞ』

「超古代クルカ文明の開発した、意識の入った端末ときたもんだ。こりゃできの悪いオカルト小説じゃない、現実の話なんだよな」クルツはお手上げだという風にため息を付く。

『うん!ボクが拾い上げて見た瞬間、何万年も前の賢いご先祖様達のかけらを知ったんです。いろいろ教えてもらったんだよ!』

「大昔に文明を持っていたクルカの意識が入ったタブレット!」やっとフリーズから回復したミトが目を輝かせて質問する。
「中にはどういうのが入ってるのさ。私達も”その子達”とコミュニケーションを取れたりしない?」

『うーん、それは難しいかな。というのも……』

『うー!』

セニャが話を始めたとき、別の大きな声がその場を満たした。メロカがぎょっとして振り返ると、凄いスピードですっ飛んできたピチューチカのヘルメットが丁度みぞおちに刺さった。

「うおげ!」

『すごい! めろかのこえだ! きこえる!きこえる! セニャ、キミのかんかくも、わかってきたよ!』

ピチューチカは、メロカの腹部をクッションにしてぼよんとセニャの方へと飛んで行く。

突っ込んできたピチューチカをセニャがひょいと避けた。ピチューチカはその場で停止し、セニャと同じように全員の方に向き直った。セニャとまったく同じ姿勢でとなりに居座り、楽しそうにヘドバンをはじめる。

『そうそう、ボクたちクルカ同士は感応線がなくてもいい精度で感応できるんですよね。特に血筋が近い群れで集まってると、意識の自他の境界が溶けちゃうの。逆に、ボクとピチカでは種族が大きく違うから、今まであまり聞こえなかったんだ』

『いまはきこえるの。うれしーい!』

太古のタブレットの意識を受け継いでいないからか、ピチューチカの声は少々アホっぽい。これが元のノーマルクルカの水準なのだろう。しかしお互い意思疎通ができるとなると、メロカは例えみぞおちに一撃食らったとしても多少は許してやろうかという気になった。

「さっきの話に戻って。思ったんだけど……タブレットは例えるなら、他の個体の意識を溶かしたカクテルで」ナテハが話を続けた。

「クルカの持つ脳の機能であれば、意識をそのままのカタチで吸いだせる。でも人間の場合、個人と個人との考えの伝達を言語に依存しているから、タブレットの中をどう解析しても言葉として情報を得ることは難しい。……この解釈は、あっているかしら?」

『そんな感じだよ! ナテハはかしこいね! ひとつ言っておくと、タブレットの中にご先祖様の意識が残ってるというより、もっと純粋な情報そのものの集まりなんだ。なんにせよ、キミ達がキミ達の分かる形で情報を得ようと思っても不可能じゃないかなー、残念だけど……
ところで、ボクたちから見れば人間の方が面白い存在だと思うんだよ。相手の意図を穿ったり、自分以外にわざわざ『なぜ?』って聞かないと分からないのっておもしろいね!』

「君らクルカはそういう必要はないってか。クルカ同士じゃ全部テレパシーで頭ん中筒抜けなのか?」とクルツ。

『ボクたちは同族が考えていることが漏れて”見える”から、必要なことは一瞬で伝わるよ。このあたりの違いっていうのはね。いまのボクが知ってる感覚、つまりここにきて繋がったセニャの意識と、ご先祖様の残した意識と、あと目の前のキミたちの意識、ぜんぶを知った今になってやっと分かってきたかな。ヒトは最も親しい同族にだって知られたくないことが山ほど存在するんだね、驚き!』

「てことはプライベートという概念がないのか?」とメロカ。

『わからないや。ないと思うよ。……てことは、キミたちはこれをやったら相手の気が悪くなるとか、いっつも考える必要があるんだね。大変だー』

「ああ。都市部の人に馴れたクルカが無礼で下品になる理由がわかったかも……」

メロカがピチューチカに視線をやると、ヘドバンを止めて大声で怒鳴ってきた。

『めろかのかみのけってちんみなんだよ!かじるなら、ねてるときがねらいめだよ!!!』

「ホラこういうとこだ」

眉間にしわを寄せたメロカの顔を見、セニャは苦笑するかのように頭を傾けて話を続ける。

『今、メロカが気を悪くしたのがわかったよ。この部屋の精神感応を使って、はじめて人間のこの手の不快感を理解した。これ、ボクたち悪意がないんだよ。ただ、ヒトと精神感応が無理だから、こういうの嫌ってのが分からないってだけ。ピチカみたいな普通のクルカはね。自分の感じてる楽しい感覚を、相手にもそのまま適用して、メロカも自分と同じく楽しんでるって思うんだよ、きっと』

「そうだな……私もいま、なんとなくこいつの純朴さが分かったかもしれん。ああ、そうか。私もちょっとだけ君らの意識を感じているかもしれん」

『メロカたのしくないのー!?!?!?』

メロカにふわりと接近したピチューチカに、メロカは腹部へのデコピンで答えた。

『ピ!』

「はっ、単純な奴だな!」

 

「言葉が通じても通じなくてもメロカとピチューチカはいつも通りだったね。……さて、あなたには聞きたいことが無限にあるんだけどさ」とふたたびミトが質問する。

「この小惑星724番、もとい巨大宇宙船とあなたたちの関係について、教えてくれるかい」

『ン。ボクたちは正直手先が不器用だけど、みんなで何をすればいいかというのはすぐに解ったからね。大昔のご先祖様は、精神感応しながら文明を作ってきたんだよ。
さて、この宇宙船はボクたちが乗れるようにしたものです。カプセル内で休んでいる時も、お互いに心理共鳴合金を使って意識を混ぜ合わせて一つにさせてたんだ。この合金の共鳴アルゴリズムはボクたちの技術の結晶さ。船内で誰から誰の意識に対しても、最高の効率でアクセスできるの。強力なネットワークを作り上げているんだよ!』

セニャはここでひと呼吸おいて、ゆっくり周囲を見渡してふたたび話を始めた。

『で、ここにいるのはみんなボク達のご先祖様だ。この部屋はボク達のいわばCIC……船の運航責任者たちがここのボックス内に入って、船じゅうから集められる情報を一手に引き受けながら、操作を任されていたんですよ!!』

『ボックス? ……この横になった、冷蔵庫みたいな筐体か』

ムロボロドが周囲に立ち並ぶ箱のひとつを指して言った。この室内に数十個ほどが鎮座している。

「そう。中に古代のクルカが入っていると思う……もちろん死んでるよ。たぶん、ミイラになっていると思うんだ。ボックスの密閉性能は高いから、綺麗に残っているんじゃないかな。そういう意味では、ここは聖堂でもあるってことかなー』

予想外の箱の中身に、全員が息をのむ。ここには宇宙航行を実現させられるほど発達した、クルカ文明の最期の残滓が残っているというのだ。奇妙な文様の入った、重そうな筐体だ。クルカの全長よりかなり大きいようにも見えるが、”中身”はどのくらいの大きさだろう。窓はないので内部はうかがい知れない。

『ロックを壊せば開けられると思うけど……やめておいてほしいな。パルエの人たちは生体技術を持った文明でしょ。ボク達の精神文明ではなしえなかった、ミイラの復活ができるんじゃないかって、期待したいんだ。今は無理でも、いつかご先祖様達の復活を、パルエの人たちに託したいんだよ。だから十分に準備が整うまでは、ご先祖様の遺体は静かに置いてくれると嬉しいね』

「……ああ、そうだね。復活させた方がいろいろ面白い話が聞けそうだし、エンバーミングの域を超えた蘇生技術も最新の研究じゃ……」

と、ミトがそこまで話した時、メロカの足元でピチューチカがへなへなとへたりこんだ。どうやら目を回しているようだ。ピチューチカが倒れたタイミングで、全員の意識合流からピチューチカの感覚が切れるのがはっきりと理解できた。メロカはすぐに抱き上げてピチカを救助しようとした。

『あ、精神感応の強度に耐えられなくって失神しちゃったネ』

「おい大丈夫なのか?」とエディ。

「バイタルデータは大丈夫そうだ、生きている。眠ってるみたいだな」とメロカは報告した。

『気絶してるけど危険はないよ! ご先祖様ならともかく今のボク達の脳みそでだと、大勢の人間と会話した気疲れするってだけですから。ボクたちなら丸一、二日も爆睡すれば大丈夫。いきなり脳体積の大きい人間とたくさんリンクしたら、普通のクルカならそうなっちゃうよね……』
心なしかセニャも疲れたようなそぶりを見せた。

「君も休んだほうがいいんではないのか」クルツ。

『そうだね。うん、もうそろそろやめてもいいけど。せっかく話せたんだから、もうちょっとだけなにか話しても!』

それじゃあ、とアトイは前置きして尋ねた。
「これまでの、クルカ製と思われる構造について聞きたいね。ここはCICと言ったな。じゃあひとつ前の部屋にあった装置はなんだ。複雑な壁の文様の意味は。最初にこの船に降り立ってしばらく行った先に合った、奇妙な建造物はクルカの居住区ってこと?」

『えっと、順番に答えるね。旧文明の人に半分だけ改造されていた前室は、ボク達にとって生命維持をつかさどる中央制御室だったんだよ。五角形の柱が生命維持装置です。壁の模様は文化的な物だね。文字の機能も兼ねた装飾だよ。見ていて自然で落ち着く、シックな模様でしょー? タブレットが落ちていたあの建造物は、ご名答、ボク達が住んでいた居住区だよ! もともとあの、最初に着陸したところの大空間はボク達の居住区だった。ボク達の船内の文明が崩壊したあと、旧時代の人たちは一部を更地にしてヒトにちょうどいい都市に作り変えようとしたんだね』

「確かに、旧時代の自動機械がごく一部だけ都市を建造したようだったわね。……まって。船内の文明が崩壊したって言った?」とナテハ。
「あなたたちクルカの祖先はこの宇宙船に乗って、どこから来たの?そして最後はどうなったのかしら?」

『宇宙船の目的だね……ボクたちの母星であるアルゲ・クメグ系、その第一衛星エイゾレを飛び出しての宇宙探検さ!』

エイゾレがクルカの出身星!

「……これは驚いた。確かにあそこには液体の海洋があってハビタブルかもって話だったけどさ」

ミトの言葉にクルツが返した。

「ああ。こんなパルエの近くに大型動物……というか、意思疎通ができる知的文明の揺り籠があったとは」

「クルカの星か。いやクルカの星な……まったくふざけた現実だ。おい、気持ちよさそうに寝やがってさ。クルカの星だぞ。クルカッテ島なんぞ目じゃないぞ。星だぞ星。え?」とメロカは抱えたピチューチカのヘルメットをつついた。

『すごいでしょー! この船にみんな乗って、最初は外側の惑星系を探査して、それからパルエに……旧文明の人たちに、親善飛行に行ったんだ。そしてそのあとは、いよいよ”はるかなる旅路”に出ようと考えてたの!』

一行は驚いて目を見合わせた。そしてナテハが呟いた。

「はるかなる旅路、とは。一体どこへ……」

『まあでも、結局ダメでした。理由は分からないけど、内惑星系に移動してすぐ”事件”が起きたんだ』

「事件?」

『そう。ボク達の生まれ持った能力である精神感応が、ある時いっせいに切れてしまったんです。もちろんとてつもないショックで……あ、でもキミ達はもともと精神感応がない世界に生きてたんだね。ボク達にとっては、なにせ隣の同族が何を考えているのかわからない。どうしてそう動くのかわからない。何を欲していたのかわからないし、話の意味もはっきり通じない。怖かった。……すぐに喧嘩になった。船の修理ができなくなった。みんなが行き先をばらばらに入力して、宇宙船がおかしくなった。セーフモードに入った。一部のメンバーは連絡艇でパルエに助けを求めに行って、ほかのメンバーは脱出艇でほかの惑星に逃げたりもした。ほかの惑星に落ちたみんなは、たぶん死にました。もしかしたら原始集落を作って生き延びてないかなー……パルエに落ちたボクたちも、たぶん歓迎されませんでした』

「……ひょっとして、最終戦争のトリガーにでもなったのかしら。そういえば天から落着した精霊が嘯き人々は疑心暗鬼に陥った、という伝説が世界中の神話にみられますわね」とナテハ。

『分からない。けど、いきなり降ってきたボク達を見たキミ達が『誰かの攻撃!?』って思うかも。本来のボク達ならそういう錯誤は起きないようにするんだけど、その時はすでに精神感応を失ってたから……。
さて、ご先祖様の記憶はここまで。ここからはセニャ個人の考えだよ。こういうことが起こってから、長い時が流れたよ。ボクたちクルカもパルエで原始文明からリセットされて、こんどは人間の文明と共存する生き物として進化したみたい。そのうちに徐々に先祖返りしたのか、ちょっとアホになったけど、精神感応能力も少し取り戻しつつあるところかもしれないや。特にボクらメッツクルカは地下大空間で生き延びたご先祖様の直系だから、能力が戻りやすいのかも……ふう、疲れた。そろそろ休んでいいかナ』

疲れたのか、セニャの頭がゆっくり上下しだした。ちょうど人間が居眠りして船をこぐときのようだ。

「あっ! 最後にこれだけは聞かせて。こんな巨大な船はどうやって建造したのかしら」

ナテハの最後の質問に、セニャは興奮したように最後の力を込めて応えた。

『建造はしていない。最初から……天にあったんだよ! ボク達の文明がはじめて望遠鏡で星を見た頃にはもう、アルゲクメグ星系を追いかけるように公転していたのさ! ボクたちが変な小惑星だと思ったここに、初めて降り立った時には感動したよ! 中の設計や推進方式が全く違うから、長い時間を掛けてボク達が使えるように改造したんだ。最初は宇宙基地として、次に植民船として。結局、ボク達は昔のキミ達と同じことをしたんだね! よく調べてみてよ! 絶対感激するから!』

セニャはそういってカピカピと笑うと、力尽きてぽてっと転んだ。幸せそうな顔でぐっすり眠りについたようだった。

最終更新:2022年10月12日 01:58