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乙女はDO MY BESTでしょ?~じゅうななさいばーじょん~

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乙女はDO MY BESTでしょ?~じゅうななさいばーじょん~ ◆40jGqg6Boc


大空に赤々しく光る太陽。
東の方角から昇っていたそれは、今となっては既に西へ沈んでいた。
時間の経過は何があろうと不変であり、至極当然な事と言えるだろう。
この殺し合いが始まりを告げた時から、もう18時間程も過ぎてしまったのだから。
太陽の差し込む光が無くなっていき、周囲に広がっていた光が失われていく。
大きくそびえたつ山も、どこまでも広がっていそうな海にも。
そしてそれはエリアF-7南部に存在し、様々な建物が群をなす街中にも言えた。

「んー……そろそろ放送かな」

街中の一角、特に変哲のない一軒家で一人の女性が、もとい一人の『美少女』が口を開く。
何故、わざわざ美少女と形容するのかはあまり気にしないでほしい。
燃えるような赤い髪をポニーテルで纏め、活動的な印象を与えさせる。
丸々と大きな両の瞳は、何処か彼女を実年齢よりも若々しく見立てる事に成功している。
まあ、彼女の実年齢は誰にもわからない事であるが。
そう。ほんの少しだけ、何か不安そうな表情をした彼女――杉浦碧は正義のヒーローよろしく年齢不詳の美少女であったから。

「そろそろ、移動したいから早いとこやって欲しいんだけどなぁ碧ちゃん的には。
ちょっと、あたしの方が早く準備しすぎたかもね。あっははははは……って集中、集中~~~」

窓ガラス越しに夜空を見上げる碧。
どんな時でも特に変わりようのない、漆黒の空を盃として、碧は思いに耽る。
碧がこの一軒家に陣取っている理由。
それは時計を見る限りはもうすぐ放送されるであろう、第三回放送とやらの内容をしっかりと聞き届ける事。
今までの放送、仲間達と交わした情報から既にこの場では何十人ものの参加者が死んでしまっていて、殺し合いに乗った参加者にいつ襲われるかわからない。
もちろん、ある程度の相手は撃退する自信はあるが流石に不意をついた奇襲を受ければ、話は違ってくる。
そのため、街中で自分の姿を晒しながら放送を聴くよりも、どこか建物の中に一時的に潜みながら危険は少ないだろう。
碧はそう考え、既に名簿とペンを取り出し、計画的に準備を完了していた。
駄洒落を外しがちな同僚と女難の相が出ているとしか思えない同僚に自分の破天荒な行動をいつも呆れられている碧にとっては、とても珍しい事。
その理由にはいつも、必要以上にリラックスしすぎた風華学園の環境とこの殺し合いの環境が違いすぎるという違いもあるのだろう。
流石の碧でも、この場でよゆーよゆーと言っていられる程、緩い状況ではないのだから。
だが、それよりも碧にはもうすぐ放送される内容に固執する理由があった。

「皆、一人も欠けたら許さないんだからね」

キッと顔をしかめ、碧は真剣な表情を浮かべる。
碧の脳裏に浮かぶのは六人の男女の顔。
それらは橘平蔵直枝理樹、ユメイ、蘭堂りの、大十字九郎源千華留の六人。
勿論、この殺し合いに呼ばれる前の知り合い、この殺し合いで知り合った人達にも一人も死んで欲しくはない。
だが、今の碧はどうにもそれら六人が――危険な状況で離散せざるを得なかった六人が気になり、放送の内容について気が気ではなかった。
千華留はきっと大丈夫だろう。
彼女は先に出発したお陰で運よく、確認するだけでは二人の襲撃者である鉄乙女と、トレンチコートの女――支倉曜子の襲撃から逃れる事は出来ただろう。
恐らく、九朗と理樹の方もそうだ。
戦闘不能に陥らせる事は出来なかったが、自分が足止めをし、別の方向へ行った二人に追いつけるような距離ではなかったから。
しかし、問題なのは三人。
碧は彼ら三人の安否がどうしようもなく気になっていた。

「橘さん、りのちゃん、ユメイさん……絶対に無事だって、あたしは信じてるよ」

自分達を逃がすために乙女との闘いに挑んだ平蔵。
トレンチコートの女の投石により重傷を負ってしまったりの、そして彼女と共に自分が逃したユメイ。
千華留、九朗、理樹の三人より更に危うい状況下に置かれた三人を思うと急に心苦しくなってくる。
もし、彼らの内誰か一人でも死んでしまっていたら。
嫌な考えが碧の頭の中で浮かんでくるが、彼女は頭を左右に振って必死にそれらを振り払う。
そんなことがあってたまるもんか。
柄にもなく後ろ向きの考えを忘却の彼方へ押しやる碧。
その姿は気丈なものであり、どこか強がりをみせているようにも見えるのは気のせいであろうか。
やがて、碧の表情が一瞬で険しいものとなり、彼女はクルクルと廻していたペンの動きを止めた。

『やあ、参加者の皆さん、気分はどうだい?』

三回目の放送を告げる声が、どこからともなく聞こえてきたから。
今までのものとは違って聞き馴染んだ声。
己の唯一無二の武器であるエレメントを使い、大切な者――想い人への想いの強さによって生み出す異形の子であるチャイルドを操る存在。
Highly-advanced Materializing Equipment――通称“HiME”。
碧を含むHiME達にとって聞き知った声の持ち主、炎凪が放送の司会役を新たに担っている事に彼女は驚きを見せる。
やがて流れ始めた放送は碧に受け止めがたい事実を突きつけていく事になった。

◇  ◆  ◇

『じゃ、また今度、バイバイ』

相変わらずどこか人を馬鹿にしたような凪の陽気な声が放送の終わりを告げる。
自分の教え子、神崎黎斗だけでなく炎凪すらもこの殺し合いに加担している事実が碧に圧し掛かる。
前々から自分達HiMEの前に現れ、意味深な台詞を残して、自分達の反応を面白がっていた凪。
凪が何を思ってこんな殺し合いに関与しているのかは知らないが、このまま放っておくわけにもいかない。
必ず、神崎や凪を表舞台に引きずり出し、彼らの野望を徹底的に叩く。
強き思いを伴い碧は決意を固める。
しかし、碧は直ぐに行動を起こそうとはしない。
何故なら碧を酷く動揺させる事があったから。

「そんな……こんなコトって…………」

言うまでもない。
放送で知ってしまった計7人の参加者が死亡したという事実。
特に自分の仲間、そして嘗て仲間だった者達の死の事が碧に大きな悲しみを与えていた。
勿論、りのとユメイが無事であった事は嬉しい。
千華留、九朗、自分の知り合いが生きている事と以前共に行動していたクリス・ヴェルティン来ヶ谷唯湖の二人の生存もそうだ。
しかし、それでもあの別れの後に、死んだ仲間が出てしまった事実を受け、直ぐに立ち直る事は碧には出来なかった。

「けど、なんだって理樹くんが……もしかしてあの後、理樹くん達の方を追っていったとでもいうの?
あのコートの子は!?」

別れた仲間の中で、死んでしまう可能性は低いと思っていた理樹。
だが、予想は非常にも外れ、理樹は死んでしまった。
コート姿の襲撃者が自分と闘った後、彼らを追ってどういうわけか九朗は生かし、理樹だけを殺したのだろうか。
有り得ない話ではないかもしれない。
あの襲撃者はとてつもない脚力で走った、もしくはなんらかの方法で彼らの位置を知っても不思議ではない。
なんせこの場ではHiMEのように常識を超える人間、代物がゴロゴロと散在しているのだから。
思わず、自分が逃がした襲撃者、自分の不甲斐なさへの後悔に碧は拳を握った。
しかし、そこまで考えて碧はやがて握り拳を解き、やはり自分が闘った襲撃者が理樹に手を下してはいないと考える。
理樹、九朗とは反対の方向へ別れ、襲撃者は自分達が走っていた方向からやってきた。
襲撃者が二人を襲うのは時間的に、位置的に無理があるように思えるからだ。
仮に先程、考えたようにレーダーのようなものを持ち、彼らの位置が特定出来ても何故わざわざ遠い位置に居る彼らを狙う必要があるか。
あまりこんな事は思いたくないが、どうせ狙うのであれば負傷したりのと彼女を引き連れているため、普段通りの対応が出来ないユメイを狙った方が効率的。
若干の不利を感じ取り、自分との闘いを中断し、見事逃走を果たしたあの襲撃者がそこまで頭が回らないわけがない。
ならば、理樹は何故死んでしまったのか。誰に殺されてしまったのだろうか。

あの時の状況を考えるならば一人、疑念を抱く人物が居る。
理樹と共に居た事は確定的であり、いつでも彼を殺す機会はあったもの。
そして、その人物自身は何故か生きている事実が彼への疑惑をいっそう増長させる。
そう。現時点で最も怪しい人物。
それは――大十字九朗。
碧達と充分に離れ、理樹と二人きりになった所で彼を殺し、自分は何処かへ行ったため彼は生き残る事が出来た。
そう考えても可笑しくはない。

「あ、あはははは……あたしも相当参っちゃったのかなぁ。ありえないっての」

途端に碧はほんの一瞬、何故か思いついてしまった馬鹿げた考えを笑って跳ね除ける。
いつも前向き一直線な思考回路を持つ碧には珍しい、後ろ向きな考え。
そんな考えを思いついたコトにより、碧は改めて自分がいかに疲れているかを実感し、改めて九朗の無実を確信する。
共に行動したのは殆どないが、どうやらお人よしの典型的な熱血馬鹿のように見えた九朗。
準備室でお菓子を漁ったり、近所のお店でアイスを買い占めたりなどしている碧だが、伊達に教師という職業に就いているわけではない。
短い時間ながらの観察の結果、わかった九朗の人柄、そして彼が周囲の仲間と築いていた信頼関係から考えても、彼が自分達を騙していたとは考えにくい。

「だいたいさぁ仲間を信じられないと終わりだと思うんだよね。あたしはさー」

そもそも、考えにくいのではない。
考えるコト自体が自分らしい行動じゃない。
そう。共にこの殺し合いを潰そうと眼を、意思を合わせた仲間を信じることが出来ずに、どうやって信頼関係を結べるのだろうか。
一抹とはいえ、自分らしくない考えを恥じて、改めて碧は理樹の死を考え、ある結論を下した。

「……仲間ね。きっと仲間が居たんだ」

最も有り得そうな理由。
それは自分が闘った襲撃者の他にも別の襲撃者が居たというケース。
勿論、理樹と九朗が行った方向で鉢合わせになり、襲撃を受けたという事。
九朗だけが生き残った理由は彼が理樹を逃がすために一人で襲撃者と闘い、襲撃者は彼に止めを刺したつもりだったが運よく生き残り、そして理樹を追撃した事で説明がいく。
少なくともこれが一番しっくりくる理由だと碧は思い、改めて理樹の死を悔やむ。
知り合ったばかりとはいえ、大事な仲間の一人を失った喪失感は何度経験しても辛いものだから。
やがて、碧は今回の放送で一番衝撃を覚えた二人の死について考え始めた。

「橘さん、てっちゃん……死んじゃったんだね…………」

この殺し合いで初めて出会い、修羅の道を歩んでしまった乙女。
自分以上に特徴的な口調で話し、いきなり自分の唇を奪った平蔵。
平蔵の事は勿論、何人もの参加者を殺したらしい乙女の死は碧にとって堪えるものがある。
碧がそれぞれ二人と共に行動した時間はほんの少しのもの。
しかし、二人は碧にとっては大きな影響を残していた。
ほんの少し、別行動を取った間に殺し合いに乗ってしまった乙女を止める事が出来なかった後悔。
自分が命を諦めた欠けた時、颯爽と自分を救って叱咤激励を行い、自分の意思を立ち直らせてくれた平蔵への感謝の念。
忘れることは出来ない、あの時の感情。彼ら二人と交わした会話は今も記憶に新しい。
だが、そんな二人は死んでしまった。
自分達があの場を離れた時、相打ちになったかもしくは介入者の登場により二人とも死ぬ事になったのだろうか。

「他人事じゃない、あたしも覚悟決めなきゃ……静留ちゃんもいつか必ず止めないといけないんだ……!」

師弟の関係を結び、教師と生徒の関係でもあるにも関わらず闘い、互いに命を落とした平蔵と乙女。
残酷すぎる運命だと思うが、それは碧にも関係がない事ではない。
碧も以前、自分の教え子の一人、藤乃静留と闘い合ったのだから。
静留がHiMEであった事を碧は知らず、その事実を知った時の衝撃は今でも記憶に新しい。
あの時自分のエレメントを静留に向けるだけでも、嫌な感覚を碧は感じた。
たとえ、碧と静留がいつか命を、大切なものを賭けて闘うHiMEの運命の下に居る存在だとしても。
だが、辛うじてどちらかの命が落ちる事はなかった碧達とは違い、彼ら二人は双方命を落とした。
二人が闘い合う姿を碧は思わず思い浮かべ、両目を閉じる。
その強靭な拳で、蹴りで自分の愛する弟子、乙女の身体を傷つける中で平蔵は何を想ったのだろうか。
人を殺める程の狂気に囚われた乙女は、自分の敬愛する師、平蔵に剣を向けた時、どんな感情を覚えながら叫び声を上げたのだろうか。
考えるまでもない。閉じた両目を見開き、碧は思う。
きっと、二人はとても大きな悲しみを抱いたに違いない。
平蔵は勿論の事、乙女の場合だってそうだ。きっとそうに決まってる。

「だって……てっちゃんは本当は優しい子だったもん。
赤の他人の命を救えなかったコトをあんなに悔やんでた、自分の身体がボロボロになるまで後悔してた。
そうそう出来るコトじゃない。
きっとてっちゃんは最後は橘さんの手の中で笑って逝けたはず……あたしはそう信じてる……たとえ皆が信じなくても、必ず!」

思わず握った右の拳。
程よく筋肉がつき、それでいて女性的でもある碧の腕に血液が流れ、彼女がいかに力を掛けたのかを象徴する。
この殺し合いが始まった時、神埼達によって殺された合計四人の男女。
彼らの名前は知らず、これっぽちの面識すらもなかった乙女。
しかし、乙女は悔やんだ。死ぬべきではなかった彼らの死を悔やみ、同時に呪った。
何も出来なかった自分自身の不甲斐なさに対して、自分の拳を傷つける程に。
あの時、乙女が浮かべた表情、悲しみを碧は決して忘れない。
そしてそれらこそが乙女の本質を表すものであったのだろう。
固い信念を貫き、守るべきものを己の命を賭けて守り通す。
短い時間しか見る事が出来なかった本当の乙女の姿を碧は自分の胸に秘める。
きっとそうする事で乙女の、彼女を正気に戻すために最後まで闘ったと思える平蔵が少しでも浮かばれると思ったから。
嘗ての仲間、失われた仲間をいつまでも覚えていたかったから。

「……うし! そろそろ行ってみようか」

眠気を吹き飛ばすように、自分の両頬を叩き、碧は自らを引き締めて立ち上がる。
何か煌めく雫の様なものが頬から零れ落ちたような気がしたが、気にかける暇はない。
やがて碧は名簿を閉じ、デイバックに無造作に放り込んだ。
放送は終わった。これ以上此処で時間を無駄にするわけにもいかない。
取り敢えず、遊園地で散り散りになった時に交わした約束、駅での集合を行うために碧はその場を離れようとする。
窓からすっかり漆黒の闇に覆われた外の世界に顔を出し、周囲に危険な人物は居ないか目を配った。
特に人影が見られず、安全が確保されたことを確認し、碧はドアの方へ向かおうと足を運ぶ。
そんな時、碧はふと上空を見て、固まり、言葉を失った。開けた口を閉じる事も忘れて。
只、呆然とそれを見つめる碧。
驚きによって普段以上に大きく開かれた碧の両眼が天高く浮かぶものを見つめ続けていた。
月の直ぐ傍で赤い閃光を発し続けるそれは――

「媛……星…………?」

媛星。今はかなり小さいが真紅の光ははっきりと確認できる。
碧が調査していた媛伝説――HiME達による闘いが起こるたびに媛星は姿を現してきたらしい。
三百年の周期で現れる媛星はその度に地球へ災いを齎す凶星。
内容は単純、地球へ強大な質量を伴いながら衝突する事。
地球上の生物はおろか、地球自体に対する影響も想像を越え、全ての命を刈り取るだろう。
そんな媛星を止める手段、いや衝突の回避を避わし、また三百年後に後回しにする手段がある。
それが碧を含むHiME達の存在。
互いの愛する者――想い人の命を賭けて闘い、最後の一人となったHiME。
他のHiME達が抱く想いに負けない想いを持ち、闘い続けた結果そのHiMEは“舞姫”になれる。
そう。舞姫こそが媛星の接近を止める事は出来る唯一の存在。
舞姫失くして地球の滅亡は免れない。

「もしかして、ここってあたし達の世界なの? それよりも媛星だなんて……」

碧は此処が今までSFで出てくるようなどこか別の世界でも思っていた。
なんせ、HiMEやオーファンといった非常識な存在は既に知っており、他にも常識を超えるような代物があっても可笑しくはないと考えていたから。
それに今まで媛星が見えなかった事もそうだ。
媛星はHiME、もしくはHiMEの関係者しか見えず、太陽が昇っていても辛うじて見える。
今まで全く見られなかった媛星の突然の出現により碧は驚き、同時にあまりにも厄介な問題が出来たことにより、彼女の表情は曇り始めた。
媛星の重要性、危険性は以前凪から話を聞いただけだが、媛伝説にも似たような記述があり、彼の言っていた内容は先ず間違いない。
媛星をどうにかしなければ最早、こんな殺し合いどころではないのは明白。
直ぐにでも全ての参加者が団結して、媛星への対策を考える必要がある。
だが、自分と玖我なつき、藤乃静留、もしかすれば深優・グリーア以外の参加者には媛星は見えない。
仲間は自分達の媛星についての話を信じてくれるかもしれないが、殺し合いに乗った者は信じないかもしれない。
いや、そうそう信じないだろう。
この殺し合いに乗った者は各々相当な覚悟を持って、此処まで生き残った筈。
そんな彼らが大きな星が迫ってくると自分が叫んでも、彼らにとって媛星は見えないため信じるとはとても思えない。
特定の者にしか見えない星の存在も俄かには受け入れられる事でもないのだから。

「どうすっかなー……これから…………」

その場で力なく、座り込み、碧は仰向けに倒れる。
いつも快活な口調は明らかに元気を失くし、悩んでいるように見える。
只でさえ、この殺し合いを止めるという目的のため動いていたというのにそこに媛星の問題。
あまりにも問題は多く。出来るものならば誰かに押し付けてやりたいと思う気持ちにもなってしまう。
己の愛し子であるチャイルド、愕天王が何故か呼び出せない現状では満足に闘えないのも碧を弱気にさせていた。
暫し、そのまま横になりながら碧はこれから事を考えているうちに彼女は室内であるものを見つける。
数秒の間、それをじっとみつめる碧。
やがて碧はピョンと飛び起き、デイバックとそれを手に取ってドアに向かい、外へ出た。
足取りは軽い。一歩ずつ碧は何処かへ歩を進めていく。
顔を上げて進む碧の両の瞳は――燃えていた。
赤く、激しく、逞しく――何か大きな意思がうねりながら。
大きな決意が赤々しく燃えていた。

◇  ◆  ◇

碧が身を潜めていたエリアF-7南部の市街地。
様々な建物が入り組み、鉄の領域がその場にはあった。
そんな建物群で一際高い建物の屋上で仁王立ちに構える者が一人。
言うまでもない、碧だ。
そして碧はデイバックを横へ放り投げ、腰に両手を――いや、左腕をつき、見下ろす。
落ちれば只ではすまない高さであるにも関わらず、碧の表情に碌な変化はない。
数秒の時間が過ぎ、徐に碧は右腕を上げ、大きく息を吸い込む。
とても長い間、空気を吸い続ける碧。
まるでこの世で行う最後の呼吸を充分に満悦しているような様子にすら見えてしまう。
やがて、碧は空気を吸うのを止めて、足を踏み出し――


「やっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」


ありったけの大声で叫んだ。
至近距離で喰らえば鼓膜をやられてしまいそうな程大きく、能天気な碧の声。
心なしか普段の碧の声より大きく、詳細な範囲は知る由もないがそれは周囲へ響き渡る。
「うん、よろしいよろしい。マイクテスト終了~」

軽口を叩き、満足げに頷く碧。
碧が浮かべる表情には最早気後れなどない。
媛星をどうするかという事に暫く悩まされたが、結局碧が出した結論は変わらなかった。
今は自分の出来る事に集中しよう。
そう。この殺し合いに呼ばれる前に媛星の存在を知った時に取った行動と同じ結論。
仲間と合流し、更に多くの仲間を募り、知恵と力を合わせ団結する事を碧は当面の行動として決定した。
自分のやるべき事を再び心で認識した今の碧は誰にも止められない。
そして先程碧が上げた大声が普段より大きなものであったのは気のせいではなかった。
碧が右腕に握り続けている代物が彼女の声を大きくさせている。
何か災害に巻き込まれた時のために家に備え付けていたのだろうか。
真相はわからず、何故其処にあったかはわからない。
先程、室内で碧が見つけた拡声器が彼女の右腕にしっかりと握られていた。
拡声器が正常に機能する事を確かめ、碧は続けて口を開く。

「や、いきなりでごめんね。この声がどこまで届いてるかわかんないけど……聞こえてたらちょっと聞いて欲しいな」

周囲に誰が居るのかは勿論、碧にもわからない。
よって別に特定の知り合い、人物に向けて碧は声を出したわけではなかった。
見通しが良く、周囲へ聞こえやすいと思われる建物の屋上で碧が拡声器を使った理由。
その理由は単純なものであり、様々な意味合いを含んでいた。
「何処かで隠れてる君。 怖いよね、誰だってこんな馬鹿げた殺し合いは怖いよね……でも、自分を見失ったら駄目よ!
たとえ対切なものためでも、好きな人のためでもこんな殺し合いなんかに乗ったら絶対駄目だからね!
そう。辛くなったら思い出して……あたしが、正義の味方が此処には居るってコトを!」

最後の一人まで生き残れば勝者となるこの殺し合い。
恐怖のあまり何処かの建物内でひっそりと息を潜め、絶えず怯えながら隠れている参加者も居るかもしれない。
参加者が篭城するのを防ぐために設けられてシステムと思える禁止エリアだが、実際は六時間で二つずつしか増える事はないため、運悪く隠れ場所に当たる可能性も高くはないだろうから。
ならば自分はどうするか。答えなど決まっている。彼らを保護しなければならない事だ。
それが一人の教師であり、正義の味方の為すべき事。
もしかすれば外へ出る事の危険性を考えて其処から一歩も動いてくれないかもしれない。
自分の位置を危険人物に知らせるだけに終わるかもしれない。
構う事か。それが一体どうしたというのだろう。
自分の言葉が少しでも彼らに聞こえてくれるならそれだけでいい。
きっと彼らを励ますくらいは出来るはずなのだから。
自分のような参加者が居る事で希望を持ってくれる事を――碧は願い、叫ぶ。

「あたしは止められなかった……救ってあげられなかった、対切な仲間達を!
でも、あたしは諦めない。いいえ諦めきれない……てっちゃんも葛ちゃんも橘さんも理樹くんの分も……生きてみせる!
あたしが皆より長生きした意味は決して無駄にはさせない! 証明してみせる……あたしの正義を、意思を貫くコトで証明してみせるわ!
逃げも隠れもしない……殺し合いに乗った人達も止める! もう、誰も死なせない! あたしの眼が黒いうちは絶対に!!
だから――」

表面上は他の参加者を安心させるために自分の決意を宣言するもの。
媛星の事は今の状況ではHiMEや関係者以外に言っても混乱させるだけのものであり、敢えて伏せる。
また、碧の言葉は他の参加者への言葉ではなかったのかもしれない。
確実に減っていく大事な仲間。
媛星というあまりにも大きすぎる問題。
そして思わず弱気になってしまった自分自身の弱さ。
それら全てを受け入れて碧は自分自身に言い聞かせるように夜空へ咆哮を上げる。
乙女、葛、平蔵、理樹……忘れられない仲間の顔を思い浮かべた。
思わず拳に力が入り、何かに火が宿りそれはやがて炎へ変わる。
彼らと交わした言葉、通い合わせた感情が胸の中で広がっていく。
暖かくもあり力強い感覚が胸の奥底で渦巻き、自分の中で騒ぎたてる。
想いを力に換えて決意を打ち立てろ。これ以上悔いのないように、涙を流す人を出さないように。
只、ひとえに己の正義を信じて。
喉から搾り出される大声が碧の最早迷いなど一切ない鉄の意志の存在を浮き立たせた。
やがて碧は今一度叫ぶ。自分の記憶で今も色濃く残っているあの言葉を模した言葉を。


「刻めっ! あたしの名は――正義の味方、杉浦碧ッ!!
綺麗事だとか、甘い事だと思うのならばそれでもいい!
この杉浦碧……命が尽きるまで闘い続けるコトを今この場で誓ってみせるさ!
あたしは自分の意思を貫くだけ……それだけよ! だから、あたしが気に喰わない奴は、これ以上誰かを殺そうとする奴は――」


以前、自分が全てを諦めかけた時に天から降ってきた男が言った言葉。
平蔵の言葉を借りて未だ見ぬこの殺し合いに乗ってしまった者達へ宣言する碧。
どのくらいの人数が乗ってしまっているのだろうか。
わからない。
どのくらいの力を持っているのだろうか
わからない。
たとえHiMEである自分の力を持ってしてでも勝てる相手なのだろうか。
――わからない。
わからない事は多い。多すぎる。だが、じっと待つなんて出来るだろうか。
Noだ。自信を持ってNoと言い飛ばす事が出来る。
そんな時間があれば守ろうよ。頑張ろう。与えられた力を使って。
今も泣いているかもしれない。対切な人を失って生きる気力を失くしているかもしれない人を。
そして修羅の道へ、人を殺める覚悟を持ってしまった人を――止めるために。
あの時自分が乙女を止められなかったために起きた悲劇はもうあってはならないのだから。
ふいに空間が歪み、碧の左腕に一振りのハルバードが握られる。
刻まれた名は青天霹靂。
今まで数多くのオーファンを死山血河に叩き落とし、正義を貫くために碧が使用してきたエレメント。
左腕に握ったエレメントを逆手に持ち替え、思いっきり屋上に突き刺して――只、ありったけの声で叫ぶ。


「かかってきませええええええええええええいッ!!」


拡声器で拡大された碧の声の中でも一際大きな声が響く。
同時に拡声器を後ろへ放り投げ、青天霹靂を両手で引っこ抜き、頭上でブンブンと廻し、天高く掲げた。
大胆不敵にも声高らかに宣言する碧の表情は、何かをやり遂げた達成感のようなもので満ち溢れている。
正義、真実、愛、努力、友情――様々な言葉で織り成された『誓い』をつき立て碧は立ち尽くす。
その表情に一片の後悔などあるはずもない。
正義の美少女兼正義の味方、そしてHiMEの一人、杉浦碧。
己の意思を貫く事を忘れずに、気高く、誇らしく――碧は覚悟を完了する。
正義を為すために、己の意思を貫くために。
命が燃え尽きるその刻が来るまで。

碧は闘い続ける。



【F-7 街中 ビルの屋上/一日目 夜】
【杉浦碧@舞-HiME運命の系統樹】
【装備】:不明、FNブローニングM1910(弾数7+1)
【所持品】:黒いレインコート(だぶだぶ)支給品一式、FNブローニングM1910の予備マガジン×4、
 恭介の尺球(花火セット付き)@リトルバスターズ!ダーク@Fate/staynight[RealtaNua]、拡声器
【状態】:健康、十七歳、
【思考・行動】
 0:正義の味方として生きる。
 1:意志を貫く。
 2:美希のことが心配。合流したい。
 3:助けを必要とする者を助け、反主催として最後まで戦う。
 4:知り合いを探す。
 5:羽藤桂、玖我なつきを捜しだし、葛のことを伝える。
 6:仲間との合流。そのため、駅へ向かう
7:後々、媛星への対処を考える
【備考】
 ※葛の死体は温泉宿の付近に埋葬しました。
 ※理樹のミッションについて知りました。
 ※理樹と情報交換しました。
※拡声器は民家で調達しました
※拡声器のよる声が何処まで聞こえたかは不明です。
※遊園地で自分達を襲った襲撃者はトレンチコートの少女(支倉曜子)以外に少なくとも一人は居たと思っています。



193:いつでも微笑みを/トルティニタ・フィーネ(後編) 投下順 195:メモリーズオフ~T-wave~(前編)
193:いつでも微笑みを/トルティニタ・フィーネ(後編) 時系列順 185:Good Samaritan
174:Little Busters!(後編) 杉浦碧 195:メモリーズオフ~T-wave~(前編)


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