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メモリーズオフ~T-wave~(中編)

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メモリーズオフ~T-wave~(中編) ◆LxH6hCs9JU


 ――『でも……俺、世界とも付き合ってたんだ』

 真は思い出す。
 フカヒレとのいざこざを乗り越えた直後に聞いた、伊藤誠の色恋沙汰に関する告白を。

 彼は当初、桂言葉とつきあっていた。
 だが次第に彼女とつきあうのが疲れるようになって、西園寺世界ともつきあうようになってしまった。
 その上この島に来てからは菊地真という同じ『マコト』の名を持つ女の子に欲情し、しかしそれにすらも疲れを感じ、だが最後にはやっと、

 ――『もう、俺も真に……いや、恋人以外に手は出さない』

 言葉だけを愛すると、この島で世界に会っても謝ると、真を泣かせながら誓った誠は、もうこの世にはいない。
 数時間前に耳にした残酷な放送内容を思い出し、真はキュッと唇を噛み締める。

「さっき、そっちの子のことを……桂さん、って呼んでたよね? 桂って……桂言葉さんでしょ?」

 真はおそるおそる、世界の傍らで幽鬼のように立ちつくす、少女の死骸を指で示す。
 世界とおそろいのロングスリーブシャツに身を包む彼女もまた、見るからに人間ではなかった。

「桂言葉……そうか。思い出せ桂、携帯電話のメール内容だ!」
「ふぇ?」
「わからんか!? 昼頃、携帯電話に届いたメールを確認しただろう! 本文の内容には『桂言葉は死者の中から生き返った』とあった!」
「え、え、あ、うん。でもあの後、桂さんの名前は放送で呼ばれて……」
「ああ。妾もずっと腑に落ちなかった。真よ、伊藤誠の言によれば、桂言葉は電車に撥ねられ死亡したはず、とあったな?」
「あ、うん。けど、メールの内容って時間的にそのことを意味してたんじゃ……」
「そのときホームに落ちたのは、桂言葉一人ではない。西園寺世界も一緒だったのだろう? ならば、答えは見えた」

 なにかに気づいたらしいちびアルは、小さい身形に神妙な顔つきを交え、推論を立てる。

「妾の知識にも、魔術による死者蘇生の法など存在せぬ。だが、『死体を繰る術』ならば話は別だ。
 桂言葉も西園寺世界も、このゲームが始まった初期から、既に死体だった――つまりは、主催側の傀儡だった。
 先の放送で桂言葉の名が呼ばれたのは、肉体が極度に損壊し、傀儡とするにも不可能な状態に陥ったか。
 そして今は、西園寺世界の手によってより程度の低い……自我すら窺えぬ傀儡と化している。
 この二人から感じられる尋常ならぬ気配も、主催側の手回しと考えれば説明がつく。答えよ西園寺世界! 汝は何者だ!?」

 アルの推論から発展した、世界への難詰。
 即答など返ってくるはずもなく、それどころか世界はさらに困惑し、徐に頭を掻き毟り始めた。

「う……あああ、あああ、ああ、あああ、ああああ……!」

 混乱を主張するような仕草の後、甲高いうめき声を上げる。
 声質こそ普通の少女そのものだったが、もはや声だけの普遍性など、まるで意味をなさない。

 桂言葉と西園寺世界は、甦った死者としてではなく、動けるようになった死骸として参加させられていた。
 途中、桂言葉は破壊され、このゲームからは脱落の扱いを受けたが、なんらかの方法で世界が彼女を使役。
 その世界もまた別種の異能を取り込み、単なる傀儡としての死体を脱却、アルでも判別できない異常者へと変わり果てた。

「気をつけろ。真が味わった教会の一件といい、どうにもこのゲームは主催側の手回しを受けている部分が多い。
 この西園寺世界とて、どのような隠し玉を持っているかわかったものではないぞ!」

 アルの忠告を耳にし、普段は楽天家の桂、碧ともに身を引き締める。
 ガリガリと頭を掻く世界へ、淀みのない敵愾心を向けて。
 しかしただ一人、

「そんなのって……ないよ」

 菊地真だけは――アルの推論を否定した。

「誠さんは、その、ちょっと流されやすいところもあって……ボクとも、いろいろあったけど、
 それでも最後には、桂さんだけを愛するって……世界さんにも謝るって、そう誓ってくれたんだ!
 それなのに……それなのに、どうして二人とも、こんな…………」

 同情とも憐れみとも違う感情が、真の身から力を削いでいく。
 伊藤誠が死の間際まで気にかけていた桂言葉と西園寺世界は、規格外の存在となって今、誠を失った真の前に現れた。

 あの人が望んだのは、また三人で手を取り合える、そんな日常だったはずだ。
 年上の色恋沙汰ゆえ、ややこしい部分も多々あっただろうが、決して叶えることが不可能な望みではなかったはずだ。
 やよいと同い年くらいの女の子を襲い、楽しみ、恋人も忘れて笑っていられるような――そんな人間に傾けられる願いでは、なかったはずだ。

「ボクは、誠さんを応援したかったんだ。なのに、どうして……」

 ――結局、伊藤誠の願望は儚い夢に過ぎなかったのか。
 懺悔の対象はこうして、誠の知らないところで殺戮に興じている。
 既に、人間ではない。
 彼が愛した、これからも愛していくと誓った対象もまた、終わっていた。
 今は亡きあの人の望みが、消えていく。
 一旦は蚊帳の外に置いた、しかしだからこそ蟠っていた残滓が、再燃しまた潰える。
 落胆が、真の胸を焼く。

「なによ、あんたたち! さっきからマコトマコトって……あなた、誠のなんなのよ!?」

 当の世界は真と誠の関係など知らず、ただこの緊迫した状況から逃れようと、激情に身を任せた。

「会ったんです。ボク、ここで、誠さんと」
「……っ!」

 真の告白に、世界は表情の変化だけでの驚愕を示す。

「言葉さんと世界さんの話は、誠さんから聞いたんです。三人の関係も、誠さんの気持ちも、ボクは知ってます」

 伊藤誠、桂言葉、西園寺世界。
 高校生らしからぬ三者の不純な恋愛関係は、今を思えば真にとってのちょっとした憧れだったのかもしれない。
 ボーイッシュを売りとしたアイドルとして同年代の女の子たちから持て囃され、大人の男性たちに囲まれて日々を過ごしてきた。
 歳の近しい男の子とは縁もあまりなく、だからこそ誠のアプローチに流されてしまったという部分も、多々ある。

 だが、誠の告白を聞いたあの瞬間、真は夢から覚めたのだ。
 誠、言葉、世界。この三人の関係には、誰も踏み入ることができない。踏み入ってはいけない。
 そう悟ったからこそ、誠から距離を置き、彼の望むとおり友達として、三人の仲直りを応援しようとした。
 その誠も、もうこの世にはいない。彼が想いを傾けていた二人の女性も、この惨状だ。
 だからせめて、と真は世界に訴える。

「教えてください。世界さんは、誠さんのこと――」
「なぁ~んだ」

 真面目な表情で世界に食い入る真に、しかし世界は、

「そっか。そっかそっかー。そういうことだったんだ。ホント救えないなー、こっちの誠は」

 あっけらかんとした態度で、混乱を拭い去った明朗たる反応を返す。

「あ、ひょっとしてあなたがこのみの言ってたファルって女? カレーに毒を盛ったヤツ」

 年頃の女の子が普段友達とお喋りするのとなんら遜色ない、調子のいい声で語りかける。

「あ、違うか。どう見ても日本人だし、さっきマコトって呼ばれてたもんね。名簿にも載ってた。あなたが『真ちゃん』かー」

 言葉の投げ合いを楽しむのではなく、一方的な押し売りの形を成す、自分勝手な解釈を続けていった。

「それで? あなたは誠とどこまでいったの? エッチくらいはした? 私と桂さんは、赤ちゃん貰ったんだよ」

 ロングスリーブシャツの裾をペラッと捲り、自慢げに蛆の湧く腹部を見せ付ける。

「って言っても、たぶんあなたの会った誠じゃないけど。私たちの誠は、ここにはいないし。ここにいた誠は、私が食べちゃったし」

 不意の告白に、真の口が開く。毅然としていた眉根は弛緩し、動揺と衝撃に震えた。

「誠さんを、たべ……食べ、た……?」
「うん。お昼頃だったかなぁ。ちょうどランチの時間だったし」

 食人という行為自体に、さして驚きはない。目の前の異形を考えれば、それもまたあり得る。
 しかし真としては、誠が誰よりも救いを願った女の子に、食べられた……というのが、どうにも納得できなかった。

「お昼、頃って……ボクがちょうど、教会からアルたちのところに飛ばされた後だ……」
「教会? ああ、そういえば近くにあったかも。そこで、サラリーマンっぽいおじさんと、人形嵌めた女の子にも会ったっけ」

 真の脳裏に、忌まわしい後悔の記憶が蘇る。
 懺悔室での誘い。己の弱さゆえの逃げが、誠たちとの別離を齎し、死すらも招いた。
 誠だけではない。教会に置いてきてしまった……今も心の芯に据えている、かけがえのない友達の姿を思い出す。

「やよいと、プッチャンと、葛木先生に……会ったんですか?」

 全身が、声が、視線が、ぶれた。
 どんな顔をすればいいのかも判然としないまま、真は海面を漂うように、ただ身を委ねる。
 困惑する真とは対照的に、世界は朗らかな表情を取り戻し、腹部を摩りながら母のように語った。

「私は、この子のためにたくさん栄養を取らなきゃいけないの。あなたの知ってる誠も、ここにいるよ。
 間桐さんだって応援してくれた。葛木先生っていうの? あの人とは言い争いになっちゃったけど。
 うん……そう。でも私、やっぱり間違ってなんかないよ。正しいの私。赤ちゃん守るのが、いけないわけないじゃない」

 狼狽していく真の様子を愉悦とでもするように、世界は狂気的に語る。

「あはっ、あははは、そうよ、みんなそう! 間桐さんも棗さんも私とこの子を祝福してくれてる!
 中にはその葛木って人や、揃って死んでた親子、ああ私のことが狂ってるなんて言ってた女もいたっけ。
 桂さんと一緒にいたみたいでさ、なんだか一人でおたおたしてたからドカーンってやっちゃったけど」

 この島での苦汁を思い出しながら、真たちに述懐を続けていく。

「でももう、桂さんは私と一緒。一緒にこの子を守っていくの。栄養取って、元気な子を産むんだぁ。
 その前に柚原このみをぶっ殺して、あいつと一緒にいた黒い髪の女も、なんかひょろ長い眼鏡も殺しつくして、
 それでこの島にいる奴ら全員、ぜんいん、殺して、はは、痛め、は、全部、思い知らせ、思い知らせてやる、だか」

 漏れ出す失笑は言葉の勢いを削ぎ、ついには、

「は、は、は、は……ははははははははははははははははははははは!!」

 箍が外れ、世界は天を仰ぎながら爆笑を唱えた。

「おかしいよ……」

 桂が零した当然の感想は、しかし大音量の笑い声によって掻き消される。
 規格外の異常者を前にして、誰もが対処を見送り、硬直が続いた。

間桐桜葛木宗一郎、伊藤誠……そしておそらくは、如月千早を手にかけたのもこやつか」

 先ほどの言動、そして言葉から送信されたメールの内容を思い出し、アルは断定する。
 あのとき、言葉は元々の知り合いである誠、世界、刹那の他に、千早も捜索対象の中に含んでいた。
 直後の棗鈴死亡の報と、言葉の携帯電話を所持していたことから、下手人はツヴァイであるかとも思ったが、真相は違う。

「西園寺世界よ。汝はいったいどれだけの人間を殺め、喰らってきたのだ?」
「あや、め? はは、な~に言ってるのこのちびっこいの。私はただ、赤ちゃんのために栄養を……」
「その、ために……! 誠さんも……食べたって言うんですか!?」

 まるで悪ぶった様子もない世界に、真は糾弾の問いを放る。

「うん、そうだよ。だって、ここにいる誠は私に赤ちゃんをくれた誠とは違うもの。
 本人が、違うって言ってたもん。だから私は、赤ちゃんを守りつつ柚原このみたちに仕返しして、誠のところに帰るの。
 もちろん桂さんも一緒だよ。私と、赤ちゃんと、桂さんと、誠の四人で幸せに暮らすんだから。ねー」

 並行世界――誠ややよいとの離別を生んだ、切欠ともなった概念が、そのまま誠の死に直結してしまった。
 判明した事実に、真は膝を折り、地に手をつける。
 されど顔は沈めず、瞳だけは世界を睨み据えた。

「ふーん。よく見たらあなた結構可愛いね。ひょっとしてモデルさんかなにか?
 桂さんの近くにいた胸のない女は救えなかったけど、まさかあなたは『世界が狂ってる』なんて言わないよね?
 あ、ひょっとして誠食べちゃったの怒ってる? 真ちゃんと、ここにいた誠って、もしかしてデキてた?
 だったらごめんね~……あー、でもいい気味。あなたが柚原このみだったらもっと気分よかったんだろうなぁ」

 伊藤誠も、葛木宗一郎も、如月千早も、全てこの女が殺した。
 高槻やよいを一人きりにし、誠の想いを無碍に扱い、死んだ言葉すら身勝手に使役した。
 菊地真からありとあらゆるものを奪い、それが露呈しても、なお平然と自分勝手なことを述べ続けた。

 ――憎悪が込み上げ、しかし呆れて怒る気にもなれなかった。
 目の前の愚かすぎる少女に抱いた感情は、やはり憐れみだったのかもしれない。

 誠が幸せを願い、裏切られた、元恋人の友達。
 誠の想いを知りながら、それを応援仕切れなかった真。
 自分への責任を感じながら、今はやよいのために頑張ろうとした。

(ボクは……)

 西園寺世界を、西園寺世界だったモノを、どうしたいのか。
 どうしてやるのが、菊地真にとって、伊藤誠にとっての、最善なのか。

 すぐには答えの出ない難問を前に、挫折はしない。
 今やるべきことは、熟考でもない。
 強く、強く。
 恋に憧れる女の子としてではなく、今は女の子に憧れられる王子様として、立つ。

「ねぇ。真ちゃんは、私たちのこと祝福してくれるよね? だったら、そこ退いてよ。その子食べて、栄養にしなくちゃ」

 蘭堂りのを救う。
 行うべきはそれだけであり、障害である世界は遠ざけなければならない。
 なればこそ、真は世界の眼前から立ち去ろうとはせず、君臨を続けた。
 桂も、アルも、碧もそれは変わらない。
 それぞれ戦闘体勢を取りながら、断固としてりのの守護につく。

「事情はまだよくのみ込めないけどさ。誰にでもわかるもんが、一つだけあるよね」

 真よりも一歩前に出て、碧は立ち尽くす世界に青天霹靂の矛先を向ける。

「この状況、見てわかんない? こっちは四人、そっちは二人。おなかの赤ちゃん思うなら、無理はやめといたほうがいいと思うけど?」

 それは、撤退の要求だった。
 かかってくるなら容赦はしない、だが退くならば追いもしない、という意志を言葉に込め、世界に悟らせる。
 不意に現れた敵に一度は混乱し、しかし真とのやり取りで自信を回復させた世界だったが、碧の言で改めて状況を見渡す。

 四対二。
 大げさにでかい武器を持った相手と、得体の知れないコスチュームに身を包む相手と、小さいが度胸のある相手と、先ほど回し蹴りをお見舞いされた相手。
 それに対し、世界は言葉とのタッグで挑まなければならない。不意の衝突であったため、罠などの備えもない。

 世界の脳裏に展開されるのは、数にものを言わせ強いられた苦汁の数々だ。
 葛木宗一郎との戦いに乱入してきた高槻やよい、柚原このみとの戦いに乱入してきた二人の男女、温泉で不意を打ってきた支倉曜子も。
 勝利の裏に蓄積されてきた敗北のほとんどは、負けて同然の不利な条件が祟っての結果だった。
 それを鑑みれば、世界が後ずさるのも自明の理を言えた。

「……な、なによ、それ! 卑怯じゃない。こっち二人なのに、そんなにぞろぞろ肩並べちゃってさ!」

 冷静に不利を受け入れはするが、状況そのものに対する不条理な憤りは、当然のごとく外へと発散する。

「汝はなにを言っているのだ? これはゲームとは銘打たれてはいるが、遊び感覚で罷り通るものではないのだぞ」
「そういうこと。お母さんになるんだったら危ない真似しちゃ駄目だよ。栄養取るんなら家で大人しくしておいたほうがいいって」

 構えを解かぬまま、アルと碧が世界を威圧する。
 相手も決して退きはしない、という苦境を植えつけられ、世界の足はまた一歩後退した。

「か、桂さん……」

 傍らに立つ言葉は、碧たちの威圧にも、世界の助言を請う仕草にも反応を見せない。
 ただ世界と歩調を合わせ、命じられるのを待っている。
 受動的な態度に僅か苛立ち、しかし世界はそれを内に留める。
 碧の忠告を、受け入れたのだ。

「……今は逃げよう、桂さん。いつか、いつかこいつらにも、仕返ししてやるんだから……!」

 小声で鋭く言い放ち、世界は言葉を引きつれ遁走した。
 その背中が完全に見えなくなるまで、真たちは警戒を解かず、すぐにでも対処できるよう心がけた。
 ……そして、危難が去ったと判断するや、

「ふぅー」

 碧が溜め込んだ息を外に放出したことによって、各々が自然体に戻る。
 碧が青天霹靂を消し、桂がマギウス・スタイルを解き、アルがちび状態から戻り、真がメリケンサックをポケットに収納して、それぞれ息をついた。
 誰もが優れぬ顔をしながら、西園寺世界という異形を思う。

「放っておいて、よかったのかな……?」
「よいわけではない。できることなら、妾たちの手で葬ってやるのがせめてもの慈悲だ」
「けど、今は彼女に構ってやれる状況じゃない。真ちゃんもいろいろ大変だろうけど、そこんとこはわかってるよね?」
「……はい。今は」

 四人の視線が、背後のりのへ向く。
 地面に横たわるその小さな体は、既に死に体だ。虫の息、とも形容できる。
 頭部と背中からの出血が特に酷く、止血しようにも傷口が多すぎて如何ともしがたい。
 意識はまだ辛うじてあるが、とても言葉を交わせる状態ではないだろう。

「治せる、アルちゃん?」
「望み薄だ。制限された治癒魔術では、とても……」
「だめだよ……! わたしもやれることはやるから、諦め、ない、で――」

 治癒魔術を行使するアルを中心とし、四人の少女が重傷のりのを囲む傍ら、桂が逸早く気づいた。
 どこか、懐かしい視線を感じる。
 世界の狂気的な視線でも、言葉の無機質な視線でもない、新たな第三者の視線が、桂たちに向けられていた。

「あっ……」

 その基点を辿ってみると、剣の鞘らしきものを携えた女性が立っていた。
 鮮やかな蝶の刺繍が入った、藍色の和装姿。
 外見は少女だが母のように温かみのある物腰。
 桂が既知していたイメージは、今では忌避しがたい現実に崩され、一変してしまっていた。

「りの、さん……?」

 ようやく巡り会えた羽藤桂ではなく、守り通すべきだった少女の無残な姿を見て、ユメイは蘭堂りのの名を口にした。


 ◇ ◇ ◇



 腹の底にストレスを溜め込みながら、西園寺世界はのっしのっしと歩を進める。
 相手に主導権を握られ、余儀なくされた撤退。
 もう何度目かもわからない敗北の味が、今回はやけに頭に染み付いて離れない。

「もうちょっと、もうちょっとだったんだよ? 私、おなか空いてたのに。この子だって、泣いてるのに!
 ああ、もう! なんなの、なんなのよあいつら! 数にものを言わせて、私たちのこと馬鹿にしてさ!
 ねぇ、桂さんもそう思うでしょ!? 今度会ったら、許さないんだから……!」

 おぞましく形相を歪ませ、世界はキッと虚空を睨みつける。
 噛み締めた唇から、黒く濁った血が流れ落ちた。

 世界の掲げる正当性は、彼女自身をルールとした、彼女に都合の良い結果を齎してこそのものだ。
 四人がかりで彼女を虐げる……殺し合いの場においては正統な構図も、世界の中では不当な悪として裁かれた。
 処断しなくてはいけない。柚原このみの一派と同じく、内臓を引きずり出し、憎悪と共に啜ってやろう。
 思い描く殺戮劇に、世界はけたけたと笑い、不気味な声は反響することなく空へと消えた。

「そういえば、ここどこなんだろう?」

 真たちから逃走しやって来たのは――音を反射する遮蔽物がなにもない、だだっ広い敷地だった。
 足元には舗装されたアスファルトが延々と続き、近隣に建つ照明塔によって、刻まれた白線を浮かび上がらせる。
 広大な暗闇の敷地をさ迷い歩く内、世界はここがどんな意味を為す施設なのかを探り、そして答えを得た。

「これって……」

 人工的な光源を辿っていけば、そこには特徴的な形を成す鉄の塊が『一機』、無造作に置かれていた。
 月明かりと照明を頼りにその全形を眺め、鉄の塊の正体と同時に、この無駄に広い敷地の意味も知る。

「桂さんも見える? この女、覚えてるよ。私のこと、間違ってるとか言ってくれたヤツ……!」

 蓄積された過去の憤怒を再燃させ、世界は憎悪の対象を刻む鉄の塊を破壊してやろうかとも思ったが、すぐに思いとどまる。

「……あっ、そうか。そうだ……そうだよ、ねぇ」

 悪鬼と化した母が求めるのは、胎児の成長を促す養分、ひいては人肉だ。
 欲求は行動を支配し、だが未だ母としての自我を保つ世界は、欲に溺れない。

「仕返し……そう、仕返し。これで、あいつらに仕返ししてやろうよ」

 恨みの消化。世界を虐げてきた全存在への逆襲。目に映る者への八つ当たり。
 世界の思い通りにならない世界を、歪ませ、壊す。
 そうすることで、西園寺世界という個は快感と満足感を得る。
 心の充溢は、なにをおいても優先させるべきであると、世界は思う。

「桂さんも手伝ってくれるよね? 私一人じゃどうにもできないだろうし。うん」

 同じ男性を愛した運命共同体を使い、世界は発見した鉄の塊を道具として、

「そうよ。これが動かせれば……思い知らせて、やるんだから……っ」

 人を喰らう、恨み鬼と化す。


 ◇ ◇ ◇



 ――たいせつなひとが、いなくなってしまった。

 なにが怖かったのだろう、と今さらながらに思う。
 人の体を捨て、従姉という立場をも放棄し、オハラシサマとしての使命に没頭した彼女は、それでも羽藤桂を慈しむ心を忘れなかった。
 桂が経観塚を訪れたときも、この殺し合いに参加させられていると知ったときも、ユメイが抱いた願いは淀みなく、守りたい――ただそれだけだった。

 昔日を思い出しても、ユメイにとっての大切な人はやはり変わらない。
 死を隣に置いた舞台で、ひたすらに祈り、無事を願ったのは、桂の身だ。
 一時は彼女だけのため、後の害意となる不審な男を手にかけようともした。
 失敗し、直後に後悔を覚えたのも、ユメイの心理だ。

 桂を守るため、ひいては己の空虚な心を満たすため、ユメイは臆病な自身に安定を与えようとした。
 しかしそれすらも、満足には行えない。大十字九郎に刃を振り落とせなかったのは、そういうことなのだ。
 大切なもののために修羅となる勇気も、大切なものはそれを望まないからと、切り捨ててきた。
 実際に再会した桂は、ユメイの知るとおりの桂として、多くの仲間に囲まれていた。
 たとえ鬼と変わり果てようと、左腕と不揃いになってしまった右腕を鑑みようと、彼女の本質は変わってはいなかった。

 だからこそ、比べてしまう。
 大樹の根のように強い芯を持つ桂に比べ、ユメイは薄暗い荒地を彷徨い続けてきた。
 仮面を被った橘平蔵との邂逅に始まり、本格的なスタートを切るまで、ずっと迷宮の中にいた。
 それはリトルバスターズという仲間を得て、脱出を果たしたのだと、そう思い込んでいた。

 桂を、大切な人を守るために、けれど桂だけではない、みんなを守りたいと。
 一を守るために他を攻めるのではなく、一も他も含めた全に、守りの力を行使したいと、そう願うようになった。
 そのほうが、桂も喜ぶし、なにより己の安定に繋がると、ユメイはようやく光明を掴み取ったのだから。

 ……だがそれはやはり、調子のいい願望を多分に含む、理想にしかすぎなかったのだ。
 ユメイ一人にできることは、とても少ない。
 加藤虎太郎の生き様を見届け、別離した仲間の身を按じ、しかし蘭堂りの一人を保護するのがユメイの精一杯だった。

 思うのは、勘違いだったのでは、という絶望だった。
 悪夢のような迷宮からは未だ抜け出せず、桂と対面した今でも、喜悦より罪悪感に支配されている自分。
 桂を守りたいと豪語する身でありながら、りの一人守りきることができなかった愚かしい身の上を、呪う。

 ――たいせつなひとが、またいなくなってしまう。

 ユメイには、大切なものの正体が判然としない。
 桂という一人の人間か、全を守ると誓った自分か、守ることに羨望を抱いていた己か、都合のいい理想か。
 焦燥と後悔で綯い交ぜになった、悲痛でさらに潰れかけた、心が殺される。
 大切なもののために、なにをどうするのが最良だったのか。

「私は――」

 答えが出ないからこそ、体はシンプルに動いた。
 後悔を連ね、重圧によって束縛されるだけではもう、いられない。
 源千華留と知り合い、蘭堂りのと知り合い、過ちは十分に省みた。
 省みた結果が、今の自分自身、羽藤柚明なのだと、臆病な心に言い聞かせる。

「絶対に、助けるから……!」

 蝶と、聖剣の鞘による癒しの力を行使しながら、ユメイは全身全霊をかけてりのの治癒に当たった。
 再会を果たした桂との会話も疎かに、ユメイは桂以外の大切なものも守ろうと、躍起になった。
 正しいか正しくないのかはわからない、負傷したりのを見て、心がそう願った、故の行動だった。

「人体の損傷もそうだが、失血の量が特に酷い。このまま妾とユメイで力を行使し続けても……」

 ユメイと共にりのへの治癒を試みるアルが、苦虫を噛み潰したような顔で弱音を吐く。
 アルを初め、りのを囲む桂、真、碧の顔色も優れず、瞳に不安の色を灯していた。
 世界を退けたままの街路に身を置き、肌寒い外気に晒されるがまま、時間が経過していく。
 死の克服には至らない、先延ばしの意味しかない延命処置が、終わることなく続いた。

「諦めないで、諦めちゃだめ……りのさん!」

 自身の力の損耗などお構いなしに、ユメイはりのへと想いを注ぐ。
 誰もが口にだけはしなかった絶望を、頑なに拒む。
 奇跡の到来を望み、しかし現実は無情で、いたずらに時だけが流れる。

「わたしのときと、サクヤさんのときと、同じ……」

 ふと、桂が呟いた。

「状況は桂のときよりも深刻だ。輸血だけではままならぬ」

 アルが、無情な通告をする。

「なんとか……なんとかならないの!? お願いだから、頑張ってりのちゃん……!」

 碧が、りのの小さな手を握りながら激励する。

「ボクたちにできること、他にないんですか? この子を助ける方法は……」

 真が、悔しさを押し潰して耐える。

「……っ」

 ユメイは、ひたすらに精力を注いだ。

 ――たいせつなひとのてを、はなしてはいけない。

 無数の裂傷、内臓器官の損傷、頭部の陥没、脳への痛手、極大量の失血。
 生の可能性は途絶え、死の香り濃厚な窮地において、集った五人は諦めることなく、足を止め救命に尽力した。
 できることは少ない。死に逝くまでの時間を、いたずらに伸ばしているだけなのかもしれない。
 だが誰一人、幼い少女の命を手放す気にはなれなかった。
 消えゆく命を、懸命に繋ぎ止めようと、

「……ねぇ、これなんの音?」

 奮起する傍ら、碧の耳が逸早く異変を察知し、皆の意識を誘う。
 夜、人通り皆無の市街地で、なにやら音が響き渡っている。
 声ではなく、風でもなく、速度を体現するかのような、轟音。
 それは上空から発せられているのだと悟り、一同の視線は天へ。

「……なっ!?」

 そこで、多くの者が驚きの声を上げることとなる。
 自分たちの上空を飛ぶ鉄の塊に、極大級の畏怖を覚える。
 人と人とが狂気を交える殺し合いの場で、なぜあのようなものが、と。

「なによあれ……たはー。アリ?」

 放心したような顔つきで、碧は月光に照らされる翼を眺めた。

「えっ……あれ、いや、まさか……うそ、千早……!?」

 暗い空に垣間見た、今は亡き友達の絵姿を機体に見て、真が瞠目する。

「あ、あれ! わたしが見た――」

 見覚えのある全形に、桂がしかし信じられないといった風に叫ぶ。

「このタイミング、気配を感じずともわかる……西園寺世界か!」

 それを駆る人物にあたりをつけ、アルが応答を望まぬ名を叫ぶ。

 ――たいせつなひとを、ひきはなそうとするものがあらわれた。

 三者三様の色を灯った視線は、全て天へ。
 夜空を飛行する大いなる翼の影に、成す術をなくして。
 手段をもがれた五人は、襲い来る畏怖の正体を知った。


 それは、〝攻撃する鷲〟。


 ストライクイーグルの愛称を持つ。


 21世紀初頭において未だ現役を続ける戦闘翼。


 鋭角的な機首、小さな操縦席、三角形の翼、二つの垂直尾翼。


 刻まれしは『如月千早』、『765』、『PROJECT iM@S』などの刻印。


 更なる高みを目指し、大空へと羽ばたけ――少女の想いを重ねた新機軸の設計。


 名称は、『F-15E Strike Eagle -THE IDOLMASTER CHIHAYA-』。


 歴戦のエースたちが搭乗したと言われる複座型の……戦闘爆撃機だった。


 ◇ ◇ ◇



「あはははは! すごい、すごいよ、さすが桂さん! なんでもできちゃうんだ!」

 F-15E戦闘機『如月千早』モデリングカラーに搭乗するのは、二人の少女だった。
 前席にパイロットを務める桂言葉、後席に兵装システム士官を務める西園寺世界。
 どちらも戦闘機などとは縁もゆかりもない人生を送り、しかし今は、逆襲の手段としてこれを活用している。

「戦闘機って、結構簡単に動かせるものなんだね! ははっ、私! 知らなかった、ははっ、知らなかったよ!」

 後席ではしゃぎ散らす世界が自分勝手な解釈を述べるが、彼女が此度吸収した知識には誤りがある。
 航空機、ましてや戦闘爆撃機など、訓練を積んでいない素人に乗りこなせるものでもない。
 悪鬼として変貌し、人体の強化を遂げたとしても、飛行中の戦闘機の中で装備なしに喚き散らすことも不可能。
 ましてや、前席に置かれていた説明書を言葉に『読ませ』、『学習させ』、『動かせ』と命じただけで運用が実現するなど、非常にもほどがある。

 しかしこのゲームでは、そんな非常が罷り通るよう、あらかじめ調整が成されているのだ。
 人間通しの殺し合いに活用できるよう、F-15Eとは名ばかりになるほどまでスペックを落とし、改造を施した。
 外観こそ変化はないが、言葉が動かしているF-15Eは厳密には戦闘機とは呼べない、実際の軍に配備しても即退役もののポンコツだった。

 だがそれも、対人戦において言えば余りある力を発揮する。
 地を這い、空を飛ぶこともできない者を相手に据えれば、スペックダウンしたこの機体でも最強の兵器と化すのだ。

「見て見てあいつら! 粟喰ったような顔してる! 小さくてよく見えないけど、たぶんきっとそうだよ!」

 電車の外でも眺めるような気分で、世界が後席から眼下の標的を見やる。
 喰い損ねと、真ちゃんと、正義の味方と、他に三人くらい。
 なにやら増えているような気もしたが、構わず言葉に攻撃を指示する。

「桂さん、ちょっと脅かしてやろうよ!」

 言葉は動作だけで応え、F-15Eを巧みに旋回させた後、降下する。
 島北東の中心街を低空飛行し、辺り構わず機銃を発射させた。
 同じ戦闘機を射るための20mm機関砲弾が地上のビル群を襲い、次々と倒壊させていく。
 被害は地上の獲物たちの近くにも起こり、声は届かないが、阿鼻叫喚の悲鳴が木霊しているように見て取れた。
 世界には、それが愉快でたまらない。

「いい気味! あはは! 本当に、いい気味! 私たち、なんてラッキーなんだろう!
 これさえあればもう誰にも負けない! 柚原このみにも、あいつらにも、仕返しし放題だよ!」

 欲しかった玩具を手に入れた子供のように、童心を露にする世界。
 ただ座っているだけの後席が皇帝の玉座にも思え、全ての敵は今潰えたのだと、思い込んだ。

「どうしてやろうか? あいつらどうしてやろうか? 一人一人狙い撃ってあげようかなぁ。私、ガンシュー得意だし。
 でもせっかくミサイル積んでるんだから、一撃で木っ端微塵にしてあげるのも楽しそう! きっと綺麗な花火があがるよ!」

 低俗な愉悦を、世界は満面の笑みでもって望む。
 絶対の矛を手にした逆襲者は、蓄積された憎悪をどう発散させるか、それだけに考えを割いた。
 地上の標的たちはただ駆逐されるだけ、反撃の術などあるはずがない、そんな当たり前の優越感を抱きながら。

「ああ~、もう、いいや! 一思いにやっちゃおう!!」

 地獄が、展開される。


 ◇ ◇ ◇


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