P.C701 南東地域───
”連盟委任統治領”なんて大層なお題目が題されているものの、目覚め作戦に伴って即席調査された地域を除けばここは開拓も地図作製もほとんど進んでいない。
各所に点在するベース──これも目覚め作戦の際に設置された補給拠点が元となって発展した小さな村落群──から少し過ぎれば、そこはほぼ無法地帯だ。
未だ旧兵器が跋扈し、広大な未開拓の密林が広がるここでは外の世界での権威、影響力など無いに等しい。
連盟による統治の行き届かない中で、世界から様々な思惑を持った個人、勢力、国家がこの地に集まり、各々好き放題に領域を広げ、各々の主義主張立場の下に権謀術数を巡らせる。
その様は、空の上の神様からすればまるで児戯のように見えたかもしれない。
虫と鳥の声しか響かない、自然のままの鬱蒼としたジャングルの夜。その中に周囲の環境とは違う異質なエリアがぽつんと存在していた。
切り開かれ、四方数百メルト単位でコンクリートの壁で囲われているだけではない。明らかに密林とそのエリアの植生が違うのだ。
周辺を人間が過ごすのに好ましいものにするべく品種改良された人工植物による環境変化。コンクリートの壁に沿って等間隔に植えられている、
まるで深海魚のように発光している照明用樹木がそのいい例だ。
クランダルト帝国 南東方面派遣軍駐留基地。
南半球随一の大国家であり、大陸最大級の軍事力を誇るクランダルト帝国。この国もまた、この南東地域での利権を狙うゲームのプレイヤーの一人であった。
ここはその帝国の駐留基地の一つであり、南東地域で活動する帝国軍の物流を支える兵站拠点の一つでもあった。
その基地の外壁付近。夜の闇の中、並木の淡い光に照らされる影が4つ。
「爆薬の設置は完了したか?」
「作戦通りに。後は貴方のゴーサインだけ。」
「兄弟、”そいつ”は土壇場でグズらねぇだろうな?」
『安心しな。コイツは俺の相棒だぜ?お前よりも付き合いは5年も長ぇんだよ』
「後はお前だ。しっかりしてくれよ?数合わせとはいえ、分け前分は働いてもらうぜ。」
「は はいィ! 準備オーケー、です!」
「よし……作戦開始だ。天下の帝国様へ押し入り強盗の開始だぜ!」
外の世界であれば誰も手を出そうとも思わないクランダルト帝国の駐留基地に、ド派手な爆発が巻き起こった。
Bandit
瞬く間に耳障りな警報が鳴り響き始め、静かだった密林内の基地は蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。
しかし幸いにも、派手な爆発の裏で、ほぼ真反対の地点の壁にも爆発が起こっていたことに気づけた人間は少なかった。
一瞬の混乱を突いて開けられた基地外壁の大穴から、帝国兵の軍服を着て偽装した賞金稼ぎの一団……私たちが基地内へと侵入する。
「行け行け行け!ここから2 3メウ、もって5メウが関の山だぞ!」
男が先陣を切って大穴を通り抜ける。
私たちの小隊長格を務めるこの男は元ネネツ軍人と自己紹介していただけあって体つきはがっしりしており、ガルシア系列の突撃銃を構える姿も様になっている。
「反対側でド派手な爆発を起こして気を引くって作戦は…うまくいったようね。」
次に続いたのはメルパゼル人だという黒髪眼鏡の女。メカニックのスペシャリストらしい。すごく度胸がある人で、ここにもタブレット端末とラジコンドローンのみで乗り込んできている。
その後に続いて新米──私が基地に侵入する。
ラオデギア生まれのラオデギア育ち、新たな生活を求めて南東地域に飛び込んできてまだ1年ほどの私はひよっこ扱いだ。仕事を求めて訪れた酒場で出会った小隊長の男からこの仕事を紹介され、参加する事になった。
「軍事教練では機関銃手が最も適性があった」と話したのと、背丈がちょっぴり高かった事もあったので、護衛役の一人としてナバンザ軽機関銃を握らされている。
だが実は正統アーキルでは射撃成績が一番悪くても機関銃手の適性だけは高く評価してくれるということは内緒だ。
そして、最後に潜るようにして通り抜けたのは3メルトほどもある鉄と培養筋肉の異形──二脚の装歩騎兵だ。器用に胴体に備えた腕を穴の天井に添え、人間が潜り抜けるのと同じ動きで滑らかに壁の内側へ入る。
騎手の男は自称帝国人、小隊長の男とは昔馴染みでよく一緒に仕事をこなしているらしく、2人の息はピッタリである。
「急ぐぞ。攪乱しているとはいえ悠長にもしてられん。」
『あぁ。なんたって天下の帝国様から盗みを働こうってんだからな!』
「頼みにしてるぞ兄弟。いざとなったらその二脚の重火器が頼みの綱だ。」
「……依頼人の話によれば、目標の品は本国への空輸待ちで輸送品倉庫に保管されてあるらしいわ。そしてその倉庫はここから北にある。」
『おい、その鉄の板っきれは本当に地図代わりになるんだろうな!?機械はイマイチ信用ならねぇ』
「この時代にもなってまだそんな”帝国人らしい”考え方をしてるの?遅れてるわね。そんなナマモノに引きこもってるんだから当然か。ドローンの空撮映像をもとに作ったマップデータだから確実。」
「お前らもたもたするな!ただでさえ大所帯なのに装騎兵もいるんだ。目立つ前にさっさと移動するぞ」
警報が鳴り響く中、理路整然と建造物が並んだ基地内を潜むようにして進む。私たちは今、外で用意した帝国軍の装備を着て変装している。
馬鹿正直に敵をなぎ倒しながら押し通るわけではなく、陽動で混乱する中に紛れて静かに行く作戦だ。しかし軍服を着ているとはいえ、怪しまれれば一発で終わりだ。
そのため、そもそも発見されないように陽動の爆発源の方向に向かう帝国兵の一団を隠れるようにして何度かやり過ごしつつ、目的の倉庫区画へと近づいていく。
「待て。そこの角の先。恐らく敵がいる。」
小隊長の男が私たちを制止する。そのまま先行し角を曲がって行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
「よし、いいぞ。来い。」
角の先には誰も居なかった。しかし、地面におびただしい量の血痕が付着している。どうやら本当に敵兵は居て、小隊長が始末してしまったらしい。
私は内心で悲鳴を上げた。とんでもない仕事を受けてしまったと思った。というのも、私は今まで拾い集めた旧時代の遺物を売り払って稼ぐような仕事しかしてこなかったからだ。
どうりでこの仲間達のガラが悪い訳だ。こんな事なら、要らぬ勇気を出さずに帝国軍基地に忍び込むと聞いた時点で断るべきだった……
後悔しても、最早ここでやっぱりやめときます。なんて言えるわけがない。
『依頼の品ってのは金になるもんなんだろうな?これだけやらかしておいてそうじゃなかったら割に合わねぇ』
装歩騎兵の中の男が小隊長に尋ねる。
「……そのものが金になるかは知らんが、クライアントは大金を提示してきた。それだけは確かさ。」
『頼むぜ。そのためにこんな余所もんまで雇ったんだ』
そう言って進みながら装歩騎兵は進行方向そのままに、胴体に搭載された目玉だけギョロリとこちらに向けてきた。
私は思いがけずひぃ、と声を上げる。
『……ほぼ素人じゃねぇか。なんでこんなやつを雇ったんだ。』
「素人だろうが、弾除けくらいにはなるさ……おっと、あれだ」
小隊長が倉庫の一つを指さした。見た目は搬入用の大扉と人員用の扉の二つが備えられた、いたって普通の倉庫だ。警戒しながらも扉に取りつく。
扉は当たり前だが鍵がかかっており、人員用の小扉も同様だったが、横手に暗証番号を入力するためのキーパネルが取り付けられていた。
『”ガシャツキ印の電子錠”?何だって帝国軍が正統アーキル製の電子ロックなんか使ってやがんだ!』
「あなた本当に現代人?この時代じゃ機械だろうとナマモノだろうと、信頼性の高い方を使うのは当然のことよ。ましてや友好国のものなんだしね……ひよっこ!周囲を警戒してな!」
「は はい!」
騎体の中でわめく装歩騎兵とそれを見て嗤うメカニックの女。
女はタブレットから線を引っ張り出して電子ロックに接続し、何事か入力しているようだったが、それを物珍しげに眺めているとキッと睨まれたので慌てて周辺警戒に戻る。
少し待つとやがて間の抜けた電子音が鳴り、錠の開く音がした。
「お先にどうぞ、隊長様?」
メカニックの女が大げさな仕草で先へ促す。
「待ってろ。今大扉の方も開ける。」
それに呼応して素早く小隊長の男が倉庫に入る。しばらくして、大扉が音を立てて少しだけ開いた。
大柄な装歩騎兵に続いて、私とメカニックの女も大扉から倉庫内へと侵入する。
倉庫内に入ると、驚いた。まず先に私の目に入ってきたのは床に転がった帝国兵の体だったからだ。
「ひぃ! し し 死んでるんですか?」
「……あぁ。だがしくじった。仲間を呼ばれたかもしれない。急ぐぞ。」
装歩騎兵がアームでことも無く帝国兵の身体を片腕で掴み、目立たない部屋の隅へ放り投げる。
そして、その次に私が気づいたのは、
「!!これって……」
宝の山……ではなく、倉庫の中の、見渡す限りの檻の山。
その中には、大小無数の原生生物たちがひしめいていた。
クルカは当たり前のこと、無数の足が生えた偶蹄類から凶暴な虫型肉食獣、南東地域の自然の中で見かけたようなものからそうでないものまで、様々な種類の生物たちが個別にパッケージ化されて檻に入れられ、じっとこちらを見ている。
「輸送待ちの荷物ってのはこの子達の事?これじゃ動物園ね」
「聞いたことがある。帝国軍は原生生物を品種改良して飼いならし、改造することで人に対する従順さと、自然界での凶暴さを兼ね備えた生物兵器を開発しようとしていると。」
『そんな都市伝説じみた話じゃなくてもよ、陸上軍の補助兵騎や空中艦内のちょっとした小部品なんかはSBのじゃなくて陸上生物由来だぜ。まぁ未開拓の地域の生きものだ、テクノクラートかなんかにゃ需要はあるってことだわな』
「こんなところにお金になるものなんかあるん…ですか?」
「……あったわ。C-6663 これよ」
ほかの3人がしげしげと倉庫内を見渡す中、タブレット端末と棚をにらめっこしていたメカニックの女が声を上げる。
遂に帝国軍が本国へ移送するという目的の貴重品が見つかったのか。私を含め全員が女の下へと駆け寄る。女が見つめる先、壁際の棚の上の、目線の高さにある3段目に置かれていたそれは
「これは……!」
「なんてこった…こいつは…!」
『どうもこうもねぇ…クルカだ!それも蛍光ピンクの!!』
「ピュイ?」
クルカが、それも目が痛くなるようなショッキングピンクの色をしたクルカが、樹脂製の水槽の中から不思議そうにこちらを見つめていた。
『クソ、やられた!これが!こんなものが金になるってのか!えぇ!?』
怒りで装歩騎兵が大きな腕をブンブンと振り回す。
「落ち着け。依頼人は大金を約束した。この手のモノが好きな好事家に対して売るのかもしれない。」
小隊長の男がとりなすが、装歩騎兵の怒りは止まらない。
『依頼人はこんなもん欲しさに天下の帝国様に喧嘩を吹っ掛けさせたってのか!それで俺たちゃ兵隊まで殺して!?冗談じゃねぇ。これから俺たちゃ死ぬまで帝国に追いかけ回されるかもしれねぇってのに!!』
「だから落ち着け兄弟!もしそうだとしても南東なら大丈夫だ。今までもそうやってきただろう!」
「決めるなら早く!いつ敵に見つかってもおかしくないわよ!」
「どど どうするんですか!?」
「とりあえず持ち帰ってから決めればいいことだ! 行くぞ!」
『……クソが。』
私はこれからどうなるのだろう?そして”これ”は結局価値のあるものなんだろうか?そんなことを頭の中でぐるぐる考えながら、手早くクルカを入っている水槽から取り出し、装歩騎兵の収納スペースに積み込む。
クルカはピギャーピギャ―と騒いだが、収納スペースに放り込むと静かになった。
一通りの作業が終わると、小隊長の男は窓の外を伺い基地の様子を確認しながら、次の指示を出す。
「……よし、作戦通り今度は帝国兵のフリをして堂々と正面ゲートから抜ける。想定より少々騒ぎが大きくなっているが…問題ない。行くぞ。」
『予定ではもう少しスマートにいく想定だったんだ……何事もなけりゃいいが』
装歩騎兵の不安そうな声を聞きながら、倉庫を出る。それを聞いて私もつられて不安になってくる。
今着ている服は確かに帝国正規軍の軍服だが、不揃いなうえ、私の持つナバンザ機関銃といい細かな装備品が正式採用品と違う。よくよく見れば変装だと分かってしまうのだ。これで本当に正面から脱出出来るのだろうか?
「通りに出るぞ。今度は軍人らしく、しゃんと立って歩くんだ。大丈夫。月が2つとも出ていないこの暗い夜の中だ。むしろ縮こまって歩いていた方がかえって不自然になる。」
装歩騎兵を先頭にして、まるで命令を受けて出ていく兵士かのように通りを駆ける。目に入る風景の全てに帝国兵が映り込み、時にはこちらをジッと眺める兵士もいる。
私はいつバレて鉛玉を全身に浴びせられやしないかと、気が気でなかった。
「ここを右。そうすれば正面ゲートが見えてくるはずよ…」
『やっとか…いつバレやしないかとヒヤヒヤしたぜ…』
そこの角を曲がれば出口だ。
しかし、あと少しというところで私たちに声が掛かる。
『止まれ!お前たち、どこの所属だ?』
帝国兵2人が自動小銃を構え、クランダルト語で話しかけながら近づいてくる。
『アハハ…第4分隊でありますサー……外の応援へ行くようにと……』
小隊長がクランダルト語で誤魔化そうとする。正面ゲートの歩哨に使うはずだった文言そのままだ。
『外の爆発騒ぎか?どうせバンディット共の火遊びだ。装歩騎兵まで出動するとは聞いてないが……』
心臓が止まりそうだ。私たちの内、帝国語が話せるのは小隊長と装歩騎兵の男だけだ。
『驚いた。随分な旧式だな?ウチにもこんなのが残ってたなんて』
帝国兵の一人が装歩騎兵の機体を小突きながら言う。
『へ、へへ。目覚め作戦前からの幸運機体でさぁ……』
『……?俺たちの部隊には目覚め作戦に参加した機体は居なかった筈だぞ?』
帝国兵の1人が訝しむ。
『……どうにもおかしいぞ。幾らなんでも古すぎる。お前もひどいネネツ訛りだし。』
『外の騒ぎに関係してるかもしれん。お前ら、一応悪いが来てもらおうか?』
『アハハ……』
もうダメだ。私がそう思った瞬間だった。
作り笑いをしていた小隊長は、いきなりナイフを抜き目の前の帝国兵の首へ突き刺した。
それに呼応して装歩騎兵の方も、機体を小突いていた帝国兵に向かって鉄の身体で凶悪なタックルをかます。
が、コンマ数秒遅かった。小隊長の動きに反応して反射的に帝国兵の引き金にかかった指が、タックルの弾みで意志とは関係なく後ろへと弾かれる。
その結果、未だ爆発騒ぎに揺れる夜の基地内に銃声が鳴り響いた。最後に発砲の長い残響音が通りを突き抜けて響く。
『クソッタレ!』
「ほら、何ぼけっとしてるの!クランダルティンどもが集まって来るよ!」
「ゲートまで走れ!お前は”地獄のムチ”で支援しろ!」
『クソ、クソ!もう少しだってのに!』
三人の動きは迅速だった。小隊長は的確に指示を飛ばし、装歩騎兵は背中に背負った大きな銃を腕に装備し、メカニックの女は端末を見てドローンからの情報を皆に提供する。
私も呆然としていたが、こんなところに置いて行かれるまいと機関銃を構えなおし、後に続く。
先程の銃声で周囲が再び大きな騒ぎになる。私たちが外で陽動や侵入用の穴を開ける時に起こした爆発とは違い、今度は基地の内側で銃声が鳴り響いたのだ。
敵の認識は『外の賊党の火遊び』から『内部に侵入者が居る』にシフトチェンジし、基地内の私たちの存在を明確に意識する。つまるところ、ここに来て帝国軍を本気にさせてしまった訳だ。
後ろから駆けつけた帝国兵の一団が死体を目撃し、現行犯で私たちに向かって発砲する。背中側から聞こえる発砲音と、耳元でヒュンヒュン鳴る銃弾の風切り音に一瞬気が遠くなりかけるも、首を振って前へと駆ける。
『こんにゃろ!これでも食らいやがれ!』
装歩騎兵が後ろへ向き直り、肩に装備した大きな銃を構える。ナバンザとは違ってベルトリンク式の機関銃らしい弾倉。しかしそこにぶら下がる弾薬は一般的なそれのものより大きく、また太かった。
”地獄のムチ”と呼ばれる、南側の軍隊では標準的な装歩騎兵用の携行擲弾機関砲だ。
トントントントントン!!と想像よりも控えめな砲声が響く。しかし発射された3.8finの擲弾から撒き散らされる破片は1発十数メルトの範囲を殺傷する。
私は恐ろしいことになっているであろう後ろを振り返らずに正面ゲートへと急ぐ。
「正面!ゲート前にクランダルティン!」
「新米!ゲート前をナバンザで掃射しろ!」
ゲート前に集結している帝国兵達を見て、慌てて物陰へと退避する。先ほどまで私たちが立っていた足元に、雨あられと弾丸が降り注ぐ。
「ひ ひいっ……やるしかない…やるしか…!」
装歩騎兵の男は後ろからの敵に手一杯のようだった。私がやるしかない。
私は手近な所へ機関銃を委託し、震える腕で棹槓を引く。
そして照準器の前後を、目の前の集団に重ねた。
「う う 撃ちます!」
引き金を思いきり引く。
その刹那、猛烈な反動とともに弾丸が吐き出される。押さえつけきれなかった反動で荒れた弾道は敵を撃ち倒すことは出来なかったが、形成された火線が帝国兵達を釘付けにする。
その隙に有利な位置へ移動した小隊長のガルシアII突撃銃が、帝国兵を射線に捉え、短連射で確実に敵を撃ち減らす。そこに合流した装歩騎兵の擲弾機関砲が加わり、形勢は決した。
「よくやった新米!」
「今だ!走れ!走れ!」
がら空きになった正面ゲートへ走る。
しかし、私達が基地の外へ出る前にゲートがひとりでに閉まり始め、取り付く頃には完全に閉じられてしまった。
「クソ……遠隔操作か。帝国はどうしても俺たちをここから出したくないようだな。」
小隊長が閉まったゲートを憎々しげに叩く。頑丈そうな鉄の扉だ。擲弾や手持ちの爆薬程度ではビクともしないだろう。
「クランダルト帝国の基地に南東地域の賊党があっさりと侵入出来てしまうなどあってはならない…面子に賭けて私たち賊を処理する…そういう事ね」
『閉じ込められちまったぞ!次はどう動く!?』
「おいミスメカニック。このゲートはハッキングで開けられないのか!?」
「出来ない事は無いけど……少し時間がかかるわよ。それでもやる?」
「どどど どうするんですか!?」
「今考えてる!静かにしろ!」
小隊長の男は苛立たしげに足を動かしながら、黙って長考していた。
一瞬のようにも数時間のようにも感じられる少しの間の後、やがて口を開いた。
「……こうなった以上、1箇所に留まり続けるのは愚策だ。……来た時に開けた穴から、脱出する他あるまい」
「本気で言ってるんですか!?」
『マジかよ…あそこはもうクランダルティン共が蟻のように群がってるはずだぜ』
私と装歩騎兵の男が呻く。あれだけ大きな穴を開けたのだ。今頃大変な注目の的となっているに違いない。
「おい、俺たちが開けた壁の大穴付近は今どうなってる?」
女が幾つかタブレット端末を操作し、答える。
「上空から見るに何人か集まってるみたい…だけどさっきのゲート前よりは少ない。…今はね。」
「だったら急ぐぞ。ここでこのゲートに対してあくせくするよりはよっぽど健全だ。」
装歩騎兵を先頭に、来た道を戻る。途中で出くわした帝国兵が誰何とともに銃を向けてくるが、そんな不運な帝国兵を装歩騎兵の男が”地獄のムチ”によって汚い地面のシミにしていく。
『こんなところでクルカの為にやられてたまるかってんだ!』
進むにつれて帝国軍に遭遇する頻度も、数も増えていく。メカニックの女が呻く。
「クソ、ドローンが落とされた!でももうすぐ!あの路地の奥よ!」
「ひいい、神様…」
帝国兵に捕捉され、その度に蹴散らす。そういうことを繰り返しながら、なんとか穴を開けた外壁近くの倉庫区画へと辿り着く。
つい先ほど開けた基地の外壁の大きな穴が変わらずに、倉庫と倉庫の合間の路地から覗いている。
助かった。そうホッとしたのもつかの間。
私の横を何かが突き抜けた。
それが砲弾であったことに気が付いたのは、真後ろに着弾した榴弾の爆風によって地面に叩きつけられた後のことであった。
「……ソ!皆……事…か!?……」
『駄……だ。メカ…ック……が……』
──全身が痛い。ひどい耳鳴りもする。
一体何が起こったんだ。明滅する意識の中、私は地面に突っ伏しながら奥を見た。
壁の穴が先にあるその路地を隠すようにして、低い生体器官の唸り声を響かせながら”それ”が停止している。脱出口を目の前にして、最悪の存在が立ち塞がっていた。
主力戦車。
125㎜の滑腔砲と対人用の同軸機銃、砲塔上に対空用の重機関銃を備え、重装甲だが生体器官によって宙に浮き、地形までも無視して高速で機動する、地上最強の戦力が私の目の前に居た。
そんなものがなぜ私たちに。それほどまでして食い止めたい理由でもあるのか。
動けないまま装歩騎兵のアームで摘まみ上げられ、物陰と運ばれる。
「何とか五体満足なようだな。ほら、気付けの薬だ。」
そう言って刺激臭がする薬を鼻元へ近づけられ、私はひどくむせた。
だがそのおかげで意識がはっきりしてくる。
『ここも長く持ちそうに無いぞ!』
装歩騎兵が倉庫の陰から”地獄のムチ”をばら撒きながら叫ぶ。時折際どい所に戦車砲弾が着弾する。
「メカニックさんは……?」
そう聞くと、小隊長の男は黙って首を横に振った。私は絶句する。
「いいか新米。よく聞け」
小隊長の男はクルカを私の腕に押し付けた。勿論私たちがこんな目にあっている元凶の、ショッキングピンク色をしたクルカだった。
「俺たちが何とかしてあいつを足止めする。その隙にお前は脱出しろ。」
「そんな!?お二人はどうするんですか!」
「俺たちは大丈夫さ。あいつとは長い付き合いだし…何とか生き延びてお前さんの後を追うよ。そのクルカに本当に価値が付くのかどうかも気になるしな」
『…あぁそうさ。ぶっ倒すことは出来ねぇにしてもよ。金が手に入るまでは死んでも死にきれねぇ!』
装歩騎兵の男もアームを振ってサムズアップする。
「そんな……」
「押し問答している時間はない!さぁ行くぞ!」
『ピンククルカによろしくな!』
乱射した擲弾の爆煙に紛れて、倉庫の陰から装歩騎兵が飛び出し、その後に小隊長の男が続く。
それに気づいた戦車の砲塔が二人を捕捉するより早く、装歩騎兵が戦車の車体に飛び乗り、正面から砲身をアームで鷲摑みにした。
主力戦車は浮遊する車体と砲塔をぐらぐらさせながら、装歩騎兵を振りほどこうともがいた。苦し紛れに同軸機銃も連射し、装歩騎兵の装甲表面に大きな火花を散らす。
「今だ!新米!行け!行くんだ!」
小隊長が取り巻きの帝国兵を撃ちながら叫ぶ。
「……ッ!」
仲間がくれたチャンスを無駄にしない為、壁の大穴へと駆け出す。
走る。走る。無我夢中で出口へと突進する。
外壁の穴まであと数メルト。そんなところで、横手の倉庫の陰から帝国兵が飛び出した。
身体中から血の気が引く。至近距離に現れた帝国兵の顔は、夜の暗闇の中でも分かるほどに憎しみに歪んでいるのが分かった。
『バンディットめ!よくもこんなに仲間を!許さんぞ!』
帝国兵の男が何かを叫んでいる。
走馬灯というやつか、全てがスローモーションになっていくように感じる。
男がこちらに自動小銃を向ける。
男が引き金にかけた指先に力を入れていく。
腰のナバンカ機関銃を構えるには──間に合わない。
「ピュイイ!ピギピュイ!!」
『うわあぁ!なんだこいつは?!』
その刹那。腰の鞄に入れていたピンククルカが飛び出し、帝国兵の男の顔面に飛びついた。
乾いた発砲音。だがしかしその銃弾は逸れ、私の頬を浅く裂いただけに終わる。
「う うわあああ!!」
私は咄嗟にナバンザを腰だめに構え、狙いも付けず目の前の帝国兵へ向け引き金を引いた。
重い反動。吐き出される弾丸。目を開けると、蜂の巣になった帝国兵をピンククルカが不思議そうに眺めていた。
この子が居なかったら、私がこうなっていたかもしれない……
私はクルカを拾い上げると、壁の穴を通り抜け、外界へと脱出する。
そしてそのまま、元いた拠点のキャンプまで、全力疾走で駆け抜けた。空が白み始め、太陽が昇り始めていたことにはこの時初めて気づいた。
──あの後、仲間たちと知り合った酒場へ戻ったものの、あの二人がここへ帰ってくることはなかった。
色付きのクルカごときには価値はないと判断したのか、それともあの基地で死んでしまったのかは分からない。だが、私は生きていると信じている。そう信じたい。
このピンククルカをご所望だった依頼人とやらにも、結局会えずじまいで終わった。
街の市場で売ってしまおうかとも考えたが、最後の最後で自分を救ってくれたこの子を売る気にはどうにもなれなかった。今は私の助手兼相棒として働いてもらっている。
色が色の為、滅茶苦茶目立つのだけが難点だが、それはそれでその色を生かした仕事というのも今は考えている。つまりは敵に対する陽動とか、肉食動物に対する陽動とか。
当分はあんな荒事の仕事はごめんだけど、いつかはこなせるようにもなりたい。
今日も仕事を終え、テントで眠りにつく。隣には蛍光ピンクのクルカがいる。
「明日も”良い成果”をね。ピンキー」