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崩壊/純化

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崩壊/純化 ◆CKVpmJctyc



時間にして一分ほどだろう。
必要最低限、きわめて事務的な放送が島に響きわたり、すぐさま静寂を取り戻す。
死者を告げるイベントとしては、些か簡素すぎるそれは死者を人間らしく扱っていると言えるかどうか。
第一放送は数十分に及ぶ大々的なイベントであったのだが、ここにいる彼は知る由もない。
人間を切望し、人間に擬態する少年、黒須太一は放送が終わっても人形のように静止していた。
廃校の放送室で古くなったパイプ椅子に座り、放送機材の置かれた机に行儀悪く足を上げている。
いや、正確には静止しているのではない。静止して見えるといったほうが正しい。
外側から見てとれる『静』とは正反対に、彼の内側は様々なものがせめぎ合う『動』だった。

彼は、あらゆるものに解釈を求め、人一倍考える生き物だった。
主催者であるエイリアンは、初めに『殺し合い』をしろと言った。
殺せ、ではない。殺し合え、だ。
人間足り得ない太一には、眩しささえ感じられる行為である。
しかし、その人間らしい殺し合いの末に死んだ者は、終わったことを人間らしく告げられはしなかった。
太一は、放送部の俺が放送の何たるかを教授してやろうか、と笑うことにする。

「霧ちんが、ねえ」

たった今の放送で、死んだという事実が報告された佐倉霧
山辺美希』&『佐倉霧』でフラワーズ。愛らしいお花ちゃんたちの一輪が摘まれたらしい。
彼女は、いつも通り錆びたナイフのようだったろうか。
興味をひかれた精密さと繊細さからくる美しさを保ったままの佐倉霧だったろうか。
もしかして錆がとれ、煌くナイフのようになって一瞬の輝きの果てに死んだのか。
はたまた、無骨な丸太のようになり、救いようがないままに死んだのか。
ふうと溜め息を一つ。
おお、霧よ。死んでしまうとは情けない。どこかで聞いたような台詞が頭によぎる。
自分と他人の境界線をはっきり引く子であると認識していた。
どうせ人を信用できなくて死んじゃったんだろうなあ、と推測する。
そうだったら、実に霧ちんらしい。

「ふーん」

動きの見えなかった太一が、椅子の前足を上げ、ギコギコと前後に揺らし始める。
ここに集められた四つのかけらは、一つ欠けて三つになってしまった。
美しかった4――8――64。
しかし今は3――7――64。美しくないなぁと残念に思う。
佐倉霧の死に対して、どんな反応をすればいいだろうかと太一は考える。
選択肢はこうだ。

1.少女の死により侠気に染め上げられ、エイリアンの思惑通り殺し合いに乗ってしまう
2.愛と平和のヤングアダルトは、少女の死を乗り越え平和のために戦う

※侠気→太一語、狂気の誤字。か弱き少女の窮地を救えなかったことからくる狂気、かもしれない。

1も捨てがたくはあるが、やはり2だろうと結論付ける。
愛貴族としては初志貫徹し、仲間と共にエイリアンを打倒せねばならないのだ。
合言葉も忘れること勿れ。『友情は見返りを』『求めない』だ。

「ミキミキがエイリアンに喰われる前になんとかせねば」

フラワーズを二輪とも摘ませるなんて、そんな羨ましいことを他人にさせるわけにはいかない。
スーパーくのいちのほうは逆にエイリアンを喰ったりしそうだし、気にしなくていいだろう。
ガタンと椅子を両足とも着地させる。
待っているのは少年誌的な友情と努力の末の勝利に違いない。
さあ、人間やエイリアンとの交流を再開だ。
廃校を出る前に、最後のジャガイモを口に放り込む。
しっかりと咀嚼する。丁寧に丁寧に味合う。
しょっぱい。
でも、今まで食べたどんな料理よりも恍惚を覚える味だった。

「『佐倉霧』っと」


◇ ◇ ◇


太陽が高く高く南中すると同時に放送は始まり、あっけなく終わった。
左腕全体に布を隙間なく巻きつけた赤毛の少年、衛宮士郎は森の中でその放送を聞くこととなる。
士郎は、徐々に昇っていく太陽の陽射しから目を背けるように北上を続けていた。
半日前、正義の味方が死んだ場所を去り、サクラノミカタは桜を求め続ける。
そう、求めるものはたった一つ。向かうところに迷う要素はない。
しかし、その足取りは重く、横から押したら倒れそうな覚束なさがあった。

今、士郎の思考を支配してしまっているのは、自身の体の熱さだった。
熱の元凶である左腕を、ぎゅっと掴む。
マルティーンの聖骸布により拘束された赤い腕。
人には過ぎた力をもたらすサーヴァントの腕は、体の主を蝕まんと侵食を続ける。
しかも、一度拘束を解かれたせいで、その侵食は一気に加速していた。
そんな熱に精神をすり減らしていた士郎は、放送の開始にびくりと体を強張らせることとなる。
放送が完全に導入を省いたものだったおかげで、危うく記録をしそこないそうだったほどだ。
放送内容については、特段驚くところは存在しなかった。
浅間サクヤ――おそらくサクヤと呼ばれていた女の死亡を確認。
カラドボルグの砲撃の結果を見ずに、あの場を離れてたが、殺せていたことに安堵する。
残念ながらケイ、アルと呼ばれていた女の名前はなかった。
それでも最も強かったサクヤを倒せたならば、左腕を解放した価値もあったというものだろう。
もっとも文字通り身を削っての一撃であり、それくらいの成果はないと困るところではあるのだが。

(人を殺して安心……か)

十のうち十の人を救おうとした正義の味方は、もういない。
サクラノミカタにとって放送で重要なのは、桜が生きているという事実の確認だけだ。
そう、桜は第二放送で呼ばれていない。
第一放送を聞いていない士郎は、桜は生きているという儚い確信をつけて先へと進む。
北上を続けていた士郎の目の前には川が横切っていた。
地図を見て、この先には施設が複数あることを記憶している。
士郎は、そのどこかに桜がいることを期待せずにはいられない。
頂点に達した太陽に背を向けたまま、サクラノミカタは進み続ける。




―――――――― CROSS POINT ――――――――




黒須太一と衛宮士郎、相手を先に察知したのはどちらだったろうか。
人間離れした鋭敏な感覚を持つ太一か、英霊の力を引き出し始めた士郎か。
人間の姿をして人間に憧れる怪物か、人間の姿をして人間をやめようとしている剣か。
あるいは同時だったかもしれないが、重要なのはそこではない。
ここが二人の交差点であるということ、それだけが重要な事実だった。

二人のいる場所は、D-6にわずかに存在する舗装されているエリア。
そこで二人は対峙する。
衛宮士郎は、発見した男の容姿に覚えがあった。
その男の特徴は学生服に白い長髪。
これは、同行者の関係を結んだ支倉曜子から聞いた黒須太一の外見にぴたり一致する。

(こいつ、黒須太一……なのか?)

熱に浮かされつつも、士郎は警戒と思考を続ける。
曜子との同行者の関係は未だ破棄されてはいない。
仲間ではなく同行者という関係。
裏切りを肯定し、利害関係を有することのみを理由とした協調関係である。
よって、太一をどう処理するかの決定権は曜子にではなく完全に士郎にある。
本来ここで即殺しても構わないのだが、士郎はこの接触に一定の意味を見出していた。
一つは、先に述べた曜子との同行者契約だ。
当然、最終的には桜以外を皆殺しにするつもりではある。
だが、切り札の投影、左腕の解放は確実に自身を蝕んでいく。
全ての参加者といちいち戦っていては桜を守り通す前に擦り切れてしまうかもしれない。
戦力温存という意味で曜子との契約は生きてくる。
もう一つは、喉から手が出るほど欲しい桜の情報を持っている可能性があることだ。
明確に敵対している相手でなければ、まずは桜の情報を求めたい。
サクラノミカタの存在意義は、すべて桜に収束するのだから。
そんな中、二人の間で第一声が発される。

「やあやあ、突然だが地球平和のために働いてみないかね?」

当然ながら、いきなり地球平和を持ち出されるとは士郎は夢にも思っていなかった。


◇ ◇ ◇


目の前にいる赤毛の少年に地球平和を持ちかける黒須太一。
数十の選択肢を頭の中に用意しては切り捨て、その結果一番率直な挨拶を選ぶことにした。
それは傍から見たら道化でありながら、自分を安全に偽って見せてくれるものであるつもりだった。
彼は望んでやまない交流を始めようと擬態する。人間またはエイリアンとの交流だ。

「……はあ?」

士郎は突拍子のない言葉に、眉をひそめて困惑せざるを得ない。
正直関わり合いになりたくない手合いだという第一印象だった。
殺し合いに突然放り込まれて、頭のネジが何本か弾けとんだのかとすら思う。
そんな訝しげな表情を浮かべる士郎に焦って見せたのは太一だ。
左腕に布ぐるぐるファッションなんていう先鋭的な彼には合わなかったかと頭を抱える。
いや待て、今の言い方だと彼がエイリアンならば敵対するように思われたんだな、そう結論付けた。

「待て待て待て、短気を起こすんじゃない。
 そう、俺はエイリアンでも差別しない主義に変わったんだ」
「…………お前、黒須太一か?」

士郎は、まともに話しても埒があかないのではないかと判断する。
とりあえず黒須太一かどうかを確かめることにした。
そして、出来れば黒須太一でなければいいと願う。
しかし、残念なことに、その願いは叶わない。現実は非情である。

「――――あ?」

名前を言い当てられ、太一は動きを止める。
こいつはなんで俺の名前を知ってるんだという疑問。
なんでだ、なんでだ、と考えるうちにある恐ろしい可能性に辿り着く。
まさか、人の心が読めるエイリアンなんじゃないかと。
恐ろしいなんていうものではなかった。
それはまずい。何がまずいって抱えている煩悩が全て白日の下に晒されるじゃないか。
ヤングアダルト候補生の太一としては由々しき事態である。

「うわぁ、俺の性癖とかばらしてまわるつもりなんだな!」

胡散臭くてしょうがないという表情を浮かべる士郎は、どうするべきかと悩む。
いや、まあそれは冗談としてだな、と太一が続けたのが微かな救いであった。
さすがに名前を当てられただけでエイリアン認定するほど、太一の電波感度は良くないのである。

「おい、桜、間桐桜という子を知らないか?」

会話が成立しない。
頭を抱えたくなる士郎だが、ひとまず最も必要なことをすることにした。
目の前の相手が頭がおかしかろうが、衛宮士郎にとっての至上目的を果たすために必要なこと。
喉から手が出るほどに欲しい桜の情報を求める。

間桐桜という名前は、太一にとって覚えがなくもないものだった。
実際に会ったわけではない。
しかし、第一放送の死亡者が書かれたメモに確かに存在した名前だった。
なので、こう答えることにした。

「残念、間桐は先程俺が食べてしまった。尊い犠牲に感謝せねば」
「――――な、に?」

士郎の心臓がどくりと大きく打つ。
胸の前で手を合わせる太一は、士郎の動揺など意に介していない。
間桐桜は、放送前に食べたジャガイモの名前でもあるのだ。

「遊び心の理解できんやつだな。ジャガイモの名前だ。大地の恵みだぞ」
「――っ、お前、ふざけるのもいい加減にしろよ!」

士郎が怒り出すのも無理はない。
半日が経っても最愛の人である桜は見つからない。
こんな状況下でおちょくるような態度をさらりと流せるほど、人間が出来てはいなかった。

(へえ、そんな怒っちゃうんだ)

ふーん、へえー、と内心では冷めた目で太一は士郎を眺める。
きっと大事な人だったりするんだろうなあ。家族とか恋人とか。
いいな、いいな。羨ましいなと続ける。
少しだけ興味が出てくる。
じゃあ、こう聞いたらどんな反応を見せてくれるだろうか。

「で、その桜のためにお前は何人殺したんだ?」
「な?!」

太一は、別に士郎を人殺しと見抜いたわけではない。
だが、激情から驚愕へと士郎の表情は移り変わる。
元々、感情が顔に出やすい性質だった。
しまった、と取り繕って見せても、もう遅い。
にわかに鋭くなった太一の眼光が士郎を射抜く。
そんなあからさまな変化を見逃すことはしない。
ひょっとして本当に人殺しなのかなと推測する。

愛する人のために殺し合う。
それは、なんて人間らしい行為だろう。
もしかして、こういうのに霧ちんもやられたのかなと冷笑を浮かべる。
赤。赤みがかった髪、左腕を包む赤い布。
なんでこいつはこんなに赤いんだろうなという疑問が浮かぶ。
84%。
太一の中の大部分を占める怪物が鎌首をもたげてくる。
衝動が、人間を犯していく。

――――――ああ、なんて壊したくなるんだろう。

しかし太一忘れたかと、ある目標が太一を踏みとどめる。
仲間を集めて『エイリアン』を打倒し、地球の平和を守る。
こんなところで簡単に暴走するわけにはいかないのだ。
たとえエイリアンであっても、人殺しであっても手を取り合い強大な敵へと立ち向かう。
友情、努力、勝利を謳うのだ。
警戒心を隠そうとしなくなってるハイセンスな左腕の装飾を持つ彼とて手を取り合う例外ではない。
士郎が厳しい口調で何やら詰問してきても、太一は動じない。

思考のフェイズは、どうやって仲間にしようかというところに移っている。
少なくともお仕置きは必要である。
いらない殺しのせいで、エイリアン打倒が遠ざかった可能性は非常に高い。
そうだ。それなら――――――。

太一は思考しながら、ほどほどに神経を逆撫でしつつ士郎をあしらっている。
士郎も、いい加減太一に対し、接触している価値を見出せなくなってきていた。
だが、前後の文脈も関係なく唐突に耳にすることになった言葉に士郎は硬直せざるを得ない。

「その桜っていうの、もう死んでるのになあ」


◇ ◇ ◇


街を歩いていて見知らぬ相手から『あなたの恋人が亡くなったそうですよ』と聞かされたとする。
恋人が健康体であったことを前提とすれば、普通に考えて信じるわけがない。
まず、基本的に平和な日本でそうそう死ぬような事態には陥らないという社会性を根拠とする。
さらに、お前は俺の恋人の何を知っているんだという懐疑を根拠とする。

さて、今の衛宮士郎の場合はどうか。
ここは平和な日本ではなく、バトルロワイヤルという殺し合いの舞台だ。
残念なことに、人が簡単に死ぬ。それは第二放送によっても確認済みだ。
何より自身が複数の人間を手にかけており、安全地帯だとは口が裂けても言える場所ではない。
次に、間桐桜という名は士郎自身が告げているため、相手は恋人の名前を知っている。
死んだ者の名は放送で呼ばれるため、名前さえわかれば生死がわかる状態だ。
ここまでで前述の二つの根拠は使えなくなる。
放送。
その時間帯において死亡した者の名前を告げる、放送。
今の士郎には間桐桜が死んだという発言を戯言だと斬って捨てることが出来ない。
それは、士郎が第一放送を聞いていないという、この局面においては致命的な弱みから来る。

それでも、士郎は否定する。
せめて目の前の男の不審さを根拠に。
自分に必死に言い聞かせる。
サクラノミカタである衛宮士郎の存在意義のために。

「お前、冗談も大概にしろよ!」

掴みかからんばかりの士郎に対し、口角を吊り上げた太一は間髪入れずに切り返す。

ウィンフィールド
 岡崎朋也
 リセルシア・チェザリーニ
 蒼井渚砂
 対馬レオ
 小牧愛佳
 向坂雄二
 宮沢謙吾
 さあ、お前が殺したのはどれだ?」

間桐桜の死を知らなかったことから、第一放送帯での死者は知らないのだろうと推測する。
『誰だ?』ではない。『どれだ?』という質問。
反応を見る。手応えはありだ。

「覚えがある名前があるんだな。
 ちゃんと放送くらい聞いておかないとダメだよ、君」

太一も同じく第一放送を聞いていないのだが、自分のことは完全に棚に上げていた。

リセルシア・チェザリーニ。
この名前を聞いたとき、士郎はぴくりと反応を見せた。反応せざるを得なかった。
『り、リセルシア・チェザリーニ……です。リセって呼んでください。衛宮さん……で、いいですか?』
それは正義の味方の死に際に唯一立ち会った少女の名前。
第一放送前に士郎の手により葬られた少女の名前だった。

(じゃあ……桜は、本当、に、もう……?)

第一放送を聞き逃してから頭の片隅にあった最悪の想像が現実味を帯びてくる。
リセルシアの名前があることは、桜が死んでいるという発言の信憑性をグンとあげてしまう。
受け入れたくない。嘘に決まっている。
でも、否定する客観的材料を一つとして持ち合わせていない。

目覚めてから今まで、明確に敵対する相手のみと出会ってきた。
そのおかげもあって、サクラノミカタは桜のために無我夢中で戦ってこられた。
では。
桜を失ったサクラノミカタは一体何者だろうか。
衛宮士郎は一体どうやって自己を定義すればいいだろうか。
桜の死を知ってしまったら、そして認めてしまったら、彼は極めて宙ぶらりんな状態に追い込まれる。

「お、お前……」
「可哀想になあ。桜ちゃんのためにがんばってきたのに、もう死んでましたなんて」

認めるのか、と士郎は不毛な自問自答を繰り返す。
体の熱との相乗効果で、思考のヒートアップは止まらない。
動揺が強くなるにつれ、視界は赤く歪み始める。

「ぐ――――――、あ――――――!」

左腕を原因とする熱が勢いを増す。
痛みをもたらす極小の蟲がより活発になって細胞を食らう。
いや、それは誤認だ。
移植されたアーチャーの左腕による侵食は、今でも一定ペースで進んでいるに過ぎない。
勢いが増したように感じられるのは、侵食を抑えていた気力が削げたせいだ。
息が詰まる。
視界が歪む。
神経が痛む。
体中がザクザク突き刺された。
空気がまるで毒のように感じる。
時間が猛スピードで減速していく。
意識がボロボロとこぼれ落ちていく。

苦し紛れに左肩の結び目をきつくきつく引き絞る。
しかし、途切れ目が赤く擦れるだけで、侵食は一向に治まる気配を見せない。
それもそのはず、なにせ原因はそこにはないのだから。
侵食の原因は衛宮士郎の折れかかった心にある。
そもそも、人間を超える存在であるサーヴァントの体の一部を人間に移植するというのは荒業だ。
よほど強固な意志を持たない限り、わずかでも支配下に置くことなど不可能に近い。
それを、士郎は桜の救うためという妄執的とすら言える意志で凌いできた。
なので、それが揺らいだとき、どうなるかは自明であるともいえる。
桜の死を認めたくはない。
だが、それを否定する材料は決定的に欠けていた。

切継に拾われてから十年。
父の死後も妄信的に正義の味方を目指してきた少年がいた。
だが、一人の少女のために、彼はそのアイデンティティを捨て去ることになる。
彼を支える土台は、正義の味方から桜の味方へと移り変わった。
士郎は現状を受け入れようとしても、思考の混乱を抜け出すことが出来ない。
桜を失ったサクラノミカタの存在意義とは一体何だ?

「教えてやろうか?
 今までお前のしてきたことは全部無駄だ。お前が殺した相手も無駄死にだ。
 はっきり言ってやるよ。
 ――――――お前の存在は、無意味で無価値だ」

左腕が痛む。
切り落としたいほどに痛む。
たった今何について考えていたかすら整理がつかなくなってくる。
なぜ、なぜ衛宮士郎は存在するのか。何のためにあるのか。何によって定義されるのか。
混乱する。混乱する。混乱する。

「お前、なんでまだ生きてるの?」

サクラノミカタの世界は崩壊する。
テレビの電源が切れるようにプチンと、衛宮士郎の意識は途絶えた。


◇ ◇ ◇


あなたは人の心を喰う怪物だ。
黒須太一は、いつの日かある少女に評された。または評されることになる。
そして、それは太一本人も認めるところであった。
ある日を境に、太一の中の人間は16%を残して消えた。
太一の84%を占める怪物は、肉体的な攻撃性を持つだけではない。
人の心のヒビを広げ、潜り込み、喰らい尽くす。
太一の持つ怪物性の一つの側面だった。

「って、気絶かよ!」

倒れたナイスファッションセンスな少年を見下ろしながら、とりあえず突っ込みを入れてみる。
さぞかしショックだったんだろうな。
このまま放っておいたら、きっと彼はエイリアンに喰われていしまうだろう。
士郎に対し、攻撃性を剥き出しにした太一だが、そうなるのは本意ではない。
人間と手を組み、エイリアンとさえ手を組み、強大な敵と共に戦うこと。
その目的のため、太一は士郎を殺すつもりはなかった。

壊して、作る。
士郎を仲間にするために取った手段だ。
創造的破壊。イノベーション。
横文字使うと知的っぽいなと、ぷぷっと笑う。
さあどうしようかな、と考える。
壊す作業は完了し、作る作業に移らなければならない。
一連の作業は、ある種の純化だと思っていた。
エイリアンの思惑通りになってしまったバカな子を壊す。
そして、共にエイリアンと戦う仲間を作る。交流する。

(さてさて、っと)

太一は士郎をおもむろに担ぎ出す。
友情を紡ぐならどうするのがいいか。
しばらく歩けば温泉があるらしい。
ここは男らしく裸の付き合いで友好を一気に深めるという方法も取れる。
でも却下。
男の裸なんぞ別に見たくない。そこまで背負っていくのもめんどくさい。
すぐ近くにあった民家の前に着く。
玄関先にどさりと士郎を降ろす。
家の中をうろうろと徘徊。
発見、発見と呟いた後、台所を中継、足取りも軽く士郎の下へと戻る。
手にしているのは水が並々と入ったバケツ。
その水を士郎へと思いっきりぶっかける。
以下目覚めるまで繰り返し。
このずぶ濡れは俺とお揃いだな、と太一がにやりとしたところで士郎が重い目蓋を開けた。


◇ ◇ ◇


衛宮士郎は夢を見ない。
気絶してから間にどんな風景を挟むこともなく、士郎は再び太一と向かい合うことになる。
気を失う前に真っ赤に染まっていた視界は、覚醒の後わずかにだが正しい色に近づいていた。
多量の水を浴びて急激に体温を下げたからか、高ぶりすぎた感情が一度途切れて治まったからか。
虚ろな目を太一に向けながら、生きてるのかとだけなんとなく思っていた。

「なあ、面白いことを教えようか?」

目覚めに対する前置きをすることもなく太一が語りかける。
士郎は興味を持てなかった。
認めてしまった。否定し切れなかった。
間桐桜は、聞かされた通りに既に死んでいるのかもしれない。
存在意義をなくしたサクラノミカタは今更何を面白がればいいのか。
桜は、もう帰ってこない。
士郎の心を覆うのは虚無感。あるのは、ただ虚ろな伽藍堂。
そんな士郎に響く言葉など存在しないはずだった。

「実はな、間桐桜っていうのは死んでないんだ。少なくとも第一放送の段階では。
 第一放送に死んだやつと絡めて言ってみたら見事に信じちゃうんだもんな」

笑いながら、ついさっきの発言を完全に翻す太一。
士郎にとっては再度の急展開ともいえなくはない。
が、精神状態からして簡単に士郎の心に届きはしない。
発言が二転三転し、聞く者に対して混乱を生じさせる。
重要な情報というのは、重要であるというだけで人は疑い深くなるというものだ。
先程徹底的に存在を揺さぶられた士郎は、ぼんやりとした頭を一度振るった。
被っていた水が飛沫となって地面を濡らす。
朦朧としていた意識が少しだけ明瞭になってきた。

もう一度、太一の言葉を咀嚼してみる。
今までの発言全てを思い返す。
嘘はどこにあるのか。
ただ遊ばれていただけなのか。
どれが真実だったとしても、俺は道化すぎるんじゃないか。
熱も少しだけ治まった頭で考える。
段々と視界と思考はクリアになってきた。
結局、桜が生きてるかもしれないと言われただけでこれかと自嘲する。
どれが虚言かも全くわからない状態であるというのにだ。
それほど、自分の中で桜が占めている割合は大きいのだろう。
もう一度頭を振り、次に相手の捉えどころを模索する。
自分の存在意義を一度崩壊させた相手を見極めなければならない。
目の焦点は次第に合い始め、士郎は太一のほうをじっと睨む。

太一は意識を取り戻した士郎を見下ろしながら、少しだけ様子を見ていた。
太一がこんなことを言い出した意図。
それはいわゆる優しい嘘のつもりだったろうか。
一つ間違いないのは、太一はエイリアン打倒のため士郎を仲間にしようとしているということ。
個でありたいという願いと他者との繋がりを求めたいという願い。
太一は士郎を喰い潰したくなる衝動を経ても尚後者を選択したかった。

「それで一つ提案がある」

君にとっても魅力的な提案だと、太一は前置きする。
これから始まるはずの交流。ゼロからもう一度作り上げての交流。
他者との繋がりを持ちたいという16%の願望を発露させ、魅力的であろう勧誘句を紡ぎだす。
太一にとってはエイリアンと戦う上でしっくり来る呼び名であった。
それがこの上ない皮肉であるとまでは、さすがに気付く余地はない。
響くのは士郎にとって、それほど昔ではない過去に、それでいて遠く離れた場所に置いてきた言葉。

「――――――正義の味方にならないか?」




【D-6 民家の前/1日目 日中】


【黒須太一@CROSS†CHANNEL】
【装備】:サバイバルナイフ、拡声器
【所持品】:支給品一式、ウィルス@リトルバスターズ!、第1次放送時の死亡者とスパイに関するメモ
【状態】:疲労(小)、やや風邪気味(軽い発熱・めまい・寒気)
【思考・行動】
0:『人間』を集めて『エイリアン』を打倒し、地球の平和を守る。
1:拡声器を使って、人と交流する。
2:『人間』や『エイリアン』と交流を深め、強大な『エイリアン』たちを打倒する。
3:『支倉曜子』『山辺美希』『佐倉霧』と出会えれば、仲間になるよう説得する。
4:「この島にいる者は全てエイリアン」という言葉には懐疑的。

【備考】
※第一回放送を聞き逃しましたが、死亡者のみ名前と外見を把握しました。
※太一の言う『エイリアン』とは、超常的な力を持った者を指します。
※登場時期は、いつかの週末。固有状態ではありません。
直枝理樹(女と勘違い)、真アサシン、藤乃静留、玖我なつき(詳細は知らない)、深優・グリーア
エイリアンと考えています。
※スパイに関するルールはでたらめです。


【衛宮士郎@Fate/stay night[Realta Nua]】
【装備】:ティトゥスの刀@機神咆哮デモンベイン、木製の弓(魔術による強化済み)、赤い聖骸布
【所持品】:支給品一式×2、維斗@アカイイト、火炎瓶×6、木製の矢(魔術による強化済み)×20、
屍食教典儀@機神咆哮デモンベイン
【状態】:強い決意(サクラノミカタ)、良心の呵責、肉体&精神疲労(小)。魔力消費小。身体の剣化
が内部進行。脇腹に痛み。ずぶ濡れ。
【思考・行動】
 基本方針:サクラノミカタとして行動し、桜を優勝(生存)させる
0:桜は生きてるのか? 正義の味方、だと?
1:参加者を撃破する
2:桜を捜索し、発見すれば保護。安全な場所へと避難させる
3:桜以外の全員を殺害し終えたら、自害して彼女を優勝させる
4:また機会があれば、支倉曜子の『同行者』として行動する事も考える

【備考】
※登場時期は、桜ルートの途中。アーチャーの腕を移植した時から、桜が影とイコールであると告げられ
る前までの間。
※左腕にアーチャーの腕移植。赤い聖骸布は外れています。
※士郎は投影を使用したため、命のカウントダウンが始まっています。
※士郎はアーチャーの持つ戦闘技術や経験を手に入れたため、実力が大幅にアップしています。
※第一回放送を聞き逃しています。太一が第一放送で死んだと言った名前はうろ覚え。
※維斗の刀身には罅が入っています
※現在までで、投影を計二度使用しています


145:人と鬼のカルネヴァーレ (後編) 投下順 147:明日への翼 (前編)
145:人と鬼のカルネヴァーレ (後編) 時系列順 147:明日への翼 (前編)
137:例えば孤独なら傷つくのは、一人ぼっちの自分だけだと 黒須太一 :[[]]
124:outbreak 衛宮士郎 :[[]]

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