寒波戦役終戦30年記念番組 ”マルダル沖の稲妻”

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ラスティフロントの公式設定記事ではなく、企画参加者による考察記事です。
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ただし記事が書かれた時期によっては、設定が古くなっていたり矛盾していたりする場合があるので注意が必要です。


 

FKT(フォウ王立テレビ放送) 寒波戦役終戦30年記念番組 “マルダル沖の稲妻”
 

  マルダル島平和祈念館
 寒波戦役の悲惨さを後世に伝えるために設立されたこの記念館では、当時の両軍が使用していた兵器も多数展示されています。

 フォウ王国空軍の各種兵器を展示するブース、その中心部に安置されている1つの展示品。当時“噴進水中空雷”と呼称され、最も多くの諸島連合海軍艦艇を撃破した兵器と言われるこの兵器は、どのようにして生まれ、どのような被害をもたらしたのか。

 終戦30年の節目となる今、王国軍の飛行機と諸島連合軍の艨艟の戦いで大きな役割を果たした「マルダル沖の稲妻」を追います。


  フォウ王国軍、東部防衛域司令部付、北マルダル第4飛行場

 現在も「マルダル沖の稲妻」の血脈を引く兵器が配備されています。


  記録映像 ハンガーから引き出される改バルケッタ型戦闘爆撃機、翼下には四本の大型ロケット弾が懸架されている

 “655年式水中ロケット”、フォウ王国空軍が保有する対艦兵器です。


◎フォウ王立戦史研究所、兵器史研究室 マティアス研究員
「“噴進水中空雷”は、世界で初めて水上艦の水線下への攻撃を可能とする兵器として、寒波戦役開戦の2年前、626年に正式採用されたフォウ王国空軍の決戦兵器でした」


  当時の記録写真 イスカ戦闘機の翼下に大型ロケット弾が2本懸架されている。

「当時の各国の軍隊の主流は空中軍艦であり、唯一水上艦を大々的に運用する諸島連合海軍に対し、フォウ王国空軍は“効率的に水上艦を撃滅する兵器”の保有を強く望んでいました」
「大型徹甲爆弾や超大型ロケット弾、果ては機載火炎放射器まで…迷走を続けていた対水上艦兵器でしたが、とあるまったくの偶然から“噴進水中空雷”が開発され、両国間のパワーバランスに乱れが生じる事となるのです」


 「マルダル沖の稲妻」が生まれるきっかけとなった、まったくの偶然。

 それは今からおよそ40年前、フォウ王国空軍の訓練中に起こります。


  当時の記録映像 水上標的へ向けてロケット弾を発射するイスカ戦闘機のガンカメラ映像。

 当時、フォウ王国とワリウネクル諸島連合の両国は頻繁に沿岸海域で小競り合いを起こしていました。

 フォウ王国空軍は水上艦への攻撃手段としてロケット弾攻撃を重視。当時の戦術は、高速機で接近し至近距離からロケット弾を撃ち込む物とされていました。

 しかし、諸島連合の軍艦は各国の空中艦と比較して装甲が厚く、特に空中からの攻撃に備えた甲板装甲は極めて強固な物でした。

 そこで、超低空で接近し舷側にロケット弾を撃ち込む訓練が行われることとなったのです。


◎フォウ王立戦史研究所、兵器史研究室 マティアス研究員
「当時の王国空軍パイロットの練度は非常に高く、このような危険な訓練でもほとんどを命中させる、或いは至近距離からの発射を行う事がほとんどでした」


 ところがある日、飛行訓練課程を終えたばかりの新人パイロットがロケット弾の発射訓練中に小さなミスを犯します。

 緊張からか、予定された発射地点よりもかなり遠くからロケット弾を発射してしまったのです。


  CGによる再現映像 イスカの発射したロケット弾が海面へ突入する。

 遠距離から発射されたロケット弾は、訓練標的よりもかなり手前で海面に着水してしまいました。当時その場にいた誰もが、ロケット弾はそのまま燃焼を終え水底に沈む物と考えましたが、そうはならなかったのです


  フォウ王立ロケット研究所の試験映像 点火された固体燃料が水中に投入されてからも盛んに燃焼している様子。

 当時は知られていませんでしたが、固体燃料はその組成に酸素が含まれており、無酸素環境下でも燃焼は止まりません。

 海面に“着弾”したロケット弾は、そのまま高速で海中を邁進していったのです。


◎元王国空軍火薬廠研究員 ラース氏
「あの時は本当に驚きました。突然当時の主任が、凄い物を見つけたぞ、と言って招集を掛けた時は何事かと思いましたが、記録された映像に映った水中を進むロケット弾を見て、その場にいた全員が思ったはずです。これは使える!と」


 撮影された映像や現象の詳細は、フォウ王国空軍によって機密情報に指定されました。

 水中ロケットはその後数年間の技術的熟成と戦術的調整を得て、626年“噴進水中空雷”として東部の攻撃飛行隊へと大々的に配備されることになります。

 そして628年、運命の寒波戦役開戦を迎えるのです。


  当時の記録映像 進撃する王国軍と降伏する氷床に取り残された諸島軍艦。

 緒戦では氷結した北洋に取り残された諸島海軍の軍艦が相手だったため、“噴進水中空雷”が活躍する場はありませんでした。


  当時の記録映像 接近する王国軍イスカ戦闘機へ対空射撃を行う諸島海軍戦列艦隊。

 しかし、諸島連合本島付近が戦場になるにつれて王国空軍と諸島海軍の激突はその激しさを増してゆきます。

 そして、629年夏。オリエント海、諸島連合首都“スラーグ”沖合に展開した諸島連合海軍首都防衛艦隊とフォウ王国空軍、東部防衛域司令部隷下の対艦攻撃飛行隊がついに激突する事になります。



  当時の記録写真 諸島連合海軍戦艦“オスーペツ”を後続の戦艦から撮影したもの。

 後に言う、第1次スラ―グ沖海戦の勃発です。


◎元諸島連合海軍、巡洋艦“オクオルシリ”副長 アシリビキ氏
「当時我々は、王国空軍による対艦攻撃が艦上構造物に対するロケット弾攻撃が主であると認識していましたし、事実第1次スラーグ沖の少し前、北ネクル航空戦でも王国軍機の主な攻撃はロケット弾によるものでした」
「南方に回航されていた一部の艦艇はそれまでの戦訓を鑑み、艦橋周辺への応急的な弾片防御として寝具類を張り付けたり、要所には鋼板を取り付けたりと上部への防御を強めていたのです」
「そして上昇した重心に対しては、水線下への一部注水や錘の搭載を行っていました。……最も、これが裏目に出てしまったのですが」


  当時の記録写真 戦艦“オスーペツ”が左に傾いている。

 これ以前にも何度か王国空軍は“噴進水中空雷”を対艦攻撃に投入していましたが、それは主に単独行動中の巡洋艦や駆逐艦に向けられることが多く、諸島連合側は“噴進水中空雷”をその外観から大型のロケット弾程度に捉えていました。

 諸島連合海軍はこの戦いで初めて、“噴進水中空雷”――「マルダル沖の稲妻」の威力を知る事になります。


◎元諸島連合海軍、巡洋艦“オクオルシリ”副長 アシリビキ氏
「悪夢を見ているようでした。たった数機の攻撃機に襲われただけのはずの“オスーペツ”の左側面に大きな水柱が上がり、急速に傾斜していく様子を見て…艦長も、私も、全ての乗組員が目を見開いていたと思います」
「一瞬早く気を取り直した艦長が、声を震わせながら『対空戦闘、回避行動取れ。艦底部緊急排水始め』と指示を出したのを、今でも覚えています」
「しかし、もはや全ては手遅れでした」



  当時の記録映像 カンナカムイ級駆逐艦に“噴進水中空雷”を投下し飛び去るイスカのガンカメラ映像。

 この戦いで諸島連合海軍は戦艦“オスーペツ”を始め多数の艦艇を撃沈されることになります。

 首都防衛の要であった艦隊を失った諸島連合は、首都スラーグの一時放棄と後退を決断。寒波戦役の大きな山場となったのです。


◎フォウ王立戦史研究所、兵器史研究室 マティアス研究員
「第1次スラ―グ沖海戦以降の寒波戦役自体の趨勢については、皆様ご存じのとおりです。しかし、この“噴進水中空雷”という兵器は王国、諸島連合双方にとってとても大きな戦術的転換点をもたらしました」
「そして“噴進水中空雷”は、史上最も多くの水上艦を撃沈した兵器として今後もパルエ軍事史にその足跡を残すことになるでしょう」


◎元諸島連合海軍、巡洋艦“オクオルシリ”副長 アシリビキ氏
「私の乗っていた巡洋艦“オクオルシリ”も「マルダル沖の稲妻」に狙われ、被弾しました。幸い艦長の的確な指示と応急要員の奮闘によって、我々の艦は後方へ退避する事に成功しました」
「しかしその後も「マルダル沖の稲妻」による被害は留まる事を知らず、主に重対艦砲を主兵装としていたカンナカムイ級に大きな損害が出ています」

「この被害を受けて、諸島連合海軍は艦艇に小口径の機関銃を大量に搭載するようになりました。また、建艦計画も大きく変更されたのだと聞いています」
「「マルダル沖の稲妻」は、諸島連合海軍という組織にとって、最も大きな衝撃を与え、その根底を揺るがす存在だったのです」


  記録映像 終戦25年式典で編隊飛行を行う改バルケッタ型戦闘爆撃機 翼下には諸島海軍の艦艇が停泊している。

 寒波戦役から30年、フォウ王国とワリウネクル諸島連合はかつての確執を乗り越え、新たな時代へと進もうとしています。


◎フォウ王立戦史研究所、兵器史研究室 マティアス研究員
「両国間の確執は長く続いたもので、直ちに盟友となる事は難しいでしょう。ですが、歩みを止めてしまっては絶対に望む未来へはたどり着けません」


◎元諸島連合海軍、巡洋艦“オクオルシリ”副長 アシリビキ氏
「我々も、彼らも、あくまで国のためにその時正しいと思われたことを行っていたにすぎません。そして今現在何が正しいのか、それを人々が判断していくのが歴史なのでしょう」



 此れから訪れるであろう平和な時代に、「マルダル沖の稲妻」……“噴進水中空雷”が再び解き放たれる様な事が起こらない事を祈るばかりです。


 

終 製作・著作  FKT

最終更新:2025年03月23日 21:27