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めぐり、巡る因果の果てで(子供編)

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めぐり、巡る因果の果てで(子供編) ◆WAWBD2hzCI



「………………」

そして、その場には『彼』が残された。
周囲は木々で薙ぎ倒され、爆弾で蹂躙され尽くした森の中に彼はいた。
一乃谷愁厳、その人である。
ダイナマイトの衝撃により、妹の刀子は後頭部を打って気絶してしまったため、彼が表へと出てきたのである。

彼にとって妹が全てだった。
だから手を汚してきたし、その道に迷いも躊躇いも感じなかった。
故に目を逸らしていた、と愁厳は静かに思う。その行為に悔恨し、自身の愚かさに唇を噛み締めた。
双七無くして、刀子の幸せは有り得ないからこそ。

(だからこそ……)

もう、人殺しの道は歩めない。
こうなった以上、やらなければならないのは後悔ではなく行動だ。
人殺しの業を妹に背負わせるわけにはいかない。この罪は罰として、自身が背負わなければならないのだから。

「刀子……安心しろ。俺はもう、道を間違えん」

刀子の代わりにやらなければならない。
双七との合流を。主催者たちに仇為す者にならなければ。
彼とは友人同士だ。
こんな愚かな自分を友人と思ってくれる。

(約束も、した)

彼の苦難、彼の危難は、我が刀でもって必ず振り払う、と。
友人として約束した。なればこそ、もはや修羅の道を歩くことは出来ないのだ。

「……まずは、仲間の勧誘からか。決して平坦な道ではないが……やるしかない」

今まで奪ってきたからこそ。
救いを求める者を必ず救おう。それが唯一の罪滅ぼしだ。
この身が殺人鬼であることは否定できない。
だが、それでもやり通さなければならない。愚直に、一途に、これまで通りの実直さを持って。

「……………………」


ふと、気になって愁厳は視界を下へと向けた。
愁厳と刀子は意思ひとつで身体を入れ替えることが出来る。
牛鬼という妖怪を先祖に持つ故の特権だ。だが、問題がいくつかある。
そのうちのひとつは身体を入れ替えても、服装まで入れ替えることは出来ないという問題である。

さて、先ほどまで刀子が着ていた服装を思い出してみよう。
ウエディングドレス。女の夢、女の理想郷の果てにある花嫁衣装。ついでにナイスブルマのオマケつき。
どう考えても女装癖のある変態です、本当にありがとうございました。

「……………………」

頬を赤く染めて、今の自分を恥じた。
こんなところを誰かに見られたら、しばらくは立ち直れない。それほどの恥だ。
いや、落ち着け一乃谷愁厳。これから歩む道を考えれば、それは些細な問題に過ぎないのだ。
全力で無視し続けることにしよう、と心に決めて……五秒後。

(…………確か、俺の服は刀子のデイパックの中にあるはず……)

即効で羞恥に耐えられなくなった愁厳は着替えを選択。
さすがにこの格好で色々と誤解された日には、死んでも死に切れない。

そうして、デイパックの中をごそごそと漁り……とりあえず、刀だけは用心のためにと掴んだところで、気づいた。
人の気配だった。そして、紛うことなく人の足音だった。

「…………む?」

薄暗い洞窟のような場所。地下へと繋がっているらしい不自然な岩肌の迷宮。
そこからゆっくりと、フラフラになりながら一人の少年が現れた。

「な、何なんだよ、お前……」

疲労した様子で、彼は愁厳へと語りかける。
周囲は薙ぎ倒された木々。そしてその中央に立つ愁厳は刀を持っていた。
少年が怯え、警戒するのも当然の話だった。

そうして、愁厳は彼と出逢った。
彼の名前は鮫氷新一
愁厳が殺した……対馬レオの友人であり、そして同じく人殺しをした心弱き一人の子供と。


     ◇     ◇     ◇     ◇


フカヒレが地上に再び顔を出し、夕焼けを浴びることができた頃には、日も大分沈んでいた。
暗い、ジメジメとした通路を何kmも歩いて、ようやく光を見つけることができたのである。
正直に言うと、中は比較的安全だった。
自分を殺そうとする奴がいるわけでもない。フカヒレを脅かす外敵も存在しない。

歩いている間は色々と考える時間ができた。
精神的に余裕がある以上、考えてしまうことが色々とある。もっとも、そのほとんどが結局、自分に活かせるモノではなかったが。
現実逃避、フカヒレが選んだのはそんなものだった。

どうして、と彼は世界に向かって問いかけた。
何故、奪われなければならないのか。何故、脅かされないといけないのか。何故、自分なのだろうか。
命の危険などない世界に生まれた一般人の一人として、誰もが考えただろうことを。

レオはどうして死んだ?
スバルはどうして死んだ?
どうしてカニの奴だけは助かった?
どうして俺が人殺しなんかさせられてるんだ?
どうして姫やよっぴーたちじゃなくて、俺が巻き込まれなきゃいけなかったんだ?

(どうして……こんなことに……)

生きたかった。
生き残りたかった。
死にたくないから歩き続けた。
その間、悶々とした陰鬱な思いがフカヒレの心を締め上げていた。

でも、その反面で思うことがあるのだ。
あくまで想像の範疇だった。所詮、弱者の妄想の産物にしか過ぎなかった。
それでも、フカヒレの中にひとつの正当性があった。最後の砦とも言うべき、正しき怒りが……確かにあった。

「レオぉ……スバルぅ……」

頼れる友人たちがいた。
一緒に笑って馬鹿をやっていれば、大抵のことは流れていった。
その世界が好きだった。責任感もなく、自堕落で、怠惰で、本当にどうしようもないほどの集まりだったけど。
フカヒレは……鮫氷新一は、嘘偽りなく、彼らのことが好きだった。

「なんで……死んじまったんだよぉ……」

理不尽だ、と思った。
ゲームよりもずっと残酷な現実に喚き散らしたかった。
友達を返せ、と言いたかった。その怒りだけは正しく、彼の胸の中にあった。
ただ……義憤以上に、彼は自分の命が大事で大事で仕方なくて。死ぬのが怖くて、仕方がなかった。


そして、出口へと辿り着いた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


因果が廻っていく。
運命の歯車が軋む音と共に巡り合わせる。
フカヒレは出逢ってしまった。
夕焼けに体を染めたそのとき、目の前には男がいた。ウエディングドレスを着た、ふざけた格好の長身の男に。

周囲は木々が薙ぎ倒され、その中心に男は立っていた。
手には刀。その瞳は抑揚のない、感情の読めない凡庸な色で……そして、限りなく不気味だった。

「…………む?」
「な、何なんだよ、お前……」
「……神沢学園、生徒会会長。一乃谷愁厳だ」

フカヒレは愁厳を警戒する。
殺されたくない、騙されたくないという思いを前面に押し出して。
虚勢を張り、震え上がりそうになる心を抑えて。

「…………君は、この殺し合いに乗っているかね?」
「の、ののの、乗ってねえよ! ほ、ほんとだぞ?」
「そうか……その言葉を、信じよう」

静かに一乃谷愁厳はその言葉を受け入れた。
良く言えば実直に。悪く言えば馬鹿正直に。明らかに挙動不審なフカヒレの言葉を信用した。
一方のフカヒレは『ふ、ふふふ、さすが俺、簡単に信用を得られるぜ……』などと、見当違いを口にする。
愁厳は刀を下ろして後ろ手に構え、敵意がないことを示すと、小首をかしげてフカヒレへと尋ねた。

「……これから、俺は仲間を集う。君も……付いて来るかね?」
「お……おう! よし、このシャーク様の力が必要だってんなら、しょうがねえなあ!」
「ふむ……シャーク(鮫)か。いつか、釣り上げてみたいものだな……」

趣味である釣りを思い出し、ほんの少しだけ愁厳の口元が綻んだ。
フカヒレに至ってはようやく自分を助けてくれる相手を見つけられて、万々歳といったところだ。
まあ、ふざけた格好なのはご愛嬌。
愁厳はふと、自分の格好を思い出したらしい。再び、頬を赤く染めて己の格好を恥じてしまう。

ついさっきまで緊張もせずに話しかけることができたのは、最初の一歩は大事だと思ったからに他ならない。
要するに全力で自分の格好に目を逸らして、説得をしたということだ。
それが終わった以上、火急的、速やかに行わなければならないのは……もちろん、このコスプレから解放されることである。

「………………済まんが、少し着替えをして来ても構わないか……?」
「あん? いや、別に良いけどよ……それ、ぶっちゃけ趣味じゃねえのか?」
「断じて違うっ!!」

喝ッ、と言わんばかりに咆哮する。
そんな誤解は絶対にごめんであり、恥ずべき汚名と言って差し支えない。
愁厳はデイパックから自分の服を捜し出す。白い制服は森の中に捨ててしまったが、ドレスより一億倍マシである。
着替えの間、僅かに余った時間があった。

「君……ええと、フカヒレくんだったか……?」
「シャークだ! シャーク! 鮫氷新一! つーか何でみんなソレを選択するの? おかしくない?」
「ああ、すまない。では、鮫氷くん……君に少し、尋ねたいことがある」

んー、などと曖昧な返事をフカヒレは返す。
彼の中での愁厳の印象は生真面目で女装癖のある男、というぐらいの認識しかなかった。
仲間を集う……つまりは、自分を守ってくれる奴らを募るということだ。
それは自分にとって美味しい話だった。このみや烏月たちの悪口を言う相手も増える。彼女らに嫌がらせもできる。

所詮、嫌がらせの類でしかない……そんな、浅い考えのままに。
フカヒレにとっては万々歳の内容で仲間を……盾を手に入れることができた、と安心していた。

「君は……対馬レオ、蒼井渚砂古河渚という人物について、心当たりがあるか?」
「えっ……?」

その一言は。
互いの原罪をお互いに突きつけるような問いかけだった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


対馬レオとは、鮫氷新一の親友である。
対馬レオとは、一乃谷愁厳が殺した男の名前である。
殺した相手の名前を覚えるつもりがなかった愁厳は、彼の名前を覚えていた。
絶叫する青髪の少女が叫んだ無念を憶えていたのだ。

蒼井渚砂とは、鮫氷新一が最初に出逢った少女である。
蒼井渚砂とは、一乃谷愁厳が殺した少女の名前である。
これも同じだった。名も知らぬ人妖が、彼女をナギサと呼んでいた。
恐らくは放送で呼ばれた少女の名前は、蒼井渚砂のことだと愁厳は予測を立てていた。

古河渚とは、鮫氷新一が殺した少女の名前である。
古河渚とは、一乃谷愁厳が殺したかも知れないと考えている少女の名前である。
愁厳は殺した少女が絶命した瞬間を、この眼で見ることはなかった。
だから生き残った可能性もある。僅かでも可能性があるのなら、その名前も問うべきだと思ったのだ。

「……は……?」

その全ての名前を少年は知っている。
現実にこの眼で見ている。そして……その内の一人は命を奪っている。
目を逸らしていた事実がある。自分が殺した相手が、本物の古河渚ではないのだろうかという疑いが。
それは可能性に過ぎないし、たとえそうだとしてもフカヒレは無視し続けた。

だけど、心の何処かに罪に対する怯えがあった。
だから愁厳の一言が罪状のように突きつけられ、その瞬間、フカヒレは己の心臓が停止したと錯覚した。

「知って、る……奴も、いるけどよ……レオは俺の友達だったし」
「そうか……すまない、伝えなければならないことがある」

それは愁厳の実直さ故のことだった。
仲間に隠し事をしてはいけない、と。罪を晒し、罰を受け、その上で信頼関係を気づくべきだと。
フカヒレの挙動不審を、着替えのために背中を見せている愁厳は気づかない。
精々が放送で呼ばれた少年少女の名に、不信感を見せているだろう、ぐらいの認識しかなかった。

だから彼は己の罪を伝えた。
それが、本当の仲間になる第一歩だと信じて。


「レオという少年、ナギサという少女を……俺は、殺した」


ぐにゃり、と。
フカヒレの口元が不気味に引きつった。
がらん、がらん、がらん、がらん。フカヒレの中の色々なモノが剥がれ落ちた。

「殺したことについて、言い訳はしない。こんなことを言うだけで、許してもらおうとは思っていないが……」
「……………………」

愁厳の淡々とした懺悔も聞こえなかった。
それほどまでに衝撃的で……それ以上の感情が芽生えた。
それも複数、たったひとつには収まらない様々な波が、小さな彼の良識や思考を押し流した。

(レオを、殺した……?)

理不尽な怒りが、世界に向けられる慟哭が愁厳へと向けられた気がした。
得がたい友達を、自分を無条件に守ってくれるだろう友人を、無常にも彼は殺害したという。
許せない、赦さない。
そんな後戻りできない感情が、ふつふつと湧き上がってきたのだ。

きっと、愁厳を警戒していた頃のフカヒレなら。
友の仇を前にしても己の命を優先していた。無様に、豚のように喚きながら逃げ出していた。
それでも、人間は理性が焼ききれると、途端に感情的になり……そして、短絡的になる。

(ナギサを、殺した……?)

こちらは、怒りではなかった。
当然だ、親しい友人でも自分を守ってくれるわけでもないのだから。
心の真っ黒な部分に生じたのは、喜び。一乃谷愁厳が、ナギサを殺してくれたということに対する歓喜。
ああ、やっぱり自分は正しかった。自分が殺したのは古河渚の偽者であり、本物はあの男が殺したのだ、と。

途端に安堵した。裁判所で無罪を勝ち取ったような自由に対する開放感。
それと同時に彼の中でひとつの使命感が芽生えていく。
この複雑な気持ちを纏めなければならない。己を正義に、己に正しさを証明する『言い訳』を考える。

決まっていた、この感情もまたフカヒレ自身から派生したものだ。
レオの仇を討とう。欺瞞と偽善に塗りたくられた、短絡的で直情的な激情の渦がフカヒレの背中を押す。
フカヒレはひとつの武装を構えていた。
NYP兵器、ビームライフル。フカヒレでは起動させることなど不可能な代物だが……偶然にも、この中にはまだエネルギーが残っている。

「……俺は、償いたい。この身体に賭けて、この刃に賭けて。今度こそ、正しきことのために己の技量を使おうと……」

とつとつ、と愁厳が何かを喋っている。
フカヒレの耳には入ってこなかった。彼は己の中から湧き上がる衝動を処理するのに精一杯だった。
レオを殺された怒り、ナギサを殺してもらった安堵。
そして……フカヒレのろくに回転しない頭が、短絡的な思考を推進させる。

一乃谷愁厳は人殺しだ。

「うっ……」

あの世界を、幸せで自堕落な空間を奪った殺人鬼だ。
殺さなければ、殺されるぞ?

「うぁぁあああああああああああッ!!!!」
「……――――!?」

テンションに身を任せてしまえ。
この怒りに身を任せてしまえ、そんな声を幻想した。
引き金を引いた。愁厳から見ればオモチャに過ぎない外見の銃から、光線が放出された。
その一撃を不意を撃たれた愁厳は避けることができず。

「ぐぉおおおお……!?」

愁厳の身体が吹っ飛ばされる。
フカヒレは止まらなかった。一瞬の身体の痺れが、愁厳が抵抗する時間を奪っていた。
馬乗りになる。そのまま、拳を握り締めて愁厳の顔面に叩き付けた。
その一撃が、重かった。愁厳の見立てよりも強かった……あの細腕から繰り出されるにしては、拳は硬かった。

握った拳が侵食されていく。
柔らかい骨と皮と肉の上に、硬い殻が鱗のように生えていく。
まるで蟹の甲羅、海老の外殻のように……人間の拳の比ではない硬さの拳が、愁厳へと叩き込まれる。

「お前が……お前がぁ」

真っ赤な殺意、暴虐的な激情。
友の仇を討つという名目が、フカヒレに後先考えることもない子供染みた行動へと走らせた。

「なんで、なんで殺したんだよ……おい、こら、なあ……!?」

ごつ、ごつ、ごつり。
まるで外殻に覆われたような硬さの拳が、何度も愁厳の顔を殴りつけた。
彼は抵抗できなかった。痺れはそう簡単に取れなかった。
それ以前の問題として……愁厳には、抵抗すること自体に迷いがあったのだ。

「このっ、人殺し……人殺しが……! 死ね、死ねよ、くそっ……返せよ、返せよぉ、畜生ッ!!!」

相手が無抵抗なのを良いことに、フカヒレの行動はエスカレートしていく。
歯向かう相手には狐にでも怯えるのが、鮫氷新一の限界だ。
だが……抵抗しない相手、逃げるだけの相手には強気だった。そして、目の前の男はやはり、無抵抗だった。

フカヒレの叫びは自分勝手なものだった。
それでも、その慟哭はきっと本当に鮫氷新一の本質のひとつであり……そして、その絶望を与えたのは愁厳自身なのだ。
詳しい事情を知っても、彼は抵抗できないかも知れないだろう。
何度も、何度も殴られる。顔が腫れ、歯が折れ、口の中に鉄の味が充満していくなか、慟哭が叩き付けられる。

「お前みたいなのがいるからレオが、スバルが……っ……俺も、こんな目にあうんだよ……っ!!」

ようやく、身体から痺れが取れた頃には全てが決していた。
愁厳とて、死ぬわけにはいかない。フカヒレを振り払うぐらいの抵抗はしなければならなかった。
だが、まるでハンマーのようなもので頭を何度も殴られたような衝撃は……愁厳から、ほぼ意識を失わせていた。

「レオを返せ……スバルを返せ……返せよ、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!!」

愁厳の首に手をかけた。
そのまま、万力のように締め付けていく。
一乃谷愁厳ができる抵抗はひとつだけだった。それは……己の内の中での戦いのこと。


     ◇     ◇     ◇     ◇


『兄様……! 兄様、代わってくださいッ! 今すぐに……!』
『……それは、出来ない』

兄と妹だけの世界で。
崩れようとする男の姿が鮮明に映し出されている。
桃色の世界が罅割れていく。
もうひとつの戦い。決して、妹を表には出さないようにと、愁厳は体の交換を拒否し続けた。

『兄様……兄様……!』
『刀子。これは……報いだ。因果応報だ』

フカヒレの叫びを思い出す。
よくもレオを、と。愁厳には彼の妄念まで理解できなかったが、それでも感じ取れた。
友達の死が悲しくて、殺した奴が憎かった。
ただそれだけでも理解できた以上、これは愁厳の自業自得であると語っているのだ。

『どうしても……代わってはいただけませんか?』
『どうしても、だ』

一乃谷愁厳が消えていく。
生まれてからずっと一緒にいた大切な兄の命が消えていく。
そんなことは許せない。愁厳にとって刀子が大切なように、刀子にとっても愁厳は大切な家族だったのだから。
ただ一人の、大切な肉親だったのだから。

『……………………』

救い出す手はある。
強引に体の主導権を握ってしまえばいい。
もう愁厳の意識はほとんどない。ならば、意識が途切れた時間を利用して体を制圧する。
そうすれば、助かる。自分が代わりに表に出ることができる。

その目論見があった。
それなら助けられると信じていた。
その機会を信じてずっと待ち続けることにした。


――――――――ピッ


その電子音は、彼らの世界にまで届いた。
精神体に二人分の首輪がある。兄の首輪と、妹の首輪。
そして……死神の存在を告げる無常な電子音は、大切な唯一の家族……兄の首から鳴っていた。

――――――――ピピピッ

『あ……ああ……!』

絶望の音が鳴り響く。
刀子の目の前が、比喩でもなく真っ黒になった。
愁厳はその音を受け入れながら、現実の世界へと目を向ける。
己の首を常人よりも僅かに強い力で我武者羅に締め付ける鮫氷新一の姿を。

あまりにも乱暴に首を締め付けるものだから。
必要以上の衝撃を受けた首輪が、抵抗の証と見なしたのだ。
もう、一乃谷愁厳は助からない。たとえ、いかなる手段を用いようとも、彼の死はもはや揺らがなかった。

『刀子。彼を、恨むなよ』

因果応報の言葉の通りに。
静かに愁厳は自分の死を受け入れた。
願わくば、己の因果に大切な妹が巻き込まれないように、と一言残して。

『待って……待って、兄様っ、お兄ちゃ――――!』

追い下がろうとした少女の手が伸ばされる。
だが、無常にも彼女の手が届く前に一乃谷愁厳はこの桃色の世界から消滅した。
首輪はまだ、爆発していない。
死神が鎌を振り上げるよりも前に、甲殻類のようになったフカヒレの腕が愁厳の命を奪っていた。

もしも、抵抗していたのなら。
一乃谷の力を、牛鬼の力を使って一度でも愁厳がフカヒレに抗ったなら。
恐らく、たちまち彼は恐怖に呑まれ、我を忘れて逃げ出していただろう。自分の命が一番大切なのだから。

だが、抵抗はできなかった。
抵抗するということを迷い、そして出来なかったという結果がここにひとつ。
終わりを告げるのは静かな電子音だった。ピー、と機械仕掛けの死神が刻を告げる。
だけど、一乃谷愁厳には関係のない話。


―――――もう、自分の頭が爆発するよりも早く、彼は息絶えていたのだから。


【一乃谷愁厳@あやかしびと-幻妖異聞録- 死亡】


     ◇     ◇     ◇     ◇


「はあ……はあ……はあ……!」

荒い息が森の中に木霊する。
フカヒレは焦点の合ってない瞳と、不自然に引きつった口元を歪めながらそれを見ていた。
そこにはひとつの死体があった。
鮫氷新一が殺害した、一乃谷愁厳の亡骸が無残な形でそこにあった。

「あっ……えっへへ……へっ……へへ……」

まず、感じられたのは安堵だった。
次に達成感。人殺しを殺したという使命を達成したという証に、だらしなく口元が歪んだ。
今、自分が掴んでいる首輪が爆発の電子音を鳴らしているのに気づかないほど、彼の思考は働いていなかった。

――――――――ピピピピピピピピピッ

「……あん……?」

最初は小さな警告音だったが、フカヒレの耳には届かなかったのだろう。
だが、ようやく喧騒のように騒がしい電子音が聞こえてきたらしい。
それが何なのか、何処から聞こえる声だったのかを確かめようとする頃には……もう、遅かった。

ぱんっ、と爆発というにはアッサリとした音が響いた。

フカヒレがまず感じ取れたのは疑問と激痛。
脳が正しく、愁厳の首を絞めたままだったフカヒレの両手が血塗れになっているのを認識する。
そうして、彼は混乱の境地へと誘われた。


「あ……ああ……? あ、ぁぁあぁああぁあぁあああッ!!!?」


フカヒレは飛び上がって、無様に地面に転がった。
もちろん、激痛が両手に走ったことも理由のひとつだ。愁厳だけの血痕ではなく、己の血液が出ていることも。
だが、フカヒレが真に恐怖したのはそんなことではなかった。

「な、なんだよ、これ……なんだよ、これぇぇええ!? お、俺の手が、手が、手がぁぁぁああ!?」

硬い硬い拳の違和感にようやく気がついた。
殴り、絞め殺すのに夢中だった少年は……ようやく、自分の身体に起きた異変を察知した。

もう、人間の手が残っていなかった。
両腕はザリガニのようなハサミとなっていた。ちょうど、彼が幼い頃に買っていた蒼いザリガニのように。
血液は赤と青が混ざり合っていた。
赤の部分が愁厳の血なのか、己の血なのかは判断がつかない。

「うわっ……うあ、うわぁああああぁああぁあっ!!! ざ、ザリガニ……? ひっ、ぁ、ぁ、あ、ぁあぁあぁああぁあぁあっ!!!」

鏡を見れば、更に絶望は広がるだろう。
鮫氷新一としての顔は若干、崩れ……本人は気づかないが、身体のあちこちに殻が生えてきていた。
ザリガニ人間、といった表現が正しいだろうか。
今はまだ部分的にものに過ぎないが、侵食が進むにつれ……彼は完全に人間ではなくなるのだ。

そして、悪いことは重なる。
巡るめく因果は確かに一乃谷愁厳の命を奪った。
だが、心せよ。奪った者は奪われる立場へとなる。因果は巡り巡って、そしてフカヒレへと降りかかる。

「はっ……はっ……は、は……?」

目の前の『少女』がそれだった。
一乃谷愁厳と『同じウエディングドレスを身に纏った』少女が目の前に立っていた。
静かに怒りに震え、先ほどのフカヒレよりも激しい激情に身を焦がす、一乃谷刀子の姿がそこにあった。


「兄様を……殺しましたね」

ただ一人の肉親だったのに。
ただ一人の家族だったのに。
ただ一人の大切な兄だったのに。
刀子の怒りは物静かだった。決して喚き散らすのではなく、ただ怒りの炎を燃やしていた。

白無垢のドレスを兄の血で染めて。
割り切ることのできない憤怒が、彼女に刀を握らせていた。
許せない、という紅蓮の憎悪が、彼女の背中を押していた。

巡る因果が突きつけられる。
殺した者は殺される。奪った者は奪われる。
なればこそ、と。鮫氷新一に因果の清算という刃が突きつけられた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


あまりにも不器用な子供がいた。
あまりにも愚かな子供がいたし、己の怒りもコントロールできない子供がいた。
彼らは遠くの未来へと目を向けられなかった。
後のことを考えたり、本能を理性で抑えることなどができなかった。

彼女の怒りを、フカヒレも感じ取ったのだろう。
湧き上がる疑問の数々を、鮫氷新一は振り払った。そんなことを考える暇がなかった。
脇目も振らずに彼は逃げ出した。
その後姿を、刀子は反射的に追いかけた。追いかけて……そして、どうするのかも決めないままに。

追う者と追われる者の立場が逆転する。
かつて、古河渚を追い掛け回して殺害した、あのときの因果を清算されるかのように。
一方的な狩りが始まった。



【F-4/森林(マップ右方)/1日目 夕方】

【一乃谷刀子@あやかしびと-幻妖異聞録-】
【装備】:古青江@現実、ミニウエディング@THEIDOLM@STER、ナイスブルマ@つよきす-MightyHeart-
【所持品】:支給品一式×2、ラジコンカー@リトルバスターズ!、不明支給品×1(渚砂)、愁厳の服、シーツ、包丁2本
【状態】:健康、強い怒り
【思考・行動】
基本方針:???
0:兄を殺した男を―――――
1:双七の捜索。
2:主催者に反抗し、皆で助かる手段を模索する。
【備考1】
一乃谷刀子・一乃谷愁厳@あやかしびと-幻妖異聞録-は刀子ルート内からの参戦です。しかし、少なくとも九鬼耀鋼に出会う前です。
※二人がどこへ向かうかは後続の書き手にお任せします。


【鮫氷新一@つよきす-MightyHeart-】
【装備】:ビームライフル(残量0%)@リトルバスターズ!
【所持品】:シアン化カリウム入りカプセル
【状態】:深きもの侵食率70%(平均的成人男性並み)、混乱中、このみへの恐怖心、疲労(極大)、顔面に怪我、鼻骨折、両腕が部分的にザリガニのハサミ、奥歯一本折れ、右手小指捻挫、肩に炎症、内蔵にダメージ(中)、眼鏡なし
【思考】
基本方針:死にたくない。
0:生き残る、とにかく必死に逃げる
1:頼りになる人間を見つけ守ってもらう、そしてこのみと烏月の悪評を広める
2:知り合いを探す。
3:蛆虫の少女(世界)、ツヴァイ、ドライ、菊地真、伊藤誠を警戒
4:強力な武器が欲しい。
【備考】
※特殊能力「おっぱいスカウター」に制限が掛けられています?
 しかし、フカヒレが根性を出せば見えないものなどありません。
※自分が殺した相手が古河渚である可能性に行き着きましたが、愁厳が殺したと正当化しました。
※混乱していたので渚砂の外見を良く覚えていません。
※カプセル(シアン化カリウム入りカプセル)はフカヒレのポケットの中に入っています。
※誠から娼館での戦闘についてのみ聞きました。
※ICレコーダーの内容から、真を殺人鬼だと認識しています。
※深きものになりつつあります侵食率が高まると顔がインスマス面になります。
 身体能力が高まり、水中での活動が得意になります。

【深きもの化@デモンベイン】
主にインスマス周辺の住民に起きる現象、蛙のような顔になりえらや鱗が生える。
完全に変化すると魚人みたいな姿になる。
デモベの深きものはそれなりに強いが、水中でもない限り大したことは無い。

【地下洞窟@デモンベイン??】
会場地下に広がる洞窟。美術館にそこへ到る穴が開いている。
そこより0~3エリア離れた地下に像を祭った祭壇がある様子。
出口はF-4地点の森の中にひとつ。
残りの出口や他の施設は現段階では未確認。


178:めぐり、巡る因果の果てで(大人編) 投下順 179:運命はこの手の中廻り出すから
時系列順 181:一人の隠密として、一人の姉として
吾妻玲二(ツヴァイ) 196:I'm always close to you/棗恭介
九鬼耀鋼 201:エージェント夜を往く
ドクター・ウェスト
一乃谷刀子・一乃谷愁厳 191:踊り狂う道化達/それでも生きていて欲しいから (前編)
鮫氷新一

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