ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

死闘

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死闘  ◆WAWBD2hzCI


とある施設の一室。
質素で人間性の欠片すら感じさせない無機質な部屋。
少ない照明に照らされて、一人の老神父が何かを期待するような表情をモニターに向けている。
ゲームを主催する陣営に属する者として、ジョセフ・グリーアがそこにいた。

彼の興味……否、人生の全てがモニターの向こうにあった。
衛宮士郎如月双七、二人の青年の対峙。両者が対立している傍に屹立する我が娘の姿。
便宜上、義理の娘にあたる深優・グリーアの動向の全てがジョセフ・グリーアの興味の全てと言ってよかった。

「………………深優」

彼は期待していた。
自分の娘が復活することを期待していた。
老人の瞳は多大な不安と仄かな希望に潤い、身体を汗でびっしょりと濡らしながら彼女の挙動の全てを観察し続けた。
娘の成長を見守る親の姿、と言えば聞こえはいい。
だが、どこか浅ましさの漂う雰囲気と所々で見せる苦々しい表情は、まるで競馬場で配当券を握り締める男のそれに近い。

ジョセフ・グリーアはずっと彼女を見続けてきた。
ゲームが始まって約二十時間、彼は九割の諦観に一割の希望を乗せてずっとモニターから離れなかった。

彼の役割は殺し合い促進者として参加させる、深優・グリーアの調整だ。
深優のプログラムを設定し、この殺し合いを更に加速させる。それが老神父の役割であり、それはゲーム開始直前に終わっている。
自分以外にも、そういった『細かい役割』を担当している者がいることを老神父も知っている。
例えば列車のアナウンス、例えばとあるカジノのディーラー人形、例えばちょっとした遊び心の録音されたテープレコーダー。
細かい役割を担当するだけで、本筋の主催には関わらないはずだった。

だが、ジョセフ・グリーアはここまで付いてきた。
理由は本当に単純明快。全ては深優を優花にする、たったそれだけの目的で。

ジョセフ自身はそうした者たちが、どうして殺し合いを手伝ったのかは知らない。もちろん、興味もない。
案外、何も知らないままに手伝わされているのかも知れない。
もしくはこれだけの大掛かりな催しだ。拉致して無理やり手伝わせているかも知れないし、脅して従わせているかも知れない。
どちらにせよ、ジョセフ・グリーアには他人の事情に興味がない。

「…………優花」

最初はほとんど諦めていた。
深優が優花となるためには、アンドロイドとヒトの枠を超えて人間らしい感情を持たなければならない。
だが、殺し合いを促進させなければならない深優のプログラムはそれを許さない。
人を殺し、人を騙し続けるプログラムに則るだけでは、永遠に人間の心というものを学ぶことはできない。できるはずがない。

生前の優花……ジョセフ・グリーアの実の娘はHiMEの素質を持っていた。
首筋にその印があった。もしも生きていれば舞姫を決める戦いに参戦し、大切な者を賭けて戦っていたのかも知れない。
だが、彼女は死んでしまった。
父であるジョセフ・グリーアを置いて、交通事故という理不尽な理由を用意され、本当に呆気なくこの世を去ってしまった。

そのときの悲しみは誰にも理解できまい、と老神父は思う。
少なくとも娘を持たない若僧如きには理解のしようもない、とジョセフ・グリーアは思う。
目に入れても痛くなかった大切な娘が、無残にも命を散らしてしまうという事実。もう二度と大切な者と触れ合うことはできないという絶望。
神父であった彼は初めて、神を憎んだ瞬間と言っていい。
憎悪、苦痛、悲哀。不条理に訪れた絶望は確かにジョセフ・グリーアという人格を歪めた。


――――――即ち、どんな手を使ってでも愛娘を蘇らせたい。


神父にあるまじき結論。
酷な言い方をすれば人間の生というものすら冒涜する手段だ。
それでも良かった。
そんなことで娘が蘇ってくれるのなら、いくらでも禁忌に手を汚そう。他ならぬ自分自身の手で。
それが今のジョセフ・グリーアの全てだった。

『深優は優花の生まれ変わりだ』

彼はそう信じ続けた。
個である深優・グリーアのことなど彼は見ていなかった。
彼女の面影に最愛の娘である優花・グリーアの姿を見続けていた。
誰がなんと言おうと、ジョセフ。グリーアはそれを譲らない。深優は優花の生まれ変わりで、いずれ優花になってくれるのだ、と。

(だというのに)

結果的には愛娘のタマゴはこんな殺し合いに参加させられている。
ジョセフ・グリーアはこの殺し合いに懐疑的だった。
完全にこのゲームの駒として操られている深優の姿をモニター越しに眺めて、何度も思ったことだ。
ジョセフ・グリーアの目的とゲームが深優に求める働きは、決して一致しなかった。

老神父は深優に人間性を求めた。
ゲームは深優に機械性を求めていた。

それでもどうしようもない現状にジョセフは心を曇らせていた。
深優が傷つくたびに胸を押さえ、大きく息を呑み、場合によっては神父の名の下に神に祈りを捧げてきた。
娘の事故以来、神に祈ること自体が大嫌いだったにも関わらず。
もはや、ジョセフ・グリーアのできることはそれぐらいしかなかったのだ。ほんの少しの奇跡に望みを託すしか。


「……っ……」

そうして時間は進み、深優・グリーアというアンドロイドはひとつの転機を迎えていた。
ジョセフ・グリーアはモニターに釘付けになりながら期待する。
己が設定したプログラムを凌駕し、アンドロイドでもヒトでもない『個』として判断し、行動することを。

「さあ、見せてくれ、深優……」

熱に浮かされたように、狂気に歪んだ老神父が語りかける。
届くはずのない言葉を。
何年もの間願い続けた、一人の父親の狂気のままに。彼が望む姿を期待して。



「人の心を、感情を手に入れ、本物の優花となる瞬間を!」



     ◇     ◇     ◇     ◇



轟音が響く。
舞い上がる砂埃。
宙を縦横無尽に飛来する矢。
漆黒が周囲を包む児童公園で行われる壊(ころ)し合い。
二人の青年が互いの全てを否定するために心血を削って激突する。

殺す者と守る者、彼らの願いは相反しながらもこの場における願望はただひとつ。
目の前の相手を否定する、目の前の敵を屠る、そうして自分という存在を再び己に刻み込む。
これからも殺し続けるために。
これからも護り続けるために。

殺す者の名を冠す赤毛の青年。
守る者と称される黒髪ツンツンの青年。
更には傍観する者として存在する水色の髪の少女。
暗黒に彩られたコロセウム(舞台)には三つの影が存在し、殺し合いという物語を織り成していく。

「―――――――……」

殺す者。
衛宮士郎は一切の無駄口を叩くことなく、弓を射る。
彼の身体は体内から生えてきた剣が、彼自身を苦痛に苛み続けていた。余計なことなど何一つできない。
剥き出しの剣そのものと化した修羅は、人間性の欠片もない正確な射撃で敵を追い詰める。
身体は剣で出来ている、彼自身を意味する言霊の通りに。

崩壊していく身体を押し留める。
霧散していく思考を必死に集めていく。
滅亡していく衛宮士郎そのものをグチャグチャに掻き混ぜてでも繋ぎ止める。


まだ折れてはならない。
まだ壊れてはならない。
まだ死んではならない。

残り少ない命の全ては桜のために。
最後の一人になるまでは決して立ち止まってはならない。
自殺衝動(アポトーシス)の限界はまだ先に、ただひとつの願望(ひかり)を目指して疾走する。
例えどのような存在が相手だろうと、その願いが手に届くのならば何にだってしよう。

誰かの理解なんていらない。
孤独になろうとも、壊れていこうとも、不幸がこの身を苛もうとも。
たった一人の笑顔だけを求めて衛宮士郎は、とある廃屋に己の全てを棄ててきたのだから。

「――――――――……っ……」

射る、射る、射る、射る、射る。

強化された矢を。
量産された刀を。
標的を貫くために、己の意志を貫くために、世界で一番大好きな人の笑顔を取り戻すために。

射る。
射る、射る、射る。
射る、射る、射る、射る、射る――――――!



     ◇     ◇     ◇     ◇


「っ……ぐっ……!」

守る者。
如月双七は飛来する凶器を素手で叩き落す。
捌くことを理念とした対妖怪用の格闘術、九鬼流。その武術は確かに敵の狙撃を防いでいた。
もちろん、その全てを撃ち落すことなど不可能だ。故に敵の攻撃を避け、どうしても避けられない攻撃を捌き続ける。
木製の矢を捌き、鉄製の刀を人妖能力にて軌道を逸らさせる。

戦いは絶対的に不利だった。
肉薄できたのは最初の一回だけ。残りは距離をとられ、遠方からの狙撃を防ぐことしかできていない。
唯一の接近戦では、投げつけられた刀が突然爆発したことで、思わず怯んでしまった。
結果として一方的に射撃を受け、凌ぐだけで精一杯となってしまっている。

だが、双七は決して退くことを考えない。
守ると決めたのだ。もう二度と哀しみは目の前で繰り広げさせない、と誓ったのだ。
救えたはずの少女、目の前で命を散らせてしまったときの悲しみが胸の中にずっと残り続けている。
後悔は無駄だと知りつつも、思ってしまうのだ。
あの銃弾に気づけていたなら、軌道を逸らせることぐらいは出来たのではないか、と。あの少女は救えたのではないか、と。

だから、守る者として如月双七は思うのだ。
今度こそ救いたい。
今度こそ助けたい。
他の誰でもない、如月双七の手で。もう二度と同じ過ちを繰り返したくはないと血を吐くように慟哭して。


では、護るべき人とは誰なのか。
それはこのふざけた殺人遊戯に不幸にも巻き込まれた者たちだ。
トーニャであり、刀子であり、美希であり……そして、深優でもある。絶対に哀しみは見たくないのだから。

(………………)

その一方で、考えてしまう。
深優・グリーア。守るべき少女が殺し合いを肯定した、という可能性。
人妖能力によって流れた情報は正しいか、否か。
弱い者を護ることこそが、今の如月双七の流儀。なればこそ、それが真実なら背後の少女は『敵』である。

彼女は守るべき対象か、それとも相対する敵なのか。
判断する材料が足りないが、それでも薄々と双七は理解していた。深優・グリーアを絡めとるカラクリに。

海岸で罅割れた少女を抱きしめる深優。
壮年の神父の独り言。
正直、双七にはその意味の半分も理解できていない。
それでも何となく、深優にとって『罅割れた少女』は大切な人で、それを利用されたということは理解できた気がした。

また、これだ。
この殺し合いはいったい何人もの想いを弄んでいるのか。
あまりにも一途で尊い想いは、環境に歪められて間違った方向へと進んでしまう。
目の前の倒すべき青年でさえ、その想いを利用されているのだから。

「ぐっ、あ……」

それでも、如月双七は決めたのだ。
もう二度と清浦刹那のような犠牲者は出さない、と。
せめて自分の拳が届く範囲だけでも、守り続けるとこの胸に誓ったのだ。

「あ、ああぁぁああぁああっ!!!」

捌く、捌く、捌く、捌く、捌く。

強化された矢を。
量産された刀を。
眼前の敵から守るために、己の意地を貫くために、もう絶対に後悔だけはしないために。

捌く。
捌く、捌く、捌く。
捌く、捌く、捌く、捌く、捌く――――――!


     ◇     ◇     ◇     ◇



傍観する者。
深優・グリーアは様々な計算の元に、彼らの鬩ぎ合いを傍観していた。
つい数時間前までエネルギー残量は底を突き、武装といえば左腕に内蔵された剣とミサイルが一丁。
相手がただの参加者ならば、彼女とて己を絡めとる思考を振り切って一挙に制圧していただろう。

だが、如月双七が対処している敵の名は衛宮士郎。
あの時と同じように士郎とサクヤたち一派の戦いを傍観し、戦力を分析している深優には分かっていた。
彼は危険だ。搭載された戦闘技術と武装を以ってしても、倒しきれる保証がない。

戦い当初、如月双七は彼女に逃げろ、と告げた。
山辺美希と共に逃げ、安全を確保しろと言っていたが、その案については拒絶する。
深優にとって何を考えているか不明瞭の山辺美希は警戒対象である。
殺し合い肯定者としては彼女が無害の場合、衛宮士郎と行動を共にしていた椰子なごみによって殺害されていても何の問題もない。

「………………」

彼女はこれまで通りだ。
プログラムに忠実に。アリッサを守るために殺し合いを促進させればいい。
合理的に人を排除していくことが、深優・グリーアという名のアンドロイドに課せられた任務であったはずだ。
だというのに、彼女の計算を乱すようにノイズが入る。

これまで、深優は何も考える必要がなかった。
望まれるままにあること、それがアンドロイドとしての任務であり、義務であり、言うなれば人生のはずだった。
だからこそ無機質に人を殺し、人を欺き続けてきた。


だと言うのに、彼女の心の中には何人もの想いが渦巻いている。
矛盾だ。かつて、知識補充のために教会で読んだ恋愛小説を思い出させた。
合理的な行動など何一つない道化物語。今の深優には、今更ながら登場人物の心理の一端が理解できた。


『「……守れなかった娘がいてさ。ほんの少しの間だけしか一緒には居なかったけど、本当に悔しくて……。
 だから、倒れていた深優を見つけた時に思ったんだ。今度こそ絶対に守ってみせるって……!』


如月双七はただ一人の少女の死を後悔し、もう二度と犠牲にはさせないと誓った。
これが彼の想いだ。アンドロイドである深優にだって理解できる。
もう、哀しいのは嫌だから守りたい。
子供にだって分かる願い。地獄の中では甘すぎる理想、人間としては正しい姿。まさしく人間の『正』の心だ。

深優・グリーアはその想いを理解することができた。
大切な誰かを失う悲しみを経験した彼女ならば、それぐらいは当の昔に理解していた。
アリッサ・シアーズを失った海岸での戦い。
死んだというより、壊れた彼女を抱きしめた。涙は流れなかったが、心の中では処理できない激痛が波打っていた。

そして、理解したのだ。
失う痛みが。誰かに傷つけられる痛みよりも遥かに辛かった、失うことへの恐怖と苦痛が。
人間にしか分からない痛みを、アンドロイドである深優は知った。


『正しくなくてもいいんだ。俺は桜の味方でありたい。桜の事を殺そうとするものがいたら殺す。桜を助ける為になるんだったら殺す。
 どんな手を使っても殺す。どんなに汚れたとしても、穢れたとしても桜を救う。桜のためだったらなんだってする。
 桜が蘇るんだったら殺す。桜を蘇える為に俺の命が必要なら喜んで奉げる。桜が生きて笑ってくれるなら俺はなんだってする。
 桜が笑ってくれるのなら、桜を護れるのなら、桜が生きてくれるのなら―――俺は迷わない。桜に対して全てをかける』


衛宮士郎はある意味、自分と同じ道を歩いてきた存在だ。
深優がアリッサのために存在しているのと同じことで、少年はきっと桜のために生き続けると誓ったのだ。
大切な者のために殺し続ける。
この地獄を動かす歯車として。選択したのは理想ではなく修羅の道、自分勝手な行動は人間の『負』の心を象徴している。

彼の想いすら、深優・グリーアには共感できる。
彼と自分は『よく似ている』、たった一人の誰かのために全てを棄てて戦い続けるあたりが。
衛宮士郎の想いを自分の状況と置き換える。
深優・グリーアはアリッサという主のために、何を棄ててでも戦い続けなければならない。それは当然だ。


【だって そのように プログラム されたのだから】


「…………?」

ふと、強烈な違和感が深優を襲う。
たった今の己の思考の記録をもう一度辿って間違いを探してみるが、特に問題があるとは思えない。
だというのに身体の一部が何かに対して警告しているのだ。

そうだったのか?
本当にそうなのか?
ほんとに、本当にそれだけだったか?

「私、は……?」

深優・グリーアという個体は『アリッサ・シアーズのために作られた』という事実。
それは深優本人がよく理解しており、アリッサあっての深優だということも知っている。
アリッサのために作られた以上、アリッサのために働かなければならないというプログラムが当然の如く存在する。
プログラムされている以上、深優・グリーアはアリッサのために戦わなければならない。

それは良く分かっている。
分かっているというのに、意識の中の何かが引っかかりを覚えている。
それが何かは分からない。深優・グリーアには『考える』時間が必要だったが、そんなものは存在しない。

「ぐっ、ぁぁぁああああっ……!!」

何故なら次の瞬間、轟、と爆発音が深夜の校庭に響き。
それによって長身である如月双七の身体が深優のすぐ近くまで吹っ飛ばされたからだ。


     ◇     ◇     ◇     ◇



「っ……!」

深優の判断は素早かった。
即座に如月双七と衛宮士郎、ならびに己の彼我戦力を分析。
かつて、衛宮士郎が人外である浅間サクヤを遠方よりの狙撃によって葬り去った、という事例をも計算する。
結果、個々での戦闘で撃破できる確率は芳しくない、とデータが弾き出した。
つまるところ、深優・グリーア一人で戦ったとしても勝利を収めるのは難しい、と客観的な事実を解析したのだった。

状況把握。
敵勢力、衛宮士郎、戦闘続行可能。
中立勢力、如月双七、戦闘続行の意志を確認。傷は軽微、爆発による衝撃波と判断する。
同じく深優・グリーア、戦闘可能。エネルギーの残量と武装に一抹の不安要素――――作戦によってカバーする。

演算によっていくつものシミュレートを開始。
結果、最善の手段として如月双七を利用。ひとまずは協力して敵勢力にあたり、しかる後に葬ることを推奨。
殺し合いを進める者として、衛宮士郎の撃破は芳しくないが、自己防衛を最優先として殲滅を敢行。

「如月さん。協力して事に当たりましょう。彼と戦うには、一人では力不足です」
「……っ、だけど深優、美希のほうは」
「彼女は彼女で逃げ切ってもらうことを祈るしかありません。先の戦闘で、如月さん一人では勝てないことは証明されています」

ばっさり、と切って捨てる言葉に双七は呻く。
実際に戦っても防戦一方な現状では、彼女の言葉は反論の余地もないほどに正論だ。
しかも衛宮士郎にはまだまだ余力があるらしく、接近しなければ勝負にもならない双七一人では役者不足であることは否めなかった。
悔しげに歯を軋ませる双七は、結局彼女の言葉を受け入れるしかなくなる。

「それで、どうするんだ」
「今は地形的にあまりにも不利です。敵は遠距離からの狙撃が主体、この公園では狙い撃ちが関の山です」
「ああ、だだっ広いもんな……確かにこれじゃ近づくこともできない」
「一度だけなら煙に巻いて接近する好機を作れるでしょう。ですが、それが失敗に終わった場合、私たちに待っているのは敗北です」

一か八かの博打を深優はしない。
戦いはこれだけではない。どんな形であれ、全ての参加者を葬らなければならないのだ。

深優は双七に説明しながら、その間に作戦を考えていく。
敵勢力である士郎は遠くから様子を見ているらしい。敵が一人から二人に増えたため、向こうも安易な行動など取れないのだ。
それでも、いずれ拮抗は崩れる。士郎がその気にでもなれば、遠距離からの一撃で再び戦いは始まるだろう。
だからそれよりも早く演算し、そして先手を打たなければならないと彼女は思っている。

(衛宮士郎は典型的な、遠距離戦を得意とする戦闘スタイルと判断します)

そしてこちらの手駒には、接近戦が得意と自称する如月双七がいる。
何とか彼を士郎に接近させれば、恐らくは打ち倒せるだろう。士郎の最後の足掻きも、恐らくは双七が受け持ってくれる。
最終的には両者相打ちとなれば結果は上々。
最悪でも確実に衛宮士郎さえ打倒できれば、今後も如月双七という駒は利用できるのだ。

深優・グリーアに悪意はない。
彼女はただ、優勝するために一番合理的な作戦を計算しているに過ぎないのだから。

「まずはここから離れましょう。私たちの有利に働く場所に勝負を持ち込みます」
「……分かった。だけど、どうやって退却するんだ? それに、あいつが俺たちを追わずにさっきの女と合流する可能性もある」

そうなれば美希が危ない、と双七は言う。
彼にとっては美希も深優も守るべき対象であり、彼女たちを傷つけさせないために行動しているのだ。
深優からすれば、不明瞭な態度をする彼女は警戒対象。
むしろそれで死んでくれるのなら問題はないと判断する。追ってこなければ、少なくとも深優は安全に殺し合いを進められる。

「何らかの方法で隙を作ります。追ってくるかどうかは……期待するしかありませんが」

その反応に苦い顔をする双七だが、他に気を回す余裕など何一つないのは事実だ。
目の前の脅威に対応しなければならなかった。

とりあえず深優は現武装を確認。
腕に内蔵されたブレード。拳銃、グロック19。そして乗り物として利用するSegway Centaur。
更には虎の子の秘密兵器として隠し持っているミサイルだ。
これから誘い込む地点を考えて、必要なものを取捨選択していく。数秒後、深優は顔を上げて双七に向き直る。

「これから隙を作ります。カウント、三秒後に東に向かって走ってください」
「隙って……どうやって。それに東って言ったら」

双七の言葉に彼女は無機質に首肯した。
現在地点、児童公園より東の方角にある建物。そこは本来の双七たちの目的地のひとつとして挙げられていた場所。
思い至った双七の予想を認めるように、深優・グリーアはもう一度頷いた。


「衛宮士郎を大学に誘い込みます。これより、退却戦を開始します」


その宣告が合図だったのか。
士郎が再び木製の弓を構えようとしている姿を視界に収める。
彼は鉄製のジャングルジムの上で待機し、そこからこれまで通りの遠距離狙撃を敢行しようとしていた。
深優はそれに対抗するように武装を構えた。

「三、二、一……!」

深優の太股が奇妙に折れ曲がる。
その、ある意味グロテスクな自壊行動に思わず士郎の動きが止まった。
彼女が人間だと思っていただけに衝撃はあった。たった一秒ほどの時間に過ぎないが、それでも彼の動きが止まった。
そして、折れ曲がった太股から覗ける武装が発射される。

「―――――――!?」

虎の子のミサイルが飛来する。
深優・グリーアが持つ唯一の遠距離武装は、目の前の光景に硬直する衛宮士郎へと飛んでいく。
舌打ちがひとつ、士郎はようやく動いた。
このまま直撃すれば命はないが、そんなものをわざわざ迎え撃つ必要などない。

迷わず弦を引き絞って射撃。
魔導書によって生み出された刀は『矢』として放たれ、正確な動きでミサイルを撃ち抜いた。

耳を劈く轟音。
視界を奪う閃光。
それに紛れて深優はデイパックからSegway Centauを取り出し、トップスピードでその場から離脱する。
走ったほうが速い可能性もあるが、これが誘き出しである以上、速すぎてはいけないのだ。

タイミングは完璧だった。
計算されつくした機械的で無機質で容赦のない一撃。
本来ならそれだけで敵を葬ることが可能でもあるが、深優は決して目の前の敵を過小評価することはない。


「――――――」


過小評価した、つもりはなかった。
だが、やはり全力で退却するのが最善だったのだろう。
ミサイルの爆発に伴う衝撃波は逃げる自分には追い風を、追う相手には障害をもたらした。
だというのに。
計算された作戦の第一段階は、早くも目の前の光景によって覆されようとしていた。

「――――――!」

ヒュン、と風の切る音がした。
深優はそれが何かを理解できなかった。
そんな無駄なことをする前に、自分が乗っていた車を全力で放棄した。

「なっ……!」

驚きの声は双七の口からか、もしかしたら深優が意図せずして洩らしたのかも知れない。
全力で退却し、決して振り向いてはならないというのに、二人揃って背中を向けることもできなかった。
眼前に立つのは視力増強の魔術を使った士郎の姿だ。
ジャングルジムの上で、まったく動くことなく発射された刀は……深優の乗っていた車に突き刺さり、そして爆発した。

「………………」

赤毛の少年は何も語らない。
ただ、その射抜く瞳が背後を振り向くという隙を決して見逃さないと告げていた。


(再演算の必要がありますね……)

このままでは退却できない。
破壊された車に未練はまったくないが、虎の子のミサイルを使ってでも隙を見出せないとなると問題だ。
衛宮士郎が弓道にて的を外したのは一度だけ。
確かに制限で正確な射撃が多少困難になっていようとも、未来の世界にて英霊と化す少年は射撃を外さない。

例外があるとするならば。
追跡しながら弓を射る、という来々谷との戦い。
走りながらの射撃では命中率は限りなく落ちるという事実のみである。

「ならっ……!」

再び逃れるための計算をし直そうとした深優の思考に、ひとつの声が割り込んだ。
如月双七が士郎に向けて手をかざす。
深優には何をしているのか分からないが、双七の目には赤い糸の世界が構築されている。
双七は妖怪の血を受け継いだ人妖であり、金属の全てを統べることも可能とする。

人妖能力、発動。

例えば、かつて子供だった如月双七が変質者から身を守ったときのように。
士郎が陣取っているジャングルジムを、ひとつの巨大な生き物のように動かし、牢獄とすることも。

「なっ――――!?」

今度は士郎が驚愕する番だった。
自分の足場が牙を向いてくるなど、誰が考えるだろうか。
牢獄のように自分を閉じ込めようとするジャングルジムの姿は、まるで悪夢を連想させた。

「深優、今のうちに!」
「分かりました」
「―――――――くそっ!!」

予想外の方向からの妨害に苛立った声をあげる。
見れば双七と深優の二人は公園の外へと退却している様子だった。
矢を射ようと構えるが、襲い掛かる金属の脅威がそれを止めさせた。
どのような魔術なのか士郎には予測もつかないが、それよりも今は逃げた奴らを追うのが先決だ。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(追ってきて……いるみたいだな)

背後から発せられるプレッシャーが脅威の存在を告げている。
双七は第一段階の成功を喜び半分、驚き半分で感じながら深優の後ろを走る。
結構な距離を激走しているが、余力のある深優と違って双七は既に息を切らしている。
荒い息を吐きながら、双七はひとつの懸念に思考を巡らせていた。

(……ミサイル)

深優・グリーアから読み取った映像。
執事服の男を爆殺したあの武装は、さっきの光景と何も変わりなかった。
高まる信憑性、深まる疑念。
人妖能力は全ての金属に作用する。深優がアンドロイドなら、彼女の心や記憶を読んでも何ら不思議ではない。

(信じたくない、けど)

認めざるを得ないのかも知れない。
深優・グリーアはこの島で人を殺めた。それも自分の意志をもって。
改心したのか、それとも殺し合い否定者を装っているのかの判断まではつかない。
だけど、不本意ながら双七は覚悟しなければならなかった。


「…………深優」
「なんですか」
「……いや、まずは大学に逃げ切ってからにしよう。話はその後で」

深優は守るべき少女だったはずだ。
その彼女が奪うべき者だとするならば、如月双七は拳を握らなければならない。
信じたい、だけど信じきれない。
苦悶を胸の内に秘めて、双七は漆黒の世界を駆け抜ける。何か、最善の方法はないかを考えながら。


202:Phantom /ありがとう(4) 投下順 203:死闘/舞姫異聞録
201:エージェント夜を往く 時系列順
184:大天使の息吹 如月双七
衛宮士郎
深優・グリーア
169:操リ人形ノ輪舞(前編) ジョセフ・グリーア 203:死闘/舞姫異聞録(後編)


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