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操リ人形ノ輪舞(前編)

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操リ人形ノ輪舞(前編) ◆tu4bghlMIw



「はぁっ……はぁっ……おい、アンタ、大丈夫か!? ……クソッ、今度こそ……今度こそ俺が救わなきゃ……!」

ゆっくりと沈んでいく太陽を背に、如月双七は大地を駆ける。
彼の両腕の中にはしっかりと抱きかかえられた一人の少女が苦痛に顔を歪めている。名前は深優・グリーア
機械と人間の身体を併せ持つシアーズ財団の作り上げた生体アンドロイドである。

この関係は非常に単純なモノと云えるだろう。つまり、救う者と救われる者。
が、そのような単純な英雄行為にて全てを要約出来るほど彼らの交わりは単純な訳がなく、

(如月双七……彼は……どうしてこんなに必死に……?)

深優は自らの表情を偽り、荒い吐息をその可憐な唇から吐き出しながら考える。
このキリングフィールドにおいては誰よりもゲームマスターである神崎黎人言峰綺礼に近い存在、それが彼女深優・グリ-アである。

(どうして、私はあの戦いに敗北したのでしょうか。油断でも慢心でもなく、あの二人に敗北する要素は私には無かった。
 私に何か足りない物でも……?)

天使は未だに深い眠りの中。その紅の両翼は羽ばたく事は無い――



玖我なつき、藤乃静留、杉浦碧――ワルキューレ達は未だに三人とも生存している。
藤乃静留がHiMEである事は、このゲームに強制的に参加させられるまで深優でさえ知らなかった事実である。
その証拠に、アリッサのメタトロンと共に出陣した浜辺での戦闘――ラグナロック作戦の初戦の時点で、彼女がHiMEである証拠は無かったのだ。
神崎黎人と共にその場にいたにも関わらず、である。

彼女達は少なからず、深優にとって不利益をもたらす存在と云えるだろう。
なつきと碧に関しては既に刃を交えた経験もあり、藤乃静留についてもあの戦いを目撃している。
ゲームが開始されてから、既に半日以上の時間が過ぎ去っただけに、彼女らが深優にとって都合の悪い情報を流布している可能性は非常に高い。

(ワルキューレの存在は私の行動にとって枷となる……しかし、流石に一筋縄ではいかないという事ですか)

三人を排除するべきか、まず深優はその点について考察を開始する。
しかし、一秒も経たない内にその未来を切り捨てる。つまり、一向に値しないと。
問題は自らの体組織に受けたダメージではなく、他の部分にある。
実際、ボディに関する損害は軽微であり、四肢を動かすに当たって支障は無い。
浮かび上がるのは各種機動系統を動かす――ナノマシンの不備である。

今回の問題は、そのパターンと若干似た様相を示している。
ユメイが放ったメガバズーカランチャーは圧倒的な破壊力を持つ平気であるが、決して人の命を奪う事はない。
つまり、非殺傷設定が組み込まれた特殊兵器なのである。
なるほど、エネルギー源からして摩訶不思議なものをベースに動いているだけの事はある。

今回はメガバズーカランチャーの動力となっているNYP(なんだかよくわからんパワー)が深優の躯体で活動しているナノマシンに対して反作用を起こした可能性が強い。
そもそもメガバズーカランチャーは発射時に凄まじいまでのなんだかよくわからんパワーを要する超強力な武装と云える。
他のNYP兵器と比べても、若干のタイムロスは存在するもののその破壊力はまさに驚天動地。
ウィルスやビームライフル、ライトセイバーなど『サイバー兵器』という括りにおいても、最強の名を欲しい儘にしているのである。
本来は西園美魚しか使用出来ない筈のその武装を、ユメイという一人の少女が用いた際に生じた不可解な現象と説明するしかないだろう。


(時間と共に戦闘は可能になるでしょうが……ひとまず、積極的な行動は避けた方が無難でしょうか……)


物憂げな表情のまま、深優がそこまで考えを巡らせた時、彼女を抱き抱えたまま疾走していた如月双七が突如、その足を止めた。
急な自体に眉を顰め、自身の状態を悟られないように細心の注意を払いながら、深優は周囲を確認。
依然と周りは鬱蒼とした梢と若草色の芝生と膝丈程度の長さの藪に囲まれている。
進行の妨げになるような障害物は散見出来ない。
気付かぬ振りを続けるべきか、否か。僅かながらの逡巡の末、深優は意識の無い振りを終わりにする決意を固める。

「――ッ、どう……したのですか?」
「眼が覚めたのか!? しっかりしろ! 傷の方は……」
「……私は大丈夫です。しかし、何故このような……それに、貴方は……?」

抱き上げられたまま、深優はガーネットのような双眸を双七へと向けた。
黒いツンツン頭を整髪料か何かで逆立てた少年。おそらく、地毛ではないだろう。
深優の身体を抱きしめる腕や肩の筋肉は非常に逞しく、擦り切れた拳は彼が武術を身に着けた人間である事を言葉も無く語る。
黄昏色に染まった一面の空。
真白い帯状の雲がオレンジに模様を変え、暢気に彼女を見下ろしていた。
時刻は五時を回った辺りだろうか。もう少しで三回目の放送なのか、と取り留めの無い事を考える。

「俺は如月双七。見ての通り怪しい者じゃ……って簡単に信じて貰えるとは思えないけど。君の名前は……?」

双七は深優に軽く微笑みかけるながら、彼女の深い赤の瞳を見つめた。
アンダーフレームの眼鏡の奥に輝く虚ろげな光。
それは、彼女が既にこの島において一人の参加者を手に掛けた証拠――なのではあるが、

(……今までの行動を見る限り、彼は極端なお人好し……高村先生と同じ部類の人間のようですが……)

少なくとも、敵意は感じない。
深優は自身の思惑を悟られないように再度、双七に向けて注意を巡らせる。
彼がゲームに乗った人間であれば、傷を負った深優を介抱しようなどと馬鹿な事を考える筈もない事は十分に分かっている。
傷だらけの人間に心配りをするような、このような状況に似つかわしくない心を持った人間。
そして、彼女にとって――何よりも排しやすい存在。

(ここは過剰な演技は好ましくないでしょう。押し殺すのは殺意だけ……)

ならば、ある程度状況に応じた立場で物事を進める。
熱病に掛かったかのように、一心不乱に殺戮を行わなければならない訳ではないのだ。


「……深優。私の名前は、深優・グリーアです」


深優は双七に抱き抱えられている事に嫌悪感を示すでもなく、淡々と自らの名前を口にする。

彼女は、潜むモノ。
確定しているだけで、現時点で命を落とした人間の数は二十三.
死と狂気に至る病は感染速度を速め、既に三分の一以上の生命を食い尽くしたのだ。
そして、ウィルスは未だ生にしがみ付く者の中でひっそりと好機を伺っているのだろう。
その病は再生する――何度でも、何度でも。

彼女、深優・グリーアは舞台を湧き上がらせる人形として、ただ、ひたすら、孤独な輪舞に身を任せる。


            ▽


「如月さん。危ない所を救って頂き、有難うございます」
「……深優。いや、それより一人で立っても大丈夫なのかい。まだ身体の何処かに問題があるのなら……」
「その心配には及びません。外的な損傷は軽微、通常の行動に支障はありません」
「……分かった。でも、本当に、大丈夫なのかい。ほら、それにあの事もあるし……」
「あの事?」
「あ、いや、……その、何でもないんだ! ああ、うん。ちょっとした勘違いかな……」
「……そうですか」

如月双七は背筋を駆け抜けた電撃のような感覚に、思わず眉間へ濃い皺を寄せた。
彼が深優を抱き抱え、移動を始めてから数分の時間が経った。
棗恭介トルティニタ・フィーネという仲間と共に行動をしていた彼は斥候、つまり偵察役として単独行動をしていた際に深優を発見したのである。
当初は、彼女を抱き抱えたまま、予定を繰り上げて自分達の本拠地であるカジノへと向おうかとも考えた。
しかし、そのプランはイマイチ現実性に欠けるモノであると、双七はすぐさま考えを変更。
深優を介抱するために、一路駅へと向かう事に決めた。

(……どうなっているんだ、何故……?)

双七は戸惑っていた。
それは決して、目の前の少女に羽籐桂と遭遇した際に覚えた青臭い強烈な衝動を覚えた訳ではない。
如月双七は不良っぽいルックスとは裏腹に、意外と涙もろく感動屋。
ひたすら純情路線を歩む青少年なのだから。

彼が深優・グリーアに覚えた違和感とは、呈よく云えばすなわち「彼女が"人"の姿をしている」という一点にある。
双七の人妖能力は金属引き寄せ(アポーツ)と呼ばれる能力だ。
そして、正確には金属の意志を読み取る――ある種、対象を限定したサイコメトリとでも云うべきだろうか。

彼は金属からしか意志を読み取る事は出来ない。
しかし、目の前の少女は明らかに人間。抱きしめた感触も、擦り切れた真白い肌に滲んだ血液も、総てがその意見を肯定する。

(でも、この感覚は紛れも無く……おかしい……どうなっているんだ? それにさっき流れ込んで来たあの情景……)

脳裏に飛び込んできた光景が鮮明な映像となって再生される。
彼女からまるで洪水のように、強く重い感情が流れ込んでくるのだ。

海。
砂浜。
輝く金色の翼。
黄金の天使。
銅剣。
倒れる少女。
何かが弾けるような音。
堕ちた天使。
海の中に消えた水色の人形。
声無き慟哭。
白銀の月。
そして――その隣で寄り添うように輝く赤い星。

それは荘厳にして侵されざる絶対的な空間だった。
海水が染み込み、肌にピッタリと張り付いた衣服が深優の身体のラインを浮き上がらせる。
水浸しの少女は、濡れた指先で黄金の少女の頬を撫でる。
自身の真紅の瞳からは、一滴の涙を溢すことも無く。

寒気がするくらい、閑かで、そして、哀しみに満ちた世界――


「――如月さん」
「……へ」
「どうかされたのですか。突然押し黙ってしまわれるなんて」
「あ……いや、その……ゴメン」


どうして自分は謝っているんだろう、と思うものの、その謝罪の言葉を口にせずにはいられなかった。
双七は曖昧ながらも現状を少しずつ理解し始めていた。
口元は引き攣り、未だに彼女の柔らかな肉の感触と体温が残る指先を小さく握り締める。

どう見ても、深優・グリーアは人間にしか見えない。
だが、おそらく、ソレは偽り。彼女は、完全な人間ではない。

(間違いない。彼女の正体は……いや、だけど……。だからって、でも本当に……?)

が、彼の人妖能力が常識との乖離や疑念を振り払う。
金属の意志を読み取る力――そして、深優の意志が、記憶が、断片的ではあるものの双七の身体の中には流れ込んでくる。
さすがに相当な集中力を要する能力であるため、リアルタイムで彼女の思考を読み取る事は出来ない。
それでも深優が人ならざる者、人と金属を掛け合わせた存在であるという事実は、彼の中で確定的な事項になりつつあった。

「そう……だな。まだ身体が辛いと思うんだけど……その、話を聞かせて貰ってもいいかな、深優」
「構いません。昏倒していた所を保護された時点で、貴方が他人に害を為す人間でない事は十分に理解しています」

にこりともせずに、深優は云った。
笑顔の消失した彼女のあまりに無機的な表情を見つめ、双七は自身の胸がズキリ、と痛んだ事を自覚する。
深優の言葉はつまり、双七に対してある種の信頼を感じている事の表明であった。
彼女はどうも感情表現に乏しいタイプらしく、口調や表情、どちらにも殆ど変化は見られない。
それでも、双七と深優の間にはある程度のコミュニケーションが成立していると云ってしまっても構わないだろう。

しかし、双七の胸中は優れない。なぜなら、

(……やっぱり、信じたくない。あの金髪の女の子といる時はあんなにやさしい顔で笑っていた深優が殺し合いに乗っている……。
 しかも、一度清浦を襲って既に人を殺めているなんて……それに……)

彼が深優から読み取った記憶のページは、一つだけではなかったのだから。


双七が深優のメモリーチップから読み取った記憶のは三つ。
それ以上は彼の能力に制限が掛かっているのか、精神に乱れがあるのか、現時点では感じ取る事が出来ない。

一つ。アリッサ・シアーズが絶命し、オーファンと化したメタトロンと深優が戦った場面。
一つ。深優がウィンフィールド清浦刹那を強襲し、体内に内蔵したミサイルによってウィンフィールドを殺害した場面。
そして――


(あの老人の言葉……どういう意味なんだろう。アリッサ? 優花? アリッサの正体……?)


その光景は寂れた小さな研究室のような場所だった。
登場人物はたったの二人。台の上に横たわる深優と黒衣と十字架を身に着けた白髪の老人。
加えて、どうも深優を整備しているらしきが男の独り言を延々と聞かされる――そんな退屈な場面だった。

しかし、双七は知らない。
その記憶のページこそが、この殺戮舞台にて踊る操り人形を解放するための重要な鍵である事を。

神父の名前はジョセフ・グリーア。アンドロイドである深優・グリーアの戸籍上の父に当たる人物。
そして、深優の外見上・遺伝子的なベースとなった女性――優花・グリーアの実の父親。
『ゲーム』の根幹を支える『主催』に属する人間の一人である。



「――深優・グリーアっ!」
「え……」


その時、だった。背後から投げ掛けられる女性の声が一つ。
名前を呼ぶだけ、という単純な好意。しかし、双七はその僅かな響きの中に明らかな敵意を感じ取った。
声のした方向へと振り向いた双七の視界に飛び込んで来たのは、

(あれ……この子は……!? 深優の記憶の中であの天使と戦っていた……!?)

深い藍色の髪の毛を腰まで伸ばした凛々しい少女の姿だった。
彼女の両手には妙な形をした――拳銃が握られている。双七と深優との距離は約七、八メートルといった所か。
熟練した腕前を持つ銃使いにとっては、これ以上無い程都合のよい間合いである。

「玖我、なつき」

噛み締めるように傍らの深優が小さく、呟いた。
そうだ、確か彼女は記憶のページの中で眼鏡を掛けた「先生」と呼ばれていた男からそんな名前で呼ばれていた筈だ。
なつきと深優が元から知り合いであるという可能性は疑いようが無いだろう。
しかし彼女達の関係はおそらく険悪、という領域を一歩踏み越えた段階にあるのではないか――そのような想像を双七は巡らせる。

「玖我先輩」
「下がっていてくれ、美希」

なつきの背後に一人の少女の姿を捉える。
群青色を少し薄くしたような、水色の制服。
フワフワの茶色い髪の毛の女の子が不安そうな顔付きでこちらを眺めている。
少女の表情を染めるのは明確な怯えと自身に害を為すであろう存在を見つめる恐怖の感情だった。

押しつぶそうな憎悪と仔猫のような萎縮した想い。
四つの瞳が深優のスカイブルーの少女へと突き刺さる。そして、その隣に立っていた双七にまで――


「おい、待ってくれ! いきなり銃を付き付けるなんて……何か勘違いをしているんじゃないか」
「勘違いだと? ふん、馬鹿な事を! お前こそソイツがどういう相手なのか知って一緒に行動しているのか!?」
「どういう……相手、だって……」

ドクン、と。心臓が一拍。
概念としては理解していても、言葉には決してしていなかった言葉が、今、形を持つ。

「深優・グリーアは人間じゃない。ロボットかサイボーグか詳しい事は知らないが……私達HiMEを攻撃して来た相手だっ!
 そんな奴を見かけて警戒しない程私はお人好しじゃない!」
「……人間じゃ、ない」
「そうだ。もちろん、人間ではない事が悪い事だなどと言うつもりは更々無い。
 だが深優・グリーアは少なくとも信用出来る人間ではない。既に誰かを殺している可能性だって十分過ぎるほどあるんだ!」

それは、双七も理解していた事実だった。
こうして改めて言葉として伝えられた事で、水面に血を一滴溢したような赤い波紋が彼の中で広がって行く。
新しい情報があった訳ではないのだ。
単純に、頭の中で無造作に転がっていた事実を消化しただけの事。
が、眉を顰め顔面に驚愕の色を刻む双七を見たなつきの反応は違った。
どうやら彼女は双七が深優が人間ではない事を知ってショックを受けたと解釈したようであった。


「それに――コイツは駅で無力な女の子を銃撃している。どうだ、これ以上の証拠があるか!?」


その言葉はまさに場の空気を一瞬で変える一言だった。
なつきは大きなリアクションで彼女の強固な意志を伝えようとする。
深優は当事者、美希も当然の如くその場所に居合わせた。
つまり台詞が注がれる先は――如月双七。おそらく、なつきは双七が深優に篭絡されたとでも思っているのだろう。


「マルティプル・インテリジェンシャル・イグドラシル・ユニット起動……」


一歩、深優が足を踏み出した。
そして、謳うように紡がれる言葉。音もなく、彼女の左腕から突如刃が出現。
宝石のような流麗な色合いのブレード――ソレこそが深優が人ならざるモノである証明であった。


「美希! 下がれ」
「わわわわわ、玖我先輩!?」
「ワルキューレ、玖我なつき。貴女に、提案があります」
「……なに?」

一瞬の間。


「私に協力して頂けないでしょうか」


翡翠色の刃を翳しながら、深優は臆面も無くそう云い切る。


            ▽


《interlude》

それは、孤独な光景だった。

「ゲーム」のシステムを支えている筈の人間に与えられた施設としてはあまりにも質素。
天井に設置された灯りは無機質な光で部屋の中央に備え付けられた作業台を照らす。
照明は極端に少なく、まるで彼の行いが禁忌に満ち溢れた所業である事を実証するが如くである。

「……深優」

室内に佇む人間は二人。
台の上で横になり瞳を閉じたまま、微動だにしない深優・グリーア。
そして、虚ろな表情のまま、深優の身体にメンテナンスを施すジョセフ・グリーア。

深優とは、すなわち死亡した優花の細胞をベースに造られたアンドロイドである。
人工的なHiMEの"成功例"として誕生したアリッサ・シアーズの護衛――として、彼が尽力の末に誕生させた存在だ。
が、彼は深優に対して娘の模造品や代替役のような、雑多な感情を持ち合わせている。
彼の感覚の中ではあくまで深優は優花の生まれ変わりなのだ。
まだ、深優は深優であり、優花として行動する事は出来ない未成熟な存在とはいえ……。

「舞姫を決める戦いではなく、このような殺し合いに深優が参加する事になるとは……」

誰に喋る訳でもなく、彼は言葉を重ねる。
あと少しで彼女の整備は終わる。そうすれば、もう二度と彼女と顔を合わせる事は出来ないかもしれない。
そう考えるだけでジョセフは自身の感情に歯止めを掛ける事が出来なくなってしまっていた。

深優とのリンクは現在完全にシャットアウトされており、このやり取りは彼女のメモリーチップの思考媒体には記録されない。
実際、その更に深部、ブラックボックスにだけ保存される事項だ。
とはいえ現在、深優に用いられているプログラムではブラックボックスを検索する事が不可能なのである。
特別な施設や時間、多数の人員を用いなければ解析は不能。少なくとも、ゲームの最中に深優のメモリーが暴かれる事態は起こり得ないだろう。
故に特に気にする必要は無い、ジョセフはそう判断していた。

アリッサ・シアーズの死は深優の心にどのような影響を及ぼすのだろうか、そうジョセフは夢想する。
深優の心はアリッサのためにあり、アリッサを護る為に総てを費やして来たと云っても過言ではない。

深優にはHiMEとして覚醒するための条件が十二分なまでに備わっている。
姫舞踏への参加条件はHiMEである事。
多くの研究の末、ソレが人間の女性が有する遺伝子と深い関係性を持っている事が発見された。
遺伝子操作の結果、"オリジナル"のアリッサ・シアーズを素体として誕生したのが"HiME"であるアリッサ・シアーズなのだ。

が、深優の身体にはHiMEであった優花の生体パーツが使用されている。
彼女には「遺伝子」という超えなければならない壁は存在しない。
残す障害は想いの力――彼女が誰かを護りたい、と思い自発的に行動する感情こそが覚醒への一歩となる。
だが、

「クソッ……しかし……深優が優花になるためにはまだ……まだ、感情が足りない。
 プログラムのまま動く人形では、優花へと成長する事など夢のまた夢……。
 ゲームだと? 馬鹿な……アリッサ・シアーズを喪った深優にとって触媒と成り得る人間など……!」

その希望を打ち砕くかのように齎されたのが、今回の「ゲーム」である。
深優も参加者としてリストアップされている。
しかし、「大切な人への想いの力」が原動力となるHiMEに覚醒するために、見知らぬ人間との殺し合いの中で芽生える感情が上等な作用をするとは考え難い。
加えて、深優は黎人と言峰の操り人形として、強制的に他の人間を狩る立場になる事が既に決定している。
様々な世界から集められた参加者の能力は非常に厄介なものだ。深優が破壊されてしまう可能性も決して低いものではない――

「そして……首輪か」

ぼそり、とジョセフは呟いた。
深優の真白い首元には銀色の無骨な首輪が嵌められている。
おそらく、別の科学者が製作に携わったのだと思われる。


残念な事に、首輪のサンプルは彼の手元には無かった。
が、深優のソレを見る限り、それなりの技術がある者ならば解体作業を行う事は容易いだろうと思われる。
そして、それはおそらく深優にも問題なく遂行出来る事象だ。
彼女が内蔵したユニットを用いれば単独での首輪解除すら可能かもしれない。
尤も、深優を戦いへと駆り立てる存在としてアリッサ・シアーズを用いる以上、それが有り得ない未来である事はジョセフにも分かっていた。


「……どちらにしろ、深優がアリッサが偽者かそれとも生き返った本物なのかを知る機会はないのだな。
 だが、私はその正体を知っている……なんと皮肉な話なのだ。まさか、あのアリッサ・シアーズが――――であるとは……」


老人は深く溜息を付き、再度深優のメンテナンスに没頭し始めた。


            ▽


その光景はとある世界のとある構図と酷似していた。

青い髪の少女。
屋上。
クロスボウ。
剥き出しの敵意。
その背後で怯える少女。
二人の怪獣。
血と惨劇。

永遠に続くような一週間。それは、とある週末のよくある些細な出来事の一つ。



初弾は右。コンマ数秒の誤差をもって左。
銃の発射音が森を揺らし、樹木と樹木の間をピンポールのように駆け抜けていく。

玖我なつきのエレメントであるELERは銀色の光沢を放つ二丁拳銃型の武装である。
その銃身は極めて短く、小型。
なつきが女の身である事を考えても、異様にコンパクトな形状をしていると云えるだろう。
掌にスッポリと隠れてしまうような、似た種類の銃としてはデリンジャーが挙げられるが、若干似た路線にある武器である事も確か。
だがその威力はあくまで護身用拳銃であり面と向った戦闘には不向きなデリンジャーとは比べ物にならない。

「深優!」
「…………ッ」

ガキッ、という刃が銃弾を弾く音。そして、深優は続けざまに飛来する弾丸を切り捨てる。
身体を捩じらせ、二発目を回避。
こともなげに音速のスピードを超えて発射される銃の弾に対処をして見せる。

「止めるんだ二人とも!!」
「チッ……」
「奇襲とは感心しませんが、玖我なつき」
「……奇襲、だと!? その台詞をお前が言うかっ!」

激高し、唾を飛ばしながら深優を怒鳴り散らすなつき。
深優に同行していた少年が彼女の斜線軸に身体を割り込ませようとするが、深優の右腕に制止される。
ブレードを構えたまま、淡々と。
眠るような、悠久の水面にも似た水晶の瞳でなつきを見つめる。

「ふざけるのも大概にしろっ! そこのマヌケ面をした男ならともかく、私達は騙されない。
 私と美希はお前が蘭堂を撃った場面を目撃している。
 これだけの証拠が揃っていながら『仲間になれ』だと!? 馬鹿にするなっ!」


口早になつきが自身の不満をぶち上げる。
が、不満といっても駅で深優・グリーアがした事を考えれば当然の反応なのだが……。
いや、逆にこんな事を云われればなつきのような激情家がカチン、と来るのは予想出来る事か。

「冗談などという概念は私の中に存在しません。玖我なつき、私に――」
「そんな言葉が信用出来ると思っているのか!」
「……声が大き過ぎます。もう少し、落ち着いて頂けないでしょうか」
「なんだと……!」

なつきは完全に頭に血が上っているようである。
背後の美希は誰にも見られないように、心の中で小さく溜息。
彼女は明らかに怪しい人物ではあるけれど、その意見には同意だ。とりあえず落ち着いて欲しい。


人を利用するという事は存外に難しいものなのだ。
ループする世界では登場人物はたったの八人だけだった。
しかも全員が全員、立派な群青色。
ある種の精神的疾患を抱えた人間、そして互いの事を十分に知り尽くした閉鎖的な環境。
出会ったばかりの相手、しかも万国ビックリ人間ショーの出場資格を満たした奇人変人のオンパレードである。
あくまで常識的な一般人である美希にはちと厳しい現状。

(だけど、あの人。何を考えているんだろう? 無口な人だったから、駅にいる時も一度も会話してないし……。
 あそこの席は虎太郎先生と千華留さんが主に話してたからなぁ。面識があるといっても……。
 大体どうしてあの時いきなり、りのちゃんを撃ったのかなぁ)

美希は思索を巡らせる。
この場にいる四人の人間のうち、深優・グリーアと面識のあった人間は自分と玖我なつきの二名。
髪の毛を逆立てた愚鈍そうな彼はあまり参考にはならない。だから、この二人の認識で考える。


普通に考えれば、深優はあの集団の中で攻撃に移る機会を伺っていた事になる。
真っ向から相手を攻撃するだけでは話にならない。
体力は消耗するし、いくら腕に自信があったとしても遅れを取る事もあるだろう。非効率的だ。
だから、深優・グリーアの取った行動は何の不思議も無い。

結論。彼女は美希と同じ種類の参加者、つまり潜む者――INVISIBLE MURDER――である可能性が高い。


とはいえ、そう考えてもやはり疑問点が残る。
まず、あのタイミングで行動に移る事が本当に最善だったのか、という疑問。

――あの状況を深優・グリーアは好機と捉えた故に彼女は動いた筈なのだ。

美希と虎太郎先生が集団に合流し、あの場に集まった人間は八名。
源千華留大十字九郎、直枝理樹、加藤虎太郎、山辺美希、ユメイ、蘭堂りの、深優・グリーア。
そして、コレに玖我なつきが加わり惨劇が起こる。

しかし殲滅戦が彼女の望みならば、もっと早い段階で手を打っていた筈である。
何しろ、深優・グリーアが一番最初に集団に接触した時は大十字九郎と直枝理樹しか居なかったらしいのだ。
加えてあのタイミングで攻撃したのが、グループの中で最も戦闘能力の低い蘭堂りのであった事も引っ掛かる。
戦力を分散させ、誘き出して始末するのが目的…………いや、ソレにしては非効率的ではないか?

名前も知られ、顔まで見られている。
どう考えてもデメリットが大き過ぎる。理知的ではない。
美希の目算では、あの時点での最大戦力は加藤虎太郎と見て間違いない。
彼を含めた複数人が深優を撃退しにやってきた場合を考えると、陽動だけが彼女の真意ではない事は確実だ。

(……どうなってるんだろう。んーもしかして、深優さんがりのちゃんを撃ったのは玖我先輩が来たから……なのかな?
 ソレが好機? ソレが転機? むむむむむむ……?)

が、今の会話を見るに両者の仲は険悪。どうも過去に命を掛けて戦った経験があるらしい。最悪である。
特に玖我なつきの持つ深優への悪感情は美希の眼からも分かりやすい。
しかし……そんな関係の相手を見て深優は蘭堂りのを撃つ選択をしたのだ。これは……いったいどういう意味があるのだろう。

疑惑を掛けるため? 濡れ衣? んーでも、それは難しい。
なぜなら、彼女は必死になって弁解するに決まっているではないか。
深優自身もなつきが味方をしてくれるとは思っていなかった筈。これでは、ただの時間稼ぎと足止めにしかならな――


(時間稼ぎ、足止め、人質、陽動、撤退)

――この、動きって。


美希の脳裏に一つの可能性が浮上する。
ハッとした表情で玖我なつきと睨み合う深優・グリーアの顔をまじまじと眺める。
制服には所々焦げたような跡が残っているものの、その表情は涼しげ。こちらの無遠慮な視線もまるで意に介さない。
何か火器の直撃を受けたようだが、やはりロボットだけに頑丈なように見える。

本当に彼女は何を考えているのか分からない。食えない相手だ。
だが、それだけに無駄はおそらく――ない。つまり、


(……もしかして、これって大きな集団が出来るのを邪魔してる?)


九郎と理樹に最初接触したのならば、あの後沢山の人が集まってくる事が分かった筈。
彼女は獅子御中の身。
それでもあの場所に留まったのは『そうしなければ大集団が結成されてしまうから』ではないだろうか。

集団が生まれる事で発生するデメリットは当然ある。
だが、それを補って余りある利点が存在するのもまた確か。

先程遭遇したモンスターのような相手がいる以上、力を合わせなければならない。
参加者間のネットワークも情報交換や道具の融通など、誰もが考える当たり前の戦術。
そして、そこを突き崩すのが深優・グリーアの戦法だとしたらどうだ?

(あの怪物みたいな人が、他にもいる?)

自身は大規模な戦いを避けるために、撹乱に周り、他の参加者の足並みを崩す。
そしてバラバラになった所を他の殺人鬼達が強襲。
この「ゲーム」とやらがランキングバトルのようなモノではない以上、自身の手を汚す必要は皆無。

(だったら、)

出過ぎるのは危険。だけど同時に、何もしないで居るのも危険。
最たる例が蘭堂りのだろう。
彼女が深優に攻撃されたのは偶然などではない。
あの集団の中で誰よりも組みし易く、同情を引かれる存在として選出されたのでは……?
人質にとったとしても、もっとも反抗される可能性も低い。

(りのちゃんがいなかったら、撃たれてたのはわたしだったかもしれない)

背筋に冷たいモノを押し当てられたような衝撃が走る。唇の両端が震えた。

(でも、わたしは、死なない)

自分は役に立たない子であってはならない。だけど、相手に危機意識を持たれ過ぎるのも悪手。
大切なのはその匙加減。しくじる訳にはいかない。
何十回と繰り返してきた『固有』を、山辺美希を失う訳にはいかない。
そう、絶対に生き残るのだ。絶対に、絶対に、絶対に――


「――やめましょう、玖我先輩。笑うのです」
「な……み、美希!? な、何を言っているんだ、お前もしっかりとアイツがあの子を襲う所を見た筈だろ!?」
「見ましたけど……でも、はい。美希は思うのです。あれには理由があったのでは、と」
「…………待て。お前は可笑しい事を云っている。女の子を撃つのに、どんな理由があるというんだ」


なつきが訝しげな表情でこちらを見つめる。
彼女は源千華留達のグループの内情について大して詳しくは無い。
単独行動が多かったため、情報弱者……と云ってしまっても過言ではない彼女。ならば、


「玖我先輩はあそこでの会話に加わっていなかったから、多分知らないと思うんですが……えと、その」
「……話してくれ美希」
「ちょっと、いいにくいのですが」
「大丈夫だ」
「その、ですね。でも、美希は思うんです。あのグループの中に、殺人鬼がいたんじゃないかって」
「な――!?」


これで、いい。

彼女はカッと眼を見開き狼狽の表情を見せる。
思わずその唇から漏れた喘ぎは一体どのような意味を持っていたのか。
美希が深優を擁護した事に対する驚きなのか。
それともこの言葉の意味を見事に信じ込み、己の意志に明確な揺らぎを感じたのか。

「………………」

深優・グリーアが、初めて美希の顔に視線を寄せた。
探るような真紅の瞳が矢のように彼女を捉える。彼女は、推し量っているのだ――美希の真意を。


「りのちゃんが……とは云いません。でも、ちょっと違和感みたいなものは感じていて……あ……誰が、とまでは、ちょっと」
「あの中に……!? ……つまり、あの加藤虎太郎が殺人鬼だった、という可能性も――?」
「あ、いいえ。虎太郎先生は違います。
 だって、虎太郎先生はずっと美希と一緒に行動して美希を守っていてくれたんです。だからその……違う人です」
「そ、そうなのか……」


あの集団はおそらく真っ白だろう。誰も彼も、お人好しで平和ボケの塊のような人ばかり。 
だけど、一切言葉を交わしていないなつきにはその判断は出来ない。

それに『普通の女子高生』がこんな極限状態に放り込まれて、他人に恐怖感を抱く事はなんら不思議ではないのだ。 
このような偽りの証言をしたとしても、あくまでソレは個人の主観。
「嘘だ!」と断言する方法は頭の中を覗き込みでもしない限り皆無と云える。

更にもう一歩。

「深優も似たような疑念を抱えていてあの子に発砲したと……? いやだが、しかし……」
「玖我先輩……そうやって決めつけるの、よくないです。
 深優さんが、その、ロボットだとしたら……美希よりもそういう空気に敏感だったかもしれません。
 それに本当に殺し合いに乗っているなら深優さんならもっと沢山の人を、もっと強い人を狙ったんじゃないでしょうか」
「まさか、本当に……!?」
「そりゃあ、いきなり銃を撃つなんてあんまりです。もちろん、深優さんはりのちゃんに謝らないとダメです、はい。
 りのちゃんが殺人鬼だった……というのはちょっと、微妙なんですけど。
 あの中から悪人を炙り出すためとはいえ、正直有り得ない行動だとは思いますね。
 でも、絶対に最善ではなかったですけど、最悪でもなかった……ごめんなさい、美希酷い事いってるです」

あくまで普通の女子高生としての意見を。
あくまで普通の女性高生としての反応で。


「――――蘭堂りのには悪い事をしたと思っています。確率は、七分の一でしたが」
「な……!」


なんて、僥倖。最高のタイミングで深優が美希の『口から出任せ』に話を合わせる。
なつきが口をパクパクと金魚のように動かし、驚愕の色を更に濃くする。
美希は心の中で握り拳を固め、飛び跳ねて喜ぶ自分の姿を幻視する。

(……乗って来た。うん、当然利用するよね、わたしを。だから、)

深優・グリーアの反応はまさに美希が待ち望んでいたものだった。
彼女がこちらの話に会話の内容を合わせてくれれば、多分上手くいく。
少しだけしか話していないが、玖我なつきはクールな外見とは裏腹に案外激情家で単純な性格だ。
『理由』さえ、存在すれば言い包めるのは容易い。


「あの集団の中に殺人鬼が潜んでいる事は明らかでした。集団が肥大化する前に突き止めたかったのですが……。
 突然の事態が訪れた時の反応で、十中八九判断出来ると思ったのですが、確証には至らず。
 とはいえ、アレは我ながら失策だったと認識しています。解決を焦り過ぎた結果でしょうか」
「深優ッ! な、ま、まさか……本当に美希の云った通り……!?」
「概ねは。腫瘍は早急に除去するべきです。放置の結果、後々被害を齎してからでは遅過ぎます」


……良く言う。

最悪の事態が訪れれば、一気にこちらを殲滅出来るだけの戦闘力を有している故の余裕なのか。
おそらく彼女の目的は集団を分離・離別させる事だった筈。
あの鬼のような怪物の来襲を一人だけ、感知していた可能性だってある。

(わたしも、貴女を利用する)


もしも、この交渉が決裂したらどうなるだろう。
あのツンツン髪の男の人は止めるだろうけど、多分戦闘になる。
そうなると多分勝つのは深優・グリーアだ。ドサクサに紛れて、自分も殺されてしまうかもしれない。

出来れば、逃げたいとも思う。まともな駒がいれば、の話だが。
だが、まだこの周囲にはあの怪人がいるかもしれない。
単純に殺し合いに乗った人間も何人かはいるだろう。単独行動など言語道断だ。
しかし、なつきの力は正直、まるで頼りにならないと云わざるを得ない。
深優の要求を突っ撥ねて彼女と二人で歩く……まるで裸でジャングルを闊歩するような自殺行為だ。こちらも論外。

よって第三の選択肢――深優・グリーアの側に付く。おそらくコレが現状のベスト。
少なくとも、深優はすぐさまこちらを始末するつもりではないようだ。
ならば彼女の武力を利用する。隣の不良っぽい男も流石に対馬レオよりはマシだろう。

「深優が……!? だが、待て。私は信じられない。目的があったとしても、あのような非情な行動を取る奴を信用しろだと……!?」
「……そうやって火種を撒こうとするのも、ダメです。仲直りしましょう。ねー」

――何処かで見たような、
――何処かで経験したような、
――だけどやっぱりまだ起こっていないような、そんな、光景。似たような場面。
――もう生きていない人と、まだ生きている人との他愛もないやり取り。

「…………ッ! 分かった、美希に免じて話だけは聞いてやる……だが"お前達"が怪しい動きをした時は……」
「構いません、玖我なつき。ですが、こちらも同様の思考の下、動いている事をお忘れなく」
「おいおい、俺も怪しい人間扱いなのか……」
「……名前も名乗らない奴が信用されるものか」
「……悪かったな。俺は如月双七だ。大体、その、お前の後ろにいる娘も云ってたじゃないか。敵意を剥き出しにするのは良くない」


ツンツン頭の不良っぽい少年が不満げに云った。
彼は全身に傷を負っていた。白のワイシャツに結構な割合で血が滲んでいる。
着替えればいいのに、と思いつつも美希は考える。
この時間まで生き残っていた、ある程度の怪我をしている者。
つまり彼も戦える人間なのではないか、と。

そして、この状況で"とある事"に美希は気付いた。……ふむ、この流れならば自分にも必要だろう。
寄生し、擬態するためには山辺美希はあくまでその意志を悟られてはならない。
状況を見極め、最善の行動を取る必要がある。小さく息を吸い込み一言。


「あっ、これはもしかして、自己紹介を済ませていないのは美希だけではっ。
 申し遅れましたです。わたしは美希、山辺美希という者です。えへへ、よろしくお願いしますね」


ペコリ、とお辞儀。破顔一笑。


168:深きに堕ちる者 投下順 169:操リ人形ノ輪舞(後編)
168:深きに堕ちる者 時系列順
156:赤より紅い鬼神/無様を晒せ (後編) 玖我なつき
156:赤より紅い鬼神/無様を晒せ (後編) 山辺美希
165:日ハ沈ム、駒ハ踊ル 深優・グリーア
165:日ハ沈ム、駒ハ踊ル 如月双七
ジョセフ・グリーア


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